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■オープニング本文 アル=カマルの僻地に多数ある沙漠の1つ。 その中心にある城塞都市で、珍しい工事が行われている。 あれこれと憶測が飛び交いつつあるが、一定以上の地位にあるものは慎重に論評を避けていた。 仮に工事が絶対に必要だったとしても、真っ当な神経の持ち主であれば即断は難しい。 にも関わらず、ナーマ領主は即座に工事を命じたらしいのだ。 「恐怖がないのか」 「人間とは根本的に価値観が違うのだろうか」 食料輸出という実績をあげつつ領内に引きこもることで、領主が人間でないことは目こぼしされてきた。 しかし今、風向きが微妙に変わりつつあった。 ●深淵への入り口 水源の中心にあるトンネルは、今は分厚い建築資材で厳重に封印されていた。 万一地下からアヤカシの襲撃があっても、開拓者ギルドや中央からの救援が間に合うだけの備えは出来ている。 揃いの戦装束で警戒を続けるからくり隊も備えの1つであり、人形らしい整った容姿と厳しい教練を経て身についた武威は、都市住民の精神安定に大きく寄与していた。 「マスターのマスター、大丈夫かなぁ」 「心労いっぱい」 「しんぱいだよね」 「ねー」 仕事に支障が出ない範囲で、ばれないように私語を楽しむからくり達。 彼女たちの真下には斜めのトンネルと大規模戦闘可能なホールが存在する。 封印を解いた後は、大量の瘴気かアヤカシと対面することになるだろう。 ●守備隊 30の火縄銃が火を吹き、第一陣と入れ替わった第二陣30名が同数の火縄銃で発砲する。 演習の的として置かれていた分厚い甲冑に、いくつもの穴が開く。 その晩。 演習で得られた命中率や発射間隔の情報を検討していたナーマ軍事部門首脳陣が、苦痛に満ち満ちた悲鳴をあげていた。 「戦闘開始直後の戦力は倍以上に増強されたが…」 「頭数をそろえて突撃されたら防ぎきれないぞこれは」 「増員…だが予算が」 隣接地域では脅威とみなされているナーマの軍事力は、様々な意味で余裕がなかった。 ●依頼票 仕事の内容は城塞都市ナーマの経営補助 依頼期間中、1つの地方における全ての権限と領主の全資産の扱いを任される 領主から自由な行動を期待されており、大きな問題が出そうな場合に限り領主が補佐することになる ●城塞都市ナーマの概要 人口:普 零細部族から派遣されて来た者を除くと微になります。移民の受け容れ余地大 環境:劣 ごみ処理実行中。水豊富。空間に空き有。水質低下 治安:良 厳正な法と賄賂の通用しない警備隊が正常に機能中 防衛:良 強固な大規模城壁有り 戦力:普 ジン数名とからくり12人が城壁内に常駐。戦闘用飛空船込みの評価です。訓練で向上した分は新兵訓練の際の負担で相殺 農業:良 開墾余地大。麦、豆類、甜菜が主。二毛作。牧畜有 収入:普 周辺地域と交易は低調。遠方との取引が主。鉱山休業。麦を中規模輸出中。氷砂糖を小規模輸出中 評判:普 好評価:人類領域(一地方)の奪還者。地域内覇権に最も近い勢力 悪評:伝統を酷く軽視する者。放置時1段階低下の見込 資金:劣 民兵装備の更新と再訓練、訓練規模拡大に資金を投入しました 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。1つ以上の項目が滅になると都市が滅亡します ●都市側からの要望 水問題の解決。年内の解決を望む ●資金消費無しでも実行可能な行動例 元鉱山内、都市内水源での大規模工事。資金一段階分弱の膨大な資材を即座に使用可能。人材も最優先で使用可能です ある行動を行った際の必要資金と必要期間の予測 対外交渉準備 都市周辺勢力との交渉の為の知識とノウハウを自習します。選択時は都市内の行動のみ可能。複数回必要 ●資金投入が必要な行動例 小型飛行船1隻購入○ 飛空船関連事業○ 資金一段階分強を投じ、人材と設備を引き抜いてきます ×現在実行不可 △困難 ○実行可 ●都市内組織 官僚団 内政1名。情報1名。他3名。事務員有 教育中 医者候補4名、官僚見習い20名 情報機関 情報機関協力員20名弱 警備隊 約百名。都市内治安維持を担当 ジン隊 初心者開拓者相当のジン7名。対アヤカシ戦特化 農業技術者集団 学者級の能力のある者を含む3家族。農業指導から品種改良まで担当 職人集団 地方都市にしては高熟練度。技術の高い者ほど需要が高く、別の仕事を受け持たせるのは困難。但し水問題は除く 現場監督団 職人集団と一部重複 からくり 同型12体。見た目良好。領主側付き兼駆け出し官僚見習兼見習軍人 守備隊(民兵隊) 常勤は負傷で引退したジン数名のみ。城壁での防戦の訓練のみを受けた240名の銃兵を招集可。招集時資金消費収入一時低下。損害発生時収入低下。新規隊員候補110名を訓練中 ●住民 元作業員が大部分。現在は9割農民。正規住民の地位を与えられたため帰属意識は高く防衛戦等に自発的に参加する者が多い。元流民が多く全体的に技能は低め ●雇用組織 小型飛空船 船員有。ナーマと外部の連絡便 ●都市内情勢 甜菜。麦二毛作 妊婦の割合高め ●軍備 非ジン用高性能火縄銃500丁。旧式銃500丁。志体持ち用魔槍砲10。弾薬は大規模防衛戦2回分。迎撃や訓練で少量ずつ弾薬消費中 飛空船(装甲小型1隻)。都市・鉱山間であれば辛うじてからくりが運航可能です ●領内主要人物 ナーマ・スレイダン 故人。初代ナーマ領領主。元大商人。極貧層出身。係累無し。性格最悪能力優 アマル・ナーマ・スレイダン 第二代ナーマ領領主。からくり。人格未成熟。内部の権力は完全に掌握中 ●現在交渉可能勢力 王宮 援助等を要請するとナーマの威信が低下し評価が下がります 定住民系大商家 継続的な取引有。大規模案件提案の際は要時間 ナーマ周辺零細部族群(東境界線付近の小オアシスは除く) ナーマに対し概ね好意的。ナーマへ出稼ぎを多数派遣中。経済・軍事面で提携中 定住民連合勢力 ナーマ東隣小都市を中心とした連合体。ナーマと敵対的中立。ナーマの巨大化を望まない域外大勢力の援助を受けています。外部から訪れた者に対する身元調査を行っています その他の零細部族 ナーマの北、南、西に多数存在。北と南は定住民連合勢力が援助攻勢中 上記勢力を援護する地域外勢力 最低でもナーマの数倍の経済力有。ナーマに対する直接の影響力行使は裏表含めて一切行っていないため、ナーマ側から手を出すと評判に重大な悪影響が発生する見込 ●現在交渉不能勢力 西隣弱小遊牧民 交渉窓口無し。治安劣悪。経済どん底。零細勢力を圧迫中。ナーマがリーダーの筆跡を確保。謀略実行時は域外大勢力に感づかれる可能性が有り、その場合ナーマの威信が低下 賊 ナーマ領外で徐々に活発化。狙いはナーマと外部を行き来する飛空船 ●開拓者が知っているアヤカシ襲撃箇所 西隣弱小遊牧民勢力圏廃オアシス。周辺のオアシスと面識有り。名目上は西隣弱小遊牧民勢力圏支配下にあるため、介入の証拠を残せば侵略扱いになる可能性有り |
■参加者一覧
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
将門(ib1770)
25歳・男・サ
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
鳳珠(ib3369)
14歳・女・巫
エラト(ib5623)
17歳・女・吟
アナス・ディアズイ(ib5668)
16歳・女・騎
嶽御前(ib7951)
16歳・女・巫
草薙 早矢(ic0072)
21歳・女・弓 |
■リプレイ本文 ●ナーマの近くで 尋常の馬では動かすことも難しい大型そり。 それに大量の医薬品を積んだものを、立派な体格の霊騎が軽々と牽引していく。 連れだって歩く嶽御前(ib7951)は風除け日除け用の外套に市女笠という重装備であるが、相棒に全く遅れずついて行けていた。 空は薄い朝焼けの色に染まり、貯水湖の上を通った冷たく湿った風が彼女の頬を撫でる。 嶽御前は宮殿を出、朝食前の一仕事をこなす農民達に挨拶されながら正門にまでたどり着く。 「開門しますの少々お待ちください」 城門警備に当たっていた民兵達が慌ただしく開門の準備を始める。 嶽御前は天と視線をかわし、大人しく待つことにした。 「遠征ですか?」 ナーマの住民らしい夫婦が話しかけてくる。 服装は新品らしい旅装で、小柄な駱駝の上には麦の大袋がいくつもくくりつけられている。 丁寧な礼をしてくる彼等に行く先を問うと、嶽御前の目的地と同じであることが判明した。 アヤカシへの警戒は上空を飛ぶカルフとその相棒に任せ、嶽御前は彼等と同行しつつナーマ周辺オアシスの情勢をたずねることにする。 沙漠のアヤカシ討伐の最中には外部からのアヤカシ流入にひやりとする場面もあったらしいが、今は特に問題はないらしい。 「おかげさまで稼がせてもらってますからね」 壮丁の半数近くがナーマに出稼ぎに出ているとはいえ、オアシスに残った者達は仕送りでたっぷり食って体力を養い装備を充実させている。 今のところ特に問題は無いと、誇らしげに語っていた。 結局全く戦うことなくオアシスに到着し、嶽御前は2人と別れてすぐに長の天幕に招かれる。 水源の瘴気による汚染とその対策について詳しく説明すると、長は絶句し、目が虚ろになってしまう。 都市を襲う危機も、それへの対処の速度と規模も、過酷ではあるが小さなオアシスで生き抜いてきた彼には大きすぎる話だったのだ。この件に関しての懸念は払拭できた。同時に、別の懸念を抱かせてしまったような気もする。 ナーマと周辺勢力の狭間にあるオアシスを全て巡り終えたときには、ソリに満載されていた医薬品は、オアシスの女達が織り上げた布に変わっていた。 ●根回し ナーマに商用飛空船が訪れるのは収穫期だけではない。 氷砂糖などが季節を問わずに生産されているし、単に水補給のため寄港することもある。 飛空船を使えるのは基本的に財産家か権力者か両方を兼ね備えている者で、自然とナーマには常時来賓扱いの客が滞在することになる。 「何か御用ですかな」 用件を察しはしても態度には出さず、名の知れた商会の長が訪ねてきた開拓者を応接室へ招き入れる。 部屋の中には同格の同業者や権力者の一族など様々な人物が集まっており、隙を見せれば過酷な条件を呑まされても不思議ではない、はずだった。 「水質浄化事業の成功祈願を行う。関係者招致に協力願いたい」 将門(ib1770)の要請に内心舌なめずりしながら、彼等は詳しい話を聞こうとする。 「具体的な手順についてはこちらになります」 玲璃(ia1114)が計画表を1人1人渡していくと、澄まし顔がひきつり、外交経験の浅い者に至っては腹に手を当てて脂汗を流し始める。 精霊を祀る儀式に造詣の深い巫女であり、ナーマと関わる中でアル=カマル風の儀式にも詳しくなった玲璃によるそれは、天儀の影響をあえて廃しアル=カマルの伝統に沿った内容であった。 問題は、開催の日程だ。 「この、計画は」 声の調子が乱れていた。 将門は沈痛な表情を選択し、控えめな演技で場を誘導する。 「事態の重要性と緊急性を考慮すれば遅すぎたかもしれぬ。不快に思う者もいるだろう。可能であれば貴公等に取りなしを願う」 エラト(ib5623)が紅茶を入れ、補佐の焔と共に給仕を行うと、賓客達は救いを求めるように茶と甘味を口に入れる。 「は、はは。きつおの冗談ですな」 将門の思惑通りに、領主のナーマがアル=カマルの文化を尊重していることは伝わった。 同時に、合理性を非常に重視することも伝わった。 「大至急手配するので時間を頂きたい」 地位や権威のある相手を急かすと…ナーマ基準で普通にお願いすると喧嘩を売っているとみなされかねない、ということらしい。 大規模な瘴気払いの術を持つエラトに詳しい事情の説明を受けながら、賓客達はオアシスの長のような虚ろな目になりつつあった。 ●トンネル開封 トンネルの封印を解き、アーマーという強固な装甲をまとい地下へと進んでいった鳳珠(ib3369)。 強固かつ強力な長柄武器を構え工事を行いつつ進んだ結果、地下の第1ホールから押し出してきたスライムと真正面からぶつかることになる。 これが生身で相対していたなら探索用結界術で予め接近に気づくこともできただろうが、あいにくとアーマーは内部で術を使うように出来ていない。 人狼の優れた装甲により身を守り、大きな手足で壁面を保持してその場にとどまることはできたものの、残念ながらまともな反撃はできそうになかった。 アーマーの力がスライムの勢いに押されようとしたとき、広域瘴気祓いの術の範囲と引き替えに威力を高めたようにもみえる音がトンネルを満たす。 通常より少し大きく重いとはいえ所詮はただの粘泥でしかない。 トンネル一杯に広がっていた、一見巨大粘泥にも見えた粘泥14体が、表面と核を同時に砕かれ単なる瘴気に戻ってトンネル入り口へと勢いよく広がっていく。 エラトは優れた聴覚で入り口から離れることができたが、至近距離にいた鳳珠はそうはいかなかった。 動きが鈍くなったアーマーをなんとか地上に戻すことはできた。しかしその時点でアーマーが力尽きて停止してしまう。 アーマーの背後から降り、周囲を警戒しつつ瘴気を探ってみると、工事が始まる直前に比べると薄い気がした。 鳳珠ほどの高位巫女にとっては補助具程度にしかならない黒懐中時計で確認してみても同様だ。 「ナーマで整備できれば良いのですけども」 鳳珠は淡く微笑んで気分を切り替え、都市上空に待機中の飛空船へ合図し、アーマーの安全地帯への運搬を要請する。 ジークリンデ(ib0258)の命で工事で出た土砂を運搬するはずだった船は、少し難度の増した作業を時間をかけてこなしていった。 ●工事 超絶技術と壮絶な情念の籠もった曲が、広々としたホールを満たしつつあった不定形アヤカシ全てを崩壊させた。 「アヤカシの排除完了しました。…しましたっ」 朽葉・生(ib2229)の相棒である斑が呼びかけたが、エラトを護衛中の庚は反応しない。 トンネルに反響する音に惑わされているのだ。 「生さんの援護に向かいます」 エラトが近くでささやくと、庚はようやく状況を把握し、かすかに顔を赤くして主人に付き従う。 濃い瘴気に狭い空間に淀んだ空気という悪条件の中で、生はアーマーによる掘削が終わったばかりの泥濘に石壁を生じさせていく。 この後またアーマーで泥を掻き出したり地上で作られた大型部品をはめ込む必要がある。心身を削る、長い時間が必要な難工事だ。 その日の予定をなんとかこなして地上に戻ってから、生は水源から水路へ流れ込む水を確認する。 水源を工事している割には綺麗ではある。とはいえ工事前と比べると明らかに濁っている。 1度器で掬って術を使い、毒も良質な成分も全て消して水路の水と比べると視覚的にも臭いの面でも明白だ。 考えなくてはならないのは水質だけではない。 トンネルの換気も極めて重要だ。しかし鉱山とは異なり換気のため新たな穴を開けるのも難しい。今でも水源が崩壊する危険があるのに新たに別種の工事を始めるのは、都市側としては決断しづらいのだ。 「どうしたものでしょうか」 巨大団扇もどきを回すための風車を建てている作業員を横目で見てから、生は重々しい息を吐き出すのだった。 ●災厄の位置 ドリル搭載アーマーが要整備と判定されたジークリンデは、宮殿の最深部にある記録庫に出向いていた。 アマル直筆の許可証をナーマのからくりに見せて入退室管理簿に記録してもらい、戸籍を初めとした機密情報の宝庫に足を踏み入れる。 現ナーマの浅い歴史と効率優先の思想をそのまま形にした、味も素っ気もない実用本位の記録の奥に向かうと、そこには城塞都市建設前に開拓者が作成した報告書が並べられていた。 その中には、長い歴史を持つ部族の、門外不出のはずの記録の写しが複数含まれている。 どうやって作ったのか色々想像はできるが追求しない方が様々な意味で安全だろう。 ジークリンデが欲しいのは、瘴気溜まりがどこにあるかについての情報だ。 通読しても瘴気溜まりについての記述は1つもない。 しかし瘴気溜まりの存在を念頭に精読すると、瘴気溜まりがあっておかしくない場所がいくつか見えてくる。 「全て現ナーマ領内」 現在閉鎖中の鉱山、砂漠の中に3から5、城塞都市ナーマに特大が1。 ただし特大の1は特に位置が曖昧だ。 真下にあるのかもしれないし、少し離れた場所にあるのかもしれない。地下深くになる可能性も、浅い位置にある可能性すらある。 「公開はできないわね」 ジークリンデは書面に残さず、アマルにのみ報告することにした。 ●鉱山 ヤリーロが乗り込む船を上空に残し、アナス・ディアズイ(ib5668)とライ・ネックは鉱山入り口のバリケードを排除し中へ侵入した。 朧気なアヤカシを騎士の剣で切り裂き、発生して数日の小鬼の小集団を鎧袖一触に蹴散らす。 だがそこからの進みが遅かった。 厳選して連れて来たとはいえ、鉱山作業員の数は多い。 船の防衛を考えると開拓者を1人は残す必要があり、つまり2人で大人数を防衛するためアーマーを採掘作業に向けるのが難しいのだ。 当然のことながら、地下水脈に繋がっていると思われる場所の調査をする余裕はない。なんとか時間を見つけてバリケードが破壊されていないのを確認したが、それ以上は無理だった。 ナーマが用意したアーマー用工具に持ち替える余裕もないため、アナスは宝珠式チェーンソーを岩肌に押しつけ、起動させてみた。 アナスの操縦技術はジルベリア製兵器の性能を見事に引き出し、熱せられたバターのように岩を切り裂く。 「騎士様。そこを掘ると運搬に時間がかかりますんでアヤカシへの警戒かソリへの積み込みお願いしやす」 繰り返し頭を下げながら、作業員の代表者が強い口調で要請してくる。 ひとつうなずいて次の作業に移るアーマーの背中は、少しだけ寂しげに見えた。 ●色々 ナーマの職人が試作した弓は、篠崎早矢(ic0072)の眼鏡にかなう出来映えだった。 志体持ち仕様としては論外な性能で、一般兵用としても優れてはいない。その分生産性と整備性を重視しており、設計図を渡した周辺オアシスから短期間で20張調達することが出来た。 「始めてください」 民兵の中でも練度の高い隊を城壁の上に配置し、城外の草原に設置させた標的に向かって矢を放たせる。 風もなく過ごしやすい大気を矢が鋭く貫く…ことはなかった。 ある矢は回転しながら牧草に突っ込み、ある矢は城壁の内側に飛び込みかけて早矢の鷲獅鳥にはたき落とされる。 「次」 兵士達は機械式の弓に持ち替え、全く同じ目標に対して放つ。 銃器の取り扱いに慣れている彼等は、弾の軌道が弓よりも銃に近い石弓を上手に扱っていた。だが職人に石弓作りのノウハウが無く、ナーマに出入りする商人も石弓の取り扱いはしていないも同然であったため、武器の性能が低く明らかに最初より狙いが甘くなっていた。 「次」 最後は布製の投石機だ。 調達費も維持費も少なくて済むそれは、火縄銃に比べると威力でも狙いの正確さでも劣る。しかし今回試した弓や石弓と比べると、やや劣る程度の成績であった。 ただ、実戦に必要な頭数が火縄銃の場合よりかなり多くなるのは確実であるため、軍事部門と行政部門のトップ連中は顔を青ざめさせている。 ナーマには無職はいない。 強制労働うんぬんという話ではなく、産業の規模の割に人が少ないのだ。今回の試験のための人集めも難航し、早矢が次に検討させようとしていた芋類について活動する時間を捻出できなかった。 もっとも、仮に人手や時間に余裕があっても、麦二毛作が可能な城壁内で育てる展開にはならなかったかもしれないが。 早矢の頭上を、急いで積み込んだため以前に比べると明らかに質の悪い鉱石を満載した飛空船が、繰り返し行き来していた。 ●壊れかけの 本職には及ばず、けれど趣味でしているにしては上手に過ぎる演奏が唐突に止まる。 玲璃から贈られた小型パイプオルガンに触れたまま、アマル・ナーマ・スレイダン(iz0282)は人形のように動きを止めていた。 線香が燃え尽きるだけ時間が経過しても変化はない。 玲璃は自分が直接話しかけることは避け、精霊の一柱であるもふらさまに視線を送る。 温は絨毯の上に寝そべった体勢から自ら転がり、アマルの足に衝突寸前で器用に停止する。 もふらさまの体温と柔らかな毛に触れても、からくりに生気は戻らない。 アル=カマルにもふらさまがいたら間違いなくもふらさまに耽溺しただろうアマルの反応に、温は事態の深刻さを悟った。 悟っても緊張感の欠片もない。しかしいつもの1割増しの速度で器用にアマルを背中に乗せて寝室へ向かう。 「応。報告書を持ってきた…ああ、あんたが持っててくれ」 メグレズ・ファウンテンと交代で都市上空の防衛を担っているムキが、みっしりと書き込まれた書類を玲璃に渡す。 「組織的な侵入継続中?」 空からやってくるアヤカシの中に強力な個体は含まれていない。 個々の強さは雑魚と称しても構わないだろうが、全てが組織かされているのは異常だ。 「引き続きお願いします」 アマルの不在を補うために執務室へ向かう。早矢の言うように、代行や後継者の育成にとりかかった方が良いのかもしれなかった。 ●命綱 添い寝中、体を暖かく保ち、手の甲を優しくさすり続け、無意識に水を求める気配があれば水差しをとり口に水を含ませる。 アレーナ・オレアリス(ib0405)が半日近く面倒を見た後、アマルは目を閉じたまま唐突に身じろぎした。 体に負担がかからない絶妙の設計の寝台に、ほとんど重さを感じない毛布。 体の近くに感じる暖かさと匂いには覚えがあった。 「ここは?」 演奏中に一瞬で場所が変わった。 アマルにはそう見えていた。 「貴女は倒れたの。今のところ緊急の報告はないわ」 そうアレーナに言われると、アマルは安堵したように息を吐く。 だが目が見えないことに気づき、不安げに首を小刻みに動かしていた。 アレーナは軽くまぶたに触れて押し上げてやり、淡い室内の光をアマルに届かせる。 「しごと、しないと」 アマルは起き上がろうとして、指一本まともに動かないことに気づく。 体力に問題は無い。思考も正常だ。ただ、前に進むための気力が尽きていた。 実際には声も出せていない。口元がかすかに動いたのを、アレーナが読み取ってくれていたのだ。 アレーナはそっとアマルを抱き寄せ、背中を優しく撫でながらささやく。 「私はアマルが好き、貴女はどう?」 相変わらず体を動かす気力はないけれど、夜毎の悪夢から救ってくれた暖かさは頭ではなく体で覚えていた。 からくりの人工物のパーツが、軋みながらもゆっくりと差し出される。。 差し出されたアマルの手を自らの両手で覆い、アレーナは命綱代わりに小さな指輪をはめさせるのだった。 ●整備問題 精霊門へ向かう飛空船の中で、アレーナを含むアーマー使用者がケースから出した機体の状態を確かめていた。 今回戦ったアヤカシは小型かつ非力なものが中心で、大きな被害を受けたアーマーは1機もない。 しかし工事に参加した機体は泥水や土砂にまみれての作業を繰り返し、全体的に調子を落としている。帰還後念入りに整備や調整を行わないと、今後はより不利な戦いを強いられるかもしれない。 水源での工事は、第1のホールから下に向かってトンネルを延ばした所で終了した。下から溢れてくる水により工事が困難になったからだ。これまでと同じように水が流れる、来週には工事可能な程度にはトンネルから水が退いているはずだった。 水質悪化の原因と予測される瘴気溜まりは、まだ見つかっていない。 |