【城】からくり領主の緩み
マスター名：馬車猪
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| ■オープニング本文 真新しい飛空船が城塞都市ナーマに向かっていた。 護衛の装甲小型船が追いつくのに苦労するほど速く、装甲も分厚い。 アル＝カマルの中心から城塞都市に到着するまで、多くの目がその威容を目にした。 その中には当然のようにアヤカシの目も含まれていた。 「奴等どれだけ金を持っている」 獣頭の上級アヤカシは部下からの報告を聞きため息をついた。既に２隻飛空船を落としたのにナーマが運用する船は減っていない。 「国か他の儀と強い繋がりがあるのかもしれません」 アヤカシにしては珍しく理知的な鬼が意見を述べる。 「ジンが四、五百集まるなら簡単なのだが」 人間とは異なりアヤカシには賃金も補給も必要ない。長期間逃げ続ければ戦費の負担に耐えかねてナーマも潰れるはずだ。 「いずれにせよ兵力は必要だ。雑魚の確保と戦力化を急げ」 「はっ」 全軍で攻めて失敗すれば、開拓者に撃たれるか支配から逃れた中級以下に討たれる可能性が高い。 ディーヴェは年内に限界まで周辺のアヤカシをかき集めるつもりだった。 ●ナーマ 「食糧や水を置く空間を削った分速度を上げた無茶設計です。宝珠以外の部分は不良在庫だったのでしょう。…アマル様？」 領主執務室で、実用的であると同時に美麗な衣装をまとう側付が困惑していた。 仕事では自他に対して厳しいはずの領主が、緩んだ顔で考えに耽っているのだ。 自ら直接育ている同属が可愛くて仕方が無いのだろう。手元の紙にはかつてない上機嫌な字で育成計画がつづられている。 「新たに目覚めさせる妹達の主ついてですが…」 そっと別の報告を混ぜてみる。 「教育完了済みのナーマ民のみを候補に…もちろん私も候補ですよ」 アマルは、かつてないほど舞い上がっていた。 ●依頼票 仕事の内容は城塞都市ナーマの経営補助 依頼期間中、１つの地方における全ての権限と領主の全資産の扱いを任される ●城塞都市ナーマの概要 人口：良 移民の受け容れ余地中。都市滞在中の観光客を除くと普 環境：普 水豊富。開拓者の術による浄化がない場合徐々に低下。城外浄水施設は次回完成予定 治安：普 厳正な法と賄賂の通用しない警備隊が正常に機能中 防衛：普 強固な大規模城壁有り。城外浄水施設建設の過程で一時的に低下し次回回復する予定 戦力：普 ジン隊が城壁内に常駐。防衛戦闘では都市内の全民兵が短時間で配置につきます 農業：良 都市内開墾進行中。麦、甜菜が主。二毛作。牧畜有 収入：優 周辺地域との交易は皆無。遠方との取引が主。ナーマ連合内での取引が増大中。鉱山再度閉鎖中。麦を中規模輸出中。氷砂糖を小規模輸出中。観光業有 評判：良 好評価：人類領域の奪還者。地域内覇権に最も近い勢力 悪評：伝統を軽視する者 資金：優 定期収入−都市維持費＝＋＋。前回実行計画による変化−−−−− 現在＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋＋ 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。１つ以上の項目が滅で都市が滅亡 ●都市内情勢 ナーマは直径数十キロに達するほぼ円形の砂漠地帯の中央付近にあります 外壁は直径１キロメートルを越えており、内部に水源、風車、各種建造物があります 妊婦と新生児の割合高めのまま。観光客多め ●領内アヤカシ出没地 都市地下 風車と水車で回す送風設備（地上）、水源を貫通するトンネルとホール（防御施設と空気穴有）それぞれ複数、トンネル、地下遺跡（宝珠有・空気穴有・瘴気濃度低・前回で調査完了）、瘴気だまり跡（調査済空洞・瘴気濃度低・酸素薄）、よく分からない通路（酸素薄・非遺跡・短距離のみ調査済・自然洞窟？）の順に続いています 鉱山 ナーマの数キロ西。地表、横に向かう洞窟、地下へ続く垂直大穴、鉱山、未探査箇所（西向き洞窟、奥に空洞がある急流）と東向き洞窟（低酸素小規模崩落）の順 ●西方地図 未無無草草草Ｃ草砂 未無無草Ｄ草草草砂 無無無草草草草草砂 無無無Ａ草草Ｅ草砂 無無無草草Ｆ草草砂 未無無草草草草草砂 未無無草草草草Ｂ砂 無 無人の不毛地帯 未 おそらく無人の不毛地帯 草 草のまばらな草原。集落無し 砂 砂漠と草地の境の土地 Ａ オアシス。ナーマの兵が駐留中。土嚢による小規模防壁有り。通称鎮西村。難民２０人が滞在 Ｆ 放棄された小村。小さな水場有り 上が北、右が東。１文字は縦横数キロ 地図より西は無人地帯で、詳しい情報は未判明。アヤカシの大部隊が潜んでいる可能性が高いです ●現在交渉可能勢力 西方小部族（Ｂ ナーマ傘下。好意的。遊牧民。経済力良好。戦時体制 西方零細部族（Ｃ〜Ｅ ナーマ傘下。とても好意的。防衛力微弱。水場有り。ジン無し。銃で武装（未習熟）。集落周辺のみ実効支配。人手不足。Ｄの疲弊が深刻。Ｅに難民が滞在中 王宮 援助等を要請するとナーマの威信が低下し評価が下がります 域外定住民系大商家 継続的な取引有 域外古参勢力 友好的。宗教関係者が多くを占める小規模な勢力群。留学生関連で予想以上の利益を得たため、何らかの形でナーマへ恩を返したがっています ナーマ周辺零細部族群（東境界線付近の小オアシスは除く） ナーマ傘下。好意的。ナーマへ出稼ぎを多数派遣中 定住民連合勢力 ナーマ東隣小都市を中心とした連合体。ナーマと敵対的中立。対アヤカシ戦遂行中。防諜有。同意無しの進軍は侵略とみなされます その他の零細部族 ナーマの南隣と北隣に多数存在。基本的に定住民連合勢力より ●都市内組織 官僚団 内政１名。情報１名。他７名。事務員有。医者１名 職場研修中 医者候補４名、官僚見習い２１名 守備隊からくり７名 領主付からくり３名 教育中 留学生３０名（１０代前半・午前・高度）、ナーマ民７０名（２０代中心・夜間・初歩的） 教育機関 からくり１０名（教師 情報機関 情報機関協力員３６名 必死に増員中 警備隊 ２２５名。都市内治安維持を担当。１２名が西方に駐留中 ジン隊 初心者より少し上の開拓者相当のジン７名。対アヤカシ戦特化。後退しつつ常時２名が西方に駐留中。相棒からくりは城壁内で研修中 からくり隊 １０名。初依頼開拓者級。影武者任務可。演技力極低。主に地下遺跡でのアヤカシ退治と宝珠採掘を担当 アーマー隊 ジン３名。うち１人は臨時。現在非戦闘中心。１名騎士化 農業技術者集団 学者級の能力のある者を含む３家族。農業指導から品種改良まで担当 職人集団 地方都市にしては高熟練度。技術の高い者ほど需要高 現場監督団 職人集団と一部重複 領主側付 同型からくり１２体。見た目良好。側付兼官僚見習兼軍人見習。１人が外交官の任についています。交易路防衛も担当 守備隊（民兵隊） 常勤は負傷で引退したジン数名のみ。城壁での防戦の訓練のみを受けた３６０名の銃兵を招集可。損害発生時収入低下。新規隊員候補１８０名。５０名が西方に駐留中 西志願兵 西方諸部族出身。部族から放り出された者達。士気やや低。ナーマ民兵相当の能力有。１８名。現在Ａにいます |
■参加者一覧
カンタータ（ia0489）16歳・女・陰 
玲璃（ia1114）17歳・男・吟 
ルオウ（ia2445）14歳・男・サ 
此花 咲（ia9853）16歳・女・志 
ハッド（ib0295）17歳・男・騎 
アレーナ・オレアリス（ib0405）25歳・女・騎 
将門（ib1770）25歳・男・サ 
エラト（ib5623）17歳・女・吟 
水芭（ic1046）14歳・女・志 
隗厳（ic1208）18歳・女・シ |
| ■リプレイ本文 ●母 「アマルはお姉さんになったのだからしっかりしないとダメよ」 「おねえさん…」 アマル・ナーマ・スレイダン（iz0282）の顔は緩まない。 でも雰囲気は緩みきって瞳は上機嫌過ぎて浮つきすぎている。 「しっかりしないとダメよ」 これは釘を刺さないと危険だと判断し、アレーナ・オレアリス（ib0405）は緩んだからくりの思考を慎重に誘導していった。 ●瘴気溜まり 松明が消えた。 風に吹かれたのでも燃え尽きたのでもない。 人間が生きるための必須要素、つまりは酸素が薄くなりすぎたのだ。 隗厳（ic1208）は後ろに手を伸ばして相棒の肩を軽く叩く。 予想以上に緊張していたらしいからくり劫は、暗黒の中主の存在を強く感じることでなんとか正気に踏みとどまることができた。 劫が弱い訳では断じてない。 視界は真の闇に閉ざされ、耳に届くのは己と主が立てる音のみ。頭上には巨大な重量を支えきれるかどうか分からない天井があり、左右の壁はいつ崩れてもおかしくなく、足場も非常に悪い。 こんな状況で正気を保てているのは偉業と評していい。 この洞窟の入り口にあたるのは地下鉱山で、そこはハッド（ib0295）が手配したナーマジン隊が厳重に固めている。 だから後方からアヤカシが襲撃してくる可能性は非常に低い。 非常に低いのだが劫は怯えて何度も背後を振り返り、隗厳の手を離そうとしない。 「劫、重要な任務を与えます」 地面に転がる、鉄が比較的多く含まれた石を拾って渡す。 「情報を持ち帰る事を優先します。一度拠点に戻りなさい」 相棒の誇りを傷つけないよう、事実だけを口にした。 「はい。ご武運を」 劫はおっかなびっくり手足を動かして、微かに灯りらしきものが見える気がする方向へ進んでいった。 足音が完全に聞こえなくなってから、目には気を、耳には意識を集中して感覚を鋭敏にする。 相変わらず何も感じない。１つを除いて。 力を加えた鋼線が躍動し、不確かな何かに絡みつき粉砕する。 おそらくはアヤカシだ。西にいるというアヤカシの軍勢とは間違いなく無関係な、単なる自然発生だろう。 １時間後。隗厳は行き止まりにたどり着く。 天井も壁も床もこれまで通りの自然物だが、正面だけがつるりとした平面だ。 その平面の向こうから、膨大な瘴気が感じられた。 ●中型飛行船。船名募集中 真新しい飛空船が全力で推進器を動かした。 最初は装甲小型船を下回る速度だ。 しかし１分後には倍近い速度に達してさらに速度が上がっていく。 ナーマの大城壁上の見物客から歓声が響いた。 「駄目なのです」 駿龍で並んで飛んでいた此花 咲（ia9853）が甲板に近づき停止の合図を出す。 近づいてみると船体が激しく震動しているのが分かる。 ナーマまで運んできた天儀空夫が乗っているときは速度を出しても大丈夫だった。原因は船ではなく空夫の未熟練だ。 「また偵察？」 駿龍が限界まで加速する。 砂漠に体を埋めていた黒い鳥が勢いよく飛び出し西へ逃げようとする。 咲が７色の刀を構えた数秒後、ディーヴェの命令で偵察中だったアヤカシは綺麗に二枚に下ろされ、ただの瘴気に戻って霧散していった。 「もう少し上達しないと宝珠砲運搬を任せられないのです」 現在、ナーマの職人達が宝珠砲用コンテナを開発中だ。 飛空船から下ろせば宝珠砲を据え付ける台にもなる優れもの…になる予定ではあるが予定でしかない。 現時点では衝撃に弱い通常サイズの試作品と、他の性能は万全でも大きすぎる上に小型宝珠砲しか積めない試作品しかできていない。 「予算を積むか時間をかけるかですね」 刃を鞘に納め、咲はそのまま西へ向かった。 ●西の村 「飛空船を使えれば良かったのですが」 開拓者が１人か２人しか乗っていないならアヤカシの奇襲部隊に船を落とされてしまうかもしれない。 カンタータ（ia0489）はひとつため息をついてから思考を切り替えた。 ここは鎮西村ではない西の小村だ。 避難民が土嚢を積み上げ村の周囲に壁をつくっている。 土嚢に使う麻袋はナーマから運んできたものだ。 避難民の中でも体力のある者だけに頼んだものの、壁の出来る速度は非常に遅い。 村の西側のみ、高さ１メートル弱、幅３メートルの壁は、まだ二十歩分程度しかできていない。カノーネとカンタータの担当分を含めれば倍以上にはなるが、カンタータ達は他の村の面倒も見る必要がある。 タイミングのあっていない銃声が響く。 もとの村民が土嚢壁からの射撃を訓練しているのだ。 朝から数時間訓練しているのに、距離１０メートルの的に穿たれた弾痕は４つだけ。 ５メートルの距離の的では命中率５割程度になってはいるが、アヤカシをその距離まで引きつける胆力を期待するのは高望みかもしれない。 また、この村の出身者を含む志願兵４人がこの村に駐留することになったが既に大きな問題が発生している。 彼等は建前としては志願兵でも実際は口減らしでナーマに送られた。 その後生産活動に関わらない兵士と訓練のみに従事し、ナーマの労働者としては平均的な…この小村基準では恵まれすぎている環境で過ごした結果、頑健な肉体とこの小村基準ではかなり蓄えを手に入れた。 そんな彼等に色目を使う女性に嫉妬の目を向ける男やうまく利用しようとする老人に対し、志願兵の多くは冷たい拒絶で応えている。 一応志願兵を含む３人で夜番するよう手配したが、どこまで有効に機能するか不安だ。 なにしろ、依頼期間中絶大な権力を持つ開拓者の前ですら不和が表面に現れているのだから。 ●式典 「しばらくこないうちにずいぶん変わった気がするなー」 ルオウ（ia2445）が見渡すと、開拓初期と変わらず実用第一の、しかし開拓初期とは豊かさの次元が異なる町並みが目に入る。 正面に向き直って笑みを浮かべる。 「皆、がんばったんだな！ すっげーよ」 演壇から見下ろすと、開拓初期から見覚えのある顔が数百並んでいた。 懐かしさに目を細める者。 感激で涙をこぼす者。 喜びを抑えきれない者など様々だ。 「俺は今から西で暴れてくるよ。元気でな！」 破龍に飛び乗り、演壇から通路を駆け抜け正門へ向かう。 誰からともなく拍手と歓声が沸き起こり、ルオウの背中を押した。 ●転職相談 大通りで式典が終わった頃、宮殿では極めて重要な会議が始まっていた。 「皆、楽にしてください」 アマルは謁見の間に集うからくりとその主達に緊張を解くよう促した。 厳しくはあっても理不尽ではなく、最近は懐の深さすら感じさせるようになった領主の言葉に、主達は安堵の息を吐いて少しだけ姿勢を楽にする。 アレーナは最も領主に近い場所で目を細めていた。 出会った頃の知識と技術だけがあった頃とは違う。 アマルは、とても明るくなった。 もっともそれを理解出来るのはアレーナや付き合いの長い開拓者くらいで、ナーマの人々は単純にやり手の領主であることを喜び、誇りに思っているようだった。 「クリノカラカミのお力によりこれまでとは異なる力を得た者がいます」 実際はどうなのかよく分かっていない部分もあるけれども、機械を司るカミが全く関わっていない可能性は低めだとアマルは思っている。 「変化に適応していく必要があります」 言葉を切って出席者を見渡す。 主のうち普段は宮殿に縁が無い者が、ごくりと生唾を飲み込んだ。 「職選びは我々が機能を停止するまで大きな影響を与える一大事です。私は領主として、必要であればあらゆることを命じる義務があります。けれどこの件、転職に関してはあなた達の希望を可能な限り聞きます。１日の時間を与えます。主と相談するかどうかも含めてよく考え…」 「騎士を希望します」 「魔術師、魔術師！」 「私も騎士！」 「魔術師ーっ！」 いわゆる２期生と３期生の中から、熱烈な声がわきあがる。 普段抑えていた熱意が良識とかアマルへの敬意を上回ってしまったらしい。 表情を変えず、器用に瞳にだけ途方に暮れた感情を浮かべたアマルに対し、アレーナが無言でエールを送るのだった。 事態の収拾には、エラト（ib5623）の安らぎの子守唄が必要だった ●反省会 読み書きや礼儀、人間世界の常識などの最低限の教育内容を文書と図としてまとめていた玲璃（ia1114）が、大きな、本当に大きなため息をついた。 既に西に向かったエラトが安らぎの子守唄を奏でてもおそらく効果はない。 これは本人を囲む状況が変わらない限り続く型のストレスだ。 「参りましたね」 「ええ、本当に」 小さな会議室の上座で、アマルがすごいもふらにだきついてだらしなく座っていた。 ナーマにおける覚醒からくりの総数は６。 うち２人が魔術師となり、残る４人のうち２人が魔術師を、残る２人が騎士を希望している。 「嬉しくはあるのじゃがのう」 アーマー隊の訓練から急遽呼び戻されたハッドが、鷹揚な支配者らしい表情を曇らせていた。 ナーマの大規模施設には工事で大きな役割を果たした者の名が刻まれている。 そのほとんどに騎士の名があるのでとにかく目立つ。今回もアレーナの人狼改が浄水施設の工事に参加していて、通常の作業員数十人からそれ以上の働きをしているのだから。 大量の石壁を作り工期を大幅に短縮する魔術師も当然刻まれている。魔術師の場合は戦場での大規模爆撃もよく知られていて、からくりだけでなくナーマの民全体に憧れられているのだ。 「またやっちゃったかな…」 はふうと子供っぽいため息をつくアマル。 会議室にいるのは開拓者だけだ。だから今だけは支配者の仮面を外せる。 「失礼します」 会議室の入り口から声が聞こえる。 護衛をつとめるアレーナが出向き、声の主が２期生の１人であることを確認して連れて来る。 そのときにはアマルは姿勢をもとに戻していて、ハッグとは別種の支配者の顔で部下を出迎えた。 「あの、アマル様」 前の会議の後、相棒としての技が使えなくなったことに気付いたらしい。 「できれば、私」 巫女になりたい。 主やそのお仲間を癒せるようなりたい。 主に対する絶対服従の枷から外れた覚醒からくりが、主のために切切と訴えかけていた。 ●巫女 「駄目、です」 いくらクリノカラカミに祈っても応えがなかった。 玲璃は慰めはせず、アル＝カマルの祭礼に用いられる精霊武器を持ち直させる。 「真摯であることは大事です」 自分の修業時代を思い出す。 「それと同時に視野を広く持ちなさい。敬意も忘れてはいけませんよ」 優しい風を吹かせ、アンクを強く握りすぎて傷ついたからくりの手を癒す。 依頼期間が終わる寸前まで面倒を見てようやく、からくりはもっとも初歩の癒しの術に手が届いた。 ●騎士 駐機場でずらりと並んだからくりの前で、ハッドが巧みな話術で雰囲気を盛り上げている。 「騎士になりたいか〜」 「おー！」 「アーマーにのりたいか〜」 「おーっ！」 からくりは気合十分だ。 できればこの場に４機目があればよかったのだが、残念ながら旧式の３機しかない。 人狼１機をナーマに寄付するつもりが果たせなかった。 理由は至極散文的だ。ナーマに渡すと解体してアーマー製造技術獲得を目指しかねないという理由で、ジルベリアに配慮したギルドから待ったがかかったのだ。許可できるのは遠雷が限界のようだった。 「残念ながら反論できんの」 嬉々としてバラす職人もそれを強力に擁護する領主も実在するので受け容れるしかない。 「決まった動作を終えたら元に戻すんじゃぞ〜」 「はーいっ！」 騎士希望者は２人。 依頼終了時点で騎士の技を身につけたのは、１人だけだった。 ●地下遺跡の奥へ 「よい、しょ」 ただのスケルトンにしては体格の良いアヤカシに斬りかかる。 倒すことよりも逃がさないことを優先したので頭突きの反撃が来た。 が、あえて踏み込むことで本来の威力を発揮させずに押し倒し、頭蓋を刃で砕いた上で蹴り飛ばす。 元は人骨ではなかったようで、骨片に見えたものが瘴気に戻って広がり、消えていく。 「水芭様、体調に変化はありませんか」 領主側付が大量の資材と革袋を背負って従っている。 ２人いるうちの１人は水芭（ic1046）の体調を心配ながら革袋を壊し、もう１人は万が一にも崩落が発生しないよう通路の補強作業を行っている。 高度な訓練と苛酷な実戦で鍛えられた彼女達は、覚醒はしていないが非常に役に立つ。 だから無理を言って同行を願い、戦闘に巻き込まないようしっかりと護衛してきた。 「大丈夫と思う」 とはいえ念には念を入れていいかもしれない。 予備の松明に火をともしてから通路の奥へ投げ込む。 速度を加減された松明は数十メートル先で転がり、特に不自然なところのない床と壁と天井、そして奇妙なほど平坦な行き止まりを照らし出す。 この時点で知る術ははないが、隗厳が見つけた瘴気溜まりとよく似ていた。 水芭の目がぎらりと光る。 奥を照らす灯りが微かに弱くなっている。特に臭いはない。しかし鍛えた知覚と勘が強い警告を発していた。 「戻る」 長々と指示を出す必要はない。 側付達は周囲の地形を記憶し、万一水芭が倒れてもサポートできるよう水芭に併走して地上へ向かった。 水芭が持ち込んだ地図はナーマ建設部門の専門家達により徹底的に調査された。 「空気穴を造るのは難しい？」 「はい。膨大な予算と時間が必要になりますので現実的ではありません」 開拓者の知恵や力でもどうしようもない。敵やアヤカシではなく巨大で頑丈な岩盤なのだ。 「息をせずに自立行動できる相棒…」 出番のない滑空艇のことをちらりと考えてから、水芭は報告書の作成にとりかかるのだった。 ●偵察飛行 砂漠を越えたときから視線を感じている。 上空を飛ぶ咲は、凶光鳥や怪鳥などの飛行アヤカシの速度を脳裏に浮かべて龍の進路と速度を細かく調整していた。 地上での斬り合いなら自信はあるが、凶光鳥数体に龍を狙われたなら龍が最期の力を振り絞っても致命的な事態になってしまうかもしれない。だから常に退却可能にしておくしかない。 視線は雲の中から２つ…というより２集団。 地上からは少なくとも２０。 そのうち位置がはっきり分かるのは地上の半分程度だ。 龍の鞍から大量の狼煙銃を取り外す。 白６つ、赤２つに点火して、視線を感じた箇所に向けて投擲した。 ●速度 狼煙銃の落下を確認し、将門（ib1770）は向かい風に負けない大声で叫んだ。 「右に１つ！」 「応っ」 破龍と走龍が跳躍する。 主との連携という点ではルオウのフロドの方が勝る。 フロドが視線も向けずに意思を伝え、ルオウがその意思を全面的かつ即座に受け入れ抜刀する。 地を走る龍が同時に着地したとき、跳躍中の開拓者を掴むつもりだったらしい小型サンドゴーレムが崩れて砂漠に沈んでいった。 「アヤカシを探さなくても良いのですか？」 鷲獅鳥で下空を飛行中のエラトが尋ねる。 破龍と走龍も鷲獅鳥に近い速度を誇る。 そのため瘴気濃度から敵を探ることも微かな音から敵の動きを探ることもできていない。 「１００や２００に囲まれても倒す自信はあるけどよ」 ルオウは華のある動きで秋水清光を鞘に納める。 「軍相手なら捕まったらお仕舞いだぜ。相手は搦め手だって使うんだから」 だから速度で引っかき回す。 これまで慎重な行動を心がけてきた開拓者の方針変更にアヤカシは全く対応できていない。 巧妙に隠された陣地の大部分をすり抜けられ、一部の陣地は走る龍達に蹂躙された上で中に籠もる兵をまとめて討たれ、この場所の８割以上のアヤカシが組織的行動をできなくなってしまった。 「分かりました」 エラトがリュートに触れる。 「おそらく２度は通用しません」 砂の下を移動する気配を感じながらエラトが言う。 野生のアヤカシと速度は変わらない。しかし個々の動きは的確で、全体に命令を下す上位のアヤカシが登場すれば瞬く間に組織としての機能を回復して開拓者の動きに対応してくるだろう。 「だろうな。右に回るぞ」 ３体の相棒がほぼ９０度方向転換する。 ルオウが声に力をのせて地下に潜むアヤカシのこころを縛り付ける。 一斉に砂漠から身を起こすアヤカシ２４体を出迎えたのは鎮めの曲。 元は対神霊用の曲にただのアヤカシが抵抗できるはずもなく、アヤカシは己を構成する中核にダメージを受けて外傷を受けないまま倒れて消えていく。 「釣れたな。本隊ではなさそうだが」 将門の目に、左手から土煙をあげて向かって来る百数十のアヤカシが映っている。 中級アヤカシであるナール・デーウが最低５つ見える。 獣頭の上級アヤカシの姿はないとはいえ、少なくとも主力の１つであることは確実だ。 「止めを刺す時間はありませんね」 鷲獅鳥の奏も走る龍達も速度を落とさず走り続けている。 エラトの魂よ原初に還れに辛うじて耐えた、二度目には耐えきれないアヤカシに確実に止めを刺したくはあるが、そんなことをすれば敵の増援に押しつぶされてしまう可能性が出てくる。 開拓者達はさらに右に方向転換する。 そして、ナーマに向かって全速で撤退を開始した。 「糞。部隊の移動速度では追い切れぬか」 中級アヤカシは舌打ちし、周辺の残存兵力全てをまとめて西へ戻っていった。 ●演奏会 エラトの演奏を聞くナーマ民達はうっとりと目を細めている。 この場に集まっているのはこの度目覚めたからくり１０人と主１０人。 他には休暇中だったり休憩中だったりするからくりだけだ。 一応３期生以前の主にも招待状は出されてはいる。けれど彼等は皆それぞれの仕事や生活や出産準備で忙しく、この場に出向くことができなかった。 だからかもしれない。覚醒からくり達は緊張から完全に開放され、好き放題に喋っていた。 「やっぱりわたし吟遊詩人目指す！ エラト様目指しますっ！」 「サムライもいいかななんて…」 小声で話す覚醒からくりに注意するかどうか、内心悩むエラトであった。 ●導入 愛撫に似た指使いで鱗を手入れされ、龍が眠りと覚醒の狭間を漂っている。 ここはナーマ宮殿にある厩舎。 これまで多くても数頭だった龍が、今は２０近くくつろいでいた。 世話をしているのは領主側付達で、開拓者の龍の世話で慣れた手つきと指使いはとても巧みだ。 「良く育成されている。後は乗り手の問題だな」 口元に淡い笑みを浮かべて将門が言う。 「いくらかかりそうだ」 「番込みでの購入。いずれは卵から看取るまで世話することになりますから」 内政担当の官僚が具体的な数字をあげていく。 「ふっかけられたか？」 開拓者が支払う額より圧倒的に高額だ。 「皆さん個人個人とナーマという都市では立場が違います。宝珠輸出の伝で安くしてもらえたのだと思いますよ」 「いずれナーマ産の龍が出回りかねないと思われたか」 金払いの面でのナーマの信頼は極めて高い。 が、技術開発に貪欲なことも知られているので、将来の商売敵になりかねない相手に安値に売ることなどあり得ないということだろう。 「炎龍、甲龍、駿龍のいずれか全てが導入可能です」 選択は、実際の運用経験がある開拓者に任せたいらしかった。 「５期生の主はどうなりました？」 玲璃がたずねると、官僚は演奏会の出席者名簿を取り出して開いた。 乳児の母と、妊婦ばかりだ。 「信頼性と知識と人格のみを基準に選んだ結果です。まさかこんな結果になるとは思っておりませんで…」 都市の任務より赤子の面倒を見るのを優先するからくりが出てくるかもしれないと、官僚は困惑しながら報告するのだった。 |
