【城】平和か戦か
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 難しい
参加人数: 10人
サポート: 6人
リプレイ完成日時: 2013/04/04 23:42



■オープニング本文

●嵐の前
「あるじさまのあるじさま。西の方達に、悪いことをしたんだからごめんなさいしなさいとおっしゃらないでしょうか?」
 からくりが心底不思議そうに聞いてくる。
 アマル・ナーマ・スレイダン(iz0282)は厳格公正な支配者としてではなく、同属の姉として柔らかく答えようとした。
「言っても無視されるか軽い謝罪で済まされてしまうからです」
 同属は不思議そうに首を傾げる。
 主夫妻の庇護のもと愛情に満たされ育てられたためか、世の中の冷たい部分を理解できていないらしい。
「世界には色々な人がいるのです。どんな状況でもごめんなさいできる人。相手に力があるときだけごめんなさいする人。ごめんなさいしないとぶたれるときだけごめんなさいする人」
「それは…わるいこだと思います」
「ええ」
 アマルは開拓者を真似た優しげな微笑みを浮かべる。
「悪い子です。でもね、悪い子になってでも家族と部下を食べさせるのが長の仕事なの。悪い子になりたくて悪い子になる人はほとんどいないけれど」
 アマルの瞳に冷たい感情が浮かび、からくりをおびえさせる。
「悪い子に無抵抗だと、私達は良い子ではなく獲物になってしまうの。赤ちゃん達も、あなたのあるじさま達も、みんな」
 アマルは休憩時間の終了を宣言し、閲兵のため城壁へ出向くのだった。

●天儀の料亭で
「当たりだ。中規模以下の遺跡である可能性が高い」
 天儀の高位貴族、複数の儀で活動する大商人達がそっと視線をそらす。
「宝珠の確保は極めて重要だ。ナーマ領へ関わる者がいれば私が支援を行う。…行うぞ? かなり手厚く。書面で保証するぞ」
 議長役の期待に満ち満ちた視線から、皆必死に目を逸らしている。
 他の儀、僻地、呼吸困難という悪環境の割に、宝珠の質も量も素晴らしくはない。乗り込むのも出資も危険すぎた。
「未起動からくりの売り込みなら」
 断腸の思いで大商人が発言する。
 続く発言はない。十数分経っても、なかった。
「う、うむ。彼等の健闘を祈ろうではないか」
 今の所、ナーマの地下に手を出そうとする人間勢力は存在しない。

●依頼票
 仕事の内容は城塞都市ナーマの経営補助
 依頼期間中、1つの地方における全ての権限と領主の全資産の扱いを任される


●城塞都市ナーマの概要
 人口:普 零細部族から派遣されて来た者を除くと微になります。移民の受け容れ余地大
 環境:微 水豊富。空間に空き有。水源工事終了後、水質が徐々に向上中
 治安:良 厳正な法と賄賂の通用しない警備隊が正常に機能中
 防衛:良 強固な大規模城壁有り
 戦力:普 ジン数名とからくり11人が城壁内に常駐。防衛戦闘では全民兵が短時間で配置につきます
 農業:良 都市内開墾進行中。麦、甜菜が主。二毛作。牧畜有
 収入:普 周辺地域と交易は低調。遠方との取引が主。鉱山再度再開後閉鎖。麦を中規模輸出中。氷砂糖を小規模輸出中
 評判:良 好評価:人類領域(一地方)の奪還者。地域内覇権に最も近い勢力 悪評:伝統を軽視する者
 資金:微 水源工事の際の土砂売却++、鉄鉱石売却++、鉱山設備補修−、矢玉補充−−、他消耗品等補充−
 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。1つ以上の項目が滅になると都市が滅亡します

●都市内組織
官僚団 内政1名。情報1名。他4名。事務員有
教育中 医者候補4名、官僚見習い23名
情報機関 情報機関協力員約20名
警備隊 百名強。都市内治安維持を担当
ジン隊 初心者開拓者相当のジン7名。対アヤカシ戦特化
農業技術者集団 学者級の能力のある者を含む3家族。農業指導から品種改良まで担当
職人集団 地方都市にしては高熟練度。技術の高い者ほど需要高
現場監督団 職人集団と一部重複
からくり 同型12体。見た目良好。領主側付き兼官僚見習兼見習軍人。1人が外交官の任についています
守備隊(民兵隊) 常勤は負傷で引退したジン数名のみ。城壁での防戦の訓練のみを受けた280名の銃兵を招集可。損害発生時収入低下。新規隊員候補100名(新兵訓練停止中)

●都市内情勢
ナーマは直径数十キロに達するほぼ円形の砂漠地帯の中央付近にあります
外壁は直径1キロメートルを越えており、内部に水源、風車、各種建造物があります
妊婦と新生児の割合高め。観光客(留学生候補を含む)多数

●軍備
非ジン用高性能火縄銃490丁。旧式銃500丁。志体持ち用魔槍砲10。弾薬は大規模防衛戦2回分強。迎撃や訓練で少量ずつ弾薬消費中
装甲小型飛空船1隻。からくりが扱いに習熟

●城壁内施設一覧
宮殿 依頼期間中は開拓者に対し開放されます。朋友用厩舎有
城壁 深い堀、狼煙用設備、警報用半鐘、詰め所有
住宅地 計画的に建設。生活水準を落とせば大人数を収容可。診療所有。警備隊詰め所多数有
資材倉庫 宮殿建設用資材と補修用資材、食料等を保管中
水源 石造りの社が破損。地上から、トンネル、ホール(防御施設と空気穴有)、トンネル、ホール(空気穴有)、地下未探査空洞(酸素薄)に続いています
貯水湖 極めて大規模
農場 城壁内の農耕に向いた土地は全て開墾済。次の収穫では豆類の比率大幅低下、麦中心、甜菜大幅増
上下水道
宮殿前区画(保育施設、緊急時用浴場、牧草貯蔵庫建設有
飛空船離発着施設

●城壁外施設一覧
牧草地。城壁周辺。小型防壁複数有
道。砂漠の入り口から街まで整備されています。非志体持ちが通行する際には護衛の同行が推奨されています
鉱山。入り口と空気穴に小型防御施設有。閉鎖中。無人。アヤカシ発生の可能性有

●現在交渉可能勢力
西隣弱小遊牧民 治安劣悪。経済どん底。零細勢力を圧迫中。ナーマがリーダーの筆跡を確保。謀略実行時は域外大勢力に感づかれる可能性が有り、その場合ナーマの威信が低下
西隣地域零細部族群 全て足しても西隣弱小遊牧民の半分程度の勢力です。首脳陣がナーマにいます
王宮 援助等を要請するとナーマの威信が低下し評価が下がります
定住民系大商家 継続的な取引有。大規模案件提案の際は要時間
域外古参勢力 宗教関係者が多くを占める小規模な勢力群。ナーマに貸し1
ナーマ周辺零細部族群(東境界線付近の小オアシスは除く) ナーマに対し好意的。ナーマへ出稼ぎを多数派遣中。ナーマ傘下になりかけています
定住民連合勢力 ナーマ東隣小都市を中心とした連合体。ナーマと敵対的中立。ナーマの巨大化を望まない域外大勢力の援助を受けています。防諜有
その他の零細部族 ナーマの北、南、西に多数存在。北と南は定住民連合勢力に取り込まれつつあります
定住民連合勢力を援護する地域外勢力 最低でもナーマの数倍の経済力有。ナーマに対する直接の影響力行使は裏表含めて一切行っていないため、ナーマ側から手を出すと評判に重大な悪影響が発生する見込

●保留中計画
領主一族一般公募

●進行中計画
域外古参勢力から留学生受入
 受入準備中


■参加者一覧
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
設楽 万理(ia5443
22歳・女・弓
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
アレーナ・オレアリス(ib0405
25歳・女・騎
将門(ib1770
25歳・男・サ
朽葉・生(ib2229
19歳・女・魔
エラト(ib5623
17歳・女・吟
アナス・ディアズイ(ib5668
16歳・女・騎
クシャスラ(ib5672
17歳・女・騎
ライ・ネック(ib5781
27歳・女・シ


■リプレイ本文

●円卓会議
 昼の暑さがようやく和らいできた頃。
 アマル・ナーマ・スレイダン(iz0282)の独演会が開催されていた。
「西方の賊徒を防ぐためにも団結が必要です」
 集められた近隣首長の耳を爽やかな声がくすぐる。
「なによりも速度が必要です」
 危機はすぐ側に有りナーマや周囲部族は素早く迅速に決定しなければ手遅れになる。
 だから、ナーマの下につけ。
「以上で発言を終わります」
 礼を尽くし、しかし頭は髪一筋分すら下げず、1地方で最大の力を持つ領主は円卓に着席する。
 玲璃(ia1114)が立案と演技指導を担当した事実上の併合勧告は、ほとんど抵抗を受けることなく受け入れられた。
 この日。
 ナーマを盟主とする連合が成立した。
 城塞都市と周辺零細部族からなる勢力であり、その西の位置する小勢力も複数興味を示している。

●その日の夜
「かあさんの馬鹿っ。もう知ら」
 自分が何を口にしたか気づき、アマルの動きが完全に停止し、淡い色の滑らかな肌が桜色色に染まる。
 思考が超高速で空回りしているのか、頭部が激しく熱を発し、空気がかすかであるが揺らめいている。
「よそのわるいこの面倒まで見れないもんっ」
 動きが再開される。
 軽く柔らかなクッションが投擲され、アレーナ・オレアリス(ib0405)に半分くらいが命中する。
 羽毛を薄い絹で包んだ座布団は綿のように軽く、アレーナの髪を乱すことすらできない。
「でてってっ」
 アマルの護衛のため領主寝室の隅に控えていたからくりが、アマルを見て、アレーナを見て、またアマルを見てから救いを求める視線をアレーナに向ける。
 ナーマの始まりから現在まで、開拓者が為したことは非常に大きい。
 開拓者との関係を絶ってナーマが成り立つのかどうか、確信が持てなかった。
「体を休めるのですよ」
 アレーナは頬が緩もうとするのを意思の力で押さえ込む。
 反抗期になるほど心が育っていたとは、嬉しい誤算だった。
「あ…」
 アマルはアレーナを呼び止めようとし、けれど不要なプライドが邪魔して言葉に出来ず、涙目で近くのもふらさまに抱きついて泣き出すのだった。

●難題山積
 宮殿内開拓者用厩舎。その中のアーマー整備場の隅っこで、アマルは人狼と火竜に囲まれて膝を抱えていた。
「外の人間には見られないようにな」
 将門(ib1770)は政府高官ではなく年長者として声をかけ、玄天にその場に止まるよう目配せしてから宮殿の奥にある一室へ入って行った。
「何があった」
 憂鬱と楽観を行ったり来たりするアレーナに気づき、将門は状況説明を求めるため玲璃に視線を向ける。
 が、玲璃は目の前の羊皮紙の山に目を通すのに没頭し気づかない。
 羊皮紙は、移民希望者が送りつけてきた自己紹介だ。
 今のナーマはかつて移民を募ったときとは何もかもが異なる。
 明日も残っているかどうか分からない新興開拓地ではなく、1地方の覇権を握りつつある地方の有力勢力なのだ。
 だから、実績と名声のある、その分色々抱えた連中が集まってくる。
「問題ないようだな」
 より正確に表現するとこうなる。
 いつも通りの問題で済んでいるようだな、と。
 将門は、部屋の一面を占拠する黒板に多数の書類を貼り付けていく。全て、西方の零細部族出身者の移民願いだ。
「移住希望者ですか」
 内容に気づいたアレーナが眉を寄せる。
 自力防衛を成り立たせるため、訓練の面での協力を持ちかけたものの色よい返事は得られなかった。その連中が安全なナーマへの移住を求めているというのは、愉快には感じられない。
「鶏口牛後の気概を持たない、と断じるのは酷かもしれないがな」
 将門はため息じみた息を吐く。
 ナーマは辺境ではあり得ない水準で繁栄している。
 永年過酷な環境に耐えに耐えてきた人々が想像を絶する豊かさに触れ、惑ってしまったことを単純に責めるのは酷だろう。牛後は嫌でも、龍の一部になれるなら納得してしまう者は多いのだ。
「しかしそれでは…」
 西の治安維持のため、ナーマが多くの力を裂く必要が出てくる。
「このまま受け入れるのは難しい」
 急拡大した新興勢力が自重に耐えかねて潰れるのは珍しくない。
 将門はナーマに同じ轍を踏ませるつもりは全く無かった。
「それと」
 こほんと咳払いをしてからアレーナを見る。
「天儀に戻る前に気にしていないと伝えてやれ。心を育てるため敢えて突き放しているだけだとは思うが」
「ええ」
 アレーナは優しい笑みを浮かべる。
 数日後。帰りがけに声をかけたとき、アマルは満面の笑みを浮かべてアレーナに抱きついたらしい。

●鉱山
 小鬼とほとんど体格が変わらない鬼が、3体同時に槍を繰り出す。
 速度も力も下の下ではある。
 けれどタイミングと間合いの取り方は及第点で、質の高い集団戦用訓練を受けている気配があった。
 クシャスラ(ib5672)は一歩も引かず、半歩横に移動するだけで鬼達の狙いを外し、横から槍の枝を盾で殴りつけて3体の姿勢を大きく崩す。
 盾が発した光がおさまるよりも早く、大型の長剣で端の鬼の頭部から胸までを叩きつぶす。
 血が流れるよりも早く瘴気に変じて広がっていき、なんとか2体で体勢を立て直そうとした鬼達に再度長剣が振るわれ、今度はだるま落としのように頭部を吹き飛ばされた。
 排除を終えたクシャスラは鉱山入り口を挟んで反対側に向かう。
 そこにはヤリーロが乗り込む飛空船が停まっていて、志体を持たない作業員が数十人いるはずだった。
 クシャスラの足が止まる。
 飛空船から火縄銃の一斉射撃の音が聞こえてきたのだ。
 1つ1つの狙いは先程の鬼未満だが、1カ所に同時に十数発放たれた銃弾は跳躍寸前のアヤカシを地面に押しとどめ、痛みに悲鳴をあげさせる。
 そこに火縄銃から持ち替えた短銃による再度の一斉射撃。
 アヤカシは乾いた砂地を体液で汚しながら逃げだし、足を引きずり数十メートル移動したところで、再度一斉射撃を浴びせられ止めを刺される。
 射撃の手際が妙に良い。おそらく普段から実弾を使った演習を行っているのだろう。ここ辺境において、経済的に余裕のあるナーマくらいしか実現できない戦法かもしれない。
 嶽御前に術による索敵を行ってもらってから、クシャスラは使い慣れたアーマーに乗り込む。
「妙ですね」
 先程のアヤカシの動きが気になる。
 この地のアヤカシは、一度徹底的に掃討され、おそらくは全滅したはずだ。
 新たに湧いたばかりのアヤカシが集団戦が出来るというのは、違和感がありすぎる。
 飛空船から作業員が降りてくるのに気付き、クシャスラは思考を切り替えて鉱山の中に入っていくのだった。

●相棒と一緒
「食べ過ぎ駄目」
 設楽 万理(ia5443)が制止すると、走龍は大きく口を開けて餌を頬張ってから、渋々厩舎から出てくる。
「疲れは残ってないみたいだね」
 羽毛の色艶と筋肉の張り具合から体調を推測し、万全であることを確信して深くうなずく。
 宮殿の美味い餌を食らい、上等の宿並みの厩舎で休んでいたのだから当然の結果かもしれない。
 鞍にまたがると、走龍の顔がきりりと引き締まった…気がした。
 まずは宮殿の中庭に出て、出勤中の官僚と挨拶をかわしつつ正門へ。
 門番から異常なしの報告を聞いてから街へと繰り出す。
 朝の農作業を終えて一度家に帰る男達に、子供を保育施設に預けて機織りや宮殿での事務に向かう女達。
 様々な人々が行き交う道を軽快に行こう…として少しだけもたつく。
 フォーエバーラブは反抗する気は無いようだけども、互いの動きに少しだけ食い違いがある気がする。
 本来警備隊数隊で担当する範囲を速度を活かして見回りしていると、警備隊経由でジークリンデ(ib0258)から連絡有り。
 急行して水路に派生したスライムに矢を浴びせる。とにかく浴びせる。
 物理攻撃に対してだけは強いスライムだが、とうに中堅の域を脱している万理なら力押しで潰せる。
 万理の代わりにこの街固有の戦力で対処する場合はジン隊かからくり隊のどちらかが全力出撃するか民兵の大量動員するしかない。だが万理がいることで、彼等の多くが久々の休みを満喫できていた。
 適度な休みは力を回復させる。次回は少し無茶をさせることも可能だろう。

●砂の山
 飛空船から、クシャスラのアーマーが大きな袋を地面に降ろしていく。
 作業員は荷車に積み込んでから風除けの囲いに囲まれた場所へ移動し、袋の中身を広げて鉱石のより分け作業を開始する。
「鉄鉱石の割合が多いみたい」
「鉱山でも出来る範囲で選別しましたから」
 万理が見物していると、アーマーを仲間に預けたクシャスラが顔を出す。
「石灰石とかあればいいんだけど」
「有ります?」
 クシャスラが尋ねると、作業員のまとめ役は唸りながら答えを返す。
「たまに…いや極希に見つかるかもって感じで。質も量も拙いことが多いんで、重要箇所の工事には輸入品を使ってるって話ですよ」
 金儲けは難しい。

●東に臨む
「厳重に抗議されました!」
 東隣勢力主催の宴会から追い出されたからくりが、滑空艇に乗って飛空船に戻って来た。
「アヤカシについては」
「これです」
 几帳面な文字で隙間無く書き込まれた羊皮紙が差し出される。
 ジークリンデは一目で内容を把握してから、口頭での説明を目で命じた。
「荒野以上魔の森未満みたいです」
 アヤカシの脅威が大きいようだ。多いが異常とまでいえない、という水準だろうか。
「んー、でも」
 東の人間の発言、態度、全体の雰囲気を思い出し、からくりは感じたことを口に出す。
「アヤカシの動きが妙なんです。東端に目撃情報があったのがしばらくして遠くで見つかるとか、連携が凄くとれてるとか、えーと、なんか自然っぽくないんです」
 的外れな推測かもしれないし、膨大な情報をもとに導き出された正確な推測かもしれない。
 これをもとにナーマがどう動くか決めるのは、現在領主から権限を預かっているジークリンデ達開拓者だ。
「報告ご苦労でした。あなたは休暇をとっても構いませんよ」
「できれば演習に参加したいです!」
 好奇心で眩く輝く瞳を、ちらっ、ちらっと甲板上の精霊砲に向けている。
 演習中のからくり達は、手元のメモの計算結果と砂の上のクレーターを見比べてしきりに首を傾げている。
「計数に自信は?」
「えっと、ぎりぎり平均点?」
 他の同型11人と比べて優れても劣ってもいない。
 なお、最も計数に強い同型は今精霊砲の後ろで悩んでいる1体である。
 領主に提出するための報告書をまとめるようジークリンデが命じると、からくりは露骨に残念そうな顔をしてうなずいた。
「適性は並程度にはある…はずなのですけど」
 今回訓練に使われている精霊砲は、理由は全く分からないが、天儀の大商家が貸し出してくれたものだ。
 城壁内で使うわけにもいかないので外で使うことになり、派手に誤射を繰り返して東隣勢力が不快感を表す原因にもなってはいる。
 が、非難したりされたりはいつものことなので、誰も問題視していなかった。

●西へ臨む
「苦境にあっても法に背かず耐え抜いたことを改めて賞します」
 こちらが上であることを誤解無く伝え、同時に相手を尊重する意思を豊富な食材と席順で示しながら、エラト(ib5623)は慎重に話を進めていく。
 ここは、ナーマから見て西にある小オアシスの一軒家。
 周辺の零細部族の有力者…といってもせいぜい数家族からなる零細集団の長が、食い入るような目でエラトと、エラトが運んできた料理と飲み物をみつめていた。
「いつ攻め入られるので?」
「村の守りを疎かにはできません。ですが攻め入られたときに騒ぎを起こす程度なら…」
 彼等から見て圧政を敷く部族をナーマに滅ぼしてもらいたいようだ。
 エラトは言質をとられないよう言葉を慎重に選び、ナーマ連合入りを勧めつつ情報収集を行う。
 家の外で交わされている会話の内容は、目の前の会話とないほとんど同じだ。
「元首長部族の圧力に抗するのが難しいのであれば、しばらく従う振りをするのも良いでしょう」
「そんなことをおっしゃらずに」
「ナーマの強さは族長から聞いておりますぞ」
 しきりにナーマを持ち上げ、しかし自ら動く意思は見せない。
 戦力も経済力も違いすぎるとはいえ、あまり見ていて気持ちよい光景ではないかもしれない。
 家の外では、具体的な援助の約束がないことに苛立つ会話が交わされているようだ。
「今回はこれで失礼いたします。今日中に北のオアシスに向かうつもりですので」
 エラトは外で待たせていた鷲獅鳥と合流して、次の目的地へ高速で向かう。
 話を持ちかけなくてはならない相手は、1つ1つは小さいからこそ、数だけは多かった。

●自壊
 はじめて見る飛空船の偉容。
 地に潜むアヤカシを全て見つけ出す鳳珠に、単身で粉砕するルエラ・ファールバルトの剣腕。
 ライ・ネック(ib5781)の訪問を受けた零細部族はナーマ連合入りを即断し、翌日、飛空船が飛び立った後に現れた政権部族の徴税役を手ひどく侮辱し追い払った。
 その数日後。目障りなジンを見かけなくなったことに気づいた雑魚アヤカシが集まり、一丸となって零細部族の有するオアシスに侵攻した。
 飛空船が残した甘美な物資に酔いしれていた零細部族は、ほとんど抵抗もできずに蹂躙されたという。
 命からがら逃げ延びた零細部族は、数日前侮辱したジンに助けを求めた。
「出来の悪い芝居じゃねぇんだから」
 名目上ナーマの西側を支配している部族の長は、徴税役から経緯を聞いてため息をついた。
「生き残りは23名。農耕民は全滅です。宿営地の外で天幕を1つ貸し与えました」
 感情を押し殺した顔で、徴税役にしてアヤカシに立ち向かう戦士が淡々と現状を報告する。
「ご苦労」
 長は深くうなずいてから貴重な水を勧めて戦士を賞し、戦士がまだ何かいいたげにしていることに気づく。
 目で促すと、戦士は天幕の中に人がいないのを確認してから小声で話し始めた。
「連中が妙なことを話していました」
 長の盟友の部族が賊と繋がっていること。
 ナーマがここ一帯を制圧することに王宮が黙認を与えたこと。
 特に後者については書式が整った文書が出回っていて、戦士も得意げに突きつけられたらしい。
「良く分からんのー」
「長! 仮に、万が一事実なら…」
 几帳面な戦士が激しかけ、族長に宥められる。
「よーく考えてみろ。神の巫女様のお言葉なら話は別だが王宮の黙認程度で怯えていたら何もできん。奴が賊と繋がっていてその証拠を残すような間抜けなら付き合いを考え直さにゃならんが」
 長は自分の装備の確認をはじめる。
「要するに大義名分だ。いきなり殴るよりそれっぽい理由をつけて殴った方が他に敵をつくりにくいってだけの話さ。よし、アヤカシに奪われたオアシスを人間の手に取り戻すとしようか、なあ?」
 人の悪い笑みを浮かべると、戦士ははっとして我に返る。
「ナーマの船と遭遇したときはどのような対応すれば」
「アヤカシ討伐への協力に感謝するから一度だけ縄張り荒らしを黙認してやる、とでも言っとけ」
 戦士はくすりと笑い、一息で水を飲み干してから天幕から飛び出す。
 数分後、雑魚アヤカシ1部隊を退けられる兵力が、オアシスに向けて全速で出発した。
「…」
 ライは秘術で姿を消し、宿営地から離れ飛空船に合流する。
 今なら彼等を追い越してオアシスを奪還できる。しかし奪還してもオアシスを維持する兵力がない。
 衝突を避けるため大回りしてナーマに帰還するのだった。

●白旗
「医務室へ」
 朽葉・生(ib2229)が指示すると、待機していた医者が意識を失った職人を会議室から運び出す。
 会議室の中央には、できあがったばかりのナーマ地下の模型が転がっていた。
 幽鬼じみた雰囲気の技術者や監督達が模型を正常な向きに戻し、模型の風車部分を人力で回していく。
 線香で色づけされた空気はゆっくりとトンネルの中に入っていき、しばらくしてから空気穴から出てくる。
 ただし、その量はあまりに少なかった。
「この精度で駄目ならどうにもなりません」
「ナーマ創始期最大最後の大工事がこれで中断するとは、無念で」
 ぎらついていた目から力が失われ、身長は生の2割増し、横幅は生の5割増しの筋骨逞しい男達が次々に倒れ、高いいびきをかき出す。
「参りましたね」
 技術面でナーマ最高の頭脳と腕の持ち主が、揃って白旗を上げてしまった。
 職人は地下に連れて行けば高精度の工事をしてくれそうな気もするけれど、万一のことがあれば都市インフラに甚大な悪影響が出かねない人材なので危険にさらし辛い。
「そろそろ予定時刻です」
 ライから預けられたからくりが生を呼びに来た。
「分かりました」
 生は、職人に作らせた開拓者用の膂力に耐える鶴嘴とシャベルを抱え、現場に向かっていった。

●時間制限有り
 土砂から顔を出した不定形のアヤカシに、総鉄製の巨大スコップが叩き込まれた。
 同じ重量の武器と比べれば威力は1桁小さく、人狼型アーマー轍が素手で殴った方がはるかに威力があるだろう。
 とはいえ雑魚中の雑魚アヤカシにはこれでも十分過ぎる。
 アナス・ディアズイ(ib5668)は土ごとアヤカシを粉砕し、事前に見た設計図に従って堀り、補強し、掘り進め、資材を組み合わせて安全な通路をつくっていく。
 アナスの背後では斑を含むからくり達が人狼が掘り出した土砂を運び、宝珠の可能性がある石を袋に入れていく。
 判別のノウハウがないため大雑把に判断するしかなく、石を入れた袋は数十個に及んでいた。
 日に一度のペースで中書令が精霊の聖歌を奏でているため、瘴気の濃度は低く抑えられている。
 そのためメグレズ・ファウンテンが槍を振るう機会は訪れず、メグレズは大重量の袋をいくつも抱えて地下と地上を行き来していた。
 途中、メグレズはホールにさしかかったところで生と会話し、地上への帰還を勧める。
 水源に流れ込む可能性のある汚水を全て術で浄化している生は、酸素不足であえぐメグレズよりさらに消耗が激しかった。

●勝利
 アナスは数日かけて、天然の空洞にまでトンネルを通すことに成功した。
 天井から突き出た質の低い、しかし大きさだけはなかりある宝珠が淡い光を放って天然の大広間全体を照らしている。
 おそらく、人間がはじめて目にする光景なのだろう。
 アーマーの目を通して無言でみつめ続け、だが左右から装甲板が打ち鳴らされる音で我に返る。
「急いで戻ってください」
「困難でしたら後部ハッチの開放をお願いしします。私達が地上まで送ります」
 からくり達の声が大きく、何故か早口で聞こえる。
「だい…じょうぶです」
 アナスはほぼ無意識に人狼を操り、トンネルに傷をつけず、機体にも傷をつけることなく地上まで帰還した。
 多く掘り出された宝珠よりも、今回見つかった地形が多くの者の注意を惹くことになる。
 開拓者が天儀に帰還した次の日に、ナーマに対し大口の低利融資と未起動からくり売却の商談が持ち込まれた。