【希儀】運び屋さん発進
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
EX :相棒
難易度: やや難
参加人数: 6人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/11/30 02:19



■オープニング本文

 精霊。
 それぞれに細部は異なるものの、各国、各勢力全てが尊重する存在である。
 故に、人間と直接関わり合いがある高位精霊の立場は非常に高く、その精霊に関わる物品は高値で売れる。
 未開の儀に盗掘に向かう賊が多数現れるほど、高値で売れてしまうのだ。

●ギルドの会議室にて
「神霊アルテナ様の神殿ですか」
「今後の祭祀を誰が担当するかは一先ずおいておきましょう。希儀は天儀開拓者ギルドが攻略中のはずですが、防衛はどうなっています?」
「専属防衛隊はいない。そうですな」
 各勢力の高官に鋭い視線を向けられた開拓者ギルド係員が、必死に営業スマイルを浮かべて何度もうなずく。
「他の儀とはいえ神殿を放置する訳にはいくまい」
「左様。されど希儀まで隊を派遣するのは並大抵のことではない。出来ぬとは言わぬが時間がかかりすぎる」
「飛空船の問題もある。他の儀にまで派遣するとなると、流通か防衛に穴を開けることになりかねん」
 難しい顔で考え込む高官達。
 それでも、アルテナ神殿への警備派遣を諦めるつもりはないらしい。
 神霊への敬意もあるが、それ以上に盗掘者などが神殿を荒らし、神霊の機嫌を損ねるのが恐ろしいのだ。
「提案です」
 この場では圧倒的に地位の低い係員が控えめに挙手をする。
 妙案が思い浮かばず困っていた高官達が眼で促すと、係員は冷や汗を流しながら説明を開始した。
「アルテナ神殿までの輸送を開拓者が担うのはいかがでしょうか。開拓者の多くは飛空船に慣れていますから、物資の調達から積み込みから航行中の護衛まで開拓者で任せてしまえば…」
 高官達は無言のまま考え込み、決断を下す。
「空戦の経験がない兵なら短時間で揃えられる。神殿の警備は任せて欲しい」
「儀を越える飛行をこなせる船長の手配は無理だが空夫ならば問題ない」
「物資はすぐにでも届けさせよう。現地で何がどの程度必要になるか分からぬから数には余裕を持たせよう」
 とんとん拍子に決まった遠征計画を実現するため、様々な勢力が動き出した。

●警備隊
 天儀各地から集まった兵士達と、小数ではあるが他の儀から集まった有志、あわせて80名。
 全員が志体持ちではないとはいえ、練度も高くなかなかの戦力だ。
 80人が1月食いつなげるだけの水食糧も集められ、2隻の輸送船に積み込まれ、続いて兵士達も搭乗する。
 話は変わるがこの輸送船、中型ではなく小型である。
 つまりどういうことかというと、兵士達は狭い空間に詰め込まれ荷物のように運ばれることになる。
 しかも船長以下の乗組員の技量が並みかそれ以下だ。
 希儀の陸地にまで到達できれば、この80人は神殿まで辿り着き移動し賊から神殿守り抜くはずだ。だが希儀に辿り着けるかどうか、正直なところ悲観的な予想しか立てられない。
「実は、現地で宿舎を建てるための資材とかを積み込めなかったんですよ。今でも積み込み過ぎですんで、これ以上積み込むと風が吹くだけで墜落しかねませんし。飛空船起動宝珠は使えますので使える人はどんどん使ってください。えーっと、あと何かありましたっけ。ああっと、飛行中のことなんですけど、詰め込みすぎで兵士さん達は戦闘に加われません。道中アヤカシを見かけたら、輸送船に近づく前に落とすか最初から避けるかしてください」
 準備のためここ数日寝ていない係員は、濃い隈をそのままにして開拓者に対する説明を終えるのだった。


■参加者一覧
茜ヶ原 ほとり(ia9204
19歳・女・弓
ウィンストン・エリニー(ib0024
45歳・男・騎
十野間 月与(ib0343
22歳・女・サ
ミノル・ユスティース(ib0354
15歳・男・魔
リンスガルト・ギーベリ(ib5184
10歳・女・泰
ファノレ=ピュラクス(ic0027
24歳・男・弓


■リプレイ本文

●出港直前
「航路図と報告書の写しです。返却できない場合は必ず処分してください」
 駆け寄ってきたギルド職員が分厚い紙の束を手渡してくる。
 ミノル・ユスティース(ib0354)は礼を言って受け取り、しかしその中身を見て眉をかすかに動かす。
「纏まっていませんね」
 注文通り、航路上の難所やアヤカシとの遭遇空域についての情報は入っている。が、複数の報告書がまとめられないまま複写されているため、目当ての情報を探し出すのにかなり時間がかかりそうだ。
「勘弁してください。これ以上は時間をいただかないことには…」
 墨の香りをさせたままやってきた職員が、どんよりと表情を曇らせる。
「改めて礼をいいます」
「いえ、お役に立てずに申し訳無いです」
 育ちの良さを感じさせるミノルの礼を受け、寝不足の職員はふらつきながらギルドがある方向に向かって歩き去って。
「船長、そろそろ乗船してください」
「もう少しだけ待て! 続いて進路変更の際の合図についてですが」
 開拓者を含む6人の船長は、飛行中の情報伝達についての話し合いに難航していた。
 お互いのやり方が少しずつ違うため、摺り合わせに余計に時間がかかってしまっているのだ。
「行動継続と撤退だけの合図だけ決めておきましょう」
 このままでは出発が遅れてしまうと判断し、茜ヶ原ほとり(ia9204)が断を下す。
「合図はこれでどうかな」
 赤と青のオッドアイを好奇心できらめかせ、ファノレ=ピュラクス(ic0027)が鼻歌交じりに赤い手旗を差し出す。
「ふむ」
「これなら」
 志体を持たない船長達が全員うなずき、他の開拓者からも異論が出なかったため大枠は確定した。
 会議が行われている場所から数十歩歩くと、6隻の飛空船を使ってようやく詰め込める量に荷が山積みされている。
「積み込み完了しました」
 慣れない船上での作業であるはずなのに、予想以上に手際よく積み込み作業を行っていた各国兵士が舷側から声をかける。
 すると、1つが小型の漁船並みの重量を持つ建築資材がゆっくりと持ち上がり、しかし子供の背の高さで停止してしまう。
「届かぬ」
 リンスガルト・ギーベリ(ib5184)は、己よりはるかに重い荷すら平然と持ち上げることができる。とはいえその状態でジャンプするのは不可能であった。
「縄をかけて引き上げます。もう少しだけそのままでお願いしますっ」
「うむ」
 資材がつくる影の下で、リンスガルトは重々しくうなずくのだった。

●牙をむく風
「船長、輸送船の動きが」
 航海士の報告は素早かった。しかし事態に対応するにはあまりに遅すぎた。
 陸上とは異なる、大の大人でも踏ん張れない強烈な風が横殴りに吹き付ける。
 すると、移動中の商用小型から兵士が宙へ吹き飛ばされてしまう。
 リンスガルトが命綱を装着させていたため落下は途中で止まり、舷側に駆け寄った同輩によって引き上げられていく。
「右舷に不審な影有り。…アヤカシです!」
 装甲小型船の船長であるウィンストン・エリニー(ib0024)は、返事をする時間を惜しみ ロングボウを構え、矢をつがえ、放つ。
 矢は流星墜の銘に相応しい動きで暴風を貫き、側面から迫ってきた鳥型アヤカシに命中し滅ぼす。
 船員達から歓声があがるが、ウィンストンは到底喜べなかった。
 今、ほとんど外しかけていた。アヤカシが弱く、矢の威力が大きかったから掠めただけで滅ぼせたのだ。風と距離は、分厚い防壁として開拓者の前に立ちふさがっていた。
「後方から」
「下方からもです。数はっ」
 凶報が次々に舞い込んでくる。
 ウィンストンは焦らず、自信に満ちた態度で進路変更を命じ、船団の背後を守ろうとする。
 速度と出力の余裕で他の船に劣っているはずなのに、ウィンストンの装甲小型船は他の船より明らかに動きが良かった。
 それはウィンストンが指揮に注力したためであり、その分開拓者が同乗した船に比べて戦力が落ちてしまっている。
「進路上の敵は弓術師に任せる。凄腕が2人もいるんだ。心配することなど何もないぞ」
 ウィンストンが悠然とした態度で微笑むと、船員は完全に落ち着きを取り戻し、小回りの効かないはずの重装甲船を機敏に動かしていくのだった。

●耐える
「大事ない。船内に戻り耐えるのじゃ。待つのも重要な仕事じゃぞ」
 リンスガルトは甲板に飛び出そうとした兵士を制止してから、命綱で命拾いした兵士を抱え、飛空船備え付けの滑空艇に飛び乗る。
 整備は行き届いているようで、宝珠に触れるとすぐに起動し滑空艇を浮き上がらせる。
「調整がちと甘いか」
 丹精込めて整備し使い込んだ愛機と比べると劣るものの、短距離の移動に使う程度なら問題ない。
 商用小型船の船長に後を任せてから、リンスガルトは前方の同型船の甲板に向かう。途中弓術師達の猛攻を辛うじてかわした怪鳥が襲ってくるが、接近戦なら速度差も風もほとんど関係無い。リンスガルトが無造作に鞭を繰り出すと、怪鳥は反応することもできず宙で押しつぶされ、消えていった。
「すまぬ。1人診てくれ」
 着地し負傷者を甲板に降ろすと、甲板で空中を警戒中の兵士の合間を縫って十野間月与(ib0343)が現れる。
「状態は」
 見事な肢体と凛とした態度という、男ばかりの職場が長い兵士には魅力的に過ぎるものを持つ月与に問われ、負傷した兵士は顔を赤くしてしどろもどろになってしまう。
 月与は兵士の態度には特に関心を見せず、リンスガルトから事情を聞いてから包帯と止血剤を取り出した。
「手当は出来ますね。手当をすませたらそこの寝台で休んでください」
「はっ、ありがとうございます!」
 兵士は気合いの籠もった敬礼をし、月与の体温が残る品を大事そうに抱えて船室へ駆けていった。
「うかぬ顔じゃの」
 甲板の兵士には聞こえない程度の小声で、リンスガルトが月与を見上げる。
「まあね」
 月与は対兵士用の艶やかな仕草を少しだけ停止する。
「志体持ちもいるからやれると思ったんだけど」
 離陸後、兵士達に対して船上の仕事を仕込もうとし、実際空夫としても活動してもらっているのだが、その動きがとにかく鈍いのだ。
 やる気はある。神殿警護を任される位だから、開拓者ほどではないが腕もいい。だが飛空船に乗るのが初めてものがほとんどなので、本来の実力をほとんど発揮できていない。
「うむ。一度表に出した以上、下がれという訳にも…」
 リンスガルトが難しい顔で考え込み、視界の隅にいたアヤカシに気付き弓に持ち替えようとする。
「あたしがやる」
 月与は強い風の中で堂々と胸を張り、気合いの声と共に呪縛の力を届かせる。
 弱い箇所、つまりは船に搭載された宝珠を探して狙おうとしていた大型の怪鳥は、強制的に進路を変更され真っ直ぐに月与に向かって来る。
「全く。面倒がこれだけなら簡単な仕事なんだけどね」
 炎をまとった刃が、アヤカシを真っ二つにした上で焼き尽くすのだった。

●道先案内
 指先と目に意識を集中させ、アヤカシの動きを見きった上で矢から手を離す。
 ファノレの手によって限界以上の力を引き出された長弓が、矢を本来の射程より遠くまで飛ばし、アヤカシを射貫くことに成功させるのだった。
 ファノレの動きは止まらない。
 第二の矢を放つため矢筒に手を伸ばし、1本ではなく二十以上の矢をつかむ。
 第一の矢以上の集中を行うものの、集中の方向性は明らかに異なる。
 最初は、遠距離の高速目標を撃ち落とすため風と空気の状態を読むために全神経を使い、今回は一気に距離を詰めてきた多数の怪鳥を撃ち落とすため、常識外れの短い時間での射撃を繰り返すための集中だ。
「っと、ちょっとずれたかな」
 撃ち終わったファノレはほっと息を吐く。
 ずれたといっても高い水準での話だ。最底辺のアヤカシである怪鳥にとっては、かすめる程度で致命傷だった。
「ありがとうミノル。船が安定してたから撃ちやすかったよ」
「礼は船員に言って欲しい。観測や航路選択を上手くやっても他が駄目ならまともに動けない」
 ミノルは一度だけ顔を上げてから、再び航路図に目を向ける。
 航路図はたった1枚。しかし、船上という事務仕事に向かない空間で膨大な量の情報をここまでまとめるのは、難業という表現では足りないほどの困難であった。
 具体的には、普段は颯爽としたミノルがどんよりとした雰囲気になってしまうほど、不眠不休の作業が必要だった。
「そろそろ雷撃有りの蛇が出てくる可能性がある」
「小雷蛇だっけ?」
「ああ」
 ミノルは寝不足からくる頭痛に耐えるように眉をしかめ、軽く指を振って雷を呼び出す。
 迸る雷は宙を貫き、ファノレの背後から近づこうとしていた怪鳥を撃ち抜く。同時に、ファノレが放った矢がミノルの背後に迫っていた大怪鳥を撃ち落としていた。
「距離をとられたら百発百中とはいかないなー」
 徐々に荒れてきた空を見上げ、ファノレは大きく伸びをしながら好奇心に満ちた目を希儀がある方向に向ける。
「俺達は確実に進路を切り開くことが仕事だ」
「役割分担って奴だね」
 うんうんとうなずくファノレと今回ほぼ頭脳労働専門のミノルは、6隻の船団の先頭の船の中核として全体を導くのだった。

●空間という魔物
 船団を組むとき、間隔を狭めすぎると強風に吹かれただけで接触事故が起きかねない。
 つまりある程度の間隔を開けて移動するしか無い訳だが、そうすると船団の先頭から最後尾まで、非常に距離が開いてしまうことになる。
 間隔の開いた船団は守るに堅く、攻めるのがたかが怪鳥であったも苦戦を免れない。もっともそれは、距離を技量でねじ伏せる、高位弓術師がいない場合の話だ。
「右。3つ」
「了解」
 ほとりは見張り役の兵士に素っ気なく答え、完全な平常心を保ったまま、そっと矢から手を離す。
 風、重力、湿度や温度など、膨大な要素を考慮して放たれた矢は、距離が遠くなると級数的に困難になる遠距離飛行を見事成功させ、濃い雨雲から出ようとしていた蛇頭の一部を粉砕する。
 小雷蛇は己が滅ぶ前に一度でも電撃を浴びせるため急加速するが、速度はあっても単純な動きはほとりに的を提供することにしかならなかった。
 正確に2の矢と3の矢が同じ場所に着弾し、空飛ぶ蛇は結局一度も雷を放てぬまま、底の見えない空に落ちていく。
「左下方。集団」
 兵士の報告の声に、純粋な賞賛と尊敬が混じる。
 ほとりはそれに気づかないふりをしたまま、体の向きを変え、放ち、確実に撃ち落としていく。
 事務的で精神的に楽でいいなぁという内心は、誰にも知られることがなかった。

●希儀
 陸が見えた時点で歓声があがり、補給のため短時間着陸した時点で、兵士達は堅い大地に頬ずりしかねない勢いで船から下り、揺れない大地を堪能した。
 その後神殿近くで資材と共に降ろされたときには、聖なる地を守る武人に相応しい態度を取り戻していたという。
 現在、アルテナ神殿の防衛は問題なく行われている。