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■オープニング本文 ●上級アヤカシの憂鬱 ナーマ連合に北、東、南で接していた勢力は有力なアヤカシに部隊に襲われ深刻な被害を受けた。 外部勢力を引きずりこむことで辛うじて自衛の力は残しているが、町やオアシスなどの拠点に押し込められ外部との連絡は飛空船に頼っているのが現状だ。 『これでナーマへの助勢はできなくなった。主力は西へ戻して代わりに未訓練の雑魚共を向かわせろ』 上級アヤカシは淡々と命令を下していく。 『ディーヴェ様、北で飛行型を含む下級52体を確保しました。送り出す雑魚に合流させましょうか?』 中級アヤカシであるナール・デーヴがきびきびと尋ねると、上級アヤカシは数秒考えてから口を開く。 『見込みのないのだけ送り出せ。時間はこちらの味方だ。限界まで軍を拡張する』 アヤカシとは違って人間は急には増えない。 どこからともなくジンが数十人増えるような奇跡が起きない限り、今年の末にはアヤカシの戦力はナーマ連合を圧倒するはずだった。 ●城塞都市ナーマ 「からくり40体を全てお買い上げにっ」 天儀の大商家から派遣された商人が絶句した。 様々な武器と技と術を使う開拓者と比べると明らかに劣るが、からくりは並みかそれより少し下の志体並みの力を持っている。 アル=カマル風にいうならジンが40人の大戦力だ。 謀叛の嫌疑とかは大丈夫かなと内心思いはしたが、そのあたりのことは手を打っているのだろうと考えて商人は手続きを進める。 「値引きですか? 上にかけあってはみますが…」 商人は交渉相手の官僚だけでなく、都市全体に落ち着きがないように感じた。耳をすましてみると、新たなからくりの主が誰になるか皆気になっているようだ。 「預けられるのは名誉なことだし、法の範囲で十分役得があるからね。私もできればもう1人預かりたいのだが、これは領主様が決めることだから…うん、問題なしだ。できれば次も頼むよ」 官僚は商人から渡された契約書の確認を終え、機嫌良く領主執務室へ向かっていった。 ●依頼票 仕事の内容は城塞都市ナーマの経営補助 依頼期間中、1つの地方における全ての権限と領主の全資産の扱いを任される ●城塞都市ナーマの概要 人口:良 移民の受け容れ余地中。都市滞在中の観光客を除くと普 環境:普 水豊富。汚水処理能力に余裕無し 治安:普 厳正な法と賄賂の通用しない警備隊が正常に機能中 防衛:良 強固な大規模城壁有り 戦力:普 ジン隊が城壁内に常駐。防衛戦闘では都市内の全民兵が短時間で配置につきます 農業:良 都市内開墾進行中。麦、甜菜が主。二毛作。牧畜有 収入:優 周辺地域との交易は皆無。遠方との取引が主。ナーマ連合内での取引が増大中。鉱山再度閉鎖中。麦を中規模輸出中。氷砂糖を小規模輸出中。観光業有 評判:良 好評価:人類領域の奪還者。地域内覇権に最も近い勢力 悪評:伝統を軽視する者 資金:優 定期収入−都市維持費=++。前回実行計画による変化無し 現在+++++++++++++ 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。1つ以上の項目が滅で都市が滅亡 ●都市内情勢 ナーマは直径数十キロに達するほぼ円形の砂漠地帯の中央付近にあります 外壁は直径1キロメートルを越えており、内部に水源、風車、各種建造物があります 妊婦と新生児の割合高めのまま。観光客(留学生候補を含む)多め ●領内アヤカシ出没地 都市地下 風車と水車で回す送風設備(地上)、水源を貫通するトンネルとホール(防御施設と空気穴有)それぞれ複数、トンネル、地下遺跡(宝珠有、空気穴有、瘴気濃度極低)、地下遺跡探索中箇所(空気穴有り・封印済み、瘴気濃度極低)、瘴気だまり跡(空洞・瘴気濃度低)、よく分からない通路(不明)の順に続いています 鉱山 ナーマの数キロ西。地表、横に向かう洞窟、地下へ続く垂直大穴、鉱山、未探査箇所(西向き洞窟、奥に空洞がある急流)と東向き洞窟(低酸素小規模崩落)の順 ●西方地図 無無草草草C草砂 無無草D草草草砂 無無草草草草草砂 無無A草草E草砂 無無草草F草草砂 無無草草草草草砂 無無草草草草B砂 無 無人の不毛地帯 草 草のまばらな草原。集落無し 砂 砂漠と草地の境の土地 A オアシス。ナーマの兵が駐留中。土嚢による小規模防壁有り 上が北、右が東。1文字は縦横数キロ 地図より西は無人地帯で、詳しい情報は未判明。アヤカシの大部隊が潜んでいる可能性が高いです ●現在交渉可能勢力 西方小部族(B ナーマ傘下。遊牧民。経済力良好。戦時体制 西方零細部族部族(C〜F ナーマ傘下。とても好意的。防衛力微弱。水場有り。ジン無し。銃で武装(未習熟)。集落周辺のみ実効支配。Dが人不足 王宮 援助等を要請するとナーマの威信が低下し評価が下がります 域外定住民系大商家 継続的な取引有 域外古参勢力 友好的。宗教関係者が多くを占める小規模な勢力群。留学生関連で予想以上の利益を得たため、何らかの形でナーマへ恩を返したがっています ナーマ周辺零細部族群(東境界線付近の小オアシスは除く) ナーマ傘下。好意的。ナーマへ出稼ぎを多数派遣中 定住民連合勢力 ナーマ東隣小都市を中心とした連合体。ナーマと敵対的中立。対アヤカシ戦遂行中。防諜有。同意無しの進軍は侵略とみなされます その他の零細部族 ナーマの南隣と北隣に多数存在。基本的に定住民連合勢力より ●都市内組織 官僚団 内政1名。情報1名。他7名。事務員有。医者1名 職場研修中 医者候補4名、官僚見習い21名 教育中 留学生30名(10代前半・午前・高度)、ナーマ民60名(20代中心・夜間・初歩的) 教育機関 からくり10名(教師 情報機関 情報機関協力員34名 必死に増員中 警備隊 210名。都市内治安維持を担当。10名が西方に駐留中 ジン隊 初心者より少し上の開拓者相当のジン7名。対アヤカシ戦特化。2名が西方に駐留中 からくり隊 10名。初依頼開拓者級。影武者任務可。演技力極低。主に地下遺跡でのアヤカシ退治と宝珠採掘を担当 アーマー隊 ジン2名。現在ほぼ非戦闘専門。練度上昇中 農業技術者集団 学者級の能力のある者を含む3家族。農業指導から品種改良まで担当 職人集団 地方都市にしては高熟練度。技術の高い者ほど需要高 現場監督団 職人集団と一部重複 領主側付 同型からくり12体。見た目良好。側付兼官僚見習兼軍人見習。1人が外交官の任についています。交易路防衛も継続 守備隊(民兵隊) 常勤は負傷で引退したジン数名のみ。城壁での防戦の訓練のみを受けた340名の銃兵を招集可。損害発生時収入低下。新規隊員候補170名。50名が西方に駐留中 西志願兵 西方諸部族出身。部族から放り出された者達。士気やや低。ナーマ民兵相当の能力有。18名。現在ナーマにいます ●保管中 大型低品質宝珠。帯に短し襷に長しで良い値がつかない。ばらして売ろうとしたら天儀の宝珠技術氏族に泣いて止められた |
■参加者一覧
カンタータ(ia0489)
16歳・女・陰
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
此花 咲(ia9853)
16歳・女・志
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
ハッド(ib0295)
17歳・男・騎
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
将門(ib1770)
25歳・男・サ
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
エラト(ib5623)
17歳・女・吟
アナス・ディアズイ(ib5668)
16歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●伏撃不発 猛烈な速度で東に向かう怪鳥を真正面から矢が射貫いた。 アヤカシの中でも特に柔い鳥型は歪み、拉げ、細かく砕けて散っていく。 「ここまで戦線を広げながらも本命は今だ見えず、ですか」 此花 咲(ia9853)の首は小刻みに上下左右に動き、両の目は下級アヤカシ程度では判別できない速度で動き続けている。 遠方の雲の影からときおり姿を見せるのは凶光鳥数体。アヤカシの空中部隊の切り札で、開拓者には勝てないが咲の乗騎なら確実に潰せる戦力だ。 しかしこれは敵の主力ではない。 「裏に潜む本命の規模が気になるのですよ」 猛々しくはあっても知性の一欠片も感じられない怪鳥群が迫る。 その斜め下方の動きに気づき、白い大弓を向け矢を放つ。 矢は風を押しのけ目標に到達し、人型の胸板を貫き背後に抜けた。 「火炎巨鬼(ナール・デーウ)?」 金の瞳に喜びの感情が浮かび、消えた。 「身長が人並み…妖鬼兵ですか」 中級アヤカシと下級アヤカシでは斬りごたえに大きな差がある。 怪鳥への対処を相棒に任せ、咲は次の矢をつがえながら術使いアヤカシの動きを観察した。 妖鬼兵は痛みを堪えて地に伏せ砂を被る。おそらく、一度目を離すと瘴索結界でも使わない限り再発見は難しいだろう。 「攻撃を禁じられているんでしょうね」 何かが潜んでいるという先入観をわざと持った上で地表を確認すると、咲の背後に浮かぶ装甲小型船の進路を塞ぐ形でアヤカシの気配があった。 妖鬼兵は術が得意な集団行動に適性がある下級アヤカシで、射程だけならメテオストライクと同程度の術を使える。 ジークリンデ(ib0258)なら30体に攻撃されても初撃だけならなんとか耐えられるかもしれないが、それ以上いたらどうなるか分からない。 咲はひとつため息をついてから船へ向かう。 西から北西へ進路を変えた飛空船に、徒歩のアヤカシは追いつけなかった。 ●墜落 緊張にさらされ続けた咲の騎龍が甲板で目を閉じている。 地表から爆音と軽い衝撃が伝わって来ても身動きひとつしない。 「結界展開します」 玲璃(ia1114)は懐中時計を見るのを止めて術に意識を集中する。 相変わらず瘴気濃度に変化は感じられないが、結界からは地表のアヤカシの位置が十数体分伝わってくる。 「左方至近に5!」 返事のかわりにジークリンデが火球を撃ち出す。 射程は小型宝珠砲の数分の1。 しかし威力は桁違いだ。 砂に潜んで近づいて来たサンドゴーレム数体が連続して降り注ぐ火球によりまとめて打ち砕かれた。 殲滅にかかったのはたったの20秒だ。 「右斜め30に7!」 「出ます」 朽葉・生(ib2229)が空龍に乗って飛び立ち慎重に距離を詰める。 上から向かってきたアヤカシに火球を放って迎撃。1体も逃がさず完璧に撃破する。 そのときには圧倒的な手数を誇るジークリンデによって、右の7体も吹き飛ばされていた。 「この規模なら中級がいてもおかしくないはずだ」 いつでも援護や攻撃に出られるよう、適度に力の抜けた姿勢で将門(ib1770)が戦場を眺めていた。 敵を減らせばナーマの被害は減る。中級なら1体倒せば犠牲者の数が2桁単位で違うはず。 そう考えている将門に油断は全く存在しなかった。 「前方に…」 玲璃の美麗な眉が跳ね上がる。 「少なくとも30!」 驚いても動きは鈍らない。 可能な限り加護結界を空夫達に与えてから、いつ攻撃があってもよいよう精霊の唄の準備を始めた。 「妖鬼兵?」 空を飛ぶ2つの火球の向こうに、立ち上がった直後の、砂まみれの鬼20体がいる。 鬼達が発動直前の雷の術を解き放つ。 重なり合い大きな光の柱となった雷が向かうのは、開拓者でも相棒でも空夫でもなく、彼等に比べれば巨大で鈍重な飛空船だ。 装甲が秒もかからず黒く染まる。 圧力に耐えかね舷側ごと装甲が吹き飛ぶ。 破壊はまだ終わらない。 竜骨に大きなひびが入り、内部の装備が焼かれ、中枢である宝珠に到達してようやく雷の勢いが衰え消えていった。 「被害報告を」 船長がいたはずの場所に目を向ける。 そこには、白い骨が混じった黒い炭しかなかった。 甲板も半ばまで破壊されている。 各所に刻まれたひびは急速に広がっていく。 「飛べ! 無理なら衝撃に備えろ!」 ジークリンデの術は完璧に作動して妖鬼兵20体が消滅している。 浮力を失った飛空船が荒野に衝突し、メテオストライクに迫る衝撃が発生した。 ●撤退 「駄目です」 玲璃が首を振る。 アヤカシの攻撃を受けた後辛うじて生き残っていた空夫は、落下の衝撃で体を強く打って即死していた。 飛空船の損壊も深刻だ。 二度と飛び立てず障害物としての利用も難しいほど細かく砕けてしまっている。 「撤退する」 将門は棍棒を振り回しながら向かってきた小鬼を両断する。 「雑魚を突破し主力が来る前に鎮西村まで戻るぞ」 ほぼ死角から飛来した怪鳥を見もせずに切り裂いて妙見と合流した。 墜落直前に飛んだ咲主従は退路を確保しつつ青狼煙を上げている。伏撃に失敗した部隊が徒歩でこちらに向かっているのだ。 ジークリンデを中心に強い風が吹く。 風に混じる真空の刃は、小鬼から平均的な鬼を含む十数体を一瞬のうちに両断しただの瘴気に戻す。練力を節約するため、宝狐禅が宝珠の中に戻る。 「っ」 メテオストライクで敵増援をまとめて吹き飛ばそうとした生が、空龍を地面に叩きつけるようにして着地する。 生の頭をほとんどかすめる形で、雷の川が敵増援部隊から放たれ宙に消えていく。 増援は1つだけではない。 西の空からは凶光鳥が近づいてくる。西の地平線から土煙が立ち上っている。 近づいてくるのものの速度は常人の駆け足程度の低速だ。 大小様々なアヤカシ300体が隊列を崩さず移動する速度としては、異様なほど速い。 「アル=カマル魔の森の上級アヤカシですか」 生と獣頭の視線がぶつかる。 獣頭の名はディーヴェ。 かつて魔の森で開拓者と戦い、その圧倒的な力を敗北という形で思い知らされた敗残兵だ。 「撤退しかないですね」 ジークリンデは望遠鏡を下ろす。 300の前列は小鬼ばかりで、一見数だけが取り柄の軍もどきに見える。 実際は中級アヤカシ数十を中核とする最精鋭部隊で、開拓者の目を欺くため小鬼を最外周に配置しているだけだ。この場の開拓者全員の命と引き替えなら半分は討ち取れるかもしれないが、その半分に上級アヤカシが入る可能性は極めて低い。 「ギルドの小型飛行船が1つ…。痛手ですね」 無念を飲み込んで、生達は敵軍の倍以上の速度で東へ向かう。 『砲兵1部隊を失い主力を動かし、その上で逃げられるか。全く、奴等はどこまで出来る』 呪詛じみたつぶやきを漏らしてから、ディーヴェは痕跡を残さず西へ消えた。 ●ぐらつく西部 空夫の遺体を残したまま鎮西に辿り着いた開拓者達を待っていたのは、北東から東にかけていくつも見える狼煙だった。 狼煙の方角から近づいてくるのは10近くの小鬼。 ディーヴェが前線に出たことで他方面のアヤカシに対する支配が甘くなり、一度に1から2だけ放たれるはずの小鬼が10以上まとめて人類領域に侵入したのだ。 東から風が吹き、血の臭いを運んで来る。 飛び立った生がメテオストライクで吹き飛ばす。 玲璃は馬を借りて潰れる寸前まで攻め抜いて狼煙の元へ向かう。 「動ける…動かせる人を私の所まで運んできてください」 アヤカシへの警戒は相棒の人妖に任せ、自身は石壁で囲まれた小村の入り口へ向かう。 硝煙と血の臭いが混じったものが微かに感じ取れる。 「こちらですっ」 体の各所に包帯を巻いた男が長の家に案内する。 包帯は赤黒く染まり、小鬼に近づかれ棍棒として用いざるを得なかった銃を杖のように使っている。 途中小さな水場の脇を通る。襲って来たアヤカシの格が低すぎるせいか、汚されもせず毒が混じっているということもなかった。 その後大勢の村人が癒されたものの、重傷者が全快するには時間が月単位で時間がかかりそうだ。 ●鉱山 久々に訪れた鉱山は、最後に見たときと同じくバリケードによって封鎖されていた。 ナーマ所有の飛空船から降り立った作業員達は早速バリケードをどけようとして、アナス・ディアズイ(ib5668)に止められる。 「離れてください。異常がないか確かめます」 勘が、正確にはこれまで積み上げてきた実戦経験が異常があることを告げている。 土嚢の隙間から分厚い板に刃を突き立てる。 肉と骨を断つ感触が柄から伝わり、いきなり消える。中に潜んでいたアヤカシが瘴気に戻ったのだ。 「戦闘準備っ」 ようやく敵の気配に気付けた作業員達が念のため持って来ていた銃を構えてアナスの背後を固める。 バリケードから足音と気配が離れて鉱山の奥へ向かっていく。 アナスはケースから展開した人狼改に乗り込みバリケートを排除し奥へ向かう。 途中落とし穴がいくつか仕掛けられていたが、何度も通った場所なので比較的簡単に見つけて避けることができた。 アヤカシの足音は乱れて急に途切れる。 人狼改は罠を警戒して慎重に進み、ほぼ垂直の大穴の縁に達したところで踏み外した跡を見つける。 地下から、薄い瘴気の混じった砂埃が少しだけ上ってきていた。 それから後は以前と変わらない。 アヤカシがいるかどうか確かめてから採掘を開始し、ときには岩盤にチェーンソーで切れ目をつけて採掘作業を助ける。 戦闘用の武器なので効率は良くないが機体の性能が高いので効果は出ている。 アーマーの練力が尽きてからは生身でアヤカシを警戒する。 交易路護衛の仕事があるのでナーマの船をいつまでも借りることはできない。 船でナーマに輸送できた鉱石は、以前に比べると少なかった。 ●対王宮外交 アル=カマルの元首は神の巫女である。 彼女は権威は持つが実権は持たず、実際にこの国を動かしているのは彼女を補弼する円卓会議だ。 そこに席を持つ部族の長やその代理が都の宮殿近くに集まっていた。 エラト(ib5623)が空龍で都入りしてからかかった時間はたった1日強。開拓が始まった頃とは比較にならないほどナーマが重要視されている証明かもしれない。 「辺境の些事は王宮の与り知らぬ事で現地の者で解決せよという事でよろしいですね、などと言ってくれれば良かったのだがな」 「侮辱扱いして水利権の一部でも取り上げるおつもりか?」 「いや。仮にそんな発言があれば同族と組んで派兵占領までするつもりだった。以前なら聞かないことにせねば無駄に力を使わされただろうが、今なら派兵費用と占領時の被害を計算にいれても採算がとれる」 国を動かしているとはいっても辺境領主の首を簡単にすげ替えられるような権力はない。経済力と武力を兼ね備えた辺境領主には円卓の側が気を遣うことだってある。 ただし辺境領主の側が隙を見せれば話は別だ。 整備された大農場に宝珠がとれる地下遺跡。血を流してでも手に入れる価値はある。 「そんなうまい話はないがな」 「同感だ」 淡く笑って煙草をふかし、酒で喉を湿らせ、それぞれの同盟者と小声で会話する。 「からくりを40増やして73にする予定があると通知してきた」 ナーマが許可を求めてきたなら、王宮にナーマの軍備に口出しする権利をナーマ自身が認めることになったはずだ。 「名目は住民の生命と財産の防衛」 「侵略目的の軍拡でも同じような名目にするでしょうな。で、どうします」 「強力なアヤカシと交戦中なのだろう? 邪魔をする名目はないよ」 「表だって認めないのが精一杯ですな。アヤカシの撃退に成功すれば賞賛し、失敗すれば手出し口出しして水と金を頂くということで」 無言で通す者はいても反対者はいなかった。 翌日、ナーマの軍拡を黙認する円卓の意思が、まわりくどい形でエラトに伝えられた。 ●都市計画 案件1。城塞内の下水を組み替えてし尿を下水とは別に集積することの可否。 不許可。下水無しではし尿が管に詰まる可能性が高い。 付記。汲み取り等する場合は集積のための設備と人員、処理済みし尿の使い道の確保が条件ではあるが許可する。農業部門は品質の不安定および風評を理由に人糞由来の肥料の使用を拒否している。 案件2。浄水施設のろ過層の砂洗い等の費用について試算。 高額であることが確定したため試算中止。砂の洗浄には綺麗な水が必要。洗浄は行わず定期的に入れ替え、汚れた砂は農地や水源に影響がない場所に埋め立て処分する現状の計画のままなら高騰はしない見込み。 案件3。浄水施設への屋根の設置。 許可。予算をつけて即時実行する。 根回しではなく専門家による試算に付き合わされたカンタータ(ia0489)は、3徹の末にようやく開放された。 相棒がいるはずの下水処理施設へ向かう。 からくりであるディミトリは、汚水から分離したものに消石灰添加、脱水を行った上し尿と混合し発酵までした土を小分けにしているところだった。これらは実験用の小さな農場へ送られる予定だ。 主の消耗の激しさに気づき駆け寄ろうとしたディミトリを目で制する。 「あれは?」 建設計画のある城壁外浄水施設の小型版ともいえる小さな池のまわりに、細長い草や様々な多肉植物が植えられている。 いくつかは枯れ、いくつかは小さいままで、いくつかは他に比べると少しだけ大きい。 「処理済み工業排水を使った沙漠緑化実験らしいです」 よく見てみると植物は城壁外から運んできた砂に植えられているようだった。 「からくりが緑化のためにアル=カマルに運ばれたという説を聞いたことがあります」 今、からくりの支配下にある農業技術者達が、自分の余暇を使って緑化の道を探っていた。 ●地下へ 「よくやった!」 ハッド(ib0295)が褒めると、いわゆる3期生のからくり達が笑顔を見せた。 個人技に関してはつたない面が多々あるものの、集団戦に関しては領主側付き達に迫る水準に達している。 「緊急時以外は丁寧に、緊急時も可能な範囲で丁寧に装備を扱うのを忘れんようにの」 敬礼するからくちたちがいきなり自信なさげになった気がするのは、本当に気のせいだろうか。 「ぬしらもよくやった!」 からくり達の横に並んだ3体の遠雷にも声をかける。 乗り込むのはアーマー初心者ではあるが全員実戦経験のあるジンであり、アレーナ・オレアリス(ib0405)と共に厳しく訓練した結果アーマーに乗っての戦闘にも慣れてきた。 「うむ、よくやった!」 これ以上言えない。 ハッドが書かせた騎士ノートには、限界まで努力した過程がみっちりと書き込まれている。 ここまでくると何をさせるかではなく何をさせないで消耗をおさえるかが重要になる。 「時間当たりの練力消費量が少しでも下がればよいのじゃがのう」 小声でつぶやく。 今の所、彼等は騎士ではなく駆鎧の扱いに慣れたジンでしかない。 このまま努力すれば剣と盾の扱いは身につくと思うが…。 「そろそろ時間じゃな。今日も稼ぐぞ!」 「おーっ!」 からくり10人と守備隊のジン2名が唱和する。 予定よりジンの数が少ないのは地下の空気の薄さを考慮した結果だ。 瘴気の濃度が低下しているため地下遺跡内のアヤカシの数が少なくなっていて、宝珠を手に入れるのに時間がかかる。人間の数が多くなると既存の換気施設では足りなくなってしまうのだ。 数的にはからくりが主力の、戦力的にはハッド1人が主力の採掘部隊が地下遺跡へ進入する。 残念なことにハッドの聖堂騎士剣が必要なアヤカシとは遭遇できなかった。宝珠を多く手に入れることはできたものの、質はいつも通りで大きさも小さなものが大半だった。 ●赤子達 飛空船乗組員遺族へ送る手紙を書き終えた領主は、思考することも難しいほど疲れ果てていた。 母と慕うアレーナに甘える気力すらない状況で手を引かれて連れてこられたのは街中の育児施設。 赤子達は相手が領主であっても容赦なく遊びに付き合わせ、顔面をぺちぺちしたり粗相をしたりとやりたい放題だ。 皆肉付きがいい。 親が官僚でも農地だけで働く労働者でも栄養状態はほとんど変わらない。 「ふふ」 虚ろな目に力が戻ってくる。 「アマル、からくりの主として赤ちゃんを選ぶならばどうやってフォローしていくか考えないと」 「法は厳しく運用は柔軟にするつも…んっ」 乱暴すぎる小さな手を優しく受け止め、鼻に指を突っ込もうとする赤子を好きにさせながら、アマル・ナーマ・スレイダン(iz0282)はからくり関連法の改正案の要点を口にする。 アマルの命令外のからくりの行動による犯罪は、主も同じ罪をおかしたものとして扱う。主が赤子であっても減刑はなしで当然死罪も有り。 「アマル」 案外手際よくおむつを替えているアマルは、恥ずかしそうに一瞬だけ視線を宙にさまよわせた。 人払いをしているため、この部屋にはアレーナ達と赤子しかいない。 「軽率だったと反省しています」 局部を清潔にして新しいおむつをはかせると、赤ん坊は聞いているだけで気持ちよくなる声で喜んだ。 「でも速く数を増やさないと拙いの。人間に比べれば短期間で済むかもしれないけど人材は今一番足りてないから」 成長が早いからくりでも官僚として使えるようになるには時間がかかるだろうし、現在の深刻な水準の人材不足が数ヶ月続けば深刻な事態になりかねない。さらに長引けば取り返しのつかない事態にだってなり得る。 「私は止めはしないけれど…赤ちゃんとからくりに家族として接してあげなさい」 「はい」 切ない視線で赤子達を一瞥し、はしゃいで疲れた子達をベッドに寝かせていく。 全てを終えて部屋から出る領主からは、赤子に向けていた優しげな気配は全く感じられなかった。 ●新しい力 「すまんな」 「勝敗は兵家の常です。これまで皆さんのおかげで連戦連勝でしたら余裕はあります。この程度苦境ではありません」 将門に詳しい報告を受けたアマルは、慰めのつもりではなく本音で語っていた。 新しい報告書に目を通し、数秒黙考してから将門に渡す。 「伸び代はまだありそうだな」 報告書は樹邑 鴻による3期生と一部2期生の訓練結果だ。 「既に上限では?」 「最初のうちは上達が早いだけだ。一定の水準に達した後は人間と変わらん。向き不向きはあるようだがな」 2期生の上達速度が他と比べて明らかに遅かった。 「教師は可能な限り戦場に出したくありません。代わりが育てば選択肢としては有りですが」 「高等教育を担当できる教師は貴重です。育てるのに時間と費用が大量に必要で手放す勢力はないでしょう。無理を通すなら巨大な見返りが必要になります」 都からナーマに帰還した直後のエラトが、からくりを基準に考えがちなアマルに釘を刺す。 「色々ありましたが状況に大きな変化はありません」 そう言う割にはアマルの表情は優れない。 「何人か特殊機能が使えなくなった者がいます。基本能力が向上したので総合的な力は以前と同等です」 開拓者達は天儀に帰還後、覚醒からくりの噂を聞くことになる。 |