【城】アヤカシと領主の憂鬱
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 5人
リプレイ完成日時: 2013/05/13 22:31



■オープニング本文

●上級アヤカシの憂鬱
 火炎巨鬼5。
 凶光鳥5。
 どれも集団戦闘訓練を数ヶ月間受けた精鋭だ。
 これに指揮官である上級アヤカシが加われば、開拓者登場以前なら大部族であっても滅ぼせるはずだった。
「都市1つ潰しきれんとはな」
 獣頭の上級アヤカシが重苦しい息を吐く。
 魔の森を巡る攻防で開拓者の力を直に見た彼は、現状を悲観的に見ている。
 無防備なオアシスや村を潰すのは容易い。
 情報を集めれば城塞都市を攻め滅ぼすのも難しくないはずだ。
 だが、滅ぼした後に差し向けられるだろう開拓者の群れに対抗するのは不可能だ。
「時間をかけて部隊を作らず暴れるべきだったか?」
 その場合小さな村を滅ぼした時点で捕捉され、開拓者によって害獣のように駆除されていただろう。
 上級アヤカシは悩んだ末に、火炎巨鬼には雑魚アヤカシの訓練と組織化を、凶光鳥には単独航行する飛行船の襲撃を命じた。

●領主からくりの憂鬱
 凶光鳥部隊についての情報がナーマを震撼させた。
 開拓者不在時に襲われたら城塞都市ナーマでも耐えきれないかもしれない。
 傘下のオアシスや遊牧民は襲われた時点で滅びが決まってしまう。
 最悪なのは、凶光鳥部隊が好戦的でないことだ。
 開拓者を募って討伐を依頼したとしても、凶光鳥に逃げ回られたら戦闘にならない。
 アヤカシを討てないのに大勢の開拓者を長期間拘束するような依頼を、開拓者ギルドが何度も受理してくれるとは思えなかった。
「凶光鳥の奇襲で私が討たれたらあなたが継ぎなさい」
「出先から開拓者ギルドに直行して都市奪還依頼を出す的な意味で、ですね?」
 外交官からくりの確認に、領主は静かにうなずいた。

●遺跡とか
「宝珠って儲かるねー。もっと掘ろうよ」
「私達以外息が続かない場所で?」
「そこはほら、開拓者様が使ってた空気袋とか使ってなんとか。送風機も増強されたし」
「あのさー。領地が都市1つから1地方になって人材不足が極まってるの気づいてる?」
「未起動さん達起こそうよ」
「教育期間は人手がとられちゃうんですけど」
「いいから寝なさい! 過労で倒れて都市機能を麻痺させるつもりですか!」
 12人の同型からくり達には、ほとんど休みが無い。

●依頼票
 仕事の内容は城塞都市ナーマの経営補助
 依頼期間中、1つの地方における全ての権限と領主の全資産の扱いを任される


●城塞都市ナーマの概要
 人口:良 移民の受け容れ余地中。都市滞在中の難民を除くと普
 環境:普 水豊富。空間に空き有
 治安:普 厳正な法と賄賂の通用しない警備隊が正常に機能中。人口増加で低下
 防衛:良 強固な大規模城壁有り
 戦力:普 ジン隊が城壁内に常駐。防衛戦闘では都市内の全民兵が短時間で配置につきます
 農業:良 都市内開墾進行中。麦、甜菜が主。二毛作。牧畜有
 収入:普 周辺地域と交易は低調。遠方との取引が主。鉱山再度閉鎖中。麦を中規模輸出中。氷砂糖を小規模輸出中。商業始動?
 評判:良 好評価:人類領域の奪還者。地域内覇権に最も近い勢力 悪評:伝統を軽視する者
 資金:普 定期収入と都市維持費がほぼ同額。前回実行計画により++
 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。1つ以上の項目が滅になると都市が滅亡します

●都市内組織
官僚団 内政1名。情報1名。他6名。事務員有。移民で2名増加済
教育中 医者1名。医者候補4名、官僚見習い19名
情報機関 情報機関協力員約20名
警備隊 百名強。都市内治安維持を担当。10名が西方に駐留中
ジン隊 初心者開拓者相当のジン9名。対アヤカシ戦特化。2名がアーマー操縦訓練中。2名が西方に駐留中
農業技術者集団 学者級の能力のある者を含む3家族。農業指導から品種改良まで担当
職人集団 地方都市にしては高熟練度。技術の高い者ほど需要高。要休養
現場監督団 職人集団と一部重複
からくり 同型12体。見た目良好。領主側付き兼官僚見習兼見習軍人。1人が外交官の任についています
守備隊(民兵隊) 常勤は負傷で引退したジン数名のみ。城壁での防戦の訓練のみを受けた290名の銃兵を招集可。損害発生時収入低下。新規隊員候補120名。290名中50名が西方に駐留中
西志願兵 西方所部族出身。出身部族から放り出された者達。士気低。練度最悪。18名

●都市内情勢
ナーマは直径数十キロに達するほぼ円形の砂漠地帯の中央付近にあります
外壁は直径1キロメートルを越えており、内部に水源、風車、各種建造物があります
妊婦と新生児の割合高めのまま。観光客(留学生候補を含む)多数。難民が増加する気配があります
建設中商業施設に客が殺到しています! 従業員もノウハウも足りません!

●軍備
非ジン用高性能火縄銃490丁。旧式銃500丁。ジン用魔槍砲10。弾薬は大規模防衛戦2回分強。迎撃や訓練で少量ずつ弾薬消費中
装甲小型飛空船1隻。からくりが扱いに習熟。各種宝珠砲(商品見本。ナーマに所有権は無し
アーマー3体

●城壁内施設一覧
宮殿 依頼期間中は開拓者に対し開放されます。朋友用厩舎有
城壁 深い堀、狼煙用設備、警報用半鐘、詰め所有
住宅地 計画的に建設。生活水準を落とせば大人数を収容可。診療所有。警備隊詰め所多数有
資材倉庫 宮殿建設用資材と補修用資材、食料等を保管中
水源 石造りの社が破損。地上から、送風設備、トンネル、ホール(防御施設と空気穴有)、トンネル、ホール(簡易防御施設と空気穴有)、トンネル、ホール(宝珠有、酸素薄)に続いています
貯水湖 超大規模
農場 城壁内の農耕に向いた土地は全て開墾済。次の収穫では豆類の比率大幅低下、麦中心、甜菜大幅増
上下水道
宮殿前区画(商業店舗、保育施設、緊急時用浴場、牧草貯蔵庫建設有
飛空船離発着施設

●城壁外施設一覧
牧草地。城壁周辺。小型防壁複数有
道。砂漠の入り口から街まで整備されています。非志体持ちが通行する際には護衛の同行が推奨されています
鉱山。入り口と空気穴に小型防御施設有。閉鎖中。無人。アヤカシ発生の可能性有

●現在交渉可能勢力
西隣弱小遊牧民 ナーマが占領中 経済力を急速に回復中
西隣地域零細部族群 ナーマ傘下 防衛力微弱 やや好意的
王宮 援助等を要請するとナーマの威信が低下し評価が下がります
定住民系大商家 継続的な取引有。大規模案件提案の際は要時間
域外古参勢力 宗教関係者が多くを占める小規模な勢力群。ナーマに貸し1
ナーマ周辺零細部族群(東境界線付近の小オアシスは除く) ナーマ傘下。好意的。ナーマへ出稼ぎを多数派遣中
定住民連合勢力 ナーマ東隣小都市を中心とした連合体。ナーマと敵対的中立。ナーマの巨大化を望まない域外勢力の援助を受けています。対アヤカシ戦遂行中。防諜有
その他の零細部族 ナーマの北、南に多数存在。基本的に定住民連合勢力より

●保留中計画
領主一族一般公募

●進行中計画
域外古参勢力から留学生受入
 教本整備中。施設準備中。教員確保難航中


■参加者一覧
カンタータ(ia0489
16歳・女・陰
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
此花 咲(ia9853
16歳・女・志
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
ハッド(ib0295
17歳・男・騎
アレーナ・オレアリス(ib0405
25歳・女・騎
将門(ib1770
25歳・男・サ
エラト(ib5623
17歳・女・吟
アルバルク(ib6635
38歳・男・砂


■リプレイ本文

●飛空船の甲板で
 赤色の巨鳥が現れたことで、ナーマと外部を繋ぐ空路のほとんどが危険地帯と化した。
 そのため、ルートやスケジュールの変更を求めるまでもなく囮の飛空船を除く全ての船がナーマ西部から消えていた。
「にしても…凶光鳥が逃げるとかなあ…」
 いつでも出られるよう滑空艇に腰掛け、ルオウが腕を組んでいた。
 比喩表現でなく百戦錬磨のルオウ(ia2445)は、凶光鳥と戦ったことは何度もある。
 性質は高速獰猛。
 一応下級アヤカシに分類されているが戦闘能力は中級の化け物共に匹敵する。
 しかし知能は鳥並みで、近くに高位のアヤカシがいない限り複雑な行動はとれないはずだったのだが…。
「今回で殲滅するぞ」
 甲板で窮屈そうに翼をたたんでいる相棒を宥めながら、将門(ib1770)が強い口調で言い切る。
「だよなー。今回倒しきれないとまずいよなー」
 将門の懸念を察して深くうなずく。
 開拓者抜きのナーマでは奴等に勝てない。一度誘き寄せに失敗すれば次からは警戒され、防備の薄い集落を襲うかもしれない。
 なんとしても今回で終わらせる必要があった。
 滑空艇を駆り囮船の進路上を警戒していたジークリンデ(ib0258)が、常人の数倍の速度で遠眼鏡を構えて遠くに見えた赤い影に焦点を合わせる。
 凶光鳥5体からなる編隊が緩やかに旋回し、背を見せて水平線の向こうへ消えていく。
「駄目ですね」
 囮作戦が開始されてから既に3日経過している。
 凶光鳥は何度か姿を現した。しかし飛空船の近くを飛ぶ滑空艇や龍に気づいた時点で去ってしまうのだ。
 ジークリンデは一度船に戻り、機会を待つことにした。

●襲撃
 西の地平線に太陽が沈んでいく。
 空は茜色から暗色に近づいていき、乾いた熱い風が急速に温度を下げる。
 天儀でいう逢魔が時は極端に視界が悪くなる時間帯であり、そのことをアヤカシ側もよく知っていた。
 最初に気づいたのは船の機関を担当するルエラ・ファールバルトだった。
 気配に気づいて術で探ったところ、感知の限界ぎりぎりの距離にアヤカシの気配があったのだ。即座に連続発動する。最初を除き反応はなく、だからこそ分かったことがあった。
「敵、一定の距離をとっています!」
 舷側に禍々しい光の柱が複数突き立った。
 罔象が動揺する船をなんとか安定させる。
 逆光を利用しての急接近に成功した凶光鳥は再度の攻撃を仕掛けようとし、開拓者の迎撃に初めて直面することになる。
 ジークリンデが輝く光球を2つ放つ。
 厳しい長期間の訓練で戦い方を仕込まれた巨鳥達は、弱い攻撃と判断してもう一度だけ船を攻撃しようとした。
 それは普通なら適切かつ妥当な判断だろうが、ジークリンデの力量は普通ではない。
 彼女は、高度で行使に時間がかかるはずの術を連続できるのだ。2つの光球は巨大な爆発を引き起こし、凶光鳥の大部分をその効果範囲に収めることに成功した。
「遠い」
 甲板で人妖が切なくつぶやく。
 その主である玲璃(ia1114)は、目の前の光景がほとんど信じられなかった。
 大型の飛行アヤカシが同時に散開を始め、高速で広がる爆風を鋭い動きで受け流そうとしている。
 羽毛を焼かれ、一部には肉まで焼かれる赤い鳥もいるが全ての鳥が致命傷を避けている。信じがたいことに2つの爆風を完全に避けたアヤカシまでいた。
「急げ!」
 甲龍妙見と共に発艦しようとした将門ではなく、妙見に光が命中する。
 妙見は機敏に動いて直撃は避け至近弾に耐える。
 しかし、距離を保ちながら攻められたらおそらく将門が刀の間合いまで近づく前に撃ち落とされる。
「いくぜえ! ドンナー!」
 黒い滑空艇が着艦した状態から一気に最高速にまで加速し船から飛び立つ。
 志体持ちでも目を回しそうな速度と衝撃に襲われたルオウは、下半身だけで完璧に機体を御して見せた。
「こいつら…やっぱし訓練されてやガル!?」
 口元が少しだけ引きつっているのが自分でも分かる。
 凶光鳥はルオウが飛び出したのに気づくと同時に後退を始めている。
 いや、明らかに咆哮の効果範囲を分かった上で、距離を保とうとしている。
 仮にルオウが龍に乗っていれば距離を詰め切れなかったかもしれない。
 しかし彼が駆るのは現時点での限界まで最適化した滑空艇だ。猛烈な加速で凶光鳥編隊のうち半分を射程に収める位置まで迫り、秋水清光を真っ直ぐに掲げた上で呪縛の言葉を投げつける。
「待ちやがれ!」
 2体の巨鳥が意識を縛られ反転する。
 残る3体は同属を無視した。
 咆哮の射程外、自らの飛び道具である光の射程内の距離を保ちながら、ルオウの堅い守りと比較すると紙同然の滑空艇を狙う。
 ルオウは即座に反転、後退し、2体の巨鳥を引き連れ船へと向かう。
 3体の凶光鳥はじりじりと距離を詰めていく。が、ジークリンデが氷槍を繰り出すのに気づくと完全に開拓者に背を向け逃走に移る。
 しかし逃げられない。高速で飛来した氷槍により腹を撃ち抜かれ、凶光鳥が墜落していく。残る2体は反撃しようとはせず、十分な距離をとった後に一度だけジークリンデの顔を確認する。そして、ほとんど音をたてずに夜の闇に消えていった。

●夜の闇
 甲板に滑空艇を降ろしたルオウが刃で迎撃する。
 恐るべき技術と力によって振るわれた刃が、凶光鳥に当たらない。
 ルオウの腕には問題は無い。単純に、アヤカシの回避が異様な水準に達しているだけだ。
 将門の攻撃も当たらない。将門に護衛された人妖の呪いは術の性質上当たりはするのだがほとんど効いていない。
 が、アヤカシの側もルオウの防御を崩せない。
 玲璃が常に加護結界をかけなおしているため、ルオウに爪や嘴が届いてもせいぜいひっかき傷程度しか負わせられないのだ。
 追撃を諦めたジークリンデが氷槍を撃ち込むまで、ほとんど戦況に変化はなかった。
「アヤカシの反応はありません」
 玲璃が結界を展開する。
 飛空船を覆う程度には大きな結界はあるが奇襲に備えられるような広さはない。
「反応はありません」
 警戒を仲間に任せルオウの状態を確認する。
 傷は深くもないし、毒や呪いによるものと思われる変化はない。
 ナーマへの帰路につく船の上で、玲璃はほっと安堵の息を吐くのであった。

●目覚め
「教師としてですか?」
 アマル・ナーマ・スレイダン(iz0282)にとっては予想外の提案だったようで、部下の目がある場所で人形以下の無表情に戻ってしまう。
 1秒未満で頼りがいのある領主の顔に戻しはしたが、気づいた新人官僚に怯えられているような気がした。
「そうだ」
「そうですの」
 将門とスフィーダ・此花が同時にうなずく。
「留学生に教える分野数と」
「商業施設の担当の教師として1人欲しいですわね」
 執務室に仁王立ちして大きな態度で小さな胸を張る羽妖精であった。
「良いでしょう」
 予想外でも妥当で有効と判断し即決し、アマルは10人の部下の名を挙げる。
「9分野も教えるつもりか」
 将門が控えめに懸念を示す。
「外に開放するのは多くて4分野のつもりです。都市民の教育では全分野必要ですから」
 この日のうちに、新たに10人のからくりがナーマの民となった。

●内政
「この調子で頑張ってください」
 妊婦と新生児の居所についてのまとめを受け取り確認してから、カンタータ(ia0489)は官僚見習い未満の若者達を労う。
 疲れた様子の彼等を見送ってから、宮殿深部の資料庫から持ち出した書類を取り出しまとめと見比べる。ミスはあるが致命的とまではいえない。
「都市民全員の戸籍完備ですかー」
 都市も民も領主のもの。
 ナーマの一面がこの書類に現れていた。
「時間がかかりましたね」
 ジルベリア紳士風のからくりが、口調は丁寧に辛辣な言葉を口にする。
「そうですけど聞こえる場所で言っては駄目ですよ?」
 ディミトリを軽くたしなめる。
 確かに彼等の仕事は遅い。数日みっちり面倒を見ているが上達速度は亀の歩みだ。短期間で早くなるような人材は短期間で候補から見習いになるか官僚の直接指導のもと徹底的に鍛えられる。要するに彼等には平凡な才能しかないのだ。とはいえその平凡な才能でも貴重なのが現在のナーマである。
 カンタータは一度宮殿に戻って書類をもとの場所に戻してから、警備隊員の詰め所で健康診断している医者見習いの元へ向かうことにした。
 技術と経験は十分とは言い難いけれども、彼等には処方はさせず診察のみを任せ、異常が見つかった隊員については再度医者の診察させることで問題はなくなるはずだった。
「あれ?」
 診察の現場を到着すると、昨日は付き添っていたはずの新人からくりがいなかった。
 医者の見習いに話を聞いてみると、見学しても身につかないレベルで知識と技術が足りないと判断され診療所へ戻されてしまったようだ。
「まあ、玲璃さんがいるときに教育した方が効率が良いですから」
 カンタータはそう理解して警備の現場の調査も進める。
 彼等の仕事は治安維持。ただし都市住民の間の揉め事は基本的に住民同士で解決し、片方または双方が納得できない場合は宮殿の行政部門に、滅多にないが暴力沙汰が起きれば警備隊員が介入という形になるらしい。
 ただ、最近は都市外からやって来た人間が増えていて、夜番の後に短い仮眠をとっただけで現場に出るということもあるらしい。
「士気で補っている状況ですねー」
「長期間保つようには見えません」
 スケジュールの調整をするのにも限界がある。金と人を使って増員するしかないかもしれない。

●商業施設
 倉庫に保管されていた反物が、寝具が、家具が、次々に大型施設に運び込まれていく。
 最低限の事務処理能力を仕込まれた官僚見習達が、小さな市並の物資の流れを記録しつつ店舗側の要請にこたえて人を動かす。
 開拓者到着前は昼までには在庫切れだった状況は劇的に改善されていた。
「良い仕事ぶりです」
 決して、非常によく切れそうな刀を腰にさして手に見守っている此花 咲(ia9853)が怖いからではない。
「この場は任せましたー」
 小柄で細身の体がふらりと動く。
 髪の毛1本分の隙もない見事な移動である。しかし商業施設のバックヤードにそれを理解できるものはおらず、見た目は可愛いのになぁと不埒な思いを抱く者すらいた。
 咲の足取りは軽い。
 今最も売れているのは日々の生活を豊かに彩る道具や小物だ。
 当主として、剣士として日々精進を続ける彼女も年頃の女性であり、華やかな売り場を見回るのは非常に楽しい時間になる、はずだった。
 従業員用出入り口を開けると、稽古場に似てはいるが明らかに異なる熱気が押し寄せてくる。
「おしてはいけませーん」
 先行していた羽妖精が、人の波に押されてどこか遠くへ消えていく。
 ドアを閉じ、浮かんでもいない額の汗をぬぐうふりをしてから裏口から大規模商業施設入り口へ移動する。
「4列縦隊!」
 命令に慣れた声がナーマの民を動かす。
 民兵でなくても民兵訓練を受けた者は多く、ほとんど反射的に背筋を伸ばして隊列をつくる。
 訓練未経験の者も休暇中の民兵を見習って列に並び、他の都市出身者から見れば気味が悪いほど秩序を保って売り場へ進んでいった。

●内需
 咲によって人の流れが整えられた結果、売り場はようやく平静を獲得した。
 つまり、調査しようにも入れない状況ではなくなった。
 地下の換気を待つ時間を有効に活用するため、エラト(ib5623)はメモを手に売り場の調査に向かう。
「揃いの外套はないのかい?」
「指輪ってこんなに高いのかよ。しばらく酒飲めねぇぜ」
 体格の良い奥方が従業員に問いかけ、日々の労働で分厚い筋肉を獲得した若者が宝飾品売り場で贈り物を物色する。
 値段を確認してみると、今のナーマ住民にとっても安くはなかった。
 しかしこれまで職と食はあっても華には欠ける生活をしていたナーマ住民達は、鬱憤を晴らすかのように積極的に買い物をしている。雨具の代わりに風除け日除けの品が、米の代わりに麦があることを除けば、売れている品は天儀の市とほとんど変わらない。外部との交易が順調なため物資に余裕はあるようで、売れたら補充されていて店頭での品切れはないようだ。バックヤードにいる官僚見習の報告を信じるなら、在庫切れの可能性は限りなく0に近いらしい。
 観光客の数は多くない。
 大城壁や大型貯水湖や輸送料金が含まれていない安価な甘味など、領主以下住民達が全く予想していなかった名所名物があるナーマではあるが、予測できていなかったため当然土産物など存在しないのだ。
 ときおり留学目的で滞在中の少年少女が生活物資を注文に来るのが少しだけ目立っている。
 服装は地味でも肌や髪の色艶から動きまで、元貧民が大部分を占めるナーマ民とは大きく異なるからだ。
 エラトは調査結果をまとめ宮殿に届けてから、準備を整え再度地下へと向かった。

●地下
 送風に宝珠が組み込まれた機関を利用する案が出され、領主も興味を示した。
 しかし検討の段階で大きく躓いてしまっていた。
 ナーマは地方都市にしては技術が高く新規開発にもどん欲なため、販売元が技術流出を懸念しているのだ。
 導入すれば問題が解決するという確信もないため、ナーマも強く求めはせずこのままではなかった話になるだろう。
 精霊の聖歌の演奏を終えたエラトは、黒い懐中時計で瘴気濃度の低下を確認する。
 護衛を兼ねて工事をしていたアナス・ディアズイの姿はない。
 朽葉・生もその相棒であるからくりの姿も見えない。
 前方の少しだけ広がった空洞と、後方の石壁だけが2人のいた証拠であった。
「戻ります」
 酸欠で意識がはっきりしていないエラトの手を引き、庚が地上を目指す。
 からくりの足下には、空気袋として使った大量の紙袋の残骸が転がっていた。

●王?
「我輩はバアル・ハッドゥ・イル・バルカ3世。王である!」
 堂々と名乗るのは豪奢な金の髪と褐色の肌の男。
 立場は、依頼中は一介の開拓者である。
「城塞都市ナーマの管理者。この地をまとめるナーマ連合の長であるアマル・ナーマ・スレイダンです」
 対するは1都市を私有し1地方を主導する独裁者。
 しかし彼女は人間ですらなく、曖昧な正当性を領地の力でごまかしているというのが実情だ。
 沙漠を焼く太陽のごとき瞳と水底めいた無機質な瞳が向かい合う。
 側付きのからくり達が静かに得物へ手を伸ばし、アヤカシの暗殺者を警戒していたコルリス・フェネストラが制止しようか迷い始めたとき、ハッド(ib0295)とアマルは同事に動いた。
「うむ」
「よしなに」
 片や悠然と、片や平然と、10年来の親友並に息のあった様子で握手をかわしていた。
 ずっこけるからくり達をその場に残し、2人は肩を並べて格納庫を回る。
 1月前には未使用だった遠雷は、整備はされているもの無数の細かい傷で覆われてしまっていた。
「高い買い物をしたものよの〜」
 アーマーの取得と運用の大変さと指摘する。
「街全体が焦がれていましたから」
 アヤカシからの都市防衛という面では生身の開拓者の働きが圧倒的だった。
 しかし都市で動いて分かり易い形で利益をもたらしたのは騎士が駆るアーマーだったのだ。
「心意気はよしじゃな〜」
 人によっては非難ととられてしまう言葉は、ハッドの持つ陽性の覇気によって受け入れられやすい意見になっている。
 後は任せて置けと言い残し、ハッドは人狼てつくず弐号に乗り込みナーマのアーマー専属ジンの元へ向かうのだった。

●夜
「信頼できる人に出会えたならば縁を大切にするのよ」
 アレーナ・オレアリス(ib0405)が優しくささやく。
「しんらいできるじょうたいをたもつようしてるよ」
 アマルの顔には昼間の迫力はない。
 十代後半の顔にその半分程度の年齢の表情を浮かべ、眠そうに瞼を上下させている。
「ひとも…まちも…せいびしないとだめになるもん」
 無邪気にして傲岸不遜。
 絶対に表には出せしてはいけない本心を、亡き主を除けばこの世で唯一信頼する家族の前でさらけだしていた。
「アマル」
 軽く鼻をつついて注意をする。
「それだけでは足りないわ」
 非常に危なっかしい。
 別れのときが来る前に独り立ちできるだけの心を育ておかないと、アマル自身が災厄になる可能性すらあった。
「やだ」
 アマルが抱きついてくる。
「いっちゃやだよ…」
 半覚醒状態故の勘の良さで気付き、つくりものの体でアレーナにすがりつく。
 アレーナは、ただ優しく彼女の背中を撫でていた。

●アーマー隊
 派手な容姿と言動からは想像できないほど、ハッドの教育方針は堅実だった。
 最初は何も持たずに歩くだけ。
 歩いても平衡を保てるようになったら荷物を運ぶだけ。
 ナーマの民が期待するような、高度な工事や戦闘への使用は現時点では全く考えない。
 機体の練力が尽きた後はアレーナ作の教本をもとに順を追って分かり易くどんな技術でこんな時にどう動かしていくのかを教え込んでいく。
 それまでほとんど効果を現さなかった戦闘訓練も、ハッドが教師陣に加わった後は微量ではあるが効果が現れつつある。
「参加する?」
 機体から降りたアレーナが問うと、視察に来ていたアマルは威厳を保ったまま謝絶する。
「私が技術を身につけるより部下が身につけた方が良いのです。私の手は2本しかありませんから」
 期待されていることを大勢の目の前で示されたジン達は、さらに奮起して訓練に励む。
 昼のアマルは冷たい支配者の顔をしている。
 アーマーに向ける視線に楽しそうな玩具を我慢する色が混じっていることに気づいたのは、アレーナだけだった。