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■オープニング本文 ナーマ領内に瘴気溜まりが2つ確認された。 密閉空間にあるので手を出さない限り問題は無い。 問題は西方のアヤカシ勢力が手を出す可能性があることで、彼等との決戦時に瘴気溜まりが開封されたら破滅的な事態になりかねない。 「都市地下は無理をすれば開拓者が対処可能。鉱山は無呼吸で活動可能な戦力しか…いえ、作戦次第でしょうか」 不幸中の幸いで、一度ナーマ地下で開封された瘴気溜まりよりは規模が小さいようだ。 開封して瘴気を処理すれば、以前のように大きな宝珠が手に入る必要はある。 「問題山積です」 自分が目覚めさせた愛しの妹の相手ができず、ストレスが溜まり気味な領主であった。 ●上級アヤカシディーヴェの憂鬱 開拓者を確実に仕留める手段がない。 互いに正々堂々退かずに戦うなら殺せるだろうが、互いにそんなことをする利点がない。 主力部隊の拠点に開拓者が少人数で襲撃したなら、拠点が粘っている間に全軍をぶつけて殺せるかもしれない。が、そんな手で仕留められる相手ならここまで悩んでいない。 西の小集落で友釣りを仕掛けたとしても…。 「見捨てるだろうな」 人類側最前線の動きを見ているとそうとしか思えない。 獣頭のアヤカシは大きく息を吐いて雑念を振り払い、軍の統率に意識を集中させた。 ●からくりのゆーうつ 「休暇でご主人様成分を補給しにご主人様のお世話したんだけど」 「あー、分かる分かる。私達って主婦技能とか女中技能ないもんね」 「お料理お掃除お洗濯ってアヤカシより強敵だよ」 「育児もだよ。二期生のお姉様、主のお子様に泣かれて泣いてたし」 ●依頼票 仕事の内容は城塞都市ナーマの経営補助 依頼期間中、1つの地方における全ての権限と領主の全資産の扱いを任される ●城塞都市ナーマの概要 人口:良 移民の受け容れ余地有。都市滞在中の観光客を除くと普 環境:良 水豊富 治安:普 厳正な法と賄賂の通用しない警備隊が正常に機能中 防衛:良 強固な大規模城壁有り 戦力:普 ジン隊が城壁内に常駐。防衛戦闘では都市内の全民兵が短時間で配置につきます 農業:良 都市内開墾進行中。麦、甜菜が主。二毛作。牧畜有 収入:優 周辺地域との交易は皆無。遠方との取引が主。ナーマ連合内での取引も増大中。鉱山再度閉鎖中。麦を中規模輸出中。氷砂糖を小規模輸出中。観光業有 評判:良 好評価:人類領域の奪還者。地域内覇権に最も近い勢力 悪評:伝統を軽視する者 資金:優 定期収入−都市維持費=++。前回実行計画による変化−− 現在++++++++++++ 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。1つ以上の項目が滅で都市が滅亡 ●都市内情勢 ナーマは直径数十キロに達するほぼ円形の砂漠地帯の中央付近にあります 外壁は直径1キロメートルを越えており、内部に水源、風車、各種建造物があります 妊婦と新生児の割合高めのまま。観光客多め ●領内アヤカシ出没地 都市地下 風車と水車で回す送風設備(地上)、水源を貫通するトンネルとホール(防御施設と空気穴有)それぞれ複数、トンネル、地下遺跡(宝珠有・空気穴有・瘴気濃度低・調査完了)、瘴気だまり跡(瘴気濃度低・酸素薄)、よく分からない長い通路(低酸素で未開封瘴気溜まり有り)の順に続いています 鉱山 ナーマの数キロ西。地表、横に向かう洞窟、地下へ続く垂直大穴、鉱山、未探査箇所(奥に空洞がある急流)と東向き洞窟(低酸素小規模崩落)と東向きの長い洞窟(奥は無酸素で未開封瘴気溜まり有)の順 ●西方地図 未未無無草草草C草砂 未未無無草D草草草砂 未無無無草草草草草砂 未無無無A草草E草砂 未無無無草草F草草砂 未無無無草草草草草砂 拠無無無草草草草B砂 無 無人の不毛地帯 拠 アヤカシ側の拠点の1つがあると思われる場所 未 おそらく無人の不毛地帯 草 草のまばらな草原。集落無し 砂 砂漠と草地の境の土地 A オアシス。ナーマの兵が駐留中。土嚢による小規模防壁有り。通称鎮西村。難民20人が滞在 F 放棄された小村。小さな水場有り 上が北、右が東。1文字は縦横数キロ 地図より西は無人地帯で、詳しい情報は未判明。アヤカシの大部隊が潜んでいる可能性が高いです ●現在交渉可能勢力 西方小部族(B ナーマ傘下。好意的。遊牧民。経済力良好。戦時体制 西方零細部族(C〜E ナーマ傘下。好意的。防衛力微弱。水場有り。ジン無し。銃で武装(未習熟)。集落周辺のみ実効支配。人手不足。Dの疲弊が深刻。Eに難民が滞在中。DとEの西側にのみ土嚢防壁と見張り台有り 王宮 援助等を要請するとナーマの威信が低下し評価が下がります 域外定住民系大商家 継続的な取引有 域外古参勢力 友好的。宗教関係者が多くを占める小規模な勢力群。留学生関連で予想以上の利益を得たため、何らかの形でナーマへ恩を返したがっています ナーマ周辺零細部族群(東境界線付近の小オアシスは除く) ナーマ傘下。好意的。ナーマへ出稼ぎを多数派遣中 定住民連合勢力 ナーマ東隣小都市を中心とした連合体。ナーマと敵対的中立。対アヤカシ戦遂行中。防諜有。同意無しの進軍は侵略とみなされます その他の零細部族 ナーマの南隣と北隣に多数存在。基本的に定住民連合勢力より ●都市内組織 官僚団 内政1名。情報1名。他7名。事務員有。医者1名 職場研修中 医者候補4名、官僚見習い21名 守備隊からくり7名 領主付からくり3名。新規からくり10名 教育中 留学生30名(10代前半・午前・高度)、ナーマ民73名(20代中心・夜間・初歩的) 教育機関 からくり10名(教師 うち1名が巫女 情報機関 情報機関協力員36名 必死に増員中 警備隊 225名。都市内治安維持を担当。12名が西方に駐留中 ジン隊 初心者より少し上の開拓者相当のジン7名。対アヤカシ戦特化。後退しつつ常時2名が西方に駐留中。相棒からくりは城壁内で研修中。次回から実戦投入の予定 からくり隊 10名。初依頼開拓者級。影武者任務可。演技力極低。主に地下遺跡でのアヤカシ退治と宝珠採掘を担当。魔術師2人。騎士1人。職未決定の覚醒からくり1名 アーマー隊 ジン3名。うち1人は臨時。現在非戦闘中心。騎士は1人 農業技術者集団 学者級の能力のある者を含む3家族。農業指導から品種改良まで担当 職人集団 地方都市にしては高熟練度。技術の高い者ほど需要高 現場監督団 職人集団と一部重複 領主側付 同型からくり12体。見た目良好。側付兼官僚見習兼軍人。1人が外交官の任についています。交易路防衛も担当。職未決定の覚醒からくり1名 守備隊(民兵隊) 常勤は負傷で引退したジン数名のみ。城壁での防戦の訓練のみを受けた363名の銃兵を招集可。損害発生時収入低下。新規隊員候補185名。50名が西方に駐留中 西志願兵 西方諸部族出身。部族から放り出された者達。士気やや低。ナーマ民兵相当の能力有。Aに10名。Dに4名。Eに4名 |
■参加者一覧
カンタータ(ia0489)
16歳・女・陰
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
此花 咲(ia9853)
16歳・女・志
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
ハッド(ib0295)
17歳・男・騎
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
将門(ib1770)
25歳・男・サ
エラト(ib5623)
17歳・女・吟
隗厳(ic1208)
18歳・女・シ |
■リプレイ本文 上空には怪鳥。アヤカシにとっては最も敵の近くにある目であり囮だ。これに1〜2人の開拓者が食いつけば、アヤカシの空中戦力の全力が叩きつけられ殺されるかもしれない。 地上には小鬼。ナーマ西部の小村を遅う未訓練の小鬼とは全く異なるアヤカシ達で、ルオウ(ia2445)が咆哮でも使わない限り塹壕に籠もったまま1分1秒でも時間を稼ごうとする精鋭だ。 さらに西に何があるかは分からない。人間なら反乱をおこすか逃亡する水準で兵を酷使し情報を隠しているのだ。 「なあ」 「ああ」 ルオウが同意を求めて目を向けると、将門(ib1770)が厳しい表情のままうなずいた。 強者の戦術ではない。 10体の上級アヤカシを相手にする、志体がほとんどいない地方のような戦い方だ。 「魔の森で心に傷を負ったのかな」 「負わせたのは志体か。この場には地元兵を含めても10人もいないのだがな」 西方への突入5分前の会話である。 ●速度 アヤカシに気づかれていることに気づいていた。 ルオウを筆頭に開拓者の中で上から数えた方が圧倒的に早い実力者が3人いるとはいえ、軍に包囲されたら最終的には絶対に逃げ切れずに戦死する。 だから数日かけてアヤカシ全軍の動きが鈍くなる機を待った上で、彼等は西へ突入した。 大怪鳥12からなる編隊が見事すぎる方向転換を披露する。 おそらく開拓者の急進で動揺していたのだろう。 進路変更は訓練のときより数秒遅く、高度も低かった。 鷲獅鳥の中でも特に強力な個体である奏は、主の言いつけ通り直進して敵編隊を蹴散らそうとはしなかった。 野生の本能が強い警告を発しているため全くその気になれず、地上をいく走龍と破龍に速度をあわせる。 不審を感じはしたがエラト(ib5623)の手は止まらない。 リュートから音が広がり、大怪鳥の全てが同時に消し飛んだ。 中空でエラトが戦っているとき、高空では襲撃の機会を逃した凶光鳥隊が撤退を始め、地上では激しい戦いが展開されていた。 「来い!」 ルオウの声に心を縛られ、真正面から戦えばルオウと将門を相手に短時間であれば足止めできたはずの小鬼達が塹壕から飛び出した。 良質な鉄槍と胸甲を装備した彼等は塹壕抜きでもなかなかの戦力だった。 「いっくぜーーー!!」 フロドが跳躍し、数十歩先に着地する。 小鬼隊はフロドにまたがるルオウめがけて只ひたすら直進する。部隊としてではなくただの下級アヤカシとして。 「うしっ!」 反転して前進し、3体で突き掛かる小鬼の脇をすり抜ける。 秋水清光をひらりと振って血震いすると、精鋭小鬼3が腰を境に6つに別れて荒野に転がった。 ルオウが指示を出すより速くフロドが華麗な足取りで方向と速度を調整する。 「上手いぞ」 技の命中精度向上の技も威力向上の技も使わない。 ただの斬撃が4度飛んで、精鋭小鬼隊の中核であった4体の首が宙に舞った。 風が止み音が消える。 数秒前までの激闘が嘘のように静まりかえった荒野で、エラトは周囲の警戒を将門達に任せて全神経を聴覚に集中する。 「駄目です」 遠くの風の音や仲間や相棒の鼓動は聞こえるがそれだけだ。 黒い懐中時計を取り出し瘴気濃度をより深く把握しようとする。エラトの耳には、遠く東から近づいてくる音が聞こえた。 「主力ではないな」 視線を動かさず、つまり気付いたことをアヤカシに気付かせずに将門が報告する。 「アヤカシ120…下級90と中級30だな。どう動くと思う?」 「30と引き替えに開拓者の相棒を潰し90で退路の遮断。全滅する前に残る全軍を叩きつける。戦力に逐次投入になるがアヤカシが全滅する前に俺達の体力が尽きる」 「ひでぇやり方だな」 だが確実だ。 ルオウが手綱を引くと、フロドが反転して東を向く。 将門はエラトを促し東へ撤退した。 中級アヤカシのみで構成された隊は、開拓者が鎮西村の北に達した時点で西に引き返していった。 ●ナーマ宮殿 3人のからくりは甘やかされている。 だから、無意識に高慢に振る舞ってしまうことがあった。 「いけませんよ」 力を誇示するのではなく、言葉の剣で斬りつけるのでもなく、己を厳しく正しく律することでうまれる説得力でもって説教をするアレーナ・オレアリス(ib0405)。 扉の影から心配そうに覗いてくるアマル・ナーマ・スレイダン(iz0282)を眼の動きで制止し、3人のからくりが自発的に謝るまでじっと待つのだった。 なお、週に一度も過労で苦しまないなら甘やかされていることになるのがナーマからくりである。 その日の深夜。 玲璃(ia1114)とカンタータ(ia0489)、アレーナ、アマル、そして巫女として覚醒したばかりのからくりが宮殿奥の休憩室に集まっていた。 「ええ、その感覚を忘れないでください。経験を積めば解毒の術が使えるはずです」 巫女からくりは控えめな笑みを浮かべ、何度か瞬きする。 「今日はもう仕事はありませんね? 主さんに伝えておきますからここで休んでください」 「いえ、私は…」 謝絶して本来の職場に一度戻ろうと立ち上がり、ふらつき倒れてしまう。 床にぶつかりはかった。途中ですごいもふらさまが柔らかく受け止め、毛を普段以上にふかふかさせて眠りを誘う大あくびをする。 巫女はゆっくりと瞬きをして、そのまま寝入ってしまっう。 「講師から外すことはできませんか?」 カンタータがたずねると、アマルが報告書を手に持ったまま振り返る。 「官僚見習では能力不足です」 見習とはいえ選良であり、頭の性能と実務に関する知識は足りている。足りていないのは教育に関する諸々の知識と技術だ。志体級の体力を持つからくりとは異なり短期間で詰め込むのは難しい。 「初歩講義限定で2期生の指導助手になれる市民は居ませんか?」 さらにたずねると、アマルは今日の午前に読んだ報告書を思い出しながら口を開いた。 「終業後の教育を続けるなら半年欲しいという報告が来ていました。人格的に問題ないのは半数より少し少ないみたいで…いえ、念のため私が最終確認するつもりです」 カンタータはアマルの表情を見て気付く。 どうやらアマルは初心者巫女1人より平均的な教師1人を重要視しているようだった。 「玲璃さん、今日午前に家政についての講義をされたと…玲璃さん?」 都市の立ち上げの頃から成果を出し続けてきた巫女が、疲れ果ててた目で天を仰いでいた 「皆さん熱心でした」 平均的な人間より優れた心身を持ち、ご主人様に対する熱烈な忠誠心と一部愛情に溢れたからくり達は玲璃の家事講座を凄まじい情熱で受けていた。 「熱心、でした」 包丁でまな板どころか厨房を切り刻むのを矯正し、洗濯で頑丈な作業着を糸の状態にまで分解するのを矯正し、掃除のつもりで破壊活動をするのを矯正し、矯正した。 「熱心…」 からくりにも向き不向きがあるのを痛感した一日だった。 辛うじて家事をしても邪魔にならない水準にまではもっていたものの、それ以上は無理だった。受講者は再度講義してくれるなら有給とってでも講義に出るつもりらしいが今のままでは玲璃の気力がもたない。 「アマル、あの子達のことですが」 アレーナが話しかける。アマルから領主らしさが一瞬で失われ、末妹に甘い長姉の顔になりアレーナの言葉を遮った。 「あまり怒らなくてもいいと思うの」 上目遣いで甘えてくるアマルは可愛いと思う。 が、アレーナはアマルの母的立場にある者として容赦するつもりはなかった。 「怒らないけれど躾けは必要よ」 「は、はい」 絶対に言う必要があるとはいえ、後で頑張って慰めてあげないとすごく落ち込んでしまうだろう。 だから、アレーナは少し明るい話題と出すことにした。 「アマルはすごく好かれているようよ。あの子達の癖、アマルの生き写しだから」 ナーマからくりの長姉が、輝くような笑みを浮かべた。 ●西の小村 空から見下ろしても何の異常もみつけられなかった村に轟龍で降り立つと、カンタータの鼻を焦げ臭い微風がくすぐった。 「志願兵と村人の不和が起こらないよう配慮願います。しつこいアプローチや諍いが起きるようであれば彼らを元の配置に戻しますよ? かつてはどうあれ今やナーマの大事な兵力なのです。無理強いされません様〜」 集落の長に釘を刺してからナーマの兵の元へ向かうと、目の下の濃いくまが目立つ兵士2人が出迎えた。 「無理です」 この村出身の、ナーマで訓練を受けた兵士はカンタータの質問に首を横に振った。 「小鬼が2匹北か南から攻めて来たら終わりです。村の連中が怠けている訳じゃありません。ナーマに逆らって無事で済むと思ってる馬鹿は少数派ですから」 単純に戦力が足りない。 松明を1つもってわざわざ防壁がある方向から向かってきた小鬼1匹倒すのも困難で、倒せるだけの戦力を用意すると日々の生活に支障が出る。どれだけ工夫しても人も物も足りないのだ。 「弾薬の補給を願います」 安全を確保するために、人を酷使し物資を大量消費しているのが現状だった。 ●順調 「臨時賞与だー!」 「有給! 有給!」 金に飢えたからくり達がナーマ地下遺跡へ解き放たれた。 「後輩の面倒を見ないと査定に響くからのー」 ハッド(ib0295)が包容力と威厳に溢れる声をかけると、3期生達全員が戻って来て後輩の装備と姿勢を確認し、その後慎重かつ手際よくアヤカシの駆除と宝珠回収を再開した。 「形になってきたの」 相好を崩す。 暗く狭くアヤカシが頻繁に出現する遺跡での行動は困難だ。 けれどハッドの指導を長期間受けた3期生達は地下遺跡に慣れている。後輩に適切な指導と援護を行える水準に達しているのだ。 最も優秀な…正確には覚醒したものを除く3期生のうち最も優秀なものを伍長とし、適度に連携し、適切に休憩し、素晴らしい効率で宝珠の回収を進めている。 「後は…」 地下遺跡で大規模工事を行ったり大型機材を導入しないのなら、地下遺跡を全てからくりに任せるのも良いだろう。 そのときは瘴気溜まりらしきものには絶対に手を出さないよう言いつけておく必要があるが。 「アーマーを使えるようになればのう」 宝珠を抱えて戻って来たからくり達を出迎えながら、ハッドは残った懸案について考えていた。 ●難航 人狼改型アーマーてつくず弐号が高速で駆けて、足を滑らせた。 アレーナの機体が受け止めて大惨事は免れたものの、あのままだと受け身をとれずに機体が損傷していたかもしれない。 「今の感覚を忘れるでないぞ。踏み込むべきところで踏み込めなければ戦などできぬ」 手塩にかけた機体を壊されかけたのに、悪感情を全く感じさせない態度でハッドが褒めて指導する。 今てつくず弐号に搭乗しているのは騎士志望の覚醒からくりだ。 騎士に対する適性は覚醒からくりとしては平均以下。 けれど熱意と根性は素晴らしく、ハッドに素晴らしい練習環境を提供された結果急速に腕を上げている。 既に効率稼動を身につけている彼女は既に騎士ではあるのだが…。 「しばらく地上限定じゃの」 新米騎士からくりは機体の癖を把握し切れていない。このまま地下に送り込めば大事故に繋がるかもしれなかった。 ●超難航 ハープが断末魔の悲鳴をあげ、壊れた。 演奏者である吟遊詩人志望からくりは、震える手で壊れたハープをもとの場所に戻し、西から戻って来たばかりのエラトに頭を下げた。 「慌てて力が入りすぎましたね」 エラトには、目の前の礼儀正しく素直なからくりがアヤカシの軍勢以上の強敵に見えている。 「他には…」 絶望的に才能が無い。 いやもちろん地道な反復練習で開拓者の吟遊詩人としての能力を身につけさせる自信はある。 ただし上達速度は他の覚醒からくりに比べて明らかに遅くなるし、同じ、いや半分程度の熱意と労力で他の職を目指した方がより高位の開拓者になれる。 「姉様、今の曲をもう一度聴きたいです」 「今は静かに聴くときですよ。後でエラトさんに尋ねてみましょう」 音楽の趣味がかなり独特のようで、領主とその直属部下達は本心から好意的に先程の音を楽しんでいた。 皮肉と認識してしまった覚醒からくりは今にも泣き出しそうだ。 「一度基本に戻って頑張りましょう」 覚醒からくりの指が無事なのを確かめたエラトは、穏やかな口調でアマル以下を追い出し授業を再開するのだった。 ●使いこなせない船 真新しい船がゆっくりと地面に近づき、人の背丈ほどの高さで静止…はできずに波に揺られるような感じで上下する。 「試験開始」 此花 咲(ia9853)が記録用の手帳片手で呟く。 「了解。試験開始します」 「船倉を開けて!」 「甲板で後2人。対アヤカシ警戒っ」 領主側付を中心とするからくり空夫達が大きな箱を引っ張り出し、あるいは物々しい銃を構えて周辺を警戒する。 「そお、れっ」 一応ロープで結んではいるがほとんど投げ捨てる勢いで舷側から下ろし、箱の封を解いて砲の模型を取り出しその場に固定した。 「試験終了」 かかった時間をメモに記して合図を送る。 「了解。試験終了します」 「動くの止め! そこっ、精霊砲の模型を動かさないっ!」 試験の重圧から解放された新人からくりが慌てて動いていた。 咲は甲板を蹴ってはしごも使わず地面に降りる。 砲の向きはだいたい予定通り。 わざと壊れやすい素材で造られた宝珠砲模型5つのうち1つが、砲身が少しだけ歪む形で壊れていた。 「ふむ」 うなずくと綺麗に揃えられた髪が揺れた。 相変わらず必要な空間の割に運べる数が少ないけれども、これなら前線へ宝珠砲を運ぶ手段として使える。 問題は。 「帰還訓練はできますか?」 問われた領主側付は酸っぱいものを口に誤って飲み込んだような顔になる。 「このまま訓練を再開したら途中で操作を失敗する可能性があります。最悪大城壁に正面から突っ込むことに」 咲は無言でうなずき小休止を了承する。 中型軍船を動かすには膨大な知識とこつが必要であり、運用に活かすための情報蓄積も遅れていた。 ●内政 「人は足りそうですか?」 領主執務室の隣の部屋で、咲は領主宛に届いた手紙を精読している。 「危険に目を瞑ればなんとか、だな」 将門は人事の書類を凝視したまま答えた。 「力を手に入れたら豹変するかもですし」 「その通り」 将門の表情は暗い。 新規主人候補に求めているのはからくりへの愛情とナーマへの忠誠のみ。からくりの里親をするための報酬あるいは援助を前提に候補を探させ、アマル経由で候補者60人の名簿が届けられた。だが将門の目から見ると半分はできれば候補から外したい。 咲が吹き出す音が聞こえた。 「もう1隻買えます」 空夫に対する教育ができる人材を天儀から招こうとしたらとんでもない額が必要らしい。 「商売敵になるから?」 西のアヤカシ軍を撃破したときにナーマに多くの戦力が残っていたら、将来はそんな展開もあるかもしれない。 ●鉱山 ジン6人にその相棒6人。 覚醒からくりの魔術師2人と騎士1人。 鉱山で自然発生するアヤカシなら鎧袖一触で蹴散らせる筈の彼等は混乱していた。 連携を欠いて同士討ちしかかること5度。間合いを計り損ねて無駄に練力を使うこと数十回。 ジークリンデ(ib0258)は惨状を見せつけられながらも粘り強く指導を行い、特に魔術師の実戦的な戦い方を全員に教えていく。 ごく希に現れるアヤカシを的に新米魔術師に聖なる矢や雷を撃たせているだけに見えるが、実際はちょっとどころではなく複雑だ。 要人警護や対アヤカシ戦における立ち位置や攻撃のタイミング、間合いの計り方、アヤカシの感知の仕方まで徹底的に実戦的に教え込む。 教わるのは魔術師だけではない。他職の者が魔術師の特性を理解出来ていなければ連携などできないので、全員が魔術師の動きを理解出来るまで繰り返し訓練が行われた。 「えいや」 慣れない種類の訓練で疲れ果てたからくりが雷を放つ。 「痛」 ジンは間合いを外すことができずにまともにくらう。 「くない?」 だが痛みの弱さに戸惑い、これで問題ないのか視線でジークリンデに尋ねててきた。 「続けてください」 覚醒からくり魔術師にもナーマジン隊にも問題は無い。今回の訓練で十分な連携ができるようになった。 問題があるとしたら覚醒からくりの装備だ。 騎士からくりはジン隊の予備の剣や鎧を使っているため装備に力不足はない。しかし魔術師からくりは市場で多く流通しているものしか装備できていないのだ。 「装備の質をどの水準にするかも…」 ナーマなら大量の金とコネを使って強力な装備を入手可能かもしれない。もっとも強力であればあるほど入手に時間がかかる。 ときおりムニンにアヤカシの警戒をさせながら、ジークリンデは指示を出しつつ考えに耽っていた。 ●地下水 「つかれた」 「つめたくてきもちいい」 アンデッド風に動くからくりが急流に近づくと、湿った音をたててミヅチが近づいて来た。 からくりの前に回り込み、みいみいと鳴きつつ一生懸命押し戻そうとしている。 「件?」 鳴き声に気付いた隗厳(ic1208)が急流の直前で広がる空間に入ってきて、軽く目を見開いた。 「何をしているのです」 ナーマからくりの首筋を掴んで急流から離す。 ミヅチは主との再開を喜ぶ時間も惜しんで、急流に近づこうとする別のからくりを抑えようとして引きずられていく。 「全く」 隗厳は全員を捕獲して後ろに下げる。 持参の空気袋を潰して寝床をつくってやると、長時間の訓練で疲れたナーマからくり達が身を寄せ合い意識を失った。 「お手柄」 頭を撫でてやる。 ミヅチは機嫌良くきゅいと鳴いて、寝ぼけたナーマからくりが近づかないよう急流を背に立ち上がる。 時折飛沫がかかるとても気持ちよさそうに目を細めていた。 隗厳は背負い袋を足下に置く。 ナーマからくりの護衛やジークリンデの補助の合間に見つけた鉄鉱石が中に入っているそれは、重い音をたててごろりと転がった。 価値はあるが城塞都市地下でとれる宝珠と比べるとどうしても劣る。 また、今回は専門の作業員を連れて来ていない上ジンもからくりも慣れない訓練で疲れているためほとんど鉄鉱石はとれないだろう。 目を細める。 暗視を使って急流を眺めると、水の向こうに乾いた空間が見えた。 「体調が万全で私個人が限界まで準備を整えて成功率5割」 5割なのは向こう側に渡れる可能性で、無事帰還する可能性は3割未満だ。 渡りきれずに流されたとしたら、天然通路の細い通路に引っかかって壊れるまでそのままになるかもしれない。 現状では絶対に向こう岸に渡す必要はない。 だが諦める必要も無い。 からくり達の護衛をしながらこの場の広さと形状、水の勢いの変化をじっくりと眺めてみる。 開拓者でも非覚醒からくりでも危険が大きすぎる。 けれど今、隗厳は開拓者であると同時に絶大な権力を持つ領主の代理だ。 大量の資材と建設部門の人材を連れて来れば短期間で迂回路を造れる可能性が高い。 「問題は予算を投入する意味があるかどうか、ですね」 目をこすりあくびしながら起き上がるナーマからくりに近づき隗厳はつぶやいた。 数時間後。少しの鉄鉱石と体力と精神力の限界に達したからくりとジンを乗せた船が、低速でナーマに向かって飛んでいた。 |