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■オープニング本文 外部から高貴な客人を招いた式典がアヤカシに襲撃された。 過酷な賠償と謝罪を求められてもおかしくない状況だけあり、経験の浅い為政者なら途方に暮れてしまうかもしれない。 しかし現領主の人格の基礎は剛腕かつ老獪なナーマ・スレイダン(iz0282)だ。 苛酷な要求をされたなら武力以外で殴り返せばよい。 相手の方が強いなら多少下手に出て損切りしてしまえばよい。 開拓者と住民の尽力で大きな力を手に入れたナーマなら、それが可能なはずだ。 直前まで家族ともふらさまに甘えて気力を充実させたアマルは、今は亡き主の行動を鮮やかに再現しようとしていた。 ●難題1 否定的な意見を期待し呼ばれもしないのに外部から集まった者達の前で、被害にあったはずの高貴な人々は楽しげに笑っていた。 「開拓の最前線でアヤカシの襲撃があるのは当然。わし等お荷物を傷一つつけず守りきったナーマを評価することはあっても逆はないわい」 ナーマと距離をおく勢力群は落胆し、この光景を伝え聞いたナーマ官僚団は安堵して歓声をあげた。 我々は認められている。 栄光は我々のものだ、と。 「拙い」 アマルは無意識に指輪に手をさすった。 借りが大きすぎる。 先代領主の評判は最悪で性格はそれ以下であったため、こんな状況に陥った経験が皆無だ。だから、アマルの知識も技術も全く役に立ってくれない。 「知恵を借りましょう」 得意技。開拓者への丸投げ。 開拓者ギルドへ送る書面に、現在の状況が細々と綴られていくのだった。 ●難問2 「今後ナーマが順調に拡大していけば翌年には最低でも3名、有事の渉外の際は6名、領主一族が必要だと思われます」 アマルに政策検討を任せられた見習官僚達が、疲れの残る顔で緊張しながら、しかし胸を張って検討結果を提出していた。 「よくやりました。引き継ぎが終わり次第最低1日は休養をとるように」 見習達はようやく様になってきた礼をして退出する。 扉が閉じてしばらくして聞こえて来た喜びの歓声に気づかないふりをしつつ、アマルは書棚から作成途中の書類を取り出し作業を再開する。 見習達より精度の高い予測に基づく組織改編案。 予測も含めて全てアマルの手によるものだ。 「そろそろ1区画を任せても…」 開拓者の助言に従い人材育成にも励む領主は、いつも忙しい。 「マスターのマスター、たいへんですっ!」 アマルの代理として貴賓達と甘味食べ歩き…もとい交流を行っていたからくりが飛び込んでくる。 「留学生か教師の受け容れを検討して欲しいそうですっ」 善意で解釈すれば文化面でのナーマ支援兼外交官兼人質。悪意だと文化侵略もこなす諜報員。 良い面だけ欲しいというのがアマルの本音だが、大きな恩を受けた立場ではそれを表に出すわけにはいかない。 「どういう形で受け容れるかについての調整が必要ですね。引き続き来客の相手をするように」 「はいっ」 元気に職場へ戻る部下を見送りながら、アマルはギルド行き書面に新たな書き込みを行っていた。 ●難問3 「尋問結果の裏付けがとれました。西の部族の一部が賊と結びついています」 深夜、護衛のからくりと領主のからくりしかいないはずの宮殿中枢で、特徴のない男が報告を行っていた。 「王宮に提出できる証拠は」 「解釈次第かと」 ナーマ情報機関が見せた資料には、権威が味方すれば開戦理由になり、権威が反対すれば意味の無くなる程度の証拠が列記されている。 武力で攻め取る場合も政治や経済で手に入れる場合も事前準備が必要だ。 放置するつもりがないなら、今から動き始める必要がある。 ●依頼票 仕事の内容は城塞都市ナーマの経営補助 依頼期間中、1つの地方における全ての権限と領主の全資産の扱いを任される ●城塞都市ナーマの概要 人口:普 零細部族から派遣されて来た者を除くと微になります。移民の受け容れ余地大 環境:普 ごみ処理実行中。水豊富。空間に空き有。工事により水質低下。放置時次回瘴気による一段階悪化 治安:良 厳正な法と賄賂の通用しない警備隊が正常に機能中 防衛:良 強固な大規模城壁有り 戦力:普 ジン数名とからくり11人が城壁内に常駐。戦闘用飛空船込みの評価です。訓練で向上した分は新兵訓練の際の負担で相殺 農業:良 開墾余地大。麦、豆類、甜菜が主。二毛作。牧畜有 収入:普 周辺地域と交易は低調。遠方との取引が主。鉱山一時再開後閉鎖。麦を中規模輸出中。氷砂糖を小規模輸出中 評判:普 好評価:人類領域(一地方)の奪還者。地域内覇権に最も近い勢力 悪評:伝統を軽視する者 資金:微 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。1つ以上の項目が滅になると都市が滅亡します ●都市内組織 官僚団 内政1名。情報1名。他3名。事務員有 教育中 医者候補4名、官僚見習い23名 情報機関 情報機関協力員約20名 警備隊 百名強。都市内治安維持を担当 ジン隊 初心者開拓者相当のジン7名。対アヤカシ戦特化 農業技術者集団 学者級の能力のある者を含む3家族。農業指導から品種改良まで担当 職人集団 地方都市にしては高熟練度。技術の高い者ほど需要が高い 現場監督団 職人集団と一部重複 からくり 同型12体。見た目良好。領主側付き兼駆け出し官僚見習兼見習軍人 守備隊(民兵隊) 常勤は負傷で引退したジン数名のみ。城壁での防戦の訓練のみを受けた240名の銃兵を招集可。招集時資金消費収入一時低下。損害発生時収入低下。新規隊員候補110名を訓練中。招集可能人数とは別に負傷者20名 ●雇用組織 小型飛空船 船員有。ナーマと外部の連絡便 ●都市内情勢 妊婦の割合高め。新生児が増加中です! ●軍備 非ジン用高性能火縄銃490丁。旧式銃500丁。志体持ち用魔槍砲10。弾薬は大規模防衛戦2回分。迎撃や訓練で少量ずつ弾薬消費中 装甲小型飛空船1隻。からくりが主に使用 ●現在交渉可能勢力 王宮 援助等を要請するとナーマの威信が低下し評価が下がります 定住民系大商家 継続的な取引有。大規模案件提案の際は要時間 ナーマ周辺零細部族群(東境界線付近の小オアシスは除く) ナーマに対し好意的。ナーマへ出稼ぎを多数派遣中。経済・軍事面で提携中 定住民連合勢力 ナーマ東隣小都市を中心とした連合体。ナーマと敵対的中立。ナーマの巨大化を望まない域外大勢力の援助を受けています。防諜有 その他の零細部族 ナーマの北、南、西に多数存在。北と南は定住民連合勢力が援助攻勢中 上記勢力を援護する地域外勢力 最低でもナーマの数倍の経済力有。ナーマに対する直接の影響力行使は裏表含めて一切行っていないため、ナーマ側から手を出すと評判に重大な悪影響が発生する見込 ●現在交渉不能勢力 西隣弱小遊牧民 交渉窓口無し。治安劣悪。経済どん底。零細勢力を圧迫中。ナーマがリーダーの筆跡を確保。謀略実行時は域外大勢力に感づかれる可能性が有り、その場合ナーマの威信が低下 |
■参加者一覧
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
将門(ib1770)
25歳・男・サ
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
鳳珠(ib3369)
14歳・女・巫
エラト(ib5623)
17歳・女・吟
アナス・ディアズイ(ib5668)
16歳・女・騎
ライ・ネック(ib5781)
27歳・女・シ |
■リプレイ本文 ●外交 前回の大規模式典でアヤカシによる襲撃に巻き込まれた高位の聖職者達。 彼等の本拠を尋ねようとしたライ・ネック(ib5781)は、何度も門前払いに近い扱いを受けた。 ナーマにおいて領主の代理として扱われるからくりをつれているから、ではない。 からくりを忌避する者は、そもそも最初からナーマに来ない。 高位聖職者達は自らが属する部族のための行事や周辺部族や王都での行事などに出席するため、もともと自由になる時間が少ないのだ。つい最近ナーマで甘味どころ巡りをしていた人々も、ナーマとの関係向上とそれを第三者に見せつけるという仕事をしていたのだ。単に遊んでいたわけではない。 走龍とからくりが疲労を隠せなくなった頃、最近サラムと名付けられたばかりのからくりの顔を覚えていた有力者によって、ライ以下2名は謁見の順番待ちから解放されて奥の間に通された。 服装から言葉遣い所作手土産などを使ったある種陰険な、ある種平和かつ伝統的なやりとりの後、ライは前回の対応へ感謝を述べる。 そして、今回の目的を初めて口にした。 「賊から繋がる糸を見つけたのです」 ナーマから見て西に勢力を築く遊牧民。 彼等が賊と繋がっていた証拠について言及する。 言質をとられないため細心の注意を払って放たれた言葉は、相手の意味がある反応を引き出すことはできなかった。 「なるほど」 悪意は無いが好意も厚意もない。 ナーマが対価なり利益を差し出さない限り動くつもりがないのか、ナーマと一定の距離を置くつもりなのか、からくりをどう扱うつもりなのか、真意の全てを礼儀正しい仮面で隠してしまっている。 囁き声どころか心臓の鼓動さえ感じられるほど聴覚を研ぎ澄ませても、意味のある音が拾えない。 ナーマ周辺の良く言えば純朴、悪く言えば交渉技術が未熟な勢力とは何もかも違うということなのだろう。 「あなたの妹御が来られたときも歓迎しましょう。余所の目があるので随員は…」 「はい。形の上では…ということにして秘書も連れてきます」 関係継続の合意だけを土産に、ライ達はナーマに帰還することになる。 ●劇薬 「スレイダン一族を都市内からの選抜制にする」 将門(ib1770)の提案に対し、アマル・ナーマ・スレイダン(iz0282)は即答は避けたが概ね好意的だった。 使える頭数を必要に応じて調整できることに大きな魅力を感じたらしい。 将門と細かい条件と実際の運用についての議論が始まってから数分後、将門とアマルがほぼ同時に口を閉じた。 「意見の具申か」 同じ顔立ちの側付きの1人が、何かを言いたそうな雰囲気なような、気がした。 領主に視線を向けて問うと軽いうなずきが返ってくる。 「許す」 両者の許可を得て、現在外交任務中のからくりと同じ顔に、気弱そうな表情を浮かべたからくりが口を開く。 「既存の権威に対する挑戦になってしまうので、ご主人様のご主人様の予測より効果が低くなると思うのです。ええと、厳密な計算はできていないので、私の感想になってしまうのですけど」 徐々に声が小さくなり、最後の方は優れた聴覚を持つ将門しか聞き取れなかった。 「そうなりますか」 「そういう側面もある」 領主の問いに、将門は隠すことなく即座に首を縦に振る。 軽く手を振って赤髪のからくりを呼び寄せ、事前に準備していた資料をアマルに渡す。 「外交の際の費用増大の他に…」 才能があっても磨かれなければ実用に耐えない。 領主一族として求められる技能は多岐に渡り、このぶ厚い資料に載る全てを最低限身につける必要がある。社交も外交も戦いの一種であり、素人は餌にしかならないのだから。 「礼法教育も問題ですね」 残念ながら、歴史の浅いナーマは礼法分野の教育が得意でない。 初代領主は、どこで身につけたのか不明だが高度な礼儀作法を身につけていた。 彼等に直接教育されたアマルは支配者層としては平均的なそれを身につけており、12人のからくり達は、もともとそういう用途として製作されていたらしく、ほとんど予め身についていたレベルの適性があった。 この13人と同レベルの礼儀作法を身につけるにはかなりの時間がかかるだろうし、そもそも身につけられるかどうかも分からない。 「エラトさんの手腕に期待しましょう」 アマルは、結果的に最も不利な交渉をすることになった開拓者のことを思うのだった。 ●売り込み 宮殿の一室で、顔合わせを目的とした茶会が開かれていた。 主催者はエラト(ib5623)。 相手に不快感を与えず、相手に舐められもしないため、場所と飾り付けと飲食物を選び相手の反応に会わせて微修正する。 精神面の消耗では、アヤカシとは戦いに匹敵するかもしれない。補佐を行うからくりの庚も、緊張のためは普段より少しだけ動きが堅い。 「私一人の一存では決められませんので、上層部と相談する時間を頂きたく存じます」 「突然の来訪を許していただいた上にこちらの提案を検討までしていただけたこと、重ねて感謝いたします」 結論の先延ばしをはかるエラトに対し、髪を結い上げた中年の婦人が礼法の教科書よりもはるかに分かり易く美しい動きの礼をする。 彼女と共にやってきた利発な子供達、ただし他勢力に取り込まれないだけの教育は受けてきた少年少女も、婦人に従い婦人と比べるとつたない礼をする。 それから始まったのは、上品な茶会の形をとったナーマに対する売り込みだった。 膨大な知識と技術の集積である農業を学びたい少年。 都市の新規建設の経験について興味を持つ子供。 都市運営の現場を間近で見たがる官僚一族の少女。 大規模城壁建築技術への興味を隠せないジン。 人工湖も含めた上下水道、農業用用水路の建設と維持ノウハウを渇望する、有力者の嫡男。 相手に何を与え、相手に何を求めるかの選択肢が、人の形で提示されていた。 「同意をいただければですが、私は年内はナーマにとどまるよう命じられています。なんなりとお使いください」 後にエラトから報告を受けたアマルは、様々な勢力の礼法に通じた婦人に特に興味を見せていたらしい。その様は、絶世の美女を知った強欲領主のようだったという。 ●未来 1つの国で絶対的な権力を握る者が育児施設を訪れ、赤子の親が喜びを顕わにする。 経営がうまくいっていない国の宣伝としてありがちな光景かもしれない。 ナーマで実現したそんな光景は、宣伝ではなく切実な問題を解決するための行動の結果であった。 「アマル、しっかりしなさい」 単純に喜ぶ母親に、アマルの腕の中で不思議そうな顔をする生後数ヶ月の赤ん坊。 1都市の全てを所有するからくりは、少なくとも母子の目には偉大な指導者に見えていた。 今回の訪問の目的が、主にアマルの情操教育であることは今のところ気づかれてはいない。 「アマル、手はそのままで」 アレーナ・オレアリス(ib0405)は、アマルが混乱しきって表面だけなんとかとりつくっているのに気づいている。 「緊張を解いて。赤子に伝わってしまいます」 母子に伝わらない程度の小声で、目から光の失せたからくりをなんとか誘導しようとする。 基本的に成人なからくりと比べて非常に小さな赤ん坊は、1人の少女としての経験が無いに等しいアマルに凄まじい衝撃を与えたようで、アマルの心身両面の動きが極端に鈍くなっていた。 「産後の経過は良好のようですね」 アマルから注意を逸らすため、玲璃(ia1114)は普段よりわずかに大きな声で母親に話しかける。 「は、はい。おかげさまで」 美貌の巫女に微笑まれ、だいたい同年齢に見える母親は赤面しつつ何度もうなずく。 「これもすごくおいしいですし。とっても」 陰殻産の果実を加工し玲璃が調整を施した飲み物は、保育施設にいる母親達に好評で、実際に体調に良い影響が出ている。 それを見た医者見習や育児施設担当の職員が、ナーマ産の農産物で代用品ができないか早速挑戦し、ことごとく失敗していた。 じーっと。 切ない視線を空の杯に向ける母親であった。 「これはナーマで育てる訳にはいきませんから…」 「残念です」 母親だけでなく、部屋の反対側で作業中の職員達もあからさまに落胆していた。 後にこのことを聞きつけたナーマ農業部門と官僚団が熱烈に玲璃へ要望したが、玲璃は西瓜栽培の許可を絶対に与えなかった。忍者の本場の特産物に手を出すなど、あまりに危険すぎるからだ。 開拓者と領主のみが苦労してその他には非常に好評だった訪問が終わり、アレーナ以下3名はようやく宮殿に戻ることができた。 「本当に大丈夫?」 報告書を上下逆に持ったまま停止しているアマルをアレーナが気遣う。 育児施設を出てから、精彩を欠いてしまっていた。 「あ」 自分の状態にようやく気づいたらしい。 アマルは軽く頭を左右に振り、なんとか普段通りの態度を取り繕おうとする。 「今日はもう休みましょう」 工事中の面々を援護するつもりでアーマーの準備も万全だが、この状況のアマルを放置する気にはなれない。 今回診た母子数十名の記録をまとめ中の主から離れ、もふらが領主の膝に顎を載せてじいっと見上げてくる。 「はい」 アマルは書類を机に起き、己の手の平をじっとみつめる。 初めて触れた新しい命。 熱く、脆く、小さな命。 生涯最大級の衝撃を己の中で消化しきるのには時間がかかりそうだった。 ●工事。最終段階 泥にまみれた大型アーマーが姿を現すと、顔も服装も身体能力も見分けのつかないからくり達が駆け寄ってくる。 火竜が最後の力を振り絞り、巨大な箱をトンネルの中から引っ張り出す。 地下の過酷な環境で活動で不具合が出ているらしく、地下へ入った当初の切れのある動きは見る影もなかった。 箱から水をたっぷり吸った土砂が零れ、同型のからくり達を汚す。 女性には辛い環境のはずだが、からくり達は動きを鈍らせず、上空の飛空船から下ろされた縄を箱にくくりつけて合図を送る。 大重量のはずだが、飛空船は箱のつり上げと運搬を無事に成功させた。 「そろそろ浴場に湯が張られたはずです。順次休憩をとりなさい」 ジークリンデ(ib0258)が労うと、わーい、やったー、有り難う御座いますとそれぞれの個性が出た返事を行ってから、からくり達は新しい箱を押してくる。 高位の魔術師にふさわしい精神力を持つジークリンデでも、今日だけで5回目の輸送となると疲れを感じてしまう。 そろそろ本格的な整備をしなければならないなと判断つつ、動きが鈍くなった火竜を騙し騙し地下へ降りていく。 下りトンネルを一歩進むたびに寒さが増し、地下で波打つ水の音が反響して不気味な音となり真正面から叩きつけられる。 湿気も酷く、本来は美術品と遜色ない輝きを持つ髪が、ずぶ濡れに近い状態になってしまっていた。 「ちょっとだけ待ってくれ! 今空きが無い!」 「下! 10、20…数えきれっ」 まばゆい光がトンネルを照らす。 光の源はトンネルとトンネルの間に設置された2つめのホール。 そこは原色のスライムに天井と壁が覆われ、アナス・ディアズイ(ib5668)の機体を押し包みひねり潰そうとうごめいていた。 城塞都市ナーマの技術の粋を凝らした資材を運搬中だったアナスは、資材の大きさが邪魔をしてまともに戦えない。 この状況で資材を放棄すれば、貴重な人材を長時間拘束して製作した資材が壊れてしまう。 「お前らは俺が遊んでやんよっ!」 赤毛の剣士が、水に濡れて踏ん張りがきかないはずの床を軽やかに駆け抜ける。 言葉に載せられていた呪がアヤカシ全ての行動を縛り、アナスの機体を無視してルオウ(ia2445)の元へ向かわせる。 「にぁっ!」 純白の猫がルオウに負けない速度でアナスの機体の下をくぐり抜けて地上へ向かい、ルオウを追って1つの生き物のように動くスライムの大波を回避する。 主を見捨てた訳ではない。 巻き込まれたら即死しかねないし、なにより主1人なら持ち堪えることができるからだ。 秋水清光が淀んだ冷たい空気を切り裂く。 ルオウの間近まで迫っていた真紅のスライムから色が消え、ただの蒸気と瘴気の入り交じったものになり拡散していく。 高速高音の青い小型スライムは衝撃で消し飛ばされ、人間大の緑スライムは核ごと半身を潰され形を保てなくなる。 一撃一撃が必殺。繰り出す速度は凄腕の倍。 ルオウの超人的な剣技はアヤカシを蹂躙し、しかしルオウ自身はホールの隅に追い詰められてしまう。数が違いすぎるのだ。 「へへっ」 しかしルオウは会心の笑みを浮かべ、地上に通じるトンネルへ親指を立てる。 知性の低いスライムはルオウの意図を理解することはできなかった。が、すぐにその意図を味わうことになる。 「お待たせしました」 1度地上に戻って火竜を置いてきたジークリンデが、ルオウを立体的に包囲したスライムに対し吹雪を叩きつけたのだ。 原色のスライム達は一瞬にも満たない間動きを止め、一斉に薄れて消えていった。 ●無主の空間 アーマーアックス「エグゼキューショナー」で地面を横に掘り進めていた人狼が、力尽きたように泥まみれの通路に膝をつく。 まだ資材による補強と舗装が済んでいないため泥が溢れており、装甲の隙間から入り込み人狼の機能を痛めつけている。 鳳珠(ib3369)は背面から身を乗り出し、猛烈な寒さと湿気に苦しめられながら精神を研ぎ澄ます。 「ここからです」 一点を指し示すと、朽葉・生(ib2229)が次々に石壁を生みだして最低限の補強を行い、次にアナスが高度な技術で作られた資材を組み合わせ、石壁と石壁の間の空間にはめ込み、水と土と汚れた空気だけがあった場所を壮大な通路へ変えていく。 地上で清掃修理するため再び機体の中に戻りかけた鳳珠の動きが止まり、小さく手で合図をする。 アヤカシの発見と一時待機を告げる仕草だ。 鳳珠から指示を受けた生のからくりが松明を掲げると、水の流れから徐々に逸れてきたためか、泥ではなく単に湿った土の斜面が照らされる。 アナスが機体の腕を伸ばし、慎重に力を込めて、押す。 すると、さらさら、ざらざらと斜面が完全に崩れて、目の前にまったく新しい空間が姿を現す。 「口を覆って」 生が警告し、自身も厚い布で口元を隠す。 毒や病が籠もった空気を吸ってしまえば、どんな強者でも倒れかねないからだ。 しばらくして、体に全く異常がないことを確認してから、生は万一に備えて大量に石壁を生みだし徹底的に補強を開始する。 一時的なものとは思うが瘴気の濃度が非常に高い。魔の森には及ばないとはいえ長時間この場にとどまればどんな害が起きても不思議ではない。 「攻撃術が効けば面倒がないのですが」 疲れた声で呟いてから、生は支給品の練力回復薬を飲み干す。 これだけ濃いといつアヤカシが現れてもおかしくない。たとえ襲われても1人の戦死者も出さずに勝てるだけの戦力は揃えているが、天井や壁を破壊されれば土砂と水で押しつぶされて確実に死ぬ。今はとにかく慎重に、徹底的に安全策をとりながら作業進めるしかなかった。 事前にジークリンデと打ち合わせしていた通りに、アヤカシの攻撃に耐えると同時に、開拓者の全力に耐えられるだけの強度を持たせていく。 地上から最良のコンクリを運び込んで石壁と石壁の合間を埋め、重ね合わせれば髪の毛一本入らない精度の建材を組み合わせてひたすら補強を重ねていく。 「敵襲」 闇の奥から風化が進んだ骨のアヤカシが現れる。 が、即座に生の吹雪により消し飛ばされる。 これ以後も何度か敵襲があったが、工事に比べれば無いも同然の障害でしかなかった。 ●現在の限界 地上に設置された大型扇風機により、新鮮な空気が送り込まれてくる。 しかしその量は少なく、地の底まで届く量は極めて少ない。 「最後まで演奏することはできます」 現場を訪れたエラトは、長い間考えた末に結論を口にする。 「ここで演奏すれば効果は高いでしょう」 分厚い岩盤に密閉された瘴気だまりに効くかどうかは分からない。 が、人間の領域に流れ込んでいる、あるいは流れる可能性のある瘴気については確実に祓える。 エラトはそう確信していた。 「問題は演奏後ですね」 鳳珠は深刻な現実を指摘する。 精霊の聖歌の演奏時間は3時間。 相棒を含む合計10人程度で3時間アヤカシを迎撃し続けた場合、おそらく…。 「換気施設の増強をお願いしておきましょう」 既に喋ることも辛くなっている。 大地の底は、人の介入を厳しく拒んでいた。 |