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■オープニング本文 ●密談 「結婚を認めてくれい」 土下座しかねない勢いで、神の巫女には劣るがアマル・ナーマ・スレイダン(iz0282)よりはるかに上の権威をまとう老人が頭を下げる。 留学目的でナーマに滞在中の曾孫と、ナーマの官僚との婚姻を認めて欲しい。 それが彼の用件だった。 引き抜き目的でも勢力浸透目的でもない。 「あの子にもあの子の一族にも苦労のかけ通しでな。せめて結婚相手だけは本人の好きに選ばせてやりたいのじゃ」 家格が違い過ぎるので官僚の側に下駄をはかせないと老人の部族に喧嘩を売ることになりかねないとか、機密情報をいくつも抱えている部下が外部勢力と結びつくのは危険だとか思うことは色々あるが、言いたいのはたった一言だ。 「あの子達、ですよね?」 4人。 現官僚と官僚化がほぼ確定している見習いのうち、未婚男性の全てがターゲットになっている。 全員職務を理由に断ってはいるが、アマルが許可すれば嬉々としてうなずく程度には全員曾孫達に惹かれているようだ。 「迷惑をかけるつもりはないのじゃ…」 婿入りではなく嫁入り。ナーマ内政への非干渉を文書に残る形で確約。外交面での全面的な協力。借りの解消。 罠を疑ってしまうほどの好条件が示されると、アマルは形だけの敬意の籠もった視線を向けた。 「何が望みです」 「来月までに式を挙げさせてやりたいんじゃ」 老人の勢力内でややこしい仕来りや慣習や政治があるらしく、期間内に片付かないと結婚を諦めさせるほかないそうだ。 関係を根本的に考え直す方向で決断を下そうとしたとき、アマルの頭に縁という言葉が浮かんだ。 「全力を尽くします」 会場と儀式の用意に嫁の受入体勢の準備。外部の影響を排するためにはナーマ主導で行う必要がある。 だがノウハウがない。全く。 開拓者に頼って天儀式かジルベリア式か折衷式をなんとか実現しようと考えているアマルであった。 ●上級アヤカシの憂鬱 生き残った凶光鳥は、借りてきた猫のように大人しく上級アヤカシに検分されていた。 「凄まじいな」 傷跡を己の目と指で確かめ終えた獣頭の巨人がつぶやく。 開拓者が強すぎる。 「空中戦力は質を下げて数を増やす。ジン以外は脆いのだ。やりようはある」 今年だけで10近いオアシスを滅ぼしたアヤカシは、怒りも焦りもなく淡々と準備を進めていた。 ●依頼票 仕事の内容は城塞都市ナーマの経営補助 依頼期間中、1つの地方における全ての権限と領主の全資産の扱いを任される ●城塞都市ナーマの概要 人口:良 移民の受け容れ余地中。都市滞在中の難民を除くと普 環境:普 水豊富。空間に空き有 治安:普 厳正な法と賄賂の通用しない警備隊が正常に機能中。人口増加で低下 防衛:良 強固な大規模城壁有り 戦力:普 ジン隊が城壁内に常駐。防衛戦闘では都市内の全民兵が短時間で配置につきます 農業:良 都市内開墾進行中。麦、甜菜が主。二毛作。牧畜有 収入:普 周辺地域と交易は低調。遠方との取引が主。鉱山再度閉鎖中。麦を中規模輸出中。氷砂糖を小規模輸出中。上昇傾向 評判:良 好評価:人類領域の奪還者。地域内覇権に最も近い勢力 悪評:伝統を軽視する者 低下傾向 資金:微 定期収入と都市維持費がほぼ同額。前回実行計画により−− 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。1つ以上の項目が滅になると都市が滅亡します ●都市内組織 官僚団 内政1名。情報1名。他6名。事務員有。医者1名 教育中 医者候補4名、官僚見習い19名。からくり10名(教師。3ヶ月計画 情報機関 情報機関協力員20名強 警備隊 百名強。都市内治安維持を担当。10名が西方に駐留中 ジン隊 初心者より少し上の開拓者相当のジン9名。対アヤカシ戦特化。2名がアーマー操縦訓練中。2名が西方に駐留中 農業技術者集団 学者級の能力のある者を含む3家族。農業指導から品種改良まで担当 職人集団 地方都市にしては高熟練度。技術の高い者ほど需要高 現場監督団 職人集団と一部重複 領主側付 同型からくり12体。見た目良好。側付兼官僚見習兼軍人見習。1人が外交官の任についています 守備隊(民兵隊) 常勤は負傷で引退したジン数名のみ。城壁での防戦の訓練のみを受けた290名の銃兵を招集可。損害発生時収入低下。新規隊員候補130名。290名中50名が西方に駐留中 西志願兵 西方所部族出身。出身部族から放り出された者達。士気低。練度最悪。18名 ●都市概要 ナーマは直径数十キロに達するほぼ円形の砂漠地帯の中央付近にあります 外壁は直径1キロメートルを越えており、内部に水源、風車、各種建造物があります 妊婦と新生児の割合高めのまま。観光客(留学生候補を含む)多数 ●軍備 非ジン用高性能火縄銃490丁。旧式銃500丁。ジン用魔槍砲10。弾薬は大規模防衛戦2回分強。迎撃や訓練で少量ずつ弾薬消費中 装甲小型飛空船1隻。からくりが扱いに習熟。各種宝珠砲(商品見本。ナーマに所有権は無し アーマー3体 ●城壁内施設一覧 宮殿 依頼期間中は開拓者に対し開放されます。朋友用厩舎有 城壁 深い堀、狼煙用設備、警報用半鐘、詰め所有 住宅地 計画的に建設。生活水準を落とせば大人数を収容可。診療所有。警備隊詰め所多数有 資材倉庫 宮殿建設用資材と補修用資材、食料等を保管中 水源 石造りの社が破損。地上から、送風設備、トンネル、ホール(防御施設と空気穴有)、トンネル、ホール(簡易防御施設と空気穴有)、トンネル、ホール(宝珠有、酸素薄)に続いています 貯水湖 超大規模 農場 城壁内の農耕に向いた土地は全て開墾済。次の収穫では豆類の比率大幅低下、麦中心、甜菜大幅増 上下水道 宮殿前区画(商業施設、保育施設、緊急時用浴場、牧草貯蔵庫建設有 飛空船離発着施設 ●城壁外施設一覧 牧草地。城壁周辺。小型防壁複数有 道。砂漠の入り口から街まで整備されています。非志体持ちが通行する際には護衛の同行が推奨されています 鉱山。入り口と空気穴に小型防御施設有。閉鎖中。無人。アヤカシ発生の可能性有 ●現在交渉可能勢力 西隣弱小遊牧民 ナーマ傘下 経済力を急速に回復中 西隣地域零細部族群 ナーマ傘下 防衛力微弱 やや好意的 王宮 援助等を要請するとナーマの威信が低下し評価が下がります 定住民系大商家 継続的な取引有。大規模案件提案の際は要時間 域外古参勢力 宗教関係者が多くを占める小規模な勢力群 ナーマ周辺零細部族群(東境界線付近の小オアシスは除く) ナーマ傘下。好意的。ナーマへ出稼ぎを多数派遣中 定住民連合勢力 ナーマ東隣小都市を中心とした連合体。ナーマと敵対的中立。ナーマの巨大化を望まない域外勢力の援助を受けています。対アヤカシ戦遂行中。防諜有 その他の零細部族 ナーマの北、南に多数存在。基本的に定住民連合勢力より ●保留中計画 領主一族一般公募 ●進行中計画 域外古参勢力から留学生受入 教本整備中。施設準備中 |
■参加者一覧
カンタータ(ia0489)
16歳・女・陰
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
此花 咲(ia9853)
16歳・女・志
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
ハッド(ib0295)
17歳・男・騎
将門(ib1770)
25歳・男・サ
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
エラト(ib5623)
17歳・女・吟
アナス・ディアズイ(ib5668)
16歳・女・騎
中書令(ib9408)
20歳・男・吟 |
■リプレイ本文 ●酸欠 瘴気を払う演奏が2時間続いていた。 ここは新都市ナーマの地下深くにある洞窟だ。 酸素消費量を減らすために照明は極限まで弱くし、潜る人数も最低限まで削った。 仮にこの場にジン隊がいたら、1時間ももたずに地上へ戻るしかなくなっていくだろう。 エラト(ib5623)の相棒である庚は大型の剣に練力を込め慎重に突き出す。 闇にまぎれて忍び寄ってきた不定形のアヤカシが、かすっただけの刃によってかき消される。 無駄死にを覚悟して弱すぎるものを繰り出さざるをえないほど、この場のアヤカシは追い詰められていた。 一度の演奏では瘴気を0にはできないかもしれないが、回数を重ねれば0に近づいていく。 そうなると新規アヤカシの出現は絶望的になり、少なくともその場所でのアヤカシの滅びは確定するのだから。 長時間の護衛による心身の消耗を実感しながら、庚は薄い革袋を切り裂く。洞窟の淀んだ空気に地上で採取された空気が混じり、微風がエラトの髪をゆらした。 いきなり音程が狂い、熟練の吟遊詩人の手からリュートが転げ落ちた。 「っ」 何故こうなったかについて庚は考えなかった。 大事なのは主を無事地上へ連れ帰ることだけだ。 力の抜けたエラトを抱き留め、傷はつかなかった名品を拾い上げてから、主の頭を揺らさないよう細心の注意を払って地上を目指すのだった。 ●薄闇 エラトが倒れる前、朽葉・生(ib2229)は地下洞窟の上部にあるトンネルにいた。 水源に悪影響が出ないよう慎重に石壁を取り払い、少しスコップで掘っては新たな石壁を魔術で呼び出し、そこまでの工事で出た濁った水を別の魔術で浄化する。 一度完成した施設に手を加えるのは精神をやすりがけするような苛酷な作業だが、このとき生に求められていたのはそれだけではなかった。 「どうだ」 「数値は誤差の範囲内」 「検算は地上に戻ってからだな」 ナーマの誇る性格破綻者もとい職人達が、送風機能拡充のためトンネルまで足を踏み込んでいる。将門(ib1770)が立案した新規送風路建設のための現地調査だ。 「可能な範囲で急いでください。…そんな目で見てもこれより下には行かせませんよ」 生が呆れた視線を職人達に向ける。 エラトがいる洞窟のような低酸素区画ではないとはいえ、この場での活動は非常に危険だ。 生はいつアヤカシが現れても即座に迎撃に移れるようしておく必要が有り、今日は一度も戦っていないのに非常に消耗してしまっていた。 「作業を中断してください。急がず慌てず地上へ!」 エラトの演奏が途切れたことに気づいた生は、スコップをその場に落とし地下へと向かう。 聞き慣れた軽い足音が近づいてくる。 職人達は緊張に顔を強ばらせ、生は反対にかすかな安堵の表情を浮かべる。 「エラト様はご無事です」 生の相棒であるからくりが、エラト主従を守りながら地下から上がってくる。 「はい。お任せください」 視線だけで主の意図を察し、斑は職人達を誘導しながら地上へ向かう。 「瘴気の影響はないはず」 演奏前のエラトがそうしたように、生は黒い懐中時計を見て瘴気の薄さを確認する。 「何か異常が?」 職人が聞いてくる。何か異常があった方がましだったかもしれない。 この日エラトが倒れたのは酸欠故。地下の酸素濃度が低かったのは、予想より風が弱く送風機の動力である風車の回転が少なかったから。 誰が悪い訳でもない。現在の技術では回避しようがない出来事だった。 もう、小さな工夫では改善しようがないかのかもしれない。 ●官僚機構再編 財務・流通管理に6名。これには商業地区の担当も含まれる。 厚生・医療分野に6名。 外務・情報管理に7名。これには来月開催予定の結婚式の担当も含まれる。 カンタータ(ia0489)が出した官僚見習いの割り振り案は受け入れられ、しかしあまり歓迎されなかった。 開拓者が効率よく人を動かすための改変なのでナーマ生え抜きの官僚が不満を抱いたのは確かだが、それは理由としては最も弱い。 見習達は現役官僚に指揮されながら仕事もしていたのだ。 組織改編後は官僚との距離が開き、見習いが他部署に応援にまわされる機会も減った。その分官僚と事務員の負担が増え見習以外の処理能力に余裕がなくなり、官僚から離れた見習達の指揮は開拓者がするしかなくなってしまった。 宮殿内の執務室で、カンタータは疲れた息を吐いていた。 察しが悪い見習い、知識の足りない見習い、意欲が不十分な見習い。様々な見習が彼女の手を煩わせ、19人の面倒を見るだけで一日が終わってしまった。 「手伝って欲しいのですけどね」 官僚側からの手助けはない。 建設部門や農業部門や宮殿の管理にも人を割り当てる必要があるため、残った人材を駆使しつつ自らの休みと休憩時間を削っているのが現状であり、他の部署に助力する余裕が物理的に存在しないのだ。 「もう少し使えれば良いのですが」 カンタータに裁量権を与えられた見習達は、経験を積んで処理能力は上がった。 上がった分を無理矢理数値にすると贔屓目に見て1パーセント程度でしかない。数日の成果としては破格ではあるが、正直辛い。 各国の代表的な人材や一部の開拓者とは異なり、普通は数年から場合によっては数十年かかってしまうのが教育なのである。 「お待たせしました」 執務室に入ってきたのは官僚でも見習でもなくカンタータの相棒だった。 条件を整えてから医師見習い達に妊婦と新生児の健康診断を行わせ、その結果をまとめたものがディミトリの手で運ばれてくる。 「すぐには労働力にならない人口が増えそうですね」 病人もいれば怪我人もいる。 しかし母子共に栄養状態が良く清潔なのでその割合がかなり低い。 報告書に確認の署名をしてから、カンタータは見習の仕事に含まれたミスを捜し出しては修正していくのだった。 ●警備組織増強 「待て。それでは警備隊の負担が大きすぎる」 警備隊組織再建についての会議の席上で、将門は珍しく強い口調で制止した。 「しかしこの数でも必要数に足りないのかもしれないのですよ」 疲労で顔色の良くない官僚が反論する。 都市立ち上げの頃から治安維持に関わってきた官僚であり、将門に敬意を払いつつも自説を撤回しようとはしない。 「治安は統治の根幹であることに異存はない。警備隊がこの会議に代理しか送り込めないほど危機的であることも理解している」 警備隊の責任者は外から来た観光客の警備と警戒に専念するため現場に出ており、代理として若く経験の浅い者をこの場に来させていた。 「1週かけて詰め込み、もう1週で使いながら教え込むなら15から20が限界のはずだ。新人教育可能な人材の2週間拘束が現場にどのような影響を与えるかは分かるだろう」 「しかしこのままではじり貧です!」 会議は深夜まで続き、最終的に領主が将門案を採用することになる。 ●西の地で 西を向けば地平線まで不毛の大地が続き、東を向けばときおりナーマへ向かう交易船が飛んでいる。 寂れ果てた土地にあるオアシスで、ナーマの基準では一般住民のやや豪華な昼食級の食事が振る舞われていた。 「今から、貴方達には大事な仕事を覚えて貰うのです。食べながらで良いので聞いてくださいね」 無心に掻き込む青少年は全員ナーマの傘下部族の出身であり、志願という形の強制で放り出された者達だ。 「ここで立派になって、出身地の方々を見返してみたくはありませんか?」 新任の教官が語りかける。 育ちの良さを感じさせる美しい肌。 髪もよく手入れされているようで、天幕の入り口から差し込む光に照らされ淡く輝いている。 与し易いとでも考えたのか、男共の瞳に食欲以外の欲が浮かぶ。 「意欲があるようで何よりです」 この様子では都市内の仕事は任せられない。 此花 咲(ia9853)は内心の落胆を顔には出さず、心の距離を詰めるために食事を始める。 動きは徹底して無駄がなく美しい。さらに速度は倍以上。 「え?」 「止まらない?」 咲の食欲に圧倒された彼等は、訓練で限界まで絞られることになる。 ●絆のために 「今日はしっかり休むのですよ」 深夜に帰還後少し体調を崩した主に一声かけてから、スフィーダ・此花は今日の仕事を済ませるために出発する。 出発点は領主寝室の近くにある開拓者用寝室だ。 通路脇の水路に流れる水で温度が保たれているため、西の僻地とは比べものにならないほど快適だ。 少し進むと相棒用厩舎がある。 羽妖精ではあるスフィーダは断固として主と同じ扱いを主張する…つもりだったが最近心がぐらついている。 名前は厩舎だが中身は豪華な宿泊施設なのだ。 主が領主代理として忙しくしているため出番が無い鋼龍が、領主側付きのからくりに絹の布巾で磨かれている。 寝台は藁だが毎日交換され、食事も外部から輸入された食用肉の塊だ。 近くには駆鎧用の整備区画まであり、ナーマ周辺の過酷な環境が主従に与える負の影響を少しでも減らすため最大限気を遣われていた。 「負けませんわ」 きりっと真面目な顔をする羽妖精を、鋼龍が穏やかな目で見守っていた。 ●絵本 側付きまで追い出してから、アマル・ナーマ・スレイダン(iz0282)はハッド(ib0295)と共に寝室に籠もった。 いきなりの展開に驚き慌てる側付きに箝口令を敷いてから、アレーナ・オレアリスは複雑な思いの混じったため息をついた。 色っぽい展開なら祝福すらできたかもしれないが今回そんな展開はない。 邪悪な領主のコピーとして教育されたからくりは、アレーナの愛情によって健やかに矯正された。が、外見ほど中身が育っていないのも厳然たる事実なのだ。 「助かりました」 「友の助けになるのは当然のことじゃて」 寝室の中、悠然と微笑むハッドの前でアマルは完全に身動きを止めている。 普段は人に好感を与えるため行っている呼吸の動きも瞬きも停止し、結婚式を題材にした絵本の言葉を複数の立場と価値観から解釈し、描かれている男女や周囲の人間の動きに関しても同様の考察を行う。 色鮮やかな女児向けの絵本が、ほとんど哲学書として読み込まれていった。 「私が理解ができていないことが理解できました」 「うむ。なかなかの理解じゃの」 ハッドが上質の紙を差し出すと、アマルは利き腕の動きだけを再開させる。 真っ白な紙に高速で文章が綴られ署名がなされ命令書が完成する。大きく人事を動かす訳でもなく、予算に大きな変更を加える訳でもない。 ジルベリア式結婚式とアル=カマル風結婚式の絵本を読み前のアマルなら無駄が多すぎる変更だと断じたはずだ。 「これなら新郎新婦が幸せをより多く噛みしめられるじゃろう。王の恩寵をよく見習った」 「ええっと」 アマルは顔と姿勢でちょっとだけ戸惑いを表明してから、威儀を正して改めて礼を言うのだった。 ●結婚するのも大変です スフィーダが持ち込んだアンケート結果は、休憩のお茶を飲んでいた領主側付きに茶を吹き出させた。 玲璃(ia1114)が咳払いをする。 側付き達と玲璃の前では、未だ自我が薄い10体のからくり達が、先達である側付き達の行動を真似ようとしていた。 「玲璃さまー」 側付きから助けを求められる。 「説明と説得も仕事のうちですよ」 玲璃は笑顔で断り、己の仕事を中断してアンケート結果を精読する。 結婚式を希望する者の数が予想より1桁多い。 咲がアンケートに載せていた衣装の貸し出しと会場の割り勘制度が、意欲はあっても金が足りない層を惹きつけたのだ。 「結婚証明書用の紙は…」 天儀の紙を大量に持ち込んだので足りるはずだ。 「後は招待状」 地下に赴く前にエラトが半分ほど書き上げてくれた。が、今エラトは絶対安静なので仕事をさせる訳にはいかない。 玲璃は新人からくり用教本の作成を切り上げることにした。 学ぶべき情報や業務は非常に多く、噛み砕き教えやすい形に直すと数十冊の分厚い本になりかねない。なんとか読み書きと最低限の礼儀についての数冊はできあがったので、回し読みなりなんなりさせるしかない。 「温。手が空いているなら水源の祭祀場工事の確認に…」 すごいもふらさまに成長した恩は、混乱する側付き達の間をすりぬけて起動したばかりのからくり達に駆け寄る。 アマルを日々虜にするもふらさまは名前の通りにすごくて、心の幼いからくり達を瞬く間に虜にしてしまった。 玲璃は気づかれないようため息をついてから、エラトの口頭の指示を書き留めたメモに従い、ジルベリア式の結婚式の総指揮と招待状作成を開始した。 ●浴場の衝撃 最初は期待され、導入後はお荷物とみなされるようになったナーマ所属アーマー2体は、ハッドの指導を受けた後に素晴らしい成果を上げ続けていた。 ハッドに聞けば基本を教え込んだだけだと言うかもしれないが、基本の習得に失敗する者の多さを考えると到底だけとはいえないだろう。 生主導のナーマ初本格的大浴場工事に関わり、祭祀場補修工事や式場工事に大きな役割を果たした。 ただし、成果は工事によるもので戦闘による成果は1つもない。 「騎士の能力を身につけさせようとしたら何年かかるか分からんの」 都市住民の歓声に明るくこたえる2体のアーマーを眺めながら、ハッドは軽く肩をすくめていた。 ●飛空船 船長はジークリンデ(ib0258)の要求をはねつけた。 交渉の余地のない断固とした拒否に内心困惑しつつ理由を尋ねると、返ってきた答えはこうだ。 「地表すれすれでトンネルに風を吹き込むのは危険です。天候が良い日に訓練を重ねた後なら…いえ、それでも無理と思ってください」 起動宝珠で借り出した飛空船の所有者は開拓者ではない。 危険で成果が出るかどうか不確実な行動を命じられたら拒否することも当然あり得る。 「この依頼、他儀の、それも飛空船を複数隻持っている領主の依頼でしょう?」 危険な任務を開拓者ギルド経由で派遣されている船に押しつける形になってしまうと、誰にとっても不幸な展開になりかねない。 ジークリンデが視線を横に向けると、船を借りて砲撃訓練を行っていたからくりたちが一斉に首を横に振る。 「トンネルの至近距離で機関全開なんて全壊しちゃいますよう」 「船だけじゃなく祭祀場や式場までやっちゃうかもです!」 「あの、うちの船壊すと交易路の護衛に大穴が開くので、式が終わった後でもちょっと無理じゃないかと思います」 ジークリンデに徹底的に鍛え上げられつつあるからくり達は、見栄を張らずに素直に実情を報告した。 エラトが倒れた後、地下への進入は1週間ほど制限されることになっている。 ジークリンデは火竜を使った工事は諦め、ナーマのジン隊を率いて鉱山方面に遠征することにした。 ●鉱山にて 巨大な武勲を多数打ち立てた開拓者や、見目麗しい女性型のからくりとくらべると非常に地味なナーマジン隊。 彼等は久々の城外任務を喜んで受け入れ、中書令(ib9408)の精霊の聖歌を止めさせるために洞窟の奥から這い出てきた虫型アヤカシに多方向から砲火を浴びせて討ち果たす。 実に見事な戦果ではあるのだが、残念ながら1日に2度はできない。 練力切れを起こして肩を落として帰路につくジン隊に、入り口での対アヤカシ警戒中のアナス・ディアズイ(ib5668)は慰めの言葉を見つけることができなかった。 それから数時間後。二十数人の鉱山労働者が大量の袋を抱えて洞窟から出てくる。中身は鉄鉱石で、筋骨逞しい男達でも運ぶのは大変そうだった。 最後尾には中書令がいて、アヤカシの警戒を常に警戒している。 民兵を兼業する者が半数近くいるとはいっても志体持ちは中書令1人であり疲労は激しかった。 鉱山労働者全員が飛空船に乗り込み無事飛び立ったのを確認してから、2人は再度地下へ向かう。 「瘴気だまりらしきものは確認できませんでした」 黒い懐中時計に一度だけ目を向けてから中書令が言うと、足音と声が反響して不気味なうなりに変じる。 護衛と平行しての調査はなかなか進展しなかったが、成果は皆無ではない。 何があるとしたら次の4カ所だ。 1つはおそらくナーマの方向に向かって伸びている地下洞窟。 もう1つはおそらく西に向かって伸びている地下洞窟。 3つめが急な流れの地下水脈。 その向こうにある空洞が4つめだ。 地下洞窟は補強工事をしながらでないと危険すぎて先に進めない。もちろん危険を覚悟して奥へ進むこともできるが、そのときは何も出来ずに死ぬことを覚悟する必要がある。毒の空気、酸素の欠如、落盤など、気づいたときには手遅れの危険は無数にあるのだから。 水脈に万一流されれば水死は間違いない。ミズチなら息は続くだろうが、戻ってこれるかどうかは別問題だ。 「鼎、退路の確保を」 からくりがうなずき、2人の後方で警戒を開始する。 アナスは機体を戻したケースに手を伸ばし、しかし解放はせずに元に戻す。 これから始まるのは中書令による精霊の聖歌の演奏。それも大量の節分豆前提にした連続演奏だ。 待機状態でも練力消費を0にはできないアーマーは向いていなかった。 ●水 音がしたときにはガラティンが振り抜かれていた。 急流から飛び出した貧魚は2つに断ち割られ、傷口から塩になりながら瘴気に戻り消えていく。 演奏中の中書令を庇いながら背後に目を向けると、鼎が外付けの鉄爪を振るって不定形アヤカシを消し去っているところだった。 連続演奏の効果は出ているようで、襲来するアヤカシが雑魚以下になりつつある。 以前急流で見かけたらしい大きなものがアヤカシならそろそろ出てきても良いはずだが、それらしき動きは全く無い。 「終わりました」 中書令が額の汗をぬぐう。 消耗は激しい。けれど呼吸に問題がないため深刻な状況ではなく、中書令は豆で練力を補給し次の場所へ向かっていった。 ●果てのない 中書令の最後の演奏が終わると、アナスはケースから取り出した人狼に搭乗して洞窟の端へ向かった。 足場も天井も壁も安全が確認できていない。その上落盤の結果と思われる岩が積もっていて、先に進みようがない。 アナスは中書令主従に護衛されながら、機体の練力が尽きる寸前まで岩の除去作業を行う。 退けても退けても終わりは見えない。 鉄鉱石による収益は十分得られる見込みだが、心は晴れなかった。 |