【城】破滅か栄光か
マスター名：馬車猪
|
|
| ■オープニング本文 ●Ｂエンド 湧水量の激減が破滅を招き寄せた。 農業の規模縮小、水配給制の導入、出産制限、開拓者抜きでの防衛と水の調達。 そのどれが欠けてもナーマの存続は不可能であり、実年齢１歳未満のからくり領主で乗り切ることは不可能だと思われた。 が、領主は湧水量の激減に気づいた時点で軍事力を強力に掌握し、大量の血と怨嗟と悪名と引き替えにナーマを維持には成功した。 その１年後、領主はあっけなくこの世から退場することになる。 「申し訳ありません。マスターのマスター」 粛正された官僚から後を託されていたからくりが、実行犯だったらしい。 ●夢落ち？ 「もうじわけありまじぇんっ。マスターのますたぁっ！」 鼻水をすする音と泣き声に近い謝罪により、アマル・ナーマ・スレイダンは極めつけの悪夢から解放された。 夢の中とは異なり水の気配が濃い。なにより、側付きの感情が擦り切れていない。 「しょ、初代様のご本が、ご本を、汚してしまいっ」 びえーん、と。 自責の念と恐慌が入り交じった声が、領主寝室の空気を揺らした。 「不寝番を終えた後、詳細な始末書と同種の失敗を避けるための改善案を提出しなさい」 側付きが泣き止む頃まで、アマルは背中を撫でてやっていた。 ●地域内第二勢力 「長！ 開拓者ギルドに助けを求めるなど」 「黙りなさい」 ナーマの対抗馬として急速に勢力を広げつつある街の中心で、たった１人の女性が十数人の有力者達を威圧していた。 「オアシスを失ってからでは遅すぎるのです」 傘下にある複数のオアシスが鬼種のアヤカシに襲われ、辛うじて撃退はしたものの兵力に甚大な被害が発生していた。 「後援の勢力にはこう伝えなさい。水と農地を守るため、最悪の場合はナーマに下ってでも戦力を整えると」 数日後、中央の部族の１つがナーマの東隣勢力に対して大規模軍事援助を行う。開拓者ギルドに対しては何の依頼もされなかった。 ●依頼票 仕事の内容は城塞都市ナーマの経営補助 依頼期間中、１つの地方における全ての権限と領主の全資産の扱いを任される 領主から自由な行動を期待されており、大きな問題が出そうな場合に限り領主が補佐することになる ●城塞都市ナーマの概要 人口：普 零細部族から派遣されて来た者を除くと微になります。移民の受け容れ余地大 環境：普 ごみ処理実行中。水豊富。空間に空き有。水質低下進行時に一段階低下の見込 治安：良 厳正な法と賄賂の通用しない警備隊が正常に機能中。一定期間人口流入が少なかったため一段階上昇 防衛：良 ナーマ大城壁完成 戦力：普 ジン数名とからくり１２人が城壁内に常駐。戦闘用飛空船込みの評価です。訓練で向上した分は新兵訓練の際の負担で相殺 農業：良 開墾余地大。麦、豆類、甜菜が主。二毛作。牧畜有 収入：普 周辺地域と交易は低調。遠方との取引が主。鉱山休業。麦を中規模輸出中。氷砂糖を小規模輸出中 評判：普 好評価：人類領域（一地方）の奪還者。地域内覇権に最も近い勢力 悪評：伝統を酷く軽視する者 資金：普 水源関連に資金を消費済 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。１つ以上の項目が滅になると都市が滅亡します ●都市側からの要望 水問題の解決。年内の解決を望む これ以上普通の工事をすると住民の職場が… ●資金消費無しでも実行可能な行動例 元鉱山内、都市内水源での大規模工事。資金一段階分の膨大な資材を即座に使用可能。人材も最優先で使用可能です ある行動を行った際の必要資金と必要期間の予測 対外交渉準備 都市周辺勢力との交渉の為の知識とノウハウを自習します。選択時は都市内の行動のみ可能。複数回必要 ●資金投入が必要な行動例 小型飛行船１隻購入○ 飛空船関連事業○ 資金一段階分強を投じ、人材と設備を引き抜いてきます ×現在実行不可 △困難 ○実行可 ●都市内組織 官僚団 内政１名。情報１名。他３名。事務員有 教育中 医者候補４名、官僚見習い２０名 情報機関 情報機関協力員２０名弱 警備隊 約百名。都市内治安維持を担当 ジン隊 初心者開拓者相当のジン７名。対アヤカシ戦特化。元気 農業技術者集団 学者級の能力のある者を含む３家族。農業指導から品種改良まで担当 職人集団 地方都市にしては高熟練度。技術の高い者ほど需要が高く、別の仕事を受け持たせるのは困難。但し水問題は除く 現場監督団 職人集団と一部重複 からくり 同型１２体。見た目良好。領主側付き兼駆け出し官僚見習兼見習軍人 守備隊 常勤は負傷で引退したジン数名のみ。城壁での防戦の訓練のみを受けた２３０名の銃兵を招集可。招集時資金消費収入一時低下。損害発生時収入低下。新規隊員候補１００名以上を訓練中 ●住民 元作業員が大部分。現在は９割農民。正規住民の地位を与えられたため帰属意識は高く防衛戦等に自発的に参加する者が多い。元流民が多く全体的に技能は低め ●雇用組織 小型飛空船 船員有。ナーマと外部の連絡便 ●都市内情勢 甜菜。麦二毛作 妊婦の割合高め 前回の建設により食料庫に余裕ができました ●軍備 非志体持ち仕様銃６００丁。志体持ち用魔槍砲１０。弾薬は大規模防衛戦２回分。迎撃や訓練で少量ずつ弾薬消費中 飛空船（装甲小型１隻）。都市・鉱山間であれば辛うじてからくりが運航可能です ●領内主要人物 ナーマ・スレイダン 故人。初代ナーマ領領主。元大商人。極貧層出身。係累無し。性格最悪能力優 アマル・ナーマ・スレイダン 第二代ナーマ領領主。からくり。人格未成熟。内部の権力は完全に掌握中 ●現在交渉可能勢力 王宮 援助等を要請するとナーマの威信が低下し評価が下がります 定住民系大商家 継続的な取引有。大規模案件提案の際は要時間 ナーマ周辺零細部族群（東境界線付近の小オアシスは除く） ナーマに対し概ね好意的。ナーマへ出稼ぎを多数派遣中。経済・軍事面で提携中 定住民連合勢力 ナーマ東隣小都市を中心とした連合体。ナーマと敵対的中立。ナーマの巨大化を望まない域外大勢力の援助を受けています。外部から訪れた者に対する身元調査を行っています その他の零細部族 ナーマの北、南、西に多数存在。北と南は定住民連合勢力が援助攻勢中 上記勢力を援護する地域外勢力 最低でもナーマの数倍の経済力有。ナーマに対する直接の影響力行使は裏表含めて一切行っていないため、ナーマ側から手を出すと評判に重大な悪影響が発生する見込 ●現在交渉不能勢力 西隣弱小遊牧民 交渉窓口無し。治安劣悪。経済どん底。零細勢力を圧迫中。ナーマがリーダーの筆跡を確保。謀略実行時は域外大勢力に感づかれる可能性が有り、その場合ナーマの威信が低下 賊 ナーマ領外で徐々に活発化。狙いはナーマへの飛空船 ●開拓者が知っているアヤカシ襲撃箇所 西隣弱小遊牧民勢力圏廃オアシス。周辺のオアシスと面識有り。名目上は西隣弱小遊牧民勢力圏支配下にあるため、介入の証拠を残せば侵略扱いになる可能性有り |
■参加者一覧
玲璃（ia1114）17歳・男・吟 
メグレズ・ファウンテン（ia9696）25歳・女・サ 
ジークリンデ（ib0258）20歳・女・魔 
アレーナ・オレアリス（ib0405）25歳・女・騎 
将門（ib1770）25歳・男・サ 
朽葉・生（ib2229）19歳・女・魔 
鳳珠（ib3369）14歳・女・巫 
エラト（ib5623）17歳・女・吟 
アナス・ディアズイ（ib5668）16歳・女・騎 
カルフ（ib9316）23歳・女・魔 |
| ■リプレイ本文 ●領主執務室 これまで基本的に開拓者の提案を即座に受け容れるか、条件付で受け容れていたナーマ領領主アマル・ナーマ・スレイダン（iz0282）。 彼女が提案されてから十数分も黙り込むのはこれが初めてだったかもしれない。 「水質の改善およびアヤカシへの対処のため、水源における工事を命じます」 命令者が責任をとるのがこの地の常識だ。 水が途絶えたりすれば、開拓者にも開拓者ギルドにも責任追及は行われず、アマルが責任をとることになる。 アレーナ・オレアリス（ib0405）は心配そうに見つめるものの、今声をかけることはできない。 開拓者以外の目がある場所では、アマルは庇護を受ける子供であってはいけないのだから。 ●工事初日 真新しいアーマーが小さな池に踏み込むと、透明な水面が激しく波打った。 機種は人狼。個体名霞は下からにじみ出てくる瘴気をものともせずに総鉄製大斧槍で以て池の底に切り込んだ。 水を含んで非常に重い砂と土が熱せられた乳製品のように切り裂かれ、自らの重みに耐えかねて元の形に戻る。 すぱ、すぱんと鮮烈な音とに掘り進め、実際池の底は徐々に凹んできているけれども、アーマーが持つ巨大な力を有効利用できているようには到底見えなかった。 続いて水源に近づいて来た人狼「周」も似たような状況に陥る。 別の武器を用いても結果は変わらない。生身の熟練者数人分働きではあるが、工事開始の予想をはるかに下回る働きしか出来ていない。 「これは思った以上に…」 アナス・ディアズイ（ib5668）は頭痛に襲われ己の額に手を当てる。 都市の建設部門お歴々と今後の計画、具体的には都市を維持できる限界まで人手を引き抜いて水源工事に向かわせるための計画を話し合っていたのだが、現場での苦戦の報を受け取り向かってみるとこれである。 今アーマーに乗っている２人の巫女は、騎士ではないが十分に機体の性能を引き出している。 引き出せているのに、こうなのだ。 「アーマー用器具の準備をお願いします」 水源を除く都市内工事にアーマーを向かわせない上に新たな要求をつきつける正直心苦しいが、他に手段がない。 「直ちに」 「完成は明日の夜明けだ」 「明日はものの役に立ちません。次の仕事は明後日以降で」 氷砂糖製造施設や農業技術者用専用器具など、本来都市最奥で最重要の仕事をこなしている職人達が動き出した。 ●工事２日目 「ゆっくり積んでくださ〜い」 「風が来るよっ。下で固定してもらっ…うわーんっ」 小型飛行船が目を覆いたくなる無様な動きで水源から離れて行く。 飛空船が揺れると吊り下げ式の巨大容器が大きく揺れ、ジークリンデ（ib0258）が火竜で積み込んだ土砂がちょろちょろと零れていた。 「少し早かったかしら」 ナーマのからくり達に船長以下全ての役職を任せたのをほんの少しだけ後悔しつつ、ジークリンデはアーマーを水源から離してから停止させる。 機体の練力は尽きかけで装甲には泥がついていて、関節部には小さな砂が入り込んでいるようで全体的に動きが鈍くなっている。 「後はお願いします」 巫女達に声をかけてから、水源周辺、水源から貯水湖に続く水路、ナーマ技術者の手で急遽設置された濾過設備にも持続時間の長い術をしかけていく。 可能な警戒とみなす者もいるかもしれないが、ジークリンデはこれでも不足と判断していた。 「アヤカシの魔手は甘いものではないのですから」 数日後、彼女の言葉の正しさが証明されることになる。 ●ルーチンワーク 結界でアヤカシの位置を特定してから人狼に乗り込み、小は不定形の雑魚以下アヤカシから大はふくれあがったスライムまで丁寧に潰していく。 途中で鳳珠（ib3369）が現場に戻ってきたときは炎でアヤカシだけ焼き払ってくれるとはいえ、玲璃（ia1114）と街の人員だけでは手が足りない。 普通は年単位の時間がかかる工事としては驚異的な速度ではある。 １年で工事が済んだとしたら歴史に残るかもしれない。 だが、どれだけ努力しても工事中には水が汚れる。ナーマの経済に悪影響を与えないためにも、早く済ませる必要があった。 「こちらに誘導してください」 スライムとの長期戦に飽いた鳳珠が一度後退し、機体から降りつつ玲璃に呼びかける。 操縦中の玲璃は、アーマーの片手でスライムを防ぎながらもう一方の手で返事をし、危なげなく誘導を開始する。 長期間かつ長時間の使用で機体の状態は良くないが、通常のスライム程度には苦戦のしようがない。 「いきます」 人の目も物も傷つけない輝きが瘴気からなるスライムの中核を砕き、蒸発させ、大きさだけは大物だったスライムを崩壊させた。 ●斜め堀り 使い方によっては大規模建築の大黒柱として使える強度があるはずの石壁が湿気た煎餅のように曲がっていく。 同様の強度を持つ石壁が複数枚新たに現れ、石と砂と水が入り交じった物の支えになり、ぎりぎりで支えきることに成功する。 それを単独で成し遂げた朽葉・生（ib2229）は、柔らかな地面に膝まで埋まった足を力任せに引き抜き、自らが建てた石壁に掴まり息を吐く。 開拓者として常人とは比較にならぬ体力を持つ生ですら疲労しきっている。地下の工事にナーマの人間を連れて来なかったのは正解だったようだ。 「搬入開始します」 アナスは地上から一声かけてからアーマーに乗り込み、斜めに掘られた穴を慎重に下っていく。 水が染み出す地形を掘ることで始まった工事は、斜め下方に向かってひたすら掘り進め、崩れないよう補強しつつトンネルを拡大していく形になっている。 人狼「轍」は外部で作られた大型建材を慣れた様子で運び、生の石壁と石壁の間にはめ込む。 それまで強烈に湧き出していた水が徐々に減っていき、少なくとも呼吸に問題が無い程度の空間が生まれた。 「今はここが限界でしょうか」 工事に伴う泥水の中に気配を感じ、生は灰色の光線をぶつけて確実に滅びを与えていく。 威力と命中率は別として、アヤカシ以外に悪影響を与えず消費する練力もより少ない浄炎と比べると明らかに使いにくい。しかし今は巫女達は極度の疲労を抜くための休憩中だ。手持ちでなんとかするしかなかった。 「ここの補強を済ませてから、からくり達に調査をお願いしましょう」 アナスはアーマーに手をあげさせることで返答し、生と共に地下へ斜めにトンネルの伸ばしていく。 実際の作業時間は約２時間。 ２人は、２週間戦い続けたかのように心身を消耗し、ふらつきなから地上へ戻っていった。 ●毒の空気 ジークリンデが考案した工法は、斜めのトンネルと戦闘すら可能なホールを交互に建設するやり方だ。 難工事の果てに１つめのトンネルは完成した。 しかしトンネルから完全に水を追い出すことはできず、ホール予定地は完全に水の中にある。 将門（ib1770）がうなずくと、焔が同僚と共にトンネルの先に侵入する。 灯りは生が掲げた松明のみ。 トンネルの壁からこぼれ落ちる水滴は常に灯りに降りかかり、短時間で新しい松明に取り替える必要が有った。 火竜が乗り入れるには窮屈なトンネルを通り、大型の機体を駆るアレーナがホールの材料を運び込む。石材を削りだし、あるいはコンクリートで形作られたそれらは、組み合わせれば髪の毛一本通さない精度を誇っている。技術に関してはナーマ最良の人材の自由時間を１年分ほど犠牲にして作り上げられた逸品ばかりだ。 受け取り、潜り、工事することを数度繰り返した後、焔は資材を受け取ったまま停止し、形の良い己の鼻に手をあてた。 「どうした？」 将門が意見の具申を促すと、焔は彼女には珍しく自信なさげに口を開く。 「鼻に違和感があります。原因が瘴気か臭いか判断がつきません」 生が顔色を変え松明を確認すると、まだあまり湿っていないのに燃え方に変化があった。 「１度戻りましょう。理由は地上で話します」 高い学識を持つ魔術師に強く促され、開拓者と相棒達はようやく完成したホールを残し、地上へ帰還する。どうやら換気も考える必要があるようだ。 ●地下から伺うもの 外部から見れば夢物語扱いされるであろう難工事が進められているとき、エラト（ib5623）は常に地上にいた。 怠けている訳ではない。その逆だ。 聴覚で異変を察知するために集中し続け、ときには練力まで注ぎ込んで感覚を拡張までして、心身の消耗は地下で工事した面々と同じかそれ以上だった。 「瘴気溜まりである可能性があると？」 「はい」 庚は街から差し入れられた暖かな飲み物を差し出しながら素直にうなずく。 「からくりは瘴気の知覚を得意としません。ですが状況から判断するとその可能性は高い…と思います。専門家方も同意見ですし」 巫女として高い実力を持つ鳳珠と玲璃がそう判断したのだ。 外れている可能性は限りなく皆無に近いだろう。 「ありがとう。片付けてから配置につきなさい」 庚が準備をする間、エラトは自らの調子を万全に整えていく。 瘴気やアヤカシが激しく反応する可能性については承知している。けれどこのまま放置することも出来ない。他に有効な手段がない以上、吟遊詩人の絶技で祓うしかないのだ。 将門の采配により、民兵とジン隊は準戦闘態勢で待機し、アヤカシの発生や襲来の際に住民を宮殿まで避難誘導できるよう準備が整えられている。 エラトの脇には複数台の新型アーマーが控えてアヤカシの襲撃に備えている。 これ以上を望むのは無茶というものだろう。 相棒が配置につくのを確認してから、エラトは演奏に没入する。 高い演奏技術と百戦で錬磨された志体が、現代の常識を越えた水準での精霊への働きかけを実現する。 とはいうものの、実際に動き始めるまでには時間がかかり、高度かつ大規模な技は非常に目立つ。 玲璃が操るアーマーが、エラトの側から水源のトンネル入り口に向けて突進する。 機体に限界を超える負荷をかかっているらしく、関節部から蒸気にも練力にもみえる気体が吹き出し、地面を蹴るたびに何かが壊れる音が響く。 没我の境にあるため全く反応出来ないエラトを庚が抱え上げ、腕に飛び乗った庚と共に鳳珠の機体が真横に飛ぶ。 ほぼ同時に、トンネルの入り口から半透明の何かが飛び出し、玲璃をアーマーごと空高くはじき飛ばす。 さすがに無傷ではすまなかったようで、勢いを弱めつつエラトに追いすがるそれは、魚のようにも竜のようにも見えた。 半透明の何かはさらに速度を落とし、不気味に蠢く表面が視認出来るようになる。 「ジン隊とからくり隊を呼べ！」 将門は裂帛の気合いと共に、地表から数メートルの距離にある竜頭に刃を突き立てる。 膨大な練力と気力で振るわれた刃は核を含む箇所を見事に破壊した。 トンネルからエラトの間近まで伸びていた半透明の何かは急速に形を失い、重々しい音を立てて落下してからばらばらにうごめき始める。 「粘泥…か？」 強烈な瘴気に眉をしかめながら、将門は半壊した機体に近づこうとするアヤカシを牽制する。エラトの無事を確認したアナスがアーマーを加速させてアヤカシの１つを叩ききるが、術に弱い代わりに物理に強いという性質のスライムは非常にしぶとく、処理は遅遅として進まなかった。 数分後に、異変に気づいて空路かけつけたカルフ（ib9316）と火竜から降りたジークリンデが吹雪で吹き飛ばすまで、アヤカシはナーマの生命線を好き勝手に蹂躙していた。 ●上空警戒 ろくな知性を持たないはずの鳥型アヤカシが、美しさすら感じられる陣を組んで飛んでいた。 俊龍と比べると速度の面で劣る甲龍は、自身の誇りにかけて全力を振り絞り、じり、じりと距離を詰めていく。 ナーマ上空にたどり着く前に追いつかれると判断したのか、あるいは単なる条件反射か。ともかくアヤカシの小隊が急に角度を変えて真正面から甲龍持国に向かってくる。 無理に速度を出していていたため、持国の体勢は安定に欠け本来の力は半分も出せない。 しかし半分でも十分過ぎる。 元々頑丈な鱗を練力でさらに堅くして、俊龍では耐え辛いかもしれない攻撃を全て受け止めてみせる。 軽く頭突きをするだけで怪鳥が粉々になって空気の中に溶けていく。頭数が違いすぎるため徐々に劣勢に立たされていくが、全く問題は無い。 持国の背中には、誰より頼もしい主がいるのだから。 メグレズ・ファウンテン（ia9696）が精神を縛る力をのせた声を叩きつけ、アヤカシ全体の意識を己に縛り付ける。 愛用の盾の障壁を展開するまでもなくアヤカシ全ての動きを見きり、槍で突いて１体、死角にいた１体を薙いつぶし、瞬く間にアヤカシの隊を全滅させた。 「これで６回目」 持国の首筋を撫でて労ってやりながら、メグレズは慌ただしく全方位を確認する。 早朝から夕方まで、偵察に適した天候と時間帯に繰り返し敵勢が現れていた。 そのため、ナーマと周辺勢力の境界付近に出没し始めた賊退治に向かうことができない。 「難しい」 メグレズが呟いたのと同時刻、時間をかけて仕込んだ偵察隊の失敗に頭を悩ませる上級アヤカシが全く同じ言葉を口にしていた。 ●羨望の眼差し ジークリンデがムスタシュイルを仕掛け始めてから、城塞都市ナーマでは頻繁に鉦が鳴らされるようになった。 これまで発見が遅れていた小物のアヤカシまで正確に見つかるようになり、ジン隊やからくり隊が頻繁に出動しているからだ。 だが、開拓者の出番はあまり増えていない。 大物が出れば呼ばれはするが、出来れば街の戦力では対処不能な敵に注力してもらいたいというのがアマル以下の考えらしかった。 「異常ありません」 空から降下してきたカルフとその相棒に気づき、牧童が敬礼をする。 民兵としての訓練も受けているようで、素人臭さはあまり感じられない。 「それはよかった」 軽く応じてから、カルフは十数個目の簡易施設の建設を開始する。 術で形作った３つの石壁を組み合わせたもので、そのままでも日除けと風除けになり、分厚く大きな布があれば宿泊施設にもなるという優れものだ。 ナーマ城外に広がる牧草地から集まって来た牧童と家畜達が、きらきらと希望に輝く目を新たな建物に向けていた。 「あくまで一時的なものであることを忘れないように。反対側に回り込まれたら防ぎようがありませんよ」 アヤカシに対して全くの無力とまでは言わないが、あくまで簡易ものものであり、ナーマ本体からの援護が無ければ効果は限定的だ。 が、どうにも助言が伝わっていない気がする。カルフは仲間が提出するはずの報告書に注意喚起を盛り込んでもらうことを脳内予定表に書き込んでから、何気ない風を装って周囲を警戒する。 ナーマに対する脅威はアヤカシだけではない。 賊に対する警戒も疎かにするわけにはいかないのだ。 「彼等は？」 陸路ナーマから離れて行く隊商の動きに気づき、カルフは施設をあがめるように確認していた牧童のまとめ役にたずねた。 「え、えーと、あれはですね」 カルフに指摘されて初めて隊商に気づいた彼は、牧草に複雑な視線を向ける隊商達を見て眉をしかめる。 「遊牧民出身の連中ですよ。ったく、素人扱いしやがって」 腹に据えかねているようで言葉遣いが非常に荒くなっている。これまでの実績により開拓者に対する態度が非常に丁重なナーマ住人としては非常に珍しい行動だ。 「なるほど」 カルフは情報提供に礼を述べ、報告書へ記入する内容を増やすことにした。 ●余暇 今日だけで、夜中に飛び起きること３度。 浅い眠りしかとれずに悪夢に苛まれ、ぬくもりを求めてアレーナにすがりついたのは数えきれず。 水源工事を命令した後のアマルは、緊張で急速に心身をすり減らしていた。 夜明けと同時に目を開き、人形でももう少し生気がましだと思える目でアレーナを見る。 「今日は休みをとりました」 アレーナは優しげな声で決定事項を伝える。 言うまでもなく事後承諾である。 ただし、事前に相談された側付き達も官僚団も積極的に賛成してアレーナに協力していた。 「むほん、やぁ」 思考も体力も鈍りきったアマルを寝台に戻し、アレーナは優しく頭を撫でてやる。 その日の午後、アマルは仕事を忘れてエレメンタルピアノに向かっていた。 習い始めて間がない割には非常に上手ではある。音にほとんど全く感情がのっていない。 アレーナは、領主の仕事がアマルの感情をすり減らしていることに気づいていた。 「あのう、報告です。東の国境での演習で隣領と接触しました」 側付きであるからくりが、心底申し訳なさそうな顔で私室に入ってくる。 緊急時には許可が無くても報告せよというアマルの命令は、アレーナや側付き達の意向より優先するらしい。 「お茶をごちそうになってきました」 とってもおいしかったですっ、と顔に書いてあった。 「オアシスに招き入れられた際の装備と人数は」 アマルは冷静な領主としての仮面を被り、詳しく情報を聞き出していく。 からくりは別の２人のからくりの名前を挙げてから、オアシスの地形、戦力、住民の態度まで極めて詳しく説明していく。こう見えても開拓者や都市の専門家達に徹底的にしごかれているのだ。失敗はあっても雑な仕事はしない。 ナーマ東隣の勢力は自領内で活発に戦力を動かしているらしく、ナーマとの境にあるオアシスからはほとんど戦力を引き抜いてしまっている。 演習でからくりが操る飛空船が近づいたとき、オアシス内にいたのは元々の住民と第一線から退いた東所属のジン１名のみ。その分物資は豊富に残されていて、ナーマの民兵には劣るが銃器を含む装備が多く残されていたようだ。 「良くやりました」 「えへへー」 からくりは相好を崩し、アマルの背後に控えるアレーナに気づいて表情を取り繕うとする。 「現状では休暇は出せません。何か希望はありますか」 「はいはいはーいっ！ みんなの希望は多分天儀のお菓子で、わたしはその楽器１度でいいから弾いてみたいですっ」 重要な報告を終えた開放感からか、言葉遣いが崩れてしまっていた。 聞き手の人差し指だけで、拙く、けれど元気いっぱいに感情を込めて弾く側付きを、仮面を外したアマルが背後から虚ろな瞳で眺めている。 都市だけでなく領主の内心も危地にあることを、アレーナは悟らざるを得なかった。 ●原因不明 数日後、アマルの要請に応じてエラトは守りを固めた宮殿で魔を祓う演奏を行った。 トンネルは厳重に封印されていたせいか特にアヤカシは出現しなかった。開拓者が帰還して数日は瘴気が薄まっていたが、その後は急速に元に戻っていったらしい。 |
