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■オープニング本文 他儀との接触は天儀に様々なものをもたらした。 人、物、技術、文化。 その1つが、地方都市の片隅にある呉服屋にもあった。 「今日も売れなかった」 品の良い、ちょいと太めの若旦那が帳場で膝をつく。 空間を贅沢に使った売り場に並べられているのは純白のドレスと生地だ。 この呉服屋の用意できる最良の生地を用いた、ジルベリア出身の職人による婚礼用衣装。 清楚で可憐で上品という魅力に溢れた品々ではあった。 「だれが着こなせるんですがこんなの」 先々代から使えてくれている番頭が疲れた目で若旦那を見下ろす。 付き合いのある奥様方には好評だった。 残念ながら鑑賞対象としての好評でしか無く、娘や身内の婚礼に使いたいという話は一度も出なかった。 「腹回りの線が出るから良い物食ってるお嬢様方にはきついですし、そうでなくても理想的体型でないでしょうこれ」 父親からほぼ全権を譲られている若旦那に対し、遠慮も容赦もない口を利く老番頭。 このままでは身代が潰れかねないのだから無理はないのかもしれない。 「けどじいちゃん、評判は良かったんだから仕立て直せばいけるんじゃないかな?」 少し甘えの混じった目で見上げてくる若旦那に対し、番頭は冷たかった。 「全力は尽くしますがおそらく無理でしょう。10年後20年後は分かりませんが現時点では…」 若旦那が無謀な商品開発を行っているとき、彼は十数年ぶりに長期休暇をとって孫に会いに行っていた。 その間、苦労をかけたじいちゃんに良い所を見せるために何も伝えず相談せず頑張った結果が、これである。 「都に持って行けば…ほら、この街より保守的じゃないかもしれないし」 「運んだりしている間に倒産しますよ。衝撃に弱いですし販路もないですし」 番頭は残り少ない髪をすり減らして悩んだ末、旦那と若旦那の許可を得て開拓者ギルドに依頼することにした。 内容は純白の婚礼用衣装のモデルだ。 似合うなら男女不問。 神社の境内に設置されたステージで美を競うのも良し。 宮司が協力してくれるので模擬結婚式も可能だし、相手がいるなら本当に式を挙げても構わない。 新たに観客を呼んでも構わないが、暇と金が余っている奥様方が20人ほど来られるのは確実なのでその点は配慮して欲しい、ということらしい。 「開拓者なら着こなせる?」 「宣伝になるほど着こなせなければ五代続いたこの店もお仕舞いです」 老番頭の沈痛な表情を見て、若旦那はようやく事態の深刻さを悟って震え上がるのだった。 |
■参加者一覧
明王院 千覚(ib0351)
17歳・女・巫
リンスガルト・ギーベリ(ib5184)
10歳・女・泰
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
月・芙舞(ib6885)
32歳・女・巫
御鏡 咲夜(ic0540)
25歳・女・武
ハーツイーズ(ic0662)
24歳・女・砂 |
■リプレイ本文 絵本に登場するお姫様のドレス。 純天儀風の商家に飾られていると違和感が強いけれども、月・芙舞(ib6885)の目には幻想が現実化したものに見えた。 無意識に手が伸びる。 だがすぐに依頼中であることを思い出し、女の子の目ではなく開拓者としての目で衣装の形状を確認した。 「腹が太くないかい?」 振り向くと、艶のある黒髪が上品に揺れて微かな薫香が漂った。 「あのぅ〜胸がきついのですけど」 先に試着中の御鏡 咲夜(ic0540)が苦しそうな声で報告してくる。 彼女も腹部の布は余っている。胸は極端に布が足りずに釣鐘型の胸が猛烈に強調されていた。 「皆さん素晴らしい体型ですね!」 情欲0、美に対する欲求MAXの瞳で若旦那が賞賛する。 これは駄目だと思い視線を横にずらすと、ハーツイーズ(ic0662)が慣れた動きで芙舞を採寸して指示書をお針子さん達に渡していた。 「見事な素材の数々ね」 この場に並べられているのはドレスだけではない。 白などの明るい色合いの布地が、この商家の将来が心配になるほど大量に展示されている。 ジルベリア社会の上層出身のリンスガルト・ギーベリ(ib5184)はちょっと古い型じゃのとか言っている。でもそれはジルベリア内での評価だ。 「腕が鳴るわ」 産地ではちょっとだけ時代遅れでもものは良い。 素材は上質。技術のある職人が精魂込めて織り上げた生地なので非常に腕の振るい甲斐がある。 「おぅふ」 こんな状況でも反省が足りない若旦那を見て番頭が倒れかける。 「じいちゃんっ!」 「柔らかいですよ〜」 「お茶を」 考えは足りなくても人は良い若旦那が駆け寄り、咲夜が豊かな母性で抱き留め、芙舞が冷たい茶を運んで来る。 「おいたわしや」 業種は違っても番頭の考えはよく分かる。 明王院 千覚(ib0351)は全身全霊をかけてこの商家の再生を誓う。 まず最初にやるべきことは、甘すぎる若旦那に対する熱心な教育だ。 営業用の笑顔を浮かべて一歩踏み出すと、頼りない男は怯えて逃げ出そうとした。 ●白鳥 町衆からの寄進により立てられた社は立派で、神職も熱心に環境の維持に努めていてとても清潔だ。 金持ちも貧乏人も老いも若きも祈りを捧げに訪れるここは、日常とは切り離された聖域となりかけていた。 そんな場所で、天儀のものとは明らかに異なる楽器の音色が響いている。 精霊に対する敬意は確かに感じられるため、神職や見物客やたまたまこの場にいた参拝客に不快感を与えることはなかった。 ジルベリア神職風の衣装で小型のパイプオルガンを弾いているのはリィムナ・ピサレット(ib5201)だ。 見た目幼女なリィムナは、演奏前ならただの仮装に見られたかもしれない。 しかし見事な演奏と荘厳な雰囲気に触れると誰もが聞き入り次の展開に対する期待が盛り上がってくる。 風が吹く。 烏の濡れ羽色が少しだけ形を変えてから、清らかな白の衣装の上に広がる。 純白のドレスの布地は薄く、谷間というより大渓谷なふくらみから美しく引き締まった腹、色気と力が同事に感じられる太ももから膝までの線を、隠すことなく観客に見せつけている。 ドレスの型はマーメイドライン。 背中から伸びる自前の白鳥翼とも調和がとれていて、精霊と誤認してしまいかねない美しさとして結実していた。 「まあ」 「これはまた」 うるさがたのはずのご婦人方が、全員揃って褒め称える。 ここまで隔絶していると嫉妬も浮かばないようだ。 それに対し、その場にいた男達は気圧され何も言えない。美に、威圧されてしまったのだ。 美の化身は白い翼を広げて舞台から飛び立つ。 精霊が気を利かせたように木の葉が振り、芙舞は歓声を背に受け消えたのだった。 ●感想。その1 「凄く綺麗でした」 「でも無理だよね」 「ええ。断食すればお腹は絞れるかもしれませんけれど、お胸も小さくなってしまいますわ」 舞台の裏から芙舞が覗いてみると、ご婦人方に連れられて来ていた未婚女性がそろって肩を落としていた。 ●天儀風 パイプオルガンの曲が変わる。 宗教行事に奏でられてもおかしくない荘厳な曲から、朗らかで暖かな明るい曲へ。 「少し待ってくださいね」 奥様方と話し込んでいた咲夜が立ち上がる。 先程のモデルに匹敵する美貌はあっても容貌は純天儀風であり、ウェディングドレスは似合わないと思われていた。 2分後。 待ちきれなくなった観客が騒ぎ出す寸前に曲のペースが上がる。 同事に舞台袖から咲夜が登場し、今度は男女を問わず一斉に歓声があがった。 白無垢だ。 ジルベリアの婚礼衣装は確かに美しい。 けれど天儀のものだって負けてはいない。 「ひゅー。すげぇ胸だ」 「え、胸?」 「あれだけ大きいと着物が似合わないんじゃねーの?」 目敏い男達が騒ぎ始める。 女達は咲夜が登場した時点で白無垢の正体に気づいていて、小声で激しく囁き合っていた。 「他儀の流行を取り入れたのかしら」 「布地もですわね。れーすという織り方でしょうか」 「これなら有り…布地なら勝手もよいかしら」 胸が大きいと着こなし難度が上がってしまう衣装を、ジルベリア風を取り入れることで使いやすく変えた。 モデルの魅力とデザイナーの腕の勝利であった。 ジルベリアの布地は豊穣な2つのふくらみを歪めず上下もさせず、その魅力を見事に客へ伝えきる。 「2着とも手強かったわ…」 舞台裏ではハーツイーズが安堵の息を吐いていた。 2人とも非常に素晴らしいモデルではあるのだけれど、良い意味で滅多にない体型なので両方とも新規作成するしかなかった。 お針子さん達が形にした3着目を最終調整しながら、彼女はラストスパートに入るのだった。 ●少女達 「次じゃの」 舞台裏で待機中のリンスガルトは最後の確認をしていた。 見た目優先の飾りがたくさん取り付けられたドレスは、着こなすのも難しいが綺麗に動くのはもっと難しい。 幼少時より厳しくしつけられたリンスガルトでも、背丈ほどもある姿見で自身の動きを確認しておく必要があった。 いつの間にかパイプオルガンの演奏が止まり、聞き慣れた足音が近づいてくる。 「リンスちゃーん」 「うむ。出番か…の?」 振り返ったリンスガルトの表情が固まる。 リィムナは、いつの間にかジルベリア男性用礼服に着替えていた。 身長はリンスガルトよりも少しだけ低いのだけど、背筋が伸びて動きに切れがあるので小さくは感じない。 頼りがいのある一面に接して少し顔を赤くしながら、リンスガルトはこほんと咳払いをして気を取り直そうとした。 「うん。いっしょに結婚式やろ!」 が、リィムナの言葉によって全ての思案が頭から吹き飛んだ。 「けけ結婚式!?」 確かに普段から一緒に寝泊まりしたり(非えろい意味で)後始末をしてあげたりしている。 「いやあの、友人知人や親類縁者に招待状を出さねばならぬし。そう、母上にもご報告せねばならぬ!」 リンスガルトは自分が何を言っているか自分で把握できないほど慌てていた。 友以上の関係であるのは確かなのだからそこから一足飛びでゴールインしちゃっても…と茹だった頭で考えながら口が快調に動いてしまう。 「でも、別に嫌ではない! 汝となら…」 真っ赤な顔で上目使いにリィムナを見る。 対照的に、リィムナはいつも通りの顔色だった。 「え、模擬だよ? 大丈夫?」 リンスガルトがよろめき、倒れる寸前で激しく背中の龍翼を動かし体勢を立て直す。 「うむ、そうか…。ふっ、最初から分かっておったわ!」 ドレスの下でじっとりと汗をかいているのを感じながら、それでもなんとか平静を取り繕う龍獣人だった。 ●感想。その2 「まあ可愛い」 「ふふふ。じるべりあの子は早熟なのねぇ」 登場したリィムナとリンスガルトにマダム達が暖かな視線を向ける。 男装したリィムナと実際お姫様なリンスガルトのカップルは、性別に目をつむれば非常に似合っている。 「婚礼衣装として、一生に一度…袖を通すだけじゃ勿体無いですよね〜。観賞用に飾るには場所を取り過ぎますし」 客席に戻って来た咲夜の言葉に、奥様達はそれぞれのやりかたで賛成する。 「形が複雑でしょう? 箪笥1つならともかく部屋1つ必要なのは少しね」 「あたくし着道楽な自覚はありますけど、かけられるお金には限りがありますから」 皆、ドレスの魅力は認めていた。 ●模擬結婚式 普段の強気な様子が嘘のように静かな親友をエスコートしながら、リィムナは目を細めて微笑んだ。 白い歯が聖域の光に照らされ清らかな輝きを得、リィムナが妙に色っぽい息をこぼす。 「フフッ、照れているのかい?」 男っぽい言葉遣いがリンスガルトにとっての弱点だったようだ。 腰から力抜け、男装のリィムナによって優しく支えられる。 模擬とはいえ女同士なので神職が協力するわけにはいかない。が、模擬だから見て見ぬふりはしてくれるらしい。 商家から借りた指輪をリンスガルトにはめ、熱っぽい瞳で大きな瞳を覗き込む。 観客は美しくも微笑ましいキスのふりと思い込み、暖かな拍手が(神職もこっそり参加して)盛大にわき起こる。 「ふやっ?」 リンスガルトの戸惑いと喜びの入り混じった声が漏れ。 「んっ…んんっ」 ちゅくちゅくと何かが絡み合う水音が響く。 観客からは見えない場所で何が起きていたのかは、精霊だけが知っている。 「どーもどーも」 蕩けたリンスガルトを優しく横抱きして、男装の少女は観客に(特に神職に対して)挨拶しながら退出していった。 ●生死の境。商家の存続的な意味で 発表会の会場脇に設置された販売スペースでは、生地が好評な売れ行きを見せていた。 ショーが評判になり、また芙舞が用意した氷でよく冷やしたお茶が大量に振る舞われたことで、街から続々と新たな客が押し寄せている。 商いとしては最高に限りなく近い成功だ。 なのに若旦那と番頭の顔色はよろしくない。 「ねぇ、はっきりと聞くけれど、何着売れればとりあえずこの店が潰れなくてすむのかしら」 2人が示したのは、控えめに表現して正気を疑わざるを得ない数値だった。 ●真・模擬結婚式 ステージの上が非志体持ちの巫女さんによって掃除され空気が引き締まる。 神職が登場すると、何故かたんこぶが出来たリィムナが天儀風の音楽を静かに奏ではじめる。 まず新郎役の役の若旦那が登場する。 見た目だけならそこそこな男はジルベリア風礼服を着こなしてはいたが全く目立っていない。 次に登場した千覚に会場中の視線が集中しているのだ。 タキシードを着た男親役の老番頭に手を引かれ、途中で別れて若旦那の横に立つ。 ハレの舞台と純白の衣装に千覚の魅力が引き出され、感嘆のどよめきが客席全体を満たしていた。 これまでの3組とは騒ぎの質が全く異なる。 魅力が劣るわけでは断じてない。 だが前の組のように努力だけでは近づくことすら難しい体型ではないし、開拓者の身体能力を感じさせない、けれどジルベリア要素が入った式の動きはとても魅力的だ。 「お母様、できれば…」 「終わったら口説こうぜ!」 様々な言葉が舞いう。 神職がたしなめる目を向けると音は止んだが熱気は増すばかりだ。 「お腹周りが気になるならね、ウェストでなく胸の下を絞ればいいのよ」 販売スペースではハーツイーズが詳しい解説を行っている。 今展示されているのは千覚が着用しているものの腹回りを緩くしたものだ。 緩いマタニティのようなワンピースを基本とし、胸の下をリボンで縛るようにし、お腹周りを締め付けないデザインに。 少女達が無理のない減量をすれば十分着られる一品が、少し、いやかなり多めに展示されている。 「さあ、お嬢さん達も着てみたいとは思わない? 私が着付けて差し上げましょう」 値段は上下に幅広い。高いものは商家の跡取り娘くらいしか買えないが、低いものなら一般庶民が頑張ればなんとか手が届く。無論上も下も手抜きはなく、価格差は主に布の価格であった。 そうこうしているうちにステージでは模擬結婚式が進行していく。 神職の言葉は模擬故本来のものとは異なるけれど、夫婦揃っての大型ケーキへの入刀まで盛り込んだ式は派手で目新しく、ステージから降りた老番頭に熱烈な問い合わせが何件もあった。 「今日のウェディングドレスは、こちらで直ぐにご購入できます。全て一点物ですから早い者勝ちですよ」 ドレスが飛ぶように売れていく。 この日。掛け売りでなければ開拓者でも運びきれない重さの金銀が境内に積まれることになっただろう。 辛うじて破綻を免れた商家は、この一件で少しは改心した若旦那が番頭に絞られながらなんとか切り盛りしているらしい。 |