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■オープニング本文 草木も眠る丑三つ時に、煌煌と火が焚かれ雅な音が響く館があった。 貴顕の方々が訪れるほどではないが商家の旦那衆が足繁く通う程度の格はある郭である。 「毎度ー」 風采の上がらぬ素浪人風の男が勝手口に近づいてくる。 男の名は中戸採蔵(iz0233)。 とてもそうは見えないが浪志組四番隊隊長であった。 「お客さんが来られないんで後一刻してから帰りますわ」 妖しげで卑劣な策謀を連想させる光景だ。 無論、そんなものは一欠片も存在しない。 郭周辺で浪士組が巡回を行いアヤカシや狼藉者に対する備えとなり、郭側は協賛金などで協力する。双方とも声高に主張する気は全く無いが、どちらにも利がある持ちつ持たれつの関係なのだ。 「中戸様。主が一度ご挨拶をと」 遊女屋の下男にしては風格のありすぎる男が勝手口から現れる。 「いやいやいや。あっしには敷居が高すぎまさぁ」 きな臭さを感じた隊士は演技ではなく素で返事をしながらじりじりと後退していく。 「ふふ」 男を昂ぶらせる匂いが鼻をくすぐり、心を蕩かす声が耳から心に注がれる。 「つれない方」 採蔵は地面を蹴って横に飛び、懐から取り出した銃を声の主に向けようとした。 「ぐ」 しかし声の主はほとんど瞬間的に背後に移動し、首筋を軽く打って採蔵の意識を奪う。 翌日。 白粉の匂いと唇型の痣と共に帰還した四番隊隊長は、男性陣からやっかまれ、女性陣から冷ややかな視線を向けられることになる。 ●暗闘の余波 「色っぽい話なら良かったんですがね」 開拓者ギルドの一室で、採蔵は依頼に興味を持った開拓者に口止めした上で説明を行っていた。 娼館は陰殻国の出張所じみた存在だった。 主な仕事はシノビの技を使わない情報収集。たまにシノビに隠れ家を提供していたらしい。 「私も初めて知ったんですが」 そこで彼は聞きたくなかったことを聞かされてしまった。 陰殻国内の暗闘がおさまるまで距離を置こうとした娼館を潰すため、陰殻国の複数の勢力から派遣された刺客が都に向かっている。 「複数の勢力が同じ日に襲撃してくることだけは分かっています。この依頼をうけるなら、館を借り切った客として長逗留して敵の襲撃を誘い、可能ならば敵を殲滅、それが無理な場合は撃退してください」 殲滅あるいは撃退に成功した時点で館の主以下従業員全員はこの都から姿をくらます手はずになっている。 「敵はですね」 夜という術がある。 時間停止という超越的な技であり、超越的であるが故に使いこなすことが難しい。なにしろ効果時間が短いのだ。 「夜を最大限に活かせる連中のようなんですよ」 夜を使える時点で凄腕なのは確定している。 その上暗殺戦術まで使いこなすとなると、どれほどの脅威になるか想像するのも難しい。 「護衛対象は奇麗所4人に板前1人と従業員2人。全員志体持ち…シノビです。皆私よりは強いですが」 彼等の本業は情報収集であって荒事ではないので、全員でかかっても今回襲ってくる刺客の1人にも対抗できない。 「依頼の性質上、襲撃があるまで籠城する訳にはいきません。依頼人は半分生き残れば報酬は全額払うと言ってますが」 できれば全員守り抜いて欲しい。 採蔵はそう言って頭を下げたのだった。 なお、いわゆるクノイチの技に抵抗できる自信の全くない彼は、保身のため自分からは指一本触れていない。 |
■参加者一覧
百舌鳥(ia0429)
26歳・男・サ
柳生 右京(ia0970)
25歳・男・サ
アルマ・ムリフェイン(ib3629)
17歳・男・吟
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
叢雲 怜(ib5488)
10歳・男・砲
椿鬼 蜜鈴(ib6311)
21歳・女・魔
カルマ=A=ノア(ib9961)
46歳・男・シ
リック・オルコット(ic0594)
15歳・男・砲 |
■リプレイ本文 ●擬装醜聞 赤ん坊のように瑞々しい指先が、痩せた胸板の上を切なくなぞった。 「わっちのいい人になっておくんなんし」 男を見上げる禿の瞳は涙で潤み、小さな口からは甘い香りが漂っている。 ようやく少女と呼べるようになった禿と、最近売り出し中の浪士隊小隊長の組み合わせは、背徳と悲劇を強く予感させる組み合わせだ。 下駄の音が聞こえる。 禿が慌てて振り向くと、そこには失望と落胆の混じった冷たい視線を向けてくる華やかな女がいた。 「お姉様、これはっ」 リィムナ・ピサレット(ib5201)は男を庇うため手を広げ前に出る。 女は男に形の上では謝罪の、実際は二度と来るなという内容の言葉を投げつけてから、リィムナを館へ連れ戻すのだった。 ●噂 厨房で腕を振るう狐の神威人の耳には、昼間から酔っぱらった男共のしゃべりが届いていた。 「聞いたか? 例の…」 「貧乏浪士があの店の女に声かけて揉めたって話かい?」 「そーそー。最近目立ってて目障りだってーんだよ」 柄の極めて悪い笑い声が多重奏で響いてくる。 その中に巧妙に隠された殺意が混じっていることに、アルマ・ムリフェイン(ib3629)だけが気づいていた。 夜に手が届く高位シノビの気配が、薄れて消えた。 浪士組が店から離れたことで防衛戦力が減少したと誤認させ。 禿を新たに招き入れたことで逃げるつもりはないと誤認させる。 おそらく、これで敵の心に油断が生まれたはずだ。 「何をしているんだか」 剣呑な気配が消えてから一刻ほどして、完成した料理を盆に並べながらため息をつく。 隊士として中戸採蔵(iz0233)の醜態がちょっと恥ずかしい。 なお、後に本人に聞いたところ、怪獣に絡まれている気がして生きた心地がしなかったらしい。 ●宴 叢雲 怜(ib5488)はあか抜けていた。 美貌の少年じみた見た目の女に膝枕されながら奏でられる曲に絶妙の合いの手を入れ、空気が弛緩する前に新たな話題を提供し場の熱を保つ。 採蔵には一生かかっても習得は無理そうなことを、採蔵の半分も生きていない怜が軽々とこなしている。 女達がときおり胸の痛みを堪えるようにするあたり、女装していても魔性の男と評していいのかもしれない。 「成人ですよ……童顔だけど」 表から声が聞こえ、下にも置かない扱いでリック・オルコット(ic0594)が宴に招き入れられる。真実体調不良で医者に担ぎ込まれた採蔵の代理としての出席、ということになっている。 「やっぱり、この手の店ってどこの国でもあるんだね」 嫌悪は感じられない。けれど好意もない口調で呟きながら腰を下ろす。 「詳しいね」 禿の格好はしていても、女達とは質の異なる美貌にからかいの笑みが浮かぶ。 「どうかな」 慣れた手つきで杯を受け取り、干そうと、した。 女達の視線がリックに集中したとき、時間の流れが乱れた。 華奢な体を包む着物が切り裂かれる。 内側に仕込まれていた装甲まで断ち割る脅威の一撃だ。 「やるね」 怜の白い胸板に、鮮やかな赤が浮かぶ。 血が筋をつくったときには、魔術のように手の中に現れた銃の引き金を引いていた。 「っ」 気配の冷たさを除けば普通の酔っぱらいにしか見えない男が横に向かって飛ぶ。 手には紙より薄い刃。 進行方向は退路にもなる窓で、逃げるときに女の首筋を切り裂くはずだった。 「依頼を受けた以上……護ります」 恐怖で体を強ばらせた女を優しくその場に伏せさせ、リックは高位シノビの進路に立ちふさがり銃を構える。 「鉛玉の雨を、喰らえ」 リックと怜の射撃が交差する。 2方向から浴びせられた銃弾は、隠密活動のため極限まで戦闘装備を減らしていたシノビの肉を穿った。 かなりのダメージを与えたはずだがシノビの動きは止まらない。 奇襲の失敗を悟って窓から飛び出そうとして、突然の足下の崩壊に巻き込まれた。 「1人で来るなんて自信過剰だよー」 多数の提灯の明かりに照らされ、禿姿のリィムナが悠然と立ち塞がる。 昼間のお仕置きで出来た小さなたんこぶが、十分以上に凄腕のはずのシノビに恐慌を引き起こす。 「馬鹿な。開拓者だと」 昼間見たときには、志体持ちかもしれないとは思ったが開拓者だとは想像もできなかった。 演技が完璧過ぎて本気でやっているとしか見えなかったのだ。 「馬鹿は、そっちだ、よっ!」 フルートに口づけ、戦場には不似合いな優しい曲を歌わせる。 鍛えようのない体内に直接打撃を、それも信じられないほどの高速で連打を浴びせられる。シノビは血を吐きながら足を引き抜き窓から飛び出そうとした。 直前までの恐ろしく軽い動きは見る影もなく、護衛優先のため狙いが多少甘いリックの銃撃まで確実に命中している。 「っ」 練力を振り絞って最期の夜を使う。 狙うのは、女共に比べると守りが薄い、下男や料理人のふりをした男のシノビ達だった。 ●同時刻。2階階段側 「いやはや、いいとこだなぁここは」 清潔な作業着を着ても荒んだ雰囲気を完璧には隠しきれない男が目を細めていた。 朱色の杯に酒が注がれ、豊かな香りと音が五感を刺激する。 対面に座るのは華麗な美女だ。 結い上げた桃色の髪と、艶のある漆黒の角の組み合わせが危険な魅力を漂わせている。 「この程度で?」 嘲笑の中には、男を狂わせる毒が致死量ぎりぎりで含まれている。 依頼外でも酒飲友人でなければ、百舌鳥(ia0429)の自制心も耐えきれなかったかもしれない。 「いやぁ、楽しめるならいくらでも」 だらしない気配を意図して垂れ流す。 椿鬼 蜜鈴(ib6311)は口元だけで微笑んでから、大杯を渡し、下級の役人程度では滅多に口に出来ない酒を限界まで注ぎ込み、その上にさらに注ぎ込む。 百舌鳥は慌てず、けれど演技を忘れるほど素早く大杯に口をつけ味わいながらがぶ飲みする。 「どうしなんした? さぁさ、まだまだ有りんすよ?」 付き合いの深さ故に、楽しんで飲める限界の量が分かる。 蜜鈴は容赦なく新たな瓶を取り出しては注ぎ込んでいく。 「何方様でありんすか?」 障子の向こうに気配を感じ、瓶を水平に戻して声をかける。 障子向こうの人影は謝罪の言葉を口にしながらその場にとどまろうとした。 気配も表情も変えず、百舌鳥が視線だけを動かす。 予め護衛対象であるシノビ全員の顔と声と動きは記憶している。彼等の中には、これほど気配を消せる凄腕はいない。 「今宵は百舌鳥様の貸切でありんす。お還り下さいなんし?」 障子向こうの気配に冷たいものが混じる。 「茶番はこの程度で良かろう?」 百舌鳥が跳ね起き蜜鈴を背中にかばう。 障子に穴が空き手槍が百舌鳥の腹に刺さる瞬間を、2人は知覚できなかった。 「勝てないなら負けなければいいんだろうよ」 利き手に構えた、擬装用の布を巻いたままの刀には、確かに何かが当たった感触が残っていた。 不完全ではあるが手槍を防ぎ、腸を切り裂いて背後まで貫通するのを防いだのだ。 「んじゃよろしくたのんまぁ」 前のめりに倒れる百舌鳥と入れ替わりに前に出て、蜜鈴が満面の笑みを浮かべる。 「さぁ、わらわと遊んでおくれ」 雷鎚が、回避の技だけなら最上位開拓者に匹敵するシノビを貫いた。 ●悪戦 宴会場にシノビが乱入し、2人の酒盛りに無粋者が乱入するより数分前、カルマ=A=ノア(ib9961)は美女の酌で酒を楽しんでいた。 1人はスタイルが良すぎて着物の着こなしに苦労しているらしい栗毛の女。 1人はすらりとした美しい曲線を持つ、抱き心地は前者に負けていそうな黒髪の女。 カルマの左右に侍り、カルマの望む距離をカルマに誘導される形で保ち、カルマが最も心地よく酔えるペースで酒をついでいく。 「まあ、別嬪と飲む酒が不味いわきゃねぇよな」 気取った中にも酔いが混じる声だ。 けれどカルマの顔と、特に瞳には全く酔いがない。 付近の館から聞こえてくる喧噪や嬌声、初夏の生暖かい風が引き起こす音の中から不審なものを全力で選り分けている。 「やれやれ…時と場所を考えてもらおうか」 女達を下がらせ、持ち込んでいた刀を掴む。 半ば、いや実際の所3分の2ははったりだった。 敵は夜が使える高位シノビだ。忍び歩きと聞き耳で勝負したら超越聴覚込みでも分が悪い。 だがここでリィムナと採蔵が打った手と、それ以上にこれまでのカルマの行動が効いてくる。 シノビは都には腑抜けた弱兵ばかりいると、カルマを酔いどれ志体持ちと思い込んでしまい、わずかに、しかし致命的な油断をしてしまったのだ。 窓の外の気配から敵の進入路を予測し体を割り込ませるのと、利き腕に埋まった刃を知覚したの同時だった。 カルマの血に濡れた刃が屏風の間をすり抜けて女シノビに迫り、しかしすり抜けるため無駄にした時間のためカルマによって阻まれる。 「女の尻追いかけまわすなんざ、みっともねぇ」 痛みを感じさせない笑みを浮かべ、カルマは瞬間的に加速し避けようのない距離から雷を叩き込んだ。 ●絢爛たる夜 「久しぶりに愉しい宴になりそうだ」 淡く微笑むだけで、色事に関しては百戦錬磨の女シノビが演技を忘れて赤面した。 階下と反対側の部屋から争いの気配が漂ってきたのはほんの数秒前のことだ。 大声を出す余裕も笛を吹く時間も開拓者に与えていないのは実に見事。 そう。柳生 右京(ia0970)には、相手を褒める余裕さえあった。 「咆哮を使う。少し離れろ、女」 女達は、凄腕シノビの方が獲物として上質だと言われた気がした。 冷たい殺意が籠もった声には恐るべき強制力がある。 仮定の話になるが、襲撃側のシノビ達が最初から隠密活動を諦め重装備で来たなら、1人か2人は右京の咆哮に耐えることができたかもしれない。 しかし現実は、窓やら天井やらに張り巡らされた備えを突破するため、防具は薄装束1枚、武器は剃刀1つ、その他罠解除用装備という軽装備でしかない。 大量の罠があったはずの天井から、無傷のシノビが音も立てずに畳の上に降り立つ。 微かな焦りが浮かんだ瞳は、右京だけに固定されていた。 小さな刃が消える。 天津甕星が揺らめき、小さな刃が再びシノビの手の中に現れた。 「情報通りいい腕だ、不足は無い」 蝋燭の淡い光に照らされる天津甕星がもう一度動く。 最初の防御目的の動きとは異なる攻めの揺れだ。おそらくは目の錯覚なのだろうが、相対する凄腕シノビも守られている2人の女シノビも、切っ先が複数に分裂しているようにしか見えなかった。 双方全く同時に動く。 咆哮に呪縛されたシノビは己の全てを前のめりに投げ出し右京の喉笛に薄刃を近づけ。 右京は最強の防壁の1つである高位志体を貫く一撃を、無呼吸で2撃3撃と打ち込み、深く刺さった状態から一気に切り裂いた。 「良い腕だ」 血振るいをすると青い畳に赤い線が引かれる。 事切れた夜使いの前に、右京の頬から血の一滴が零れた。 ●終幕 「いたたた」 気合だけで立ち上がった百舌鳥がシノビの蹴りを辛うじて受けながす。 百舌鳥に反撃の余力はない。 だが蜜鈴から水平に放たれた雷が超軽装のシノビを飲み込む。 白い光が消えたときには、シノビは既に毒をあおり事切れていた。これ以上戦えば捕縛は免れないと悟ったらしい。 「あと1人。気を抜くでないよ」 「この、人使いの荒いっ」 カルマに背を向けて右京に向かおうとしていたシノビに、真横から襲いかかる。 背中からカルマに刺され、脇を百舌鳥に切り裂かれたシノビは、無言のまま倒れ、息絶えた。 ●生還 産まれ落ちたときから極貧に喘ぎ、シノビとしての訓練を受け始めてからは飢餓からは脱出できたものの心と体を削る訓練の日々だった。 任務として華やかな都に出たときには、任務のこと以外考えられなくなっていた。 だからここで果てても、生き延びて別の人間になっても、どちらでも良かったのだ。 「万一の時は貴方達の蘇生を試みます」 急所をひと突きれた。 後は消えてなくなるだけなのに、昨日あったばかりの少年の言葉が耳元で繰り返される。 「その時の痛みに耐えてほしい。生に縋ってほしい」 甘い言葉ではない。 師匠のように、冷たく突き放した声だ。 「僕は優しくないから、苦しめる事になっても生かそうとします」 あと少しだけ生きてみよう。 シノビの乾ききった心に、ほんの少しだけ潤いがうまれ、灯が灯る。 シノビは致死の痛みを思い出し、数年ぶりに絶叫した。 「おんし、あと少しだけ耐えるのじゃ」 2階から駆け下りてきた蜜鈴が、治癒というより修復に近い形で一気に傷を塞ぎ、血管を元に戻す。 「頑張りましたね」 アルマが優しい手つきでシノビの額を撫でる。 きっと、産まれて初めての穏やかな表情で、シノビは今度は健康的な眠りへ落ちていくのだった。 ●後 その日、1つの娼館が夜逃げした。 膨大な人が集まる都では珍しくもないことで、借金もなかったので誰も捜索しようとはしなかった。 同日、採蔵によって墓碑銘のない墓が4つ建てられた。 定期的に、誰かが掃除し花を供えているらしい。 |