【城】身代金を狙って
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 難しい
参加人数: 10人
サポート: 1人
リプレイ完成日時: 2013/02/11 23:39



■オープニング本文

●来賓あるいは獲物
 豪華仕様の飛空船に乗り込むのは、それぞれの土地で高い地位にある聖職者と、主要人物ではないが権威や縁故を持つ人々だ。
 ここまで急ぎの旅だったためか護衛のジンは少数で、護衛される側にジンはいない。
「忙しない話ですな」
「左様。しかし水源の平穏を祈願する式典であれば、少々の無理は聞かざるを得ないでしょう」
「ふふ。彼の地では甘味が大量に出回っているとか」
「いやいや。全ては地の平穏のためですよ」
 社会の上層らしく表面上穏やかに政治を行う彼等を、灯台の上から赤い目の鳥が眺めていた。

●賊
「なんじゃこりゃぁ」
 ナーマの西隣に広がる荒野。
 その一角に建てられた天幕から顔を出した賊の頭は、夢に見たことすらない都合の良すぎる展開に困惑していた。
 乾ききった地面に、ナーマに向かう豪華飛空船の進路と警備状況が詳細に記されているのだ。
 ナーマ側の警備は載っていないが、ナーマの忌々しい人形どもの動きについては頭が熟知している。
 熟知するほど詳しく調べ抜いても隙を突けなかった訳だが、この情報があれば話は変わってくる。
「これだけ旨い獲物なら同業者を巻き込めるけぇ戦力に不足はねぇ…んだがなぁ」
 怪しい。
 でも金がないと食えない。
 危険に目を瞑った頭によって、良く調教された大型鳥5羽、老朽化の激しい滑空艇が2機、人間が騎乗できる大型生物が2体が集められ、ナーマへ向かう飛空船を待ち構えるのだった。

●ナーマ官僚団
「東が飛空船の通過の許可を通告してきました」
「南側の航路はうちが抑えてます、って意思表示か。この調子で西までおさえられると拙いか?」
「そんな先のことより次の式典だよ。東は飛空船に随伴可能な戦力を持っていない。うちの娘っ子達が出るしかない」
「あるいは開拓者様方にお願いするかだな」
「権威付けのためかどうか知らないが飛行速度が遅すぎる。護衛する戦力は都市防衛にまわれないぞ」
「現状、水源からどんな化け物が出てくるか分からないのですよ」
 官僚団に各部門の長達を加えた会議で結論は出ず、現在集まった情報に分析を添えて領主に提出した。

●依頼票
 仕事の内容は城塞都市ナーマの経営補助
 依頼期間中、1つの地方における全ての権限と領主の全資産の扱いを任される
 領主から自由な行動を期待されており、大きな問題が出そうな場合に限り領主が補佐することになる


●城塞都市ナーマの概要
 人口:普 零細部族から派遣されて来た者を除くと微になります。移民の受け容れ余地大
 環境:微 ごみ処理実行中。水豊富。空間に空き有。瘴気により水質低下。工事により水質低下
 治安:良 厳正な法と賄賂の通用しない警備隊が正常に機能中
 防衛:良 強固な大規模城壁有り
 戦力:普 ジン数名とからくり12人が城壁内に常駐。戦闘用飛空船込みの評価です。訓練で向上した分は新兵訓練の際の負担で相殺
 農業:良 開墾余地大。麦、豆類、甜菜が主。二毛作。牧畜有
 収入:普 周辺地域と交易は低調。遠方との取引が主。鉱山一時再開後閉鎖。麦を中規模輸出中。氷砂糖を小規模輸出中
 評判:普 好評価:人類領域(一地方)の奪還者。地域内覇権に最も近い勢力 悪評:伝統を軽視する者 その他:効率最優先
 資金:微 鉱石売却益は儀式と来客歓迎のために使われました
 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。1つ以上の項目が滅になると都市が滅亡します

●都市側からの要望
水問題の解決。年内の解決を望む

●資金消費無しでも実行可能な行動例
元鉱山内、都市内水源での大規模工事。人材も最優先で使用可能です
ある行動を行った際の必要資金と必要期間の予測
対外交渉準備 都市周辺勢力との交渉の為の知識とノウハウを自習します。選択時は都市内の行動のみ可能。複数回必要

●資金投入が必要な行動例
小型飛行船1隻購入△
飛空船関連事業× 資金一段階分強を投じ、人材と設備を引き抜いてきます
×現在実行不可 △困難 ○実行可

●都市内組織
官僚団 内政1名。情報1名。他3名。事務員有
教育中 医者候補4名、官僚見習い20名
情報機関 情報機関協力員20名弱
警備隊 約百名。都市内治安維持を担当
ジン隊 初心者開拓者相当のジン7名。対アヤカシ戦特化
農業技術者集団 学者級の能力のある者を含む3家族。農業指導から品種改良まで担当
職人集団 地方都市にしては高熟練度。技術の高い者ほど需要が高く、別の仕事を受け持たせるのは困難。但し水問題は除く
現場監督団 職人集団と一部重複
からくり 同型12体。見た目良好。領主側付き兼駆け出し官僚見習兼見習軍人
守備隊(民兵隊) 常勤は負傷で引退したジン数名のみ。城壁での防戦の訓練のみを受けた250名の銃兵を招集可。招集時資金消費収入一時低下。損害発生時収入低下。新規隊員候補110名を訓練中

●住民
元作業員が大部分。現在は9割農民。正規住民の地位を与えられたため帰属意識は高く防衛戦等に自発的に参加する者が多い。元流民が多く全体的に技能は低め

●雇用組織
小型飛空船 船員有。ナーマと外部の連絡便

●都市内情勢
妊婦の割合高め

●軍備
非ジン用高性能火縄銃500丁。旧式銃500丁。志体持ち用魔槍砲10。弾薬は大規模防衛戦2回分。迎撃や訓練で少量ずつ弾薬消費中
装甲小型飛空船1隻。からくりが主に使用

●領内主要人物
ナーマ・スレイダン 故人。初代ナーマ領領主。元大商人。極貧層出身。係累無し。性格最悪能力優
アマル・ナーマ・スレイダン 第二代ナーマ領領主。からくり。人格未成熟。内部の権力は完全に掌握中

●現在交渉可能勢力
王宮 援助等を要請するとナーマの威信が低下し評価が下がります
定住民系大商家 継続的な取引有。大規模案件提案の際は要時間
ナーマ周辺零細部族群(東境界線付近の小オアシスは除く) ナーマに対し好意的。ナーマへ出稼ぎを多数派遣中。経済・軍事面で提携中
定住民連合勢力 ナーマ東隣小都市を中心とした連合体。ナーマと敵対的中立。ナーマの巨大化を望まない域外大勢力の援助を受けています。外部から訪れた者に対する身元調査を行っています
その他の零細部族 ナーマの北、南、西に多数存在。北と南は定住民連合勢力が援助攻勢中
上記勢力を援護する地域外勢力 最低でもナーマの数倍の経済力有。ナーマに対する直接の影響力行使は裏表含めて一切行っていないため、ナーマ側から手を出すと評判に重大な悪影響が発生する見込

●現在交渉不能勢力
西隣弱小遊牧民 交渉窓口無し。治安劣悪。経済どん底。零細勢力を圧迫中。ナーマがリーダーの筆跡を確保。謀略実行時は域外大勢力に感づかれる可能性が有り、その場合ナーマの威信が低下
賊 ナーマ領外で活動中

●開拓者が知っているアヤカシ襲撃箇所
西隣弱小遊牧民勢力圏廃オアシス。周辺のオアシスと面識有り。名目上は西隣弱小遊牧民勢力圏支配下にあるため、介入の証拠を残せば侵略扱いになる可能性有り


■参加者一覧
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
設楽 万理(ia5443
22歳・女・弓
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
アレーナ・オレアリス(ib0405
25歳・女・騎
将門(ib1770
25歳・男・サ
朽葉・生(ib2229
19歳・女・魔
鳳珠(ib3369
14歳・女・巫
エラト(ib5623
17歳・女・吟
アナス・ディアズイ(ib5668
16歳・女・騎
アルバルク(ib6635
38歳・男・砂


■リプレイ本文

●領主の一日
 夜明けと同時に起床。
 侍女に身支度を任せつつ、側付きから就寝中の出来事について報告を受ける。
 朝食はいずれかの部門の長と共にとり、現状の説明を受ける。
 午前は会議に出席して議論を静聴した後、予算と優先順位を調整。その後昼食までナーマ内部の謁見希望者と会う。
 昼食は外部の人間の相手。今回も午後遅くまで長引く。
 短時間休憩をとってから専門家による講義を受ける。現領主は長期に渡る教育を受けていないため知識の補強が欠かせない。
 夜、重要な用件がある場合は来賓との交渉。無ければ城壁で守りを固める兵達を視察。直接出向くのは士気と忠誠心維持に不可欠。
 深夜に就寝。

●代理
 丸一日領主と共に行動した次の日、将門(ib1770)は謁見の間で沈思黙考していた。
 相棒である焔がそわそわし始めてから数分後、将門はひとまずの結論を下す。
「外部との接触か内部との接触の一部を他の者に任せるしかないな」
 領主決裁が必要な仕事を他者に任せる訳にはいかないし、特に必要のない仕事を続けさせるつもりもない。
 けれどその中間である、出来ればやるべき仕事をどう扱うかが難しい。
「あなたたちはこちらです」
 ジークリンデ(ib0258)が、今日も元気に飛空船に乗り込もうとしたからくり達を引き連れ入室する。
「来たか」
 将門はジークリンデに目礼してから、からくり達に向き直る。
 アマルの処理能力が落ちる分どこかで補う必要がある。ジークリンデの言うとおり、彼女たちを利用するのが妥当かもしれない。
「今日一日領主代行を務める将門だ。貴公等と共にナーマを預かり、問題がなければ数日継続する。今回の試みは貴公等の試験でもある。成果を期待する」
 同型のからくり達から戸惑いが消え、気合いの入った敬礼がされるのだった。

●試験失格
「ごはん…じゃなくて来期の植え付け」
「てっぽう…じゃなくて領外展開可能な戦力整備」
「どっちも大事だから半分半分じゃだめ?」
 緊張で表情が固まったからくり達が雑な結論に至ろうとしていた。
 本人達としては真剣にやっているつもりだ。
 全ての部門の重要性が分かっているからこそ、1つしくじれば都市住民に生活が破綻しかねないことが分かっているからこそ、緊張し過ぎて知性を曇らせているのだ。
「ここまでですね」
 アレーナ・オレアリス(ib0405)は手を叩いて執務の終了を告げた。
「申し訳ありませんがあとはお願いします。昼食時の会見については…」
「あのからくりだな。格式が必要になるので一時的にアマルの親族として扱う」
 周辺勢力との接触で人当たりの良さを証明したからくりがアレーナの手により抜擢される。他のからくりは、将門の指揮のもと領主代理ではなくその手足として動くことになる。
 予算の調整は、検討の末変更無しになったらしい。

●出迎え
 見た目に多くのリソースを割り振った飛空船に、1体の駿龍が速度をあわせてから甲板に降下する。
 衝撃のない着地は乗り手と駿龍の技術と絆をその場の全員に知らしめる。
 アルバルク(ib6635)が甲板に降り立つと、アル=カマル各地から集められた宗教関係者が露骨にがっかりしていた。
「旦那方、何か問題がありましたかい?」
 一瞬で相手の腹のなかまで推察し、アルバルクは意識して荒っぽい笑みを浮かべる。
「そりゃぁな。美人のからくりの出迎えを期待していたのに来たのはむさ苦しい野郎だ。気落ちしないほど枯れちゃぁおらんよ」
 一際豪華な装束をまとう老人が、人の良い雰囲気でナーマからの迎えを歓迎する。
 対するアルバルクは飄々とした態度を保ちながらその場を離れ、練力で視覚を拡張して敵襲を警戒しつつ後続を待つ。
「こんな妖怪爺まで出てくるたぁ、相変わらず忙しいところだねえ…」
 敵対の意思はないようだが、武力ではなく言葉だけで状況を意のままに動かせるような人物に近づき過ぎるのは危険だ。
 アルバルクは来賓に気づかれないようつぶやき、後続の飛空船が到着するまで単独で守りを固めていた。

●空中戦
 強力なアヤカシや巨大な生き物を倒して来たルオウ(ia2445)の名は、ナーマ領とその周辺で広く知られている。
 護衛に赤毛の剣使いが混じっているだけで賊が隊商から逃げることすらあるという。
 だが、そのルオウが指揮する小型飛空船へ、多数の賊が近づいてきていた。
「進路そのまま。敵は全て俺が引き受ける! 落ち着いていこう」
 朗々とした声が響き、浮き足立っていた船員達がなんとか冷静さを取り戻す。
 細身の小型飛行船は護衛対象である豪華飛空船から距離をとり、左右から押し包むように向かって来る龍とその乗り手を迎え撃つ。
 快速小型船の動きは、護衛対象の豪華飛空船、型としては商用船とほとんど変わらない動きしかできていない。
 ルオウを除く乗組員の能力に違いがありすぎるのだ。
 だから賊が戦力の推測に失敗し、自ら死地へ飛び込むことになる。
「なめて向かって来るなら手間が省けて助かるけどなっ」
 間近に迫った龍騎士ににやりと笑いかけると、賊は左の舷側に達する寸前で動きを乱して落下しかける。
「降伏するなら今のうちだぞ!」
 軽くバックステップして長大な刃を一見無造作に振るうと、不意打ちの成功を確信していたもう1騎を人騎ごとまとめて切り裂いた。
 無惨な残骸が船を飛び越え砂漠に落ちていく。
 が、ルオウにそれをのんびり見る余裕はない。
 高速で周囲を警戒していた相棒が、鋭く鳴いて新たな敵の襲撃を告げたのだ。
 ルオウとヴァイス・シュベールトのつきあいは長く、絆はとても濃い。
 声と動きだけで相棒の意図を察し、ルオウは大声で仲間に要請する。
「後方斜め下方!」
「任されましたっ」
 凛とした声が響き、火竜が乾いた熱い風を切り裂き急降下する。
 ルオウの船の脇を通過し、目まぐるしく変わる周囲の光景を半ば楽しみながら、少し重いが万全の日除け風除けを装備した設楽 万理(ia5443)が弓を構える。
 下方の砂漠には砂色の外套を着込んだ賊の弓兵が2。
 速度だけは圧倒的で、動きは直線的すぎる古びた滑空艇が1。
 普通の飛空船を襲うなら十分過ぎる戦力だが、相手が悪すぎた。
「行きます!」
 弓兵の狙いが己であることを確認してから、宵闇に90度の回転を指示する。
 水平線が横から縦に変わり、宵闇の左右を予想より勢いの強い矢が通過していく。
 慣れた様子で第2の矢をつがえる弓兵に対し、宵闇は速度と向きを微修正して主人の動きに同調し、万理は最良の機を捉えて高速で2矢を放つ。
 矢は風切り音を残して地表に向かい、矢を構えたままの弓兵を貫通し、砂のぶ厚い層の中に消えた。
 弓兵2人がふらりと倒れた数秒後、砂漠の上に2つの赤い花が咲く。
「掴まったら大変だから…」
 一瞬だけ目を伏せ哀悼の意を示す。
 一見残酷に見えるかもしれないが、ナーマの峻烈な裁きを受けるよりこの場で討たれた方が苦痛は少なくて済む。
 万理は気を取り直し、地上の様子に気づいていないらしい滑空艇の進路を遮るよう、宵闇と共に飛行する。
「ん? これなら…」
 自分の位置と滑空艇と位置を把握し、万理はにこりと微笑んだ。
 導火線に火が付いた焙烙玉が、滑空艇の進路上に投下された。

●尋問
 焙烙玉が炸裂し、小さな鉄菱が滑空艇を襲う。
 かなりの強者だったらしく、滑空艇は半壊しても搭乗者はほとんど無傷。
 墜落しかけからの軟着陸を試みる乗り手は、致命的な隙をさらすことになる。
 銃声が響き、砂漠に着地しかけていた滑空艇が横転しかける。
 乗り手は、賊の長は辛うじて受け身をとって即死は免れるものの、激痛でうめくことすらできなくなる。
 そこに豪華船から降下してきた龍から荒縄が投げつけられる。
「さーて、やってくれたな。殺すのは簡単だが…場合によっちゃあ、だな。洗い浚い吐いてもらおうか。内容によっては恩赦があるかもしれないぜ」
 アルバルクの最後通牒に、賊は観念して目を閉じた。

●見積もり失敗
 城塞都市ナーマの上下水道から畑のあぜ道まで網羅した巨大地図。
 重要情報が惜しげも無く開示された会議室で、建築と組織の専門家達が声を揃えて断言した。
「全く分かりません」
 開拓者が水質浄化に集中して取り組んだ場合と、手分けして諸問題に当たった場合の効率について問われた専門家集団の回答である。
 こんな回答だが質問から回答まで一昼夜が経過している。
 現在のナーマの状況と、これまでの開拓者の実績を徹底的に分析検討した結果が、これである。
「皆様方の仕事は高効率なだけではなく、それまで理論すらなかったことを実現されることもありますので…」
「定型の作業のみ行われるなら計算もし易くなりますが」
 儀式場の設営指揮も同時進行でこなす彼等は、寝不足と疲労で目の下に濃い隈をつくり、舌の動きが良くなく少々聞き取りづらい。
「そうしましょうか?」
 アナス・ディアズイ(ib5668)が発言する。
 工事のための物資を取りに来たついでに、アーマーの支援が必須な工事の有無について尋ねに来てこの場に遭遇することになった。
「とんでもないっ」
「お前何誤解されること言ってるんだよ解任動議するぞおい」
 特に疲れた男が仮眠用簡易寝台へ叩き込まれる。
 こほんと咳払いをして、相変わらず疲労が浮かんだ顔が朽葉・生(ib2229)とアナスを向く。
「そういう訳ですので、今回の件は我々の手に余ります。アーマー支援につきましては、他で代替できない案件は開拓者ギルドの依頼票に載せていただくようアマル様にお願いするつもりですので」
 昨日豪華飛空船が到着し、儀式の開始が迫っている。
 この場での会議はこれで終わり、それぞれが欠かせない仕事をこなしていくことになる。

●儀式
 エラト(ib5623)の応接を受けた来賓達は、穏やかかつ友好的に応対しはしたが一言も言質を与えなかった。
 やがて予定の時刻になり、来賓は水源近くに設置された儀式場へ移動する。
 悪く言えば面白みのない、よく言えば伝統に忠実に従った式典が進行していく。
 仰々しくはあっても、単に工事の成功を祈るだけの式。
 しかしそこに歴史と伝統にもとづく権威を持つ貴賓が参加すれば、権威に弱い者と権威を尊重する者に否定できない儀式になるのだ。
「これより瘴気払いを開始します」
 儀式の〆を行うため、エラトが壇上に登場する。
 直接の護衛として相棒であるからくり庚がつき、万一に備えて生達も待機している。
 エラトが一礼してから始まった演奏は、技術の完成度でも籠もった想いの深さでも、儀式の格に負けていなかった。
 通常は使い手も使われる場面も少ない絶技を目にした貴賓の顔に、演技ではない感嘆の感情が浮かんでいく。
「即座に動員を」
 ジークリンデは自身のアーマーから離れ、軍事部門の人間に指示を出す。
 街の各所に仕掛けた術から術者であるジークリンデに警報が送られてきており、この時点でアヤカシの大規模襲撃であることが確定していた。
 唐突に、厳重に封鎖されていたトンネルの蓋が吹き飛ぶ。
 直径4メートルを超えるコンクリート製の分厚い蓋がくるくると回り、一見ゆっくりと、その実高速で来賓席へ向かう。
 銀の巨人が跳躍し、超高速で回転するチェーンソーを振り落としてコンクリを両断する。
 蓋を吹き飛ばした勢いを保ったまま、無数の大蜘蛛小蜘蛛が一気に広がろうとし、ジークリンデが発した吹雪に飲み込まれる。
 巨人が着地し地響きが起こるのと、3桁近いアヤカシが一気に倒されたため大量の瘴気が発生したのは、ほぼ同時だった。
「まだ終わっていません。来賓の方々は後退してください」
 強力な威力の矢を術で放ちながら生が大声で警告する。
 その声が届いたかどうかは分からない。
 瘴気と吹雪で曇ったトンネル入り口から、生理的嫌悪感を誘う無数の足音が聞こえ、声も何もかもかき消したからだ。
「強力な個体が1つ」
 矢を防がれた感覚が、生の危機感を煽る。
 盾はあるが自分一人守るだけでは足りない。
 入り口近くにとどまり吹雪吹かせ続けるジークリンデが、吹雪に耐えた蜘蛛の群れにより徐々に押し戻されていく。
 吹雪を浴び続けた蜘蛛は次々に崩壊するが、後続が途切れないため後退が止まらない。
 それに、生が仕留めきれなかった1体は高速で移動を続けている、ジークリンデは広範囲攻撃術で以てトンネルに蓋をするためその場から動けない。
 他と一線を画する強力な気配をまとった女郎蜘蛛が、生が念のため設置しておいた簡易障壁で一瞬にも満たない間停止し、軽々と飛び越える。
 そこへアナスの機体が急行し、ぎりぎりで捕捉し押さえ込む。
 人の上半身は逃れられても大きな蜘蛛の下半身ではアーマーの突撃を避けきれず、体力は格の割に弱いのでアーマーの重量を跳ね返せなかった。
 ならばと術攻撃を繰り出しても、生身の状態と比べて頑丈さを増したアナスなら誘惑も打撃も短時間であれば耐えきることができる。
 城で待機していた開拓者が到着してアヤカシが駆逐されるまで、しばしの時間が必要だった。

●失点
 後退していく貴賓が振り返ると、エラトと生のからくり達が多数のアヤカシに囲まれても動じず過酷な防衛戦を展開していた。
 絵になる光景で感銘を受ける者もいる。
 乱射された蜘蛛糸が、自らを中心に華のように開いた氷の盾で防がれる場面もあり、術者である鳳珠(ib3369)の凄さに感じ入りもした。
 が、現状認識を曇らせる者はいない。
「どう動くか、お手並み拝見じゃな」
 式典で来賓を危険にさらした。
 明らかにナーマの失点である。

●新たな領域へ
 エラトが大規模瘴気払いを完遂した後、工事の難易度は明らかに低下した。
 アヤカシの出現頻度が限りなく0に近づき、工事以外が原因の水質悪化がほぼ消えたのだ。
 生とアナスと協力してトンネル入り口の補修工事を終え、鳳珠は新規の工事に手をつける。
 アーマーアックスを使った工事は、慣れてはいても専門の工具でないため速度はあまりない。
 しかしアヤカシと遭遇した際に即座に戦闘に移れるという利点があり、1度現れた不定形のアヤカシを瞬時に捉え、処分していた。
 前方と上方を除く全方位からの水の噴出で工事が進まなくなったとき、鳳珠は敢えて危険を冒して操縦席から身を乗り出す。
 常人なら数十秒で限界を向かえてもおかしくない圧迫感と低温と湿気に耐え、感覚と研ぎ澄ませた上で黒い懐中時計を確認する。
「ここから…」
 瘴気は水にも空気にも混じっている。
 だが、目の前、正確には前方やや下方の壁から滲み出る瘴気は、他と比べて明らかに濃すぎた。
 大規模な瘴気祓いの後に周辺から瘴気が流れ込むことはある。しかし短時間でこれほど濃くなるには特殊な条件が必要なはずだ。
 たとえば、大量の瘴気が溜まっている場所があるとか。
 鳳珠は位置と方向を記憶し、悪環境で調子が悪くなりつつあるアーマーをなんとか動かし地上へ向かわせるのだった。

●ナーマの休日。3日目
 銀のアーマーの肩に寝そべるもふらさま。
 その背中に寝そべるアマル・ナーマ・スレイダン(iz0282)。
 目は半開きで起きているのか眠っているのか分からない。
 時折もふもふな毛に顔を埋めるときも表情が変わらない。
 しかし休暇初日の無機質な人形じみた雰囲気は薄くなっていて、怠け者の子供っぽい面が徐々に現れて来ていた。
 太陽が地平線に近づき、城壁に囲まれたナーマの街が夕焼け色に染まる。
 住宅区画からは炊事の煙が数え切れないほど立ち上り、街の各所から風車の音が聞こえてくる。
 貯水湖を越えて来た風は心地よい湿気を含み、アマルともふらさまの毛を優しく撫でていた。
 もふらさまが急に立ち上がり、アマルを背に乗せたまま器用にアーマーから降りていく。
「あ…」
 庭に降りた時点で、アマルもようやく気づく。
 宮殿の中枢にある小さな厨房から、甘く優しい香りが漂っている。
「アマル。もう焼けてしまいましたよ」
 エプロンをつけたままのアレーナが、焼き菓子が盛られた皿を盆に載せて近づいてくる。
 近くでずっと警備をしてくれていた玲璃に、アマルは全く気づかない。今のアマルは弛緩しきっていて注意力が皆無なのだ。
 数度の失敗の後ようやく食べられるようになった不格好な菓子を、アマルは無心についばむ。
 この、アマルにとって生まれて初めてのまとまった休みが無ければ、翌日の報告書を読んだ時点で機能を停止していただろう。

 翌日。アマルはナーマの今後に関わる決断を複数迫られることになる。