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■オープニング本文 ●上級アヤカシの憂鬱 「全滅か」 倒されたのは小鬼だけで構成された部隊であり、倒された下級アヤカシを補充するのは簡単だった。 ただ、訓練を施し部隊として仕上げるのには時間がかかる。 「開拓者か」 奴等は圧倒的に強い。 何か超常的なものが人間の姿をとっていると言われても納得してしまうレベルで強すぎる。 「他のは昔と変わらないのだがな」 飛行アヤカシ経由で集めた情報を検討した後、上級アヤカシは決断と下す。 「近隣の全ての戦力をまとめて城塞都市へぶつける」 最大で4桁近いアヤカシを指揮することになるのだから、当然上級アヤカシもナーマに向かうことになる。 負ければ開拓者に滅ぼされるだろう。 「戦力の終結が終わるまでは未訓練の雑魚を東に送り続けろ。勝つ必要はない。弱い箇所を狙い続けて休息させるな」 現場指揮官である中級アヤカシ達が動き出す。 上級アヤカシの思惑通りにいけば、今年中にナーマが滅ぶ。 ●官僚団の憂鬱 大型城壁の内側は、不穏な気配を増す外側とは別世界だ。 豊かな水と食料、真新しい大型建造物群は多くの人々を域外から集め、大量の金貨銀貨をナーマに落とさせる。 都市住民の収入も生活水準も上昇しており、まさに我が世の春を謳歌しているように見えた。 「明日の結婚式に後1人だけ楽士を」 「無茶言わないでください! 皆過労気味なんですよ!」 「住民を訓練だと? 時間がかかりすぎる」 飛空船に乗れる財力を持つ人々が観光客として大勢滞在している。 他都市が羨む状況ではあるのだけれど、歴史の極めて浅いナーマでは需要を満たしきれない。 食材の質は良くても料理としては質より量。 宿泊施設は立派で安全。だけど富豪向けのおもてなしとしては粗が目立つ。 一生に一度のつもりで来た客に対しても、きめ細やかな対応ができないことがあった。 「もう使えるコネなんてありませんよ」 「わたくしの実家を頼るですって? 来るのは全部紐付きになりますわよ!」 このままでは商機を逃すことになる。 いずれ来る決戦に備えるためにも、稼ぐ機会を逃すわけにはいかない。 ●依頼票 仕事の内容は城塞都市ナーマの経営補助 依頼期間中、1つの地方における全ての権限と領主の全資産の扱いを任される ●城塞都市ナーマの概要 人口:良 移民の受け容れ余地中。観光客増加傾向有。都市滞在中の観光客を除くと普 環境:普 水豊富。汚水処理に余裕無し 治安:普 厳正な法と賄賂の通用しない警備隊が正常に機能中。観光客が引き起こす面倒に、警備の数を増やすことで対応中 防衛:良 強固な大規模城壁有り 戦力:普 ジン隊が城壁内に常駐。防衛戦闘では都市内の全民兵が短時間で配置につきます 農業:良 都市内開墾進行中。麦、甜菜が主。二毛作。牧畜有 収入:良 周辺地域と交易は低調。遠方との取引が主。鉱山再度閉鎖中。麦を中規模輸出中。氷砂糖を小規模輸出中。式場が好評です 評判:良 好評価:人類領域の奪還者。地域内覇権に最も近い勢力 悪評:伝統を軽視する者 資金:普 定期収入−都市維持費=+。前回実行計画により++++ 現在+++++ 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。1つ以上の項目が滅で都市が滅亡 ●都市内組織 官僚団 内政1名。情報1名。他6名。事務員有。医者1名 職場研修中 医者候補4名、官僚見習い20名。 教育中 からくり10名(教師。8月に現場投入可能になる見込 からくり10名(最低限の戦闘訓練済み。影武者任務可。演技力極低 情報機関 情報機関協力員33名 必死に増員中 警備隊 150名。都市内治安維持を担当。10名が西方に駐留中。月当たり30名増員中(月頭に増員) ジン隊 初心者より少し上の開拓者相当のジン7名。対アヤカシ戦特化。2名が西方に駐留中 アーマー隊 ジン2名。現在ほぼ非戦闘専門 農業技術者集団 学者級の能力のある者を含む3家族。農業指導から品種改良まで担当 職人集団 地方都市にしては高熟練度。技術の高い者ほど需要高 現場監督団 職人集団と一部重複 領主側付 同型からくり12体。見た目良好。側付兼官僚見習兼軍人見習。1人が外交官の任についています。交易路防衛に集中継続 守備隊(民兵隊) 常勤は負傷で引退したジン数名のみ。城壁での防戦の訓練のみを受けた320名の銃兵を招集可。損害発生時収入低下。新規隊員候補170名。50名が西方に駐留中 西志願兵 西方諸部族出身。部族から放り出された者達。士気低。体力錬成中。18名。現在ナーマにいます ●都市概要 ナーマは直径数十キロに達するほぼ円形の砂漠地帯の中央付近にあります 外壁は直径1キロメートルを越えており、内部に水源、風車、各種建造物があります 妊婦と新生児の割合高めのまま。観光客(留学生候補を含む)多数 ●城壁内施設一覧 宮殿 依頼期間中は開拓者に対し開放されます。相棒用厩舎有 城壁 深い堀、狼煙用設備、警報用半鐘、詰め所有 住宅地 計画的に建設。生活水準を落とせば大人数を収容可。診療所有。警備隊詰め所多数有 資材倉庫 宮殿建設用資材と補修用資材、食料等を保管中 水源 石造りの社有り貯水湖 超大規模 農場 城壁内の農耕に向いた土地は全て開墾済。麦と甜菜が中心 上下水道 宮殿前区画(商業施設、宿泊施設、保育施設、浴場、牧草貯蔵庫建設有 飛空船離発着施設 ●城壁外施設一覧 牧草地。城壁周辺。小型防壁複数有 道。砂漠の入り口から街まで整備されています。飛空船利用者が増えたため利用者が減少 鉱山。入り口と空気穴に小型防御施設有。閉鎖中。無人。アヤカシの自然発生の可能性有 ●領内アヤカシ出没地 都市地下 風車と水車で回す送風設備(地上)、水源を貫通するトンネルとホール(防御施設と空気穴有)それぞれ複数、トンネル、地下遺跡(宝珠有、空気穴有)、地下遺跡未探索箇所(酸素薄)、瘴気だまり(未確定。密閉した地形に大量の瘴気)の順に続いています。先週時点で瘴気濃度低 鉱山 ナーマの数キロ西。地表、横に向かう洞窟、地下へ続く垂直大穴、鉱山、未探査箇所(西向き洞窟、奥に空洞がある急流)と東向き洞窟(低酸素小規模崩落)の順。先週時点で瘴気濃度低 ●現在交渉可能勢力 西隣弱小遊牧民 ナーマ傘下 経済力良好。防備強化中 西隣地域零細部族群 ナーマ傘下 防衛力微弱 混乱中 王宮 援助等を要請するとナーマの威信が低下し評価が下がります 域外定住民系大商家 継続的な取引有 域外古参勢力 友好的。宗教関係者が多くを占める小規模な勢力群 ナーマ周辺零細部族群(東境界線付近の小オアシスは除く) ナーマ傘下。好意的。ナーマへ出稼ぎを多数派遣中 定住民連合勢力 ナーマ東隣小都市を中心とした連合体。ナーマと敵対的中立。ナーマの巨大化を望まない域外勢力の援助を受けています。対アヤカシ戦遂行中。防諜有 その他の零細部族 ナーマの南隣と北隣に多数存在。基本的に定住民連合勢力より |
■参加者一覧
カンタータ(ia0489)
16歳・女・陰
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
此花 咲(ia9853)
16歳・女・志
ハッド(ib0295)
17歳・男・騎
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
将門(ib1770)
25歳・男・サ
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
エラト(ib5623)
17歳・女・吟
アナス・ディアズイ(ib5668)
16歳・女・騎
ライ・ネック(ib5781)
27歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●西方軽課税 「前回は小鬼十体以上が組織され、西側小集落それぞれを襲撃があった事は皆さんご存知の事と思います」 零細部族の長を集め、カンタータ(ia0489)は穏やかに語りかける。 「事前対策された狼煙の活用。開拓者半数以上で行われた巡回が功を奏し、被害を未然に防ぐことが出来ました」 隊として襲ってくるアヤカシはとても恐ろしく、その襲撃を軽々と跳ね返した開拓者の力と共に族長達の心に刻まれている。 「今のままでは根本解決には及ばず全体が疲弊してくる事は目に見えています」 恐怖と不安の混じったささやき声がうまれる。 「今回は駐屯兵力を活用した断続的な襲撃に対応する演習する予定です」 カンタータの言葉にほっと胸をなで下ろす。 「つきましては皆さんからも応分の負担を願います。壁外にありながらの重税は避けたい所どうぞご協力ください」 この流れでは反論などできない。 何か言いたげにした族長も結局反論を口にできず、拍手でナーマの初課税を受け入れた。 ●西の地で アヤカシが集落を襲う。 1度に現れるのはたったの1体。 志体を持たない兵士でも対抗可能な小鬼だ。 将門(ib1770)は民兵10人あるいはジン2人を派遣して対応させ、確実に捕捉し撃滅した。 「拙いな」 事実上のナーマ直轄地であるオアシス。その一角に建てられた兵舎で将門が呻いていた。 倒せはする。 しかし事前に見つけることができるとは限らない。 家屋や畑が破壊され、ときには人が襲われた後に到着してアヤカシを駆除する形になっている。 「土嚢、積み終わりやした」 駐留部隊の指揮官が宿舎に戻り報告してくる。 「他の集落は」 「麻袋を用意する金が無い、だそうです」 「またか」 顔をしかめ、ナーマから搬入された物資一覧表を再確認する。 水、食料、建築資材に土嚢用麻袋。 今回の補給だけで遊牧民を除く西方所部族全ての月収に匹敵する金がかかっている。民兵やジンの人件費を加えれば数ヶ月分かもしれない。 「使い捨ての逐次投入の後には錬度の高い主力による襲撃があるのだがな」 将門にとっては初歩の初歩の知識だが、指揮官は目を大きく目を見開き、呼吸を不規則かつ荒くする。 「本当で…いやすいやせん。将門様がおっしゃるなら本当なんですな。拙いですよそりゃ」 駐留部隊が一丸となって鎮西村に籠もっても、凶光鳥数体に襲われれば差し違えすらできないかもしれない。 参加部族の集落に戦力を裂いている現状では凶光鳥1体も防ぐことができないだろう。 「民兵の連中もよくやってくれてやすが、正直街のときの半分も戦えやせん。土嚢防壁で少しはましになりやしたが…」 彼等は巨大な城壁を前提とした訓練を受けてきた。この地ではそれ以外の訓練も行っているが、現時点では付け焼き刃でしかない。 「増援が必要か?」 「どんだけ必要になるのか想像もつきやせんよ。政治はよく分かりやせんが、適当な理由をでっち上げて大城壁まで下がるのも有りじゃないですかね」 そのときは自分を含む数名がここで死ぬまで戦い、ナーマが西を守ろうとしたことの証拠になる。 松葉杖の指揮官は当たり前のこととして己の未来を口にした。 ●その頃 炎龍に乗り強行軍でナーマに戻ったカンタータは官僚と打ち合わせを行っていた。 8月に間に合うように講堂、実習棟、用具倉庫を建設しなくてはならない。 残り時間が少ないので細部まで口出しをすることは物理的に不可能で、現場に任せることになる。 「情報関係協力者が対処できる範囲で楽士の出入りを認める事が出来れば外側の情報や情勢も運んで貰えると思います」 「情報部門は現状で処理能力の限界近いですから、無理をしても数人しか受け入れられないですよ」 官僚は難しい顔で資料をめくる。 「あの部署は増員が特に難しいですからね。監視に力を注ぎすぎるのも非建設的ですし。もういっそ別口の依頼を開拓者ギルドに出しません?」 「どこにそんな金があるんですか」 結局、有効な手は見つからなかった。 ●冷たい街 「うわぁっ」 吟遊詩人が道から逸れて沙漠に転がり出る。 数秒前まで彼女がいた空間を、鳥型のアヤカシが貫き、ゆっくりと上昇していく。 「あわ、わわ」 鋼線が跳ね上がり、アヤカシを輪切りにして霧散させる。 「え、え?」 ライ・ネック(ib5781)が追跡し監視していたことにも、アヤカシから守ってくれたことにも気づかない。 又鬼犬とその主は足音を立てず、誰にも見つからずに城塞都市へ戻って行った。 遡ること3日。 ナーマの宮殿で吟遊詩人の選別が行われていた。 「これは?」 「東の部族との関わりが深いです」 「こちらは」 「嫁の実家と仲が悪い部族の街の出身かと」 「ではこれは」 「経歴がありません。吟遊詩人としては珍しくもないですが危険ですね」 情報部門によって書類選考の段階でほとんど全ての吟遊詩人がはねられていく。 「本採用無し。試用3名です」 資料を渡されたライがいくらなんでも少なすぎるのではと尋ねると、官僚は申し訳なさそうに頭を下げた。 「ご存じでしょうけど…」 敵対組織に潜入させて数年から数十年真っ当に働かせその後裏切らせる策がある。時間と人材が必要になるので滅多に使われないとはいえ、今のナーマは使う甲斐のある標的だ。 ライは隠に吟遊詩人の臭いを覚えさせてから街に潜む。 都市立ち上げ時とは何もかもが異なっている。 外部から忍び込むのは非常に面倒で、支配者側が監視するのはとても容易だ。 試用期間の吟遊詩人がどこにいるか何を話したのかすぐに調べることができるし、近くで気づかれずに観察することも容易い。 「志体持ちが2人。珍しくはあって密偵である証拠は無し、ですか」 依頼期間終了直前まで粘っても、外部に情報を流す様子も、何らかの暗号を使う気配もなかった。 ●遊牧民 「承知しました」 ナーマ傘下の遊牧民の長は即決して最も若いジンにナーマへ向かうよう命じた。 アレーナ・オレアリス(ib0405)の気品のある態度に感銘を受けた様子はない。お願いという名目の命令と解釈しただけのようだ。 東へ向かう若者も北西から戻って来たばかりの長も疲労の色が濃い。 ナーマへの戦力提供、アヤカシの脅威に備えた本拠地周辺の哨戒、家畜や牧童の護衛など全てを行う彼等は、ろくに休めていないのだ。 今更断るのは無礼極まる対応なので、アレーナは礼を言ってから天幕から出る。 物が少ない。 いや、注意深く観察してみると、荷物や資材がいつでも持ち運びできるよう梱包されている。 どう見ても志体がないように見える男女が騎射の訓練をして、老人や子供も緊張感をもって日々の仕事をこなしている。 まるで戦場近くのようだった。 ●アーマー隊 ジン2人遠雷3体からなるナーマのアーマー隊は困難に直面していた。 ハッド(ib0295)の指導を受け、空龍を駆り帰還したアレーナの直接教導まで受ける彼等の伸びは目覚ましくはあるのだが…。 「時間がかかりますね」 「じゃの」 乗組員は、ジルベリア風の長剣も大型の盾もアーマーに乗るまで触ったことがなかった。 数日遅れて合流した遊牧民の青年も同様だ。 「他の武器があればのー」 「いえ、現実にある武器を使えるようにしないと」 3人とも熱意は十分だ。 特に歳がいっているナーマの2人は、酒断ち女断ちをして睡眠時間まで削って全ての時間をアーマーに費やしている。 「後1年?」 「数ヶ月短くできるとは思うぞ?」 2人の熟練騎士は一度だけ大きな息を吐き、3人の生徒の指導を再開した。 ●領主の寝室 人外独裁者という世が世なら国をあげての討伐隊をくまれかねない存在が、恋に恋する夢見がちな少女のようにうっとりしていた。 アマル・ナーマ・スレイダン(iz0282)が読んでいるのは豪華挿絵付き薄い本「もふらさまのすべて」。 すごいもふらが「これはないもふ」と呆れて肩をすくめるレベルの与太話ばかりが載っている本だ。 「アマル」 優美な、けれど志体持ちらしい高速でアレーナが本を抜き取ると、アマルは涙目でアレーナを見上げてきた。 「もう休まないと明日に響くわ。寝るときは邪魔にならないように、ね」 スノウホワイトピアスを外して手に持たせてやると、アマルは未練たらしく薄い本を見つめてから目を離し、アレーナの側に潜り込んで休息するのだった。 ●宝珠掘り達 てつくず弐号と名付けられたジルベリア最新鋭機を10人のからくり達が囲んでいた。 注目されているのは本体だけではない。 実戦用の籠手。 限界近くまで力を高める装備。 力を最大限に活かすための凶悪な戦斧。 アーマー好きにはたまらない逸品ばかりがあった。 「注目ー」 興奮がある程度おさまったのを確認してからハッドが手を叩くと、からくり達は後ろ髪を引かれながら教官兼護衛に向き直った。 「地下に行く前に宝珠の見た目を覚えてもらう」 ナーマと取引のある天儀商家から貸し出された見本を取り出す。 「壊すと弁償じゃからの?」 無造作に伸ばされた手がぴたりと止まり、からくり達は恐る恐る近づいて凝視する。 「じみです」 「お金みたいにきらきらしてないです?」 ナーマ地下で採れる宝珠は高品質ではない。当然、見本としてわざわざ中品質以下のものが選ばれていた。 「ではいくぞー」 「はーい!」 ナーマを支える資金を稼ぐため、からくり達はハッドに導かれて地下へ向かう。 自然発生したアヤカシに襲われはしたが、危なげなく撃退した上に以前より多くの宝珠を掘り出せた。 ●鉱員達 アナス・ディアズイ(ib5668)の船が遠くから近づいてくるのに気付いた彼等は、直属上司の許可をとってから装備を調え発着施設に向かった。 クシャスラが導く船に乗り、アナスに守られながら大量の鉄鉱石を何度も掘り出してきた彼等は、志体こそ持たないが熟練の域に達している。 「どうするよ」 近づく飛空船を待つ間、気心の知れた仲間に語りかける。 「どうするって…これ以上何かあるのか?」 必要十分な水と食糧に厳選した道具が人数分。 鉱山労働に耐えうる体力を維持するため、常に節制して鍛錬も欠かしていない。 「俺は頭よくねぇから分からねぇけどよ。いつもより多く掘ったり安全に掘ったりする何かねぇか?」 「無茶言いやがる」 「アナス様の役に立って俺らの収入も上がる何かか…」 男達はああでもないこうでもないと議論を重ねた末に、小鳥を調達して飛空船に乗り込んだ。 ●鉱山 人狼改型アーマー轍のチェーンソーの扱いは実に見事だった。 専門の道具には及ばないけれども、当たりをつけて鉄鉱石を含む岩や土砂を掘り出す動きは完璧に限りなく近い。 「アナス様!」 後方数十メートルで鉱員が鳥籠を掲げている。 熟練騎士であるアナスや非志体持ちの兼業兵士としては理想に近い肉体を持つ男達とは異なり脆い小鳥が半死半生で震えていた。 轍は即座に後退を開始する。 鉱員達も慣れたもので、道具をまとめ鉄鉱石を満載したソリを引いて地上へ向かった。 ●鉄鉱石 鉱山上空を鳥が飛んでいる。 飛空船備え付けの滑空艇に乗り込もうとすると、鳥は一目散に西の空へ消えていった。 アナスは機体を元の場所に戻しながら思考する。 今回鉱山を訪れてから、鉱山の入り口でスケルトンを迎撃し、鉱山では不定形の雑魚未満をいくつか撃破した。 いずれも訓練の痕跡はなく、自然発生した後高位のアヤカシに指揮された訳でもないと思われる。 しかし今逃げたのは違う。 「即座に搭乗できるようアーマーは出したままにします。バランスを考えて鉱石を移動させてください」 「へいっ!」 鉄鉱石を満載した飛空船が、低速でナーマへ向かっていった。 ●教育の教育 教師が声を張り上げても学生達は静かにならない。 何人か教室の外へ立たして強引な指導を行うことでようやく授業は再開されたが、互いの意識のずれは大きくなるばかりだった。 「演習を終了します」 玲璃(ia1114)が声をかけると、教師役のからくりは教卓にすがるようにして倒れるのを堪え、学生役のからくりは机に突っ伏し、問題学生役のからくりは申し訳なさそうに教室に入ってくる。 「小休止の後役を変更して同一の状況で演習を行います。これが学生役の情報と価値観です。そちらは教師役ですよ」 ほとんど徹夜で仕上げた資料を10人のからくり達に配っていく。 基本的な教養、専門知識、教育技術の全てを一通り教わったはずのからくり達ではあるが、演習を開始してから今までぼろを出し続けている。 教壇に立って緊張に押しつぶされて固まる者。 意識の低い学生に言うことを聞かせられない者。 教室を盛り上げた末に脱線しきった者。 特に初日は誰一人授業を最後まで行えないという惨状であった。 玲璃が作成する資料も様変わりした。 初日は教本をただ分かり易くしただけ…だけといっても高い知性と高位開拓者の体力がなければ実現不可能な代物だった。 次の日は極めて高度な技術を極限まで分かり易くしたものが盛り込まれ。 さらに次の日は現役官僚に書生時代を思い出してもらいつつその経験を盛り込んだ。 最終日には立派な…ただしナーマで起動されたアヤカシ向けに特化されマニュアルが完成したという。 「温? 私は、寝ていたのですか」 すごいもふらさまに肩を揺らされ、執務室に突っ伏していた玲璃が体を起こす。 隣の部屋から、さらに過酷になった演習の声が響いていた。 ●吟遊詩人 ナーマに忠実な吟遊詩人の技量を確認し、エラト(ib5623)はその日の内に断定した。 「富裕層の前には出さないようにしてください」 他の部門と同じくナーマ観光部門はエラトに全幅の信頼をおいている。 即座に配置が変更され、ほとんどの吟遊詩人はナーマの民に対する娯楽が主任務になる。 一般的な教本を取り寄せ、実際に演ずるものでなくては分からないノウハウを書き留め彼等に公開はした。 だが効果が出るには時間がかかるし、耳の肥えた者達に通用する域に到達できるかどうかは全く分からない。才能が無ければスタートラインにすら立てず、才能があっても芽が出るまで数十年かかることもある分野も存在するのだから。 なお、エラトの指導を受けて短時間で才能を開花させた吟遊詩人も極少数だがいる。 彼等は外部から招かれた吟遊詩人(情報部門の監視付)に1週昼夜を問わず扱かれた後に現場に出る予定だ。 「エラト様。生様からの連絡です。送風口新設工事は本日日没前に完成の見込み。夜間に安全確認を行い明日早朝から作戦開始可能とのことです」 「承知したと伝えてください」 教本作りの手を休め、警備隊所属の伝令に答えるエラトであった。 ●富裕層向けサービスの舞台裏 教師教育を受けているからくりの教育は過酷だ。 それよりさらに過酷なのが、日々富裕層の相手をしなくてはならないナーマ観光部門である。 「演習終了。水分と栄養補給を」 此花 咲(ia9853)が告げると、心身ともに頑丈なはずの男女が荒い息をつきながらへたり込む。 ナーマの民にとっては最高の贅沢な紅茶とワッフルが用意されているのに、手を伸ばす余力すらない。 「最近こんなのばっかりですわ」 専用執務机で書き物中のスフィーダ・此花がはふうとため息をつく。 これが地域規模の対アヤカシ戦の一部というのは重々承知しているけれども、折角羽妖精として高位の存在になったのにアヤカシとの直接対決がないというのはちょっと寂しい。 「これ、礼法のお師匠様に渡してくださいな」 官僚見習が受け取り小走りで宮殿奥へ向かう。 足りない部分は教育で補強して、向いてなさそうな人材は力を発揮できる場所に入れ替えて、代わりの当てがないなら仕組みを微修正して富裕層向けサービスの質を可能な限り高める。 華やかな分野の最も地味で重要な分野を担うスフィーダは、官僚見習や事務員達からあこがれの視線を向けられている。 「スフィーダ様、焔様の件なのですが」 主と離れて寺子屋を運営しているはずのからくりだ。 「長期間離れると厳しいですわね」 新規事業の立ち上げという困難な行動を相棒1人でするのは、能力以前の問題で厳しい。 「からくりは主への奉仕心が強いですし…。1人サポートを派遣してくださいな」 今回将門に危険がないと言われていなければ、何か大きな問題が起きていたかもしれない。 ●徹夜 咲に休憩時間はない。 調理、接客などあらゆる分野で使える人材を選び出しては富裕層向けに配置する。 非富裕層向けも疎かにはできないがそもそも1人で処理できる作業量ではない。結婚後は家庭で夫を支えるつもりが夫以上のエリートになってしまった少女に丸投げし、積み上がった問題を1つずつ確実に処理していく。 「これを作った人を富裕層向けに異動してください」 だから、深夜の飲食という行動だってせざるをえないのだ。 「とても素晴らしいこってり味でした」 天儀に帰ったら訓練で汗を流すことを心に誓う咲だった。 ●下水の終点 その区画は目立たない。 風下になることが多く都市の主要施設から見えないそこは、人工の池に見えた。 近づくと強烈な臭気と酷い色合いに気づく。 ここは下水の行き着く先であり、汚水を乾燥させるための施設だ。 「雨が?」 「はい」 訪れた朽葉・生(ib2229)に対し、分厚いマスクと清潔ではあるが臭いの染みついた作業着姿の責任者が詳しく説明する。 「入植前より雨量が増えているのです。以前の気候なら人口が今の倍に増えても問題がなかったのですが」 雨量が増えた結果、城壁外の牧草地帯が広がりつつある。 それは素晴らしいことではあるけれども、自然乾燥に頼る汚水処理施設にとっては最悪に近い状況だった。 「肥料への転用は?」 「品質が安定しないらしいです」 ナーマは連作障害が起きないぎりぎりの範囲で食糧増産を行っている。 農業部門の技術者達は、肥料を輸入できないほど財政が危ないか肥料化の技術が確立されない限り、汚水からとれたものを使う気はないらしい。 なお、後者は安全性の確認も含めて最低でも10年は必要と推測されている。 生は大量の節分豆を持って池に近づき、練力量を活かして1日で汚水処理を完了させた。 ●地下 遺跡に薄く広がっていた瘴気が凝り、精悍な面魂の鬼と化す。 狙うは瘴気払いを試みる吟遊詩人。 動きに雑さはあるが目にも留まらぬ速さで距離を詰め、しかし天井に達する大きさの刃に遮られる。 刃を持つのはエラトの相棒である庚だ。 酸素不要の庚は全力で連続で青銅巨魁剣を叩きつける。 巨大な刃には十分な練力が籠もっているのに、速度と力に勝る鬼にはかすり傷程度しか与えられない。力の差がありすぎるのだ。 「死」 勝ちを確信した鬼が言い終わるより、灰色の光が鬼を照らし夏の雪のように消し去る方が速かった。 「斑、警戒を」 生は相棒に命じて一旦後退する。酸素の節約のためだ。 新しく空気穴を開けはしたが、未探査箇所まで新鮮な空気を送り込めた訳ではない。 瘴気払いを成功させるためにも慎重に進める必要が有った。 エラトによって清められた洞窟に10人のからくりが入り浸り、大量の石と土砂を運び出す。 岩盤を隔てた密閉空間に何があるか、ナーマの人とからくりは気づけていない。 |