【城】綱渡りは続く
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: やや難
参加人数: 10人
サポート: 4人
リプレイ完成日時: 2012/10/29 22:52



■オープニング本文

●ジン達の場合
 天儀製の小型飛行船が空を駆ける。
 鳥形のアヤカシが何度も襲ってくるものの、進路を変えないまま甲板から射撃を行い軽々と撃退する。
 1時間ほど城塞都市ナーマの上空を警戒してから無事着陸し、試験飛行の成功を祝う住人達に取り囲まれるまでは良かったのだが…。
 ジン達のほとんどが重度の船酔いに襲われてしまい、翌日まで寝込むことになってしまったという。

●からくり達の場合
 ジン達が飛空船に対するトラウマを得た数日後、非番のからくり達がナーマに停泊中の雇われ船長の協力を得て戦闘用小型船に乗り込んだ。
 が、離陸直後に急な方向変更をするわ宝珠の扱いを間違うわで、最終的には近くの建物に飛空船ごと突撃をしかけかけたという。
「北はどっち〜?」
「底がこすれる、こすれてるからっ」
 以上が、頑張っていたからくり達の事故時の言動である。

●実用化失敗
「飛空船の損傷は軽微であり、外見以外の問題は一切ありません」
 まじめくさった顔で領主に報告する官僚の顔色は、控えめに表現しても非常に悪かった。新品の超高額兵器に傷がついたのだから仕方がないかもしれない。
「関係者には養生するよう伝えるように」
 そう言って恐縮する官僚を下がらせてから、領主は重い息を吐く。
 成果を出し続ける開拓者に対し、ナーマのみで行った事業はあまりうまくいっていないのだ。
「一時的に輸送業務につかせるべき? でももし壊したら修理費が…」
 領主の悩みはつきない。


●依頼票
 仕事の内容は城塞都市ナーマの経営補助
 依頼期間中、1つの地方における全ての権限と領主の全資産の扱いを任される。
 領主から自由な行動を期待されており、大きな問題が出そうな場合に限り領主が補佐することになる。

●城塞都市ナーマの概要
 人口:普 零細部族から派遣されて来た者を除くと微になります
 環境:普 ごみ処理実行中。水豊富。空間に空き有
 治安:普 厳正な法と賄賂の通用しない警備隊が正常に機能中
 防衛:良 都市の規模からすれば十分な城壁と守備戦力が存在
 戦力:普 ジン数名とからくり12人を城壁外に展開可能。戦闘用飛空船込みの評価です
 農業:良 城壁内に開墾余地無し。麦、豆類、甜菜が主。大量の水と肥料と二毛作を駆使しています。牧畜有
 収入:普 周辺地域との売買は極めて低調。交易は小型飛行船を使用した遠方との取引が主
 評判:普 好評価:人類領域の奪還者。地域内覇権に最も近い勢力 悪評:伝統への挑戦者
 資金:微 前回と比べて微減。からくり12人の代金(1段階分)はまだ支払っていません(年末時点で未払いだとペナルティ有
 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。1つ以上の項目が滅になると都市が滅亡します

●都市側から
資金が不足しています。要注意!

●資金消費無しで実行可能な行動例
砂漠への遠征 危険。非実行回は探索済み領域が縮小
ある行動を行った際の必要資金と必要期間の予測
対外交渉準備 都市周辺勢力との交渉の為の知識とノウハウを自習します。選択時は都市内の行動のみ可能。複数回必要

●資金投入が必要な行動一覧
鉱山運営に都市住民を100人単位で動員○ 鉱山予定地周辺のアヤカシが減ったためコスト減少。今回実行すると次回操業開始※
都市、鉱山間を結ぶ道をつくります○ 最低限一ヶ月間必要※
軍備購入×
飛空船関連事業×
戦闘用小型飛行船乗組員養成×
都市内勢力の1つの規模拡張×
城壁大拡張開始× 完全実行時資金が一段階低下。安全に耕作できる面積を現状の数割増しに増加。1月程度外壁が機能停止
×現在実行不可 △困難 ○実行可 ※実行時に資金が無まで低下します。複数実行した場合滅まで低下します

●都市内組織
官僚団 内政1名。情報1名。他3名。事務員有
教育中 医者候補2名、官僚見習い2名
情報機関 情報機関協力員約十名
警備隊 約百名。都市内治安維持を担当
ジン隊 初心者開拓者相当のジン7名。対アヤカシ戦特化。都市で待機および訓練中
農業技術者集団 学者級の能力のある者を含む3家族。農業指導から品種改良まで担当
職人集団 地方都市にしては高熟練度。技術の高い者ほど需要が高く、別の仕事を受け持たせるのは困難
現場監督団 職人集団と一部重複
からくり 同型12体。見た目良好。駆け出し官僚見習兼見習軍人。暇
守備隊 常勤は負傷で引退したジン数名のみ。城壁での防戦の訓練のみを受けた220名の銃兵を招集可。招集時資金消費収入一時低下。損害発生時収入低下

●住民
元作業員が大部分。現在は9割農民。正規住民の地位を与えられたため帰属意識は高く防衛戦等に自発的に参加する者が多い。元流民が多いため全体的に技能は低め

●雇用組織
小型飛行船 船員有。都市外で行商中

●都市内情勢
甜菜栽培中。秋頃収穫見込
麦二毛作の実験中。継続可能か等判明するのは早くて晩秋
妊婦の数が増加中
身元の確かなものが余暇を使い水源周辺清掃と祭祀見習いを担当

●軍備
非志体持ち仕様銃600丁。志体持ち用魔槍砲10。弾薬は大規模防衛戦2回分。迎撃や訓練で少量ずつ弾薬消費中
重装甲航続距離短型小型飛行船。専属乗員無

●領内主要人物
ナーマ・スレイダン 故人。初代ナーマ領領主。元大商人。極貧層出身。係累無し。性格最悪能力優
アマル・ナーマ・スレイダン 第二代ナーマ領領主。人格未成熟。内部の権力は完全に掌握中

●ナーマ領域内地図
調査可能対象地図。1文字縦横5km
 砂砂砂砂
砂漠漠漠漠砂 砂。砂漠。危険度不明
砂漠穴漠漠砂 道。道有り。砂漠。比較的安全
砂漠漠都漠砂 穴。洞窟の入り口有り。砂漠。安全。未探査砂漠のアヤカシから狙われています
砂砂漠道漠砂 都。城塞都市あり。砂漠。安全
 砂漠道漠  漠。砂漠。敵情報微量有。比較的安全

●鉱山側面図 右が城塞都市側
   ○○○入
   ○    穴
   ○    穴
未荒○○○○○○○採採未

空白部分は地下の通行不可能な場所か地上
穴:空気穴。人は通れません
入:入り口
○:洞窟
採:採掘が可能
未:調査不十分。落石、崩落等の危険有り。探査に時間がかかり、緊急時は危険度増大

●交渉可能勢力一覧
王宮 援助等を要請するとナーマの威信が低下し評価が下がります
定住民系大商家 継続的な取引有。大規模案件提案の際は要時間
ナーマ周辺零細部族群 ナーマに対し好意的中立。ナーマへ出稼ぎを非公式に多数派遣中
東隣小規模都市 ナーマと敵対的中立。外部から援助され経済回復。外部から訪れた者に対する身元調査を行っています
上記勢力を援護する地域外勢力 最低でもナーマの数倍の経済力有。ナーマに対する影響力行使は裏表含めて一切行っていないため、ナーマ側から手を出すと評判に重大な悪影響が発生する見込

●交渉不能勢力一覧
西隣弱小遊牧民 状況不明。情報機関は悪化中と予想
南隣零細勢力 同上
北隣小規模都市 東からの援助により壊滅状態から復興中。来年初頭には東に編入される見込


■参加者一覧
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
フレイア(ib0257
28歳・女・魔
アレーナ・オレアリス(ib0405
25歳・女・騎
将門(ib1770
25歳・男・サ
鳳珠(ib3369
14歳・女・巫
アナス・ディアズイ(ib5668
16歳・女・騎
フルト・ブランド(ib6122
29歳・男・砲
アルバルク(ib6635
38歳・男・砂
嶽御前(ib7951
16歳・女・巫


■リプレイ本文

●飛空船とからくり
「はいセンパイ! 右に60度進路変更して、巡航速度で20分飛ばせばおうちに帰れます!」
 砂漠上空で停止中の飛空船の甲板で、褒めて褒めてと言いたげな顔でからくりは回答する。
 それに対し、飛空船乗組員としての見本を見せていたヴァナディースは、もう少し頑張りましょう、と朱書された札を取り出しナーマのからくりに手渡すのであった。
「うわーんっ」
「次あたしが回答します!」
 他の11人のからくりが騒ぎ出す。
 が、ヴァナディースの主人であるフレイア(ib0257)が軽く手を叩くと、慌てて私語を止め甲板上で整列する。
「皆さん。元気なのは大変結構です」
 日差し避けの分厚い装備の上からでも分かる、見事に均整のとれた肢体とそれ以上に磨き抜かれた淑女としての態度。
 情操教育に関しては成功したらしい12人のからくり達は、フレイアに畏怖して借りてきた猫のように大人しくしていた。
「好天候時に迷うようでは船を任せることはできません」
 しゅんと顔を伏せるからくりに厳しくも優しい目を向けてから、隣の船長役のからくりに視線を移す。
「部下を補い助けるのも仕事のうちです。水夫役の子が暇そうにしていたでしょう。この場合はフォローに向かわせるべきでした」
 船長、平、航海士、操舵手、機関手に、次々に問題点を指摘していく。
「これにて演習前半は終了。後半は第2班単独でナーマ城門前まで戻ります。第1班は静粛にして第2班を見学しなさい。見て、自分ならどう動くかか、どの動きが何を目指しているか常に考えなさい」
「はいっ」
 12人のからくり達は、今日も元気に己を磨いていた。

●飛空船とジン
「えー、てめーらにはこれから船にのりこんでもらいます」
 小さな胸を力強く張って、羽妖精のリプスがナーマ守備隊所属のジン達の前で訓辞を垂れていた。
「具体的にはからくりのおねーちゃん達が運転する船に…」
 城門近くで降下中の飛空船が何度か不自然に揺れ、舷側を城壁に叩きつける直前で辛うじて停止する。牧草地でアヤカシへの警戒と牧童の護衛を行っていた中書令が、周囲の人間を落ち着かせるのに苦労しているのがちらりと見えた。
「船に、慣れるまでのりこんでもらいますっ」
 鬼軍曹風にふてぶてしく笑うリプスを目にしたジン達は、神妙な顔で遺書を書きたい旨を申し出るのであった。

●離陸する飛空船
 ジン達を実際に船に乗せて、その船酔いの深刻さを己の目と鼻で確認してしまったアルバルク(ib6635)は、雇われ飛空船船長と共に6人のからくりが操縦する船に乗り込んでいた。
「で、どうよ」
「晴天時の沿岸航海ならなんとか、というところですね」
 飛空船乗りとしても経営者としても特に優れている訳ではないが、能力的には一人前の船長が即座に断言する。
「あんたが乗り込んでいても駄目か」
「経験の無さを効率的な教育と役割分担と身体能力で補ってるだけですからねぇ。空でアヤカシに襲われたらお仕舞いで…いや、ああ、すみません訂正します」
 からくり達が砂漠での実戦を経験していることを思い出し、船長は頭を下げて意見をひるがえす。
「いざとなれば砂漠に着陸していいなら私無しでもいけますよ。操船するって言っても都市と鉱山の間だけでしょう? それなら予め念入りに指示しておけば大丈夫です。フレイア様にしっかり仕込んでもらったようですし、旦那のやり方で問題なくいけるはずです」
「そうなりゃぁいいんだが」
 無言でガッツポーズをとるからくり達に、どうしても不安を感じてしまうアルバルクであった。

●翌日。砂漠の深部
 開拓者が砂漠に足を踏み入れたとき、空気が変わった。
 乾いた熱い風の中に、敵意と憎悪、そして少量の怯えが混じってくる。
 ここはアル=カマルの一地方、ナーマ領の砂漠。
 数え切れない回数開拓者に打ち破られたアヤカシ達は、恐れと戦術を獲得しつつあった。
「右側の砂丘の影にアヤカシの反応が5つ以上。瘴気も濃いです。瘴索結界外での伏兵に注意してください」
 荷物を満載した霊騎の上で、鳳珠(ib3369)が透き通るような声で警告を発している。
「ここは我等に任せてください。この場で勝てても野営用装備を無くせばその時点で終わりになりかねませんから」
 フルト・ブランド(ib6122)はそう言い残してから、メグレズ・ファウンテンと共にアヤカシへ近づいていく。
 鳳珠の指定した場所には砂しかないように見えたが、意識を集中すると風の動きと砂漠の表面の動きが異なることに気づく。
 アヤカシに対する呪縛が籠もった声が響き渡ると、砂漠の中から少数の、しかし大型の人型砂ゴーレム複数を含む敵大戦力が現れた。
「フルトと申します。一度しかお相手できませんけれど、よろしくお願いします」
 彼我の距離から判断してアヤカシの誘因は難しいと判断し、フルトは教本に載せたくなるような素晴らしい動きで漆黒の魔槍砲を構え、己の練力と引き替えに破壊力を投射する。
 高速で直進する破壊の力は、機敏で知性のある動きをしていた小鬼を数体まとめて貫通、撃滅し、一抱え以上ある巨大な砂の胴体に命中してから霧散していく。
 フルトの一撃に耐えたサンドゴーレムは、怒りで拳を振り上げ、振り下ろし、そのときようやくフルト見失っていたことに気づく。
「やりますね。かなり頑丈です」
 芒月は主が引き金を引いた直後に高速で移動し、サンドゴーレム複数の背中が見える位置に辿り着いていた。
「しかし予想の範囲内です」
 バダドサイトで遠方を警戒中だったサクルが前線に赴き、メグレズが足止めしていたアヤカシ達の側面から効果的な一撃を加えていく。
「貫砕!」
 再度の、威力をさらに増した一撃が、複数の砂巨人を貫く。連続した猛攻に耐えきれず、アヤカシ達は静かに崩れ去るのであった。
 大量の瘴気に戻っていくアヤカシを確認していると、フルトのもとに鳳珠を乗せた霊騎が駆け寄ってくる。
 鳳珠は、いつも穏やかに微笑んでいる顔を緊張させていた。
「待避は間に合いません。この場で風をやり過ごします」
 いつの間にか日差し弱くなり、風が強くなってきている。未調査地で発生した砂嵐がこちらに向かっているのだ。
「朋友が入る大型の天幕を設置します。急いで!」
 鳳珠の指揮のもと避難所が完成したのは、竜巻が戦場跡を襲う直前であった。

●嵐が去った日の宮殿で
「鳳珠様は無事ですか」
「ええ。疲労が激しいため今日は静養してもらっていますが、明日からは復帰できるでしょう」
 玲璃(ia1114)が応えると、アマル・ナーマ・スレイダンは無表情のまま数回うなずいた。
「執務が終わり次第見舞いに向かいます」
 感情の薄い瞳が、見舞うのが鳳珠の迷惑にならないかどうかをたずねてくる。
 砂嵐の中、単独で索敵と治療を担い犠牲者無しでの生還を成し遂げた鳳珠。彼女を見舞うのは、領主として当然なすべき仕事だ。
「問題ないでしょう。戦闘は避けた方がよいとはいえ、日常生活は可能ですから」
「邪魔にならないのであれば結構」
 玲璃に対するアマルの態度は、徐々に素っ気ないものに変化している。
 しかし玲璃は落胆しない。
 この素っ気ない対応がアマルの本心であることを知っているからだ。相手が本心を出しているのなら、内面に入り込むこともできる。
「12人の教育方針についてですが」
 報告書を読んでいたアマルが、表情を浮かべないまま無慈悲な決定をくだそうとする。
 が、玲璃はやんわりと機先を制す。
「今後問題になると思われるのは住民からくり問わず失敗を恐れ萎縮してしまう事と思います」
 アマルは口を閉じ、改めて報告書に目を落とす。
 開拓者不在時の演習1回。開拓者が同乗しての演習航海2回。それによって生じた要修理箇所、実に5カ所。
 ヤリーロがわざわざアーマーまで使って修理を行ってくれたため今後も使えそうだが、開拓者がいなければ修理もできなかったかもしれない。
「船は直せますし何があっても私達で何とかします。今回皆様がご自分の意志で動かれた事は進歩だと思います」
 1分近い沈黙の後、アマルは命令をだなさないことに決めた。
「お茶にしましょう。茶請けはワッフルですよ」
 領主執務室から退室する玲璃を、アマルは無機質な瞳で見送っていた。
「ワッフルは妊婦の食事用の氷室に入れていたはずですから、取りに行くのに時間がかかるかもしれませんね。少し、お話ししませんか」
 アレーナ・オレアリス(ib0405)は、執務室周辺から完全に人払いがされているのを確認してからそう口にした。
 アマルは相変わらず感情のない瞳でアレーナをみつめてから、机の上を片付けてから部屋の隅に向かい、急に角度を変えて絨毯の上を転がっていたもふらさまを追っていく。
 それは、アレーナが今日初めて見る、アマルの感情のこもった動きであった。
「んんっ」
 軽く咳払いをしてアマルの注意を引きつけてからアレーナは頭を下げる。育児と教育分野への予算増に対する感謝だ。
「予想より高額でしたので、すこし驚きました」
 じっとからくりの目をみつめると、アマルはもふらさまを追うのを諦めてから絨毯に腰を下ろす。するともふらさの温が機敏に滑り込み、アマルの体を受け止めるた。
「都市の長期的維持管理のためには人が必要ですから」
 もふらさまを追いかけているときと比べると、ほとんど感情が感じられない。
「なるほど。維持管理といえば、ときどき休養のことを整備と言われますよね。できれば避けた方が良いと…」
 アレーナは世間話に興じつつ、アマルの言葉と動作から、その内心を把握すべく聞き取りを行うのであった。

●決断
 玲璃が戻り、3人で静かに茶を喫していたとき、砂漠に出向いていたはずの将門(ib1770)が早足で執務室に入ってくる。
 将門の後ろには書類綴りを抱えたからくり、焔が立っている。
 焔は主である将門に常に付き従うことを望んでいたが、鉱山周辺の安全確保に人員の手配や誘導説得まで行う将門には従者を戦場に連れて行く余裕はなく、焔は城塞都市内での折衝と資材集めにあたっているはずだった。
「明日の最初の便で作業員を鉱山に向かわせる。正式な命令書への署名を頼む」
 帰還後埃を落としたとはいえ風呂にも入っていない将門は、あまり清潔とはいえない状態だ。
 アマルは緊急事態が生じたのだと判断し、手元の皿にあるワッフルがもふらさまに食べられているのにも気づかず話を進めた。
「期間は」
「我々の同行時に限る」
 鉱山となる地下領域では調査が行われていて、隅々まで探索し終わった訳ではないがアヤカシの活動の痕跡は全く見つからなかった。
 地上はいつものようにアヤカシが開拓者から逃げ隠れして開拓者不在時の都市や対象を狙っているが、ルオウ(ia2445)らが固める鉱山入り口に近づくことすらできない。
 今が好機なのだ。
「鉱石の運搬は」
「空路を使う。荷運びと自衛だけならからくり達でも問題ないことが演習で確認された。念のため低空を飛ばし俺が地上から援護する」
 途中アヤカシに襲われれば全ての鉱石を投棄し、撤退させる予定だ。鉱石運搬手段としてソリや駱駝を考えていた将門ではあるが、使えることが証明されたものを放置しておく気はない。
「道に関しては」
「飛空船の使い勝手が分からないことには判断を下せん。今回は考えない」
 打てば響くような将門の言葉に深くうなずき、アマルは素早く立ち上がる。途中ワッフルを食べられてしまったことに気づいて目を瞬かせるが、犯人のもふらさまは絨毯の上で丸くなっておねむ中だ。
「出発まで同行します。書面は後で用意させますので」
「急ぐぞ」
 2人は挨拶する時間も惜しみ、ほとんど駆け出すような速度で執務室を後にした。
「アレーナさん?」
 アマルを見送ったアレーナの浮かない表情に気付き、玲璃が心配そうに声をかける。
「いえ…」
 アレーナは言葉を濁してしまう。
 アマルの精神の一部は子供以下の成熟度であり、内面に渦巻くものをはき出す手段どころか己の内面すら把握できていないこと。このままでは潰れるか歪み果てるか、いずれにせよ好ましくない人格となる可能性が高いこと。
 現状ではカウンセリングしようにもどうしようもないという状態をどう説明すべきか、アレーナは表面上は穏やかに、しかし内心頭を抱えてしまっていた。

●安全地帯
 走龍の力強い足が砂を蹴り、砂漠の上を飛ぶような速さで駆けていく。
 手綱を握るルオウは満足げに目を細めると、視界の隅に現れたアヤカシへ向かい進路を変更させ、自身は秋水清光を鞘から抜いていつでも戦えるように準備を整える。
 それから数分後、砂上を飛ぶように駆けるルオウ主従と低空を這うように移動していた怪鳥大怪鳥の群れが、真正面から交錯する。
「フロド!」
 走龍が一際強く砂漠を蹴り跳躍する。
 歪ではあるが一応鳥の形をした大怪鳥と、龍ではあるが飛ぶことのできないはずの走龍が、全く同じ高さで視線をかわす。そのとき、互いの距離は2メートルを割っていた。
 そしてそれはルオウの間合いだ。
 秋水清光の角度を少しだけ変え、ちょいと動かす。
 すると、群れの主導権を握っていた大怪鳥が、自ら首を差し出すように前進し続け、そのまま首だけでなく胴まで両断され、大地に落ちるより早く瘴気に戻り風に吹き消されていく。
 跳躍の頂点を越えたルオウと走龍は急速に怪鳥の群れから離れて行くが、一瞬で頭を仕留められたアヤカシは立ち向かう意志を失い一目散に逃げ散っていった。
「うーん」
 見事な技でアヤカシの士気を瓦解させたルオウだが、着地後非常に残念そうな顔で腕を組んでいた。
「低空ならなんとかなるけど、中空に逃げられたら届かないよなー」
 卓越した技術と経験と気合いがあっても、物理的な限界を超えることはできない。
「次は予備に弓でも持ってくるかな。射程の長い奴」
 もっとも、少しの工夫で限界が大きく広がることもまた事実。ルオウは気楽な様子で、鉱山周辺の見回りと安全確保を続けるのだった。

●鉱山入り口
 仲間が連れて来た管狐が高速で移動し風の刃でアヤカシを処理していくのを遠くから眺め、アナス・ディアズイ(ib5668)は切ないため息をついてしまっていた。
 自分が持ち込んだアーマーも決して負けていない。特にアヤカシを食い止める力に関しては自信がある。
 が、襲撃してくるアヤカシの数が少なく、発見後高速で追いすがる必要がある現状では、アナスの役割は洞窟や空気穴を守る最終防衛戦であり、実際にアヤカシと刃を交えることはほとんど無かった。それは作戦が成功した証ではあるのだが、少しだけ寂しさも感じてしまう。
「アナスさん。作業員の方達の準備が整ったようですよ」
 市女笠と外套で日差し対策をした嶽御前(ib7951)が声をかけてくる。
 アナスは礼儀正しくうなずいてから、アヤカシを滅ぼして戻って来た仲間にその場を任せ、リエータが収納されたアーマーケースを背負って嶽御前と共に地下に向かった。

●鉱山
 特に改造は施されていないが、主のため徹底的に調整された標準アーマー遠雷。個体名リエータ。
 リエータが地面と垂直に柱を立てると、近くに設置された灯りを頼りに作業員が集まり、洞窟の天井を補強する施設を組み立てていく。
 そうして徐々に安全地帯を広げていく間も周囲への警戒は怠っていない。のだが、アヤカシの襲撃どころか気配もない。
 視界に変化が乏しい洞窟内で作業をしているリエータとアナスにとっての現状最大の敵は、集中力の低下だ。アナスは恐るべき速度で工事を進めながら、単調な作業から来る眠気との厳しい戦いを強いられていた。
「熟練者10人が時間をかけてようやくできる作業がこんなに早く…。じるべりあってのは凄い国だな」
 現場監督は呆然と呟いてから、補強工事の終了を宣言する。かかった時間は事前予想の4分の1以下だ。これなら船倉を満杯にできるだけの鉱石を採掘できるだろう。
「巫女様は…」
 嶽御前が調査に向かった、さらに奥へと通じる洞窟に目を向ける。
 すると、嶽御前の背中が非ジンである現場監督の目にも見えた。
「あ、あんなに早く調査してっ」
 現場監督の顔から急速に血の気が引いていく。
 嶽御前の進み具合は亀の歩み以下ではあるが、頭上の天井の状態も、足下の状態も一切不明の状態での調査としては、非常識な水準で早い。
 地上から大穴を経て降り立った場所の近くとは異なり、ここは上も下も横も奥もすべてが自然がむき出しで、何が起こるか全く分からないのだから。
 後ろから心配されている嶽御前は、強い違和感に苛まれていた。
 アヤカシを関知するための結界には、今のところ一度も反応が無い。瘴気の流れも関知できない。
 にも関わらず、嶽御前の勘が警告を発している。
 ここに何かがある。これだけは確実だと。
 嶽御前は足を止め、額に浮かんだ汗をぬぐう。
 アヤカシが潜んでいる可能性は極めて低い。近くに人間がいるのに隠れ続けるアヤカシである可能性は0ではないが、0に近い。それに、もしアヤカシなら勘のような曖昧な感覚ですまないはずだ。
「何かが、広がっている?」
 その言葉を口にした嶽御前自身、洞窟の先に何があるか全く分かっていなかった。
 1時間後、精神的な限界が近づいていることを悟り、嶽御前はそれ以上の調査を打ち切った。
 霊騎と共に作業員現場まで戻ると、そこには天と共に何往復もしなければ地上に運び出せないほど多くの鉱石が掘り出されていた。
 その鉱石はナーマに運び込まれた直後に買い取られ、ナーマの財政を破綻から救うことになる。