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■オープニング本文 ●鍵と首輪 その者の首には、しっかりとした首輪が取り付けられていた。 とはいえ、それは皮製などではない。素材はその肌に近いようで、それでいて硬いらしく、指で叩けばこつんこつんと音を返してくれる。 「それじゃ、いきますよ」 技師らしき一人の女性が、小さな鍵を取り出した。 きらきらと白銀色に輝く鍵。 その鍵を、ゆっくりと首輪の鍵穴に近づける。鍵はすっと奥まで入った。ここまでは他の鍵と同じだ。後は、この鍵がきちんと廻るかどうか。それだけを精霊に祈る。 ゆっくりと指に力を込める。ぐっと押し込むや鍵はちょうど半回転し、それと共にかきんと小さな音が響いた。 「まわった」 廻りきった鍵が抜ける。周囲の技師がからくりを覗き込む。 固唾を呑んで見守る技師たちの真ん中で、からくりはぼんやりと光りを放ち、数秒もするとぴくりと指を動かし、そうかと思えばもう上体を起こしはじめた。ゆっくりと起き上がるからくり。 ぼんやりと、目を開く。 からくりは正面に座る技術者をじいっと見つめ、やがて。 「‥‥お名前を。ご主人さま」 技師たちから歓声があがった。 ●ご主人様は係員 「凄い。私、知性がある人形なんて初めてみました。可愛いですしギルドに連れて行けば人気が出そうですね」 見学に来ていた開拓者ギルド係員は席を立って近くで人形を見ようとし、あることに気付く。 人形の視線が係員に固定され、係員が動く度に人形の顔が動いているのだ。 「あれ?」 係員が首をかしげると、無垢というより空虚な表情で人形も首をかしげる。 「参りましたな。まさか見学の方を主と認識してしまうとは」 「幸いなことにギルド係員という堅い職につかれた方だ。身元もはっきりしている。からくりの教育をお願いしてはどうだ」 「私達だけは人手が足りませんし良い考えかもしれませんな」 技師達は勝手に話し合いを始め、勝手に結論に至ってしまう。 「あのー、私は仕事が忙しいので他人の世話はちょっと‥‥」 係員が弱々しく反論するが、技師達は係員の事情など気にもとめない。 「大丈夫です。あなたの上司には話を通しておきますので」 「頑張って下さいね」 「‥‥はい」 係員は、ただ頷くしかなかった。 ●保母さん保父さんカモーン 「私からの依頼です」 寝不足によるくまと疲労による貧血で見るも無惨な有様になった係員が、体をふらつかせながら説明を開始した。 係員の背後には、前髪が綺麗に切りそろえられた、長い黒髪で黒目の少女が立っている。 手入れの行き届いた長髪に上品な化粧、色合いは地味だが高価な生地を使った着物と、一見良家の子女のようにも見える。 しかし表情はひどく幼げで、立ち居振る舞いも見た目に似合わずつたない。 「5日間、この子を預かってください」 係員と少女を見比べた開拓者が首をかしげる。 年齢的にはぎりぎり親子で通りそうだが、顔に関しては控えめに表現しても血が繋がっているようには見えない。 「先頃特殊なからくり人形が発見されまして、この子はそのうちの1人です。色々あって私が預かることになったのですが、私は一人暮らしをしているため、この子の面倒を見るのにも限界がありまして」 少女に向ける係員の視線は優しげだ。 「人を傷つけず、危険に近づかないだけの分別は身につけさせました。しかし1人でのお遣いは無理ですし、まだ自我が弱く状況に流されやすいのです。5日間の間に、真っ当な社会生活を送れるだけの知識を仕込んでいただけると助かります」 要するに子供を預かって欲しいという話だ。 世話をするために必要となる費用は全額係員が持つし、住宅街にある係員の住居(庭付き2LDK)も期間中は開拓者に任せるらしい。 係員は預かって貰う5日間の間に医者にかかり、なんとか体調を回復させるつもりらしい。 「それと、出来れば名前も考えてあげてください」 ギルド内にいた開拓者達から非難の視線が向けられる。 「はい、ええ、仰りたいことは分かります。すごく分かるのですが‥‥。私は名前を考えるのが苦手で。いえ、こうなったら包み隠さず言いますけど、私の命名センスだとこの子が精神的に成長したときに非行に走りかねないのです」 真剣に考えた末にポチとかタマとか名付けそうになり、危ういところで同僚に制止された係員はため息をつく。 「この子の体力測定や、武術などに関する適性検査も行っていとだけると助かります。まあ、これに関しては時間が余ったらで構いませんので、なんとかよろしくお願いします」 係員が頭を下げると、少女もおずおずとそれに倣うのだった。 |
■参加者一覧
夏葵(ia5394)
13歳・女・弓
守紗 刄久郎(ia9521)
25歳・男・サ
白藤(ib2527)
22歳・女・弓
罔象(ib5429)
15歳・女・砲
山奈 康平(ib6047)
25歳・男・巫
パニージェ(ib6627)
29歳・男・騎
スレダ(ib6629)
14歳・女・魔
リオーレ・アズィーズ(ib7038)
22歳・女・陰 |
■リプレイ本文 ●お名前は? 「かのか。今からあなたの名前は華乃香です」 名付けられた人形は表情の無い顔でうなずき、ゆっくり口を開く。 「承知しました。ごしゅじ‥‥んんっ」 華乃香は少し慌てた様子で咳払いをすると、改めて係員の名を呼んだ。 「様付けは無しにしてね」 「はい」 素直にうなずく華乃香を優しい瞳で見つめながら、係員は華乃香の頬を軽く撫でてやる。 華乃香は戸惑いながらも不快感は示さず、少し荒れた係員の手を自分の両手でそっと抑えようとしていた。 「仲睦まじくしているところを悪いが」 山奈康平(ib6047)は申し訳なさそうな口調で声をかける。 「我慢はほどほどにな。倒れるようでは長いつきあいはできないぞ」 「ご忠告、感謝します」 係員は顔色の悪い表情をわずかに歪めるが、すぐに自責の念を顔に浮かべ頭を下げる。 そんな係員を、華乃香は不思議なものを見るような顔で見上げていた。 「ごめんなさい。最初に謝っておくわ」 リオーレ・アズィーズ(ib7038)は真面目な表情で華乃香と係員に話しかけると、いきなり満面の笑顔を浮かべて華乃香を抱きしめた。 「きゃー、かわいいかわいいーっ!」 着物に包まれた背中を撫でながら華乃香をぎゅっと抱きしめ、至近距離から澄んだ黒い瞳を覗き込む。 「私はリオーレ、仲良くしましょうね」 目の高さをあわせてにっこり微笑むと、華乃香はぎこちなく微笑み返そうとする。が、笑顔が形にならず曖昧な表情になってしまう。 「華乃香様のご飯やお風呂はこれまでどうされてたのです?」 抱きしめたままくるりと係員に向き直ってたずねると、係員は目を白黒させながら答える。 「食事は私と同じ物を。風呂は大きなたらいに水を汲んできて水風呂にしていました」 「念のため、今から向かうご予定のお医者様の住所をおたずねしても?」 「ああ、確かにそれは伝えておくべきでした」 係員は一言感謝してから都の郊外にあたる住所を伝える。 名は知られていないが腕はまともであり、長期療養が必要な患者を多く受け入れている医者らしい。 「昨日言っていた通り、私は今日から5日間留守にします。私が帰ってくるまでは開拓者の皆さんの言うことを良く聞いて、しっかり‥‥あ、いえ、とにかく元気に無事に過ごすのですよ」 「はい。あの」 夏葵(ia5394)に小声で耳打ちされた華乃香は少しの間戸惑っていたが、やがて何かを決意したかのように 「いってらっしゃい。おからだをしっかり治してきてください、なのです」 係員は笑顔のまま硬直する。 華乃香は首をかしげ、リオーレの腕の中から手を伸ばして係員の肩をつつく。 すると、係員は受け身もとらず、まるでただの人形であるかのように真後ろに倒れていく。 「お医者さんにかかるのは意識が回復してから、なのです」 夏葵は幸せの絶頂で気絶した係員を背後から支え、そのまま引きずって家の中へ運び込むのだった。 ●訓練と体力測定 「右足をもう少し曲げる。曲げすぎ。そう、それでいい。顎はもう少しだけ引く。駄目だ。頭のてっぺんから腰まで、常に大地に対して垂直になるように‥‥良し、その感覚を忘れるな」 パニージェ(ib6627)は華乃香を庭に連れ出し、ただひたすらに歩かせていた。 「左肩が下がっている。急がなくて良い。今は速度より動きの正確さが優先だ」 華乃香の顔は緊張で強ばり、時々体をふらつかせている。 パニージェも殺気すら感じさせる真剣な表情で、華乃香の周囲を回りながら全身の動作を確認し続けている。 「動きが良くなったな。素人臭さが抜けている」 「お淑やかになったと言いなさい。全く気が利かないのだから」 係員を医者の元へ運んできた守紗刄久郎(ia9521)と白藤(ib2527)が門から入ってる。 「守紗刄久郎って者だ。よろしくな」 「初めて顔を合わせたときは慌ただしくて挨拶をする時間が無かったわね。私は指宿白藤。あなたの名付け親になるのかしら」 「よろしくお願いします、なのです、守紗様、指宿様」 華乃香は深々と頭を下げるが、腰から下はほとんど動いていなかった。 「基礎は出来ているってことか。初めていいか?」 刄久郎が視線を向けると、パニージェは数秒考え込んだ末に了承の返事を返す。 「体力測定だ。突き倒すつもりで俺を押してみな」 足は肩幅ほど広げ、刄久郎は自然体のまま華乃香を誘う。 華乃香はパニージェに問いかけるような視線を向け、うなずきを返されたことで表情を引き締めながら刄久郎に向かう。 「へぇ」 刄久郎の口元がほころぶ。 「訓練を終えた志体持ちには少し足りないが、かなりの体力とバランス感覚だな」 華乃香が全身の力と体重を込めて刄久郎の胸を押しているが、刄久郎は押されるどころか体勢を崩しさせもしない。 駆け出し開拓者未満の力しか持たない華乃香と、そろそろ中堅の域を脱しかけている刄久郎にはそれだけの力の差があった。 「では次の稽古だ」 刄久郎が手を挙げると、パニージェが木刀を投げ渡す。 パニージェの動きに華乃香が首をかしげると、パニージェから練習用の木刀が手渡された。 「使う使わないは後で決めるとして、型を知っておいて損はないぞ。まずはしっかりと両手で持ってだな」 刄久郎が見本を見せ、パニージェが細部を修正させると、それだけでかなり見られる姿になる。 「そのまま思いっきり打て。遠慮は必要ないというより失礼だ。思いきりいけ」 刄久郎の言葉とパニージェの瞳に促され、華乃香は木刀を全力で振るう。 木刀はパニージェが構える小さな円盾に吸い込まれるようにして命中し、木刀から景気の良い音が発生する。 「パニ兄様?」 縁側で教材の準備をしていたスレダ(ib6629)は、パニージェの指導にわずかな違和感を感じた。 「戦い方は教えるが戦いの場に出て欲しくない、ですか。パニ兄様らしいのです」 絵本と筆と木片を並べながら、スレダは小さく息を吐く。 華乃香は打ち込むたびに問題点を指摘されながら延々とパニージェに対する攻撃を続ける。それから1時間程経過し日差しが弱くなった頃、刄久郎が鋭い声を出す。 「そこまで」 痙攣する華乃香の手から木刀が滑り落ち、地面にぶつかって鈍い音をたてる。 「そうそうその調子」 刄久郎が頭を撫でると、華乃香は肩を小刻みに上下させながらもうっすらと微笑んだ。 「その調子、じゃないわよ。女の子の髪に不用意に触らないの」 白藤は刄久郎の手を軽くはたいてから、清潔なハンカチで華乃香の髪を撫でる。 「綺麗な髪を維持するのにどれだけ手間がかかるかこの子にも理解させないと」 よく分かっていない華乃香の顔を確認し、白藤は教育の困難さを想像して頭を痛めるのだった。 ●寝起きの悪いひと 「ん、んー‥‥」 罔象(ib5429)の目覚めは麗しく無かった。 若さと開拓者としての超体力を兼ね備えた彼女は、余程のことが無い限り疲れを翌朝に持ち越さない。しかし今日は心身共に疲労が残っている。 「世のお母様方のすごさが身にしみるますね」 罔象は己と向かい合うようにして寝ている華乃香の頬をつつく。 滑らかな陶磁器の感触を持つそれは、華乃香の呼吸にあわせてかすかに上下している。 華乃香は左手でもふらのぬいぐるみを抱きしめ、右手は罔象の右手をしっかりと握りしめている。 「戦闘に向いているのに心はすごく幼いなんて」 初日の剣の訓練と、昨日行った銃の適性検査を思い出して暗い表情になる。 「朝なのですよー」 夏葵が雨戸を開けていくと、外から差し込んできた光が部屋中を照らし出す。 「本当に太陽が黄色い」 罔象が目を瞬かせる。 「夜遅くまではしゃいだ声が聞こえていましたから、朝ご飯は出来ているので食べに来てくださいなのです」 「ありがとう。‥‥起きたみたい」 華乃香のまぶたが徐々に上がっていき、徐々に下がっていく。 「こら。二度寝しないで布団をしまいなさい。その次は洗顔、身嗜みよ」 部屋に入ってきたリオーレが心を鬼にして指示すると、華乃香は肩を落として布団を運び始めるのだった。 ●掃除と洗濯とデスお料理 「ここまで適性がないと逆にすごいです」 スレダが感嘆すると、華乃香は露骨に落ち込んだ。 魔術師としての訓練を受けていない華乃香が、スレダが試させたキュアウォーターの発動に失敗したのはまだ良い。 問題は、スキル無しでも実行できるはずの知覚攻撃の威力がほとんど無かったことだ。 からくりには個々の能力差があるようなので適性が偏った者もいるのは当然かもしれないが、華乃香は確実にその中でも偏りが激しい1人だろう。 「はい。次はお洗濯の時間よ。これ以上係員の服を雑巾にしては駄目だからね」 「そんなことになってたですか」 白藤から視線をそらせてごまかす華乃香にじっとりとした視線を向けつつ、スレダは華乃香に貸していた装備を片付ける。 「それが終わったら一緒にお料理を」 「ちょっと待った!」 「待て、それだけは」 突然乱入ししてきた刄久郎が白藤を取り押さえ、康平が華乃香を確保する。 「壊滅料理を感染させるな!」 「そんな。華乃香さんは私の料理を美味しそうに食べてくれたわよ?」 「食事抜きでも生きられる華乃香と一緒にするなですよ」 白藤が担当した昨夜の食卓を思い出し、スレダはあまりに重いため息をつく。 「予定を変更して、次は書き取りの勉強です。終わったら絵本を読んであげるから頑張るですよ」 「はいっ」 華乃香はここ数日でかなりぎこちなさの消えた笑顔で答えるのだった。 ●笑顔 「やはり表情が硬いわ」 リオーレは食後のお茶を飲みながら、多少ぎこちなくはあるが正確な動作で箸を操る華乃香を眺める。 「リオーレもそう思うか」 なんとか華乃香に正常な味付けを教え込むことに成功した康平が、真剣な表情で考え込む。 肝心の華乃香は夏葵にテーブルマナーを教わっている最中で、2人の様子に全く気付いていない。 「あれを使うか」 皆が食事を終え片付けが済んだ頃、康平が荷物の中からある物を引っ張り出した。 「これは何なのでしょう?」 「福笑いだ。これを使って表情のつくり方を学んでもらう」 康平は人の顔の輪郭が描かれた紙を広げ、顔の各部位を模したパーツを並べていく。 「なるほどね。初日なら止めていましたけど、今なら最適な教材かもしれません」 リオーレは賛意を示して銀製の手鏡を華乃香に手渡す。 「鏡に映った自分の顔と、そこにあるパーツの配置を見比べてみて」 華乃香は手鏡と、康平が持ってきた福笑いを見比べる。 「パーツの角度が少し変わっただけで印象が変わるでしょう?」 華乃香は何度も手鏡と福笑いを見比べた後、何度もうなずいた。 「相手に好感を抱いた場合でも、浮かべる表情によっては相手にそう受け取ってもらえないこともある。このように」 康平が福笑いの目のパーツと口のパーツをわずかに動かす。 動いたのは1ミリにも満たないのに、福笑いの顔は微笑から嘲笑に変わっていた。 華乃香はびっくりして高速で鏡と福笑いを見比べる。 「訓練無しで綺麗に喜怒哀楽を表現できる方もいます。けれど自然に表情が浮かべられなくても良いのです。練習して身につければ良いのですから」 リオーレが柔らかく微笑むと、華乃香はこれ以上ない程真剣な態度で表情の改善に取り組み始めるのだった。 ●はじめてのおつかい 「変ではないですか?」 不安そうにたずねる華乃香は、4日前と比べると印象がすっかり変わってしまっていた。 4日前が人間味が含まれたからくり人形だとすれば、今は体に人形の要素が混じった人間だ。ただし見た目よりはかなり幼く感じられ、人間としては精神的に不安定な面が多く残っている。 「あなた自身の技術とセンスを信じなさい。信じ切れないのなら私達の教育内容を信じても良いですよ」 罔象が自信に満ちた顔で断言すると、夏らしく朝顔柄の着物をまとう華乃香は元気にはいと返事をした。 薄く施された化粧は華乃香本人によるもので、目元から下に伸びる切れ目は目立たなくなり、唇を彩る淡い桜色は、色気ではなくまっすぐに育ちつつある心根を感じさせる。 「行ってきます、先生」 開拓者達に別れを告げ、華乃香は己の保護者を迎えに出かけるのだった。 |