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■オープニング本文 魔の森ではない森でもアヤカシは出る。 それは子供でも知っている事実であり、山から糧を得る者達にとっては常識以前の知識だ。 「うおお‥‥。アヤカシの仕業だと分かってるのに、畜生、畜生」 アヤカシにより荒れ森の中、年老いた猟師の嗚咽が響く。 彼の周辺には氷のかけらが転がり、ひんやりとした冷気が漂っていた。 「氷雪樹というアヤカシをご存じですか?」 仕事が一段落したらしいギルド係員が、うちわで己をあおぎながら開拓者に語りかける。 「はい、ええ、ご想像の通り、氷を飛ばして来る植物型のアヤカシです。枝や幹に張ったツタを伸ばして獲物を絡めとろうとしたり、植物型のくせに根を足のように動かして移動することもありますが、それは別にどうでも良いのです」 どうでもよくねーよ、という開拓者のツッコミを無視して話を続ける。 「問題はですね。大きな、それこそ氷柱といっていい大きさの氷を飛ばして来るのです。この暑い季節に。何個も何個も」 係員の脳みそが最近の暑さで茹だっていることに気づき、開拓者は生暖かい視線を係員に向ける。 「とある森の中で2週間ほど前に発見されたのですが、第一発見者の猟師が隠匿‥‥ではなく放置していたため討伐依頼が出るのが遅れました。氷雪樹が発生したのは人里離れた森の中で、現在地もほぼ特定できています」 係員が指し示す地図には、森の中に直径500メートルの円が描かれていた。 「発見者以外の猟師はまず入り込まない場所ですので、流れ弾を気にする必要はありません。氷雪樹はじっとしていれば普通の木と見分け辛いですが、まぁ、皆さんなら十分対処できるでしょう。涼しさを味わうために戦いを引き延ばすのは止めた方が良いと‥‥いえ、なんでもありません。このまま放置すると森に棲む動物達に被害が出ますので、討伐をよろしくお願いいたします」 係員は己の欲望だだ漏れの説明を、ぐだぐだのまま終えるのであった。 |
■参加者一覧
鳳・陽媛(ia0920)
18歳・女・吟
鬼灯 恵那(ia6686)
15歳・女・泰
オラース・カノーヴァ(ib0141)
29歳・男・魔
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
シータル・ラートリー(ib4533)
13歳・女・サ
匂坂 尚哉(ib5766)
18歳・男・サ
丈 平次郎(ib5866)
48歳・男・サ
ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)
10歳・女・砲 |
■リプレイ本文 ●涼しくない森 頭上で折り重なる葉は太陽の光を弱め、大地に根を下ろす木々は濃い緑の気配を漂わせている。 アヤカシが現れるまではある程度の手入れがされていたらしく、地面に丈の短い草は生えているが歩くのに支障はない。 「緑が濃いのですね」 シータル・ラートリー(ib4533)は思わず口に出してしまっていた。 アル=カマルではまず見る機会の無い、あまりに緑に溢れた光景に圧倒されてしまったのだ。 彼女の足取りは軽く軽やかな歩調は、今にも踊り出してしまいそうにも見える。 しかし実際には、シータルの手は常に得物の柄に触れており、視線は木々や地面の各所を高速で確認し続けている。 「おっちゃん。その格好で暑くない?」 匂坂尚哉(ib5766)が横に目を向けると、そこでは黒子頭で完全に顔を隠した丈平次郎(ib5866)が、シタールと役割を分担して周囲の警戒を行っていた。 「この程度なら問題ない」 風がほとんど吹いていないので、日陰であるが気温はかなり高い。 しかし平次郎は重装備であるにも関わらず汗一つかいていなかった。 「冬場なら多少厳しかったかもしれぬが」 背の高い茂みをかき分けかけていた平次郎の手が止まる。 「‥‥気をつけろ」 尚哉が無言のままシタールの横に移動し、シータルは音を立てずにシャムシールを鞘から抜く。 己の感じた違和感を重視し警告を発した平次郎だったが、彼自身はアヤカシの姿を見つけられなかった。 「草に不自然な変色があります」 シータルが異常を報告すると、鳳・陽媛(ia0920)が微かに光ながら瘴索結界を発動させた。 「右斜め前方です!」 オラース・カノーヴァ(ib0141)が魔杖ドラコアーテムで地面を突き、朽葉・生(ib2229)が水晶と宝石のみで成り立つ藍色の杖を振るう。 木々の合間に幹の一部だけが見えていた氷雪樹に対してアイヴィーバインドが発動し、成人男性2人分ほどの高さを持つ氷雪樹を魔法の蔦が覆っていく。 そして氷雪樹を隠すように、分厚い鉄壁が氷雪樹の至近距離に出現する。 「それじゃあ涼を取るついでに切ってきまーす」 鬼灯恵那(ia6686)は満面の笑みを浮かべ、咆哮を放って自らに注意を惹きつけた上で前進を開始する。尚哉も後衛の護衛を平次郎に任せて恵那に続く。 足場は森の中にしては良好とはいえ、整地された場所とは根本的に異なる。 普通に考えればアヤカシに接近する前に氷柱を連打されて傷を負ってしまいそうなものだが、氷柱は生が作り上げた鉄壁に阻まれ、むなしく破壊されていく。 氷雪樹は小鬼あたりとは比較にならない戦闘能力を持つため、その攻撃を阻む鉄壁もただではすまず、十数秒もかからず破壊され無に帰って行く。が、最初の鉄壁が消えるより生が新たな鉄壁を追加する方が早い。 「撃ち合いなら負けないのに」 ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)は顔立ちこそ幼いものの、その純粋さと強靱さを兼ね備えた精神により力強くさえみえる顔に、少しだけ残念そうな表情を浮かべていた。 「アヤカシは1体だけではない」 「うん、はい」 ルゥミは己を護衛する平次郎の言葉に、素直にうなずいた。 「いただきっ」 軽い言葉と共に、恵那が殲刀秋水清光を両手で振り下ろす。 その一撃には堅い岩でも真っ二つになる程の破壊力があったが、氷雪樹は根本付近まで達する大きな切れ目を刻まれはしたが、倒れない。 それどころか枝に生えたつららをゆらりと揺らし、そのうちの数本を急加速させて恵那にぶつけようとする。 「あら。つたも同時に来るの」 死角ぎりぎりの角度から迫った来たアヤカシの一部に気付き、恵那は弧を描きながら後退して氷柱とつるの全てを回避しようとする。 つるは単純に切り飛ばして防ぐが、氷柱は彼女からすれば狙いが見え見えすぎるものの、下手に壊すと破片がぶつかってきそうで一瞬判断に迷う。 恵那が回避を選択したそのとき、2つの発砲音が同時に響き、氷柱ごとアヤカシの枝が砕かれていた。 「当たった?」 「当たったわ」 クイックカーブで銃弾の軌道をねじ曲げ、鉄壁の向こう側にあるアヤカシの重要部位を消し飛ばしたルゥミが元気にたずねると、恵那も明るい声で応える。 「くっ‥‥。完全に入っているのに削りきれないか」 恵那の反対側から氷雪樹に近づいた尚哉は、大きく踏み込むのと同時に、反りの緩やかな薄手の刀で氷雪樹を文字通り切り刻む。 が、樹液だか瘴気だかよく分からないものがにじんではくるものの、地面から半ば解放されている根は元気にうごめいている。 「恵那も早く切ってくれ。瘴気に還っちまうもので涼んでも仕方がないだろう」 「やっぱり木なんか斬っても面白くないんだよねぇ」 恵那はつまらなそうにつぶやき、えいという緊張感に欠ける声と共に刃を真横に振るう。 かけ声とは逆にその一撃は強烈で、一抱えはある生木を、真横に4分の3ほどぶった切っていた。 即座に反応した尚哉が反対側から刀を撃ち込み、アヤカシを両断することに成功する。 氷雪樹は切れ目から分解されるように瘴気に戻り、そのまま霧散していく。 「恵那さん、右後方から1体!」 「あれ。咆哮の効果範囲に引っ掛かっていたみたい」 陽媛の警告に気づき、アヤカシが恵那に向かいつつ放ってきた氷柱を切って捨てながら、恵那は一瞬で判断を下した。 このまま引きつけるだけで勝てはするだろうが、途中で咆哮の効果が切れて、抵抗力がそれほど高くない仲間に攻撃がいくのは面白くない。 恵那は黒い羽織を翻して駆け出そうする。 しかしそれより早く後衛達が動き出していた。 ●ひび割れる幹 猛烈な吹雪が途切れることなく吹き荒れる。 吹雪の白が晴れたとき、その場には体の各所が凍り付きすっかり変色してしまったアヤカシが立ちすくんでいた。 生の放ったブリザーストームで痛めつけられた氷雪樹に、オラースがアークブラストにより生じさせた雷をぶつけていく。 そこへさらにルゥミが強弾撃で強化した一撃を一点に集中しつつ連続で叩き込むと、氷雪樹は恵那に近づくこともできず倒れ、瘴気を吹き出しながら霧散していった。 とはいえ開拓者達に安堵はない。 3体目のアヤカシが後方から迫ってきているのだ。 「すみません。瘴索結界の切れ目で接近されました!」 陽媛は瘴索結界により綿密な索敵を行ってきたいたのだが、連続で使い続けた場合、瘴索結界の練力消費量はかなり大きい。戦闘時に練力切れになる事態を避けるために使用を控えたために生じた隙を、物音に気付いて近づきた3体目につかれた形になってしまったのだ。 「この程度、奇襲でも何でもありませんわ」 シータルは両手に持った一対のシャムシールを繰り出しながら、アヤカシの至近距離を駆け抜ける。 瘴索結界に比べれば精度は落ちるかもしれないが、裸眼でも十分に注意していれば敵の接近くらい気づける。事実、シータルも平次郎も、アヤカシが氷柱を放つより早く攻撃を開始していた。 「左様」 平次郎は氷雪樹の前に立ちふさがり、伸ばされてくるつたや枝を大剣で払いのけつつ後衛の盾になる。 シータルと平次郎に前後からはさまれた氷雪樹は両方を攻めようと別々の咆哮に枝を向ける。それは、シータルと平次郎にとっては見逃しようのない大きな隙だった。 平次郎が無言で放った突きが氷雪樹の中心に突き立つ。 漆黒の刀身を持つシャムシールと漆黒の刀身を持つシャムシールが切れ目無く連続で振るわれ、氷雪樹の幹を見る間に削っていく。 「3、2、1」 オラースが1と言い終えるより早く、シャムシールと大剣の使い手達は幹から刃を引き抜いて氷雪樹から距離をとる。 「0」 降り注ぐ雷と吹雪と銃弾がアヤカシを微塵に砕くまで、さしたる時間はかからなかった。 ●河原でばーべきゅー 「6体目が最後でしょうか」 額に汗を浮かべた陽媛がほっとして息を吐くと、6体目の氷雪樹が倒れた跡を確認しながら平次郎が口を開く。 「おそらくは」 アヤカシがいると思われる地域を、外側から螺旋を描きながらしらみつぶしに探したのだ。 氷雪樹の知性が極めて低いことを考えると、取りこぼしが存在する可能性は極めて低い。 「念のための確認は俺がやっておく。おまえは万が一に備えて休んでおけ」 平次郎は河原を指し示すと、それ以上は何も言わず森の中に消えていく。 「う、うめぇ。何時もなら食う気が起きねぇのになんでこんなにうめぇんだ」 森に隣接した河原では、この付近を縄張りにしている老猟師が舌鼓を打っていた。 「それだけ体が弱っているのですよ。体力が戻れば重い物も食べられるようになりますから、今はそれをしっかり食べて下さいね」 シータルは己が作った粥の出来に満足し、にこりと微笑んだ。 「いやー、ここまでしていただけると御礼の言いようも‥‥。あ、その肉焼けてますよ」 老猟師は薪の火にあぶられていた串を1本取ってルゥミに渡す。 肉と野菜が交互に刺さった串は岩塩で味付けされており、なんともいえぬ芳しい香りを漂わせている。 「いただきまーす!」 ルゥミは小さな口を精一杯開けて串を頬張り、ぱぁっと明るい笑顔になって口をもぐもぐさせる。 「はふはふ‥‥なんていうか、すっかり夏だなぁ‥‥」 左手に焼けた串を持ち右手で新しい串を焚き火の側に刺しながら、恵那は川を渡ってくる涼しげな風に目を細めていた。 「予想はついていたが、ブリザーストームで納涼のための雪や氷を用意するのは無理があったな」 ルゥミから預かったうちわで焚き火を扇ぎながら尚哉が苦笑すると、川で飲み水を冷やしてきた生が思わずといった感じで吹き出す。 「もともと攻撃用の技ですから。戦闘時ならともかく、非戦闘時でしかも他人の土地で使いたくないですよ」 「違いない」 尚哉はくつくつと笑うと、焼けた串を一本手にとって香りの良い茸を食いちぎる。 「あたいは氷菓子つくってみたかったな」 ルゥミは次の串に手を伸ばしながら、少しだけ残念そうにつぶやいた。 材料も道具も揃えてきたのに、肝心の氷が手に入らないので作りようがないのだ。 「バカンスに行くときのために取っておいたら? きっと皆に喜んでもらえるわ」 シータルは優しく微笑み、ハンカチでルゥミの口元を拭いてやるのだった。 |