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■オープニング本文 『かわいがってください』と書かれた木箱の中で、1人のからくりが膝を抱えて俯いている。 彼女がアル=カマルの一部を混乱の中に叩き込むことを、この時点では誰ひとり予測していなかった。 Q.ナーマさん。身元不明のからくりを見かけたけど貴方の所の? A.いつも小麦をお買い上げいただきありがとうございます。いいえ、我が方のからくり33名中32名が領内で活動中です。 Q.じゃああの子が? A.33人目は私ですよ。ほら、ここにパーツの境目があるでしょう? いえ、ですからこれはお洒落ではなくて種族特徴なのです。 Q.アル=カマル開拓者ギルドさん。なんか主無しのからくりが求職活動してるみたいなんだけど。 A.HAHAHA。さすが大商人、冗談上手いッスね。からくりは主に絶対服従ですから主さんがふざけてるんじゃないでしょうか。 Q.なんかおうちがないって言ってるんだけど、お持ち帰りしていいの? A.いえだからそんな冗談…え、ギルドの前に? しょ、少々お待ちください。ゲ、ホントだ。誰かー! 依頼票を、いやもう書式とかいいから開拓者集めて、アル=カマルで足りないなら天儀でもいいから早く! ●開拓者ギルドからの依頼 緊急依頼である。 主無しのからくりがアル=カマル開拓者ギルドの前を占拠している。 うん、まあ、正確には通行の邪魔になっているだけだけどね、形式上そうなっちゃうの。 こほん。 説得して…最悪捕獲でも構わない。 平穏無事に彼女を退去させ、できれば少しの間面倒をみてやって欲しい。 ●質疑応答の内容 Q1.どこから来たの? A1.おきたときに目のまえに小さな人(開拓者ギルド注 小鬼だと思われる)がいて、痛いのがまんしてたたかって、気付いたら原っぱにわたし1人でした。(開拓者ギルド注 何者かが彼女を起動した後逃亡した可能性が高い。現時点で所有者として名乗り出ている者はいないので開拓者ギルドは彼女を主無しのからくりとして扱う) Q2.どうしたいの? A2.あ、あの。おしごと、ほしいです。やねのしたでねられるなら、な、なんだって、しま…す。 ●捨てからくり発見当時アル=カマル開拓者ギルドにいたひとの証言 ・城塞都市ナーマの外交官 「あの子すごく強いですよ。訓練を受ければ確実に私を上回って開拓者の皆さん並みになれると思います。…率直に言って困っています。私も我が領の主もからくりですけれど、皆主の命令に従って動いています。あの子に主抜きで動かれると我々が危険視されてしまうかもしれません。開拓者ギルド等で働いてくれるなら問題にならないとは思うのですが…。ええ、もしそうしてくれるなら年単位の生活援助だって喜んでします。当然無償で」 ・アル=カマル在住のお金持ちAさん(仮名) 「行き場がないなら僕が雇っちゃうよ! いやー、トイレにいかない美少女っていいよね!」 |
■参加者一覧
水鏡 絵梨乃(ia0191)
20歳・女・泰
御陰 桜(ib0271)
19歳・女・シ
明王院 未楡(ib0349)
34歳・女・サ
クルーヴ・オークウッド(ib0860)
15歳・男・騎
フランヴェル・ギーベリ(ib5897)
20歳・女・サ
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂
津田とも(ic0154)
15歳・女・砲 |
■リプレイ本文 ●捨て猫風 からくりは薄汚れていた。 発汗機能があったら凄まじく臭ったかもしれないけれども、多少埃っぽいくらいで嫌な臭いはしない。 箱の中で跳ね起きるようにして顔を上げる。 細かな砂にまみれた灰色の髪が、ばさりと音を立てて箱から零れた。 「初めまして」 一定の歩調で近づいて来た足音が、箱の前で止まった。 「騎士のクルーヴと言います」 クルーヴ・オークウッド(ib0860)は小柄で、おそらくからくりよりも背が低い。 けれど、からくりは彼をとても大きなひとだと認識している。 武力。知恵。知識。何もかもが桁違いだった。 「皆さんと一緒にからくりさんのお手伝いをさせて貰います」 空色の外套。 綺麗な姿勢。 生真面目であまり愛想はないけれども、嫌な感じのしない顔。 「お姉さん方がお風呂に連れて行ってくれるそうなので一先ず移動をお願いします」 言われていることは分かる。でも何故そうなるのかが分からない。 からくりは半信半疑より少しだけ疑いの濃い視線でクルーヴを見上げる。 ただし、その場から逃げようという気は全くおこらなかった。 「俺はからくりには詳しいんだ。まずはこれに着替えてからだな」 実に頼もしい態度と声で説明しながら、津田とも(ic0154)が持参の服を取り出す。 砲術家の津田家らしい、銃火器を扱うために作られた戦装束だ。 当然、火縄銃に弾丸に火薬にかるかも有る。 「なんと銃剣付きだぞ!」 心からの笑顔で説明を終えるともは、捨てからくりを戦場に放り込むつもりは全くない。 ともにとってはこれがほとんど普段着で、純粋な親切心から勧めているのだ。 「どうした? 何か用があるなら…」 ともをからくりから見えない場所に引っ張りながら、アルバルク(ib6635)は後は任せたと他の女性陣に目配せをする。 「ふーっ!」 からくりはともに驚き怯えてしまい、箱の縁に手をかけて警戒心むき出しだ。 「ほらほら。怖くないよー」 淡い黄色のお菓子が水鏡 絵梨乃(ia0191)の手の中で踊る。 砂糖と芋だけでつくられた羊羹から食欲を誘う甘い香りが広がり、からくりはねこじゃらしを目の前で振られた猫のように凝視し、生唾を飲み込むのだった。 ●はじめてのお風呂 からくりが恐る恐る目を明けると、至近距離にある美しいふくらみで視界を塞がれていた。 御陰桜(ib0271)は自身の長くて細い指に意識を集中している。 からくりの髪を傷つけないよう汚れを落とし、一部絡まってしまった髪を慎重にほどいて綺麗にしていく。 作業中揺れた胸が時折からくりの顔に触れてはいるが特に気にした様子はない。 髪の手入れをされているからくりは自身のなだらかな胸から桜ほど細くない腹に手をすべらせ、どうして違うのだろうかと悩んでいた。 「痒いところない?」 背中側からからくりの体を洗っているのは絵梨乃だ。 陶器に似た感触の肌を傷つけないよう、高級品である柔らかな布で慎重に少しずつ汚れをとっていく。 フランヴェル・ギーベリ(ib5897)が用意した石鹸を使っているのに最初はほとんど泡は出なかった。 それだけ汚れが酷すぎたのだ。 「流すよー。少し目を閉じててね」 女性陣全員が同時に入れる広々とした大理石の湯船に桶をいれてお湯をくみ、ゆっくりと灰色の髪にかける。 泡と汚れが勢いよく流れた後に姿を現したのは艶やかな銀の髪。 未成熟な体型としみ一つ無い肌の組み合わせには、正常な男性に新たな性癖を植え付けかねない魔性が宿っているのかもしれない。 もっとも桜にそんなものは通用しない。からくり本人も長い髪を鬱陶しがって無理矢理髪をまとめようとする。 「そんなことすると痛むよー」 体を流すのは絵梨乃に任せ、桜は清潔な布で髪の水分をとりつつ軽くまとめてあげる。 「ほら。こうすると動き易いでしょ?」 からくりを身の丈ほどもある鏡に向き直らせると、そこには今風の髪型の女の子が映っていた。 満面の笑顔を浮かべて振り返り、濡れたまま勢いよく浴場から出ようとした彼女の手にフランヴェルが優しく触れ更衣室へ誘導する。 白い小さめの体が、フランヴェルの目の前に置かれた席におさまった。 「綺麗だね…その白磁の様な肌も、流れる星々の様な銀の髪も…」 耳元で囁かれ、白い肌がゆっくりと朱に染まっていく。 そうしている間もフランヴェルの手と指は繊細に動き、体を拭いて下着に着替えさせてから、銀の髪の状態を確かめつつ適量の香油を加える。 銀髪は初めて感じる香油に驚き慌てる。浴場から出てきた桜がウィンクで合図をすると、彼女の体から緊張が完全に消えた。 銀の髪は美麗だ。 しかし手入れはかなり大変そうで、お洒落初心者未満のからくりには荷が重いかもしれない。 「櫛の使い方を良く見て」 だから綺麗にするだけでなく手入れの仕方も見て覚えさせる。 髪をほどくとふわりと広がり腰のあたり届く。 ほつれがないのを確かめてから、フランヴェルはわざと分かり易い大きな動きで櫛を入れる。 最初は目の荒い櫛で、髪を傷めないことを重視して丁寧に梳っていく。 「ふみゃ…」 からくりの目が心底気持ちよさそうに細められ、ふらりふらりと上半身が揺れた。 フランヴェルはくすりと笑って、自分の胸に抱き寄せる形でからくりの動きを止める。 櫛を目の細かいものに持ち替えてさらに慎重に髪の流れを整え、最後に全週から髪の状態を確認して完了…ではない。 「爪の手入れもしないとね」 少し荒れていた爪の形を整え、上品な朱色に染める。 フランヴェルの至近距離で、完全に警戒を解いた子猫のようにからくりが熟睡していた。 ●ごはん 芋羊羹に伸びる手を、明王院 未楡(ib0349)の手が優しく抑える。 「お菓子はご飯を食べ終えてからですよ」 穏やかな笑顔で、相手を心から思いやる眼差しでからくりを躾ける。 「で、でも私、食べなくてもだいじょうぶだ、です、から」 未楡の表情、手つき、姿勢、言葉遣いの全てを心に焼き付けて真似しようとするからくりは、フランヴェルが用意したゴスロリ装束に桜作の銀髪ツインテールという自然にあざとい格好だ。 見た目が華やかなだけでなく着心地もすばらしく、からくりのフランヴェルに対する態度は熱っぽい感じになっている。 「あの商人を締め出しておいて正解でしたね」 広間の入り口から見守るクルーヴは、ギルドやホテルのエントランスで出会った人形趣味な男を思い出して重いため息をつく。 「ごちそう、さまでした」 「お粗末様でした。よくできましたね」 未楡がふわりと微笑むと、からくりの白い頬が熱を持つ。 「明日は休憩の予定よね? 甘いもの食べに行く?」 大型クッションに寝転んで甘味マップを眺めていた桜が起き上がる。 芋羊羹によって甘味に目覚め、桜の女の子英才教育を受けてスイーツも大好きになったからくりはマップに興味津津だ。 「もう少し常識を身につけてからにしましょう。身嗜みはこのままでもよいでしょうけれど」 凄く行きたいなっ、というからくりからの視線を柔らかく受け止めながら未楡が言葉を続ける。 「笑顔、気遣い、家事は最低限必要ですし、ギルド職員見習いとしてそのまま居つくなら帳簿付けやお茶や料理くら最低限できないと。…おかしはその後ですよ」 涙目で見上げてくるからくりに、未楡は授業の再開を続けるのだった。 ●実戦訓練 限界まで頑張ればぎりぎりで当てることのできる速度で絵梨乃が動く。 速度と力だけは志体並の、精度に関してはようやくなんとか初心者級の拳が、絵梨乃のお腹に軽い音をたてて当る。からくりは全神経を拳に集中し、そのままぐっと力を込めた。 絵梨乃がからくり並の体力しかないなら、重心を崩されて無防備な姿を晒すことになっていただろう。 「わ、ふっ」 からくりの足がつるんと勢いよく滑る。 演習場の堅い地面に頭をぶつける直前、絵梨乃によって優しく抱き留められた。 「相手に意識が行きすぎ。でも体の使い方は上達したね」 からくりの顔が笑顔で輝く。 しかし転んで砂まみれになる直前だったことに気づいて情けない表情を浮かべた。 「どんな職につくとしても体の動かし方は重要、ってことは分かるね?」 生徒は勢いよくうなずく。 一本にまとめられた銀の髪が勢いよく跳ね上がり、痛覚のない顔面に衝突してからくりを混乱させる。 「そんなんじゃ未楡に怒られるよ」 「いい言わないでくださいっ」 連日の教育を思い出し、怯えた子猫っぽく震えるからくりであった。 「うーし、そろそろ始めるか」 アルバルクが手を叩く。 「実戦じゃ1人で動けるだけじゃどうにもならねぇ。俺をアヤカシと思って接近から攻撃までしてみな」 「はいっ!」 からくりは元気よく返事をして絵梨乃から離れて向き直り、真正面からアルバルクに駆け寄る。 アルバルクはひとつため息をついてから、素手で手を伸ばし生徒の頭を軽く叩く。これが実戦ならこの時点で致命傷だ。 「少しは考えろよ。開拓者同士の試合ならともかくアヤカシを後ろから殴っても誰も文句なんかつけねぇんだからな」 戦闘技術以前に、判断力を鍛える必要があるかもしれなかった。 「そろそろ俺の出番だな!」 成人男性が5人は入れそうな木箱が下ろされる。 「実戦では飛び道具が重要だ!」 ともは堂々と言い切る。 実際には術もあるが未訓練のからくりでは使えないので問題発言ではない。 「殴る前に撃つ。できれば撃って倒す! というわけで実際に持ってみろ。説明してやる」 「おおー」 銀髪はおそるおそる火縄銃を取り出す。 「どんな状況でも絶対に銃口は覗くな。ほら、これが火縄だ、いいもんだろ、匂い。ここに火をつけて、火薬に引火するまでの時間を…」 情熱的な説明を真摯に聞くからくりから離れ、アルバルクは自分の肩を叩く。 「アル=カマルでからくりも見慣れたもんだったが、捨てからくりなんざ聞いた事もねえぜ」 聞いたことも見たこともないのは先程まで接していたからくりも同じだ。 単純に通常のからくりより性能が高いというだけではなく、能力的に全てのクラスにつけ、しかもからくりの特長はそのまま保持している。 「面倒なことにならなきゃいいがな」 銃声と砲声が響いてくる。 「撃て!」 「ふぁいあー!」 ともに指導された銀髪からくりは、日没まで元気よく銃と砲を撃ち続けていた。 ●天儀開拓者ギルド 「そこの通りですね」 「うん。頑張ってねおねーちゃん!」 道順を教えてくれた子供を見送る。 箱に入っていた頃のように薄汚れてもいない。身につけているのは清潔で可憐な小袖だ。 未楡に徹底的にしこまれたおかげで、普通の商家なら今すぐにでも働ける程度の所作は身についている。 「元気になったね」 香油で手入れした髪は、夏の光を浴びて銀に輝いている。 開拓者によって与えられた技術で自信を得た彼女自身はそれ以上に輝いていた。 「実はね。外に比べればずっと少ないけれど、都でもアヤカシは湧くんだ。キミは目覚めた直後でもどうにか撃退できたし今なら素手でも数体相手にできる。でも先程の子供や町の人達が一対一で奴に出くわしたら…誰も生き残れないんだ」 フランヴェルが語りかけると、からくりは真剣な表情で深くうなずいた。 「出てきたら倒さなきゃ…んんっ、倒さないといけないですね。それでお給金を頂けるとよいのですが」 彼女は緊張している。 面倒をみてもらった開拓者の誰よりもずっと弱いことを自覚しているので、アヤカシを簡単に倒せるとは思えなかった。 「ギルド職員か開拓者としての訓練を望むなら年単位の支援が受けられるそうです。…仮に受けられなくてもどちらかを選びそうですね」 クルーヴの言葉に軽くうなずく。 「はい。私も皆さんのような開拓者になりたいです。でもギルド職員を目指せるなら見習も魅力的なんです」 歩きながら悩む彼女からは、出会った頃の捨て鉢な気配は全く感じられない。 「一度開拓者になるのも良いと思いますよ。僕個人は開拓者訓練をお勧めします。騎士はいいですよ。駆鎧も活用できますし」 「駆鎧って、あのおっきな機械ですねっ!」 「ええ。その大きな機械です。火竜は大きいというより巨大という表現が似合いますね」 ともに影響された彼女は火力と機械大好きからくりになっていた。 「そろそろです。緊張する必要はありませんが」 気は抜かないでくださいねを言いって、クルーヴは彼女を天儀開拓者ギルドに入らせる。 おろしたての制服を着た職員が窓口で待っていた。 覚醒からくりは緊張した足取りで向かい、立ち止まって一礼する。 「種族はからくり。名前は星河(セイカ)です。開拓者としての訓練を希望します!」 この日、1人のからくりが開拓者への道を歩き出した。 |