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■オープニング本文 ●結婚式典 宮殿の一部が開放され新郎新婦とその家族の待合室として使われる。 その後、普段は警備上の理由で使われていない領主用の通路を新郎新婦が移動する。 道は都市の真の中心である水源につくられた社に続いている。 社の前で精霊に対して誓いの言葉を述べ、領主代理から結婚証明書を受け取った時点で晴れがましくも堅苦しい式はお仕舞いだ。 遠くで見守っていた親類や仲間達と合流して披露宴の会場に向かい豪華な料理と酒に舌鼓を打つ。 宴は深夜まで続き、酔いつぶれた面々をそのままに新郎新婦は宮殿の一室に消える。 そんな光景が後2週間ほど続くはずだった。 ●謁見の間 「見積もりです」 性格は壊滅的でも腕だけは確かな職人が淡々と領主に報告する。 「高位の魔術師が必須の工事ですか」 「他の方式も説明していいんで?」 無礼な態度に建築部門の長の眉が吊り上がる。 「構いません」 成果を出し続ける限り少々のことは大目に見る。完全無欠にはほど遠いとはいえその程度の度量はあるのだ。 職人は客観的には無愛想に、本人としては全身全霊をかけて真剣に計画を説明する。 発言権無しで出席していた財務分野の見習い官僚7人が蒼白になり、開拓者不在時は彼等を指揮する官僚が胃痛に耐えかねてその場にうずくまる。 「詳細な見積もり作成に何日必要です」 「明日には」 翌日完成した見積もりは、領主にトラウマを植え付けたらしい。 ●官僚会議 「開拓者様の仰るように、地下が不安要因である限り外への拡張は難しい」 「だがあの計画を採用するなら宝珠が採れなくなった時点で財政破綻だぞ」 「いや、採れるうちに瘴気溜まりを潰せば破綻だけは回避できるはずだ」 「埋めてしまえば良いのではないか」 「地下で増えたアヤカシが穴を掘って攻め上がってきたらどうするのだ。今なら開拓者方の力で撃退できても子や孫の代は…」 天儀でなら貴重な資源扱いされたかもしれない遺跡は、ナーマでは持て余されていた。 ●依頼票 仕事の内容は城塞都市ナーマの経営補助 依頼期間中、1つの地方における全ての権限と領主の全資産の扱いを任される ●城塞都市ナーマの概要 人口:良 移民の受け容れ余地中。都市滞在中の観光客を除くと普 環境:普 水豊富。空間に空き有 治安:普 厳正な法と賄賂の通用しない警備隊が正常に機能中。観光客の増加。警備隊の増員が辛うじて間に合いました 防衛:良 強固な大規模城壁有り 戦力:普 ジン隊が城壁内に常駐。防衛戦闘では都市内の全民兵が短時間で配置につきます 農業:良 都市内開墾進行中。麦、甜菜が主。二毛作。牧畜有 収入:良 周辺地域と交易は低調。遠方との取引が主。鉱山再度閉鎖中。麦を中規模輸出中。氷砂糖を小規模輸出中。式場が好評です! 評判:良 好評価:人類領域の奪還者。地域内覇権に最も近い勢力 悪評:伝統を軽視者。商売に熱心すぎる 結婚式の形が現状のままだと一段階落ちて安定します 資金:普 定期収入−都市維持費=+。前回実行計画により+ 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。1つ以上の項目が滅で都市が滅亡 ●都市内組織 官僚団 内政1名。情報1名。他6名。事務員有。医者1名 職場研修中 医者候補4名、官僚見習い19名。 教育中 からくり10名(教師。8月に現場投入可能になる見込 情報機関 情報機関協力員20名強 警備隊 120名。都市内治安維持を担当。10名が西方に駐留中。月当たり30名増員中 ジン隊 初心者より少し上の開拓者相当のジン7名。対アヤカシ戦特化。2名が西方に駐留中 アーマー隊 ジン2名。現在非戦闘専門 農業技術者集団 学者級の能力のある者を含む3家族。農業指導から品種改良まで担当 職人集団 地方都市にしては高熟練度。技術の高い者ほど需要高 現場監督団 職人集団と一部重複 領主側付 同型からくり12体。見た目良好。側付兼官僚見習兼軍人見習。1人が外交官の任についています。11人は今回式場専従です 守備隊(民兵隊) 常勤は負傷で引退したジン数名のみ。城壁での防戦の訓練のみを受けた290名の銃兵を招集可。損害発生時収入低下。新規隊員候補130名。290名中50名が西方に駐留中 西志願兵 西方諸部族出身。部族から放り出された者達。士気低。体力錬成中。18名 ●都市概要 ナーマは直径数十キロに達するほぼ円形の砂漠地帯の中央付近にあります 外壁は直径1キロメートルを越えており、内部に水源、風車、各種建造物があります 妊婦と新生児の割合高めのまま。観光客(留学生候補を含む)多数 ●軍備 非ジン用高性能火縄銃490丁。旧式銃500丁。ジン用魔槍砲10。弾薬は大規模防衛戦2回分強。迎撃や訓練で少量ずつ弾薬消費中 装甲小型飛空船1隻。からくりが扱いに習熟。交易船護衛が事実上本業 各種宝珠砲(商品見本。ナーマに所有権は無 アーマー3体 ●城壁内施設一覧 宮殿 依頼期間中は開拓者に対し開放されます。相棒用厩舎有 城壁 深い堀、狼煙用設備、警報用半鐘、詰め所有 住宅地 計画的に建設。生活水準を落とせば大人数を収容可。診療所有。警備隊詰め所多数有 資材倉庫 宮殿建設用資材と補修用資材、食料等を保管中 水源 石造りの社有り貯水湖 超大規模 農場 城壁内の農耕に向いた土地は全て開墾済。次の収穫では豆類の比率大幅低下、麦中心、甜菜大幅増 上下水道 宮殿前区画(商業施設、保育施設、浴場(増築中)、牧草貯蔵庫建設有 飛空船離発着施設 ●城壁外施設一覧 牧草地。城壁周辺。小型防壁複数有 道。砂漠の入り口から街まで整備されています。飛空船利用者が増えたため利用者が減少 鉱山。入り口と空気穴に小型防御施設有。閉鎖中。無人。アヤカシ発生の可能性有 ●領内アヤカシ出没地 都市地下 風車と水車で回す送風設備(地上)、水源を貫通するトンネルとホール(防御施設と空気穴有)それぞれ複数、トンネル、地下遺跡(宝珠有、酸素薄)の順に続いています。先週時点で瘴気濃度低 鉱山 ナーマの数キロ西。地表、横に向かう洞窟、地下へ続く垂直大穴、鉱山、未探査箇所(西向き洞窟、東向き洞窟、奥に空洞がある急流)の順。先週時点で瘴気濃度低 ●現在交渉可能勢力 西隣弱小遊牧民 ナーマ傘下 経済力を急速に回復中 西隣地域零細部族群 ナーマ傘下 防衛力微弱 やや好意的 王宮 援助等を要請するとナーマの威信が低下し評価が下がります 定住民系大商家 継続的な取引有。大規模案件提案の際は要時間 域外古参勢力 友好的。宗教関係者が多くを占める小規模な勢力群 ナーマ周辺零細部族群(東境界線付近の小オアシスは除く) ナーマ傘下。好意的。ナーマへ出稼ぎを多数派遣中 定住民連合勢力 ナーマ東隣小都市を中心とした連合体。ナーマと敵対的中立。ナーマの巨大化を望まない域外勢力の援助を受けています。対アヤカシ戦遂行中。防諜有 その他の零細部族 ナーマの北、南に多数存在。基本的に定住民連合勢力より |
■参加者一覧
カンタータ(ia0489)
16歳・女・陰
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
此花 咲(ia9853)
16歳・女・志
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
将門(ib1770)
25歳・男・サ
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
エラト(ib5623)
17歳・女・吟
アナス・ディアズイ(ib5668)
16歳・女・騎
中書令(ib9408)
20歳・男・吟 |
■リプレイ本文 ●西に潜む魔 極星紋を掲げた船が落ちていく。 船を襲うのは100を越えるアヤカシ。対するは実質将門(ib1770)一人。 救清綱が振るわれるたびに怪鳥がこの世から消え失せ、10の怪鳥からなる一斉攻撃も鉄壁の守りを貫けない。 しかし将門以外は全員力を合わせても怪鳥1体も倒せない。 志体を持たない船長以下乗組員は我が身を盾にし機関である宝珠を守るだけで精一杯だ。既に後遺症が確実な傷を受けてしまった者も多い。 ナーマ直轄のオアシスを越えてアヤカシの領域に踏み込んでからここまで半時間。 最初の10分は何もなかった。 次の10分では西方奥地には進まず、上空から地形の確認をしようとしていた。 最後の10分は、南北に現れた怪鳥部隊に気づいて即座に撤退しようとしたが、進路をふさがれた上で西方から現れた新手の怪鳥部隊に襲われた。 その後の展開は一方的だった。宝珠だけを守っても墜落は避けられないため将門は甲板を走り回りながら防戦に努めた。 東に位置する鎮西村から盛大な狼煙が上がり、オアシスに残っていた戦力のほとんどが救援のため出発するが間に合わない。 将門が覚悟を決めたとき、西の仮名から赤い巨鳥が姿を見せ特徴的な軌道を描く。 船長に止めを刺そうとした怪鳥も、船の側面のプロペラを破壊しようとしていた怪鳥も、敵わぬと分かっていても時間稼ぎのために将門に向かっていた怪鳥隊も、気づいた順に船から離れて西へ向かっていく。 「衝撃に備えろ!」 船長達が操船を再開する。 けれどこれまでの速度は消せない。着地の瞬間、甲板は弾け下半分も堅い地面に削り取られた。 ●寺子屋 からくり焔が始めた期間限定寺子屋は盛況だった。 次の世代も職場があると確信したナーマ住民の教育熱は高まりつつある。 けれど主人が遠く離れたせいか、焔の心は不安定でミスも目立っていた。 ●結婚式指揮所 「うーんー」 6分の1サイズの高官用執務椅子に座ったまま、スフィーダ・此花はしきりに首を傾げていた。 「何か問題でも」 「差し入れですっ」 揃いの礼服姿の同型からくり達が、身長の差から見下ろしながら仰ぎ見る視線を向けてくる。 結婚式における宮殿の利用は可能な限り減らしてナーマの権威低下を阻止した。高級な宿に相当するものがないため宮殿施設の利用は避けられないが、これで多くの問題を未然に潰せた。 式場運営の際の人手不足を解消するため、上手くいけば長期雇用にすること前提で人を募った結果、ナーマ一般住民のうち体力面で劣る層から比較的使える人材を確保することに成功した。官僚候補、各種技術者候補、事務員、警備員、民兵の選から漏れた人々から多少は使える人材をかき集められたのは大きな成果だ。 また、人手に少しではあるが余裕が出来たため、域外有力家系から嫁いでくる新婦達の警備にからくりを回せるようなった。 スフィーダの働きで、結婚式に関わる全てがよりよく運営されている。 だからこその下にも置かない扱いな訳だが、肝心のスフィーダ本人は居心地の悪さを感じていた。 「しっくりこないのですわ」 尊敬する羽妖精の浮かない顔を数分見たことで、からくり達の中から慢心が消える。 「確認してきます」 「体調不良…食べ過ぎで担ぎ込まれる人が増えてるみたいです。医者見習の増援要請しておきます」 作り置きの料理を積極活用することで経費を削減しつつ客の満足度を高めたのは非常に素晴らしかった。が、浮かれて食べ過ぎる者はどうしても出る。 西から帰還した此花 咲(ia9853)と再会するまで、スフィーダが己の不調の正体に気づけなかった。 ●帰還 「大休止の後体力錬成を再開します。食事をすませておかないともちませんよ」 咲は練度不足の兵達に事実上の一時解散を命じてから、なんとかここまで牽引してきた飛空船を振り返った。 辛うじて浮いているだけの大きな板と宝珠だ。 ナーマで廃棄処分されることになるのか分解されギルドがある街まで輸送されることになるのかは分からないが、ナーマが弁償するのだけは確実だ。 ほぼ致命傷の船とは違って一命を取り留めた将門や船長達は、数日前に宮殿へ戻され玲璃(ia1114)の治療を受けている。 「遅いですわ!」 玲璃に後を任せて飛んできたスフィーダが、喜びに満ちた声で罵声っぽいものを浴びせるのだった。 ●教育 同事に起動された10体のからくりは、人間の子供とは比較にならない速度で感情と知識を獲得していった。 「習熟度ですか」 玲璃に問われた現役官僚は、積み木遊びに見せかけた高度算術を教える手を止めて考え込む。 「分かりません」 別に隔意がある訳ではない。 本当に全く分からないのだ。 現在側付きをやっているからくり12人を教育したときの経験をもとに、情操教育と技術の伝授を行っているだけなのだ。 「なるほど。では今後教える予定の内容は」 「これです」 官僚は1冊で一財産になる、算術と弁論術についての専門書を机の上に出す。 「実際には…」 「はいマスター」 領主執務室から出てきたからくりが官僚の意を察し、近くの本棚からまとめて専門書を抜き出し持ってくる。 先程の本と比べると初学者向けに近い、算術と弁論術の本だ。 数にして5倍。厚さにして10倍に増えている。 「おそらくこれ以前の本を使うことになります」 官僚がからくりと共に書庫へ入っていき、ふらつきながら数十冊の本を抱えて運んで来る。 どうやら基礎教育が済んだ者に対する教本のようだ。 この内容を修めさせた上で、それぞれの専門分野の内容を詰め込むことになる。 「必要最低限の内容に限定した上で、来週までに教える内容は?」 数冊の本から、それぞれ数十ページずつが示される。 「これを噛み砕いて分かり易くしようとしたら、半年で済めば偉業でしょうね」 常人より優れた頭脳を持っていたとしても、志体持ちが各分野の専門家である非志体持ちの数十倍の能力を持つなどあり得ない。 玲璃はひとまずこの件は保留にして、スフィーダが咲につきっきりになったため必要となった結婚式全般の指揮を引き継ぐ。 とてつもない激務であり、他の開拓者から頼まれた便覧作りには手をつけることもできなかった。 なお、非戦闘面でさらなる飛躍を遂げた温は、精霊らしくからくりにお世話されていたらしい。 ●新規設計 官僚見習の一部を引き連れて建設部門に入ると、強烈な臭いが吹き付けてきた。 「内装までできるかボケ」 「まともな報告書出してから言えこの筋肉達磨。事務1人つけてやったろうが。出さないなら返せよ禿」 「新換気口の案件で人が足りねぇの分かってて言ってるだろうこのウリナリが。ほれ校舎の設計だ受け取れ」 「先週建てた宿泊施設の流用か。おい地盤についての書類が足りんぞ」 「忘れてた。い、1からなんて書く時間ねぇよ」 「今書いてやるから測量資料持って来い!」 肌は脂まみれ、顎は無精ひげまみれの現場監督と官僚が、そこだけは綺麗な手で書類を仕上げていく。 「見習を連れて来ました」 カンタータ(ia0489)が声をかけると、官僚が幽鬼じみた動きで1枚の設計図を渡してくる。 先日カンタータが要請した、留学生用校舎と実習棟の設計図だ。 「大きいですね」 座学に使える生徒40人と講師2人程度収容可能な2部屋を持つ講堂と教材倉庫のはずだったのが、60人と5人分に化けている。 実技訓練に使える同人数収容可能な作業棟平屋と倉庫はそれ以上に大型化している。 「既存設計の流用です。新規設計なら」 「今年中は勘弁願いやす。水源近くに穴を通す工事だけは失敗できやせんので」 設計から指揮までこなせる親方がはっきりと拒絶する。 水源の維持は留学生の相手より優先度が高い。この件だけは領主以下のナーマ首脳陣全員が危機感を共有していた。 「我々はどうすれば…」 官僚見習が気圧されながらなんとかそれだけ聞くと、官僚は自分の眉間を強く揉みながらうめき始める。 「資材の準備を、いや、なんだったか、資材、どこの資材だ」 顔は土気色に近く、目は血走り視線が安定しない。 「寝ろ」 親方は労る手つきでソファーに転がし毛布をかけた。 ●医療 カンタータが命じた便覧作成はほとんど進んでいない。 妊婦と新生児検診時に見つかった問題、具体的には軽度未満の風邪などについて医者不在時でも適切に処置するためのマニュアルを作成するための情報を、官僚見習数人がそれのみに専念して集め始めた。 それから1週間たっても情報収集が終わる気配はない。必要な情報が多すぎるのだ。カンタータやディミトリが協力しても雛形の作成にさえたどり着けなかった。 真っ当な医者の養成は、優れた素質の持ち主に数年かけて知識を詰め込んでから数年かけて師匠に付き従わせても養成に失敗することもある難事業だ。その中でも最難関の1つである新生児への処置のマニュアル化など、実現に何年かかるか分からない。それが判明したのが、今回の成果である。 ●愛 古神書。 ジルベリアで過去徹底的に弾圧された神教会の古い教典であり、ジルベリア国内であれば少なくとも眉をひそめられる品だ。 薄いとはいえジルベリア本国とも繋がりのある人外領主が、祝福と愛についての神書を読む。 ナーマが後世まで残れば吟遊詩人によって様々に謡われるであろう出来事も、現実はどこまでも散文的だった。 「かあさん」 いつもなら絶対に言わないはずの呼びかけをしたことに、アマル・ナーマ・スレイダン(iz0282)は全く気付いていない。 「愛って何?」 アマルの顔には、理解できないことが理解できたと書いてあるように見えた。 「そうね…」 アレーナ・オレアリス(ib0405)は慎重に返答を考える。 愛とは縁がない主に起動されたからくりをここまで育てたことを誇りに思うべきか、領主として桁外れに濃密な経験を積んでいるのにここまで幼いことを嘆くべきかは一時棚上げするとして…。 「いろいろな形があるとは思うけれど」 私室の椅子の上で首をかしげているアマルを、同じ高さで正面からみつめる。 アレーナの真剣さを感じ取り、久々の自由時間を満喫していたからくりは真剣な表情をつくり、真剣に家族と向き合う。 「私のあなたに対する想いも、愛だと思うわ」 一拍おいて、アマルの全身が震えた。 「そんなに大事なものだなんてどこにも書いてないよ」 己の肩を抱え込んで、安堵と共に呟く。 「良かった。正直気を遣いすぎだと思ってたけど、結婚式頑張って良かった…」 「そうね。結婚式は、愛し愛されているという絆を形にするものだから」 家族の成長を、アレーナは微笑みながら見守っていた。 ●妖の影 「あれだけ有利な状況でも討てなかったか」 獣頭の上級アヤカシは、必ず殺すリストの似顔絵が増えはしても減らない現状にため息をついていた。 ●影武者 天儀の大商人から城塞都市ナーマに預けられた30体の未起動からくりが眠る棺が、次々に開かれていく。 ジークリンデ(ib0258)が静かな視線を向けると、ナーマにおいては人とほぼ同等の権利を与えられているからくり達が切れ者らしい顔と動きで未起動からくり達を確認した。 「ジークリンデ様に最も近い外見は、この個体だと思います」 「私も同意見です」 ナーマの西に潜むアヤカシは、ナーマで活動する強力な開拓者の顔を記録し情報共有している可能性がある。 それに対抗するための手段として、特に注目されているであろうジークリンデの影武者を用意する。 今後の情勢によっては極めて大きな戦果を見込める一手であった。 「あなた達」 依頼期間中の政府高官としてではなく、先達として声をかける。 「もう少し化粧を頑張りなさい」 ジークリンデは4つ隣の棺桶に向かい、目の近くまで垂れている髪を横に避けてやる。 「あ」 「髪型を変えると印象が大きく変わるのですね」 普段は意図して似た外見にしているせいもあり、からくり達はお洒落に疎かった。 戦力増強を兼ねて新規からくり購入を打診すると、アマルは即座に了承する。 ジークリンデや一部の開拓者に変装可能と判断されたからくりを中心に10体が、ナーマの陣営に新たに加わることになった。 ●浴場 朽葉・生(ib2229)は浴場の宣伝を早々に中止するしかなかった。 不評故ではない。 好評過ぎて人が集まりすぎ、浴場の責任者からなんとかしてくれと泣きつかれたからだ。 泣きついてきたのは責任者だけではない。 燃料の輸入が増えたため支出が上昇したことで財務担当官僚が頭を抱え、熱の有効利用ができていない…パン焼きの余熱で湯を沸かす等の工夫があまりできていないことに気付いた親方以下の建設部門も頭を抱えている。巨大貯水湖や宮殿や地下通路などの大工事を成し遂げた建設部門は、普通のアル=カマルの建設業者なら持っていそうな浴場建設ノウハウをほとんど持っていないのだ。 「これは…」 参った。 ナーマは風呂の整備に苦心した末に、自前のアーマーまで繰り出して燃料運び込みや浴場清掃を行っている。 アレーナは精密動作の訓練と割り切って自身は人狼に乗った監督を行っているようだが、できれば雇用創出に繋げたい。アーマーの運用にも金はかかるのだから。 ●花 「新郎新婦が撒いた種が花になるのは華やかではあるのですが」 「1日も保たないのですよね?」 「花が消えるを結婚生活の破局に結びつけられる可能性があります」 「可能性だけでは済みませんよ。ナーマの権威に傷つけるのに絶好の道具、敵対勢力が確実に使うでしょう」 「消えるのを隠せばどうです」 「1人に見られた時点で…否。華彩歌が機密でない以上確実に散ることは知られる。結婚式にはアル=カマルの外にまで影響力を持つ賓客も出席するのだぞ」 「全員が好意的に受け止めると期待するのは楽観的過ぎますな」 「我等に演出能力があれば良かったのですが」 「全員女と付き合ったこともないですしな」 「うるせーぞ同類」 上司の口調を真似て議論を続けていた若手見習達は、力になれなかったことをエラト(ib5623)に詫びてから肩を落としてそれぞれの持ち場へ戻っていった。 ●工事 ララド=メ・デリタは工事用魔術ではない。 工事での使用をナーマの外で提案したら、良くて冗談と思われ、最悪正気を疑われかもしれない。 膨大な戦闘経験を積んで巨大な知覚力を得た管狐が、それ以上の経験と力を持つ魔術師と同化した上で放たれた灰色の光は、単なる土砂を数センチ削って、消えた。 熟練作業員が消し飛ばされた穴の形を整え、ナーマ連合内の技術の粋を集めた建材をはめ込む。 作業員が待避すると灰色の光が放たれる。 見た目は他の術者と同じ、ただし込められた力はおそらく人間の上限に近いそれは、今度は1センチだけ深く削って、止まる。 ジークリンデは差し出されたグラスを受け取り、練力回復剤と一緒に冷水を飲み干した。 ●送風 生が灰色の光を浴びせると、強固に見えた岩盤が乾ききった細かな砂のように崩れ、爆発した。 疲れ果ててはいても生に油断はない。 新送風口を松明で照らしていた斑を前進させ、自身はアヤカシの襲撃に備えて術の準備を整える。 が、急に呼吸が荒くなり、思考の精度が低下する。 そんな状態でも生の頭脳は高速で症状を検索し、1つ推測を算出する。 「空気が薄い。繋がりましたか」 活動が不要な斑を前に行かせると、いつも通りの動きで穴で爆発跡を確認して中に入り、戻ってくる。予想通り、地下の遺跡まで到達したようだ。 生はその場の守備を斑に任せ、最低限の体力回復を行うため地上に戻るのだった。 ●瘴気だまり 酸素不足で遅遅として進まなかった遺跡地図がハイペースで作成され、けれど50メートル進んだところで停滞する。 水源近くの入り口から新送風口へ抜ける風の流れは、ここにはほとんど届かない。 必然的に、酸素の必要のないからくりと空気袋だけが頼りになってしまう。 空気袋の中に入っているのは地上の空気で、ほとんど酸素がない場所でこれを頼りに呼吸を行う場合、凄まじい数または大きさまたは両方が必要だ。 シュノーケルは無いし、仮に同等品があったとしても完全に密封する技術などない。 そのため、エラトが精霊の聖歌を1曲演奏し終わる頃には、遺跡の床に空気袋の残骸が分厚く降り積もることになる。必要とされる空気袋の数が多すぎるため、ナーマでは空気袋専任の人員を用意しようという話まで出ているらしい。 数度目の演奏で、エラトは前回の調査から100メートル近く踏み込んだ。 「待避します」 演奏が終わる直前に奇妙な震動が遺跡全体を襲い、庚がエラトを抱えて地上に待避する。 その日はアヤカシの襲撃はなく、酸素が供給されるのを待って天儀に帰還する前日に短時間調査したときも、アヤカシの活動の痕跡は見つけられなかった。 ●鉱山。未探査区画 天井の揺れに気づくと同事に、前方に向けてオーラを開放した。 人狼型アーマー轍の足先と鉱山の床がぶつかり火花を散らす。 天井の一点の崩壊が高速で広がり、頭上から振る大小の岩がアーマーごとアナス・ディアズイ(ib5668)を押し潰そうとする。 数分後。 砂埃で変色したアーマーが立ち上がる。 一歩先には通路の幅に近い大きさの岩がめり込んでいる。後少し待避が遅れたり、その場で落盤を防ごうとしたら確実に中身ごと潰されていた。可動時間が半減以下になるほど狼鋭眼察を使っていなかったら、少なくとも中破はしていたと思われる。 「端から岩の運び出しと通路の補強…じゃなくて新規作成を始めます。アヤカシに対する警戒まで手が回りませんのでよろしく願います」 ナーマから連れてきた本業鉱山作業員、副業民兵の男達は、緊張の面持ちでナーマ方向の未探査洞窟での作業を始める。 数時間後。 作業員が持ち込んでいた小鳥が死んだ。 その時点で作業は中断され、スコップ等の器具を放棄して地上へ帰還した。 ●自然発生 鉱山を開く際も操業中もひたすら邪魔なアヤカシはどこから来たのか。 詳しく調べようとするなら膨大な時間と労力が必要だろう。しかし調べるまでもなく確実なことがある。 「自然発生分は確実にありますね」 黒い懐中時計を懐にしまい、中書令(ib9408)はからくりの鼎に護衛を任せながら天井、壁、床の調査を行う。 先程完成した東方向へ続く通路は、30メートルで途切れている。 そこから先は崩落以前は何の変哲もない自然の地下洞窟だったが、今は崩れた岩や土砂でふさがっている。 ナーマの地下に比べればましとはいえ酸素は薄く、この場で長時間活動すれば倒れてしまうだろう。 作業員の採掘作業の護衛をしながら調査したら、おそらく月単位の時間がかかる。 作業員側が気を利かせて中書令やアナスの調査しようとした場所で採掘を進めなかったとしたら、調査は10メートルにも達しなかったかもしれない。 安全地帯で瘴気払いをした結果、もし真っ直ぐ伸びているならナーマの地下に達する可能性のある空洞は極端に瘴気が薄い。 また、瘴気払いの際に襲いかかってきたアヤカシの数は少なく質も低かった。 「おそらくアヤカシは瘴気の自然発生分のみ」 思考しながらつぶやく中書令の前を、アナスに護衛された作業員が延々と地上との往復を続けていく。ソリには鉱石も含まれてはいるものの何の役にも立たないものも多い。 床を軽く蹴ると安定した音が返ってくる。 おそらくこちらの方向には瘴気だまりはないと思う。明確な証拠があるわけではないので断言はできないけれども、瘴気だまりやそれに匹敵する厄介を探して潰すつもりなら反対方向の洞窟か水流の向こうを調べた方が良いと、中書令は判断していた。 数日間可能な限りの調査をした後、いつもと比べると少ない鉱石を載せた船がナーマに向かって飛び立つのだった。 |