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■オープニング本文 城塞都市ナーマが、自領地から全てのアヤカシを駆逐した。 その報せを聞いて驚愕する者、疑う者など様々だが、アル=カマルの一部勢力は素早く動いた。 ●有力者達 「滑空艇でも龍でも構わん、乗れる中で最も高位の奴を祝いの使者として送り込め! 儂は祝いの品を詰めるだけ詰め込んでから飛空船で向かう。他の商会に先を越されるな」 「小麦の供給ルートを押さえられるかどうかで我等の将来が決まる。いくらかかっても構わん。急ぐのだ」 「ナーマはこれまで以上の正当性を獲得した。包囲網への資金提供は徐々に減らしていくように」 「水が余ってるんだろ? 近くに寄ったときには分けてもらおうじゃねぇか」 大商会、有力部族、遊牧民など、多種多様な勢力がナーマに向かいつつあった。 ●賊 懸案であった城壁拡張工事に取りかかろうとした矢先に正式な使者の先触れが到着し、ナーマの宮殿は機能停止に近い状態に追い込まれた。さらに凶報まで舞い込む。 「西から賊が侵入、砂漠に潜伏した可能性があります。狙いはおそらく来客とその荷物。未確認ですが飛行大型生物の目撃情報も」 領主は関係各所に手回しを行い、開拓者が使用権を持つ飛空船のナーマ受け入れを表明した。 ●依頼票 仕事の内容は城塞都市ナーマの経営補助 依頼期間中、1つの地方における全ての権限と領主の全資産の扱いを任される 領主から自由な行動を期待されており、大きな問題が出そうな場合に限り領主が補佐することになる ●城塞都市ナーマの概要 人口:普 零細部族から派遣されて来た者を除くと微になります 環境:普 ごみ処理実行中。水豊富。空間に空き有 治安:普 厳正な法と賄賂の通用しない警備隊が正常に機能中 防衛:良 都市の規模からすれば十分な城壁と守備戦力が存在 戦力:普 ジン数名とからくり12人を城壁外に展開可能。戦闘用飛空船込みの評価です 農業:良 城壁内に開墾余地無し。麦、豆類、甜菜が主。大量の水と肥料と二毛作を駆使しています。牧畜有 収入:良 周辺地域と交易は低調。遠方との取引が主。鉱山稼働開始。一定期間後に鉱石買取価格低下の可能性高 評判:良 好評価:人類領域(一地方)の奪還者。地域内覇権に最も近い勢力 悪評:伝統を軽視する者 資金:良 輸出が好調です。大型氷砂糖が一年先まで予約済。弾薬を購入 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。1つ以上の項目が滅になると都市が滅亡します ●都市側からの要望 主要来客は空路を使われます。城壁拡張、都市内外での護衛、応接など、1つでいいですから担当してください ●資金消費無しでも実行可能な行動例 来客の相手(いくらでも資金投入可) ある行動を行った際の必要資金と必要期間の予測 対外交渉準備 都市周辺勢力との交渉の為の知識とノウハウを自習します。選択時は都市内の行動のみ可能。複数回必要 ●資金投入が必要な行動一覧 都市、鉱山間を結ぶ道をつくります○ 最低限一ヶ月間必要 軍備購入○ 例:飛空船発注。装備の更新。見積もり可 飛空船関連事業○ 資金一段階分強を投じ、人材と設備を引き抜いてきます 城壁大拡張開始○ 完全実行時資金が一段階低下。安全に耕作できる面積を現状の数割増しに増加。1月程度外壁が機能停止 ×現在実行不可 △困難 ○実行可 ●都市内組織 官僚団 内政1名。情報1名。他3名。事務員有 教育中 医者候補4名、官僚見習い20名 情報機関 情報機関協力員十名強 警備隊 約百名。都市内治安維持を担当 ジン隊 初心者開拓者相当のジン7名。対アヤカシ戦特化。都市で待機および訓練中 農業技術者集団 学者級の能力のある者を含む3家族。農業指導から品種改良まで担当 職人集団 地方都市にしては高熟練度。技術の高い者ほど需要が高く、別の仕事を受け持たせるのは困難 現場監督団 職人集団と一部重複 からくり 同型12体。見た目良好。駆け出し官僚見習兼見習軍人。要人警護と都市上空警戒 守備隊 常勤は負傷で引退したジン数名のみ。城壁での防戦の訓練のみを受けた230名の銃兵を招集可。招集時資金消費収入一時低下。損害発生時収入低下 ●住民 元作業員が大部分。現在は9割農民。正規住民の地位を与えられたため帰属意識は高く防衛戦等に自発的に参加する者が多い。元流民が多いため全体的に技能は低め ●雇用組織 小型飛空船 船員有。鉱石輸出に従事中 ●都市内情勢 甜菜。麦二毛作 妊婦の割合高め 食料庫が足りません 身元の確かなものが余暇を使い水源周辺清掃と祭祀見習いを担当 ●軍備 非志体持ち仕様銃600丁。志体持ち用魔槍砲10。弾薬は大規模防衛戦2回分。迎撃や訓練で少量ずつ弾薬消費中 飛空船(装甲小型1隻)。都市・鉱山間であれば辛うじてからくりが運航可能です ●領内主要人物 ナーマ・スレイダン 故人。初代ナーマ領領主。元大商人。極貧層出身。係累無し。性格最悪能力優 アマル・ナーマ・スレイダン 第二代ナーマ領領主。からくり。人格未成熟。内部の権力は完全に掌握中 ●ナーマ領域内地図 調査可能対象地図。1文字縦横5km 漠漠漠漠 漠漠漠漠漠漠 オ。小オアシス複数 漠漠穴漠漠漠 道。道有り。砂漠。安全 オ漠漠都漠漠 穴。洞窟の入り口有り。砂漠。 漠漠漠道漠漠 都。城塞都市あり。砂漠。安全 漠漠道漠 漠。砂漠。比較的安全 ●鉱山側面図 ○○入 ○ 穴 ○ 穴 未荒○○○○○○○採調 空白部分は地下の通行不可能な場所か地上 穴:空気穴。人は通れません 入:入り口 ○:洞窟 採:作業員が採掘を行う地点です 未:落石、崩落等の危険有り。探査に時間がかかり、アヤカシ出現時、急ぎの作業時はさらに危険度増大 調:調査中の地点です。アヤカシの気配はありませんが、補強工事抜きでの侵入は危険なため、時間がかかります ●交渉可能勢力一覧 王宮 援助等を要請するとナーマの威信が低下し評価が下がります 定住民系大商家 継続的な取引有。大規模案件提案の際は要時間 ナーマ周辺零細部族群 ナーマに対し好意的。ナーマへ出稼ぎを多数派遣中。経済・軍事に関する提携開始 東隣小規模都市 ナーマと敵対的中立。外部から援助され経済回復。外部から訪れた者に対する身元調査を行っています。ナーマとの勢力圏の境にある小オアシスを確保 上記勢力を援護する地域外勢力 最低でもナーマの数倍の経済力有。ナーマに対する直接の影響力行使は裏表含めて一切行っていないため、ナーマ側から手を出すと評判に重大な悪影響が発生する見込 ●交渉不能勢力一覧 西隣弱小遊牧民 治安劣悪。経済どん底。零細勢力に圧力中。ナーマがリーダーの筆跡を確保。謀略実行時は域外大勢力に感づかれる可能性が有り、その場合ナーマの威信が低下 南隣零細勢力 詳細不明。東の影響力が浸透開始の模様 北隣小規模都市 東からの援助により壊滅状態から復興中。来年初頭には東に編入される見込 |
■参加者一覧
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
将門(ib1770)
25歳・男・サ
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
罔象(ib5429)
15歳・女・砲
エラト(ib5623)
17歳・女・吟
アナス・ディアズイ(ib5668)
16歳・女・騎
サラファ・トゥール(ib6650)
17歳・女・ジ
中書令(ib9408)
20歳・男・吟 |
■リプレイ本文 ●豪華客船 装甲の代わりに見栄えの良い化粧板で覆われた中型船がナーマ領に入る。 しばらくすると、龍を駆るメグレズが発見、接近し、翼を軽く振って挨拶してから境界線の警戒を行う。 そして、メグレズを追うようにして、豪華さでは劣るが速度も敏捷性も明らかに上回る船が城塞都市ナーマから近づいてきた。 「よくもまあ短期間で揃えたものよ」 贅を尽くした特注飛空船の上で、呆れ半分、感嘆半分で呟いてから、老人は甲板上の空夫達に命じて敬礼にあたる姿勢をとらせる。 「ようこそおいでくださいました。航路上の安全は確保しています。あと少しではありますが、空の旅をお楽しみください」 陽光に照らされ、光をまとった玲璃(ia1114)が挨拶すると、豪華な船から歓声ともうめきともつかないものが漏れた。 玲璃の美貌のあいまって、目の前の光景が美しすぎて現実感がないのだ。 「歓迎感謝いたす。正式な挨拶は宮殿にで」 ただ1人冷静だった船の主は、会見を早々に切り上げ、部下達を急かしてナーマに向かっていった。 ●襲撃 「ようやく出てきましたね」 商用小型船の観測手をつとめていたサクルが、軽く手を振って合図する。 操舵手を勤めるルエラ・ファールバルトは即座に宝珠に手を伸ばし、推力の方向を変えて旋回を開始させようとする。 ナーマで念入りに手入れされ、手入れした本人であるヤリーロによって面倒を見られている機関は快調で、ナーマでロスヴァイセに引率されたからくり達が操る快速小型船に迫る機敏さを発揮していた。操る者の能力が違いすぎると、こういうこともある。 だが、小回りの効く龍と比べると動きが鈍い。 砂丘の影から現れた小柄な俊龍が急角度で上昇し、豪華ではないが立派ではある船の直上に到達する。 荷を奪うもよし、船長や重要人物人質に取るもよし、船の宝珠を壊して落としてしまうもよしという薔薇色の展開を思い浮かべ舌なめずりする賊。 その背後に、小柄な俊龍を上回る速度で迫る影があった。 「速すぎる。何だありゃぁっ」 賊とはいえ龍を個人所有できる凄腕は、即座に気づいてその場からの離脱と急旋回を同時に行う。 高速の空中戦では弓や銃を使っても命中弾を出すのは難しい。接近してくる敵が弱ければ落とし、強ければ逃げてしまえばよい。賊はそう考えてしまった。 「空雷!」 鷲獅鳥の紡を駆って急行した罔象(ib5429)が、不動の大地を踏みしめて撃つかのような、素晴らしく安定したフォームで引き金を引く。 魔槍砲の砲身の弾丸と練力が激烈な反応を起こし、砲身から巨大な破壊の力が飛び出していく。 「はっ。空でそうそう当たるもんかよっ」 賊は嘲笑しながら逃走しようとし、急速に拡散していく破壊の力に飲まれ、激しく翻弄される。 ジンである賊は皮膚と肉がこんがり焼ける程度ですんだが、小柄な俊龍はその程度ではすまない。 ぺきりと。 切なくなるほど呆気なく片方の翼が折れてしまい、独楽じみた回転をしながら主共々砂漠へ落ちていく。 こうなると助ける手段は存在しない。 罔象は慈悲の一撃を放つべきかどうか一瞬迷い、ナーマの方向に敵影を見つけたため賊を見捨て急加速を開始する。 「この場はお願いします」 城塞都市ナーマの上空に、おそらくは大怪鳥らしき影が2つ。いつもなら手隙の相棒1体で撃退可能だが、千客万来な今日は予備戦力が存在しないのだ。 地表から聞こえる不吉な音を無視し、罔象は後を船上の味方に任せて一直線にナーマへ戻っていくのだった。 ●捕縛 中書令(ib9408)は駿龍の陸と共に甲板を飛び立ち、地表を警戒しながらゆっくりと降下していく。 甲板上の玲璃を振り返るって見ると、玲璃は無言で首を左右に振る。どうやら結界の効果範囲内にアヤカシはいないらしい。 「出来ればこれ以上の犠牲は無しにしたいものです」 賊が単独である可能性は非常に低い。 たった1人で飛空船を襲っても、1人では積み荷の大部分を放棄せざるをえないからだ。 賊の龍が飛び立った場所を中心に旋回しつつ、聴覚に集中する。仲間が隠密行動の際にするのとは比べものにならない大きさの呼吸音が耳に届き、その位置を把握することができた。 「降伏すれば罪一等を減じます。如何に」 中書令は静かに、しかし良く通る声で呼びかける。 ナーマを発つ前に関係部署の了解は得ている。 賊の扱いとしては常識の範囲で最も優しい扱いではあるが、賊は下ろうとはせず、弓矢を手に立ち上がる。 中書令は落胆を顔に出さず、陸に加速を指示することで打ち上げられてくる矢全てを完全に回避した。 龍使いを落とした時点で降伏するか逃げ散るかと思っていたが、どうやら徹底抗戦を選択したらしい。 「誇張した評判を聞いたのでしょうか」 ナーマは苛酷ではないが甘くもない。降伏しても殺されると思われても不思議ではない。 中書令はため息に似た息を吐いてから、じょう、じょうと琵琶をかき鳴らす。 穏やかな音が砂漠に広がるたびに、熟練の弓兵がばたばたと倒れていく。これ以上の交戦は不可能と悟った生き残りが隠していた駱駝に向かうも、駱駝ごと眠らされてしまう。 手早く縄をかけ、賊をおびき寄せるため持ち込んだ飛空船に乗せてから、開拓者達は一旦ナーマに戻っていった。 ●宮殿大広間 「ナーマは経済を軸に、この地に共存共栄の輪を育てていくつもりです」 エラト(ib5623)がそう言って話を終えた直後、頷く者、軽く拍手する者など様々な反応があった。おおむね好意的に受け取られているようだ。 ただし、エラトが説明したナーマの方針を、ナーマがこの地域を支配するための大義名分ととった者も数多くいる。 この場で訂正するのは逆効果と判断し、エラトは来賓の相手を庚とアレーナ・オレアリス(ib0405)に任せ、自分は一度控え室に戻る。 部外者立ち入り禁止の控え室の中には多数の黒板が設置され、大書した来客の名前の下に似顔絵、所属勢力から家族構成、事績に最近の行動など、集められる限りの情報が記入されていた。 「先程のテーブルは商業目的ではなく探りを入れるのが主目的ですか?」 1時間前と比べて増えた情報を確認したエラトは、控え室担当の情報機関の要員に尋ねていた。 「はい。しかしこのあたりの情報は確度に不安がありまして」 ナーマの情報機関は構成員の数が少ない割に、都市内防諜に関しては高い能力を持っている。その分都市外、特に地域外の情報収集、情報分析に関しては非常に貧弱だ。 もっともそれは情報機関の怠惰や予算不足を意味しない。事態の進展が誰にとっても予想外に速すぎたため、ナーマだけでなく地域外の勢力も情報が足りず、お互い泥縄式に情報を集める展開になっているのだ。 「今は正確な情報を発信していくしかありません」 重ねて主張しても疑わしく感じる者はいるだろうし、意識的、無意識的を問わず悪意をもって解釈する者もいるだろう。 それでもナーマの方針を掲げ続けなければ、相手に理解されないどころか誤解から敵視以上のことをされかねない。 「ここにいたか」 将門(ib1770)が、普段の彼らしくない急ぎ足で部屋に入ってくる。 彼の後を控えめについてくる焔も、彼自身も、大量の書類を抱えていた。 「助かります」 書類に載っているのは、ナーマが輸出にまわせる最大量と、輸入して益のある物品とその量の試算だ。 「地元の者達はどうだ?」 「戸惑いが強いようです。遠隔地からの来客は大勢力が多いですから」 「やはりそうなるか。私はこの地の風習は把握しきっていないが、このまま放置する方が害が大きい。フォローは頼む」 将門は相棒のからくりと共に、ナーマが最も苦手とする、ただし開拓者が苦手としているわけではない戦場に飛び込んでいった。 「このままでは輸出超過で摩擦が起きる可能性有り?」 輸入はこれ以上増やしても必要以上の物資をため込むことになるという分析を目にし、エラトは秀麗な顔を曇らせる。 財をため込みすぎても余計な恨みを買いかねず、軍備にまわす金が増えすぎたら遠方の勢力にまで警戒される。金がないよりましとはいえ、頭が痛い問題だ。 「失礼」 寸前まで何もなかったはずの空間に、貴婦人用のヴェールを身につけたサラファ・トゥール(ib6650)が現れる。 霧の精霊の協力を得て行使する、極めて高度な技を使ったのだろう。部屋の入り口で警戒中だった鷲獅鳥や駿龍でも気づけなかった。 「これを」 よく冷えた水が満たされ杯を渡すと、サラファは目礼してから勢いよくあおる。 そして、ヴェールと衣装を脱いで、部屋のあらかじめ用意してあったナーマ住民風の服に着替えていく。 「来賓の護衛の半分は、間諜兼業です」 「サラファさんが捕まえられないレベルの?」 エラトは瞬きして驚きを表現する。 「そう…ですね。慎重に動かれると現行犯逮捕は無理です」 技量に関して劣るとは思わない。が、彼等は徹底的に慎重に、証拠を残さず動けるときのみ動くのだ。 現在、サラファが牽制することで動きを押さえ込んではいる。その分サラファにかかる負担は非常に大きかった。 「狙いはそれです。読み終えたら処分した方がいい」 サラファはエラトの書類に軽く指で触れる。 ナーマが出せるものと欲しいものを把握されれば、交渉で圧倒的に不利になる。 「護衛が完璧すぎて他の面倒が起きるなんて…」 エラトは重い息を吐く。 周辺地域では警戒されているものの、ナーマ内では大手を振って歩けるだけでなく情報機関を手足のように使って情報伝達できるサラファ。念には念を入れて記憶に残りづらい姿となり間諜監視に向かおうとし、急に足を止める。 「危うく伝え忘れることでした」 疲れが予想以上に酷いようだ。サラファは内心眉をしかめ、けれど表情には出さずに警告する。 「非ジンでは抵抗が難しい色仕掛けをしかけてくるかもしれません。宮廷内の人員に気を配ってあげてください」 同様の手段を使い、賊から洗い浚い情報を回収してきたサラファは、精神力で疲労を押さえつけて戦場に向かっていった。 ●わずかな休み 泥のように眠っていたはずのアマル・ナーマ・スレイダン(iz0282)が、アレーナの腕の中で身じろぎする。 その動きは意志を持たない人形のようで、これまで粘り強くアマルの心を育ててきたアレーナは、深い憂いを浮かべてアマルをじっと見つめていた。 じいっと見つめた結果、アマルが一瞬普段通りになり、すぐに意識をなくしてしまったことに気づく。 アマルの手がペンを滑らせる動きをしており、その仮想の筆跡を追うと、玲璃が提案した賊の強制労働に関する命令書であることが分かる。 アレーナはほっと息を吐いてから、優しくアマルの額にふれ、ぺちりと指先で弾いた。 「いたい」 アマルは目をしょぼしょぼと瞬きさせながら、ゆっくりとアレーナに向き直る。 「休むのも仕事ですよ」 めっ、という優しい声が聞こえてきそうなアレーナの仕草から逃れるように視線をさまよわせ、アマルは戸棚に丁重に飾られた人形を目にし、再び視線をさまよわせて部屋の中央で堂々と寝ているもふらさまに視線を固定する。 当然ことながらもふらさまは気づいてくれず、怒りが混じり始めたアレーネの気配にアマルは押され、夜明け前の空気を感じながら再び眠りに落ちた。 アマルが完全に寝付いたことを確認してから、アレーナは寝台から降りて身支度を調える。 領主が直接会わなければ面目が立たない地位にある来客は10近くいる。 直接アマルが会う前に随員とまとめておくべき話も多々あるため、アレーナには休む余裕はほとんどなかった。 ●デスマーチ ナーマ周辺の文化や風習を本格的に学ぶため書庫に籠もっている将門のもとに、交渉の進行状況を知らせる報告書が次々に舞い込んでくる。 アマルだけでなく開拓者全員が仕事に追われているため、一応は余裕がある将門に任せるしかないのだ。 「さすがに促成官僚では不利は否めないか」 独占契約だけは避けろとしつこいくらいに言い聞かせなかったら、酷い展開になっていたかもしれない。 「地元との外交に関しては次回以降に少し実践すれば、可能か?」 報告書に署名してから、現地資料の丸暗記を再会する将門であった。 ●拡張工事 ナーマ外壁拡張計画。 計画自体は数ヶ月前から存在していたが、ナーマの発展にあわせて順次改訂がなされ、良くも悪くも豪華な計画になってしまっていた。 開拓者作、ナーマ技術者・官僚集団演出の図面を見た朽葉・生(ib2229)は一言で駄目出しする。 「過労死するつもりですか」 至極もっともな指摘を受け轟沈する人々をいったん無視し、生は上下水道や風車、防御施設に今後の発展を見越しての大規模建築などの位置と規模を修正し、現実的な案に作り替えていく。 「この修正で1週間縮められますか」 「はい、それならば」 生の問いに嬉しそうに答える設計者兼現場監督。 「この施設については今回の工事から外します。牧草地への水散布のための水車はもう1基…」 「部品を発注してきます!」 生がいる場所が都市拡張工事の司令塔となり、膨大な人、物、金の流れが都市を動かしていく。 熱く燃える男達と一部女性の上空を飛ぶ鷲獅鳥司は、少しでも主人の力になれるよう、意識して優雅な動きで来賓の船を警護し、アヤカシを見かけたときは獰猛さををあらわにして確実に仕留める生活を続けていた。 そして、工事が始まってから5日後。司は今日も生とは合流せずに上空の警戒と護衛を行っている。 生からこちらに来てもいいのですよと誘われても、なんだかんだと理屈をつけて合流しようとしない。言うまでもないことだが、別に生に対して隔意がある訳ではない。 「第9区の工事が遅れています」 「アナス様のお力に慣れて怠け癖でもついたか。3班から数人手伝いに向かわせろ。現場の責任者には今期の査定を楽しみにしろと伝えておけ!」 「生様、内側の工事が…」 長時間続く頭脳労働は、甘味の消費量と汗臭さを激増させていた。臭いの強さは、司が近寄るのを嫌がるほどだ。 「内部の壁を建ててきます」 激務の中時間を作りしっかりと入浴し身だしなみを整えている生は、汗を気にしない素振りを見せつつ素早く現場に向かうのだった。 ●基礎工事 「これが本日の回復錠です」 大理石製の机の上に積まれた丸薬は、相手の悪意を疑いたくなるほど大量だ。 「数を確認しました」 ジークリンデ(ib0258)が受け取りのサインすると、官僚見習の若者は動きにぎこちなさが残る礼をしてから、ほとんど駆け足で次の担当箇所に向け移動していく。 「主」 宝珠から姿を現した管狐ムニンが気遣うと、ジークリンデは工事初日と変わらぬ輝きを保つ銀髪を日除けで隠し、先日完成したばかりの飛空船用人工湖に向かう。 船の上では、ようやく高速船に慣れてきたからくり達が離陸前最後の確認を行っていた。 タラップを使って甲板まで登ると、からくり達は気合いの入った敬礼をしようとしてバランスを崩しかける。 「平常心を忘れずに」 風に吹かれて揺れる甲板で、ジークリンデは平衡を保ったまま穏やかに指導を行う。 「はいっ」 からくり達は元気よく返事をして、宝珠を起動させ飛空船を離陸させる。 飛空船はじれったくなるほど遅い速度で建設現場上空へと移動し、地表の現場監督の指示に従い位置を微調整する。 そして、ジークリンデは魔法で作り上げた石壁を、設計図通りの位置に正確に配していく。 地表では大勢の作業員達休み無く工事を進行し、あるときは深い穴の中に設置された石壁をコンクリートで埋めて地面を補強し、またあるときは巨大な外壁を補強するための要素として、石壁をその中に組み込んでいく。 ジークリンデが休憩、というより水分補給と練力補充をする際は、飛空船に設置した滑車とロープを使い、重量物をつり下げて運搬する。 遠い過去はともかく、現在では希少な飛空船を使った工事は、これまでの常識を覆す速度で進むのだった。 ●解体工事 装甲を外し、内部や関節部に入り込んだ砂を、専用の刷毛で取り除いていく。 アナス・ディアズイ(ib5668)は一見簡単そうな、実際は深い知識と鋭い感性が必要な作業を黙々と進めていく。 刷毛を片付け、装甲を取り付けてからきっかり3秒後。分厚い天幕を通してアナスを呼ぶ声が聞こえてきた。 「準備が整いました。お願いしやす」 「西の解体工事ですね」 交換した部品を脇に寄せてから、アナスはするりとアーマーの中に滑り込む。 「はいっ。今の所工事に遅れはありません。西の7…7区ですよね? とにかく予定通りですんでっ」 整備用天幕の外にいる作業員は、アナスの日程表を見て喋っているらしい。 分刻みで設定された予定表は、控えめに表現して過酷だ。アーマーの練力回復速度と整備の時間しか考えていないようにしか見えず、何度も修羅場を潜った作業員をほとんど恐怖させていた。 アナスは生身同然の自然な動きでアーマーを天幕から出し、戸締まりをしてから解体中の外壁へと向かう。 上にはナーマ船籍の小型船が浮かび、地上ではジン隊総出で警戒を行っている。 禁制の品を隠している訳ではない。分解する過程を見られると強度その他の軍事情報が漏洩してしまうため、気を遣わざるを得ないのだ。 アナスが乗り込むアーマーは、大型の石材を引き抜き、飛空船が垂らすロープに結び、またあるときは運搬用のソリにそっと降ろす。 そんな光景を近くで見つめる建築部門トップの目は見開かれ、極限の集中でもってアーマーの無骨な指先の繊細な動きを正確に捉えていた。 「髪の毛1本分押し込んでください」 刀で米粒に彫刻しろレベルの無理難題に従い、熟練の職人か開拓者でもなければ分からない距離だけ、複雑な形状の石材を移動させる。 数秒経過し、支えを失った城壁中核部分がゆっくりとずれていく。 忠誠と技術を兼ね備えた熟練工複数が1日拘束されるはずの作業が、たった数分で終わる。 余所に情報を漏らさない忠誠心はあっても技術のない作業員に後を任せ、アナスは建築部門の中核と共に次の現場に向かった。 ●成果 アヤカシ討伐の祝いを名目に集まった来賓達は、いくつかの案を継続協議することでナーマと合意し、開拓者の帰還に伴って帰路についた。 どの案も非常に規模が大きく、開拓者により高速かつ大規模に勧められている城壁拡張工事にも影響を与えかねない。 「高位のアヤカシが出ない限り、このまま…」 宮殿の上階で開拓者を見送るアマルは、本人も意識せずに、演技でない笑みを浮かべていた。 |