【神代】双方予期せぬ奇襲
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 難しい
参加人数: 7人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/04/27 02:17



■オープニング本文

 渡鳥山脈周辺の戦いで開拓者は勝ち、アヤカシは負けた。
 負けたはずなのに、未だ強力な戦力がこの地に潜んでいた。

●開拓者ギルドにて
「白羽根玉」
 白玉に羽が生えた外見の小型飛行アヤカシ。特殊な波動により体調異常を引き起こす。多数の白羽根玉に囲まれたら高位の開拓者でも危ない。
「恨み姫」
 女性の怨恨から発生したアヤカシで、外見は朧気な人間。飛行能力に精神攻撃と面倒な能力を多数持つ。射程40数メートルの生命探知能力はシノビ泣かせだ。
「妖鬼兵」
 前の戦におけるアヤカシの雑兵。術攻撃を得意とし、集団で遠距離攻撃してくる厄介な相手だ。
「闇目玉」
 霧状の黒いもやを纏う禍々しい目玉。特に見つけ辛く、恨み姫を上回る状態異常と術攻撃力を持つ。
「屍鬼」
 手柄を欲して数日前に白立鳥の森に向かった志体の成れの果て。前衛4名。知性を保っている可能性が高いものの、屍人(ゾンビ)でしかないのでこちらに味方する可能性は皆無。
「女郎蜘蛛」
 退廃的な雰囲気の美女の上半身に巨大蜘蛛の下半身を持つアヤカシ。下級の中では特に能力が高く、その能力を術師全振りしている難敵。森の中では糸を巧みに使った罠を無数に仕掛けてくるかもしれない。
「影鬼」
 比喩表現ではなく真実影に潜み人を襲う中級アヤカシ。影の中にいるときは瘴気をもらさない悪夢の如き存在。
「以上が白立鳥の森周辺で確認されたアヤカシです。数は…」
 開拓者ギルド職員が、この日のために用意した伊達眼鏡をきらりと光らせる。
「全部で100は越えてるんじゃないですかね」
「数人で相手取れる戦力ではないぞ」
 それまで黙って聞いていた開拓者が冷たい目を向ける。
 相手が小鬼でも、100体いれば重さの差で熟練開拓者が押しつぶされかねない。
 相手が個々でも強力なアヤカシなら最低でも軍が必要になるだろう。
「でも大勢連れて行く余裕はないんですよ」
 ふざけるのを止め、職員は具体的な数字を示していく。
 頑丈な小型飛行船1隻。
 小型精霊砲3門。
 相棒の持ち込み許可に、相棒が数日全力で活動するための物資。
 飛空船の起動宝珠も使用可能。
 普段ならとんでもない大盤振る舞いではあるのだ。
「足りないな」
「ええまあ」
 職員は首を縦に振った。
 今回は相手の戦力が多すぎる。
「ですから3桁のアヤカシとまともに戦う必要はありません。可能な範囲で森に近づいてから生きて戻ってください」
 要するに情報収集を主目的とする依頼だった。
 この時点では、ギルドも開拓者も全員そう思っていた。

●数日後。白立鳥の森
「テキ、ティィィいッ!」
 顔の表面を失った屍鬼が森から飛び出していく。
 アヤカシの中でも飛び抜けた戦意と悪意は周囲に伝染し、未だに傷が癒えていない妖鬼兵が釣られて森から離れて行った。
「マタカ」
 影鬼はげんなりしてため息をつく。
 威圧して言うことを聞かせても次の日にはこれだ。
 いいかげん嫌にもなる。
 副官役の女郎蜘蛛を連れて森の外縁に向かうと、目の前が急速に白くなっていく。
 細かな雪が天から降り注ぎ、視界を極端に制限しているのだ。
「サッサト戻レ!」
 敵もいないのに騒ぎ続ける雑魚を怒鳴りつけてから、妙な音に気づく。
 巨大なものが空気を押しのける鈍い音が、上から聞こえて来た気がした。
「ナ」
 急に強い横風が吹き、霧が薄くなると同時に雪が止む。
 白い靄の中、八咫烏とは比較にならないほど小さいとはいえ、現役の軍船が砲門をこちらに向けていた。

●双方予期せぬ奇襲
 アヤカシがいそうな場所に精霊砲を1発撃って戻ってくるだけだったはずの依頼は、アヤカシの大兵力との戦闘依頼に変わってしまった。
 もちろんこのまま退却しても依頼は成功扱いにはなる。
 野武士風の屍鬼が数体騒いではいるが、強力なアヤカシ達は突然現れたように見えるあなた達開拓者に驚き茫然自失となっている。
 今なら逃げるのも奇襲するのも自由だ。
 しかし時間をかけることはできない。
 森の中にはおそらく敵勢が潜んでいるし、時間をかければ単独で飛空船を落とせる鵺が現れる可能性がある。
 決めるのはアヤカシでもギルドでもない。
 あなた達だ。


■参加者一覧
八十神 蔵人(ia1422
24歳・男・サ
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
ウィンストン・エリニー(ib0024
45歳・男・騎
不破 颯(ib0495
25歳・男・弓
叢雲 怜(ib5488
10歳・男・砲
雨傘 伝質郎(ib7543
28歳・男・吟
中書令(ib9408
20歳・男・吟


■リプレイ本文

●10秒の停滞
 風が止まる。
 粉雪と風による天然の煙幕が、太陽の光に炙られ消え去った。
「テキィィィ」
 数日前まで志体持ちだった屍鬼が、まだ十数歩の距離がある飛空船に対して刀を振り上げ。
「な…」
「嘘。なんで」
 高い知性を持つ影鬼と女郎蜘蛛が、精神的に不意打ちされて思考が鈍り。
 合計20体近くいる妖鬼兵は、下空にいる飛空船に気づいていてもいない。
 このような理由で、後方の森にいる戦力も含めれば圧倒的に有利なはずのアヤカシが、10秒間一方的に攻められることになる。

●10秒の攻勢
 法螺貝の鮮烈な音が、アヤカシ以上に混乱していた空夫達の意識を常態に戻す。
「反転し撤退する。精霊砲と後衛戦闘は俺に任せるのだ」
 ウィンストン・エリニー(ib0024)が誤解のしようのない指示を出すと、空夫達が非志体持ちにしては素早い動きで舵にとりつき船体各所に散らばっていく。操舵を担当するのはIRA―イラ―で、そこの動きだけが他より鋭く早い。
 ウィンストンが実質的に指揮する装甲小型船『ラグレイダーク』に追随する小型飛行船の甲板では、大勢の人々が慌ただしく動いている。
 志体とそれ以外の能力差はとても大きい。ラグレイダークに倣って下空を航行していなければ、非志体持ちが操船を担当する船は、アヤカシを精霊砲の射程に捉えるのが20秒ほど遅れていたかもしれない。
「おいおい、敵さん予測より随分多いんじゃないかい?」
 右に流れていく景色にあわせて精霊砲の向きを変えながら、不破 颯(ib0495)が飄々とつぶやく。
「状況は常に流動的です。マスター」
 からくりらしい整った容貌にかすかな緊張を浮かべ、空澄は小型飛行船の周囲を素早く見回す。
 正面には人型の死に損ないアヤカシ4体。
 左右にそれぞれ1集団の術使い風の鬼。
 3体ではなく、3集団も的がある。
 颯は口元に不敵な笑みを浮かべ、飛空船の動きとアヤカシの動きを計算しながら、充填完了した精霊砲の向きを調整していく。
「すー…はー…」
 吸って吐くことで心身を戦闘態勢に切り替え、叢雲 怜(ib5488)は颯の横の精霊砲を操作する。
 時間をかけて話し合う時間はない。
 既に動き出している仲間にあわせるべきだろう。
 精霊砲は弓と比べると大きい分操作が面倒な面がある。普通の戦いなら狙いをつけている間に小型目標、要するにアヤカシが迫ってきたり逃げたりしかねないが、今ならまとめてなぎ払えるかもしれない。
「逃がさないのだぜ」
 好奇心と戦意で真紅の左瞳が輝く。
 内心とてもはしゃいでいる怜の背後を、気心の知れた純白の龍がしっかりと固めていた。
「くれてやる」
「ふぁいあー!」
 颯と怜は同時に練力を流して引き金を引く。
 砲の内部に満ちていた力が溢れ、砲弾を高速で撃ち出す。
 狙うのは左右に展開する妖鬼兵だ。
 崩れきった隊列の中央に砲弾が落下し、爆風と閃光が半球状に広がり、アヤカシの術攻撃体をそれぞれ飲み込む。
「よぉ〜し、まずは一発っとぉ。…空澄、再充填作業頼むわぁ」
「いー感じ!」
 颯は熱くなった砲を相棒に任せ、怜は砲をそのままに相棒へ飛空船護衛の指示を飛ばし、2人とも素晴らしく慣れた手つきで本来の得物を構えるのだった。

●伏線
 アヤカシ術攻撃隊を半壊させた砲撃から一拍遅れで、ラグレイダークからも閃光が撃ち出された。
「全力でハッタリかまして相手が建て直してる所で全力撤退、ハイ異議ある人?」
 大型の法螺貝を空夫に投げ渡しながら、アヤカシのいる場所まで届かない程度の声で喋りながら、器用に狼煙銃を取り出し点火し空高く放り投げる。
 捨てるたびに八十神 蔵人(ia1422)の動きが鋭くなっていく。
 それは見ていて面白く爽快な動きだったが、残念ながら見物できるほど余裕のある者は皆無だった。
「敵本陣を発見! 全軍に至急連絡! アヤカシを叩き潰せ! 根絶やしにしろ!」
 蔵人の声が響く戦場で、黒い滑空艇が森と飛空船の間を横切る。
 ルオウ(ia2445)の気合の声が、砲撃から辛うじて生き延びた鬼達を惹きつけ、もう少しで飛空船に飛び移れる位置まで来ていた屍鬼の意識を縛って反転させる。
 咆哮の効果範囲にはアヤカシ側指揮官達も含まれていたが影鬼には一切効いた様子はなく、女郎蜘蛛は一瞬動きを乱したものの影鬼に頬を張られて呪縛から抜け出す。
「森がなければなー」
 目の前にいるのが全戦力ならアヤカシを確実に滅ぼせる。
 しかし短時間では無理だ。
 ルオウは目の前の戦場に意識を集中させ、黒い滑空艇でアヤカシの動きをかき乱すのだった。

●上空から地表へ
 高度を速度に変えながら、駿龍が大きく翼を動かしさらに加速する。
 地上にいる影鬼との距離が、百数十歩の距離からわずかな時間で限りなく0に近づいた。
「片道?」
 影鬼は駿龍の練度に気づいて不審に思う。
 駿龍にしては非常に良く鍛えられているが、中級の中で頂点に近いアヤカシ2体を相手に出来る戦力ではない。はずだった。
 じょう、と琵琶が泣く。
 万物に宿る精霊が心動かされ、アヤカシ達が中から破壊的に揺さぶられ、精神にまで振動が侵食する。
 精霊砲が2門火を吹き妖鬼兵部隊が半壊し、もう1隻の1門も屍鬼の集団を狙っている。
 そんな状況を、影鬼は琵琶の音に惑わされることなく正確に認識していた。
 中書令(ib9408)の知覚力は高水準で、影鬼の抵抗を抜ける可能性は十分にあった。が、一度だけなら気力を振り絞ることで抵抗できなくもない。
 中書令を乗せた駿龍が、地面と衝突寸前に180度以上の方向転換を成功させ後退に移る。
 実に見事な動きではあるが、影鬼にとっては遅すぎる。
「ハ」
 開拓者の咆哮に惑わされかけた女郎蜘蛛の頬を軽く撫でてから、大地を蹴りつけ駿龍の後を追う。
 龍は翼の向きを細かく変更することで回避しようとし、惑わすための動きを全て影鬼に見抜かれ距離を詰められてしまう。
「ハァッ!」
 全力で振るわれた拳が、中書令の背中にめり込んだ。

●援護
 無残に腐りかけた元志体持ちに向かって、ウィンストンはためらわずに引き金を引いた。
 光と共に撃ち出された砲弾が屍鬼達の足下に着弾する直前。ウィンストンの目に駿龍の背で血を吐く中書令が映る。
「近くの生き残りは俺が抑える。影鬼を止めろ!」
 できれば精霊砲で影鬼を狙いたい。
 だが弾は装填できても精霊力の充填が間に合わない。
 騎士の誓約に必要な時間を惜しみ、予め用意していた弓矢に持ち替え矢を放つ。
 矢は未だ宙にある影鬼に一直線に向かい、分厚い筋肉に覆われた腕に払われ、地面に突き立つ。
「拙いな」
 誰にも聞こえないよう内心で呟いてから、ウィンストンは防がれることは承知の上で、ただ時間を稼ぐために矢を放ち続けた。

●視界不良
 仲間の危機に気づき、怜は狙いの付け方を変えた。
 ルオウを追う妖鬼兵後頭部へのヘッドショットではなく、精霊砲の扱い方に近い、広い効果範囲を意識した狙い方へ。
 意識の中から射撃に必要なことを除く全てが消える。
 マスケットの状態、マスケットを支える腕、肩、体、飛空船の動きに風の向きの強さ、中書令主従と影鬼の現在の位置と動きとその数秒後の位置の予測を全て考慮した上で、小指一本未満だけ銃口を横にずらす。
「姫鶴」
 歴戦の炎龍は主の意を察し、自身が戦うだけなら無駄になる、派手な動きでアヤカシの近くへ飛び込んでいく。影鬼を含むアヤカシの意識が炎龍に向けられ、絶好の射撃機会がうまれた。
「よしっ」
 引き金を引いた時点で手応えを感じ、怜は次の砲撃のためマスケットを手放し精霊砲に手をかけた。

●後退開始
 怜が引き起こした光の爆発が、影鬼と女郎蜘蛛だけを巻き込んだ。
「器用なもんだねぇ」
 颯は緊張感のない、つまりは普段通りに十全の力を発揮できる状態で矢から手を離し、離した瞬間には手に次の矢を持ち弓につがえる。
 宙を走る矢は何も無い空間を通り過ぎ、勢いを失った状態で森の中へ飛び込んだ。
 矢の軌道の近くでは2体の鬼と1体の元志体持ちが倒れ、力を失った瘴気が薄く広がりっていく。
 バーストアローの妙技であった。
「遠くの的に使えれば楽なんだけどねぇ」
 飛空船は退却を開始している。
 もしこの戦場で再度この技を使うとしたら、アヤカシに囲まれ全滅する直前だろう。

●奇策
 少年の甲高い声が響いてくる。
 影鬼は、声に気をとられ駿龍の翼の端を削り取るだけで終わってしまう。閃光に目を焼かれていなければ、おそらく駿龍ごと中書令を落としていただろう。
「飼い犬が何故ここに」
 この女郎蜘蛛は、生成姫の子供達のことを同属のペットとして認識している。
 子供達にも生成姫本人にも直接会ったことはなく興味もない。面倒そうなことに関わる気がないのだ。
 だが、猫の手でも借りたいこの状況ではやむを得ない。
「人間を足止めしなさい」
 命令を下す女郎蜘蛛の声には、侮りが隠し切れていなかった。
 歌声は中書令に近づく。
 影鬼は鼻を鳴らして追撃を諦め、背後の森から増援を呼ぼうとし…歌声の主が近づいてだけで何もしていないことに気づく。
「何をしているの。くたばり損ないに止めを刺す程度簡単でしょう!」
 悪意の美貌に苛立ちが浮かぶ。
 精霊砲により巻き上げられていた土埃が晴れていく。
 そして、よろめきながら飛空船に向かう駿龍を背に庇う人間が一人、中級アヤカシの前に立ちふさがった。
「あっしが生成姫の子でいっ!」
 春の日差しを浴び、艶のある禿頭がきらりと光った、気がした。
「オッ」
「お前のような」
「飼イ犬がイルカァッ!」
 殺意と悪意に満ちた戦場で平然と己を保てる人間が、ペットになるなるはずがない。
 一度触れれば逃げようのなくなる粘着質の糸が禿頭に向かい、高密度の瘴気からなる骨まで断てる刃が雨傘 伝質郎(ib7543)の喉元に直進する。
 間接と直接の違いはあれど、どちらか片方でも致命的な攻撃だ。
 とはいえ伝質郎に逆上させられたアヤカシ達による攻撃はひどく直線的で、伝質郎が一歩横に動くだけで虚しく何もない空間を貫いた。
「ハズレのことをボウズって言うんですぜい」
 悪意なく笑い、禿頭をペンペン叩きながら後ろに飛ぶ。
 横から飛来した駿龍質流れが伝質郎を回収し、入れ替わりに3連の砲撃が降り注いだ。

●撤退
 影鬼と女郎蜘蛛が光の中に消え、勝利を確信した空夫達が歓声をあげる。
「騒ぐな! 手を休めるな!」
 ウィンストンが鋭く叱咤し気を引き締める。
「あ、やば…恨み姫来たわでー」
 蔵人がつぶやくと空夫に怯えが広がりかけ、再びウィンストンに叱咤されてなんとか気力を保つ。
「よっし、掴まれ、掴まったなー?」
 蔵人は、ようやく船まで辿り着いた龍の背から血塗れの中書令を引き上げて甲板に寝かせる。
 主の無事を確かめた龍が安堵し気を失いかけ、蔵人に鞍を掴まれて落下を防がれる。
「おつかれさん」
 後は任せろと目で言って、龍を甲板に引き上げてから長大な黒い刃を手にする。
「怯えろ! 震えろ! 泣き叫べ!」
 飛空船を追うアヤカシに対して蔵人の龍による炎が降り注ぎ、黒い刃が禍々しく光を照り返す。
「お前等に明日なんざねえ、あるのは絶望だけだ」
 顔立ちも口調も変わっていないのに、空夫達がその場にいるのが人間ではなく魔の者でないかという妄想を否定できなかった。

●脆弱
 飛空船を追う怨霊の群れが、進路上に浮かぶ怪しげな雲に突入する。
 雲の中にいる人間の位置は特定できている。
 数で退路を防ぎ術を浴びせれば、どれだけ強い相手でも確実に滅ぼせると思われた。
 機体が風を切り裂く音と比べると、ルオウが刃を大きく振り回す音は小さすぎる。
 一振りで10体近い怨霊がそれぞれ二つに断ち割られ、もう一振りで生き残りというより滅びきれなかった恨み姫がとどめを刺される。
「へへっ! あーばよっ!!」
 黒い滑空艇が加速する。
 女郎蜘蛛が喚いて増援を呼び寄せ、影鬼が地を走り飛空船を追う。
 だが黒い滑空艇に散々引っかき回された影響は深刻で、飛空船は既に地平線の向こうに消えようとしていた。
 アヤカシが追撃を諦めるまで十数分かかった。

●砲撃終了
 怜が精霊砲の向きを変えるより、颯が矢から手を離す方が速かった。
「俺の獲物っ」
 切ない声が空夫達の耳に届くより速く、ようやく飛空船に追いついた鴉型アヤカシが射貫かれて粉砕された。
「悪いな」
 全く悪く思っていない顔で、颯が軽く頭を下げる。
「いーけどね」
 進路上の安全確認を終え戻って来た相棒を出迎える。
 怜は口だけは不機嫌そうだが、全身から満足そうな気配が漂っている。
「よかったぁ」
 腕にずんとくる衝撃に、派手に飛び散る地面とアヤカシ。ちょっとだけ、癖になってしまいそうだった。
 飛空船はアヤカシの追撃を完全に振り切り、拠点に向かって進んでいった。

●自壊寸前
 黒い滑空艇がよろめきながら甲板に近づき、最後の距離を詰められずに停止する。
「そのまま降ろすのだ」
 ウィンストンが駆け寄り、ルオウがゆっくり降ろした滑空艇の状態を確認。異常な熱を持っていた宝珠を慎重に冷やして爆発の危険を遠ざける。
「参ったな」
 ルオウは心からの礼を述べてから、顔をしかめて髪をかく。
 シュバルツドンナーは装備の面でも整備の面でも、設計上の限界近い頑強さを持っている。
 戦闘ではルオウの圧倒的な攻撃力と巧みな位置とりで一度も直撃弾を受けていないにも関わらず、崩壊寸前だ。
「使い方考えないとな」
 未だ多くのアヤカシが潜む森の方向を見据え、ルオウはこれからの戦いに思いを馳せるのだった。