【城】西より広がる波紋
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 2人
リプレイ完成日時: 2012/11/21 00:55



■オープニング本文

 城塞都市ナーマに対する襲撃を繰り返しいていた、ナーマ西部のアヤカシ達。
 膨大な数を誇っていた彼等全てが沙漠でうまれた訳ではない。
 ナーマの西に隣接する地域からアヤカシを集め、戦力を回復させつつ人類を悩まし続けたのだ。
 前回の戦いで掃討が完了し、ナーマ西部だけでなく西隣の領からもアヤカシの姿が消えた。
 アヤカシの脅威が減じたことで、城塞都市ナーマだけでなく西隣の領の経済も上向くものと思われた。

●大勢力と中勢力の狭間で
「西が税の引き上げを一方的に通告してきました」
 ナーマと西隣の領の境界に位置する、小規模なオアシス集落。その長の天幕に、各家系の代表者が集まっていた。
「東からの仕送りが増えてますので支払いに問題はありませんが」
「要求を飲めば次はさらに過酷な要求を突きつけられるでしょうな。思い切ってナーマの庇護を求めては」
「これ以上近づけば完全に取り込まれるぞ」
「状況が激変したのです。ここがアヤカシ多発地帯だったから、これまで兵を損じてまで攻め取ろうとする勢力が現れなかった。ですが今は我らが決死の覚悟で抵抗しても採算がとれてしまうのですよ」
「誇りを捨てて取り込まれろと言うのか」
「そもそも我らが受け容れられるかも…」
「妻も子も死に絶えれば誇りなど残らんとはいえ、一度捨てれば二度とは…」
 零細勢力は、選択を迫られていた。

●依頼票
 仕事の内容は城塞都市ナーマの経営補助
 依頼期間中、1つの地方における全ての権限と領主の全資産の扱いを任される
 領主から自由な行動を期待されており、大きな問題が出そうな場合に限り領主が補佐することになる

●城塞都市ナーマの概要
 人口:普 零細部族から派遣されて来た者を除くと微になります
 環境:普 ごみ処理実行中。水豊富。空間に空き有
 治安:普 厳正な法と賄賂の通用しない警備隊が正常に機能中
 防衛:良 都市の規模からすれば十分な城壁と守備戦力が存在
 戦力:普 ジン数名とからくり12人を城壁外に展開可能。戦闘用飛空船込みの評価です
 農業:良 城壁内に開墾余地無し。麦、豆類、甜菜が主。大量の水と肥料と二毛作を駆使しています。牧畜有
 収入:良 周辺地域と交易は低調。遠方との取引が主。鉱山稼働開始。一定期間後に鉱石買取価格低下の可能性高
 評判:普 好評価:人類領域の奪還者。地域内覇権に最も近い勢力 悪評:伝統を軽視する者
 資金:普 輸出が好調です
 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。1つ以上の項目が滅になると都市が滅亡します

●都市側からの要望
全部門からアーマーの派遣要請が出されています
甜菜砂糖のセールスが難航中。高く売れないと採算ぎりぎりです。見本市とかメニュー開発とか、とにかく助けて

●資金消費無しで実行可能な行動例
砂漠への遠征 危険。非実行回は探索済み領域が縮小
ある行動を行った際の必要資金と必要期間の予測
対外交渉準備 都市周辺勢力との交渉の為の知識とノウハウを自習します。選択時は都市内の行動のみ可能。複数回必要

●資金投入が必要な行動一覧
都市、鉱山間を結ぶ道をつくります○ 最低限一ヶ月間必要
軍備購入○ 例:飛空船発注。装備の更新。見積もり可
飛空船関連事業○ 資金一段階分強を投じ、人材と設備を引き抜いてきます
城壁大拡張開始○ 完全実行時資金が一段階低下。安全に耕作できる面積を現状の数割増しに増加。1月程度外壁が機能停止
×現在実行不可 △困難 ○実行可

●都市内組織
官僚団 内政1名。情報1名。他3名。事務員有
教育中 医者候補4名、官僚見習い20名。都市の規模拡大を見越し大幅増員
情報機関 情報機関協力員約十名
警備隊 約百名。都市内治安維持を担当
ジン隊 初心者開拓者相当のジン7名。対アヤカシ戦特化。都市で待機および訓練中
農業技術者集団 学者級の能力のある者を含む3家族。農業指導から品種改良まで担当
職人集団 地方都市にしては高熟練度。技術の高い者ほど需要が高く、別の仕事を受け持たせるのは困難
現場監督団 職人集団と一部重複
からくり 同型12体。見た目良好。駆け出し官僚見習兼見習軍人。開拓者不在時は訓練
守備隊 常勤は負傷で引退したジン数名のみ。城壁での防戦の訓練のみを受けた220名の銃兵を招集可。招集時資金消費収入一時低下。損害発生時収入低下

●住民
元作業員が大部分。現在は9割農民。正規住民の地位を与えられたため帰属意識は高く防衛戦等に自発的に参加する者が多い。元流民が多いため全体的に技能は低め

●雇用組織
小型飛行船 船員有。鉱石輸出に従事中

●都市内情勢
甜菜。麦二毛作。収穫完了
最初の新生児が誕生しました。妊婦の数が減りません
身元の確かなものが余暇を使い水源周辺清掃と祭祀見習いを担当

●軍備
非志体持ち仕様銃600丁。志体持ち用魔槍砲10。弾薬は大規模防衛戦2回分。迎撃や訓練で少量ずつ弾薬消費中
重装甲航続距離短型小型飛行船。都市・鉱山間であれば辛うじてからくりが運航可能です

●領内主要人物
ナーマ・スレイダン 故人。初代ナーマ領領主。元大商人。極貧層出身。係累無し。性格最悪能力優
アマル・ナーマ・スレイダン 第二代ナーマ領領主。からくり。人格未成熟。内部の権力は完全に掌握中

●ナーマ領域内地図
調査可能対象地図。1文字縦横5km
 漠砂砂砂
漠漠漠漠砂砂 砂。砂漠。危険度不明。今週は好天の見込
漠漠穴漠漠砂 道。道有り。砂漠。比較的安全
漠漠漠都漠砂 穴。洞窟の入り口有り。砂漠。アヤカシの標的
漠漠漠道漠砂 都。城塞都市あり。砂漠。安全
 漠漠道漠  漠。砂漠。比較的安全

●鉱山側面図
   ○○入
   ○   穴
   ○   穴
未荒○○○○○○○採調

空白部分は地下の通行不可能な場所か地上
穴:空気穴。人は通れません
入:入り口
○:洞窟
採:作業員が採掘を行う地点です
未:落石、崩落等の危険有り。探査に時間がかかり、アヤカシ出現時、急ぎの作業時はさらに危険度増大
調:調査中の地点です。アヤカシの気配はありませんが、補強工事抜きでの侵入は危険なため、時間がかかります

●交渉可能勢力一覧
王宮 援助等を要請するとナーマの威信が低下し評価が下がります
定住民系大商家 継続的な取引有。大規模案件提案の際は要時間
ナーマ周辺零細部族群 ナーマに対し好意的中立。ナーマへ出稼ぎを非公式に多数派遣中
東隣小規模都市 ナーマと敵対的中立。外部から援助され経済回復。外部から訪れた者に対する身元調査を行っています
上記勢力を援護する地域外勢力 最低でもナーマの数倍の経済力有。ナーマに対する影響力行使は裏表含めて一切行っていないため、ナーマ側から手を出すと評判に重大な悪影響が発生する見込

●交渉不能勢力一覧
西隣弱小遊牧民 詳細不明。零細勢力に圧力
南隣零細勢力 詳細不明。東の影響力が浸透開始の模様
北隣小規模都市 東からの援助により壊滅状態から復興中。来年初頭には東に編入される見込


■参加者一覧
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
フレイア(ib0257
28歳・女・魔
アレーナ・オレアリス(ib0405
25歳・女・騎
将門(ib1770
25歳・男・サ
朽葉・生(ib2229
19歳・女・魔
エラト(ib5623
17歳・女・吟
アナス・ディアズイ(ib5668
16歳・女・騎
ライ・ネック(ib5781
27歳・女・シ
アルバルク(ib6635
38歳・男・砂


■リプレイ本文

●窮余の一策
 瘴気を感知する結界を展開し、常人には想像すらできない精度と速度で膨大な情報を取捨選択する。
「前方にアヤカシ1小隊と…」
 玲璃(ia1114)は索敵結果を口に出してから、妙な違和感に気づいて口ごもる。
「どうされました」
 天幕の撤収を終えたエラト(ib5623)が尋ねると、玲璃は陽光を照り返す白い砂漠に視線を固定したまま口を開いた。
「他に何かいる気がします」
 エラトは周囲に対する警戒を仲間に任せると、聴覚に極限の集中を行う。
 今日は風が強いようで、風の音と砂と砂がこすれる音ばかりが大きく他の音はほとんど聞き取れない。
 玲璃が最初に指摘した場所に奇妙な音の反響があることくらいしか分からない。
「あんたの感覚を気のせい呼ばわりはできねぇな。上から見てくらぁ」
 アルバルク(ib6635)は水を飲ませ終えた駿龍の頭を撫でてやってから、鞍にまたがり急角度で上昇させる。
 砂漠遠征3日目という苛酷な状況下ではあるが、熟練の砂迅騎によって世話された龍は良く主人の期待に応え、地上のアヤカシが反応するより早く上空に駆け上ることに成功する。
「さあて、今回はどんな趣向をこらしているのかね、と」
 周囲を一瞥してから望遠鏡を取り出し、地上の開拓者達を中心に広範囲を確認していく。
「おいおい、こりゃぁ」
 アルバルクの口元が獰猛に吊り上がる。
 開拓者がいる周辺では巧妙に消してはいる。だがそこから少し離れると、砂中を巨大なものが移動した痕跡が多数残っていた。
 サンドワームだ。
「大黒砂蟲が地下にいるぞ!」
 大声で警告した瞬間、数十メートル離れた地表で、十数個の小さな爆発が起きる。
 それは潜んでいた怪鳥が全力で発進した結果で、アルバルク主従の斜め後方、つまりは完全な死角から一斉に襲いかかろうとしていた。
 鋭いものが肉を裂く不気味な音が響く。
「ったく、手を変え品を変えやってくれるぜ」
 連続射撃で高温を発する宝珠銃に息を吹きかけながら、アルバルクは器用に肩をすくめてみせる。彼の後方では、寸前までアヤカシであった瘴気が勢いを失いつつ城塞都市へと向かっていた。

●地元アヤカシ。最期の抵抗
 ルオウ(ia2445)が手綱を引き走龍フロドが器用に横に飛ぶと、寸前まで彼等がいた空間に巨大な砂柱が現れる。
「やるな〜」
 重い日除けを外して身軽になると同時に、地上を這うようにしてナーマに向かっていた大怪鳥を礫で撃ち落とす。
「何匹か抜けると思うけど、追うか?」
 ちらりと横に視線を向けると、将門(ib1770)は厳しい顔で首を左右に振る。
「怪鳥程度なら迎撃可能なよう手配している。東に逃げられたなら…それは東の領でなんとかしてもらおう」
「りょーかい」
 ルオウはにやりと笑うと、巨大な砂柱の中から現れた黒い巨大砂ミミズに真っ直ぐに向かっていく。
 大黒砂蟲は大きく息を吸い、粘液と砂と混じり合わせたものを高速でルオウにぶつけるため口を開こうとした。
 が、フロドの加速とルオウの思い切りは巨大砂ミミズの動きを大きく上回っており、ルオウが横に構えた秋水清光によって首筋に巨大な亀裂を刻まれる。
「うし。反転…は無理か」
 ほとんど砂を飛ばさずに着地しながら、ルオウが1対1用の構えから1対多の構えに切り替えていく。
 彼の前方に、それまで砂漠に潜んでいたアヤカシが一斉に姿を現したのだ。
 一際大きなサンドゴーレム2体を中核とする、20を越える巨大蠍からなる大集団だ。
 じりじりと焦らすように距離を詰めてくるアヤカシ部隊に対し、ルオウは構えをとったまま動かない。
 敵増援が現れないのであれば、重傷を負うかもしれないが確実に勝てる自信がある。とはいえ蠍によって毒を受けたりすれば、勝てはしても帰還するまでもたないかもしれない。
「解毒は準備しています」
 鷲獅鳥に乗り離陸した玲璃が伝えると、ルオウは手をあげて謝意を伝え、一気に加速してアヤカシ部隊の中に飛び込む。
 超高速で円を描いた秋水清光が、蠍達を輪切りにして吹き飛ばした。

●みみず
「窮鼠にしては大きすぎるか」
 生き物とは到底思えないサイズの肉塊が真横に振るわれる。
 将門は走龍に後退させながら救清綱を振るい、無数の命を飲み込んできたワームに細く深い切れ目を入れる。
 加速した肉固まりはすぐには止まれず、盛大に体液を吹き出しながら将門主従を逸れて砂漠に突っ込む。
 混沌とした戦場に似付かわしくない高音が響き、しかし大黒砂蟲は止まらずに砂漠に潜っていく。
 上空のエラトは自身にとっての不運とサンドワームにとっての幸運が同時に訪れたことを感じながら、今度は確実に意識を奪うため練力以外のものも注ぎ込む構えを見せる。
「新手だ。ここは俺1人で抑える」
 将門は分厚い砂越しに地下の巨大生物と対峙したまま、背後に現れた新たな気配への対処を仲間に任せた。
「サンドじゃなくてロックゴーレムか。あれも打撃の効きが悪そうだな」
 アルバルクは、散開しつつ向かって来るゴーレムをひとところに集めるため空を飛んでいく。
 数分後、回避しようのない死へと誘う旋律が、得物の投擲でアルバルクやエラトを仕留めようとしていたアヤカシ部隊に止めを刺す。
 無論、エラトがどれだけ強力な術を使っても一度であれば耐えられるアヤカシもいる。しかし最初の一撃で5割倒されたら部隊としての戦闘力は維持できず、残る強力な個体も絶対に避けられないものを絶え続けることはできない。
「すぐに戻ってください」
 玲璃が鷲獅鳥に乗るエラト達を誘導し、アヤカシの投擲による負傷を朋友の分も含めて同時に癒していく。
 そして、彼等はほとんど無意識の動作で、この日だけで数個目の梵露丸を嚥下するのだった。

●掃討完了
 流す汗すら枯れ果てた将門が、一切の音をたてずに刃を振るう。
 将門とは対照的に、盛大な音と衝撃をまき散らしながら砂中から飛び出したブラックサンドワームは、一瞬にも満たない間刃と拮抗し、再び猛烈な勢いで宙に飛び出し、将門を押しつぶそうとする。
 しかし救清綱は将門が振り切った時点から寸毫も動いていない。由緒ある、良く手入れされた刃は、巨大生物の頭から末端までを完全に切り裂いていた。
 どろりと、体液だけでなく体の重要器官も砂の上にこぼれ、続いて勢いを失った黒い巨体が盛大に砂を巻き上げながら砂漠に落ち、めり込む。
「終わった、か」
 その場に倒れ込むのは辛うじて耐えたが、手足が震え、危うく鞘に刃を納めるのに失敗するところだった。
 将門がサンドワームの相手をしている間、ナーマ領東部のアヤカシ掃討作戦を実施していた仲間達が空路こちらに向かって来る。
 皆将門に負けないほど疲れているが、特にエラトが酷い。アヤカシの誘き寄せはアルバルクが担当したとはいえ、連日の空中移動による消耗は激しく、薬で練力を補充しつつ大規模な術を使い続ける負担も極めて大きい。結果、そろそろ墜落事故が起きてもおかしくない状況になってしまっていた。
「帰還…する」
 ナーマ領におけるアヤカシ掃討完了。
 後世では大きく扱われるであろう出来事の締めは、このようなものだった。

●ナーマ領地東端
「お役目ご苦労様です!」
 オアシスを警備する兵士が一見丁寧に挨拶する。
「この村は我々が責任をもって守りますので、開拓者の方々は引き続きアヤカシ討伐を続けてください!」
 見た目は純朴そうな若者であり、眼や身振りからもそうとしか思えない。
 ナーマの東端にあるはずの小規模オアシスの確認を進めていた玲璃は、東の兵士が既に進駐しているのを目の当たりにする羽目になった。

●都市内。数日前
「列を作って並んでくださいね」
 会議室に押しかけた建築部門、鉱山部門、農業部門、軍事部門の責任者の目には、アナス・ディアズイ(ib5668)の小柄な体が数倍の大きさに見えていた。
 特殊な技術を使っているわけではない。
 騎士として磨き抜いた技術と心、実績と実力に支えられた自信が、彼等にの目に眩しく映っているのだ。
「宜しくお願い致します」
「何卒」
 行政部門の官僚にあれこれ文句をつけられたらしく、短時間で内容を把握できるよう内容が簡潔にまとめられた書類が差し出される。
 アナスは一目見て把握を終え、非稼働時のアーマー内蔵練力回復速度、自身と機体の疲労と消耗を頭の中で計算し、背後の黒板に書き出していく。
 5日間朝から晩までの超強行軍。わずかに設定された休みも仮眠と機体整備で潰れる見込みだ。アーマーを作業に使うだけなら自身の練力は使わないとはいえ、アナスを含む騎士達にとっても過酷な計画である。
「今すぐに取りかかります」
 時間の余裕は、全く無い。

●はたらくアーマー
 鉱山。
 クシャスラにとって鉱山は古巣も同然。
 現場責任者と分かっている者同士の話し合いを行い、堅固な足場と空間がある場所の力仕事はアーマーが、それ以外は最も厳しい作業から解放された男達が行う。
 間近に護衛戦力がいるという安心感も手伝い、迎えに来た飛行船に乗せきれないほどの鉱石を採掘できた。
 建築現場。
 大規模建築物を支える支柱をヤリーロの操るアーマーが単独で抱え、現場監督の指示通りに固定する。
 専門の技術者と屈強の作業員が数人がかりで、縄等で吊り上げ目的地に下ろすための道具の設置等も含めれば1日仕事かそれ以上になるはずだった作業が、わずかな時間で済んでしまう。
 優れた騎士とその技術を活かせる機体が揃って初めて可能となる技を、見物人達は無邪気に褒め称える。
 作業の合間に、日に一度は訪れる外部の飛行船の整備を手伝いながら、ヤリーロは危うい雰囲気を感じていた。
 城壁外。
 軍事部門は優先度が低い要望だったため要求を却下され、アナスは城外からの牧草運搬をアーマーで担うことになる。
 前の2つの現場と比べると1つだけ違う点があった。
「アーマーに頼りすぎた事業計画を続けると今後失業者が出ますね」
 本来この作業を行うはずだった大勢の人々のうち半分程度が、仕事を割り当てられずに帰路についていたのだ。
 作業完了後、アナスはアマルと行政部門に強く注意を促すことになる。

●砂糖
 完成したタルトを差し出され、朽葉・生(ib2229)は無言のまま受け取り、じっくりと確認し、深く重い息を吐いた。
 宮殿勤めの料理人が作ったものとしては、正直なところ拙い。レシピ通りに作っているため味は問題なさそうだが、見た目は精々家庭料理レベル、それも非上流家庭のものだ。
 ナーマ領の気風は実利最優先。しかしこれは少々行き過ぎかもしれない。
「生様、試作品が仕上がりました」
 天儀の大型飴を渡された職人達が、実用的な美しさを持つ容器を数人がかりで運んで来る。
 見本を並べるための台に布を引いて容器を逆さにすると、ごつんという鈍い音と共に、赤ん坊ほどの大きさの固まりが転げ落ちた。
「インゴット…氷砂糖ですか」
 不純物と空気の少なさについて自信ありげに語る職人から、生はそっと眼を逸らす。
 職人達は質、つまり性能が良いから売れると確信しているようだが、これを店頭に並べても感心はされても買う者などいないだろう。少なくとも普通の客には大きすぎて使いにくすぎる。
「どっ、独占契約をお願いいたしまするっ」
 小麦の大口取引のため宮殿を訪れていた商会の主が、大きな氷砂糖に気づいて顔色を変え駆け寄ってくる。
「前金、いや即金でこれだけ支払いますのであるだけの…」
 商人にあるまじき交渉に、生は困惑して内心首をかしげる。
 欲しいのだとしてもそれを相手に悟らせず、可能な限り安く買おうとするのが基本のはずだ。
「開拓者殿、甜菜砂糖の売り込みでしたら是非私どもに」
 別口の恰幅の良い商人が、護衛の男女を引き連れにこやかに迫ってくる。どうやら、競合相手が間近にいるため策を弄せないようだ。
 一番乗りの商人との間に殺気じみたもののやりとりが行われ、生を除くナーマ関係者が後ずさりする。
 実業家の迫力は、並の者では耐えかねるほど強すぎた。
「専門の部署の者を呼んで参りますのでしばらくお待ちください」
 廊下から3番目の商会が現れるのを確認した生は、成功しすぎて面倒になりそうな案件を、アマルに投げることにした。

●西に吹く風
 生気のない草木が風に揺れる。遊牧民の少年が家畜を追いながら周囲を見回し、アヤカシを含む侵入者に対する警戒を行っていた。
 精悍で遊牧民らしい光景に見える。
 ただし知識のある者が注意深く見ると、少年も家畜も栄養状態が良くなく、少年が身につけた装備が古いだけでなく手入れが不十分であることが分かる。それになにより、半ば以上敵対している勢力の近くで、ろくな武装を持たない子供を配置するという時点で、この地の深刻な状況が容易に想像できる。
 ライ・ネック(ib5781)は一切気づかれることなく少年と家畜の近くを通り過ぎ、ナーマの領域から見て西に進み続ける。
 アヤカシに遭遇せず、隊商や遊牧民にも遭遇しないまま、ライは多数の天幕が立ち並ぶ平原にたどり着く。
 全てに生気を感じられず、精神に余裕がないことが分かる怒鳴り声、金切り声がときおり聞こえてきていた。
 統治に失敗し、野党的立場にあった者達も権力を掌握できず、だらだらと内乱紛いの状態が続いた結果がこの惨状だった。
 ライは風が吹こうと冷たい小雨が降ろうと、気配を消したまま動きを止め、聴覚に集中して情報を集める。外部の勢力から偵察される可能性は考えてもいないようで、部族内だけで通じる符丁も使われておらず、部族の方針から内部の人間関係まで知ることが出来た。
 この部族は、個人の武力に優れた有力者が強引な指導を行うことで辛うじて秩序を維持している、破綻一歩手前の状況だ。物資が不足し物価も上がるばかりで、東に圧力をかけたのも、現金収入の当てがそれしかなかったからだ。
 わずかな見張りを除いて誰もが寝静まった頃、ライは事実上の族長の筆跡が残る書き損じの紙一枚だけを盗み、忍犬の先導に従いナーマへ戻っていくのであった。

●揺れ動く葉
 純白の霊騎からフレイア(ib0257)が降りると、小オアシスを有する小部族は彼女を恭しく長の天幕に招き入れた。
 フレイアは一切威圧的な態度は見せず、ナーマを受け皿とした共同体への参加を勧めていた。
「誇りはそのままに、新たな希望を築く意志があるならば、共に歩みましょう」
 この地においては常識外寸前の提案だ。
 ナーマ領現領主署名入りの、攻防協力と経済統合に関する文書まで用意されている。
 圧倒的な優位な側がここまで譲歩している提案を蹴った場合、ほとんど宣戦布告と同じ扱いになってしまうだろう。
「署名は、一族総出の合議の後にさせていただきます」
 フレイアはそのオアシスの全住民に見送られ、次の小オアシスに向かう。
 その後、全てのオアシスをまわって合意を得たフレイアは、留守中の武装飛行船に代わり警戒中の鷲獅鳥が舞う城塞都市に戻り、領主に面会する。
「規模が桁1つ異なるため、2、3世代かけて吸収できると判断した。軍事協力に関しては」
 アマル・ナーマ・スレイダン(iz0282)は、軍事部門が作成した予想図を示す。
 ナーマの民兵を派遣するなら小オアシスを完全に防御できるが、ナーマの税収の低下が深刻なレベルになりかねない。
 専業の戦士であるジン隊やからくり隊を派遣しても財政の負担は増えないが、その場合ナーマ本領の守りが疎かになる。
 武器を提供するという手段もある。その場合、実力を高めた小オアシス群がナーマから距離をとり他の勢力に近づく可能性を否定できない
「相手の出方次第とはいえ、できる限りこちらに有利な流れを作りたい。協力を願います」
 小オアシス群の扱いを間違えれば、ナーマの財政が大きく傾く。
 その日、領主執務室では夜遅くまで明かりが灯っていた。

●内政
 アレーナ・オレアリス(ib0405)が作成した助産婦用マニュアルを、官僚養成コースにのった事務員達が無言で筆写していく。
 城塞都市ナーマはオアシスの街としては最大規模の1つであり、人口も規模に比べれば少なめではあるが並みの町を軽々上回る数存在する。しかし出来たばかりのナーマは人口構成も職業の割合も極端に過ぎる。
 要するに、経験豊富な産婆がいないのだ。
 アレーナが製作した、出産から育児までを網羅したマニュアルは、医療関係者から母親まで全ての人の大きく助けることになる。
「城壁拡張工事に関わる事前の事務処理はこれで終了です。次の案件を」
 領主執務室の中で、アレーナは領主に代わって執務を行っていた。領主も遊んでいる訳ではない。域外大勢力との大規模取引や顔合わせに時間がとられているため時間が足りない。
「開拓者ギルドで貸し出される飛空船の取り扱いについて?」
 差し出された書類を確認し、アレーナは未決の棚に書類を置く。
 ナーマだけでなく開拓者ギルドを含む複数の大勢力が関わっている案件だ。参考意見や資料を提示することはできるが、アレーナが単独で決められる案件ではない。
「要人警護訓練については客人に対するものを追加で。後は…」
「はい、ええ、承知いたしました」
 執務室の入り口でロスヴァイセと別れ、アマルはヴェールを外しながら執務室に入り、早速未決の案件を確認しようとする。
 が、執務室の隅に飾られているはずのもふら人形を目の前に差し出され、寄り目になって動きを止めてしまう。
 アレーナはうさぎのぬいぐるみも取り出し、一緒になって遊び1人でないことを自覚していく子供を表現していく。
 アマルの表情は、かすかな驚きを浮かべたまま停止している。
 心ではなく知識と技術で態度を選択しているアマルは、この状況にふさわしい表情を選択することに失敗していた。
 今は亡き主に焼き付けられた知識と理性は、やんわりと遮り仕事へ戻ることを促すべきだと言っている。しかし、アマルは何故だかそうする気にはなれなかった。
「少し、やすみましょう?」
 うさぎを軽く揺らしながら誘うと、アマルの無機質な瞳が一瞬だけ揺れた。

 開拓者を除き、誰も想像しなかった年内のアヤカシ駆逐完了。
 この報に接した各地の有力者は、それぞれの思惑で動き始めていた。