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■オープニング本文 少なくとも数百年、ひょっとしたら数千年地下に密閉されていた瘴気が開放された。 手下をつくるために開封した中級アヤカシは高圧高密度の瘴気に押し潰されて消滅。 瘴気は地下遺跡を蹂躙し、水源と都市を冒そうとしていた。 ●工事 遠雷が大通りを疾走する。 抱えているのは武器ではなく精緻な装飾が施された大型石材だ。 商業区画を抜け、水源を通り過ぎ、地下遺跡に通じる空気穴にたどり着き石材を無理矢理はめ込み押し込む。 丹精込めた細工が砕かれ砂煙となって消えていく。 「コンクリ落とします!」 「コテ下ろします!」 よく練られたコンクリが飛空船から注がれる。 手入れの行き届いた装甲を汚しながら、遠雷がコテを受け取り空気穴と石材の隙間にコンクリを埋め込んでいき、飛空船は次の現場に向かう。 そんな光景が、城塞都市ナーマの各所で見られていた。 ●地下 5つの魔槍砲が吼え、大小様々なアヤカシからなる隊列を大きく乱す。 全力を解放したからくりがアヤカシの中に飛び込み、凶悪に輝く刃で凄惨な殺戮を行い、きっかり10秒後に後ろへ飛ぶ。 「撃て! 崩れても構わん!」 地下に運び込まれた宝珠砲が眩い光と轟音を放つ。 アヤカシの大群は光の中で消滅し、既に高すぎる瘴気濃度をさらに高めた。 「おげっ」 宝珠砲を担当していたジンがその場に崩れ落ちる。濃すぎる瘴気に耐えられなかったのだ。 「待避、たいひー!」 「砲はっ」 「後で買い直せばいいわよっ」 財務担当官僚が聞いたら憤死しかねない会話をしながら、からくりはジンを抱えて走っていく。数分後、スライムにしてはあまりに禍々しすぎる何かに飲まれ、宝珠砲が消化された。 3度目の遺跡奪還作戦も失敗し、ナーマのジンとからくり達はトンネルまで後退して守りを固めている。 ここを突破されたら水源がアヤカシの直接攻撃にさらされることになり、そのまま都市が滅亡するかもしれない。 ●戦場概要 アーマー1体と開拓者数人が横に並んで戦える広さがあります。 高位開拓者が全力で戦っても足場が崩壊したりはしませんが故意に破壊しようとしたなら崩落が発生するかもしれません。 後退すればアーマーが複数全力で戦える空間と防壁があるホールにたどり着けます。 前進したとき何があるか何が起きるかは分かりません。 瘴気の量と密度が魔の森奥並で、倒しても倒しても際限なくアヤカシが現れる可能性があります。 ●依頼票 仕事の内容は城塞都市ナーマの経営補助 依頼期間中、1つの地方における全ての権限と領主の全資産の扱いを任される ●城塞都市ナーマの概要 人口:良 移民の受け容れ余地中。観光客増加傾向有。都市滞在中の観光客を除くと普 環境:良 水豊富。汚水処理能力に余裕無し。徐々に低下中 治安:普 厳正な法と賄賂の通用しない警備隊が正常に機能中 防衛:良 強固な大規模城壁有り 戦力:普 ジン隊が城壁内に常駐。防衛戦闘では都市内の全民兵が短時間で配置につきます 農業:良 都市内開墾進行中。麦、甜菜が主。二毛作。牧畜有 収入:優 周辺地域との交易は低調。遠方との取引が主。鉱山再度閉鎖中。麦を中規模輸出中。氷砂糖を小規模輸出中。観光業有 評判:良 好評価:人類領域の奪還者。地域内覇権に最も近い勢力 悪評:伝統を軽視する者 資金:優 定期収入−都市維持費=++。前回と今回実行計画により−−− 現在++++++++++ 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。1つ以上の項目が滅で都市が滅亡 ●都市内情勢 ナーマは直径数十キロに達するほぼ円形の砂漠地帯の中央付近にあります 外壁は直径1キロメートルを越えており、内部に水源、風車、各種建造物があります 妊婦と新生児の割合高めのまま。観光客(留学生候補を含む)多め ●領内アヤカシ出没地 都市地下 風車と水車で回す送風設備(地上)、水源を貫通するトンネルとホール(防御施設と空気穴有)それぞれ複数、トンネル、地下遺跡(宝珠有、空気穴有・封印済、瘴気濃度高)、地下遺跡探索中箇所(空気穴有り・封印済み、瘴気濃度超高)、瘴気だまり跡(未発見。不明)の順に続いています 鉱山 ナーマの数キロ西。地表、横に向かう洞窟、地下へ続く垂直大穴、鉱山、未探査箇所(西向き洞窟、奥に空洞がある急流)と東向き洞窟(低酸素小規模崩落)の順 ●西方地図 無無草草草C草砂 甲無草D草草草砂 無無草草草草草砂 無無A草草E草砂 無無草草F草草砂 乙無草草草草草砂 無無草草草草B砂 無 無人の不毛地帯 甲 不毛地帯。アヤカシが常時50体は潜んでいます 乙 不毛地帯。アヤカシがいる可能性高め 草 草のまばらな草原。集落無し 砂 砂漠と草地の境の土地 A オアシス。ナーマの兵が駐留中。土嚢による小規模防壁有り 上が北、右が東。1文字は縦横数キロ ●現在交渉可能勢力 西方小部族(B ナーマ傘下。遊牧民。経済力良好。戦時体制 西方零細部族部族(C〜F ナーマ傘下。好意的。防衛力微弱。水場有り。ジン無し。集落周辺のみ実効支配。4つともほぼ同じ 王宮 援助等を要請するとナーマの威信が低下し評価が下がります 域外定住民系大商家 継続的な取引有 域外古参勢力 友好的。宗教関係者が多くを占める小規模な勢力群 ナーマ周辺零細部族群(東境界線付近の小オアシスは除く) ナーマ傘下。好意的。ナーマへ出稼ぎを多数派遣中 定住民連合勢力 ナーマ東隣小都市を中心とした連合体。ナーマと敵対的中立。対アヤカシ戦遂行中。防諜有。同意無しの進軍は侵略とみなされます その他の零細部族 ナーマの南隣と北隣に多数存在。基本的に定住民連合勢力より ●都市内組織 官僚団 内政1名。情報1名。他7名。事務員有。医者1名 職場研修中 医者候補4名、官僚見習い21名。 教育中 からくり10名(教師。7月末に現場投入可能になる見込 からくり10名(初依頼開拓者級。影武者任務可。演技力極低 情報機関 情報機関協力員33名 必死に増員中 警備隊 210名。都市内治安維持を担当。10名が西方に駐留中(増員停止) ジン隊 初心者より少し上の開拓者相当のジン7名。対アヤカシ戦特化。2名が西方に駐留中 アーマー隊 ジン2名。現在ほぼ非戦闘専門 農業技術者集団 学者級の能力のある者を含む3家族。農業指導から品種改良まで担当 職人集団 地方都市にしては高熟練度。技術の高い者ほど需要高 現場監督団 職人集団と一部重複 領主側付 同型からくり12体。見た目良好。側付兼官僚見習兼軍人見習。1人が外交官の任についています。交易路防衛も継続。疲労状態 守備隊(民兵隊) 常勤は負傷で引退したジン数名のみ。城壁での防戦の訓練のみを受けた330名の銃兵を招集可。損害発生時収入低下。新規隊員候補160名。50名が西方に駐留中 西志願兵 西方諸部族出身。部族から放り出された者達。士気低。ナーマ民兵相当の能力有。18名。現在ナーマにいます |
■参加者一覧
カンタータ(ia0489)
16歳・女・陰
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
此花 咲(ia9853)
16歳・女・志
フレイア(ib0257)
28歳・女・魔
レネネト(ib0260)
14歳・女・吟
ハッド(ib0295)
17歳・男・騎
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
将門(ib1770)
25歳・男・サ
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
エラト(ib5623)
17歳・女・吟 |
■リプレイ本文 ●地下 鉄壁を斜めに重ねた城塞級の防壁が、たった一度の攻撃でひび割れ消滅した。 トンネルの壁に設置された灯りは何も照らさない。 しかしフレイア(ib0257)の鋭敏な感覚は、暗闇にしか見えない空間に高密度の瘴気があるのを正確に捉えていた。 膨大な量の練力を体内で練って束ね、霊糸で織られた衣装を通じてこの世に出現させる。 雷に変じた力は闇を裂いて飛び、濃い色のスライムに見える何かの一部を弾けさせた。 「大物はフレイア殿が撃つ! 汝等は小物を足止めするのじゃ!」 ハッド(ib0295)の命令に従う10人のからくりが慣れない手つきで引き金を引く。 大型アヤカシとトンネルの隙間をすり抜け駆け寄ってきた骸骨に複数の銃弾がめり込むが、止まらない。 「効いている。打ち続けるのじゃ!」 骸骨型特濃アヤカシを騎士剣で断ち割り、意識して明るい声をつくって味方を励ます。 敵が強すぎてナーマ所属のからくり達では薄皮1枚分の損害も与えられていない。しかし事実を伝えて怯えさせると総崩れになってしまう。 フレイアは雷を高速連打することで再生し続ける大型アヤカシを押さえ込んでいる。 攻撃力の凄まじさに畏怖すべきか、上級に限りなく近いアヤカシの頑強さを恐れるべきかは分からない。 いずれにせよフレイアの助けを期待できないのは確かだった。 直前までアヤカシだった塩をはね除けながら、瘴気の武具で身を固めた吸血鬼が複数現れ突進してくる。 数は3。 どうやら出来たてのようで経験が足りていない。ハッドが少しフェイントをしかけるだけで隙を見せてしまい騎士剣で両膝を断たれ、返す刃で首を飛ばされる。 煙が出ないのが取り柄の宝珠式銃10丁が吼え、残る2体の速度が緩む。 「発射します!」 宝珠砲への装填が完了する。 フレイアの身振りによる指示に従い、ジン3人がかりで強引に砲門の向きを修正して即発射。 半ば密閉空間の空気が強烈に揺れ、音の発生源近くのジンや戦慣れしていないからくりが秒に満たない間目を回す。 しかし歴戦の開拓者達の動きは鈍らない。 小型吸血鬼を消した砲撃は大型アヤカシに半径数メートルの穴を開け、その動きを半秒ほど鈍らせる。 その半秒が過ぎれば近くまで迫っている超高密度の瘴気を吸収し瞬く間に全快したかもしれない。が、その光景が現実化することはあり得ない。 「もう少し広ければなっ」 フレイアとハッドだけなら人狼を持ち込めただろうけど、からくり達やジン隊と同時に運用するには地形が狭隘すぎた。 騎士剣「グラム」が分厚い瘴気の層を切り裂く。 刃から発せられる聖なる精霊力が瘴気を強制的に塩に変えて再生を許さない。 身振りも呪文も無しで、高精度の練力操作によって雷を数秒ごとに雷を発生させる。 最初の1つで半球状の孔が穿たれ。 次の1つで孔が円柱状になり。 その次で孔の各所がひび割れ白い塩が飛び散り。 轟音を伴い空間を震わせる白い光が孔の底を抜いた。 「待避しなさい。瘴気が来ます!」 目の前のアヤカシに変化はない。 フレイアは己の感覚を信じて即時の後退を命じる。 大型アヤカシの核を破壊した手応えは錯覚ではない。なら次に来るのは。 「銃も砲も捨て置けっ」 トンネルの奥から突風が吹く。 装備も含めば成人男性以上の重さがあるはずのからくりの何人かが吹き飛ばされかかり、同僚に手を引かれて辛うじて耐える。 約3時間の激戦で一度も焦りを見せなかったフレイアとハッドの表情が一瞬だけ曇る。 それまで聞こえていた曲が風で聞こえなくなったのだ。 連続使用で砲門が避けた宝珠砲の陰から、ナーマのからくりより鍛えられたからくりが身を起こす。背中には背負子…というには立派すぎる器具が取り付けられ、そこにくくりつけられたエラト(ib5623)が演奏開始から今まで変わりなく演奏中だ。 「お代わりが来よったなー」 安堵したハッドの口元に不敵な笑みが浮かぶ。 トンネルの入り口で起き上がるヴァナディースを認め、フレイアは最後の10分を稼ぐため2枚の鉄壁でトンネルを閉鎖し、飲用練力回復薬を無理矢理飲み込むのだった。 ●帰還 エラトが意識を取り戻したとき、新鋭の駆鎧が巨人の突撃を食い止め、光の柱が大小様々なアヤカシをなぎ払っていた。 フレイアの消耗は酷い。 かすり傷ひとつないがいつ倒れてもおかしくない。 数時間高濃度の瘴気にさらされて心身に悪影響が出ているのだ。 駆鎧の乗り手もエラト自身も同様に疲弊してはいるが、瘴気が消えてアヤカシの増援が無くなったため戦況は見る間に開拓者の側に傾いていく。 「地上に帰還します」 庚は主の了解を得ずに踵を返してホールに出、逆側の地上に向かうトンネルに入っていく。 人間とは別種の美しさがある表面についてしまった傷に気づき、エラトは労いの言葉をかけようとする。 けれどかすれきった声しか出ず、主の状態をより深く把握した庚はほとんど駆けるような速度で、ただし決してエラトは揺らさないよう細心の注意を払いながら早足で進むのだった。 ●瘴気祓い 秋水清光が半月を描くと、体格のよい小鬼達は腰のあたりで両断されて吹き飛んだ。 地下遺跡に血が零れる音も肉が床を打つ音も聞こえてこない。 落ちるより前に瘴気に戻って薄く広がってしまった。 「クソ瘴気が薄くなってますね」 完璧に制御された上品な抑揚で少々過激な言葉が口から出る。 レネネト(ib0260)はアレーナ・オレアリス(ib0405)に先導と護衛をされながら、己がうたう場所を慎重に見極めようとしていた。 「ここも薄いですから」 ナーマの建築部門から渡された図を取り出し灯りで照らす。 専門家による測量とからくりによる地下遺跡での活動で造られた地図は極めて正確かつ詳細で、これさえあればシノビ1人、またはアヤカシ1体でナーマを滅ぼせるかもしれない。 「歌でクソ瘴気を祓える範囲がこうで、戻って来るクソ瘴気の量がこうだから」 もちろん逆に使うこともできる。 仮にレネネトが地図を用意させなければ、精霊の聖歌で消し損ねた瘴気が地上に向かったり水源に潜り込んでしまう展開があり得たかもしれない。だがもはやそんな悲劇は起こりえない。。 「右に曲がってください。こっちからも消しておけば水源の安全確保は完了です」 アレーナを連れて封印された送風口へ向かう。 封印前に十分換気がされているため呼吸に問題は無い。2人でなら3時間頑張るのも無理ではないはずだ。 三味線が万全であることを確認し、呼吸を整え、撥で触れる。 精霊まで揺り動かす音に思わず振り向きそうになるのをぐっと堪え、アレーナはレネネトの前で守りを固める。 目だけを光らせるアヤカシが近づいてくる。 初日のほぼ祟り神級の小型祟り神には遠く及ばないただの下級アヤカシばかりで、歴戦の騎士にとっては全て同時にかかってきてもものたりない相手でしかない。 とはいえ戦闘は多くの酸素を消費するため、エラトが使わなかった空気袋を大量に消費することになる。 作戦開始から72時間後、水源付近の瘴気濃度は限りなく0に近づき、地下遺跡にもほとんどアヤカシが現れなくなった。 ●教育 留学生が求めたのは経済と医療と農業に関する講義で、兵学、鍛冶、石材加工技術、調理、音楽に関する講義は1回しか開かれなかった。 兵学はナーマの特殊条件、たとえば総員火器装備やら大規模防壁やらの影響が強すぎて外部の人間にはあまり役に立たず。 鍛冶や石工加工技術は職人の力に頼りすぎ、設計や大規模建築指揮などについての講義はナーマ民限定とされているため人気が出ず。 調理や音楽に関しては教師であるからくり達より留学生の方が上手なこともある有様だ。 「午前中だけなのですかっ、補習はっ」 「おい無茶言うな。すみません、しっかり言い聞かせますのでここは…」 からくり教師に詰め寄る少年を、同郷らしい少年が引きずって割り当てられた宿舎に戻っていく。 礼儀を重視して引き離した少年も興奮しているのは同じのようで、今にも喧嘩を始めそうなほど興奮して声高に議論をかわしている。 農業の講義内容から品種改良は外されているし、経済も医療もアル=カマル最先端というわけではない。 しかし戸籍が完全に整備されたナーマが持つ経済と医療に関する情報は正確かつ膨大で、教材としても研究対象としても最高級だ。支配者層に属する学生にとっては1日中触れていたい情報だろう。領主独裁下の集団農場についての情報に関しては、現役権力者が金塊を積んででも知りたがる情報かもしれない。。 「外交面で譲歩が引き出せそうですね」 教師からくりとの打ち合わせを終え、カンタータ(ia0489)は満足そうにうなずいた。 が、すぐに表情が曇る。 ナーマ民向けの、制限の一切無い教育内容に耐えられる人間がいないことも伝えられたからだ。 一応最大限に内容を簡略化した講義は行われているものの、辛うじてついていけているのは負傷で前線任務を一時的に外されたからくりのみ。人間が着いてこれるよう面接して講義内容を調節したり頑張りはしたのだけれど、ことごとく失敗してしまった。 「才能の差だけで説明できません。教育の積み重ねの差ですね」 相棒と合流して報告書を書くため宮殿へ向かう。 ディミトリによると、汚水処理場は今日も臭いが強烈で試しに植えた草は苛酷な環境に耐えられず枯れてしまったらしい。 ●技術の限界 「3個…じゃ足りない。5個同型のをばらしていいなら劣化複製品を造れる。多分」 エラトに紅蓮修羅を渡された職人が、技術と反比例した壊滅的対人能力を余すところ無く見せつける。 「分解した物を元に戻せますか?」 多分無理だとは思うが念のためたずねて見ると、そんなことも分からないのかといいたげな無愛想な視線を向けられてしまった。 「も申し訳ありませんエラト様」 「ここは何卒、何卒っ」 建設部門を含む高官達が職人を隠して職場に連れ戻す。 10分も経たずに、建築部門のトップが現場から呼び戻され職人の言葉を通訳し始めた。 「戦闘用に造られたものを熱源に使うのはお勧めできません。効率が悪すぎるか短期間で壊れるかでろくなことにならないはずです。使える箇所だけ抜き取ったり複製したりする手段もありはしますが」 人間としては無能でも職人としては最上等の彼が無理と言うなら少なくともナーマでは実現不可能。 エラトは礼を言ってから無事だった紅蓮修羅を回収し、1日休んでも疲れが抜けきれない体を休めるため宮殿奥へ向かうのだった。 ●お休み アマル・ナーマ・スレイダン(iz0282)の動きが止まった。 「どうしました?」 レネネトが穏やかな表情でたずねる。 3日間の苛酷な作業で疲労はしているものの、通常の都市数年分に匹敵する瘴気をこの世から消せたので精神的には非常に快調だ。 「失礼しました。挨拶が遅くなり申し訳ありません」 まさか、性格が濃くないのに驚いたと言う訳にもいかない。 アマルは領主として可能な範囲で最大限の感謝を込めて礼を述べ、レネネトは実によい笑顔で受け入れて、自分が地下にいる間厩舎で怠惰な生活をしていた龍を迎えにいった。 「助かりました」 アマルは側付きに代わって控えていたロスヴァイセに礼を言う。 飛空船で去っていく観光客の護衛や域外からの使者の応対などに忙殺されていた側付き達が、ほんの少しでも休みがとれたのはロスヴァイセのお陰なのだ。 「やすまないとだめよ」 アマルは気遣いを無視することはできず、仕事を切り上げ、アレーナに伴われて寝室に入る。 翌日部下達の前に姿を現したときには、アマルの雰囲気は別人のように柔らかくなっていたらしい。 ●我慢比べ 風が吹く。 乾いた大地の表面が土煙で覆われ、東端の塹壕から飛び出した小鬼が西に向かって走る。 遮蔽物を活かして上空からの視界を遮ることを意識した進路で移動しているため非常に見つけづらい。 だから、此花 咲(ia9853)は10中4も逃してしまった。 アヤカシを追いかけようとする駿龍の背に、弓を持ったままの手で拳骨をくれて速度を落とさせる。 もう一方の手で狼煙銃2つをまとめて火打ち石にこすつけ、白と青の入り混じった濃い水色煙を後方に流す。 地平線近くで隙をうかがっていた凶光鳥部隊が、咲に気づかれたことに気づいて雲の中に姿を消した。 「まったく」 厳しい。 やっているのは地表にいる小鬼を中空から射撃するだけなのだが、数百メートル先の無人地帯や、数キロ先の乾いた空から時折強烈な気配が感じられる。 おそらく、隙を見せれば大戦力に急襲され狩られる側になってしまうだろう。 青い煙を出し続ける銃を手の平だけで砕いて捨てる。 直前の攻撃から10秒もたっていないのに、地上からアヤカシの姿は消えて塹壕の判別も難しくなっていた。 「我慢比べです」 手綱を引いて駿龍を反転、加速させる。 入れ替わりに前進してきた飛空船が塹壕のあるはずの場所へ精霊砲を向け、光を放った。 ●敵影見えず 砲撃で巻き上げられた粉塵が飛空船に近づいてくる。 すると明らかに瘴気の濃度が上がり、玲璃(ia1114)の手の中の懐中時計も反応を示す。 玲璃は軽く息を吐いて舷側から地表を見下ろす。 ここは中空だ。 下空でなら瘴索結界で全アヤカシの配置を暴くこともできる。 しかし下空なら射撃武器も特殊能力も持たない小鬼程度のアヤカシでも戦術次第で飛空船を攻撃できる。アヤカシにとって限りなく捨て駒に近い部隊と引き替えに飛空船1隻とその乗員を失うのはあまりに割が合わなすぎる。 「来ないよー」 船首に横座りした蘭が、風に負けないよう声をはりあげ報告してきた。 この状況では玲璃に出来ることは少ない。 仲間の開拓者と少数の非志体船乗りに加護結界をかけ直して敵襲に備える。 「こんな感じです」 地表を舐めるように飛んでいた咲が甲板に戻ってきて情報を共有する。 将門(ib1770)が渡した詳細な地図に敵の分布を豪快に記入した。 最初に偵察したときと比較して3割減。陣形の乱れを加味すると戦力は4割減というところだ。 船体にかすり傷一つ受けずにこれだけの損害を与えたことを誇るべきか、アヤカシの主力部隊でもないのに砲弾を大量に使ったことを悔しく思うべきか、判断できない。 「一度仕掛けます」 空龍を駆り朽葉・生(ib2229)が甲板から飛び立つ。 金色の杖を振り下ろすと眩い光玉が下に撃ち出されて地表で炸裂した。 高位魔術師によるメテオストライクは、小型飛行船で運べる大きさの宝珠砲を大きく上回る破壊力を持つ。 土をもってつくった地形で威力が削がれても、小鬼や小型と鬼を衝撃で押し潰すには十分過ぎた。 耐えきれなくなったアヤカシが塹壕から這い出して西へ向かって全力で駆け出す。 ばらばらなので一度の術でまとめて吹き飛ばすことはできない。生はアヤカシ5、6体からなる隊を確実に潰しながらゆっくりと西へ移動し、しかし進路を鋼龍に遮られる。 「今回の目的は敵戦力を可能な限り削る事だ」 アヤカシは全て背を向けて逃げている。 このまま攻めれば後50は減らせるはずだ。 「分かりました」 生は将門の意見を聞き入れて攻撃を止め、後退する。 数時間後にナーマの西方駐留勢力が地表を捜索したところ、アヤカシは影も形もなかった。彼等は徹底的に塹壕を潰した後、拠点に帰還し、油断なくアヤカシの襲撃に備えていた。 ●アヤカシ 『開拓者が東へ向かいます』 『大規模破壊術術者に攻撃可能な雷術使い鬼は40…35』 砂まみれの中級アヤカシが、体中を汚して大地に紛れた上級アヤカシに報告を行っていた。 『砲兵は待機を継続。哨兵は予備の陣地まで下がらせろ』 獣型の口に砂が入る。 『損失56』 今回被害が出たのは最も養成が簡単な部隊ではある。だが、集めて組織化するのに上級アヤカシの時間と労力を投入している部隊でもある。 致命傷には遠く、かすり傷程度でしかないとはいえ、痛い。 『奴等は致命傷からでも回復しかねん。1人1人確実に殺さねば戦力の無駄遣いだ』 砂混じりのつばを吐き捨て、上級アヤカシは西へ戻っていった。 ●西の集落。半壊1 帰路。 生の術による石壁に囲まれた集落に飛空船が近づいても、集落からの反応は一切なかった。 玲璃と生が急いで向かうと、微かな血臭が漂ってきた。 負傷者12。玲璃の治療を受けても月単位の治療が必要な成人男性5。 集落の維持に支障がでる規模の被害を与えたのは、ただの、一切の訓練を受けていない小鬼1体だった。 小鬼は石壁の外側に石や土を盛って足場にし、時間をかけて壁を乗り越え、警戒心の薄い集落を襲ったのだ。 生はナーマを通じて警戒するよう促していた。石壁を利用した自衛のやり方を学ぶようにも促した。 都市地下での戦いに兵力が必要なナーマが兵を裂いて使者を出しても肯定的な返事はなく、その数日後にこうなった。 石壁による防壁は健在だ。かつてはその守りを有効に利用するための意思と労働力の余裕が無く、今では労働力もなけなしの兵力も無くなってしまったが。 ●城塞都市の北 ナーマ北方の小オアシスから赤い狼煙が上がった。 今回これまで刀を振るう機会のなかった咲が急行し、アヤカシを見かけて即駿龍が急降下して棘蹄鉄で踏みにじる。 虹煌を半ばまで抜いた咲の前で、鍛え抜かれた肉体を持つ鬼がただの瘴気に戻って消えていく。 たとえ自ら斬る機会を奪われたとしても、相棒の戦果を否定する訳にはいかない。 咲は心から龍を褒め、追いついた将門と合流して狼煙に向かって進む。 そこでは、ナーマで稼いだ金でナーマで買った銃で武装したオアシス民達が厳しい表情で警戒していた。 「何がどうなっている?」 咲に共感しつつ、気合いで真面目な表情をつくって将門がたずねる。 「貴方様は」 将門の顔を知っている者は多く、将門は咲と共に下にも置かない扱いで長の天幕に招かれる。 長によると、北から現れたアヤカシに対して惜しみなく銃弾をばらまくことでオアシスへの接近を防ぎ、アヤカシがオアシスの周囲をうろついていたところで咲が到着した、らしい。 「アヤカシの他に変わったことは?」 「はい、いいえ、それがさっぱりで」 オアシス内にも周辺にも異常無し。 アヤカシがやってきた北方向には零細部族が根を張っているはず。しかし最近ほとんど没交渉でどうなっているか全く分からない。 別に仲が悪い訳ではない。このオアシスはナーマと関係が深くなりすぎてそれ以外との関係が非常に薄くなっているのだ。 嬉々として歓迎の宴を開こうとする長を宥め、将門達は龍に乗ってナーマへ戻る。 一度、地続きの場所の情報を収集すべきかもしれない。 |