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■オープニング本文 アル=カマルに存在する城塞都市ナーマ。 この街は開拓者を軸に動いている。 開拓者滞在時は、街の人々は護衛されながら城壁外で牧草を刈り取り、遠方にある鉱山で大量の鉱石を掘り出し街に運び入れる。 開拓者不在時は、畑の手入れや街の整備を行い、民兵として登録されている者は訓練も行う。 収穫期などの特殊な場合を除き、開拓者がいるときといないときで全く別の顔を見せる街。それがここナーマである。 ●ナーマの食卓 大きな収益をあげつつある鉱山部門に、順調に家畜が越えつつある牧畜部門。 一時は破産の足音が聞こえていたナーマの財政は、開拓者の活躍によって息を吹き返していた。 「このたび初めて収穫された甜菜と、2回目の麦です」 誇らしげに報告に来た農業部門責任者を労ってから、ナーマ領領主は差し出された見本を口に含む。 とれたての小麦を使ったパンは薫り豊かで、その上にかけられた甜菜由来のシロップも実に甘い。が、シロップが少し苦い。 「麦は初回並みの質と量を確保できました。甜菜に関しては…」 量に問題なし。味に問題有り。栽培法と品種の改良改善で成果を出すには、おそらく年単位、世代単位で時間がかかる。 「未加工で輸出すると辛うじて利益が出る程度か」 だが加工品にするための技術もアイデアも無い。このままでは、甜菜の輸出を諦め街で安売りすることになるかもしれない。 ●依頼票 仕事の内容は城塞都市ナーマの経営補助 依頼期間中、1つの地方における全ての権限と領主の全資産の扱いを任される 領主から自由な行動を期待されており、大きな問題が出そうな場合に限り領主が補佐することになる ●城塞都市ナーマの概要 人口:普 零細部族から派遣されて来た者を除くと微になります 環境:普 ごみ処理実行中。水豊富。空間に空き有 治安:普 厳正な法と賄賂の通用しない警備隊が正常に機能中 防衛:良 都市の規模からすれば十分な城壁と守備戦力が存在 戦力:普 ジン数名とからくり12人を城壁外に展開可能。戦闘用飛空船込みの評価です 農業:良 城壁内に開墾余地無し。麦、豆類、甜菜が主。大量の水と肥料と二毛作を駆使しています。牧畜有 収入:良 周辺地域と交易は低調。遠方との取引が主。鉱山稼働開始。一定期間後に鉱石買取価格低下の可能性高 評判:普 好評価:人類領域の奪還者。地域内覇権に最も近い勢力 悪評:伝統への挑戦者 資金:普 鉄鉱石が相場より高値で売れました。からくり12人の代金(1段階分)はまだ支払っていません(年末時点で未払いだとペナルティ有 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。1つ以上の項目が滅になると都市が滅亡します ●都市側からの要望 鉱業部門だけでなく、前回の大活躍を聞きつけた建築部門その他からアーマーの派遣要請が出されています ●資金消費無しで実行可能な行動例 砂漠への遠征 危険。非実行回は探索済み領域が縮小 ある行動を行った際の必要資金と必要期間の予測 対外交渉準備 都市周辺勢力との交渉の為の知識とノウハウを自習します。選択時は都市内の行動のみ可能。複数回必要 ●資金投入が必要な行動一覧 都市、鉱山間を結ぶ道をつくります○ 最低限一ヶ月間必要 軍備購入○ 飛空船関連事業△ 城壁大拡張開始○ 完全実行時資金が一段階低下。安全に耕作できる面積を現状の数割増しに増加。1月程度外壁が機能停止 ×現在実行不可 △困難 ○実行可 ●都市内組織 官僚団 内政1名。情報1名。他3名。事務員有 教育中 医者候補2名、官僚見習い2名 情報機関 情報機関協力員約十名 警備隊 約百名。都市内治安維持を担当 ジン隊 初心者開拓者相当のジン7名。対アヤカシ戦特化。都市で待機および訓練中 農業技術者集団 学者級の能力のある者を含む3家族。農業指導から品種改良まで担当 職人集団 地方都市にしては高熟練度。技術の高い者ほど需要が高く、別の仕事を受け持たせるのは困難 現場監督団 職人集団と一部重複 からくり 同型12体。見た目良好。駆け出し官僚見習兼見習軍人。開拓者不在時は訓練 守備隊 常勤は負傷で引退したジン数名のみ。城壁での防戦の訓練のみを受けた220名の銃兵を招集可。招集時資金消費収入一時低下。損害発生時収入低下 ●住民 元作業員が大部分。現在は9割農民。正規住民の地位を与えられたため帰属意識は高く防衛戦等に自発的に参加する者が多い。元流民が多いため全体的に技能は低め ●雇用組織 小型飛行船 船員有。鉱石輸出に従事中 ●都市内情勢 甜菜。麦二毛作。収穫完了 最初の新生児が誕生しました。妊婦の数が減りません 身元の確かなものが余暇を使い水源周辺清掃と祭祀見習いを担当 ●軍備 非志体持ち仕様銃600丁。志体持ち用魔槍砲10。弾薬は大規模防衛戦2回分。迎撃や訓練で少量ずつ弾薬消費中 重装甲航続距離短型小型飛行船。都市・鉱山間であれば辛うじてからくりが運航可能です ●領内主要人物 ナーマ・スレイダン 故人。初代ナーマ領領主。元大商人。極貧層出身。係累無し。性格最悪能力優 アマル・ナーマ・スレイダン 第二代ナーマ領領主。人格未成熟。内部の権力は完全に掌握中 ●ナーマ領域内地図 調査可能対象地図。1文字縦横5km 砂砂砂砂 砂漠漠漠漠砂 砂。砂漠。危険度不明。しばらく好天が続く見込 砂漠穴漠漠砂 道。道有り。砂漠。比較的安全 砂漠漠都漠砂 穴。洞窟の入り口有り。砂漠。安全。未探査砂漠のアヤカシから狙われています 砂砂漠道漠砂 都。城塞都市あり。砂漠。安全 砂漠道漠 漠。砂漠。敵情報微量有。比較的安全 ●鉱山側面図 ○○入 ○ 穴 ○ 穴 未荒○○○○○○○採調 空白部分は地下の通行不可能な場所か地上 穴:空気穴。人は通れません 入:入り口 ○:洞窟 採:作業員が採掘を行う地点です 未:落石、崩落等の危険有り。探査に時間がかかり、アヤカシ出現時、急ぎの作業時はさらに危険度増大 調:調査中の地点です。アヤカシの気配はありませんが、補強工事抜きでの侵入は危険なため、時間がかかります ●交渉可能勢力一覧 王宮 援助等を要請するとナーマの威信が低下し評価が下がります 定住民系大商家 継続的な取引有。大規模案件提案の際は要時間 ナーマ周辺零細部族群 ナーマに対し好意的中立。ナーマへ出稼ぎを非公式に多数派遣中 東隣小規模都市 ナーマと敵対的中立。外部から援助され経済回復。外部から訪れた者に対する身元調査を行っています 上記勢力を援護する地域外勢力 最低でもナーマの数倍の経済力有。ナーマに対する影響力行使は裏表含めて一切行っていないため、ナーマ側から手を出すと評判に重大な悪影響が発生する見込 ●交渉不能勢力一覧 西隣弱小遊牧民 状況不明。情報機関は悪化中と予想 南隣零細勢力 同上 北隣小規模都市 東からの援助により壊滅状態から復興中。来年初頭には東に編入される見込 |
■参加者一覧
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
メグレズ・ファウンテン(ia9696)
25歳・女・サ
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
将門(ib1770)
25歳・男・サ
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
鳳珠(ib3369)
14歳・女・巫
エラト(ib5623)
17歳・女・吟
アナス・ディアズイ(ib5668)
16歳・女・騎
嶽御前(ib7951)
16歳・女・巫
カルフ(ib9316)
23歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ナーマ領西部奪還作戦、鎮西。 アヤカシの撃退ではなく、ナーマ西方からのアヤカシ排除を目的とする大胆きわまりない作戦だ。 参加戦力は開拓者8人とその朋友。 個々の戦力では優位あるいは圧倒的優位にあるものの、敵の数は多く、敵が潜む土地は広大で、常識的に考えれば成功するはずのない作戦だ。 「これまでの戦いで敵戦力についての情報は集まった。上空からではあるが地形の情報も十分にある。その上しばらくは好天が続くらしい」 作戦開始前、立案者である将門(ib1770)は淡々とした口調で、城塞都市ナーマ軍事部門の人間達に説明を行っていた。 「良い機会だ。今回、西部のアヤカシを掃討する。ナーマと鉱山に残る戦力は前回より少ないが、貴官等なら守り抜けると信じる。以上だ」 会議室を見渡すと、大量の向こう傷を持つジンが、真新しい武具に身を固めたからくりが、戦傷で一線を引きはしたが指揮という形で現場を支える男達が一斉に敬礼する。 将門は無言で答礼し、作戦前最後の会議の終了と作戦の開始を告げるのだった。 ●ナーマ北西部 砂色をした鬼達が見事な陣形を組み、石で出来た槍を突き出し攻めかかる。 突撃の最中も穂先は乱れず、騎馬では逃れようのない槍衾が朋友ごと開拓者を貫き、沙漠の塵に変えるはずだった。 メグレズ・ファウンテン(ia9696)は敵を引きつけるためにあえて低空にとどまり、並のアヤカシでは抵抗しようのない精神呪縛の技で己に注意を引きつける。 アヤカシの陣が徐々に崩れていく。が、決して崩壊には至らない。密集した大型槍が持国とメグレズを真っ直ぐにめざし、貫こうとする。 空の太陽と砂による強烈な照り返しが色あせるほど強い光が弾ける。 メグレズが盾で穂先を弾き、受け止め、破壊するたびに障壁が展開され、それが連続していく。 持国が歯を噛みしめ、闘志と怒りに満ちた熱い息をもらす。主が止めないのを確認し、持国は精霊の力と己の力を混ぜ合わせ、龍鱗という装甲を強化し敵陣に飛び込んでいく。 メグレズが振るう神槍はひと突きごとにアヤカシを滅ぼし、隊列に穴を開ける。 後列のアヤカシは即座に前に出て陣の穴を埋め、メグレズに何度防がれようと攻撃を続けていく。 未だ一つも傷を受けていないとはいえ、アヤカシの猛攻を防ぐたびに疲労がたまっていく。技で動きを補ってはいても限度がある。そろそろ負傷する頃かと内心覚悟を決めたとき、メグレズは背後から高速で近づいていく気配に気づいた。 「あれは…」 隙と見たアヤカシ部隊が一斉に槍を突き出す。 メグレズは、致命的な一撃のみ盾で防ぎ、残りは己の槍で打ち払うことなくかわし、鎧で受け止める。 そして、防御に使用しなかった神槍を静かに手から離す。 音は無くても籠もった力は極大であり、音を越えかねない速度でアヤカシの陣を突破し、後衛において指揮をとっていた大柄のアヤカシを撃ち抜く。 指揮官は最期の力を振り絞り、武器を失ったメグレズに止めを刺すよう命令を下す。 が、メグレズが天に手を伸ばすと槍が指揮官の腹から抜け、時が逆にまわったかのような動きで手のひらに戻ってしまう。 「エラト殿! 別の部隊が動いている可能性がある。サクル殿に合流して欲しい」 指揮官を倒した以上アヤカシが統制を取り戻すことはないだろうが、個々の戦闘力に変化はない。メグレズは先程以上の激闘を繰り広げながら、この部隊と接触する前に発見した別の敵の始末をエラト(ib5623)に頼む。 「承知しました」 鷲獅鳥が90度ほど進路を変更し、エラトを新たな戦場に連れて行く。 奏の動きは力強く、同時に滑らかだった。 しかし翼の動きが一瞬だけ鈍り、エラトを激しく上下に揺らしてしまう。これまでの強行軍が祟っているのか、エラトは奥歯を噛みしめて疲労と苦痛に堪えるしかなかった。 アヤカシの部隊との遭遇はこれで3回目。単独あるいは複数のアヤカシとの遭遇戦を含めると10回以上の戦いを繰り返している。 風と熱への対策は行っているとはいえ、開拓者達の精神力と体力が極めて強靱だとはいえ、消耗は避けられなかった。 「エラトさん! 進路はそのままで。途中で見失いましたがその進路上に隠れているはずです」 メグレズから離れた場所で遠距離の索敵を行っていたサクルは、それだけ伝えると走龍と共に走り去る。 アヤカシが複数の集団に分かれて動き回り、あるいは隠れているため、開拓者側も複数に分かれて追撃せざるを得ないのだ。 エラトは、巫女の使う索敵用結界は使えない。空中を移動するため砂漠の表面の詳細な部分までは確認できない。 「奏」 鷲獅鳥が視線と進路を変えないまま、一瞬だけ背中に力を入れることで応える。 何食わぬ顔でリュートを手に取り、エラトは強く、一度だけ弦を弾いた。 空気以外のものを揺らす音が広がり、宙に薄く広がっていた精霊が蠢動する。同時に、エラトを中心とする半径数十メートルの地表から、十以上の砂煙が噴き上がる。 エラトの鋭敏な感覚には、砂煙の中に含まれている瘴気をはっきりと捉えることができていた。 サクルの索敵から逃れるために砂中に隠れたアヤカシ達ではあったが、急いでいたためわずかではあるが痕跡を残していた。その痕跡にエラトが気付き、必ず直撃する絶技を用いて痛撃を浴びせたのだ。 「引き寄せを」 エラトの指示に中書令がうなずき、砂煙が上がった場所を中心に駿龍を駆って旋回しつつ、敢えて地面に接近する。すると砂中から巨大な上半身が複数現れ、攻城兵器級の拳を振り下ろして朋友ごと粉砕しようとする。 速度を活かし、中書令は危なげなく回避する。 とはいえこのまま接近戦をすればいつかは捕まる。 エラトは中書令がアヤカシの注意を引きつけている間に、ナーマから支給された練力回復剤を嚥下する。今日だけで3錠目の薬は強い吐き気をもたらしてくるが、今は耐えるしかない。 「いきます」 中書令と入れ替わりに前に出て、再びリュートを鳴らす。 高い場所に響く妙なる音は、膨大な練力消費と引き替えにアヤカシの肉ではなく存在そのものを打ち砕くのであった。 ●ナーマ領南西部。深夜 空から壮絶にして壮大な術を降らし、大気に薄く広がる瘴気を練力に変換しつつ戦う宿奈芳純。 数日の間大きな戦果を上げ続けた彼は、小型天幕の中に入ると同時にその場に膝をついていた。 「水です。ゆっくりと飲んでください。罔象さん」 仮眠と呼ぶには短すぎる眠りから覚めた罔象が、タオルで顔を拭きながら天幕の外へ飛び出していく。 十数秒後轟音が響くと、鳳珠(ib3369)の展開中の結界からアヤカシの反応が消えた。 鳳珠は再び罔象を招き入れると、松明を手に天幕を出て、天幕周辺の警備を開始する。 務の吐く息は白く、鳳珠の瞼は重い。 索敵と治療を担ってきた鳳珠ではあるが、疲労の度合いは前線で戦い抜いた者達と同等かそれ以上だ。広大な砂漠でアヤカシを追い立てる作戦は苛酷という表現では足りないほど困難で、開拓者も朋友も疲れ果て、決して浅くない傷を負っている。その半分、北から南に攻め込む者達を支え続けているのが鳳珠であり、とうに練力は底を尽き、大量の回復剤の服用でなんとか持ち堪えているのが現状だった。 「っ」 いきなり務が駆け出す。 鳳珠は一瞬自失し、務が小鬼を跳ね飛ばしたとき、ようやく結界にアヤカシの反応があったことに気づく。 反応は跳ね飛ばされ消えつつある小鬼だけではない。 薄ぼんやりとした不定形の、おそらくは小鬼かそれ以下の強さしか持たないアヤカシが、天幕の包囲を完成しつつあった。 鳳珠は務と共に急接近し、術の増幅器としては極めて有用な魔杖を棍棒として振るい1つ1つかき消していく。 「敵襲です。撃退は可能ですが念のため1人は起きていてください!」 開拓者の消耗は、極限に達しつつあった。 ●西における最期の逆襲 猫の頭を持つ、馬かそれ以上の体格を持つ蠍が逃げ惑い、やがて追い詰められて背後に向き直る。 追ってきたのは走龍を駆る将門だ。 救清綱と毒針が交錯し、猫の頭が斬り飛ばされ、毒針が将門の頬を浅くかすめる。 「っ」 普段なら、少なくとも安全地帯までは持ち堪えられただろう。 睡眠不足と過労と負傷に襲われている現状では、無理だった。 大型犬サイズの蠍と、馬サイズの蠍と、異形の蠍型アヤカシが、一塊となって前方から押し寄せてくる。 将門は冷静さを保ち、救清綱を構えたまま位置を変えていく。戦っても逃げても生き延びられる可能性は7割程度。そう冷静に計算し、少しでも確率をあげるため、少しでも早く倒すため走龍に前進を命じようとした。 「一度後退してください。…毒も? では傷の治療はしておきますから鳳珠さんと合流を」 アヤカシを挟んで将門の前方から、高速で霊騎を駆る嶽御前(ib7951)が現れる。 嶽御前は遠距離対応の癒しの術を発動させつつ手際よく指示を出し、反論を許さず将門を下がらせる。 蠍と蠍もどきが、嶽御前を狙うか将門を狙うか迷い、結果として将門を逃がしてしまう。 「終わりが見えましたね」 天に後退を命じた上で、前衛系開拓者が最前線で使うような本格的な盾を構え、物理的な性能も重視された霊刀の切っ先をアヤカシに向ける。 将門を諦めた蠍たちが嶽御前の前と左右から一斉に襲いかかろうとし、後退する嶽御前を追い切れず2体だけが鋏を伸ばすことで辛うじて攻撃に成功しかかる。 術に比べれば慣れてないとはいえ、不十分な体勢からの一撃程度、余裕をもって盾で受け、刃で反撃することさえできた。 嶽御前が自らを癒しつつ蠍アヤカシ達を防いでいると、将門が後退した方向から数人、嶽御前が後退していく先からも数人開拓者達が現れる。どうやら、ここ以外の全てでアヤカシの掃討が終了したらしい。 「残りは東南北、ですか」 展開した障壁で毒針を受け止め、天と息を合わせて押し返し、蠍をその場で半回転させる。 疲労の極にある開拓者達によりナーマ西部のアヤカシが駆逐されたのは、それから数分後のことであった。 ●鉱山直上防衛戦 飛空船は着陸直前に急上昇しかけ、離発着用施設を囲う防壁にぶつかる直前で停止する。 甲板上で数人のからくりが慌ただしく駆け回り、舷側から飛び降りたヤリーロがケースからアーマーを展開し、下から飛空船の状態確認を行っていく。 幸運なことに目立った損傷はなかった。 ヤリーロはアーマーの中で安堵すると、からくり達と共同し縄を使って飛空船をその場に固定し、飛空船から下ろされた器具を使い整備を開始する。 甲板上のからくり達が航行の一応成功を喜び互いにハイタッチをしたそのとき、重々しい音が鉱山直上施設群に響き渡った。 「新種のアヤカシ…いえ、がしゃどくろですか」 駿龍と共に上空から警戒中だったカルフ(ib9316)が、急降下しながら小声でつぶやく。 地上を揺らしているのは、人間の数倍は大きな骸骨だ。 手に持つのはその体格に見合った大きさの棍棒で、力任せに施設の壁に叩きつけている。カルフを含めた強力な術師複数が建てた石壁の組み合わせは強靱で、柔な城壁なら穴が開きそうな一撃をくらってもびくともしない。 もっとも、防壁は頑丈ではあるが当然のことながら限界が存在する。体格以上の力を持つアヤカシは、繰り返しの攻撃により石壁を破壊することに成功し、地下へと通じる洞窟へ一気に迫ろうとした。 がしゃどくろが穴の空いた防壁を越え、全力で駆け出してから丁度2秒後。 横から絶妙のタイミングで踝を打たれ、顔面からむき出しの岩盤に倒れ込み、乾いた頭蓋骨をすり下ろしながら真横に滑っていった。 「飛空船は無理に離陸せずその場で防衛! 作業員の皆さんは作業を中断し入り口にバリケードを組んでください!」 アナス・ディアズイ(ib5668)が構える逆五角の盾は、超大重量物との衝撃の激しさを物語るように、未だ強い光を発している。 がしゃどくろが意外なほどの身軽さを発揮して起き上がり、地面の岩盤すれすれに、真横に大根棒を振るう。 アヤカシと比べると大人と子供どころか巨人と子供ほどの体格差があるにも関わらず、アナスは全身から膨大な量のオーラを噴出させ、己の力を最大限に高めた上で棍棒を盾で受け止め、上方に跳ね上げた。 「援護します」 克が下に向かい強烈な炎を吐き、カルフが回避しようのない広範囲の吹雪をアヤカシの頭に叩きつける。 残念ながら炎はほとんどアヤカシに影響を与えなかった。 吹雪は頭蓋骨から肩胛骨まで多くの骨を凍らせ、細かくはあっても多数の深い傷を負わせる。 だが骨は大きく数も多く、がしゃどくろは細部を破壊されて動きは鈍りはするものの力は変わらず、その重量を活かしてアナスを盾ごと押しつぶそうと前のめりに突撃する。 アナスは、威力はあっても狙いの甘い攻撃は素早い移動で回避し、威力は弱くても鋭い攻撃は盾で的確に受け流していく。 一呼吸するたびに精神がやすりで削られるような戦いは長時間続き、やがて、唐突に破綻の音が響き強制的に中断される。 一際強い障壁を展開した盾で巨大な拳を受け止めたとき、がしゃどくろの手首に無数の切れが生じ、それが全身に広がっていく。 カルフが最後に残った練力を使い吹雪を真下に向けると、おそらくは数百年にわたりこの地に潜んでいたであろうアヤカシは、指向性を持たないただの瘴気に戻り、沙漠の中に消えていくのだった。 「鉱山内部の安全確認に向かいます」 アナスは荒い息をなんとか整えながら、カルフに目礼してから洞窟に戻っていく。警戒する必要があるのは外だけではない。沙漠に比べれば極小とはいえ街中ですらアヤカシが発生する可能性があり、当然地下の鉱山にも発生しうる。 実際、一度だけではあるが不定形の小型アヤカシが見つかり、アナスによって処理されているのだ。朋友と共に鉱石を運ぶ仕事もあるため、休むのははるか先になりそうだった。 「作り直しですね」 疲労で滞空も難しくなった克を日陰に下ろしてから、カルフは重量級アヤカシによって荒らされた防御施設に向かう。話は変わるが、損傷の半分程度は飛空船甲板からの援護射撃の流れ弾が原因だ。 カルフは聖符水を手に現場に向かい、気合いと練力を込めて石壁を設置し直していくのだった。 ●甘い香りと灼熱 朽葉・生(ib2229)が各分野の職人と共に作業を開始して数日が経過した。 防諜のため宮殿奥に設置された研修室からは常に甘い香りが流れ出し、風向きによっては遠く離れた居住区まで届くこともあった。 「炭は確認できません」 実に十数度目の実験で精製された甜菜砂糖からは、石灰の臭いも炭の臭いも感じられない。 「味は…」 特殊な形状の鉄製器具を金槌1本で作成し、実験のたびに改修、新造を繰り返していた職人が一さじ口に含む。 続いて生も味見をし、両者同時に眉を動かす。 「味が」 「しませんね」 長時間甘い匂いの中で実験を繰り返した結果、甘みを感じる機能が麻痺しているらしい。 「はいはいはい! 味見役に立候補しまっ」 報告のため宮殿を訪れたらしいからくりが顔を出し、しかしすぐに連れ出される。 「うちのもんが失礼しました。説教の後で改めて謝罪に伺いますんで、都合の良い日時を指定むしてくだせぇ」 実験室で何が行われているか分かっているらしい軍事部門の男は、清潔な布で己の口を覆ったまま、部屋に入ろうとはせず何度も頭を下げる。その背後では、生の朋友が警護の名目でのんびりと休んでいる。 生が気にしないよう伝えると、頭が床につきかねない深さの礼をしてから完全に退室していった。 しばらくして、盛大に落ちる雷がかすかに聞こえて来る。 それから数時間後。結局最初に志願したからくりが味見をして、満面の笑みを浮かべていた。どうやら甜菜の砂糖への加工は成功したらしい。少なくとも味の面では。 「問題は加工に必要な費用ですね」 実験をもとに見積もりを作成した官僚が頭を抱えていた。 「副産物を飼料にすることで補えませんか」 「はい、補ってこの試算になります。軽量高価値の輸出用商品として期待は持てますが、設備の維持に燃料費、人件費も考えますと」 未加工の甜菜を輸出するよりは利益が見込める。 しかし高値で売れなかった場合の損も、未加工のときより大きくなる。 「一歩前進と思いましょう」 「ええ」 生と官僚は視線をかわし、重いため息をつくのであった。 ●領主執務室 「感状」 ナーマ領領主、アマル・ナーマ・スレイダンは、玲璃(ia1114)の言葉を聞いて目を瞬かせた。 「待遇の改善だけでは足りないと」 「ええ」 玲璃(ia1114)は静かにうなずき、詳しく説明することにした。 「自分を肯定したい、自分の証を示したいという欲求は誰もが持っています。あなたは感状という形式を虚飾と認識しているかもしれませんが、その虚飾が欲求を刺激し、人を動かす事もあるかと思います」 待遇の上昇で評価と伝えるつもりであったアマルは、目の動きだけで続きを促す。 「もちろん甘い顔をすればつけあがるという懸念も否定しません。賞罰を厳正に保つ上で、与えるべきか否か、与える量の匙加減等は官僚達も交え決めるのは如何でしょう」 アマルは玲璃を信用している。 既に人事異動について細部まで計画を立て終えていることも、玲璃は気づいているはずだ。 ならば官僚達にも関わらせるのは何故か。 部下に能力を磨く場を与えなければ、私の能力では足りなくなった場合にナーマが機能不全に陥る、ということですか。 結論に至り、アマルは無言のまま同意し、玲璃に対する評価をもう一段階上昇させる。 一方の玲璃は、アマルの内心をほぼ正しく推測して内心眉をしかめていた。 上司や複数分野の専門家に失敗のたびに怒られ欠点を修正される12人のアヤカシとは異なり、アマルはわずかな手がかりから膨大な情報を引き出し、現実を思うとおりに動かす術を身につけている。 普段行っている戦闘訓練の密度が異なるため個人戦闘能力は12人の最下位にも劣るが、他の分野の能力は比較するのが躊躇われるほど隔絶している。ただし、内面に関しては未熟を通り越している。 「根を詰めすぎないように注意してください」 玲璃は内心後ろ髪を引かれながら、致命的な弱点を持つからくりの相手をもふらさまに任せ、自分は医療関係者の面倒を見るために現場に向かうのだった。 ●小さな心 ロスヴァイセが演習終了後にからくり達に慕われ、纏わり付かれている頃、主人であるアレーナ・オレアリス(ib0405)は寝台に寝転んでいた。 怠けている訳でも休んでいる訳でもない。 ある意味で鎮西作戦に匹敵する難事業に挑んでいる最中なのだ。 アレーナの横では薄い寝間着姿のアマルが目を閉じ、声にならないうめきを上げながら何度目か分からない寝返りを打っている。 全身が不規則に震え、救いを求めるかのように手が差し出される。 アレーナがそっと手を差し出すと、壊れ物を扱うときのような慎重な、長年恋い焦がれたものにようやく触れるかのような動きで、互いの体温が辛うじて感じられる距離まで近づき、アマルの手が止まる。 「アマル…」 これでも、最初に比べるとまともになったのだ。 痛みを感じることもできずに痛みに苛まれ、眠りの園で心身と正気を少しずつ削られていく。それが、寝台でのアマルであった。 アレーナは触れ合いと歌を通し、連日連夜少しずつアマルとの心の距離を縮めてきた。 そして今日、ようやく、無意識ではあるもののアマルから助けを求められたのだ。 「先代、あなたはどこまで」 怒りは覚えない。 ただ、悲しかった。 アレーナはアマルの手を取り逆の腕で背中を撫でてやりながら、愛し子に対するように子守唄を口ずさむのだった。 |