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■オープニング本文 大きく版図を広げた城塞都市ナーマは、無数の難題に襲われ…ることはなかった。 駐留部隊は元の支配者とうまくやっているし、勝敗が決まる直前から直後にかけて尻尾を振ってき零細部族は、仮に不満があってもアヤカシの脅威がある今ナーマに逆えない。 今も昔もナーマにとっての最大の敵は人ではない。 予算だ。 ●殖産。挫折中 「製鉄業、いいですよね」 「今強行すれば1年以内に周辺地域から緑が無くなるけどね」 「宝珠、魅力的ですよね」 「わたし達が遺跡専属になると行政と軍事のみなさんがお休みとれなくなっちゃうよ」 「増税、とか?」 「都市の税は今でも軽くはありません。都市外については我々だけで判断するのは危険です」 12人の同型からくり達は、今日も頑張ってはいる。 ●西の地で。零細部族と 「隊長! 南の部族から巡回要請を求めて使者が…」 「昨日行ったばかりだろうが畜生め。適当に菓子と茶を用意しろ。こっちの作業が済み次第俺が向かう」 顔面傷だらけの男が、松葉杖を突きながら部下に命令を下していた。 ●西の地で。元支配者部族と 「隊長殿。数日気候が安定しそうなので家畜を連れて行きたい。武装は…」 「事前と事後で武装の申請を…いや事後だけで願います。いつも通り物資はこっちが持ちますんで帰還後は」 「哨戒班を3班計9人でよろしいですか」 「助かります」 つい先日までナーマの西隣を支配していた部族は威信は失ったものの、武力提供と引き替えに駐留部隊の信頼と豊富な物資を手に入れていた。 ●西の地で。商売 「受領書に署名お願いしますっ。次の補給は、来週から運行が始まる外との定期便がついでに運んでくれますからっ」 ナーマから来た内務畑のからくりが笑顔で書類を差し出してくる。 「増員申請の申請書を代筆してくれませんかねぇ」 残念ながら駐留部隊長の願いはかなえられなかった。 西方駐留部隊が影響を及ぼせているのは、傘下に加わった部族の本拠地付近のみ。西に進む余力はない。 ●依頼票 仕事の内容は城塞都市ナーマの経営補助 依頼期間中、1つの地方における全ての権限と領主の全資産の扱いを任される ●城塞都市ナーマの概要 人口:良 移民の受け容れ余地中。都市滞在中の難民を除くと普 環境:普 水豊富。空間に空き有。水質が安定しました 治安:普 厳正な法と賄賂の通用しない警備隊が正常に機能中。人口増加によりトラブルが増えています 防衛:良 強固な大規模城壁有り 戦力:普 ジン隊が城壁内に常駐。防衛戦闘では都市内の全民兵が短時間で配置につきます。都市防衛戦力が低下中 農業:良 都市内開墾進行中。麦、甜菜が主。二毛作。牧畜有 収入:普 周辺地域と交易は低調。遠方との取引が主。鉱山再度閉鎖中。麦を中規模輸出中。氷砂糖を小規模輸出中 評判:良 好評価:人類領域(一地方)の奪還者。地域内覇権に最も近い勢力 悪評:伝統を軽視する者 資金:微 前回支出(都市維持費込)−−−−−− 定期収入++ 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。1つ以上の項目が滅になると都市が滅亡します ●都市内組織 官僚団 内政1名。情報1名。他6名。事務員有。移民で2名増加済 教育中 医者1名。医者候補4名、官僚見習い20名 情報機関 情報機関協力員約20名 警備隊 百名強。都市内治安維持を担当。10名が西方に駐留中 ジン隊 初心者開拓者相当のジン9名。対アヤカシ戦特化。移民で2名増加済。2名が西方に駐留中 農業技術者集団 学者級の能力のある者を含む3家族。農業指導から品種改良まで担当 職人集団 地方都市にしては高熟練度。技術の高い者ほど需要高 現場監督団 職人集団と一部重複 からくり 同型12体。見た目良好。領主側付き兼官僚見習兼見習軍人。1人が外交官の任についています 守備隊(民兵隊) 常勤は負傷で引退したジン数名のみ。城壁での防戦の訓練のみを受けた280名の銃兵を招集可。損害発生時収入低下。新規隊員候補140名。280名中50名が西方に駐留中 ●都市内情勢 ナーマは直径数十キロに達するほぼ円形の砂漠地帯の中央付近にあります 外壁は直径1キロメートルを越えており、内部に水源、風車、各種建造物があります 妊婦と新生児の割合高めのまま。観光客(留学生候補を含む)多数。難民が増加する気配があります 移民が商業施設立ち上げの準備をしています! ●軍備 非ジン用高性能火縄銃490丁。旧式銃500丁。ジン用魔槍砲10。弾薬は大規模防衛戦2回分強。迎撃や訓練で少量ずつ弾薬消費中 装甲小型飛空船1隻。からくりが扱いに習熟。各種宝珠砲(商品見本。ナーマに所有権は無し ●城壁内施設一覧 宮殿 依頼期間中は開拓者に対し開放されます。朋友用厩舎有 城壁 深い堀、狼煙用設備、警報用半鐘、詰め所有 住宅地 計画的に建設。生活水準を落とせば大人数を収容可。診療所有。警備隊詰め所多数有 資材倉庫 宮殿建設用資材と補修用資材、食料等を保管中 水源 石造りの社が破損。地上から、トンネル、ホール(防御施設と空気穴有)、トンネル、ホール(空気穴有)、トンネル、ホール(宝珠有、酸素薄)に続いています 貯水湖 超大規模 農場 城壁内の農耕に向いた土地は全て開墾済。次の収穫では豆類の比率大幅低下、麦中心、甜菜大幅増 上下水道 宮殿前区画(保育施設、緊急時用浴場、牧草貯蔵庫建設有 飛空船離発着施設 ●城壁外施設一覧 牧草地。城壁周辺。小型防壁複数有 道。砂漠の入り口から街まで整備されています。非志体持ちが通行する際には護衛の同行が推奨されています 鉱山。入り口と空気穴に小型防御施設有。閉鎖中。無人。アヤカシ発生の可能性有 ●現在交渉可能勢力 西隣弱小遊牧民 ナーマが占領中。経済力を急速に回復中。先月手に入れたオアシスに移住を希望する農耕民を捜しています 西隣地域零細部族群 ナーマ傘下。防衛力微弱。やや好意的 王宮 援助等を要請するとナーマの威信が低下し評価が下がります 定住民系大商家 継続的な取引有。大規模案件提案の際は要時間 域外古参勢力 宗教関係者が多くを占める小規模な勢力群。ナーマに貸し1 ナーマ周辺零細部族群(東境界線付近の小オアシスは除く) ナーマ傘下。好意的。ナーマへ出稼ぎを多数派遣中 定住民連合勢力 ナーマ東隣小都市を中心とした連合体。ナーマと敵対的中立。ナーマの巨大化を望まない域外勢力の援助を受けています。対アヤカシ戦遂行中。防諜有 その他の零細部族 ナーマの北、南、西に多数存在。北と南は定住民連合勢力に取り込まれつつあり、西はナーマに靡いています 定住民連合勢力を援護する地域外勢力 最低でもナーマの倍の経済力有。ナーマに対する直接の影響力行使は裏表含めて一切行っていないため、ナーマ側から手を出すと評判に重大な悪影響が発生する見込 ●進行中計画 域外古参勢力から留学生受入 施設準備中。教員確保難航中 西隣零細部族の防衛隊訓練 難航中 |
■参加者一覧
カンタータ(ia0489)
16歳・女・陰
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
将門(ib1770)
25歳・男・サ
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
エラト(ib5623)
17歳・女・吟
アナス・ディアズイ(ib5668)
16歳・女・騎
クシャスラ(ib5672)
17歳・女・騎
ライ・ネック(ib5781)
27歳・女・シ |
■リプレイ本文 その日。城塞都市ナーマは静かだった。 夜通し動き続けているはずの水車の音が小さい。 風が吹くと重なりあって曲を奏でるはずの風車の音がいくつか欠けている。 気の利く住人は街区の長のもとに駆け込み、もっと気の利く住人は昨夜緊急で回ってきた回覧板を思い出す。 現在、ナーマ史上最大の実験が行われている。 遺跡に通じるトンネル入り口付近に大量の風車と付属の送風機が組み上げられ、もとからあった水車の前後に同型の水車が増設された。 技術と財力と物量による力押しを好むナーマらしいやり方で、無理矢理に新鮮な空気を地下に送り込んでいる。 太陽の位置が高くなり、城壁外の砂漠に釣られて温度が上がってきた頃、トンネルから朽葉・生(ib2229)の相棒であるからくり斑が姿を現す。 その手には職人から持たされた鳥籠が下げられていて、ほとんど動いていない、辛うじて生きているだけの小鳥が1羽だけ入っていた。 「生きている」 「生きているぞっ」 「成功だぁっ!」 ナーマを技術面から支える職人達が歓声をあげる。 工事中身なりを無視して活動してきた野郎共の顔は、とても爽やかに見えた。 ●農業 新しく開拓された農地に向かった生。 そこで目にしたのは、畑のあちこちから顔を出した緑の芽だった。 品種と収入予測についてたずねると、同行していた農業技術者が満面の笑みを浮かべて詳細な説明を開始する。 ナーマの気候の変化から始まり、穀物、野菜、果物、花に至る各種品種の向き不向きと価格の動向まで、全て機密であるはずの情報を惜しげも無く開示する。 普段口に出来ないことがストレスになっていたようで、理解できて教えてもよい生に延々と喋り続けている。 最近ナーマ内で需要が出てきた色鮮やかな花を育てているらしい。豊かになったナーマの民が外から生花を輸入しようとしたので慌てて栽培を開始したのだと、予測しきれなかったことを悔やむと同時に都市全体が豊かになったことを誇っていた。 ●地下へと吹く風 生は、徒労感に襲われて膝をつきかけた。 遺跡からアヤカシが襲来するのを警戒して大量設置した石壁の大部分が、取り除かれている。 新鮮な空気を地下まで運ぶのに邪魔だと判断した職人達が勝手にやってしまったのだ。 限界まで努力しても成果を出せない相手にさらに要求すると様々なことが起こりうる。今回は、強引な力による解決が選択されたらしい。 文句をつけようにも彼等は既に意識を失っている。 生は相棒と共に、地下作業の準備を始めるのだった。 ●難民 「鉱山での労働を希望している方が3名います」 「熟練者か体力自慢の若いのを外して、その3人と3人を面倒見る奴を送り込むことになりやす。奴等…失礼。西から来た客人の仕事をつくるために結構な額が必要になりやすよ」 玲璃(ia1114)からの問いに、鉱山労働者のまとめ役が嘘偽りなく回答する。 「育児部門希望者が23名」 「横から失礼します。情報担当として強く反対いたします」 エラト(ib5623)と保育施設責任者の会話を、情報部門の人間が強引に遮る。 極めて失礼な態度ではあるが、ナーマに済んでいる者達からは応援するような気配すら感じられた。 「部外者に乳幼児を任せる訳のは避けるべきです。極めて危険な前例になりかねません」 感情的な排他主義ではなく、共同体の利益のために理性で切り捨ての判断を下していた。 「私も外に住んでいますよ?」 難民を気の毒に思いエラトが一言口にすると、情報部門の人間だけでなく会議室に集められた各部門の男女が惚けたように口を開いた。 「あ、あぁ」 「そういえばそうでしたな」 「いやいやいや。あなた方と彼等と一緒にしないでくださいよ」 開拓者が天儀から通ってきていることを知らない者、忘れている者までいたようだ。 「彼等に働く機会を与えることはできませんか」 玲璃が改めて問う。 それぞれの部門で高い地位にある者達は、難民のためではなく玲璃やエラトのためになんとか案を出そうとする。 が、他部門からつっこまれて廃案に追い込まれる程度の案しか出なかった。 「すいやせん。少しだけ時間をっ」 ごつい男が全力疾走で会議室から消えてから数十秒後。 遠くから泣き落としに近い会話が聞こえ、軽い足音と男の重い足音が近づいてくる。 「お待たせしました。黒板をお借りします」 先日ファジュルという個人名を得たからくりが、心からの敬意がこもった礼を玲璃に捧げてから白墨を手に取る。 白墨が黒板を打つ音が連続し、ナーマ内の働き口の全てが列記されていく。 エラトも、何も言えなかった。 ナーマ内で難民に任せることのできる仕事は、人通りの少ない道路の清掃などの、誰でも出来ていつやっても構わない、給金が食費未満の仕事のみ。 話し合いは続いたものの妙案は出ず、翌日から難民を元の居場所に戻すための計画が動き出すことになる。 ●3時間。2人 工事後、地下への立ち入りは厳しく制限されていた。 理由は瘴気払いの術の性質にある。 なにしろ演奏開始から効果が現れるまで3時間かかる。現地への行き来の時間を含めるとさらに長くなる。 おまけに、術の性質上演奏中は意識が事実上途切れる。 途中で酸素不足により死亡などという展開があり得てしまうのだ。 だからナーマの各部門は立ち入り制限を強く推し、開拓者側も譲歩せざるを得なかった。 「エラト様に万一のことがあれば街の士気が崩壊しかねません」 最年長の官僚の言葉が、ナーマ側の本音であった。 紆余曲折の末、地下での演奏が始まった訳だが、エラトの護衛はすこぶる順調だ。 岩肌の亀裂からわき出た瘴気が不浄の人型と化して襲いかかろうとして、前衛であるアナス・ディアズイ(ib5668)の機体に武器を使わせることもできずにすりつぶされる。 「もう少し練力を抑えるべきですね」 操縦席でアナスがつぶやく。 今、地下にいる人間はアナスと演奏以外の行動ができないエラトの2人だけだ。 生を呼べば戦力が倍増し、職人を呼べば補強工事や防衛施設整備が非常にはかどるのは分かってはいるが、酸素が限られている現状では呼ぶわけにはいかない。 轍はジルベリアの現行正式アーマーの名に恥じない繊細かつ力強い動きで、全て鉄で出来たスコップを振るう。 土砂が取り除かれ、割れた岩が取り除かれ、後ろに小さな山を作る。 「一度上に戻ります」 「ただ今到着しました! うわ宝珠がいっぱい」 ナーマに属するからくり達が、エラトの演奏にならない程度の小声で報告し、おしゃべりしながら泥まみれになって土の中から宝珠を選り分け、残った土砂を脇にどけていく。 遺跡の天井と壁面の補強も担当してくれているので、アナスの防衛と工事は予想以上にはかどっている。 スコップを左手で保持し、右の肘を押し当て、機体に負担がかからない動きで振り下ろす。 乾ききった木が折れるのに近い音が響き、人骨を模した形のアヤカシが砕け、ただの瘴気に戻って遺跡に中に漂い消えていく。 演奏に変化はない。 アナスはアヤカシの増援が現れないことを確認してから、エラトの傍らで護衛に専念する庚に目を向ける。 「体力の低下は許容範囲です」 アーマーはうなずき採掘を再開する。 2時間後。 演奏を終えたエラトが空気の濁りを指摘し、開拓者とからくり達は小さなボタ山を残して地上に戻る。 持ち帰った宝珠は待ち構えていた天儀商人によって高値で買い取られ、彼等のもとには金塊が1つ残された。 ●最上の一段上 鉱石が満載された飛空船が離陸し、都市に向かって飛び立った。 船上には開拓者は1人しかいない。 数ヶ月前なら自殺行為だったろうが、今は違う。 永年沙漠に潜んでいたアヤカシは駆逐され、沙漠の外もナーマの影響下に入りアヤカシの掃討が行われている。 だから1人で十分なのだ。 もっとも、その1人であるルエラ・ファールバルトは、鉱石の積み過ぎで極端に操船難度が上がった飛空船に手を焼かされていたが。 「我々は大休止」 民兵としての癖が出てしまった鉱山作業員が咳払いをする。 「休憩します。手が必要なときは呼んでください。すぐに向かいますので」 鉱山内部でも油断はせずに数名の歩哨を立てた上で休憩している。 そこに油断も慢心もないことを自分の目で確かめてから、クシャスラ(ib5672)はとうとう決断を下した。 「未調査部分の調査を行います」 ついにである。 これまでは鉱山の保全や鉱石掘りに時間をとられて調査まで手がまわらなかったが、過去最高の仕事を成し遂げた今なら可能だ。 「よろしくお願いします」 鳳珠に作業員の警護を任せ、クシャスラは気持ちを引き締めて地下最奥へ向かった。 ●水 遠雷の手が触れると、壁に細かなひび割れが生まれてゆっくりと崩壊していく。 重量感のある見た目からは想像し辛い機敏な動きで後退し、崩壊が他の壁や天井に広がらないことを確かめてから胸部ハッチを開く。 「これ以上はもう1人は必要ですね」 額の汗を白いハンカチで拭きながら、大きく息を吐く。 戦闘も工事も採掘も万全にこなす自信はある。 が、それら全てに加えて崩落まで気にしながら単独で調査を行うのは、短時間ならともかく長時間は無理だ。 クシャスラはアーマーをケースに戻してから、もう1つの未探査部分に向かう。 勢いよく水が流れている。 一度大きな生き物ならしきものがいたようだが、少なくとも今は気配もない。 小さな桶で水をくみ、塵が混じっていないのを目で確かめ、鼻で念を押し、意識を集中させて瘴気の濃淡を確かめる。 異常は、ないように見えた。 ナーマに戻ったクシャスラが休んでいると、詳しい話を聞きにアマル・ナーマ・スレイダン(iz0282)が現れた。 クシャスラが持ち帰った水を詳細に調査した結果、農業にも飲用にも使える水であることが判明した。 「利用できそうですか」 「都市の湧出量が減ったなら、水運搬のための定期便を出すと思います」 ナーマ領主は、現時点では採算がとれない可能性が高いと判断している。 断定していないのは、これまで開拓者が不可能を可能にし続けてきたからだ。 アマルは改めて礼を述べてから、もふらさまを伴ってジルベリアからの客人を出迎えに向かうのだった。 ●鎮西府 将門(ib1770)がナーマを発ったときには、依頼をうけてから1週間が経過していた。 西方を安定させるまでの一時的な駐留部隊を、対アヤカシ、西方探索拠点、西方諸部族の調停機関を兼ねた常設組織に切り替える。 大きな変化ではあるが、実は実行自体は容易い。 ナーマ負担増大と、駐留戦力の待遇悪化からくる士気低下を許容できるのならば、だが。 将門は人員の選抜と説得とその他細々とした書類仕事に駆り出され、今ようやく西の地に辿り着き、異変に気づいた。 地元民の視線の温度が低い。 敵意や悪意ではなく、好意が薄くなったという印象がある。 「将門様、こちらへ」 赤毛のからくりが出迎え、将門を司令部のある天幕に案内する。 「難民を元の場所に送り返すって噂、本当ですか」 「ああ」 うなずくと、隊長は頭を抱えて短くうめいた。 難民がもといたオアシスは、現在は元首長部族が支配下にある。 元首長部族にとっては無主のオアシスをアヤカシから守るために占領した結果であり、誰かに返す必要はないはずの土地だ。 「難しいか」 「いえ、噂を聞き込んだ族長殿が、ナーマが望むのであれば返還すると」 族長の残していった羊皮紙を示す。 「それだけでは無いな」 「はい。引き渡し後のオアシス防衛には責任を負うつもりはない。オアシスが無くなり余力が少なくなるので提供できる戦力が減る。だそうです」 治安の低下やアヤカシの侵入を覚悟するか、ナーマからさらに兵力を出して西方の治安と安全を守りナーマの財をすり減らすか。 今の所、ナーマにとって都合の良い選択肢はない。 ●欠乏 メグレズ・ファウンテンが操船する快速小型船の甲板上で、ライ・ネック(ib5781)は周囲を警戒すると同時に数時間前の光景を思い出していた。 援助物資を土産に西方諸部族の要望を聞いたところ、水、安全、衣食住、その他あらゆる面が足りずさらなる援助を期待するという言葉が返ってきた。 私はメッセンジャーでしかなくナーマ領主が受け入れるかどうかは保証できないと伝えはしたが、おそらく要望が叶えられると思い込まれてしまった。 地元の文化や慣習が分かってはいてもどうすることもできない。将門が評した通り、彼等は自立心が欠け、自らが信じたいものだけを信じる精神状態にあるのだから。 とはいえ彼等の言葉も嘘ではない。ナーマの城壁内と比べれば、確かにあらゆるものが足りないのだ。 ただし彼等全員に足りないものを提供すればナーマは負担に耐えきれずに滅ぶしかないだろうが。 突然袖を引かれる。 「ルプス?」 忍犬は袖を離し、一切吠えずに鼻をあちこちに向けている。 深い絆で繋がった主従の間では、言葉は通じなくても意図は通じている。 まず間違いなく、血かアヤカシじみた何かの臭気が風に流されてきたのだ。偶然に風が運んできたのだろう。甲板からでは怪しい場所は見つからなかった。 メグレズに合図を送って回頭させ、駐留部隊がいる東に向かって全速で向かわせる。 後を振り返ると、地平線の近くに異様に綺麗な編隊を組んだ鳥らしきものが見えた。 戦闘の準備を整えながら背後と、念のため周囲全体も警戒する。 編隊は急速に大きくなり、怪鳥程度の雑魚ではなく、単独でもオアシスを潰せる凶光鳥であることが分かる。 が、凶光鳥の部隊は駐留部隊の宿営地に気がつくと、即座に反転して地平線の向こう側に消えていく。 「結界に反応はありません」 援助の際の住民治療で消耗しているはずの嶽御前が、結界を使った索敵結果を報告する。 「妙に慎重ですね」 アヤカシが退かなかった場合、この場の戦力だけなら全滅したかもしれない。 安堵のあまり脱力しそうになるのを堪えつつ、開拓者は安全地帯まで後退していくのだった。 ●捜し物は燃料 宙に浮いた式が気合いを入れると、式が薄れるのと引き替えに放電が始まり、やがて光が弾けて雷が地面に突き立った。 満足して消えてゆく式に、突然の落雷に驚き慌てる羊たち。 羊を大人しくさせるために牧羊犬が吼え、羽妖精メイムがアゲハ蝶の翅を優雅に広げて群れからはぐれかけた羊を誘導する。 「ごめん」 カンタータ(ia0489)が頭を下をさげると、思考が止まっていた牧童の少年がようやく我に返る。 「い、いやっ、俺が悪いんだ。こんなに凄い術が使えるだなんて思わなくて。…敬語使った方が良いか?」 カンタータがやんわりと断ると、少年は羞恥で赤くなった顔を戻そうとして失敗する。 術に驚くような腰抜けじゃないと言った直後にこの醜態である。できることなら穴を掘って埋まってしまいたかった。 「やはり穴掘りには向いてませんねー」 高威力の術が直撃したはずの地面は、見落としてしまいそうなほど小さな穴が開いている。 アヤカシを倒すための術であり土木工事用の術ではないのだから仕方がないのかもしれない。とはいえここま小さいとちょっとだけ寂しい。 「大量に石炭が出てきたら問題のほとんどが解決するんですけどー」 棒で穴をほじくり返す。 降水量が極端に少ない土地の地面はとても固かったけれども、強力な開拓者にとっては遊技用の砂場も同然だ。 ガキン、ゴキンととても土いじりとは思えない音が連続し、牧童と牧羊犬はそろって一歩下がってしまった。 「下の方まで掘れば」 「時間が足りなくなるよ?」 メイムは器用に棒の上に着地する。 「ですよねー」 カンタータはメイムを乗せたまま棒を動かして埋め戻す。 「次は…」 「案内します」 元首長部族出身の牧童は、丁寧な口調に切り替えカンタータを案内する。 周辺の村々から聞き込んだ、何かがあるかもしれない場所は、全て外れだった。 ●ジルベリア ジルベリア籍の飛空船が着水する。 長期間の航行は過酷だったようで、頑丈に造られた舷側も甲板も汚れ、細かな傷が無数に傷ついていた。 乗組員も披露しているはずだが、きびきびした動きで船倉から大型木箱を引き出してクレーンから伸びる縄にくくりつけていく。 「申し訳無い。重さが…」 どうやら、荷物の重量がクレーンの能力を超えていたようだ。 ジークリンデ(ib0258)は詳しく説明されるより速く事情を察し、宮殿に使者を走らせていた。 宮殿から滑空艇が飛び出し、ジルベリア船の近くに停泊中の装甲小型船の甲板に墜落っぽく着艦する。 数分後、からくりが飛ばした飛空船がクレーン代わりになり、大重量の荷物が無事に陸揚げされた。 同じ見た目の5人が志体持ちに近い力を使って動くのを見て、ジルベリアの人々はとても驚いていたらしい。 ●新たなる力 「新品の遠雷ではあるのですね」 宮殿に運び込まれた大型木箱の中身はアーマーだった。 傷は皆無。 運搬中に不具合が生じた様子もない。 けれど、妙に古びた印象だある。 「実用には問題ないでしょう。訓練で細かな傷が大量に出るはずですから」 火竜を使って機体の運搬を終わらせたジークリンデが声をかける。 「そう…ですね」 アレーナ・オレアリス(ib0405)は装備の入った木箱を開ける。 剣と盾が6つずつ。 装甲や消耗品の部品が詰め込めるだけ詰め込まれている。 取扱説明書や訓練用の教本は無い。 整備員もその養成用教本も無い。遠雷より新しい機体の購入も不可能だ。 「開拓者と他儀の領では扱いが大きく違うということですね」 アマル以下が熱烈に賛成したため即決で購入されたアーマーではあるが、使いこなすのは予想以上に大変そうだった。 ●演習 遠雷2体が盾を構え、アヤカシ役の民兵隊を待ち構える。 ジン隊は素早く側面に移動し、アヤカシ役が遠雷に接触すると同事に銃撃を浴びせる。もちろん実際に浴びせるわけにはいかないので、撃てないよう細工された魔装砲を数秒向けた時点で、統裁官が命中したか否かの判定を下すことになる、はずだった。 「止まりなさい! 玲璃殿の元へ伝令を!」 アレーナは演習の中止を命じる。 軽武装の民兵の激突に耐えられずにアーマーが倒れたのだ。 乗り込んでいるのは最近ナーマに移住したジンだ。 非ジンに比べれば強いとはいえ、特に若くも強くもない平凡な能力しか持たない彼等は、ナーマ初のアーマー乗りの立場に飛びついた。 欲望を肯定し怠惰を許さぬナーマの気風に嬉々として染まり、彼等は寝る間も惜しんで訓練に励む。 アレーナもアマルがへそを曲げるほど力を入れて騎士教育を施し、今回の演習に向かわせた。 その結果がこれである。騎士としての技術は全く身につかず、辛うじて身についたアーマー操縦技術もこの通りだ。予想の、斜め下であった。 「怖かったっす…」 アーマーの影から無傷の民兵が這い出して来る。どうやら、今回は怪我人無しで済んだようだ。 ●地下へ ナーマ地下のトンネルで、石壁を建てては壊す作業が延々と続いていた。 送風機の性能が限られている現在、地下に新鮮な空気をより多く送り込むには試行錯誤を繰り返すしかない。 ジークリンデは少し虚ろな目をした生にその場を任せてから地上を目指す。 途中にある地下からの脅威を防ぐための防壁は、体積は減ったが機能は保てている、はずだ。 「動力を遠方に届ける技術があれば良かったのですが」 所々飛び抜けた技術を持つナーマの職人でも、開発に何十年かかるかわらない技術だ。 ジークリンデは気を取り直し、少しずつ空気の流れを改善していくのだった。 |