【城】工事と初雨
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 難しい
参加人数: 10人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2013/03/09 00:07



■オープニング本文

 精霊に仕えるものとして作り出され、目覚めた今は人に仕えるからくり達。
 その中で、おそらく唯一の領主であるアマル・ナーマ・スレイダン(iz0282)ではあるが、彼女はからくりとして特に変わった人格を持っている訳ではない。
 主に仕える代わりに都市に仕えているようなものであり、今日も領主としての職務に精励していた。
「雨?」
 さあさあと。
 絹糸の細さと柔らかさを連想させる雨が降る。
 砂漠の中央に位置する、湧き水を頼りに生き延びる城塞都市全体を優しく濡らしていく。
 街中から驚きと喜びの歓声が聞こえてくる。
 雨は数分で止んでしまったけれども、陽気なざわめきはますます大きくなっていく。
 宮殿から街を眺めていたアマルは、水を吸った砂による汚れに気づいて軽く眉を寄せる。
 アマルの仕事は主の名の都市を持つ街を維持することであり、その構成要素である住民の健康を保つことも仕事に含まれている。
 都市清掃の手配を整えるた後、都市を視察するアマル。城壁外で青々と輝く牧草が遊牧民にとってどれだけ魅力的かも、実感として理解できてはいない。

●水質問題
 ついに水源工事の終わりが見えた。
 水源を掘り進め、アーマーが戦闘可能な大型トンネル、ホール、トンネル、ホールと建設した末に、水の流れのない、瘴気の満ちる地下空間を掘り当てたのだ。
 新鮮な空気を大量に送り込むことが難しいため、これ以上の工事が難しいかもしれない。
 しかし領主の立場からすると、水源が瘴気に汚染されなければそれで十分だ。
 瘴気を防ぐために大規模な封印を作っても良いし、定期的な瘴気払いをしても、探索を続けても良い。
 どう決着をつけるか決めるのは実際に地下へ向かう開拓者だ。

●外交−遠方
 古参勢力群から留学生の受け容れを求められている。
 何の技術を渡すか、どういう勢力に属する学生(子供)を受け容れるかについての選択肢はナーマにある。
 教師の派遣を求めても良い。
 とはいえ基本的に徒弟制のナーマで、そのまま学生を受け容れても良いものか。
「本来なら年単位か世代単位の案件ですよねこれ」
 すぐに結果は出さなくても良いが、1年待たせるとナーマの威信に大きな傷がつくだろう。
「開拓者方がいないときにパイプ作りや関係向上目指すなら、官僚見習3人以上とできれば側付き1人欲しいですー」

●外交−近隣
 西隣勢力が賊と繋がって居る証拠がある。
 外部に対する説得力は中程度。このまま放置すれば他勢力に飲み込まれ、ナーマ包囲網が完成してしまうかもしれない。
 時間の余裕は少ない。

●一族の定義
 都市住民を選抜、訓練して領主一族としての立場と仕事を与える計画がある。
 既存権威への挑戦であり、推進派である領主も費用の高さから計画実施を決断できていない。

●内政問題?
 領主であるからくりを、マスターのマスターや、ご主人様のご主人様と呼ぶ12人のからくり達。
 そろそろ彼女達に個人名をつけたいとマスターやご主人様から要望があった。が、実はアマルにはネーミングセンスが無い。
 全く、無いのだ。

●財政問題
 都市の生残に必要不可欠だったとはいえ、工事に外交にと大量の資金を使った城塞都市ナーマ。
 開拓者ギルドへの依頼料は確保済みで次回の収穫も期待できるが、手持ちの資金は正直厳しい。
 無駄を省く工夫や収入を増やす計画があれば、都市の各部門が飛びついてくるだろう。

●依頼票
 仕事の内容は城塞都市ナーマの経営補助
 依頼期間中、1つの地方における全ての権限と領主の全資産の扱いを任される


●城塞都市ナーマの概要
 人口:普 零細部族から派遣されて来た者を除くと微になります。移民の受け容れ余地大
 環境:微 初めての降雨により都市が汚れています。水豊富。空間に空き有。工事により水質低下。放置時次回瘴気による一段階悪化
 治安:良 厳正な法と賄賂の通用しない警備隊が正常に機能中
 防衛:良 強固な大規模城壁有り
 戦力:普 ジン数名とからくり11人が城壁内に常駐。戦闘用飛空船込みの評価です。訓練で向上した分は新兵訓練の際の負担で相殺
 農業:良 都市内開墾進行中。麦、甜菜が主。二毛作。牧畜有
 収入:普 周辺地域と交易は低調。遠方との取引が主。鉱山一時再開後閉鎖。麦を中規模輸出中。氷砂糖を小規模輸出中
 評判:普 好評価:人類領域(一地方)の奪還者。地域内覇権に最も近い勢力 悪評:伝統を軽視する者
 資金:微 収入は水源工事の追加支出に当てました
 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。1つ以上の項目が滅になると都市が滅亡します

●都市内組織
官僚団 内政1名。情報1名。他4名。事務員有
教育中 医者候補4名、官僚見習い23名
情報機関 情報機関協力員約20名
警備隊 百名強。都市内治安維持を担当
ジン隊 初心者開拓者相当のジン7名。対アヤカシ戦特化
農業技術者集団 学者級の能力のある者を含む3家族。農業指導から品種改良まで担当
職人集団 地方都市にしては高熟練度。技術の高い者ほど需要高
現場監督団 職人集団と一部重複
からくり 同型12体。見た目良好。領主側付き兼駆け出し官僚見習兼見習軍人。1人が外交官の任についています
守備隊(民兵隊) 常勤は負傷で引退したジン数名のみ。城壁での防戦の訓練のみを受けた260名の銃兵を招集可。招集時資金消費収入一時低下。損害発生時収入低下。新規隊員候補120名を訓練中

●雇用組織
小型飛空船 船員有。ナーマと外部の連絡便

●都市内情勢
妊婦と新生児の割合高め。降雨によりお祭り騒ぎです!

●軍備
非ジン用高性能火縄銃490丁。旧式銃500丁。志体持ち用魔槍砲10。弾薬は大規模防衛戦1回分強。迎撃や訓練で少量ずつ弾薬消費中
装甲小型飛空船1隻。からくりが主に使用

●現在交渉可能勢力
王宮 援助等を要請するとナーマの威信が低下し評価が下がります
定住民系大商家 継続的な取引有。大規模案件提案の際は要時間
域外古参勢力 宗教関係者が多くを占める小規模な勢力群。ナーマに貸し1
ナーマ周辺零細部族群(東境界線付近の小オアシスは除く) ナーマに対し好意的。ナーマへ出稼ぎを多数派遣中。経済・軍事面で提携中
定住民連合勢力 ナーマ東隣小都市を中心とした連合体。ナーマと敵対的中立。ナーマの巨大化を望まない域外大勢力の援助を受けています。防諜有
その他の零細部族 ナーマの北、南、西に多数存在。北と南は定住民連合勢力が援助攻勢中
定住民連合勢力を援護する地域外勢力 最低でもナーマの数倍の経済力有。ナーマに対する直接の影響力行使は裏表含めて一切行っていないため、ナーマ側から手を出すと評判に重大な悪影響が発生する見込

●現在交渉不能勢力
西隣弱小遊牧民 交渉窓口無し。治安劣悪。経済どん底。零細勢力を圧迫中。ナーマがリーダーの筆跡を確保。謀略実行時は域外大勢力に感づかれる可能性が有り、その場合ナーマの威信が低下


■参加者一覧
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
アレーナ・オレアリス(ib0405
25歳・女・騎
将門(ib1770
25歳・男・サ
朽葉・生(ib2229
19歳・女・魔
鳳珠(ib3369
14歳・女・巫
エラト(ib5623
17歳・女・吟
アナス・ディアズイ(ib5668
16歳・女・騎
草薙 早矢(ic0072
21歳・女・弓


■リプレイ本文

●宮殿の夜
 膨大な資材と人を動かすための命令を出し終えたとき、既に日付は変わっていた。
 普段は寝台に上がると同時に意識を落とすアマル・ナーマ・スレイダン(iz0282)は、疲労でぼやけつつある意識をなんとか保とうとして、子供がだだをこねるように瞬きを繰り返していた。
 アレーナ・オレアリス(ib0405)はアマルのてのひらに自分のてのひらを重ねる。
 理論上は志体持ちに迫る性能を誇るはずの、陶器に似た滑らかな素材でつくられた人形の手。
 微かに震えるそれの動きは、人間の子供と見分けがつかなかった。
「きょうもあつかったです」
 日中訪れた育児施設のことを思い出しているらしく、アマルの手は赤子を抱き上げたときの動きをなぞり出す。
「やわらかかった、です」
 現実と夢の間をいききしている青の瞳には、恐怖と羨望と戸惑いが入り混じっている。
「赤ちゃんはね。大好きで大切が命になったのよ。だから愛しくて温かいの」
 白いシーツから手を出して量の多い髪を撫でてやると、あ、と驚きと微かな甘えの混じった吐息が漏れる。
 宮殿の主の内心を反映したのか、外から糸雨の気配と音がわずかな時間だけ寝室へ届く。
「雨はね。大地に染み込んで水源になって、その水源は作物を生み出す糧となるの。だからにわか雨であっても人は喜ぶの」
 幼子の心を育てるに相応しい、しかし政に携わるものならば深い意味を悟れるであろう言葉。
 アマルは無邪気な子供に近い笑みを浮かべ、完全に意識を失い動きを止めた。
 数分後。
 呼吸のない、しかし安らいだ気配の感じられるアマルから身を離し、アレーナはガウンを羽織って寝室内に設置された机に向かう。
「マニュアルの需要がこれほど高いとは…」
 育児施設から上がって来た報告書をもとに、母親と父親に最低限教え込むべき内容を選択し、学のない者でも理解できる分かり易い文章を綴っていく。アマルの付き添いと書類仕事だけで1日の全てが潰れてしまうため、現在宮殿内厩舎で安眠を貪る相棒に乗る余裕もない。
 彼女が眠りにつけたのは、外が白み始めてからだった。

●送風機
 水源から大量にあふれ出す冷たい水が、新品の水車を勢いよく回す。
 回転は複数の歯車によって効率良く伝えられ、ふいご状の送風機を上下させ、地下へと新鮮な空気を送り込む。
 風車動力と比べると勢いが弱ときもあるが、安定した動力供給は送風機の消耗を押さえるし、総合すると送り込む空気の量はこちらの方が多い。
 今後水中でのアヤカシ発生率がさらに低下すれば効率の差はさらに広がるだろ。
 ナーマ建設部門の人々は感動と感謝を表すため、データが記載された紙を手に発案者のもとへ向かおうとする。
 が、その発案者はほとんど地下にいたため、ジンですらない彼等では目にすることすらできなかった。

●地下大ホールにて
 火竜のドリルと石材が接触する1点から火花と煙が発生し、甲高い音が他の音全てをかき消す。
 それらにほとんど直接さらされたジークリンデ(ib0258)は、表情を全く動かさずにその時を待つ。
 ドリルの動きが徐々に弱まると石材から不吉な軽い音が生じ、いきなり土砂と水が噴き出してドリルごと火竜を押し流そうとする。
 ジークリンデは勢いに逆らわずに数歩火竜を後退させ、入れ替わりにアナス・ディアズイ(ib5668)の機体が小さな建材を手に天井の穴にとりつく。
 土砂と水の勢いを受け流しつつ筒状の建材を押し込み、激しい振動の中から筒の先端の感触を拾い上げ、地上から伸ばされているはずの管を探す。
 今回空気穴の新規作成のためとられたのは、地上と1個目の地下ホールからそれぞれ管を伸ばすという工法だった。
 普通に掘り進めた方が圧倒的に少ない予算と時間と資金で済んだだろう。が、不用意に水源に手を加えれば都市の存続が危うくなるほど水質が悪化してしまうかもしれない。
 だから、このような面倒な手段をとるしかないのだ。
「夜空」
 篠崎早矢(ic0072)の声を聞いた太めの黒霊騎が、長さで並の倍、体積で8倍はありそうな箱付荷車を引いてアナスの脇につく。
 箱の中身は1分もかからずに水と土砂で埋まり、そのあまりの重量に荷車がきしむ。
 太めの黒が横に広がる。
 否、全身の筋肉が膨れあがり、超重量の荷車を勢いよく牽引し、地上へ繋がるトンネルを駆け上がっていく。
「これでましになったとは」
 今回の送風機改良の主導者である早矢が、己の喉に触れながら思わずうなる。
 正直、かなり厳しい。
 2、3戦ならこなせるかもしれないが、こなした後息が続かず倒れてしまいかねない。
「アヤカシがっ」
 朽葉・生(ib2229)を起点に吹き荒れる吹雪が、ホール内に形を為そうとしたアヤカシを一気に吹き消す。
 同時に管の中からスライムがにじみ出ようとして、アナスが一振りしたチェーンソーにより確実に処理される。
「また1からですね」
 生は吹雪で消し飛んだ石壁を再度建て始める。
 第一のホールを防御拠点にする試みは、空気穴と同時進行であるため遅遅として進んでいない。
 がちりと、極めて堅いもの同士がかみ合う音が響く。
 泥にまみれたアナスの機体が軽く手を振り、ひとまずの工事成功を伝えてくる。
 天井に開いた穴は地上から伸ばされた管と接続されていて、その周辺からの新たな水漏れはない。
 トンネル入り口から吹き込まれる風によりホールの空気が空気穴へと押し出され、淀んだ空気が徐々に新鮮なものに変わっていった。

●地下深層への第一歩
 一太刀で鬼を両断でき、並の達人の倍近い手数を誇るルオウ(ia2445)が、実に3時間近く何もせずに待機を続けていた。
「みゃ」
「分かってるって」
 慰めてくる白猫に答えてやりながら、ルオウは目の前で展開する戦いを冷静に見守っている。
 エラト(ib5623)が演奏を始めてから数分後には、石造りの門、というより城門風の防御施設に、ナーマの大通りでも滅多にない数の人型が押し寄せた。
 地上の大通りとは異なり黄ばんだ白骨や乾ききった遺体ばかり、現時点で合計して200と十数体。
 平地で戦うならどれだけ強くても1人では対抗できないかもしれないが、ここは閉所で、しかも広範囲攻撃術の使用を前提に設計、建設された防御施設でもある。
 つまりどうなるかというと、狭い空間に誘い込まれた死に損ないが、吹雪で機械的に処理される光景が延々と繰り返されることになる。
「気は抜くなよー」
 エラトの側で最後の砦となるべく頑張っているからくりに声をかけつつ、回転しつつ飛んできた、古ぼけた剣の腹を殴って打ち落とす。
 やがて、地獄のような繰り返しに終わりが訪れる。
 演奏を終えたエラトが目を開くと、濃い瘴気で汚れきった空気が、瞬く間に清冽なものに置き換わっていく。
 ただし消費した酸素はそのままだ。
 作戦の失敗を悟り後退していくアヤカシ達。
 つけていけば敵の本拠なり瘴気の源なりを発見できる可能性が高い。
 が、このまま追えば途中で倒れてしまう可能性の方がさらに高い。
 背を向けた彼等に追いついて秋水清光を一閃すると、砕けたアヤカシが瘴気に戻りその場に飛び散っていく。
「一度戻ろう」
 疲労と酸素不足で苦しい息のエラトを抱えたからくりと、練力回復薬の服用のし過ぎで喉がからからの生とその相棒が即座に同意し、開拓者達は戦果の確認もそこそそこに撤退することになった。

●難題
「無理」
 猫又はふたまたの尻尾を立て、断固とした口調で調査継続を拒否する。
 ホールで新鮮な空気を吸って心身を回復させたルオウ達は、エラトと別れ地下の調査を再開し、すぐに壁にぶち当たってしまった。
 軽い足取りでルオウが後退すると、足下が崩れ、低い天井から小石や砂が落ちてくる。
「補強は、難しいですね」
 ナーマでの各種土木作業に関わった結果、いつの間にか深い知識を持つに至った生が結論を口にする。
 目の前にあるのは小さな穴か、広さはあっても脆くて不安定な空間ばかりだ。時間と費用はかかるだろうが、一度全て崩してから穴を掘った方が安全かもしれない。
「今の所アヤカシの気配はありません」
 玲璃(ia1114)が索敵用結界による調査結果を報告する。
 高位のアヤカシか、極めて優れた隠密の技を持っているアヤカシで無い限り玲璃の目をごまかすことはできないはず。
 だから工事はアヤカシを気にせず行えるだろう。息が続けば、だが。
「大規模な補強工事をせずに進むのは危険すぎます」
 ナーマにおける土木建築の権威はどれだけ強い開拓者でも即死の危険があると判断し、入り口付近の調査しか許さなかった。

●ナーマの西
 もともと豊かさに欠ける土地であり、生きるために内側に対しても厳しくある必要があった地域があった。
 東隣の不毛の地に城塞都市が築かれた頃に事件が発生し、主導権を握っていた部族が威信をかけて犯人捕縛を目指したが失敗。
 威信低下が治安の悪化を招き、事態の改善のために部族の力が消耗しますます治安が低下するという悪循環にはまる。
 この時点で他の有力部族が主導権を奪うことに成功すれば少しはましだったろうだが、この地に住まう誰にとっても不幸なことに、どちらも相手を圧倒するだけの力を持っていなかった。
 結果訪れたのは秩序の崩壊だ。
 どの部族も自らを守るのが精一杯になり、近隣の部族が襲われても援軍を送るどころか襲われたことに気づくことも困難になってしまった。
 最有力部族内の超武断派が徴税と最低限の見回りを行うことで、辛うじて崩壊を免れているのがこの地域だ。しかし武断派は自らの部族をまとめ切れておらず、一部は賊と繋がっていた。
「ようこそおいでくださいました」
 名目上この地域を支配している部族にも、実際にこの地に住んでいる部族にも許可を取らずやって来た2人の開拓者が熱烈に歓迎される。
 鳳珠(ib3369)が自身の霊騎と将門(ib1770)の走龍に積み込んでいた医薬品と食糧だけでは、ここまで好意的な反応は引き出せなかったはずだ。
 彼女がこれまで積み上げてきた行動が、彼女に対する信頼を作り上げたのだ。
 将門が持ちかけたナーマとの友好関係強化についても反対者は1人も出ず、特に若手達はこれで抑圧から開放されると喜びを露わにしていた。
 ただし族長は流石に慎重で、一度ナーマの長と直接会ってからという条件をつけてきた。経済的にも戦力的にも時間的にも余裕が無いため、部族の長が直接ナーマに出向く。それは事実上ナーマ傘下に入ることを意味していたが、それに気づいているのは長と開拓者だけのようだった。
「憎むべきは奴らです。己の非を認めず、刃をちらつかせて税だけを盗るのですっ」
 顔を真っ赤にして語る青年。
 食糧不足のため痩せてはいるが、体力に優れ、鳳珠から受け取った食糧、医薬品を長の許可を得て公平に分配するなど人格的にも優れている。友人とするには素晴らしい人物ではあるけども、鳳珠は内心頭を抱えていた。
 この青年、自分の部族のことしか見えていない。
 国であれ組織であれ一族であれ、自身が属するものを優先するのは仕事の一部だ。
 が、自身が属さないものを気にもしないのは、最終的に自身と自身が属するものに害を与えかねない危険な行動でしかない。
「共に手を取り打倒しましょう!」
 打倒した後どうこの地を安定させるのか、安定させるのに必要な人、物、金を誰がどれだけ負担するか、全く気にしないだけでなくそもそも考えが及んでいない!
 辛うじて族長だけは鳳珠の懸念を少しは理解しているようではある。が、この族長は長年の辛苦で疲れ果て、おそらく先が長くない。
「仮にそちらが現支配者の暴発を誘うならば、ナーマの側には避難する女子供を受け入れる用意がある」
 将門が話題を変える。
 普通なら人質の要求ととられかねない発言ではあった。
 が、経済だけでなく安全面でも危機的な状況にある彼等には、救いの手と認識されたらしい。
 翌朝。開拓者達は零細部族の長と共に他の小部族の元へ向かう。
 数日後にナーマに帰還する際には、5人の族長を連れていた。

●からくりたち
 ジークリンデが軽く手を打ち、演習後会議の終了を告げる。
「次の護衛任務へ向かいなさい」
「はいっ」
 外見は同じでも行動はそれぞれ少しずつ異なるからくり達が、小気味よい動作で一礼する。
 外部の歴史ある勢力から派遣されてきた礼法教師は一切手抜きをせず仕事をしているようだ。
 飛空船発着場へ向かう背中を見送ってから、ジークリンデは単独で都市内を巡り始める。
 ムスタシュィルは丸1日効果が続くとはいえ、ナーマの城壁は巨大であり内に抱える建造物は非常に多い。アヤカシの早期発見と都市防衛に大きな効果があるが、その効果を発揮するためには毎日時間をかけて術を仕掛ける必要が有った。
 城壁近くまで来ると、湿った土砂で出来た小山が複数見えてくる。
「問題は?」
「負の問題は全く」
 ジークリンデに問われた農業技術者が、難しい顔で返答する。
 彼女に指摘されてから調査を進めたところ、水源工事で掘り出された土砂が非常に使い勝手の良いことが判明した。
 ただし、農業部門だけでなく建設部門にとっても有用であることが分かってしまったのだ。
「資源の分配のためにまた会議ですよ…」
 都市の高官の1人は、隈の浮かんだ顔に力ない笑みを浮かべていた。

●受け容れ準備
「宿舎の確保はどうなっています」
「内装が間に合いませんっ」
 エラトの問いに、官僚見習の若者が悲鳴じみた声で回答する。
 ナーマ側が具体的な指定をしなかったことに目をつけた域外勢力が、留学生候補を大量に送り込んできている。
 留学生とその候補の世話は自分自身でさせるという条件をエラトがつけていなかったなら、ナーマの行政部門が機能停止に追い込まれていたかもしれない。
「休暇中の作業員を呼び戻してください。指揮はナブーとタビアに」
「直ちに!」
「エラト様、次の便の人数が届きました。お付き無しで32人!」
「ライルとバハルに連絡を。急ぎ戻り、案内役をするよう伝えてください」
 社会の上層の人間に通用する礼儀作法を修めている者は少ない。各部門の長と領主を除けば、12人のからくりくらいしかいないのだ。
「宮殿に泊まらせる訳にはいかないでのしょうか?」
 見習がエラトに意見を具申するが、即座に退けられる。
「厚遇のし過ぎは誤ったメッセージを送ることになります。当初の予定通りに進めてください」
 ナーマは、今日もぎりぎりで運営されている。

●客
 一部の石畳は剥がされ、上下水道の状態確認と拡張が同時に行われる。
 ナーマは生きている。
 今現在も拡張し続けている。
 この光景だけでも、時間と金をかけてここまで来た甲斐があった。幼少時から高度な教育を受けてきた有力者の子弟達は、満足して飛空船から降り立ち割り当てられた宿舎へ向かう。
 少年少女達とは対照的に、陸路ナーマを訪れた零細部族長達は血の気の引いた顔で立ち尽くしている。
 経済力と軍事力を形にした巨大城壁。
 豊富な水量は、都市に漂う空気に快適な湿り気を与えている。
 広々とした通りを歩く住民達は胸を張って歩き、栄養状態が良く顔色も素晴らしい。
「世界が違う…」
 開拓者の戦闘力や繰り返される援助からナーマの力を推測はしていたのだが、現実は予想をはるかに上回っていた。
 彼我の力の差を悟り、長達は深刻な表情を浮かべて宮殿に向かうのだった。

●財政
「牧草地の賃貸ですか?」
 玲璃の提案に領主は眉をひそめた。
 ナーマの影響下にある勢力の中には、ナーマまで家畜を持って来られる勢力は存在しない。
 そうなると域外か近隣勢力の遊牧民を相手にすることになるわけだが、一度招き入れたなら排除は難しい。
「いえ、そういうことですか」
 一定の害があったとしても検討せざるをえないほど財政が拙くなっている。
 アマルは玲璃の言葉をそう解釈し、本格的な経費削減策を検討し始めた。
「この方式以外ですと鉱山を再稼働する従来の方式があります」
「確実さの面ではそれしかないですね」
 家族との触れあいで心身ともに回復した領主は、複数の案の利点と欠点の比較を高速で進めていく。
 無意識に伸びた手がもふらさまをもふもふしていることには、全く気づいていないようだった。