【城】押し寄せる波と金欠
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 1人
リプレイ完成日時: 2013/06/22 21:18



■オープニング本文

「前に進み人間を殺せ」
 上級アヤカシから下された命令はとても単純だった。
 過酷な教練に耐え抜いた下級アヤカシ達は、初めて与えられた餌に喜び吼え猛る。
「行け」
 1隊あたり15の小鬼からなる地上部隊が一斉に出発し、体に叩き込まれた進路で東へ向かう。
 何事も無ければ、ナーマ傘下の部族の本拠が同数のアヤカシ部隊に襲われることになる。

●観光
 大規模貯水湖、風車、豊富な水に甘い物。
 農業と軍事だけが取り柄だった城塞都市ナーマは、超豪華な結婚式から庶民にも手が出る贅沢結婚式まで手がけはじめた。
 その中でマスコット兼鑑賞対象としてのからくりが知られるようになったのだが、ここ数日は都市内でほどんと見かけられなくなっていた。
「異常ありません」
「良い航行を」
 からくりが操る飛空船が、ナーマと外部を行き来する船を厳重に守る。
 ナーマの西で飛空船が落ちたという情報はアル=カマルの飛空船乗りの間に広まっていた。
 外部との交易が生命線の1つであるナーマは事態を重く見て、手持ちの飛空船を交易路に貼り付けて外部との連絡を保とうとしていた。

●地下への道
「瘴気払いの際に遺跡全体が揺れたのか。例の瘴気だまりか?」
「開拓者方はそう推測されている。瘴気の移動が岩盤の一部の破壊に繋がった可能性が」
「瘴気だまりがあるとしたら息の続かない場所でしょう? どう処分すればいいのだか」
「おそらく密封状態の瘴気だまりに穴を開けて少しずつ瘴気を取り出して処分する、のか?」
 官僚達が困惑する。
 行政の専門家である彼等も、瘴気やアヤカシに関する知識はあまりない。
「いざというときはからくり20人の実戦投入を具申するつもりだ」
「できれば遺跡での採掘に当たせたいですけどね。金、ないですし」
 揃ってため息をもらしてから、大量の案件を高速で処理していくのだった。

●依頼票
 仕事の内容は城塞都市ナーマの経営補助
 依頼期間中、1つの地方における全ての権限と領主の全資産の扱いを任される


●城塞都市ナーマの概要
 人口:良 移民の受け容れ余地中。都市滞在中の観光客を除くと普
 環境:普 水豊富。空間に空き有
 治安:普 厳正な法と賄賂の通用しない警備隊が正常に機能中。観光客が引き起こす面倒に、警備の数を増やすことで対応中
 防衛:良 強固な大規模城壁有り
 戦力:普 ジン隊が城壁内に常駐。防衛戦闘では都市内の全民兵が短時間で配置につきます
 農業:良 都市内開墾進行中。麦、甜菜が主。二毛作。牧畜有
 収入:良 周辺地域と交易は低調。遠方との取引が主。鉱山再度閉鎖中。麦を中規模輸出中。氷砂糖を小規模輸出中。式場が好評です
 評判:良 好評価:人類領域の奪還者。地域内覇権に最も近い勢力 悪評:伝統を軽視する者
 資金:無 定期収入−都市維持費=+。前回実行計画により−−−−−
 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。1つ以上の項目が滅で都市が滅亡

●都市内組織
官僚団 内政1名。情報1名。他6名。事務員有。医者1名
職場研修中 医者候補4名、官僚見習い19名。
教育中 からくり10名(教師。8月に現場投入可能になる見込 からくり10名(最低限の戦闘訓練済み。影武者任務可。演技力極低
情報機関 情報機関協力員30名弱 必死に増員中
警備隊 150名。都市内治安維持を担当。10名が西方に駐留中。月当たり30名増員中(月頭に増員)
ジン隊 初心者より少し上の開拓者相当のジン7名。対アヤカシ戦特化。2名が西方に駐留中
アーマー隊 ジン2名。現在ほぼ非戦闘専門
農業技術者集団 学者級の能力のある者を含む3家族。農業指導から品種改良まで担当
職人集団 地方都市にしては高熟練度。技術の高い者ほど需要高
現場監督団 職人集団と一部重複
領主側付 同型からくり12体。見た目良好。側付兼官僚見習兼軍人見習。1人が外交官の任についています。交易路防衛に集中
守備隊(民兵隊) 常勤は負傷で引退したジン数名のみ。城壁での防戦の訓練のみを受けた310名の銃兵を招集可。損害発生時収入低下。新規隊員候補160名。290名中50名が西方に駐留中
西志願兵 西方諸部族出身。部族から放り出された者達。士気低。体力錬成中。18名。現在ナーマにいます

●都市概要
ナーマは直径数十キロに達するほぼ円形の砂漠地帯の中央付近にあります
外壁は直径1キロメートルを越えており、内部に水源、風車、各種建造物があります
妊婦と新生児の割合高めのまま。観光客(留学生候補を含む)多数

●軍備
非ジン用高性能火縄銃490丁。旧式銃500丁。ジン用魔槍砲10。弾薬は大規模防衛戦2回分強。迎撃や訓練で少量ずつ弾薬消費中
装甲小型飛空船1隻。からくりが扱いに習熟。交易船護衛が事実上本業
各種宝珠砲(商品見本。ナーマに所有権は無
アーマー3体

●城壁内施設一覧
宮殿 依頼期間中は開拓者に対し開放されます。相棒用厩舎有
城壁 深い堀、狼煙用設備、警報用半鐘、詰め所有
住宅地 計画的に建設。生活水準を落とせば大人数を収容可。診療所有。警備隊詰め所多数有
資材倉庫 宮殿建設用資材と補修用資材、食料等を保管中
水源 石造りの社有り貯水湖 超大規模
農場 城壁内の農耕に向いた土地は全て開墾済。次の収穫では豆類の比率大幅低下、麦中心、甜菜大幅増
上下水道
宮殿前区画(商業施設、宿泊施設、保育施設、浴場、牧草貯蔵庫建設有
飛空船離発着施設

●城壁外施設一覧
牧草地。城壁周辺。小型防壁複数有
道。砂漠の入り口から街まで整備されています。飛空船利用者が増えたため利用者が減少
鉱山。入り口と空気穴に小型防御施設有。閉鎖中。無人。アヤカシの自然発生の可能性有

●領内アヤカシ出没地
都市地下 風車と水車で回す送風設備(地上)、水源を貫通するトンネルとホール(防御施設と空気穴有)それぞれ複数、トンネル、地下遺跡(宝珠有、空気穴有)、地下遺跡未探索箇所(酸素薄)の順に続いています。先週時点で瘴気濃度極低
鉱山 ナーマの数キロ西。地表、横に向かう洞窟、地下へ続く垂直大穴、鉱山、未探査箇所(西向き洞窟、奥に空洞がある急流)と東向き洞窟(低酸素小規模崩落)の順。先週時点で瘴気濃度低

●現在交渉可能勢力
西隣弱小遊牧民 ナーマ傘下 経済力を急速に回復中
西隣地域零細部族群 ナーマ傘下 防衛力微弱 やや好意的
王宮 援助等を要請するとナーマの威信が低下し評価が下がります
域外定住民系大商家 継続的な取引有
域外古参勢力 友好的。宗教関係者が多くを占める小規模な勢力群
ナーマ周辺零細部族群(東境界線付近の小オアシスは除く) ナーマ傘下。好意的。ナーマへ出稼ぎを多数派遣中
定住民連合勢力 ナーマ東隣小都市を中心とした連合体。ナーマと敵対的中立。ナーマの巨大化を望まない域外勢力の援助を受けています。対アヤカシ戦遂行中。防諜有
その他の零細部族 ナーマの南隣と北隣に多数存在。基本的に定住民連合勢力より


■参加者一覧
カンタータ(ia0489
16歳・女・陰
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
コルリス・フェネストラ(ia9657
19歳・女・弓
此花 咲(ia9853
16歳・女・志
フレイア(ib0257
28歳・女・魔
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
ハッド(ib0295
17歳・男・騎
将門(ib1770
25歳・男・サ
エラト(ib5623
17歳・女・吟
アナス・ディアズイ(ib5668
16歳・女・騎


■リプレイ本文

●新人達
 遺跡に通じるトンネルから重量物の何かを引きずる音が聞こえてくる。
 音は徐々に強くなってきている。
 水源警護の当番だったナーマのジンは即座にハッド(ib0295)へ急使を出し、己は我が身を盾にするためトンネルの出口に陣取る。
 アーマーが立ったまま入れるトンネルはとても大きい。
 辺境在住のジンとしてはかなり強いはずの彼は、己の命が風前の灯火であると自覚していた。
「あかりだー!」
「やったー!」
 妙齢の女性の声なのに幼く感じられる声がソリを引きずる音と一緒に近づいてくる。
 安堵でその場に跪きたくなるのを腹に力を入れて耐えながら、ジンは後方から近づいてくるハッドへ振り向き現状を報告するのだった。

●演習とあそび
 妖役と朱書された作業着を着た10人のからくり達が、本人達としては一斉に、客観的にはばらばらな動きで巨人に対して棒を突き出す。
 巨人が盾を掲げると、先端を分厚い布で覆われた棒の半分が防がれる。
 残りの半分の半分は宙を虚しく突き、残りは巨人の装甲に間抜けな音を立てて当たる。
 そのうちの1つはまぐれ当たりで目にあたる部分に命中し、巨人は体をふらつかせながら数歩後退した。
「止め! 演習終了じゃ。アーマー隊は機体の確認と演習内容の検討を始めよ。娘達は体を綺麗にしてから自由時間じゃ」
 巨人は模擬戦用の剣を鞘に収め、慎重な動きで格納庫を目指す。
 からくり達は、今度は客観的にも一斉にありがとうございましたと頭を下げる。
 そして遊びを終えた子供のようにはしゃぎながら、自分達の寝所のある宮殿へ向かっていった。
「使えますか?」
 アマル・ナーマ・スレイダン(iz0282)が領主らしい威厳のある態度で、しかし目は期待で輝かせながら問うてくる。
「使い方次第じゃなー」
 技術は子供並で扱いやすい武器防具を辛うじて使えるレベルだが、体力だけはジン並にある。
 周囲が状況を整えてやれば小鬼の10や20は苦もなく倒せるだろう。
「戦況判断はさっぱりじゃからの。出来れば1人戦い慣れたのをつけた方が良い」
「手配しておきます」
 新人からくり10人が掘り出したのはほとんどが石だった。とはいえ宝珠も含まれてはいる。常駐していた天儀商人が即座に現金払いで買い取ったので、人材の手当ができる程度の余裕はある。
「たのしいかの?」
「これが私の役割ですから」
 アマルは首を傾げる。自分の感情の動きについて、あまりよく分かっていないようだった。

●西方経営
「前回依頼で大規模なアヤカシ航空戦力との交戦がありましたー。飛空船1機を失う結果となってしまいましたが、敵が以前よりも迅速に戦力を立て直している事が判明したのです。今回、参加開拓者の半数以上が参戦しての巡回が行われます。皆さんにも負担お願いしますー。…で、どうです?」
 西方でするつもりの演説を披露すると、領主側付き2人を含む官僚達が難しい顔で話し始めた。
「こちらの戦力損失を隠さないのは構わないですが」
「課税は一度で終えたいというのを文書にして西に渡すのですよね? 今後の課税全てを拒否する根拠にされてしまうかも」
 初代領主の薫陶を受けた官僚は悪辣な手段に精通している。
 その薫陶を受けた側付き達も同じであり、全体的に消極的反対の態度をとっていた。
「ではこの案件は未決で」
 カンタータ(ia0489)は書類を未決と書かれた箱に入れ、別の計画書を取り出す。
「商業施設への楽士や詩人の導入の件です」
 常に自然体を保っている情報担当官僚が冷や汗を流す。
 気づいたカンタータの耳元に、一度商業施設に出向いたディミトリが耳打ちした。
「間諜狩りは順調のようですね」
「はい、いいえ。防諜に貴重なジンを裂くわけにはいきませんので、逮捕や処分ではなく水際で弾くのが主な活動になります」
 住民には自然な形で相互監視をさせ、主要施設には最低1人は協力員を確保しているナーマ情報機関の防諜力は低くない。
 外部から潜り込もうとする間諜をはね除けてはきたのだが、その結果怪しげな所のある外部の人間には敷居が高い街になってしまっているのだ。
 だから楽士や詩人は極少数しかおらず、ナーマの紐付きでナーマに都合の良い内容を口にする、技量低めの者ばかりだった。
「これは継続で」
 執務を終えて西へ向かうまで、かなり時間がかかった。

●鉱山
 金が足りない。
 優先度の低い支出を抑える程度では到底足りない。
 アナス・ディアズイ(ib5668)はアーマーを持ち込んで鉱山作業員と共に大量の鉱石を掘り出していく。
 クシャスラが操船する飛空船を何往復もさせるほどの量で、それ故、人も物も限界に近づきつつあった。
 土砂を運び出す途中だった人狼改型アーマーが体勢を崩して横の壁に手を突く。
 人狼改に比べればもろい壁に手がめり込み、ひびが広がり微小規模の崩落が発生する。
 アナスはすぐさま機体から降りて轍をケースに戻そうとしたが、何故かうまくいかない。
 遠くから、鉦を打ち鳴らす音が聞こえた気がした。
「おい息止めろ! アナス様を回収して地上へ戻るぞ」
「デカブツはどうします」
「放っておけ!」
 口と鼻をマスクで覆い、屈強な作業員達が調査中区画に突入する。
 酸欠で判断力が鈍ったアナスを両側から抱え、自らも酸素不足で怪しい足取りになりながら必死に走り、意識を失う寸前に地上から多少は空気が流れ込む大穴にたどり着く。
「アヤカシ発生! 総員警戒を」
 見張りをしていた民兵経験者が警戒を促しつつ銃を構える。
「私が…」
「無理しねぇでくだせぇ!」
 ふらつきながら身を起こそうとするアナスの回りを、決死の覚悟で男達が囲む。
 銃声が、9度聞こえた。
「終わったぞ」
「小鬼程度ならなんとかなるな」
「訓練を受けた銃持ちがこれだけいりゃぁな。鬼が出たらジン無しじゃ生き延びられねぇよ」
 開拓者が命綱であることを理解している男達は、アナスの回復と飛空船の到着を心底待ち望んでいた。

●要整備
 他儀から運び込まれた貴重な物資や金塊(今回の鉱山売却益)が無造作におかれた格納庫で、アナスは深刻な表情で整備を行っていた。
 練力が回復するたびに地下での過酷な作業を行わせたせいかアーマーの調子が良くない。
 仮にアーマー向けの練力回復剤のようなものがあって使っていたら、廃棄処分せざるを得なかったかもしれない。
「かっこいー」
 目覚めて1月もたってないからくり達が、きらきらした目でジルベリアの現行機を見上げていた。
 仕種や癖や化粧の仕方を書かれた本が用意されていたはずだが、彼等はあまり興味を示していない。教育は、なかなか思うようにはいかないらしい。

●引き継ぎ
 ナーマの分厚い城壁の内側では毎日華やかな結婚式が開催されている。
 これでも最盛期と比べると開催頻度は落ちている。
 2週間前は日に数件結婚式があったのだから。
「うーん」
 式場経営の引き継ぎは難航していた。
 此花 咲(ia9853)にとっては常識なことでも、予備知識のない官僚や見習や事務員には時間をかけ詳しく説明しないと理解できない。
 西がきな臭くなってきたのですぐにでも飛んでいきたいのに、引き継ぎは終わる気配が見えなかった。
「あの」
 控えめに手が上がる。
 ここ数日間宮殿に泊まり込んでいる官僚の妻だ。差し入れを持って来たらしく、手に提げた袋からは食欲をそそる香りが漂ってきていた。
「わたくしなら説明できると思います」
 咲がいくつか質問してみると、深く理解していないとできない回答が返ってくる。
 領主の信頼厚い、下層出身のため式典を苦手とする官僚が無言で親指を立てる。思想面と外部との繋がりの面でも問題はないらしい。
 咲はその場で辞令を作成し手渡し、当事者をその場に残し駿龍に乗って西へと向かう。
「え…えっ?」
 この日、新たな官僚候補が誕生した。

●遊牧民
 フレイア(ib0257)が鷲獅鳥に乗って降り立つと、女性達と少数の老人が出迎えた。
 男達は家畜と共に外に出ているらしかった。
「狼煙を使った連絡網について話をしたいのです」
 族長不在時に代理をつとめる少年が真摯な態度でメモをとる。
 白い煙を出す方法。
 黒い煙を出す方法。
 鮮やかな色は出ないが、白でも黒でもないことが分かる色が1つ。
 これを用いて敵発見、敵襲、救援求むの情報を送る訳だ。どの集落からの知らせからは煙の上がる方向から判断するしかないし、夜間アヤカシが襲撃したときは役に立たない。けれど昼には役に立つのだから、伝令に頼る今とは比べものにならないほど状況は改善するはずだった。
「了解しました。ご命令を直ちに実行します」
 フレイアはお願いという形で発言していた。
 族長代理は、この行動で生じた費用も損失も成果も全てナーマによるものだと言いたいらしい。
 同年齢からやや年上に見える少女数名を呼び出し、フレイアの前で命令する。
 メモの内容の記憶しそれぞれ別の道順で各部族の居住地に伝えていくように、と。
 途中で何人かアヤカシに殺されても1人はたどりつけるやり方を、少年少女は当たり前のこととして受け入れていた。

●鎮西村
 ナーマの命令で全ての族長が集められた。
 将門(ib1770)は一瞥して彼等の内心を正確に推察する。
 表面上は恭しく、内心不満たらたらだ。
 唯一の例外は南東を根城にする遊牧民の長で、最も離れた場所から最も早く到着してむっつりと黙り込んでいる。ナーマへの貢献は他の部族全てより大きい。ジンを含む騎乗兵力を鎮西村駐留部隊に提供しているのはこの部族だけなのだ。
 飛空船の墜落も含めて現状を隠さず説明してからジークリンデ(ib0258)に代わる。
 ジークリンデが述べたのは住民の避難計画策定と狼煙のリレーを使った情報伝達網だ。
 狼煙の作り方は教える。狼煙の材料と情報伝達網のための人手はナーマの傘下部族持ち。
 アヤカシの脅威が迫っている状況では特に過酷では無い要請のはずだった。
 けれど各部族は否定はしないものの全く積極的でない。
 彼等にだって危機感はある。
 無いのは予算だ。
 人手を出すとしたら、食糧を得たり金を稼げる人手を情報伝達網維持に差し出すことになる。
 食い扶持を稼げないものを志願兵という形で放り出したのだがら、余分な人間はいないのだ。
 ジークリンデの言葉に曖昧にうなずいてから、各部族の長はそれぞれの居住地に戻っていく。最後まで残っていた遊牧民の長は、狼煙に必要な具体的な商品名をジークリンデにたずね、アル=カマル中央から輸入されたらしい手帳に詳しく書き込んでから馬を飛ばして南東に戻っていった。

●陣地
 オアシスの周辺には深さ1メートルの堀が張り巡らされていた。
 残念ながら予算不足で堅固な防壁などの施設はない。
 辛うじて食料庫や武器庫が頑丈に作られている程度だ。
「掘ったときに出た土で壁は造らないのか」
「固まらないんですよ」
 将門が訊くと、駐留部隊の指揮官は松葉杖をついたまま器用堀の底に降り頑丈な鉄製匙で地面を掘る。
 地面から銃数センチ話すと、匙の上の土はあっという間に風で飛ばされてしまった。
「何かいい手はないですかね?」
 オアシスの水で固める手段は使えない。
 駐留部隊と元からの住民の需要を満たすのでぎりぎりなのだ。
 周辺部族の長に出した水は、補給のついでにナーマから運んできてもらった水だ。
「しばらく耐えてもらう」
「私は最期まで耐えますが」
 いよいよとなれば兵はナーマに撤退させる。指揮官はそう断言した。

●アヤカシ侵攻
 全身に砂をかぶり少しではあるが保護色を得た小鬼が、慎重に荒野を進んでいく。
 数十歩前進して周囲と上空に生きているものがいないのを確認すると後方に合図を送る。
 皮鎧と槍で身を固めた小鬼の隊列が粛々と進み、先導の裸に近い小鬼の後で停止し身をかがめる。
 小鬼達は低速で、しかし人間の目につきにくいやり方で人里へ接近していた。

●絆…
「申し訳ありません。一度下がります」
 玲璃(ia1114)はむずがるように鳴く鷲獅鳥を懸命に宥め、最も近い拠点である鎮西村へ向かわせる。
 遊牧民の集落も拠点として使えるが、荒れた鷲獅鳥が家畜を食い殺したら賠償しても対ナーマ感情が激烈に悪化しかねないので今は出来れば近づきたくない。
 たっぷり水を与えてもこれである。
 少しでも世話が甘かったら惨事が発生したかもしれなかった。

●迎撃。南東
 弦の響きに混じる違和感に気付いたときには、アヤカシの反応は弓の射程の半分まで近づいていた。
 玲璃が使う瘴索結界とは異なり鏡弦には瞬間的な効果しか無い。
 少ないとはい練力を消費するので、常時発動という使い方は難しいのだ。
 コルリス・フェネストラ(ia9657)は節分豆を噛み砕きながら狼煙銃を取り出し、引き金を引く。
 赤っぽい煙が空に向かって上がっていくが、遠くの開拓者が気づく行動に達するには時間が必要だ。
 理穴弓に矢をつがえると、応鳳は主の意を察して全力で加速する。
 青い草を体にまぶした小鬼が、小さな目を見開いてコルリス主従を見上げていた。
 念入りに音を詰め込んで矢から手を離すと、並の志体では視認困難な速度で小鬼に到達し諸共に爆ぜる。
 下級の中でも最下層の小鬼は視認も防御も出来ず微塵に砕けた。
 草原に薄く広がった残骸がゆっくりと瘴気に変わり、散っていった。
「翔!」
 第二の矢を放ち残存の斥候を爆発させながら周辺を確認する。
 小鬼の本隊は鏡弦の範囲の外にいたが、斥候に比べると見つけるのは簡単だ。
 中空以上を飛ぶコルリスに対する攻撃手段は持たず、頭の回る個体が石を拾って投げつけてもろくに当たらないしまぐれ当たりがあったとしても小さな傷すらできない。
 一度試しに技を使わず射てみると、矢は確実に急所を貫き小鬼を即死させる。
 戦力差が激しすぎて一方的な蹂躙劇にしかならないが、時間はかかる。
 まとめて滅ぼす手段がないため1矢1殺せざるを得ず、最後の方には小鬼が指揮崩壊を起こして逃げ出したためさらに時間がとられ、決着まで2分が必要だった。
 射程内にアヤカシがいないときを狙って一度だけ吹いた笛をもう一度吹こうとしたとき、遠方から立ち上る狼煙複数に気付く。
 即座に現地に向かうが、到着したときには全てが終わっていた。

●絆…
 奏は苛立っていた。
 鷲獅鳥という種の中でも手練れである奏は、小鬼の小部隊程度単独で蹴散らせる自信はあるがわざわざ自分から向かっていこうとは思わない。
 主をここまで運んだことで義理は果たした。長い付き合いだから逃げだそうとは思わないが、これ以上西に向かおうとも思わない。

●迎撃。中央
「下がってください!」
 エラト(ib5623)が叫ぶと、遊牧民の少女が必死に馬を宥めながら停止させている。
 双方と馬が荒い息をついている状況で、奏だけがのんびりと周囲を見回していた。
「何か御用でしょうか」
 所属と名を口にしてから、少女は緊張の面持ちでエラトを見つめている。
「いえ。特に用は…」
 少女の緊張をほぐそうとしていたエラトの口元が厳しく引き締まる。
 優れた聴覚に人工的な響きを捉えたのだ。
 練力を耳に向けてから改めて意識を集中すると、風が草を揺らす音に混じって規則的な足音が聞こえてくる。
 距離は分からない。
 状況を察した少女が協力を申し出、エラトは護衛のついでに少女を背に庇いながら調査をすることにした。
 足音の速度はかなりものだ。数は十数だが、まるでよく訓練された部隊のように足幅と速度をあわせて行動しているようだ。
 追跡は長くは続かなかった。
 強い風が吹き、視界を遮っていた高い草が倒れ、行軍中の小鬼部隊と目があう。
 そこからの動きはどちらも見事だった。
 小鬼は数秒で我に返って陣形を整え、槍の穂先を揃えて向かってくる。
 この時点で、エラトは全ての準備を終えていた。
 リュートの力強い音が響き、小鬼達は一斉に前のめりに倒れ、数秒後瘴気に戻って広がり消え去っていく。
 敵襲を遠方の味方に知らせようとエラトが狼煙銃を構えたとき、いくつもの狼煙が空を染めつつあった。

●迎撃。最前線
「構わん。最低限を残し他の集落に向かわせろ」
 将門は鎮西村の堀の外に出て小鬼部隊と真正面から戦っていた。
 槍衾を高位開拓者としての剛力で防ぎ、龍と共に素早く進退して1体ずつ屠る。
 お世辞に効率が良いとはいえないけれどアヤカシに増援が現れる可能性がある以上練力の無駄遣いはできない。
 何度目かの後退にあわせて小鬼部隊が退いていく。
 個々の動きは開拓者と比べると絶望的に遅い。だが追えない。別の方向からアヤカシの襲撃があるかもしれない現状では村から離れられないのだ。
「現状…」
 後方から聞き慣れた声が降ってくる。
 が、将門が返事をするより人為的な竜巻が発生する方がずっと早かった。
 フレイアを中心に発生した嵐が、おそらく小鬼としては上限近い能力を持っていたアヤカシを砕いて消し去った。
「現状はどうなっています」
「ここは戦力が足りている」
 1つうなずき、フレイアは鷲獅鳥を駆って東北へ飛ぶ。その方向でも狼煙が上がっていた。

●迎撃。北部
 嵐が全ての小鬼を吹き飛ばした。
 地面の割れ目に身を隠していた小鬼もいたが、全て薄い瘴気にまで戻され消えていく。
 鷲獅鳥に騎乗したジークリンデが素早く周囲全体を確認する。
 遠くの、集落があるはずの方向全てに煙が見える。
 火災ではなく狼煙の煙だから最悪の事態にはなっていないはずだ。
 だがこの場からすぐ離れる訳にはいかない。小鬼部隊を倒すのには10秒もかからなかったが、見つけるのには少し時間がかかってしまった。万一中級あたりのアヤカシが小鬼部隊と同じような迷彩で潜んでいたら、眼下にある集落はジークリンデが離れてすぐ全滅しかねないのだから。

●迎撃。前線やや後方
 小鬼が粗末な柵に足をかける。
 ジンが1人もいない集落は、後数分で全滅する運命にあった。
 つまり過去形だ。
 小鬼の頭から胸にかけて真っ二つに割れて、子供が見たら心に傷を負いそうな光景が出現する。
「浅かったでしょうか」
 ナーマから頑張ってここまで飛んできた駿龍の上で、凶悪な輝きの刃を鞘に納めながら咲が首をかしげていた。
 駿龍がまた頑張って地上すれすれで弧を描き、宝珠でめいっぱい強化された刀がひらりと振るわれかちりと鞘に戻る。
 指揮官小鬼の首が飛び、地面に落ちる前に瘴気に戻り風に流されていった。
「他の集落に向かいます。避難を進めてください!」
 短時間で蹂躙を終え、咲主従は別の集落を助けるため高速でかっ飛ばすのだった。

●再び鎮西村
 ナーマ西方にある集落を目指した小鬼部隊全てが開拓者に捕捉され、最終的には全滅した。
 移動途中や集落への襲撃直前で捕捉された場合がほとんどだった。
 しかし一部の相棒がへそを曲げたせいで警戒網にむらができてしまい、小鬼部隊の一部が集落の中に入り込むこともあった。
 玲璃の元へ怪我人が運び込まれてくる。
 アヤカシによって直接傷を負った者は10人に満たず、玲璃の癒しのわざで外傷は完璧に癒された。
 逃げる途中で転んで怪我をしたり、精神的な衝撃で不調を訴える者も運び込まれてくる。
 特に後者の相手は面倒で、話を聞き、宥め、帰らせるだけでも最低1人1時間はかかる。
 全員軽傷であった開拓者と相棒を診たときには、既に日付が変わっていた。

 西方諸部族は怯え、駐留部隊の増派を望み、ナーマへの移住を希望する声まで聞こえ始めた。
 南東の遊牧民だけは平然としている。ただし手薄な本拠を開拓者に守られた事態を重く見て、駐留部隊への兵力提供停止を検討しているらしい。