【形人】覚醒の失職危機
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: やや易
参加人数: 4人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/09/09 22:20



■オープニング本文

●人形祓使用不能
 飛び出したジルベリア風女中に矢が突きたった。
 からくりなので血は流れない。
 メイドは主を庇ったまま銀盆を投擲する。
 賊の機械弓と銀盆が衝突して壊れ、残骸が一緒になってぶつかり賊が吹き飛ばされた。
「ベス! よくやっ…た?」
 少年は白い頬を紅潮させ、見事役目を果たしたお気に入りに賞賛の言葉をかけようとして固まる。
 彼のメイドは飛び出した勢いを殺せず廊下を飛び出し、庭師が丹精こめた花壇に大穴を開けてようやく動きが止まる。
 少年は、口を開けたまま呆然と立ち尽くしていた。

●からくり目覚し使用不能
「ぎゃーっす! ちち遅刻よぉっ」
 開拓者ギルド同心が冷や汗を流しながら立ち上がり、脱ぎっぱなしの制服を慌てて着込みながら玄関を目指す。
「かのかーっ! 起こしてって言ったじゃない!」
 涙目で被保護者に文句を言う。
 主の同僚からは主の保護者扱いされることの多い覚醒からくりは、昨晩無理矢理付き合わされた酒が原因で熟睡中だった。
 覚醒したからくりは相棒としての技を使えない。
 当然、目覚し機能も使えないのだ。

●覚醒からくりの憂鬱
 飲食不要。
 呼吸不要。
 無痛覚。
 それに加えて人間の開拓者と同等の能力。
 覚醒からくりは極めて強力…場合によっては強力過ぎる存在かもしれないけれども、からくり達は覚醒を全面的には歓迎してはいない。
「よりにもよって人形祓が使えなくなってしまったのです。このままでは坊ちゃまの護衛から外されてしまいます」
 職に必要な能力が使えなくなった者。
「これまで使えた技が全て使えなくなったので…はい、私の戦力は覚醒前を下回っています」
 ようやく確立した戦闘スタイルが破綻したもの。
「やだやだー! かのかが起こしてくんなきゃやだー!」
 駄々をこねる主…は正直どうでもいいかもしれない。
「この依頼は覚醒からくり3体…失礼しました、3人がお金を出し合って出した依頼です」
 同僚を開拓者ギルドの奥へ蹴り込んでから、職員が真面目な顔で説明を開始した。
「1人はメイド兼護衛。戦闘時における判断能力が低く、人形祓が使えない今護衛として使い物になりません」
 高位貴族に仕えているらしい、実用的であると同時に美麗なメイド服のからくりが頭を下げる。
「1人は女中兼護衛。覚醒前は戦闘センスの無さを相棒スキルで補っていたため、同じく護衛として使い物になりません」
 同じく気合いの入った女中姿のからくりが頭を下げる。
「最後の1人は同心予定の現見習です。開拓者ギルドの一員として天儀のあちこちに出向くのが主な仕事でしたが、今の状況では危なくて仕事をさせられません」
 代理と書かれたたすきをかけたからくりが、主のかわりに依頼票の掲示を行っている。開拓者の視線に気づくと礼儀正しく頭を下げようとして躓きそうになる。どうやら変化した能力に振り回されているようだ。
「この3人の再訓練をお願いします。それぞれが元の仕事の復帰できるようになるのが理想ではありますが、最悪解雇されても開拓者になれるなら依頼としては成功になります」
 でも出来れば元の職に戻してあげてくださいねという職員の横で、覚醒からくり3人が縋るような目を開拓者達に向けていた。


■参加者一覧
シルフィリア・オーク(ib0350
32歳・女・騎
草薙 早矢(ic0072
21歳・女・弓
白隼(ic0990
20歳・女・泰
水芭(ic1046
14歳・女・志


■リプレイ本文

●能力調査
「本格的な訓練に入る前に」
 水芭(ic1046)は3人のからくりの前でにこりと笑う。
「何がどれだけできるのか確認します。最初はいざというときの護衛でいいかな?」
 ジルベリアメイドと天儀女中は高速でうなずく。
 同心見習も非常に興味があるようで気合は十分だ。
 ご主人様代理と書かれたカカシを、広大な庭につくられた演習場の地面に突き刺す。
「私を襲撃者だと思って思いっきり打ってきて」
 全力を出せばからくり3人がかりでも勝ってしまう。
 だから水芭はわざと動きを遅く力を弱くして、カカシを庇うからくり達に襲いかかった。
「えいっ」
「やっ」
「きゃあっ」
 メイドは猪突猛進して水芭に回避される。ダメージはないがご主人様カカシは水芭に無防備な姿をさらしている。
 女中は水芭に勧められた片手用模擬刀で暴漢役を迎え撃とうとして、的外れな場所に模擬刀を振るって大きな隙を見せてしまう。
 同心見習いは最も酷い。同属2人を援護しようと動き、つまずき、地面に真正面から倒れて数歩分滑っていった。
 これが採用試験なら試験中止の上お祈り手紙という名の不採用通知が届くだろう無様さだった。
「次は護衛対象がいないときの戦いだよ」
 責めはせず、一緒になって頑張る気持を込めて3人を励ます。
 気落ちしていたからくり達は気遣いに気付いて、はいと元気に返事をして水芭に向かっていった。

●女中と泰拳士
 彼女は必死に頑張った。
 能力調査の後、寝る間も惜しんで励んで結果的に効率が落ちて注意されたりしながら頑張った。
 だが、水芭におかげで目に見えて動きはよくなったものの、護衛に必要な水準には全く届きそうにない。
「ご主人様の為に、頑張ってるんだね」
 高位の精霊を連想させる艶やかな翼がからくりを包み込む。
「偉い、偉い」
 白翼で包まれながら優しい指使いで頭を撫でられる。
「ふぇ…」
 我慢に我慢を重ねてきた天儀女中から子が限界を迎え、熱い涙をぼろぼろこぼしながら白隼(ic0990)の胸に縋って泣き出した。
 十数分泣き続けて暗い感情を涙と一緒に流し終えたから子は、ようやく目の前の白隼を正しく認識して赤面する。
「申し訳ありません」
 から子は精神的に回復した。
 泣き出す前の己を恥じると同時に白隼に強く感謝し、主である老貴婦人から許可を得てから、謝罪と礼を兼ねて白隼を東屋に案内した。
「若い人に比べてどうしても動きが鈍いお年寄りを守るって事を考えると、背にした主人の状況を含めて、周囲を把握していく事が大切になると思うの」
 茶を一口飲んでから訓練を再開する。
 白い紙を取り出し、襲撃者、から子、から子の主の位置を書き込んで考えさせる。
「この状況では奥様を守りきるのは難しいと思います」
「相棒であるからくりとしての戦いならそうかもしれないわね」
 上品かつ妖艶に微笑み、から子の意見を一部肯定する。
「こう言う戦いに向いているのはシノビか泰拳士だと思うの」
 私が教えられるのは泰拳士だけだけどと言って、白隼は席を立って脇に立っていたから子を演習場に連れて行く。
 地面に敵と護衛対象を書き込む。
 護衛対象の前から来た敵を軽やかな動きで回避しその場に足止めして主を守り、ほとんど死角から現れた敵の本命を目も向けずに防ぐ。
 実際に襲撃者役がいる訳でないけれども、襲撃者の幻が見える高水準の演舞だった。
「すごい…」
「ええ。先人が編み出して磨いた技が凄いのよ」
 直前の演舞で、白隼は意識して運足と背拳に頼った動きをした。白隼の本来の力であればより実践的で華麗な動きになっただろうけど、そうすると高度すぎて理解してもらえない可能性が高かった。
「教えてくださいっ、お願いしますっ!」
 から子が深く頭を下げる。
 主の教育の良さが窺える、上品で真摯な動きだった。
「女中の身で目立つ武装をすることはできません。だから」
 熱く語るからくりに優しく頷き、白隼は早速泰拳士としての教えをから子に与えるのだった。

●メイドと騎士
 水芭の訓練で一度も主を守りきれなかった。
 ジルベリアメイドからくりは己の将来を悲観して、徐々に意識が薄れていこうとしていた。
「戦闘センスに乏しいのは確かなようだね」
 シルフィリア・オーク(ib0350)の声には叱責も蔑視も含まれていない。
 ベスは戦闘センスに乏しいと解っていて尚必死に仕えて来た。
 健気でもあるし根性もある。
 それに加えて志体並みの身体能力があるのだからやりようはある。
「騎士は、大切な物を守る為の剣であり盾。盾である事を誇る騎士だって少なくないしさ、騎士の技を学んでみたらどうだい? メイドの本分の中に、取り込める術もあるだろうしさ」
 スタイルが良すぎて特注品の執事服を着たシルフィリアが、ぼんやりとしているベスに木刀と小盾を持たす。
 自身も木刀を構え、ゆるやかに振り上げてからベスに狙いを定める。
「背後に主がいる!」
 ベスの瞳に力が戻る。
 威力を徹底的に抑えた斬撃が仮想の主ごとベスを切り裂こうとする。
「させません!」
 盾ごと自分の体をぶつけて木刀を防ぎ、痛みを感じないのを活かしてシルフィリアから主を守る盾となる。
「できたじゃない」
 優しき微笑んでやると、ベスはあっと声をあげ瞳を潤ませる。
 今、訓練ではあるが主の防衛に成功したのだ。
「他の子と違って選択肢が騎士だけになるけど」
「ご指導ご鞭撻の程宜しくお願いします」
 剣と盾を手に礼をするメイドは、既に騎士にしか見えない。
 ふと思いついてベスにルイーツァリ・クリアースツァの誓いの文句を言わせてみると、最低限ではあるがからくりの体に精霊の力が集まるのが感じられた。
 技術はさっぱりだが心意気だけ既に騎士らしい。
「よろしい。ガードと」
 急所を庇う実践的な構えと動きを実演して目で覚えさせ。
「パリイは依頼期間中に伝授してあげる」
 主の前で少しでも長く耐えるための盾の運用を見せてさせて覚え込ませる。
 2人の訓練は、連日深夜まで続いた。

●励まし
 泰拳士としての技を練り上げていく女中や騎士として急速に力をつけるメイドとは逆に、同心見習からくりは伸び悩んでいた。
 変化した能力を扱いきれずに振り回され、練習して改善しても焦りによって後退するという悪循環にはまってしまった。
 数十メートル向こうでは、ベスが騎士としての基本をほぼ身につけ、ポケットに忍ばせた苦無の投擲術まで習い始めている。
 それに気付いたからくりの足が止まる。
「一度休もう」
 水芭が提案の形で命じる。
 こんな精神状態では相手の動きを見ることも、武器と体を有効に活用して相手に浴びせることもできない。
「い、いえっ。続けてくださ…」
 からくりは言い終えることができなかった。
 自分の最悪な精神状態に気付いていまったからだ。
「からくりだからとか、相棒だからとか、そういう理由もあるかも知れないけどさ」
 同心見習を誘ってその場に座り、伸びをして空を見上げる。
「誰かのために全力で頑張れるのは素敵なことだよ」
 成果がなければ評価されないだとか、同心見習にも言いたいことがいくつもあった。
 でも、青い空と水芭の心からの言葉が、頑なになりかけていた心を癒す。
 その後再開された訓練でも相変わらず成果が出なかった。しかし、諦めることだけはなかった。

●馬
 筋骨逞しい軍馬が、じろりとからくりを睨み付けた。
「これより馬術の稽古をはじめる! 馬は友達、怖くないよ!」
 馬の前に立つ篠崎早矢(ic0072)が凛々しい顔に真剣な表情で説明する。
「草食動物ゆえに牙はない!」
 早矢の白い手が馬の頭に伸びる。
 最初ははね除けようとした馬は、早矢の手を振り払えないだけでなく頭がたてがみ一本分も動かせないことに気づいて抵抗を諦めた。
「唇ではさむようにしてエサ食べてくれるから、まずはニンジンを与えて慣らすんだ!」
 差し出されたニンジンは甘かったので、少しの間素直に従ってみることにする。
「ハミは左手のひらに載せて、馬の口の横をほじほじして口を開けさせてからハミをつっこんで、頭絡を耳の後ろまで回して馬装を…」
 年齢が倍の熟練調教師でも困難な速度で馬具を装着させていく。
 馬に無用な負担をかけない動きは最適化されていて美しい。
「覚えたな? ではやってみろ」
 軍馬とベスの視線が交わる。
 気位の高い馬と主ラブなメイドは双方一歩も退かず、やがて互いを認め合う。
「馬が速歩を始めたら振動を吸収するように自分も立ち座りしてタイミングをあわせるんだ」
 メイド装束の上に武装を身につけたベスが騎乗する。
「ほら立つ、座る、立つ、座る! スカート気にしな…」
 早矢はこほんと咳払い。
 スカートが大きく乱れて尻が見えている。
 無論下着ではなく予め穿かせていた乗馬用のスボンなのだけれども、スカートとは異なり体の線が見えるズボンはちょっと色っぽすぎる。
 言葉に出さず目で気づかせると、ベスは顔を真っ赤にして服装を直す。
 男子禁制の広大な敷地の中で、メイドを乗せた馬がつまらなそうにあくびをするのだった。

●弓
「では弓術の稽古をはじめる! 遠距離を安定して攻撃するには弓が一番! 後衛である弓の家は戦争でも生き残る率が高く、結果、技術継承もスムーズで技術の喪失が少ない」
 生き残るのは大事だよということなのだろう。
 同心見習は外部での活動用の旅装束で、開拓者仕様の弓を引きしぼる。
「弓は骨で引くんだ、手先で引くな!」
 早矢は質実剛健であると同時に柔軟だが、弓で妥協する気はない。
 教え子に限界ぎりぎりの努力を要求していた。
「左右に分けるつもりで大三から引き分ける…左手の弓手が3分の2、右手の馬手が3分の1くらいのパワーバランスだ、使う筋肉は背中の筋肉、からくりなら骨格固定したりして楽にひけないか?」
 実際にさせてみて、己の目と指で確認してから結論を下す。
「一長一短か。構えはこのままで」
 人間の志体より少し優れている面も少し劣っている面もあるが総合するとほぼ同じ。仮に優劣があっても個人差だと思えた。
「放つときは雨露離、雨粒がポトリと落ちるように、気負わず、殺気を出さず。発射の瞬間は離れ、放つんじゃない、はなれるんだ」
 理屈と根性を尽くした後は感覚が重要になる。
「考えるな、感じろ! クーーーーール!」
「くーーーるっ」
 放たれた矢は、十数歩横に設置された別の的に命中する。威力だけはあったようで、的を固定していた板まで全て吹き飛んでいた。
 本来の的の端に命中させるまで、数日かかったらしい。

 依頼終了後、から子はそのまま元の職に戻り、ベスはジルベリアに帰還後メイドではなく騎士として再雇用されそうになったがなんとかメイドに復職し、同心見習は都外での仕事を再開した。
 皆苦労はしているが、充実した日々を送っている。