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■オープニング本文 ●レッツ船遊び 「遊覧船の切符ですか? 私は船遊びの趣味はないですし、そもそも料金が高くてちょっと手が出ないですよ」 ギルド係員は、付き合いのある商人からの申し出に対し首を横に振った。 「安くしていただくのも賄賂がどうたらこうたらで問題がありますから。‥‥え、料理とか芸者さんとかが出てくる船ではなく、納涼と観光目的の船なんですか」 商人から資料を渡された係員は、目を輝かせながら資料をめくっていく。 「甲板に広げた大きな傘の下で寝そべって、潮風に吹かれながらよく冷えた茶をすする‥‥。良いじゃないですか。実に良いじゃないですか」 係員は満面の笑みを浮かべ現金でチケットを購入した。 これが、今から2週間前の話である。 ●挫折した船遊び 「船幽霊の討伐依頼ですよ」 依頼の詳細説明を求められた係員が、どんよりとした表情で答えを返す。 「見事な松が植えられていることで地元では有名な海岸があるのですが、つい先日、その周辺にアヤカシが現れて立ち入り禁止になってしまったのです。はい、出たのは船幽霊だけではなく、幽霊(ゴースト)や鬼火(ウィルオウィスプ)も複数確認されています。沿岸を通る船に近づくので船の出航の取りやめが相次ぎ、流通と漁業に悪影響が出始めています」 陸路を使ったり問題の海岸を迂回して航海したりと対策がとられているのだが、悪影響を完全に払拭出来るわけではない。 「船幽霊の海に現れるという特性を考えると、海岸から接近した場合はアヤカシを倒しきれない可能性があります。10人ほど乗れる船が無料で貸し出されますので、船に乗って船幽霊を初めとするアヤカシの退治をお願いします」 係員の手には、アヤカシが現れたせいで無効になったチケットが握られていた。 |
■参加者一覧
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
天河 ふしぎ(ia1037)
17歳・男・シ
天原 大地(ia5586)
22歳・男・サ
鳳珠(ib3369)
14歳・女・巫
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
黒木 桜(ib6086)
15歳・女・巫
羽紫 稚空(ib6914)
18歳・男・志
狂々=テュルフィング(ib7025)
16歳・女・騎 |
■リプレイ本文 ●高速船現る 全長十数メートルの船が、白く泡だった航跡を残しながら高速で移動していた。 喫水が浅く、高い波がくればあっという間に沈没してしまいそうな、ほとんど波も無いような場所での使用を前提とした遊覧船だ。 しかし熟練の開拓者が櫂(オール)を握ると、遊覧船は暴走船へと容易に変わってしまう。 「風葉、ステイ、ステーイ!」 艶やかな黒髪を風になびかせながら、天河ふしぎ(ia1037)は大声で船尾に向かって語りかけていた。 「あたしは犬かっ」 鴇ノ宮風葉(ia0799)は高速で動かしていた櫂を海面から引き抜き、ふしぎに激しく抗議する。 「船酔いだってあり得るんだよ」 「いえ、わたくしは‥‥」 羽紫稚空(ib6914)に優しくなだめられていた黒木桜(ib6086)が、顔を上げて首を左右に振る。 桜の顔色は悪く、稚空は無理をしないように彼女を優しくなだめている。 「んー。船酔いではない気がするけど」 風葉はちらりと背後を振り返る。 地平線の近くに、1時間程前に雷を落としていた黒い雲が見えた。 「ま、いっか。狂々!」 「イェー! 全力で、オールを漕がせていただきまっす!」 サンダルにワンピースという無骨さに欠けた格好で、狂々=テュルフィング(ib7025)が櫂を受け取る。 そして始まる風葉を上回る速度の高速移動。 「大丈夫か? 桜」 「大丈夫です。この程度なら戦いに集中できてかえって好都合です」 己を抱きしめ支えていた稚空からそっと身を離し、両足に力を込めて甲板を踏みしめる。 「右舷前方から3。左舷前方から2。進路上索敵範囲ぎりぎりに船幽霊2です」 船首に近くの席に座る鳳珠(ib3369)が報告すると、開拓者達の顔が引き締まり‥‥はしなかった。アヤカシの奇襲程度で慌てるような域は、全員とうの昔に通り過ぎている。平常心のまま戦闘の準備を終えてアヤカシを待ち受ける。 「バカンス! じゃなくてアヤカシ退治一番乗り!」 底の抜けた桶を手にした開拓者がが船首に飛び乗り、大きく伸びをする。 小麦色の肌と、それとは対照的に白い水着の跡。 申し訳程度に下腹を覆う純白の小型水着も挑発的な、リィムナ・ピサレット(ib5201)である。 船とアヤカシの双方が近づくことで急速に距離が縮まり、双方が双方の射程距離内に収まる。 「アヤカシは消毒だよー!」 開拓者ご一行と海岸のアヤカシ軍団の戦いは、涼しげなブリザーストームの一撃で始まるのだった。 ●アヤカシが逃げられない 「左の海面ぎりぎりに1、いえ2。右舷後方索敵範囲ぎりぎりに1つ引っかかっています」 鳳珠はリィムナから渡された冷えたお茶で渇いた喉を潤し、口元を隠しながら優雅に節分豆をつまむ。 「ふはは。死ぬのが恐くてオールが漕げますかあああ!」 左右から飛んでくる火炎を気にもせず、ますます速度を増しながら狂々が櫂をふるう。 本職の船頭から見れば非効率極まりない漕ぎ方だが、志体持ちの超腕力の活し方としては適切だった。 「ちぃ。鬼火は頭が虫以下だから射程を気にせず踏み込んでくるかと思ったんだけど」 風葉はブリザードストームの射程外から火炎をぶっ放す鬼火をにらみつける。 どうやら船幽霊の指揮下にあるらしく、鬼火は己の長所を最大限に活かして攻撃してくる。 「僕が行ってくるよ」 ふしぎが舷側を乗り越えてしなかやか体を宙に躍らせる。 水面に人間がぶつかる音はせず、水面を軽やかに駆ける音がリズミカルに響く。 「ふーくん、新しい水着を仕立てたんだ」 風葉はふしぎの後ろ姿から目が離せない。 ミニの緋袴風に見えるパレオが、少年らしささえ感じさせる細く柔らかな肢体を包んでいる。 「またさらしなんて巻いて」 思わず漏れてしまったため息は、追憶によるものかそれとも後悔によるものか、周囲にいる者には分からない。 「船にも風葉にも絶対近づけさせはしない、守るって決めたんだからなっ!」 行きがけの駄賃に海面をふらついていた幽霊を駆け抜けざまに切り捨て、船幽霊の指揮の下火炎攻撃を続ける鬼火に迫る。 「血に染まりし妖刀よ、風をその手に捕らえ、敵を切り裂け‥‥空賊忍法乱れカマイタチ!」 妖刀を天に高々と掲げ、雄々しく宣言する。 溢れ出す真空の刃は鬼火達を効果範囲に巻き込み、踏みつぶすようにして消し去るのだった。 「進路上に新たに1。‥‥これではまるで物見遊山です」 節分豆の後味を爽やかな香りの緑茶で洗い流しながら、鳳珠は傘の陰で困ったように息を吐く。 「役割分担だよっ」 リィムナは表情で気にすることはないと語り、鬼火の炎で少し焦げてしまった甲板に桶の水をぶっかける。 そして素早く魔杖を手に持ち、遠方から火を放つ鬼火をホーリーアローで狙い撃つのだった。 ●最期の攻撃 「一度に来やがったか。くくっ。俺の出番が来る前に終わるかと思ったぞ」 天原大地(ia5586)は船のすぐ側まで近づいてきた幽霊達に対し連続で手裏剣を放つ。 船幽霊もここが勝負所と考えたのか、幽霊にしてはかなりの頑強さを発揮して辛うじて消滅を免れた。 「咆哮を使った方が面倒が少なかったかね。ま、今回は用意してないんだが」 大地は鼻で笑ってその場から飛び退く。 その数瞬後には寸前まで大地がいた場所を風葉が生み出した吹雪が白一色に塗りつぶし、既に瀕死だった幽霊達を一瞬で消し飛ばす。 「んん? おめぇが船幽霊か?」 宙に浮いた、人型だかそれ以外の形だかよく分からない物を一刀両断にしてから、大地は眉間にしわを寄せる。 「女に手ェあげようとするわ幽霊より根性がないわ、ろくでもねぇな」 大地は再び手裏剣を手にし、皆の目として索敵を続ける鳳珠の護衛に戻るのだった。 「しぶとい」 舷側を超えようとする幽霊と船幽霊共に次々とフェイントを仕掛けながら、稚空はじりじりと後退を続けていた。 攻撃力に優れているとはいえ稚空はまだ発展の途上にある。 2度、場合によっては3度斬りつけねば倒せない以上、アヤカシの群をせき止めるのには無理があった。 しかし彼は1人ではない。 「稚空さんっ」 無数の戦場を共にした戦友か、あるいは長年連れ添った夫婦でなければできないような連携を見せ、桜は稚空が傷つけたアヤカシだけを、的確に力の歪みで潰していく。 ときにアヤカシの攻撃が集中し稚空の血が流れるが、桜が反応するより早く稚空が桜の動揺を抑えて戦闘を継続する。 そうしている間に鳳珠から傷を癒す光が飛び、稚空の傷を癒す。 幽霊は攻撃方法を変えて稚空を船から引きずり下ろそうとするが、飛んできた手裏剣に頭を打ち抜かれて全身を崩壊させていく。 「お邪魔のようで悪いが仕事なんでな」 大地は稚空と桜に一言謝罪じみた言葉をかけてから、稚空を回避して近づいてきたアヤカシ達をひとつずつ確実に打ち倒していく・ 「ふっふふ、俺様イーズフリーダームなのでーすよっ!」 周囲で繰り広げられる激しい戦いを気にもせず、狂々は櫂を勢いよく動かしていく。 高速で前から後ろに流れていく景色。 真正面から吹き付ける合成風。 飛び交う火炎と吹雪。 普通に暮らしていては一生出会えない刺激に溢れすぎた情景に、狂々のテンションは天井知らずに上がっていく。 「前方にアヤカシの反応はありません。そろそろ依頼で示された範囲から抜けます」 戦いの終わりが近づいたのを鳳珠が告げる。 「こちとらオールをオールナイトで漕ぐ覚悟なのですよおおお!」 もう随分と長い間漕いでいるにも関わらず、狂々の勢いは衰えない。 速度を落とさず船にU字を描かせ、追いすがるアヤカシ達をひとまとまりにする。 「わぷっ」 船首にいたリィムナが水しぶきを気持ちよさそうに浴び、風葉と桜がアヤカシが集まった側の舷側へ移動を開始する。 それまで海上で戦っていたふしぎが飛び上がって船の上に戻ると同時に、一斉に放たれたブリザードストームと力の歪みがアヤカシ全てをなぎ払うのだった。 ●暑さ抜きでも暑い夏 「全くどうやったら海に落ちんだ、お前は思いもよらない所でドジんだから」 「す、すみませんご迷惑おかけして‥‥」 全身びしょ濡れになった桜が、稚空に乾いた毛布をかけてもらいながら謝罪していた。 2人の距離は恋人としては少しだけ遠く、友人というには余りにも近い。 そんな複雑にも見える2人を遠くなら眺めながら、開拓者達はのんびりとスイカを食べていた。 「お疲れさま‥‥あの2人、気にかかる?」 「気になるとゆーか、ごちそうさまという気分にはなるわね」 風葉はふしぎに答えながら、上品にスイカを口にする。 「大地はおかわり要る?」 「いらね。煙吸うんで向こうに行ってるわ」 大地はリィムナに礼を言ってから船尾に向かう。 「遊覧船とくれば女の酌が欲しいとこだがな」 少しの物足りなさを感じながら、大地は煙草に火をつける。 ゆっくりと動いている海岸の景色は見事なもので、先程まで激しい戦いが繰り広げていたとは到底思えない。 「うーん、涼しいっ。日差しが当たらないと全然違うね。鳳珠ー、水ありがとうね。あたしが持ってきたお茶だけじゃちょっと足りなかったかも」 笠の下で涼みながらリィムナが言うと、鳳珠は謙虚な態度で礼を受け取る。 「僕は泳いでくるから帰るときは言ってね」 「わはっはー(わかったー)」 布地が限りなく少ない水着で海に飛び込むリィムナを、狂々はスイカにかぶりついたまま見送るのだった。 |