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■オープニング本文 ●主に予算と人材 「専属の乗り手を決めないと戦場での活躍は困難です。番を除くと9体ですからジンとからくりをあわせて9確保する必要が…」 龍厩舎担当兼議長役の領主側付が会議で発言している。 「お待ちください。複数の相棒と同時に戦うのは困難です」 普段は出席しても政治に関わる発言をしないジン隊幹部が方針の修正を求める。 「飛空船にもからくりの割り当てをお願いしたい」 これまで出席はしても一度も発言したことのない、最初期からナーマにいる空夫が発言する。 「アヤカシの軍勢相手に使うなら、船長以下の主要ポストはジンかからくりにしないと拙いんじゃないかと」 天儀の船乗りがナーマの西で死んだときのことを思い出し、出席者のほとんどが肯定的な反応を見せる。 「ではからくり隊から9人と6人を引き抜き…」 「待ってください! それでは稼ぎ頭の地下遺跡が開店休業です!」 財務担当の官僚が顔を青くして反論する。 「あ、あのあの、覚醒した子達のための装備調達予算が欲しいのです」 気弱げな領主側付が、気力を振り絞って後輩達のための発言した。 紛糾する会議の上座では、新生児と幼児向けの予算を増やしたいのに増やせない領主が地味にストレスを溜めていた。 ●上級アヤカシディーヴェの憂鬱 「ナーマ周辺に後1つは瘴気溜まりがあるはずだ。心当たりはないか」 獣頭の上級アヤカシの問いに、隊長格のアヤカシ達は無言でこたえた。 「鉱山に1つあると仮定して作戦を立てろ。開封は全力侵攻開始後の2日を目指せ」 12月の決戦に勝利するため、ディーヴェはあらゆる手を打ち続けている。 ●依頼票 仕事の内容は城塞都市ナーマの経営補助 依頼期間中、1つの地方における全ての権限と領主の全資産の扱いを任される ●城塞都市ナーマの概要 人口:良 移民の受け容れ余地有。都市滞在中の観光客を除くと普 環境:良 水豊富 治安:普 厳正な法と賄賂の通用しない警備隊が正常に機能中 防衛:良 強固な大規模城壁有り 戦力:普 ジン隊が城壁内に常駐。防衛戦闘では都市内の全民兵が短時間で配置につきます 農業:良 都市内開墾進行中。麦、甜菜が主。二毛作。牧畜有 収入:優 周辺地域との交易は皆無。遠方との取引が主。ナーマ連合内での取引も増大中。鉱山再度閉鎖中。麦を中規模輸出中。氷砂糖を小規模輸出中。観光業有 評判:良 好評価:人類領域の奪還者。地域内覇権に最も近い勢力 悪評:伝統を軽視する者 資金:優 定期収入−都市維持費=++。前回実行計画による変化+ 現在+++++++++++++++ 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。1つ以上の項目が滅で都市が滅亡 ●都市内情勢 ナーマは直径数十キロに達するほぼ円形の砂漠地帯の中央付近にあります 外壁は直径1キロメートルを越えており、内部に水源、風車、各種建造物があります 妊婦と新生児の割合高めのまま。観光客多め ●領内アヤカシ出没地 都市地下 風車と水車で回す送風設備(地上)、水源を貫通するトンネルとホール(防御施設と空気穴有)それぞれ複数、トンネル、地下遺跡(宝珠有・空気穴有・瘴気濃度低・調査完了)、瘴気だまり跡(瘴気濃度低・酸素薄)、よく分からない長い通路(低酸素で未開封瘴気溜まり有り)の順に続いています 鉱山 ナーマの数キロ西。地表、横に向かう洞窟、地下へ続く垂直大穴、鉱山、未探査箇所(奥に空洞がある急流)と東向き洞窟(低酸素小規模崩落)と東向きの長い洞窟(奥は無酸素で未開封瘴気溜まり有)の順 ●西方地図 未無無無草草草C草砂 未無無無草D草草草砂 未無無無草草草草草砂 未無無無A草草E草砂 未無無無草草F草草砂 未無無無草草草草草砂 拠無無無草草草草B砂 無 無人の不毛地帯 拠 アヤカシ側の拠点の1つがあると思われる場所 未 おそらく無人の不毛地帯 草 草のまばらな草原。集落無し 砂 砂漠と草地の境の土地 A オアシス。ナーマの兵が駐留中。土嚢による小規模防壁有り。通称鎮西村。難民20人が滞在 F 放棄された小村。小さな水場有り 上が北、右が東。1文字は縦横数キロ 地図より西は無人地帯で、詳しい情報は未判明。アヤカシの大部隊が潜んでいる可能性が高いです ●現在交渉可能勢力 西方小部族(B ナーマ傘下。好意的。遊牧民。経済力良好。戦時体制 西方零細部族(C〜E ナーマ傘下。好意的。防衛力微弱。水場有り。ジン無し。銃で武装(未習熟)。集落周辺のみ実効支配。人手不足。Dの疲弊が深刻。Eに難民が滞在中。DとEの西側にのみ土嚢防壁と見張り台有り 王宮 援助等を要請するとナーマの威信が低下し評価が下がります 域外定住民系大商家 継続的な取引有 域外古参勢力 友好的。宗教関係者が多くを占める小規模な勢力群。留学生関連で予想以上の利益を得たため、何らかの形でナーマへ恩を返したがっています ナーマ周辺零細部族群(東境界線付近の小オアシスは除く) ナーマ傘下。好意的。ナーマへ出稼ぎを多数派遣中 定住民連合勢力 ナーマ東隣小都市を中心とした連合体。ナーマと敵対的中立。対アヤカシ戦遂行中。防諜有。同意無しの進軍は侵略とみなされます その他の零細部族 ナーマの南隣と北隣に多数存在。基本的に定住民連合勢力より ●都市内組織 官僚団 内政1名。情報1名。他7名。事務員有。医者1名 職場研修中 医者候補4名、官僚見習い21名 守備隊からくり7名 領主付からくり3名 教育中 留学生30名(10代前半・午前・高度)、ナーマ民74名(20代中心・夜間・初歩的) 教育機関 からくり10名(教師 うち1名が巫女 情報機関 情報機関協力員37名 必死に増員中 警備隊 230名。都市内治安維持を担当。12名が西方に駐留中 ジン隊 初心者より少し上の開拓者相当のジン7名。対アヤカシ戦特化。後退しつつ常時2名が西方に駐留中。相棒からくりは城壁内で研修中。次回から実戦投入の予定 からくり隊 20名。初依頼開拓者級。影武者任務可。演技力極低。主に地下遺跡でのアヤカシ退治と宝珠採掘を担当。魔術師2人。騎士2人 アーマー隊 ジン3名。うち1人は臨時。現在非戦闘中心。騎士は1人 農業技術者集団 学者級の能力のある者を含む3家族。農業指導から品種改良まで担当 職人集団 地方都市にしては高熟練度。技術の高い者ほど需要高 現場監督団 職人集団と一部重複 領主側付 同型からくり12体。見た目良好。側付兼官僚見習兼軍人。1人が外交官の任についています。交易路防衛も担当。職未決定の覚醒からくり1名 守備隊(民兵隊) 常勤は負傷で引退したジン数名のみ。城壁での防戦の訓練のみを受けた363名の銃兵を招集可。損害発生時収入低下。新規隊員候補185名。50名が西方に駐留中 西志願兵 西方諸部族出身。部族から放り出された者達。士気やや低。ナーマ民兵相当の能力有。Aに10名。Dに4名。Eに4名 |
■参加者一覧
カンタータ(ia0489)
16歳・女・陰
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
此花 咲(ia9853)
16歳・女・志
フレイア(ib0257)
28歳・女・魔
ハッド(ib0295)
17歳・男・騎
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
将門(ib1770)
25歳・男・サ
エラト(ib5623)
17歳・女・吟
隗厳(ic1208)
18歳・女・シ |
■リプレイ本文 寂れた村へ避難民が入っていく。 城塞都市ナーマから支援を受けた彼等は、少なくとも数ヶ月は無収入でも生きていける。 だがその足取りは非常に重い。 守りが薄い。ナーマが新たに寄越したのは警備隊数名でしかない。 アヤカシから守ってくれると期待するにはあまりにも戦力が小さく、ナーマから信頼されていると思うにはあまりにも警備隊が口を出し過ぎている。 「全く」 警備隊の伍長が村人の目のない場所で眉間を揉んでいた。 この機会に西の小村群を解体して城塞都市ナーマの下に組み込もうとしている、と村人達は思っているのだろう。 実際はナーマの本音は正反対。極小とはいえ水場があるため放棄はできないが、統治のために必要な費用が収益を上回る土地など欲しくない。西にアヤカシの軍勢がいるため守備のための費用も必要となのでここだけでなく西の小村群全てが損しか生み出さない。 「参った」 厳しい対応は伍長の趣味ではない。 できれば城塞都市内と同様に、礼儀正しく威圧感を表面に出さずに仕事を進めたい。 しかしここでは舐められたら指示も助言も聞いてもらえなくなる。 「2週間で交代なんだ。なんとか生き延びないとな」 伍長は権威主義的な仮面を被り、激発しない範囲で村人を押さえ込みつつアヤカシに対する警戒を開始するのだった。 ●襲撃 難民を輸送したのはナーマが所有する小型飛空船だ。 普段は交易路警備に従事している船なので見た目は良い。小型の割には耐久力もあるので飛行アヤカシに襲われてもすぐには落ちない。 相手が凶光鳥数体でなければだが。 カンタータ(ia0489)が呼び出した式が濃密な瘴気をまき散らしながら凶光鳥に突進した。 非常識な水準の回避力を誇るアヤカシでも必中攻撃は回避できない。 並のアヤカシなら触れた時点で消滅する術を2度浴びた凶光鳥を含む3体が、飛空船を庇ったカンタータを無視し、轟龍からの炎を余裕をもってかわし、甲板から青と赤の煙をあげる飛空船を射程距離に捉えた。 3体の凶光鳥が同時に口を開ける。 見ようによっては滑稽な色と形の光が高速かつ連続で撃ち出され、宝珠があるはずの船尾部分を吹き飛ばした。 アヤカシ達は速度を緩めずカンタータから離れ、墜ちていく飛空船を無視して東の空へ飛び去ろうとする。 「お返し」 カンタータによって負傷した鳥型アヤカシが嘴から尾羽まで綺麗に2分割され、向かい風に溶けるようにただの瘴気に戻っていった。 「ふむ」 此花 咲(ia9853)は凶光鳥を追撃しようとする空龍を宥めて視線を下に向ける。 前衛的な形になってしまった飛空船の残骸は、自由落下はせずに徐々に高度を落としている。 「不幸中の幸い」 音を立てずに納刀し甲板へ近づく。 からくり数人が、全身うっすらと焦げた状態で剥き出しの宝珠機関にもたれかかっている。 自分達の体を盾にして飛空船の中で最も高価な部分だけは死守したらしい。 「有給、欲しいです」 「天儀ワッフルほしー」 戦死者0。冗談を飛ばせる程度に余裕なからくり達には数日の休暇が与えられた。 ●突入失敗 飛空船から狼煙が上がる数分前。 将門(ib1770)達4人はアヤカシの支配領域へ突入した。 鎮西村に即時行動可能な状態で戦力を待機させた上での行動であり、アヤカシの全力に襲われても退却だけは可能、アヤカシの主力に背後を脅かされても問題ないはずだ。 隗厳(ic1208)が眉をひそめてニカーブをずらす。 地上から響く破龍と破龍の足音と、空をいく駿龍と鷲獅鳥のはばたきが大きすぎて他の音がほとんど聞こえない。 一度停止して調べることはできない。 大型を含む相棒4体の移動は目立つ。既にアヤカシに気づかれているのは確実なので、足を止めればアヤカシ軍に戦力の集結を許すことになる。その結果訪れるのは最善で不利な戦い、最悪で退路を断たれた上での犬死にだ。 「風が強いですね」 エラト(ib5623)がつぶやく。 同じく耳に集中していた彼女は、相棒の移動以外の音に気づいた。 風が強いので音が聞き取りづらい。 否。風が強いので砂が飛び、荒野とその上空の視界が悪化している。 将門は勘に従い声を張り上げる。 「一時停止。上空を含め全方位を警戒」 勘は的中した。 鎮西村の東に色付き煙が見える。青と赤。単独では対処不能の敵に襲われた際の合図だ。 細かな砂で視界が悪い上空を大きく迂回した凶光鳥3体が飛空船に襲いかかったのだ。 「問題山づみだなー」 ルオウ(ia2445)は東に目を向けている。 中級アヤカシ数体を中核とする総勢100のアヤカシ部隊が低速で向かって来る。4人で戦えば楽勝、ルオウ1人でも時間制限と増援がないなら高確率で勝てる相手だ。ただし勝ったときには飛空船は墜ちているだろう。 「一度戻るしかありませんね」 エラトが東へ向かって飛ぶ。 鷲獅鳥の速度は素晴らしく、他の3人を大きく引き離して鎮西村上空を抜け飛空船があった場所へ向かう。 残念ながら到着時点で飛空船は大破していた。 しかし凶光鳥による再度の襲撃を未然に防ぐことはできたのである。 ●再突入 風のない夜の荒野はとても静かだ。 安らぎをもたらす静けさではなく不穏の気配をはらむ重苦しい無音の中、多くのアヤカシが荒野のあちこちに潜んでいる。 隗厳は相棒を後方に残して敵地へ潜入している。 暗視を使うことで無灯火での行動を可能にし、シノビの優れた聴覚で比較的広い範囲の敵情を探る。瘴索結界とは異なり使用時に光らないので隠密行動としては理想的だ。 だが瘴索結界と異なり詳しく探るには時間が必要だ。至近距離ならともかく遠くの音を正確に拾うのは超高位のシノビでも難しい。 1時間かけて十数メートルという速度で進んでいた隗厳の足が止まる。 数分かけて情報を広い、半時間かけて後方のエラト達と合流する。 エラトが微かな星明かりを頼りにド・マリニーの文字盤を見つめていた。 目の他の感覚も限界まで研ぎ澄ませ、瘴気の濃淡からアヤカシが潜む位置とアヤカシの強さを探っている。確信を持てたのは7体。その中には隗厳が気付けなかったものも3つ含まれている。 ただ、時間がかかりすぎている。巫女がいれば10秒で得られる情報を数分から1時間かけて収集したのだから当然だ。 無言のまま情報の交換を行った2人は、攻めることを決断し合図を送った。 ルオウが咆哮する。 十数メートル先の砂地が不自然に動く。 アヤカシ側には不寝番がいたが開拓者には全く気づいていなかった。不意打ちで浴びせられた心を縛る呪を浴び、巧妙に擬装された塹壕から身を起こしルオウとその相棒目指して走る。 大柄な鬼の間合いに入る前に破龍が跳躍する。 6体からなるアヤカシの隊を飛び越え十数メートル向こうに着地。方向転換後急接近し殺意を叩きつけアヤカシの動きを鈍らせる。 フロドはルオウの意を察して巧みに進退し、アヤカシに攻撃機会を与えることが極めて少ない。日々の研鑽の主従の絆がもたらした戦果であり、ルオウは据え物斬りのように簡単に処理していくことができた。 「戦い易すぎるなー」 凄まじい戦果の割なのにルオウは喜べない。 今年中に決戦あるいはその一部が行われるだろう地形の正体に気づいたからだ。アヤカシが塹壕を掘ったりしているが基本は平たく騎乗戦闘にも兵力の大規模展開にも向いている。 要するに、普通の戦い方をするなら数の多いアヤカシが有利なのだ。 「飛行アヤカシが3体…2体います」 隗厳が指を動かすと、細く艶やかな鋼線が跳ねて不用意に硬化してきた大怪鳥を輪切りにした。 もう1体仕留めようとするが射程範囲に敵がいない。 鷲獅鳥が離陸する。 その背ではエラトが松明を掲げていて、それがアヤカシにとって唯一の光源となる。 もっとも光源がアヤカシに益をもたらすことはない。 エラトがリュートに触れると破滅の曲があふれ出し、個々のアヤカシを支える力を押し潰してしまう。 「遠方から接近してきます。最低100」 「了解。今日はここまでにしとこうぜ」 エラトを先頭に開拓者達が後退していく。 ルオウは最後尾で暴れ回ってアヤカシの追撃を寄せ付けなかった。 ●演習 中型飛行船の甲板から炎龍が次々に飛び立つ。 乗り手は全てからくりだ。統一された装備の若い女性のみで構成される隊は非常に華やかで、しかし主従の絆という面では宜しくない。 仲が悪い訳ではないのだが意思疎通がうまくいかずに甲板まで戻って再出発という組が半数近くいた。 カンタータが設置した壁に対する一撃離脱訓練完遂ができた者は1人もいない。 炎龍の訓練とは逆に、中型飛空船の慣熟訓練は順調だ。 なにしろナーマ最良のからくり5人を船長以下の幹部に任命し、空夫には経験が浅いとはいえ常人の数倍の力を持つからくりを10人配置したのだ。 これで慣熟訓練に失敗するようなら中型船を売り払って別の装備の購入を検討するしかない。 「気合が入りすぎ。手を抜くのではなく緊急時以外は余力を残しなさい」 フレイア(ib0257)の指導は操船技術の伝授が従、指揮能力の鍛錬が主だ。 領主側付き達はナーマが所有していた小型飛空船の操船に慣れている。起動してから半分の期間は交易護衛に従事しているのだから当然かもしれない。 「マニュアルがあれば…」 中型飛行船の操船手引きをつくれる水準の空夫はナーマにはいない。今回依頼をうけた開拓者には操船経験があるかもしれないし巧みに操船できるかもしれない。しかしただ操船できる程度では教本をつくるのは難しい。 自分でやるのと他者に教えるのでは必要な知識の深さが違いすぎる。それに、仮につくれたとしても数ヶ月から年単位の時間がかかってもおかしくないのだから。 また、船長、航海士、観測員、操舵手、機関手の予備の育成はほとんど進んでいない。 領主側付きと起動したばかりのからくりでは経験の量も密度も違いすぎるのだ。 「ヴァナディースさん、戦闘時の出力設定はこれで問題ないでしょうか」 機関手として訓練中の側付きがフレイアの相棒と話し込んでいる。 単に船を操るだけでなく、己を含む乗員の負傷や死亡、船の損傷まで考えて学んでいるようだ。 予備機関手である新人にも理解できるよう可能な限り平易な言葉で会話はしているのだが、理解するために必要な知識が多すぎて新人には厳しすぎるようだった。 ●からくり達 領主側付きは超人的な使い手でも敏腕官僚でもなく、どちらの面でも今回集った開拓者に数段劣る。 役に立たないと言う訳ではなく、彼女達は城塞都市ナーマのどの部署でも中堅以上の人材として活動できる、非常に使い勝手の良い人材ではある。 「今日は帰さないぞ」 「夜用のランプの油を運び込んでおきます」 「夜食の発注も忘れるなよ。茶もたっぷりだ!」 ナーマ宮殿で、官僚、見習、事務員が奇妙なほど明るい表情で仕事をしている。 小型飛行船と中型飛行船の操船のため側付き達が出払っている。結果、最後の頼みの綱の力を借りられなくなり余裕がなくなっていた。 「からくり20人の起動を行う。主候補を呼び出す手続きを…」 顔を出した将門の前に、ほぼ白紙の書類が百枚近く差し出される。 からくり養育のために支給する補助金やからくりに課される役割の説明ににからくりの給料の扱い等々、人間(ナーマの場合からくりを含む)を動かすためには多くの事務作業が必要なのだ。 「全員分持って来い。俺が片付ける」 将門の返事を聞いて、官僚は笑顔を浮かべて夜食を1人分増やすよう見習に指示するのだった。 その数日後。 新たに目覚めたからくり達が、ナーマに唯一残った商用小型飛行船の上で遊んでいた。 汚れても目立たない作業着姿で仲間とおしゃべりしながら大型の箱を引っ張り出しては積み上げ下ろしてときには転がして遊んでいる。 「必要ですか?」 時折箱を回収して中身を確かめ手帳に記録しつつ、咲がとなりの職人に話しかけた。 「乱暴にされないと実験にならない」 技術はナーマ1、人格面は負の意味でナーマ1の彼がぶっきらぼうな返事をする。 「アレ以外の人形はコンテナの扱いが丁寧すぎる。このくらいしないと有用なデータはとれん」 職人は定規無しで設計図を描き上げた。 「輸送だけで疲れてしまったら、その後に悪影響が生じてしまうのです。なので、輸送のし易さに重点を置く方向にしましょう」 実際に運用する側から咲が意見を述べる。 職人は頷きすらせずに設計図を破り捨て、先程の半分程度の時間でもう1枚描き上げた。 素人目には先程との変化はない。 「お前がナーマから出るまでに仕上げておく」 咲が天儀に戻る前日に完成した試作品は、不気味なほど扱いやすく、船倉への収納も容易になっていた。 ●鉱山へ 「予算と期間を教えてください」 ナーマ建設部門のむさくるしい事務所で、ナーマのからくりとは雰囲気の異なるからくりが尋ねていた。 「地下鉱山奥で補強無し」 「ナーマ水源の」 「ここはいっそ」 隗厳がもたらした情報をもとに、専門家達が地下鉱山奥のさらに奥へ進むための進路を探る。 「ちょいと言いにくいんですが」 「体を頑丈な柱にくくりつけてアーマーに突っ込んでもらうのが一番早くて安くて確実だと思います」 「うちの水源の水源かもしれないんでアマル様から工事の許可が出ないかもしれないんで、できれば」 隗厳を陥れる意図は無い。専門家が理詰めで考えて、それが一番確実という結論だった。 ●新人教育 パーツについた傷を柔らかな風が癒した。 「わぁ」 きらきらした目で癒し手を見上げる新人からくり。 サラーという個人名を与えられたばかりの覚醒からくりが、頬を微かに赤くして視線をそらした。 「事後の確認も大事ですよ」 玲璃(ia1114)が巫女以外に聞こえないように囁く。 巫女は顔面を意識して操作して優しげで頼りがいのある表情をつくり、患者に笑いかけ、完全に直っているのを確かめた。 ほっとして送りだそうとする直前に玲璃から水筒を渡される。 中身は陰殻西瓜が主原料の適度に冷えた飲み物。玲璃が当初渡すつもりだった妊娠中や出産直後の女性だけでなく、老若男女に幅広く人気が出てしまったスイカ糖だ。 「これはお土産。ご主人様と一緒に飲んでね」 「ありがとうございます!」 新人からくりはあこがれの人を見る目をしていた。 ほほえましいやりとりが行われている部屋の隣では、休日出勤の領主側付きと無理矢理時間をつくって顔を出したジン隊幹部がアレーナ・オレアリス(ib0405)と共に会議を行っていた。 「軽傷だと変化がないですね」 「お遊戯での擦り傷と戦場で体に穴が開く傷とでは違いますよ」 「はい。戦闘でも強いアヤカシ相手だと装備の差が強く結果に出ますから」 2人とも高性能装備の導入に賛成らしい。 「では可能な限り高性能の装備導入に賛成と?」 アレーナが意見を求める。 「はい、その」 「頷きたいですが」 からくりとジンは顔を見合わせて口ごもる。 アレーナが気品のある態度を保ったまま待つこと数分、2人は本当に言いにくそうに理由を述べた。 「価格…数ですか」 2人同時にうなずく。 金を倍出せば2倍の性能の装備が手に入るなんてことはありえない。 性能が1割増しで10倍、2割で100倍でも不自然ではなく、倍なら有力部族が抱え込んで表に出てこないのが普通だ。 「連続で使うと整備しても数割壊れるかもしれません。人数の倍、可能なら3倍欲しいです」 「整備も頭が痛い問題です。アレーナ様の剣とか多分ナーマじゃ整備できる奴いませんよ。アレも経験がないことは無理ですし」 アレーナの腰にあるのは秋水清光。 素晴らしい出来映えの刀を徹底的に鍛えた代物で性能は極上だ。 「腕一本で世渡りしてるときなら性能にだけ目を向けられたんですがね。人を使う立場になると予算が…」 「武器も防具も一定の段階を越えると調達にコネ必須ですからもっと面倒に…。アレーナ様、どうしましょう?」 開拓者より多くのものに縛られた彼等は切ないため息をついていた。 ●アーマー隊 遠雷3体がナーマ古参ジンに迫る動きで進退している。 力は生身の数割増しから倍。 強靱さも同様。 将が適切な指揮をすれば間違いなく大きな戦果を見込めるだろう。 「いかんの」 駆鎧操縦担当の教官が聞けば憤死しかねないことを言うのはハッド(ib0295)。 長い間ナーマアーマー隊を鍛えてきた人物の1人であり、使えるアーマー戦力をナーマにもたらした功績は非常に大きい。 彼とアレーナの人狼改型は、アーマー隊だけでなくナーマの若人達の憧れになっていた。 知識もコツも、騎士として必要な全てを教えきった。 その結果が目の前の光景であり、それだけやっても目の前の光景でしかない。 「練力制御法がのう」 これが身につかない。 武器の扱いは濃密な教授の結果短時間で身につき、アーマー同士の連携、ジン隊との連携も苦労はあっても習得できたのにだ。 教える側にも教わる側にも努力に不足はない。 こう考えるのは教育者としての敗北のようで考えたくもないのだが、ナーマアーマー隊の非騎士達には素質がないのかもしれない。 ●ご奉仕への道 メイドからくり達が音もなくご主人様に迫る。 お掃除。 お料理。 お洗濯。 健全な意味でのマッサージ。 ご奉仕術を主に炸裂させ…もとい堪能してもらえることに歓喜し、無表情な顔で瞳にだけは異様に力強い光が灯っていた。 「力が入りすぎています。最初からやり直し」 教師役である玲璃がだめ出しする。 お預けされた室内犬風の目が10対以上玲璃を見たけれども、玲璃は決して折れない。 折れたら彼女達の主が大怪我しそうだから。 なお、メイド装束のからくりの中には領主側付きも含まれている。 ハッドと同じく向いていないという言葉を使いたくはないが、現時点ではその言葉を否定できない。 半泣きのからくり達は主に泣きつき、この場に主がいないものは迷惑そうな顔のもふらさまに抱きつき傷心を癒していた。 「己を見つめよ」 メイド騒動が起きている場所から宮殿奥へ百歩ほど進んだ部屋で、クラスがまだ決まっていない覚醒からくりが瞑想している。 「私は」 目を開いて立ち上がる。 静かにみつめるハッドと向かい合い、己の掴んだ応えを高らかに口にした。 「からくりがいいです」 援護を信じて後を考えない全力を出したり主を庇ったり。彼女が本当に欲しい技の全てが使えるからだ。 「それ以外で」 ハッドは一言で切り捨てる。 「なんでですかっ」 無職からくりが猫風に威嚇する。 「覚醒をなかったことにはできんじゃろ。一番希望に近い職を選んだらどうじゃ」 このままだとサムライになる可能性が最も高いかもしれない。 ●音 郷愁を刺激する響きが領主の寝室を満たして消えた。 「同じ曲を歌ってください」 演奏者であるエラトが領主直属からくりにたずねる。 正しい答えが返ってくるとは思っていない。 無職覚醒からくりは単調な響きとしか認識できなかったが、実際は複雑で演奏に高い技術が必要な曲なのだ。 「はい」 アマルというよりアレーナに似た所作でうなずき、からくり達が1人1人紙に答えを書いて持ってきた。 目を通す。完全ではないけれども8割方正しかった。 続いてアマルが口頭で伝える。こちらはほぼ完全に聞き取れていた。 「前回失敗演奏を褒めたのはどうしてです」 念のため聞いてみる。 アマルは秒に満たない間困惑した後、前回意図せず部下を傷つけてしまったことにようやく気付いた。 「私の音楽の趣味は伝統的ではないようなのです」 技量の巧拙より情念が籠もっているかどうかが重要。王宮で演奏される曲より荒々しい音が好き、ということらしい。 「できれば広めないでください」 領主という立場は窮屈らしい。 |