【城】覇権という名の厄介物
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 難しい
参加人数: 10人
サポート: 2人
リプレイ完成日時: 2013/03/21 21:45



■オープニング本文

 我等ナーマの西に住まう諸部族は、主従関係を撤回する。
 元主の非は2つある。
 1つは賊を使ったこと。複数の部族をまとめる立場でありながら賊と結びつき利を貪るなど言語道断。
 1つ道理に外れた税。正当な権利ではあっても我等が枯れ果てるほどの税は限度を超えている。
 また、この場を借りて改めてナーマにお礼を申し上げる。
 苛政にあえぐ我等が今まで生き延びたのはナーマの支援のお陰である。我等はこの恩を決して忘れない。

●広がる波紋
 ナーマ西隣に散在する零細部族の族長達が、城塞都市ナーマの一角で高らかに宣言した。
 証人は、ナーマを訪れていた際に巻き込まれてしまった王宮の小役人。
 観客は、ナーマを見学に訪れていたアル=カマルの最上層に位置する家系の子弟。
 形式は整っていない。
 しかし断絶の意思は明確であり、証人は本来辺境に来るはずのない高貴な人々だ。
 宣言の場所も内容もこれ以上なくナーマよりで、誰もが零細部族の背後にナーマの影を感じていた。
 主要な当事者であるはずの、ナーマを除いて。

●困惑
「お許しいただけるのであれば、我等の皺首などいくらでも…」
 謁見の間で、老人達が深々と頭を下げていた。
「我等の一族はお許し頂きたく」
 勝手な行動を詫び、ナーマが望むなら臣従するという。
 ナーマの若い官僚達は自尊心が満たされて驕った表情を浮かべ、しかし上座から冷ややかな目で見下ろす主に気づいて居住まいを正す。
「直ちに西の情報を開示しなさい」
 拒否するなら先の宣言をナーマに対する侮辱とみなし西へ攻め入る。冷たい怒りにさらされた彼等は、全ての要求を受け容れるしかなかった。

●計画修正
「駄目です。金蔵を空にしても西の再建費用を賄えません」
「遠征のための情報が足りません。一応の遠征費用試算が出ましたが最終的にどこまで膨れるかは…」
 長達が提出した情報は全力で分析され、ナーマ官僚団を恐怖の中に叩き込んだ。
 このとき領主が動揺していたとしたら次に開拓者が訪れるまでナーマは何も決められなかったかもしれない。
「王宮に正式な使者を立てます。開拓者が到着次第出発できるよう手はずを整えなさい」
「はっ」
 官僚達が落ち着きを取り戻す。
「民兵動員準備と飛空船の整備を早急に終わらせなさい。旧式銃用の弾薬も可能な範囲で揃えるように」
「直ちにかかります!」
 軍事部門が、最低限の人数を残して会議室から飛び出していく。
「労働力数割減を前提に予定を組み直しなさい」
「計数に強いのを何人かお借りします」
 農業部門と建築部門が、数名の事務員と共に予定の組み直しを開始する。
 西への進出は次回以降。誰と結び誰を排除するかを今回決めなければ、西の全てが敵となりかねない。

●苛立ち
「くぅっ」
 宮殿の奥に引っ込んでから、アマル・ナーマ・スレイダン(iz0282)は生まれてはじめて怒りを爆発させた。
 無駄を省き爪に火をともす思いで確保した保育施設拡充予算が今回の件で吹き飛んだのだ。
 からくりの瞳に、今は亡き主に近い光が灯りつつあった。

●地下へ進む道
「瘴気で一杯だった空洞って天儀の遺跡っぽくない?」
「夢はメンテ中に見よーよ。開拓者方が来られる前にホール内防衛戦訓練を終わらせるよっ」
 12体の領主側付き達は、ほとんど休み無く働いている。

●依頼票
 仕事の内容は城塞都市ナーマの経営補助
 依頼期間中、1つの地方における全ての権限と領主の全資産の扱いを任される


●城塞都市ナーマの概要
 人口:普 零細部族から派遣されて来た者を除くと微になります。移民の受け容れ余地大
 環境:微 水豊富。空間に空き有。大規模工事により水質低下
 治安:良 厳正な法と賄賂の通用しない警備隊が正常に機能中
 防衛:良 強固な大規模城壁有り
 戦力:普 ジン数名とからくり11人が城壁内に常駐。戦闘用飛空船込みの評価です。訓練で向上した分は新兵訓練の際の負担で相殺中
 農業:良 都市内開墾進行中。麦、甜菜が主。二毛作。牧畜有
 収入:普 周辺地域と交易は低調。遠方との取引が主。鉱山一時再開後閉鎖。麦を中規模輸出中。氷砂糖を小規模輸出中
 評判:良 好評価:人類領域(一地方)の奪還者。地域内覇権に最も近い勢力 悪評:伝統を軽視する者 零細部族の臣従表明により上昇
 資金:微 収入は対王宮外交準備と動員準備に当てました
 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。1つ以上の項目が滅になると都市が滅亡します

●都市内組織
官僚団 内政1名。情報1名。他4名。事務員有
教育中 医者候補4名、官僚見習い23名
情報機関 情報機関協力員約20名
警備隊 百名強。都市内治安維持を担当
ジン隊 初心者開拓者相当のジン7名。対アヤカシ戦特化
農業技術者集団 学者級の能力のある者を含む3家族。農業指導から品種改良まで担当
職人集団 地方都市にしては高熟練度。技術の高い者ほど需要高
現場監督団 職人集団と一部重複
からくり 同型12体。見た目良好。領主側付き兼官僚見習兼見習軍人。1人が外交官の任についています
守備隊(民兵隊) 常勤は負傷で引退したジン数名のみ。城壁での防戦の訓練のみを受けた260名の銃兵を招集可。招集時資金消費収入一時低下。損害発生時収入低下。新規隊員候補130名を訓練中

●都市内情勢
妊婦と新生児の割合高め。観光客(留学生候補を含む)多数

●軍備
非ジン用高性能火縄銃490丁。旧式銃500丁。志体持ち用魔槍砲10。弾薬は大規模防衛戦1回分強。迎撃や訓練で少量ずつ弾薬消費中
装甲小型飛空船1隻。からくりが扱いに習熟

●現在交渉可能勢力
西隣地域零細部族群 全て足しても西隣弱小遊牧民の半分程度の勢力です。首脳陣がナーマにいます
王宮 援助等を要請するとナーマの威信が低下し評価が下がります
定住民系大商家 継続的な取引有。大規模案件提案の際は要時間
域外古参勢力 宗教関係者が多くを占める小規模な勢力群。ナーマに貸し1
ナーマ周辺零細部族群(東境界線付近の小オアシスは除く) ナーマに対し好意的。ナーマへ出稼ぎを多数派遣中。ナーマ傘下になりかけています
定住民連合勢力 ナーマ東隣小都市を中心とした連合体。ナーマと敵対的中立。ナーマの巨大化を望まない域外大勢力の援助を受けています。防諜有
その他の零細部族 ナーマの北、南、西に多数存在。北と南は定住民連合勢力に取り込まれつつあります
定住民連合勢力を援護する地域外勢力 最低でもナーマの数倍の経済力有。ナーマに対する直接の影響力行使は裏表含めて一切行っていないため、ナーマ側から手を出すと評判に重大な悪影響が発生する見込

●現在交渉不能勢力
西隣弱小遊牧民 交渉窓口無し。治安劣悪。経済どん底。零細勢力を圧迫中。ナーマがリーダーの筆跡を確保。謀略実行時は域外大勢力に感づかれる可能性が有り、その場合ナーマの威信が低下

●保留中計画
領主一族一般公募
域外古参勢力から留学生受入


■参加者一覧
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
アレーナ・オレアリス(ib0405
25歳・女・騎
将門(ib1770
25歳・男・サ
朽葉・生(ib2229
19歳・女・魔
エラト(ib5623
17歳・女・吟
アナス・ディアズイ(ib5668
16歳・女・騎
クシャスラ(ib5672
17歳・女・騎
ライ・ネック(ib5781
27歳・女・シ
中書令(ib9408
20歳・男・吟


■リプレイ本文

●都市の雰囲気
 紅茶の風味をつけられた濃厚砂糖水を喉に流し込んでから、憔悴した顔の官僚が都市住民給与計算を再開する。
「姫様、じゃない。アマル様は初代様の娘だな」
「何を今更。ナーマ様より顔が良いからって勘違いでもしてたのかよ。西への対処もおそらく…」
「怠慢を理由に処断されたくないなら仕事に集中しろ。来月には西の接収作業で仕事が激増するんだ。都市内の件は早めに片付けておかないと過労死するぞ」
 会議室の灯りが消えたのは、夜明近くであった。

●子供
 西の諸部族から畏怖され、ナーマ家臣団に畏敬の念を抱かれた領主は、寝台の中で頬をふくらませていた。
「怒ってもいいのよ。でも、怒ったあとでちゃんと自分を振り返ってみるの」
 寝台の中でアレーナ・オレアリス(ib0405)に優しく抱き寄せられ、薄い寝間着につつまれた背中を柔らかく撫でられているうちに、頬のふくらみは徐々に小さくなっていく。
「アマルが見たもの触れたものを思い出してみて。アマルはちゃんと愛されてるわ。怒りに心を支配されそうな時は、それを思い出すの」
 普段は髪に隠されている肩がほんの少しだけ動く。
 肯定したいけどすぐにうなずくのは恥ずかしいと思っているときの仕草だ。
 アレーナは口元に笑みを浮かべ、母親が子供に対するように背中を押してやる。
「怒るよりも素敵な心と解決法が浮かんできているでしょう」
 問いかけではなく確認だった。
「違います」
 不機嫌そうな声だ。
 けれどアレーナから離れる気配はなく、控えめに、そろりそろりと滑らかな体を近づけている。
 ひんやりとした肌を受け止めてやりながら、アレーナは無言でアマル・ナーマ・スレイダン(iz0282)の側に居続けた。
 翌朝、アマルは将門(ib1770)の薦めに従い、留学生の受け入れを正式に発表した。

●王宮
 鷲獅鳥に乗って急行し面会を希望した後、エラト(ib5623)は数日も待たされていた。
 雑に扱われている訳ではない。
 高位の開拓者であるエラトを監視するため数名のジンが常に控えてはいるが、エラトに対する態度は極めて丁重だ。
「こちらの合意はとれた」
「こっちはいくつか渋っているのがいる。ナーマにもう少し譲歩させたいのだが」
 極限の集中により拡張された聴覚が、王宮の一室で行われている会話を風の中から拾い上げる。
「ワシ等はこの件に関してはナーマにつく」
「禁輸でもちらつかされたか?」
「さあ、どうかのう」
 片方の声には聞き覚えがある。
 ナーマに留学生の受け入れを求めていた古参勢力の有力者だ。
「お館様、ここでは外部に漏れる可能性が…」
「何」
「主が言うなら真なのじゃろう。開拓者とは凄まじいな」
 それきり、エラトにとって有用な情報は拾えなくなった。

●国の有力者達
「説得力のある証拠であった」
「賊を許す法は無い」
「されど距離がありすぎる。我等が口を挟めば解決は遅くなるだろう」
「では『辺境の些事は王宮のあずかり知らぬことで、現地の者達で解決せよ』という事でよろしいですね?」
 エラトが発言すると、ある族長は顔をしかめ、ある族長代理は微笑ましいものを見たときのように笑みを浮かべる。
「次の機会にはその時点での西側の支配者も招待しよう」
「双方の言い分を聞かねばな。無論、呼ばれる勢力が2つではない可能性もある訳だが」
 西を併合しても傘下にしても問題視しない。ただし統治に失敗した場合は話は別。
 自分勝手で傲慢な決定ではあるが、ナーマに力があれば最大の利益を得られる決定でもある。
 条件交渉は難しいと判断し、エラトは決定を受け入れナーマに帰還するのだった。

●西の内情
 徴税に向かったはずの男が、らくだを失い血塗れで帰還した。
「申し訳…」
「手当を急げ! 備蓄を取り崩しても構わん。若衆をたたき起こせ。アヤカシの襲撃に備えろ!」
 現在ナーマの西隣地域を支配しているはずの男が、直接部下を出迎え指示を出す。
「意識を手放すな。血を止めるまでなんとしても持ちこたえろ!」
 呼びかけを続けながら、頭を揺らさないように、体に負担をかけないように細心の注意を払いながら自身の天幕に運び込む。
 予算不足で整備もままならない武器を手に外へ向かう若者達。
 少量の薬草を効率良く使う技術だけが取り柄になりつつある医者が長の天幕に急行する。
 百数十の足音の中に侵入者の足音が混じっていることに、侵入者以外誰も気付けなかった。
 走龍と別れたライ・ネック(ib5781)が最初に注意を向けたのは、この遊牧民拠点の人々の服装だ。
 全ての罠を見抜く目と透明化の技という絶技を使いこなすライではあるが、無制限に使える訳ではないの変装のための判断材料が必要だった。
 ナーマから見て西の地域を支配しているはずの部族は、やせ衰えている。
 消耗品であるはずの外套の買い換えもろくに出来ていないらしく、ライは人の中に紛れるために持参した衣装を傷めてごまかす必要があった。
「どうするおつもりか」
 長の天幕から余裕のない声が響いてくる。
 ナーマが収集した情報が正しいなら、ナーマを襲った賊と繋がっていた人物のはずだ。
「おいおい、分かりきったことを聞くんじゃねぇよ」
 長の言葉を聞いたライが眉を寄せる。
 数個の天幕を挟んだ場所で聞いているのだから、盗聴が露見した訳ではないだろう。
 しかし不用心すぎる。防諜のための隠語が一つも使われていない。
「下が刃向かわないならこのまま、外から来ないならこのままさ」
「馬鹿な。小部族など潰してしまえばよい。外の財を奪い力を養えばよい。お前なら1人でもっ」
 政敵であるはずの人物は、哀願していた。
「外ってナーマか? 空の上の船なんて落とせるかよ。一度見たことある開拓者ってのも、ありゃ、無理だ。1対1に持ちこめたとしても相打ちに持ち込めるかどうかも分からねぇよ」
「なら」
「下の連中を攻めるのは無しだ。てめぇの側から正当性を手放すのは馬鹿のすることだぜ。まっ、そろそろ爆発するだろ。単独なら農耕民以外を追い出して俺達が移り住みゃぁいい。連中が外の兵を招き入れるならそれはそれで構わねぇ。糞の役にもたたねぇ土地の面倒、しっかり見てもらおうじゃねぇか」
「何を言っている。長の立場を失えば我が部族がどうなると…」
「しっかりしろよ。俺が時間を稼いでいる間に女と家畜と若いのを逃がすのはお前の役目だぜ。ここまで来たら何を手に入れるかじゃなくて何を手放さなくて済むかって話なんだよ。俺は派手に暴れて部族の、ぶらんど? ともかくそういうのを維持するのが役目で、俺の次は部族の力を保つのが役目だ」
 この時点で、ライの収集した情報が1つに繋がった。
 現在西の部族は、零細部族が反乱を起こした際の武力侵攻と、ナーマや他の勢力が攻めて来た際の準備を同時に進めている。
 前者の場合は零細部族を切り捨て、後者の場合は支配者の座と零細部族に対する責任を捨てて自身のみ存続を図る気だ。
「1年前に、お前が、長ならっ」
 天幕からは、常人でも聞こえる大きさの泣き声が聞こえていた。

●国取りの方法
 アレーナに伴われてアマルが姿を見せたとき、玲璃(ia1114)は安堵の息を吐いた。
 アマルは支配者然とした威圧感をまとい、会議室にいる若手官僚達に強烈な緊張を強いている。
 だが玲璃の目には、もふらさまとの距離を詰めるため視線でフェイントをかけつつ前進するアマルと、アマルの数倍の身体能力を活かして部屋をかけまわる温の、子供っぽい争いがしっかりと見えている。
 初代が持っていた、悪い意味で子供じみた剥き出しの悪意が表に出てきたかと心配していたが、アレーナによって早期に解消できたようだ。
「気持ちは分かるが仕事はこれからだ」
 将門が声をかけると、玲璃は深くうなずいてから気持ちを切り替える。
「西の現状について報告します」
 アマルが上座についたのを確認してから開始を宣言し、将門に視線を向ける。
「先程ライから調査結果が届いた。これで西の現政権と親ナーマの両方の情報が揃った。可視化するぞ」
 会議室の中央に広げられたナーマ西隣の地図に、赤く染められた石を置く。
「これが政権部族。これが圧政を敷いたから零細部族がナーマに助けを求めた、と零細部族は主張している。」
 桜色に染められた石を赤に密着させる形で複数置く。赤に比べると小さいものの、全てあわせると赤を上回る。
「これがその友好部族。婚姻関係によって政権部族との一体化が進んでいる。零細部族は辛うじて話が分かる連中だと言っていたが」
 走龍に乗って現地へ急行し面会した者達を思い出してしまい、意志力を振り絞ってため息をこらえる。
「この友好部族の頭が、賊と通じてナーマに被害を与えようとしていた。既に証拠は王宮に届けている。故に、おそらく相手が受け入れられないほどの譲歩が無い限り、ナーマはここと友好関係を結べない」
「ジルベリアや天儀と同じですね」
 ナーマ周辺の文化慣習を学習中のジークリンデ(ib0258)が発言する。
 今ナーマが友好を求めたとしたら、周辺勢力全てから腰抜け呼ばわりされてナーマの権威が低下する。
 城壁内の治安から外部との貿易まで、様々な分野で悪影響が出ることになる。
「そこに賠償を求めた場合はどうなります?」
 官僚達に説明しやすくするために、ジークリンデと共に学習中の中書令(ib9408)が問いを投げかける。
「長を切って手打ちが為ったと主張するかもしれんな」
「乱暴ですが…それだけ余裕の少ない土地なのでしょうね」
 ちらりと視線を向けると、若手官僚達は怯えて青い顔をしていた。
「続けるぞ。これが政権部族と非友好または敵対部族。全て親ナーマだ」
 青の石を少し離した場所に置く。数だけは多いが、全てあわせても赤単独に及ばない。
「最後に中立部族。他部族との連絡が絶えているので無事がどうかすら分からない」
 青より少ない白の石が、赤、桃、青から離れた場所に並べられる。
「白が増えた?」
 アマルがもふらさまとの逢瀬を諦め、瞳に真面目な色を浮かべる。
「放置すればさらに増える」
 将門が一歩下がり、代わって玲璃が前に出る。
「次に試算結果を発表します。現在政権部族が徴収している額がこれで」
 地図に具体的な数字が書き込まれる。
 ナーマから見れば少額だが、規模が小さな部族にとってはかなり厳しい額だ。
「政権部族が部族間の連絡維持とアヤカシ討伐に費やしている額がこれになります」
 ほぼ同額。
「戦死者遺族への見舞金などは計算に入れていません。ナーマの基準で支払う場合は」
 ナーマでも厳しい額になってしまう。零細部族からの税では全く足りない。
「現状維持ではなく治安の維持を目指す場合はさらに増えるでしょう」
「青はナーマからの援助を期待している。自ら口に出すほど恥知らずではないようだがな」
 将門が補足する。
「鉱山を再開して常時稼働させ、利益の全額をあてればなんとか賄えるかもしれません」
 玲璃が打開策を提示するが、会議室の沈痛な空気を変えるには至らなかった。

●鉱山
 剥き出しの岩肌を舐めるような動きで、成人男性並みの大きさの総金属製戦斧が突き出され、そこから急角度で振り下ろされる。
 分厚い装甲で守られていた白骨が衝撃で粉砕され、猛烈に体に悪そうな粉塵と共に防具が地面に落ちる。
 地下洞窟の天井を支える支柱には傷一つつけず、自然発生したアヤカシのみを倒したジルベリア製アーマーは、ゆっくりとした動きでその場に膝をついた。
「っ」
 胸部から地面に降り立った時点で、クシャスラ(ib5672)は鞘から剣を抜いている。
 機体の周囲にも洞窟の先にもアヤカシの気配が無いのを何度も確認してから、地上へ続く側へ手で合図を送る。
 十数秒で足音が聞こえ、1分もたたずに揃いの作業着の男達がクシャスラの前に整列した。
「第2分隊15名到着しました」
 一斉に敬礼する。
 ジルベリアの一般的な兵士に比べると個々の動きも隊としての動きも鈍い。
 が、本職を別に持っている民兵としては十分な練度だ。
「採掘をはじめてください。アヤカシが現れた場合は装備を捨てて後退するように」
「はっ」
 答礼しながら指示を出すと、日々の重労働と豊かな食生活で強靱な肉体を持つに至った男達が作業にとりかかる。
 ツルハシで壁を砕き、慣れた様子で有望な鉱石を選り分け、小型の荷車に鉱石を満載して地上へ向かう。
 本職15人が専門の道具を用いて行う採掘作業は、クシャスラ1人が武器装備のアーマーで作業するより明らかに効率が良い。
「アヤカシの反応はありません」
 探索用結界を使う嶽御前が報告する。
「未探査地域は…」
「ここからでは効果範囲が足りません」
 優れた開拓者であっても術の効果範囲を広げることまではできなかった。
 その後、クシャスラは数日かけて作業員の警護とアヤカシの駆除を行い、ヤリーロの飛行船に大量の鉱石を載せナーマに帰還する。
 アヤカシは全て自然発生したもののようで、雑魚ばかりで装甲にかすり傷すらつかなかった。
 しかし鉱山設備は軽度ではあるが傷ついていた。鉄鉱石の売り上げの数割は、施設の補修に使われることになる。

●片手にナイフを
「ただいま戻りまし…たぁっ」
 東の空から飛来した小型飛行船が、水源の直上で美しい弧を描いて速度を0にする。
 舳先で手を振っていたからくり(領主側付き兼外交官相当)が足を踏み外して落下してはいたが、命綱が伸びきる前に人狼の手のひらで優しく受け止められる。
「代金です…」
 からくりが涙目で差し出したのは、鈍く光る金の延べ棒だ。
 ナーマの東端、というより東隣勢力圏での行事は問題なく執り行われ、ジークリンデが試しに運ばせた水源の土砂も全て売ることができた。
「もう少し強気に毟っても大丈夫だと思います」
 東の外交担当を憤死させかけたからくりが邪気のない笑顔で報告する。東の勢力は域外勢力と関係を深めた結果、経済、体制、文化の面で大きな影響を受け、潜在的な敵であろうと利益があるならつきあえるようになりつつある。そうでなければ今回の取引は成立しなかったはずだ。
「輸送費が少なくて済むのは魅力ですが」
 ジークリンデの予想通り、農耕に有用な良質な土砂は価値が高い。
 他領だけでなくナーマでの需要が極めて高く、有用性を確認した農業部門が備蓄分全ての使用を強く求めている。
「今回掘り出したのは水源の土ではありません。備蓄分は農業部門と協議しなさい」
「はいっ」
 自力で命綱を外したからくりは、ぺこりと頭を下げてから宮殿に向かって駆けていく。
「日没までに済ませますよ」
 火竜に乗り込んで土砂の入った箱を持ち上げ…宮殿からやってきた事務員によって終了させられる。
「ジークリンデ様! 資料が揃いました」
 無言のまま火竜を降り、後をからくり達に任せて宮殿に向かう。
 これまで散々ジークリンデにしごかれてきたからくり達は、自発的に船を動かし土砂搬出を進めていった。

●節分豆
 大量の水を含んだ土砂を貫き換気用の穴を開ける。
 どれだけ時間と金をかけても実現は難しく、仮に成功しても水質が凄まじく悪化しかねない難工事だ。
 難工事の、はずだったのだ。
「本日分です。確認をお願いします」
 朽葉・生(ib2229)の前に見慣れた豆が積み上げられていく。
 節分豆。
 開拓者にとっては身近な練力回復手段であり、万商店の定番商品でもある。
「何百回分でしょうか」
 生の瞳には生気が欠けている。
「297回分です。昨日の残り3回分とあわせて…」
「ええ、ええ、分かっています」
 生は幽鬼じみた動きで確認を終え、相棒の体に支えられながら今日も現場に向かうのだった。

●工事(魔術)
 灰色の光が地面を照らす。
 土も水も何もかもが灰と化し、柔らかな風に吹かれて消えていく。
 ララド=メ・デリタ。
 高度な攻撃術であり、高位魔術師である生が使えば絶大な威力を発揮する。
 だが、工事には向いていない。
 並のアヤカシなら一当てで消去できる光ではあるが、地面に当てても消せる体積は大きく無い。
 地下にあるトンネルまで届かせるためには、絶え間なく、長時間浴びせ続ける必要がある。
 なお、高位魔術師である生ですら2分間の連続使用は不可能である。
 ぱりぽりと豆を噛み砕く音と、灰色の光が障害を消し去る音が静かに響き、止まらない。
 数日後。第2ホールと地上を繋ぐ穴が開通した直後、生は精根を使い果たして倒れたらしい。

●工事(アーマー)
 チェーンソーで補強資材をはめ込むための穴を開けていると、急に穴が崩れ、そこを起点に壁全体が波打ち天井まで巻き込んで崩壊した。
 アナス・ディアズイ(ib5668)が乗り込む人狼は、壁に異変が生じた時点でチェーンソーを引き抜き第2ホールの近くまで後退して無事だった。
 が、ここ数日で掘り進めた箇所は完全に土と石で埋まり、ホールにも土と石が入り込んでしまっている。
 アナスはホールで人狼から降り、急ぎ足で通風口に近寄り浅く早い呼吸を繰り返す。
 現在地下にいるのはアナスともう1人、中書令の相棒であるからくりだけだ。
 呼吸を必要とするのはアナス1人。けれどその1人の需要を満たすのすら難しい。地上は遠すぎ、地下が広すぎるのだ。
「今日は無理ですね」
 なんとか体調を回復させたアナスが、意識して感情を消した口調で伝える。
 エラトが帰還していない現在、大規模瘴気払いが出来るのは中書令のみ。しかし彼はジークリンデと同じく集中学習中で、他の仕事を任せて邪魔すると学習効率が極端に悪化しかねない。精霊の聖歌は使用に3時間必要だから、おそらく助力を願えるのは1度が限界だ。
「サポートを頼みます」
 鼎は無言でうなずき、酸素不足で普段の動きができないアナスを助けるのだった。

●新たな光
 チェーンソーをスコップに持ち替えると、作業の効率が少なくとも倍になったように感じられた。
 ナーマ職人謹製の総鉄製スコップは轍の凄まじい力に耐えている。
 突き込んでから引き上げると大量の土砂と岩が浮き上がり、運び出すときも非常に安定している。
「何人か作業員がいれば良かったのでしょうけど」
 なんとか時間をつくって現場に来た中書令が、非常に残念そうな顔をしていた。
 アナスのアーマーは熟練作業員十数人分の仕事をこなしている。だがこの場に熟練作業員が数人、せめて2人いれば、総合で2、30人分の仕事を出来ていたかもしれない。アーマーは人の数倍の大きさであり、細かな部分まで手が回らない面もあるのだから。
「光が」
 異変に最初に気づいたのは鼎だった。
 脇に避けられた土砂の中に、松明の光を奇妙な形で反射するものを見つけ、主に知らせる。
「地下に遺跡…宝珠鉱山があっても不思議ではないですが」
 豊富な水源に鉄鉱石という、人にとって都合の良すぎるほど素晴らしいものが埋まっていた土地だ。さらに1つや2つ増えても驚かない。それに、この場所は今は瘴気濃度が低いとはいえ、つい先日まで強烈な濃度だったはずだ。一応、宝珠があっても不自然ではない。
 中書令は小さな灯りを頼りに硝子と石の中間風の何かを見つけ、調査のため外へ運び出す。
 次回短時間の学習で習得するために、今はナーマ周辺の文化と慣習を頭に詰め込むしかない。中書令はジークリンデと共に、帰還寸前まで宮殿の資料庫に籠もることになる。