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■オープニング本文 「任せておけ」 実力に相応しい傲慢さで応え、影鬼は軍を離れ人間の城塞都市へ向かった。 「噂以上の方ですな」 「単独で都市を落としまわれるかも」 炎を纏う中級アヤカシ達が期待に満ちた会話をかわすが、獣頭の上級アヤカシは頭痛を堪えるように眉間を揉んでいた。 「集団行動の適性が少しでもあればな」 上級アヤカシが4桁の軍勢でナーマを攻めるときに領主以下の主要人物を暗殺して混乱させるとか、城塞都市の重要箇所を破壊して事前に力を削ぎ落とすとか、影に潜み影を渡る影鬼ならできることは無数にある。 だが自分自身の活躍しか考えない人格では軍事的に正しい行動は期待できない。 獣頭のアヤカシが細々と命令すれば影鬼も従いはするだろう。同じ時間を軍の強化に費やした方が決戦時には有利になるだろうが。 「どこを攻めるつもりでしょうか」 「瘴気溜まりだ」 獣頭は切り捨てるように断言する。 高密度かつ大量の瘴気を解放すれば力が高まるかもしれないし、それが無理でも己の手勢を得られる。 極めて魅力的な標的が他に無い限り、あの性格なら最優先で狙うはずだ。 「未訓練の小鬼を末端の人間にけしかけ続けろ」 アヤカシを甘く見る人間が増えるように。先が見える人間の意思が押し潰されるほど増えるように。 「ナーマ傘下にない人間勢力に精鋭50を向かわせろ。今ならジンが少数のはずだ。潜伏と撤退の判断は貴様に任せる」 周辺勢力を痛めつけ恐怖させ、アヤカシの軍に攻められるナーマに援軍を送らないように。 「残る隊長は軍の錬成を続けろ。今年中に全てを叩きつけるぞ」 侵攻準備は順調に進んでいる。 ●西方零細部族からの便り 蔵には金塊が積まれ、倉庫には小麦が満ち、観光業が本格的に始動して人の流れができた。 後は休暇がとれれば最高という切実な冗談が飛ぶ宮殿に、西方から嘆願書が届く。 「駐留兵力の拡大要請?」 「連合の長なのだから兵と金を出してアヤカシから守れと主張しています。耳障りがないような文言を選んでますが…」 「あくまで仮の話ですけれど滅ぶまで待つというのは?」 「外交的には大打撃ですね。威信が傷つき全ての活動で経費が増大します」 「極論は止めましょうよ。アヤカシから守りきれないときだけ城壁の内側まで避難させれば良いのでは?」 「土地への愛着は我等の想像を絶するはずだ」 「しかし彼等に配慮しすぎると都市内に不和が生まれてしまいます」 西に対して大きな手を打てるのは、今だけかもしれない。 ●依頼票 仕事の内容は城塞都市ナーマの経営補助 依頼期間中、1つの地方における全ての権限と領主の全資産の扱いを任される ●城塞都市ナーマの概要 人口:良 移民の受け容れ余地中。観光客増加傾向有。都市滞在中の観光客を除くと普 環境:良 水豊富。汚水処理能力に余裕無し。徐々に低下中 治安:普 厳正な法と賄賂の通用しない警備隊が正常に機能中 防衛:良 強固な大規模城壁有り 戦力:普 ジン隊が城壁内に常駐。防衛戦闘では都市内の全民兵が短時間で配置につきます 農業:良 都市内開墾進行中。麦、甜菜が主。二毛作。牧畜有 収入:優 周辺地域との交易は低調。遠方との取引が主。鉱山再度閉鎖中。麦を中規模輸出中。氷砂糖を小規模輸出中。観光業有 評判:良 好評価:人類領域の奪還者。地域内覇権に最も近い勢力 悪評:伝統を軽視する者 資金:優 定期収入−都市維持費=++。前回実行計画により++++ 現在+++++++++++ 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。1つ以上の項目が滅で都市が滅亡 ●都市内情勢 ナーマは直径数十キロに達するほぼ円形の砂漠地帯の中央付近にあります 外壁は直径1キロメートルを越えており、内部に水源、風車、各種建造物があります 妊婦と新生児の割合高めのまま。観光客(留学生候補を含む)多数 ●領内アヤカシ出没地 都市地下 風車と水車で回す送風設備(地上)、水源を貫通するトンネルとホール(防御施設と空気穴有)それぞれ複数、トンネル、地下遺跡(宝珠有、空気穴有)、地下遺跡探索中箇所(空気穴有り)、瘴気だまり(未発見。密閉した地形に大量の瘴気)の順に続いています。先週時点で瘴気濃度極低 鉱山 ナーマの数キロ西。地表、横に向かう洞窟、地下へ続く垂直大穴、鉱山、未探査箇所(西向き洞窟、奥に空洞がある急流)と東向き洞窟(低酸素小規模崩落)の順。先週時点で瘴気濃度低 ●西方地図 無草草草C草砂 無草D草草草砂 無草草草草草砂 無A草草E草砂 無草草F草草砂 無草草草草草砂 無草草草草B砂 無 無人の不毛地帯 草 草のまばらな草原。集落無し 砂 砂漠と草地の境の土地 A オアシス。ナーマの兵が駐留中。土嚢による小規模防壁有り 上が北、右が東。1文字は縦横数キロ ●現在交渉可能勢力 西方小部族(B ナーマ傘下。遊牧民。経済力良好。戦時体制 西方零細部族部族(C〜F ナーマ傘下。防衛力微弱。混乱中。水場有り。ジン無し。集落周辺のみ実効支配。4つともほぼ同じ 王宮 援助等を要請するとナーマの威信が低下し評価が下がります 域外定住民系大商家 継続的な取引有 域外古参勢力 友好的。宗教関係者が多くを占める小規模な勢力群 ナーマ周辺零細部族群(東境界線付近の小オアシスは除く) ナーマ傘下。好意的。ナーマへ出稼ぎを多数派遣中 定住民連合勢力 ナーマ東隣小都市を中心とした連合体。ナーマと敵対的中立。対アヤカシ戦遂行中。防諜有。同意無しの進軍は侵略とみなされます その他の零細部族 ナーマの南隣と北隣に多数存在。基本的に定住民連合勢力より ●都市内組織 官僚団 内政1名。情報1名。他7名。事務員有。医者1名 職場研修中 医者候補4名、官僚見習い21名。 教育中 からくり10名(教師。7月末に現場投入可能になる見込 からくり10名(初依頼開拓者級。影武者任務可。演技力極低 情報機関 情報機関協力員33名 必死に増員中 警備隊 180名。都市内治安維持を担当。10名が西方に駐留中。月当たり30名増員中(月頭に増員) ジン隊 初心者より少し上の開拓者相当のジン7名。対アヤカシ戦特化。2名が西方に駐留中 アーマー隊 ジン2名。現在ほぼ非戦闘専門 農業技術者集団 学者級の能力のある者を含む3家族。農業指導から品種改良まで担当 職人集団 地方都市にしては高熟練度。技術の高い者ほど需要高 現場監督団 職人集団と一部重複 領主側付 同型からくり12体。見た目良好。側付兼官僚見習兼軍人見習。1人が外交官の任についています。交易路防衛に集中継続。疲労蓄積中 守備隊(民兵隊) 常勤は負傷で引退したジン数名のみ。城壁での防戦の訓練のみを受けた330名の銃兵を招集可。損害発生時収入低下。新規隊員候補160名。50名が西方に駐留中 西志願兵 西方諸部族出身。部族から放り出された者達。士気低。体力錬成中。18名。現在ナーマにいます |
■参加者一覧
カンタータ(ia0489)
16歳・女・陰
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
此花 咲(ia9853)
16歳・女・志
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
ハッド(ib0295)
17歳・男・騎
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
将門(ib1770)
25歳・男・サ
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
エラト(ib5623)
17歳・女・吟 |
■リプレイ本文 ●影鬼の気配 アマル・ナーマ・スレイダン(iz0282)は城塞都市ナーマの領主であると同時に、周辺諸部族の支配者でもある。 形式上は諸部族の連合でありナーマ連合という名称もあるが、ナーマの財力と武力は他の全てをあわせたより大きく、形式は実質にほとんど影響を及ぼさない。 「賠償金の受け渡しをもって、この件は最終的に解決されたものとして扱います」 領主が威厳をもって命じると、紛争の当事者である部族長2人がそれぞれ同意して退出する。 満足とまではいかなかったかもしれないが、双方納得はできたようだった。 域内勢力同士の紛争解決という、扱いを誤れば威信も治安も低下しかねない大事を解決したことで、謁見の間に集う官僚とジン達が安堵の表情を見せる。 が、肝心のアマルの表情は奇妙に堅い。 アレーナ・オレアリス(ib0405)に領主警護を命じられたからくりロスヴァイセが瞳を動かすと、アマルの人形らしい指が微かに震えた。 何か用があるのかなという気持ちを込めて体ごと向き直ると、領主からは警護を続けるよう目線で指示された。 鉦の音が聞こえる。 アヤカシの接近を知らせるための、半鐘が打ち鳴らされる音だ。 いつでも我が身を盾にできるよう近づいてくるロスヴァイセに、アマルは表情を変えずに複雑な感情のこもった視線を向けていた。 母と慕う開拓者の相棒に対する感情を嫉妬と理解できてしまう程度には育ってしまったからくりは、ロスヴァイセに申し訳なさも感じながら何も言うことができなかった。 それから数十秒後、ナーマ所有の中古滑空艇を中庭に叩きつけるようにしてジークリンデ(ib0258)が宮殿入りし、謁見の間に駆け込んでくる。 普段は宝珠の中にいる宝狐禅ムニンも実体化していて、狐の早耳を発動しながら主の耳元で何かを囁いていた。 「警備は」 完全武装で挨拶も無し。 1地方の主に投げかける言葉としては無礼を受け取られてもおかしくないかもしれない。 しかしここはアヤカシから解放されて間もない土地で、最初の主も今の主も成果が出ている限り他のことは気にしない型だ。 「昨日お話した計画通りです」 それまで動きは速くても落ち着き払っていたジークリンデの眉が動く。 今から2分前、謁見の間近くに仕掛けていたムスタシュィルに瘴気をまとった何かの反応があった。 だが今ここには、ムニンによると警備計画にある者の反応しかないらしい。 「高度な隠密能力を持つアヤカシに潜入された可能性があります。…少なくともシノビ並と思いなさい」 後半は周囲のジンに対する命令という形で、アマルに強く警告していた。 「指揮をお任せしても?」 ジークリンデがうなずくと、アマルはロスヴァイセに守られながら宮殿最奥に避難する。 物理的に代替わりを強制されると次代領主がナーマを掌握するまで時間がかかってしまう。平時ならともかく、アヤカシの強い脅威にさらされている今倒れる訳にはいかないのだ。 ●宮殿奥にて ジークリンデがムスタシュィルを増やしてから数百名の守備隊を動かし、複数の開拓者と相棒が即座に出撃できる体勢で待機を続けていた。 が、ムスタシュィルに反応があって3日経ってもそれ以上の動きがない。 もとからのナーマの住民は緊張はしても焦りはせず日常生活を送っている。 しかし観光客の動揺は避けることはできず、ナーマの軍船に警護されながら帰路につく富豪や新婚カップルが多くいた。 「攻勢防御とはそういう内容ですか」 待機中の将門(ib1770)から説明を受け、アマルは何度もうなずいていた。 妙に子供っぽい動きなのは、おそらく近くにアレーナがいて浮かれているからだろう。 新人からくりの面倒を見るため席を外しているロスヴァイセがこの場にいたら、無意識に意地を張って外部の人間がいるときと同じ冷たい顔をしていたかもしれない。 「アヤカシが入り込んでいる状況では難しいかもしれないが西への遠征は行いたい」 「はい」 アマルは慣れた動きで命令書を書き上げる。 これまでの積み重ねにより、城壁内なら開拓者の行動が領主の意向とみなされる。とはいえ最近ナーマに下った場所でそう受け取られるとは限らない。将門の希望をそのまま形にした命令書も必要になる。 「出発前に質問があります」 「ふむ?」 非ジン用銃の弾薬大量購入許可についての文面を目で確認しながら、声だけでうながす。 「攻勢防御ではナーマの城壁は使えませんね」 将門が無言のまま視線も向けずにうなずくと、アマルは脳内で計算を行う。 「結果として戦力が余ってしまっても構いません。軍備に資金と人材を大目に投入してください」 高度な戦力分析の結果ではなく、城壁が使えないなら人や物がもっと必要になるのではという単純な考えからの発言だった。 「待ってください。そろそろ留学生の相手もしないと拙いですよ」 カンタータ(ia0489)は領主を否定するのではなくただ事実を指摘している。 基礎部分にあたる、識字、計算、歴史、規律を含む生活習慣。 各分野で実際に使える、外交、政治、情報管理、兵学、戦技、建築、工業などの専門知識。 留学生には教えないか教える内容を制限する必要が有る、品種改良、土壌改良など膨大な知識とノウハウを含む農業知識。 「浅い部分だけを教えて済ませるのは?」 「あちらがそれで納得すればいいですねー」 笑顔で釘を刺してから、カンタータは恐ろしく真剣な表情になる。 「多く知識を差し出した分援助を引き出すという手段もあると思います。…外交官はどう言ってます?」 アマルの視線が一瞬だが泳いだ。 「今、療養中です」 ナーマ外交部門の中心人物であるからくりは過労で倒れてしまった。 人材の育成にも新たな人材に外部との繋がりを持たせるのにも他部門以上に時間がかかってしまうので、ナーマの急拡大に対応するため限界まで無理を重ねた結果だ。。 「ご要望の情報です」 執筆者の疲労具合が伺える、みみずが拷問を受けでもしたような字の報告書をジークリンデへ差し出す。 精読するジークリンデの両脇から覗いた将門とカンタータは、ほとんど同時に眉を跳ね上げた。 水と食糧を売りつけに境界付近の村を訪れたところ、ほぼ無人だったらしい。 ナーマと敵対するにせよ友好的に接するにせよ、弱みを見せないため最低限の兵力か外交の出来る人材を置いているはずなのに、だ。 「他に情報は?」 「アヤカシとの戦いが戦況不利という情報が届いています。複数勢力を経由した情報なので確度は低めです」 ジークリンデは礼を言いかけ、何も言わずに領主執務室から飛び出していく。またムスタシュィルに反応があったらしい。 開拓者の動きに気付いた守備隊が半鐘を鳴らし、民兵が重要施設と主要な道路を警戒するが、敵と思われる存在の影さえ見つからなかった。 城壁内や鉱山でアヤカシが見つかるまで待機予定のカンタータと意見交換をしていた領主は、留学生の扱いについても結論に至る。 どうにも、アマルは外交に向いていないらしい。友好関係を続けるつもりで相手に手切れのサインを出しかねないのだから、得意な者に任せるしかない。 「皆さんの側で教える優先度と教えない内容を指定してください。方向性を示していただければ細部はこちらで調整しますので」 調整するのはアマルではなく官僚達。 教える相手は、ナーマの友好勢力であるアル=カマル古参勢力から送り込まれた少年少女。 開拓者が望むなら、ナーマの民の一部に教育を行うことも出来る。 ●中級アヤカシ 領主はジン並みの人形に守られ、水利施設は極めて強固かつ整備修復まで考えられた造りで壊しても効果が薄い。 だから、自身の望む通り、水源近くの地下空洞にある瘴気溜まりを目指すことにした。 精気の入り口にはジンが常に立っている。 鎧袖一触に蹴散らせる程度の腕しかないが、殺しきる前に助けを呼ばれると面倒だ。 影鬼は油断無く水源周辺を調査して、複数ある空気穴、それも彼が屈まずに通れるほど大きな進入路を見つけた。 ●急襲 広くはあるが地下は地下でしかない。 本人は小声だったつもりの私語は反響して遺跡に籠もり、当然のように引率者の耳に届いた。 「仕事中じゃぞ」 アーマー搭乗中のハッド(ib0295)が振り返りジェスチャーで注意する。 厳しさと貴賓を兼ね備えた態度に、見た目は若く中身は幼い新人からくり達が首をすくめる。 ただし萎縮している様子はない。ハッドの教育がそれだけ信用されているのだ。 「空気袋と灯りは無事かの?」 はーいと元気な返事を聞きながら、アーマーの中で奇妙な胸騒ぎを感じていた。 まるで高位のシノビにでも狙われているような嫌な気配だ。 思考より速く、体に染みついた訓練と経験がアーマーアックスを跳ね上げる。 少数の弱い灯りに照らされた地下で、巨大な刃と何かかがぶつかり合って強い火花が散った。 「防御の陣を組むのじゃ!」 指先の動きだけで指示を出す。 黒い人型の何かがするりと巨大盾と巨大斧をかわし、てつくず弐号の至近距離に迫る。 「そのまま後退!」 人型が拳を繰り出す。 アーマーが首を横に振ってかわそうとする。 拳は掠めただけのはずなのに、顔面部分の装甲がひび割れ感知機能が1割は低下した。 「1人でもいいから地上に戻るのじゃ!」 アヤカシの猛攻を1人で引き受け、アーマーを文字通りの鉄くずにされながらからくり達に非情の命令を下す。 感情としては同属は決して見捨てるなと言ってやりたい。けれど敵は圧倒的に強い。友釣り戦法を仕掛けられたら地上に知らせを届けることもできず全滅するかもしれず、都市存続のためにそれだけは避けたかった。 「待たせたの。我輩が遊んでやろう」」 からくりの避難完了を見届けてからアーマー内部で不敵に微笑むと、影鬼は心底苛ついた様子で舌打ちし、大きく得物を振りかぶった。 ●救援 「ここだよ!」 羽妖精が半壊したアーマーの中に入り込み、意識を失ったハッドを揺らさないように気をつけながら引っ張り出す。 カンタータはアヤカシの襲撃と逃亡に備えるため術で壁を建てて封鎖し、アレーナは教導中だったアーマー3体を引き連れ遺跡の奥へ向かう。 安全の確認されていない、普段なら絶対に踏み入れない場所に、人間以外の体液にまみれた足跡がついている。どうやら、ハッドとの戦いで浅くない傷を負ったようだ。 闇の奥からは、岩盤を砕く大音響が押し寄せてきていた。 「崩落に備えてください。そこと、そこを」 ハッドを短時間で倒すような、おそらくは中級以上のアヤカシに初心者アーマー乗りを連れて行っても戦死者が増えるだけだ。 カンタータと合流して、空気袋を携帯して奥へと向かう。 「何?」 唐突に音が止まり、呆然と諦めが入り混じった声が聞こえた。 地下全体が最初は微かに、徐々に勢いを増しながら揺れだし、やがて達続けるのも難しいほど揺れ出す。 「バ」 声ごと顎も喉も何かに押し潰されたとしか思えない、凶悪な音が響いて消えた。 「撤退します!」 志体持ち達は、反転して全速で地上を目指した。 それから数日経った。 未探査箇所を中心に発生した崩落の規模は判明していない。 瘴気濃度が爆発的に上昇し地下の調査など不可能になったのだ。 瘴気から変じたアヤカシも脅威だが、それ以上に瘴気汚染が怖い。 開拓者がナーマを離れる時点で、水源は辛うじて確保できていた。 ●西の空 鎮西村を越えて西に入り込む。 地上に変化はない。緑が無いも同然の無人地帯が延々と続いている。 「瘴気濃度に変化ありません」 玲璃(ia1114)は念のため黒い懐中時計に視線を向ける。 巫女としての感じ取った内容は正しいようで、懐中時計が示す値もナーマ周辺のときと同じだった。 「北に敵影無しよ」 舷側から人妖が身を乗り出し目を細めている。 主には劣るが非志体持ちとは比較にならないほど鋭敏な感覚を持っている蘭でも、今の所アヤカシの姿も痕跡も見つけられていなかった。 「南にも敵影無し。そろそろ例の場所だ」 鋼龍に乗り飛行船の守りを固める将門が注意を呼びかける。 以前アヤカシの襲撃があった場所に近づいている。 船は前回と似たようなものだが、開拓者の数は5倍、複数の職種が戦力を高め合うのを考慮に入れれば戦力は前回より1桁多いかもしれない。 これなら、前回の倍の襲撃があっても確実に撃退できるはずだ。 「来ないね」 「えぇ」 玲璃主従が緊張感を保ったまま雑談を始める。 本当に、全く反応がない。 非常に遠くから観察されている感覚はあっても、その距離を一瞬で詰める手段は上級アヤカシだって持っていないはずだ。 「一度出ます」 甲板で休憩中だった駿龍が頭を下げる。 此花 咲(ia9853)は軽く頭を撫でてやってから鞍に腰掛け、船をほとんど震動させずに発進させる。 向かうのは飛空船の予定進路だ。 この地のアヤカシの中で最大の空中戦力である凶光鳥が現れても余裕をもって飛空船と合流できる距離を保ちつつ偵察を継続する。 ときおり強烈な悪意の籠もった視線を向けられる。 常人なら気絶し、駆けだし志体持ちでも緊張で精神が削られる状況だ。 が、咲は気合いのこもった一瞥を与えて不穏な気配を切り裂き、龍と共に華麗に動いて挑発する。 乾いた地面の一部から泡立つように土煙があがり怪鳥の編隊が急接近してくる。 格としては最下級だが部隊としての動きは悪くない。 天儀弓に矢をつがえ、放つ。 急な風が吹いて狙いが少しだけずれたけれど、脆い怪鳥は至近弾を受けただけで崩壊して風に溶けていく。 怪鳥の編隊は挑発を目的としているとしか思えない動きで、咲の射程ぎりぎりを蛇行しながら飛行する。 咲は挑発に乗らず時間はかかっても確実に射撃を行い、6体からなるアヤカシ航空部隊を全滅させた。 今日はもう少し遠くまでいけるかもと内心うきうきし始めたとき、北東であがった2種の狼煙に気づく。 紫。否、赤と青だ。 アヤカシ地上戦力に集落が襲われているという内容だ。 「多分小鬼1、2体なんでしょうけど」 ナーマの駐留戦力に任せるのも有りだと思う。 しかし飛空船で巡回中であることを西方諸部族に通達してしまっているので、今向かわなければナーマの威信が低下してあらゆることに余計な費用や面倒がかかる。 咲に援護されながら飛空船が撤退を開始する。 開拓者の進入で演習を中断させられ、誘き寄せてからの包囲殲滅の機会も掴めなかった上級アヤカシが、西方数十キロの場所で舌打ちをしていた。 ●力無き人々 朽葉・生(ib2229)が空龍で下降し雷で小鬼を焼き尽くした。 見たことも聞いたこともない力に村人達は圧倒され、生が村を守る防壁を1日もかからず造り上げてからは尊敬だけでなく崇拝するようになった。 「これは…」 参った。 少しでも縁を得るために娘を差し出そうとする男達を、生は苦労して平静を保ちつつ宥め追い返していく。 城塞都市ナーマなら、生が石壁を建てたら石材や土で補強して内側には射撃用の足場を設置し守備の計画まで立ててしまうはずだ。 だがこの村はただ見るだけだ。 怠惰と決めつけるのは酷だろうが、知識、経験、財力の面でナーマに劣るのは事実だった。 生は、せめて小鬼の1体2体なら防げるようするために石壁を術で創り続ける。 「貴方がたをアヤカシの脅威から守る為、私達がこうして巡回しております」 村を離れるときにそう伝えると盛大に感謝された。 だが彼等だけでアヤカシを撃退できない状況に変化はなく、開拓者達は村の防衛のため何度も調査を中断させれる羽目になる。 エラト(ib5623)が描き上げて提出するはずだった地図と報告書は、予定の半分にも達していなかった。 アヤカシがあまりにも頻繁に襲撃を行うため、開拓者が乗り組む飛行船は村々を何度もまわることになる。 心身共に頑強な開拓者達も消耗は避けられない。 それ以上に住民達の疲労は激しく、精神に深い傷を負いかけている者も多くいた。 「おお…」 穏やかな演奏が村人達の心にしみこみ、緊張に強ばった顔がゆっくりと解れていく。 安らぎの子守唄は最初に使っている。 術で癒しても心を傷つける環境が変わる訳ではない。演奏するエラトは、どうにもならない現状に苦しんでいた。 演奏後、助けを求める村人達をなんとか日常に戻してから、エラトは黒い懐中時計を手に村の内外を歩き回る。 特に瘴気が濃い場所は無く薄い場所も無い。 アル=カマルの他の土地や天儀と同じく、たまにアヤカシが現れてしまう程度の濃度だ。 「私の精霊の聖歌による浄化は時間がかかりすぎますので…」 「浄炎でも効果はありますが…」 相談を受けた玲璃は残念そうに首を左右に振る。 アヤカシのみを討つには最適でも、薄く広がった瘴気を浄化するのには向いていないのだ。一応可能ではあっても効率が悪すぎる。 また、次の村では大勢の人が玲璃を待っていた。 アヤカシの接近に気づけず、働き手の負傷と引き替えに辛うじて撃退したらしい。 癒すのも大変だった。小さな共同体を厳しい環境で維持するために様々な慣習があり、負傷者を集めるのも一苦労なのだ。 とはいえ、全員集合し負傷者は一歩前に出ろで全ての準備が片付くナーマの方がアル=カマル一般から見ればおかしいのだけども。 「終わりました。今から西へ…」 玲璃は夕日に気付いて息を吐く。 暗闇の中飛空船を飛ばすのは危険だし、強引に飛ばしても地上の調査はできない。 翌日以降も開拓者達は出来る限り西の調査を試みたが、アヤカシが徹底して戦力を隠そうとしたため、暴発した極少数のアヤカシとの戦闘しか発生しなかった。 ●推測 ナーマに戻る船の中でエラトが地図と向き合っていた。 西のアヤカシは異常なほど巧みに姿を隠している。 隠している分動きは鈍くなる訳で、浅い範囲のみとはいえ毎回異なる進路で調査した結果様々なものが見えてきた。 「最低でも300?」 地図に記入した数字をもう一度確認してみる。 「400でも不思議はありません」 「350?」 「300、じゃないかな」 開拓者も人妖も、300より下だとは見ていない。 「この数を厳格に支配できるのは…」 間違いなく上級以上のアヤカシで、おそらく頭も切れる型だ。 つまり戦術や戦略を使う相手である可能性が高く、こちらが打つ手に対応してくるのはほぼ確実。 沈黙する開拓者を乗せて、船はゆっくりとナーマへ向かうのだった。 |