|
■オープニング本文 ●誤算 城塞都市ナーマから遠く離れた王都。そこに店を構える大商会が、混乱していた。 「確認がとれました。城塞都市ナーマは最短で今月中に本格的な採掘を開始します」 ナーマの経済活動を詳細に分析することで得られた結論を耳にした大商会の首脳陣が、言葉にならないうめき声をあげる。 報告に訪れた忠実な部下を下がらせ、苛々と己の爪を噛みながら悲鳴じみた声をもらす。 「早すぎる」 ナーマにあるのは露天掘りではなく、地下深くに降りてから掘り進める型の鉱山である。彼らの予想では、奇跡が複数起きても今年中の本格採掘はあり得ないはずだった。 「引き受けざるを得まい。我らが扱わねばナーマが鉄鉱石の輸出を始めかねない」 その場合、鉱石の買い取り価格は下がりナーマの利益も減るだろう。だが商売敵に鉱石を卸された彼らは、ナーマ以上の損害を受けることになる。 「今回事前に察知できたのは不幸中の幸いですな」 ナーマの鉄鉱石の質は良くも悪くもなく、アル=カマルの金属価格に影響がでるほどの産出量もおそらくない。だが大口の取引ではあるのだ。急に輸出すると言われても対応できない。 「全く、毎回毎回常識外のことを…」 不満はあるが利もあるのでつきあわざるを得ない。彼らはひとつため息をついてから準備を始めるのだった。 ●はじめての? 「せんせー」 ナーマ領領主の側付き兼官僚見習い兼軍人なからくりの中で、最も精神的に幼い1人が挙手をする。 「ひとでがたらないところいきたいです。ちかとか」 「む…うん?」 軍事教育を担当している退役兵は、からくりが何を言っているのか理解するのに半刻ほどかかったという。 ●依頼票 仕事の内容は城塞都市ナーマの経営補助 依頼期間中、1つの地方における全ての権限と領主の全資産の扱いを任される。 領主から自由な行動を期待されており、大きな問題が出そうな場合に限り領主が補佐することになる。 ●城塞都市ナーマの概要 人口:普 零細部族から派遣されて来た者を除くと微になります 環境:普 塵・汚物の処理実行中。水豊富。空間に空き有 治安:普 厳正な法と賄賂の通用しない警備隊が正常に機能中 防衛:良 都市の規模からすれば十分な城壁と守備戦力が存在 戦力:微 城壁外へ展開可能な戦力はジン数名のみ 農業:良 城壁内に開墾余地無し。麦、豆類、甜菜が主。大量の水と肥料と二毛作を駆使しています。牧畜はじめました 収入:普 周辺地域との売買は極めて低調。交易は小型飛行船を使用した遠方との取引がメイン 評判:普 好評価:人類領域の奪還者。地域内覇権に最も近い勢力 悪評:伝統への挑戦者 資金:微 からくり12人の代金(1段階分)はまだ支払っていません(年末時点で未払いだとペナルティ有 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。1つ以上の項目が滅になると都市が滅亡します ●都市側からの要望 からくり12人が鉱山開業後の防衛任務に志願しています。志願を止めさせるか、具体的なやり方の教育と計画立案をしてやってください。城壁外に連れ出す際は必ず複数名同行してください ●資金消費無しで実行可能な行動例 からくり12人への教育 特に今回は影響大 砂漠への遠征 危険。非実行回は探索済み領域が縮小 ある行動を行った際の必要資金と必要期間の予測 対外交渉準備 都市周辺勢力との交渉の為の知識とノウハウを自習します。選択時は都市内の行動のみ可能。複数回必要 ●資金投入が必要な行動一覧 鉱山開発に都市住民を100人単位で動員○ 鉱山予定地周辺のアヤカシが減ったためコスト減少。今回実行すると次回操業開始 牧草貯蔵庫建設○ 牧草は現在空き家に詰め込んでいます。開拓者の自力建設の場合無料 軍備購入× 飛空船関連事業× 戦闘用小型飛行船乗組員養成△ 都市内勢力の1つの規模拡張△ 城壁大拡張開始× 完全実行時資金が一段階低下。安全に耕作できる面積を現状の数割増しに増加。1月程度外壁が機能停止 ×現在実行不可 △困難 ○実行可 ●都市内組織 官僚団 内政1名。情報1名。他3名。事務員有 教育中 医者候補2名、官僚見習い2名 情報機関 情報機関協力員約十名 警備隊 約百名。都市内治安維持を担当 ジン隊 初心者開拓者相当のジン7名。対アヤカシ戦特化 農業技術者集団 学者級の能力のある者を含む3家族。農業指導から品種改良まで担当 職人集団 地方都市にしては高熟練度。技術の高い者ほど需要が高く、別の仕事を受け持たせるのは困難 現場監督団 職人集団と一部重複 からくり 同型12体。戦闘訓練と初歩的な官僚教育の最中。10月半ばに最低限の教育は完了する見込 守備隊 常勤は負傷で引退したジン数名のみ。城壁での防戦の訓練のみを受けた220名の銃兵を招集可。招集時資金消費収入一時低下。損害発生時収入低下 ●住民 元作業員が大部分。現在は9割農民。正規住民の地位を与えられたため帰属意識は高く防衛戦等に自発的に参加する者が多い。元流民が多いため全体的に技能は低め ●雇用組織 小型飛行船 船員有。1週間かけて修理中 ●都市内情勢 甜菜栽培中。秋頃収穫見込 麦二毛作の実験中。継続可能か等判明するのは早くて晩秋 妊婦の数が増加中 身元の確かなものが余暇を使い水源周辺清掃と祭祀見習いを担当 ●軍備 非志体持ち仕様銃600丁。弾薬3会戦分。訓練で少量ずつ弾薬消費中 志体持ち用魔槍砲10。弾薬1会戦分 重装甲航続距離短型小型飛行船。専属乗員無 ●領内主要人物 ナーマ・スレイダン 故人。初代ナーマ領領主。元大商人。極貧層出身。係累無し。性格最悪能力優 アマル・ナーマ・スレイダン 第二代ナーマ領領主。人格未成熟。内部の権力は完全に掌握中 ●ナーマ領域内地図 調査可能対象地図。1文字縦横5km 砂砂砂砂 砂漠漠漠砂砂 砂。砂漠。危険度不明 砂漠穴漠漠砂 道。道有り。砂漠。比較的安全 砂漠漠都漠砂 穴。洞窟の入り口有り。砂漠。安全。未探査砂漠のアヤカシから狙われています 砂砂漠道漠砂 都。城塞都市あり。砂漠。安全 砂漠道漠 漠。砂漠。敵情報微量有。比較的安全 ●交渉可能勢力一覧 王宮 援助等を要請するとナーマの威信が低下し評価が下がります 定住民系大商家 継続的な取引有。大規模案件提案の際は要時間 ナーマ周辺零細部族群 ナーマに対し好意的中立。ナーマへ出稼ぎを非公式に多数派遣中 東隣小規模都市 ナーマと敵対的中立。外部から援助され経済回復。外部から訪れた者に対する身元調査を行っています 上記勢力を援護する地域外勢力 最低でもナーマの数倍の経済力有。ナーマに対する影響力行使は裏表含めて一切行っていないため、ナーマ側から手を出すと評判に重大な悪影響が発生する見込 ●交渉不能勢力一覧 西隣弱小遊牧民 状況不明。情報機関は悪化中と予想 南隣零細勢力 同上 北隣小規模都市 東からの援助により壊滅状態から復興中。数ヶ月後には東に編入される見込 |
■参加者一覧
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
フレイア(ib0257)
28歳・女・魔
将門(ib1770)
25歳・男・サ
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
鳳珠(ib3369)
14歳・女・巫
罔象(ib5429)
15歳・女・砲
エラト(ib5623)
17歳・女・吟
カルフ(ib9316)
23歳・女・魔
中書令(ib9408)
20歳・男・吟 |
■リプレイ本文 ●城塞都市ナーマの日常 「以上です」 王都からの定期便が着陸してから約1時間後。宮殿を職場とする者達用の食堂で、仕事に励む男達の姿があった。 残業をする者達のため深夜まで人がいる場所ではあるが、昼が過ぎ夕食の仕込みが始まったばかりの今はほとんど客がいない。 王都でのなかなか聞けない水準の歌と演奏が流れる店内で、王都からやってきた役人とナーマの役人が、最近の人事異動から規則の運用の変化まで機密情報ではないが無いと困る情報の交換を延々と行っていた。 王都もナーマも関係の悪化は望んでいないので、癒着にならない範囲で人材の交流は欠かせないのだ。 「珍しい曲ですな」 午後の暑気で浮かんだ汗をハンカチで拭いながら、王都から来た役人が目を閉じて演奏に集中する。 それは、人間とからくりが協力して困難を克服する物語。 からくりという聞き慣れない要素があるもののそれ以外は珍しくもない娯楽用物語だが、演奏技術も演出も滅多にお目にかかれない高水準だ。 曲が終わると役人は拍手をし、賞賛の言葉と心付けを渡すために吟遊詩人を捜し始め、ニカーブとディスターシで完全に顔を隠したエラト(ib5623)を見つけて目を瞬かせる。 「うん?」 あまりに怪しすぎて、何が起こっているか全く分からなかった。 ●困難 「なるほど。先程の曲を王都で演奏したいと」 ナーマの役人と別れ、エラト共に個室に移った王都の役人は、事情を聞いて難しい顔になった。 「王都の細々とした慣習までは分かりませんので、直接出向く前に詳しい方にお聞きしようと思いまして」 同じアル=カマルではあっても、ナーマと王都はかなり遠い。当然、文化や慣習も違いがある。王宮に直接出向いて提案や要求を行うのは危険が大きい判断したエラトは、敵になる可能性が極めて低い王都の人間に事前に相談することにしたのだ。 世慣れた役人は1分近くああでもないこうでもないと独り悩んでから、なんとか結論を出し口にする。 「私は立場上、諸侯方に差し出がましい口をきくわけにはいかないのです」 現在エラトは一時的にではあるが家老以上諸侯未満の権力を預かっている。そのためこの役人の立場では言えないことも多かった。 「ですのでこれは職務を離れた私個人の感想です。…無茶言わんでください。地方の看板背負っている方が都で動き回れば、上から下まで嬉々として介入してきて全く仕事にならないでしょう。それにあの歌、おそらく政治宣伝でもありますよね。王都での制限付きの演奏許可と引き替えにナーマへの吟遊詩人派遣と営業許可を求められることになるかもしれませんよ。それにもし受け入れたなら」 どんな人間が入り込んできてもおかしくない。その中には凄腕の吟遊詩人や密偵まで含まれているかもしれないのだ。 語り終えた役人は、青い顔をしたままコップの水を一息で飲み干す。 「上手な話の通し方に心当たりはありませんか」 ナーマの周辺地域ならこれまでに身につけた知識を活かせるのだが、王宮が関係してくるとどうにもうまくいかない。そう思ったエラトが率直にたずねると、王都の役人は高速で首を左右に振った。 「それを獲得し維持するために、数限りない勢力が時間と人材と金を使っている訳で…。心当たりはないですし仮にあっても言えませんよ」 緊急性が無い事柄なら、ナーマ内での活動により目的を果たした方が良い。中央への働きかけは高くつきすぎる危険がある。 役人は、心の底からそう思っているようだった。 ●からくりたちの教室 「私たちと人形兵にあまり違いがないように思えます」 「私が答えを述べる前に、君がそう判断した理由を聞かせてくれるかな」 黒髪、豊かな口髭のアル=カマル風紳士にしか見えない変装をした狐火(ib0233)が、穏やかにからくりに訪ね返していた。からくりへの情報提供と同時にからくりの感情を育てる目的があるので、狐火本来の鋭さは巧妙に隠し通されている。 「はい。見た目が似通った種が存在することと、使われている技術に大きな違いがないよう思われることの2点が理由です」 「なるほど。そういう解釈の仕方もあるね」 狐火はからくりの発言を肯定する形をとりつつ話を続けていく。 「でもね。からくりと人形兵には絶対的な違いがあるんだ。クリノカラカミが怒ったとき、からくりは全員時間が止まった。それに対し、よく似ているはずの人形兵には全く影響がなかった。どうしてだか分かるかい」 口調と表情を完全に制御し、生徒の考える力を引き出す教師としての態度を貫く。 分からなければ仲間と議論してごらんと促すと、教室内のからくり達は活発な議論を即座に開始する。城塞都市ナーマで受けている教育が実務的なもの中心なせいか、物理的な性能や当時の社会での使用方法についての議論が中心だ。 狐火は父兄用の席に座る現ナーマ領領主にちらりと視線を向け、おもしろみを感じて口元を緩める。狐火が見るところ、アマルの知的な能力は12人を大きく引き離しているが、精神面ではおそらく反比例して未熟だ。現在浮かべている覇気と余裕が感じられる表情も、人間の裏も表も熟知する狐火にとっては単なる仮面にしか見えない。 「はい! おそらく探知能力が人形兵より優れていたからだと思います!」 ひとりのからくりが12人を代表して、自信満々に発表した。 狐火は父性を感じさせる柔らかな笑みを浮かべてから正解を述べる。 「からくりはね。機械の神であるクリノカラカミの巫女、つまりは話し相手になれるだけの素質を持っているんだ。だからカミの影響を強く受けてしまったのかもしれないね」 クリノカラカミは高位の精霊だ。 人の隣人であるもふらさま達とは異なり、ただしく認識することは困難を極める。 だが、己を心身両面で鍛え抜いた狐火ほどのジンであれば、直接相対することで貴重な情報を引き出すこともできる。 「人間の視点から見れば、からくりはクリノカラカミの使いか精霊とも言うべき存在ともいえる。からくりが目覚める際に使われる鍵は、からくりと人だけではなくクリノカラカミも強く関わっているのだよ」 その言葉は、この場の12人のからくりにとってはカミからの伝言に等しかった。 「ということは」 発表したからくりは数十秒間考え込んでから、きらきらした目で口を開く。 「ある意味人以上なんですねっ」 その瞬間、それまで無言を通していたアマルの表情がわずかに変化する。 狐火ですら変化したと言うことしか分からないわずかな動きではあったが、長い間アマルの側に控え、今もしっかり見守っている玲璃(ia1114)はアマルの内心を正確に推測できていた。 これはおそらく、現在このからくりに芽生えかけている自尊心が適量かどうか悩んでいるのだ。 自尊心を全く持たない人材は使い勝手が悪いし、逆に他人を己の下においてしまうような人材も使えない。 アマルは、どう話を誘導すべきか考え、回答を見つけられないまま完全に混乱し身動きとれなくなってしまったのだ。 「お任せを」 玲璃はアマルにしか聞こえない声で事態の収拾にとりかかることを伝える。 もっとも狐火は正確に聞き取ってはいるが、狐火は12人のからくりが暴走しないよう宥めることを優先し、玲璃とアマルの動きには気づかないふりをしていた。 玲璃はアマルの視線を自らに誘導し、アマルに軽くうなずかせることで、アマルの意を受けて動くという体裁を整える。 「みなさん。ナーマは試行錯誤を繰り返しながら立ち上がり、今も試行錯誤を繰り返している街です。自らの祖の時代を想うのも良いですが、今私達がここにある直接的な理由を考えてみてもいいのではないでしょうか」 ナーマは初代の巨大な財力とそれを使った開拓者の活動により切り開かれ、水源と農地を抱え込んだ城塞都市となった。その過程でからくりは存在しない。現領主であるアマルもつい最近起動したばかりで、他の12人など目覚めたばかりなのだ。 「はい…」 熱狂から冷めた12人のからくり達は、憑きものが落ちたかのように大人しくして狐火の話を拝聴するのであった。 ●市街での訓練 4人1組で警戒を続けつつ前進を続けるからくり達。 市街地での演習は開始してから4時間近くが経過しており、心身の疲労から周囲に対する警戒は明らかに雑になって来ていた。 演習の敵役用たすきをかけたジン隊が空き店舗から飛び出し、2、3秒で一斉射撃用の陣を組む。 ジン隊の面々は、全員「アヤカシ役。強さは鬼相当」と朱書されたたすきを身につけていた。 4人のからくりは後続の2組計8人の同属を待つためこの場で持ちこたえるか、同属のもとまで退却するかの判断に迷ってしまう。その結果壁になることもできず、攻めかかることもできず、逃げることもできないまま、陣も組まずにただ武器を構えるという最悪の選択をしてしまう。 それに対し、整然と陣を組んだジン隊は銃弾が装填されていない銃を構え、銃口をからくり達に向ける。そして、からくりが有効な反撃を行えず十数秒が経過したところで、演習の立案者かつ責任者である将門(ib1770)から演習終了が告げられた。 「全員戦死。覚えておけ。疲労した状態でも訓練通りの動きができるようにならない限り実戦投入は許可しない」 悔しそうにうつむくからくりたちに容赦なく言葉を突きつけてから、さらに容赦なく次の指示を出す。 「演習は続行する。砂漠行軍用装備を確認後2列縦隊で次の演習場へ移動する。周囲の警戒も怠るな」 「はいっ」 からくり達が涙目になっても、将門は心を鬼にして冷然とした態度を保っていた。 ●政策微修正 からくり達が都市の中を力尽きるまで走り回っていた頃、カルフ(ib9316)の目の前で官僚達が涙を流していた。 「う、承りました」 アマルから任された判子を取り出し、城塞都市ナーマの一等地であり、建設当時から今までいまいち有効に活用されていない商業区画の転用申請書にぺたりと押す。 「これを、見せれば、作業員を動かせますので」 関係各所への命令書を書く官僚の手は、悔しさのあまり激しく震えていた。 「大丈夫ですか」 カルフが気遣うが、商業施設に大商会を誘致、あるいはナーマ産の商会に入居させようとした官僚達は、建物を牧草用倉庫として使うのは可能な限り避けたかった。 「だ、だいじょうぶです」 しかし大商会どころか個人商店すら一度も入居していない現状では、カルフの牧草用倉庫への転用案の方が理も利もあるのは確かなのだ。 カルフは少しだけ不審に思いながら、泣き声が支配する役所を出て現場に向かうのだった。 ●新たな道 城塞都市の上空を複数の駿龍と鷲獅鳥が舞い、体力を使い果たしたからくり達がもふらさまに慰められ、将門のからくりである焔が砂漠行軍用装備を100人分以上荷造りしている頃、朽葉・生(ib2229)は宮殿の中にいた。 「そろそろ鉱山に人を入れるって話を聞きましたんで、牧草地まわりの工事は今回ですませようって話になってるんですよ」 連日の激務で腹回りが細くなった現場監督の1人だけが、生の呼び出しに応えて会議室に現れていた。 とはいえ、これは生を侮っていることを意味しない。 鉱山と城塞都市を結ぶ道についての計画立案を命じられた彼は、設計者としての知識も活用して短時間で計画書の概要をまとめたのだ。 「かなりかかりますね」 「ええ」 茶を煎れて、ワッフルを摘みに黙々と飲む。 「ナーマの正門と砂漠外を結ぶ道は、通行量はあっても重くてもラクダ程度です。けど鉱石を運ぶとなれば…」 「なるほど。これだけ頑丈にしないと実用的ではないと言いたいのですね」 生の言葉に、現場監督兼設計者はためらいなくうなずく。信用されているからこそ、甘い予測を立てることはできないのだ。 「細かい数字は来週までに出せますが、全部作るのにはこれだけに専念して1月はかかりますよ。年単位でみればともかく、月単位あればソリとかラクダを使う方が安くつくんじゃないでしょうか」 資金や人的資源の大量投入で時間の短縮は可能だ。が、その場合必要な資金は増えるし都市に無理がかかる。 生は重い息を吐いてから、来週以降に結論を出すことを告げた。 ●襲撃と日常業務 砂色の体色を持つアヤカシが砂からわずかに身を起こして周囲を見回し、開拓者の姿もジンの姿もないことを確認してから鋭く命令を発する。 すると大小10近いアヤカシが砂の中から這い出し、一丸となってナーマの城壁を目指して突撃を開始した。 ナーマ側は数百から百歩の距離にまで迫られた時点で気付いて警鐘を鳴らし、城壁上の兵を集めて銃で防戦、その後危なくなった頃に都市から急行してきた民兵が合流してアヤカシ撃退という展開になるはずだった。 この場合アヤカシ側は傷を負いつつも逃亡に成功する場合が多いのだが、今回はそうはならなかった。 駿龍克を駆るカルフが警鐘に気づいて急行し、上空から吹雪を浴びせてその場で滅ぼしてしまったのだ。 「ありがとうございます!」 満面の笑顔を向けられるカルフではあるが、表面上にこやかに応対しながら内心では頭を抱えていた。 ナーマの外壁は巨大で、その周囲に広がる牧草地はさらに広い。これでは、手持ちの梵露丸を使い切るまで石壁を建て続けても牧草地を囲む規模の城壁は完成しそうになかった。 ●砂漠にて 「あれならばなんとか」 バダドサイトを発動中のサクルが一点を指さすと、罔象(ib5429)は体力と練力と同行者の消耗具合を思い浮かべ、決断した。 「2、3体は後ろに通してください。からくりに迎撃させます」 開拓者達は慣れた動きで配置につく。 別方面からやってくるアヤカシの小部隊に対してはフレイア(ib0257)に出向いてもらい、フレイアを中心とする強大な竜巻で吹き飛ばしてもらう。アヤカシの生き残りが炎龍イェルムを狙ったため後退を余儀なくされるものの、後方の野営地では鳳珠(ib3369)と霊騎務が準備万端整えた上で待ち構えている。 イェルムは野営地で10秒もかからず鳳珠に癒され、悪意に突き動かされ追ってきたアヤカシは務の馬蹄に踏み砕かれていく。 別方面で決着がついた頃、緊張する12人のからくりを地上に残して罔象が離陸する。 「左から仕掛けます。一撃離脱で」 瓢が気流をしっかりと捉えたのと、メグレズ・ファウンテンがわざとアヤカシの一部を効果範囲から外して咆哮を発動したのは、ほぼ同時であった。 アヤカシの動きが直線的になり、そのほとんどがメグレズに向かい渋滞が発生する。 「空雷!」 もともと練力消費が大きい魔槍砲にさらに練力を叩き込み、空中戦では至近距離である、銃数メートル先を起点に巨大な爆発を発生させる。 小鬼以下のアヤカシは消し飛び、頑丈なアヤカシも目に見えて動きが鈍っていた。再度スパークボムを使えれば良かったのだが、残念ながらそれだけの練力は残っていない。 「仕掛けなさい!」 あらかじめ準備していた銃に持ち替え、合図代わりに銃声を響かせる。 高速発揮可能であった細身のアヤカシが撃ち抜かれ、砂の中に倒れ込みながら瘴気に戻っていく。 それを踏みしだくように前進しながら、短期間ではあるが将門に徹底的に仕込まれたからくり達が攻勢に出る。 4人で構成される1組がアヤカシと真っ向からぶつかって足止めし、2組目が的確にダメージを与えていく。3組目は本番では非戦闘員がいるはずの場所をしっかりと固めている。長期間開拓者に鍛えられたジン隊と比べると組織としての動きが鈍くはあるものの、これならある程度の任務を任せても問題ないだろう。 「今回は花を持たせてあげます」 興奮で視界が狭まったからくりの側面から突撃してきた大きめの鬼に対し、的確な銃撃を浴びせ足止めする罔象。 からくり達は手傷を負いはしたが、1人の脱落者も出さずにアヤカシの撃退に成功したのだった。 ●長すぎる防衛戦 「またですか」 フレイアはアヤカシの襲撃を告げられ、非常に嫌そうな表情を浮かべてしまった。 ここは鉱山へと続く洞窟の入り口近くに建てられた野営用天幕の中だ。 フレイアの傍らには、前回までの調査結果をもとに制作された鉱山予定地の模型が置かれている。 「またです。務が処理を、私が伏兵の警戒を行えば十分とは思いますけれど、念のため後詰めをお願いいたします」 鳳珠は模型に視線を向ける。有効な防御施設を作るために様々な書き込みが行われているのだが、最初に見たときと比べて書き込みの範囲が小さくなっている。 予想より練力の消費が激しく、練力回復手段もないため、魔法による石壁生産数が限られているからだ。 しかし、アヤカシが鉱山予定地に入り込むと巨大な損失が発生しかねないため、フレイアを温存する訳にはいかなかった。 十数分後、戦闘より長い時間を砂の払い落としに費やしてから、フレイアと鳳珠が天幕の中に戻ってくる。 フレイアは攻撃術のために練力を消費し、鳳珠は治癒と探索術のために消耗が激しい。特に後者の探索はアヤカシ殲滅のためには欠かすことができず、消耗は徐々に深刻な水準に達しつつあった。 「負けると分かっているのにどうして襲撃を繰り返すのか、と思うべきかしら」 一息ついてから、フレイアはさらに書き込みを変更する。どうやら今回、空気穴と地下への入り口を一時的に塞ぐ形での建設をするしかないようだ。 「個々は少数でもこれだけ長期間襲撃を繰り返されたら、耐え抜けるものは少ないでしょう」 中小以下のオアシスや町単独では、一度や二度は持ち堪えてもやがては防衛が破綻しアヤカシに滅ぼされるだろう。 水と食糧と人間を城壁の内側に抱え込むナーマは現在も持ち堪えられているが、これはナーマの戦力と経済力と治安が万全ゆえに成り立っている奇跡なのだ。もっともその奇跡を成り立たせている開拓者達にとっては、うけた仕事をこなしているだけなのだが。 「空気穴以外にも崩されたら危険な箇所がある以上、防御施設は大きくすべきなのだけど」 「務も消耗していますから多くは持って来られませんが、一度ナーマに戻って資材の追加を運んで来ます。練力回復手段は無理でしょうけれど」 ナーマの財力の低下は、開拓者に支給される物資の質低下という形で表面化しつつあった。 ●地下 アヤカシの襲撃の合間に、地下洞窟の調査を行う中書令(ib9408)。 その調査は、一定の範囲までは短時間で終了したものの、そこからは遅遅として進んでいなかった。 アーマーが入って工事した場所には、落盤防止のためあれこれと工夫がされている。しかしそこから少し奥に行くと、どこに割れ目や脆くなった箇所があるか非常に分かりづらく情報も不足している。 吟遊詩人であり、優れた感覚とそれをさらに増強する術を持つ中書令なら、単独でも危険を避けつつ行動できる。アヤカシが潜んでいたならどうなるか分からなかったかもしれないが、これまでの調査と奮闘により、この地下からはアヤカシが駆逐されている。 だが。 「また割れ目が」 ランプの光で手帳を照らして地形情報を書き込み、特殊の懐中時計を補助に用いて瘴気の流れも調査し、これも書き込んでいく。 無用の危険を避けるためとはいえ、安全を優先すると作業効率が落ちることを避けられそうに無い。 少なくとも作業員の役には立つと己の言い聞かせながら調査を続けているうちに、かすかな空気の揺れを感知する。 闇の奥から空気の振動として伝わって来た気がしたが、それはあまりに微かすぎて、中書令の優れた感覚でも感知しきれなかった。 ●予兆 「あら」 城塞都市ナーマに抱え込まれた水源周辺の整備をしていた嶽御前は、困惑した表情を浮かべていた。 「水量が増えている?」 一般的には極めて喜ばしいことではある。が、何故か胸騒ぎが続いていた。 |