100年越しの怨念
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
EX :相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/10/13 01:52



■オープニング本文

 奢侈にふける地方貴族が領地に重税を課し、種籾まで税としてとりあげ、全てを使い尽くした。
 領民達は木製の鎌を手に取り蜂起。その直後に貴族の抱える志体持ちに皆殺しにされたという。

●100年後の現在。開墾地に眠るもの
「お館さまぁ、こっちに来てくだせぇ」
 長年の農作業で鍛え抜かれた肉体を持つ男が、色白で見るからに運動不足の貴族を連れて突っ走っていた。
「ちょ、待っ」
 最近領主の座を先代から引き継いだばかりの青年貴族はなんとか止めようとするが、相手は全く聞いてくれない。
 素晴らしく育った稲穂が頭を垂れる田を通り過ぎ、今年開墾予定の荒れ地に足を踏み入れたところで引っ張る手が止まる。
「これです。村のがき達が古い武器を掘り出しちまったんですが、謂われがあるもんなら捨てる訳にもいかんと思いやして。都で学ばれたお館様ならわかるんじゃねぇかって長老が」
 純朴ではあるが少々考えが足りなさそうな視線を向けられ、青年貴族は乱れた息を整えながら己の額を押さえる。
「私の専門は農業であって軍事でも歴史でもないんだよ」
 既に原型が分からなくなっている木片を触れずに確認していく。
「一応人工物ではあるようだけど」
 もともと好奇心旺盛な彼は、慎重かつ真剣な目つきでに目の前のものを確かめていく。
 が、頑丈であることと、作られてからの年月が判別できないほど古いということくらいしか分からない。
「館に帰ってから古い記録をあたってみるよ。90年以上前のものなら望み薄だけど」
 青年貴族の一族は90年前からこの地を統治している。それ以前ここを治めていた者についての記録は残っていない。それは民達も同様で、彼らの祖先は90年ほど前にこの地を初めて訪れ、無人の荒れ果てた土地を開墾したのだ。
「頼んます。ただのゴミならそれでいいんですが、謂われがあるもんなら祟られそうで怖いんですよ」
 アヤカシという脅威を身近なものと感じている農夫は、厳つい顔に不安そうな表情を浮かべていた。
「ははっ。もし何か分からなかったら秋の村祭りにあわせて巫女を呼んでくるよ。今年の収穫は期待できそうだから、腕の良い巫女を呼ぶくらいの余裕はあるはずさ」
「さっすがお館様だ! 俺達とは頭の出来が違いやすね」
 心の底からの賞賛を浴びた青年は、頬を少しだけ赤くして照れるのだった。
 その日の晩、木製武器に瘴気が入り込み、骨鎧(アーマースケルトン)と化して領主館を襲撃した。

●開拓者ギルド
「お館様を助けてくだせぇ!」
 天儀開拓者ギルドに、汗まみれ、埃まみれの野良着姿の男が駆け込んできた。
「朝起きたら武器持った骸骨にお館様のお家が囲まれてて、俺、どうにもできなくてっ」
「はい。その場で大きく息を吸って、吐いてください。はい、そうです。あなたのご出身は…」
 ギルド職員は慣れた様子で男を落ち着かせ、どこから来たか、アヤカシの見た目はどうだったか、現地の状況はどうかについて手際よく聞き出していく。
「10はいやした。お館様と郎党方は屋敷でアヤカシを引きつけて、でも俺達なにもできなくて」
 ぼろぼろと涙を落とす男の背を撫でてやりながら、職員は依頼の成立と報酬の保証、そして現地への道筋を開拓者に告げるのだった。


■参加者一覧
瑠璃桔梗(ia3503
17歳・女・巫
茜ヶ原 ほとり(ia9204
19歳・女・弓
メグレズ・ファウンテン(ia9696
25歳・女・サ
杉野 九寿重(ib3226
16歳・女・志
ベルナデット東條(ib5223
16歳・女・志
シーラ・シャトールノー(ib5285
17歳・女・騎
マルセール(ib9563
17歳・女・志
緋乃宮 白月(ib9855
15歳・男・泰


■リプレイ本文

●危機一髪
 分厚く頑丈な板に何かがぶつかる音が連続して響く。
 徐々に音が変化し、呆気ないほど軽い音と共に、館の護りが崩れた。
「いけない」
 仲間と共に領主館に急行していた杉野九寿重(ib3226)が、手入れの行き届いた犬耳をぴくりと動かし決断する。
 このままでは間に合わない。作戦は速度最優先に変更だ。
「全力で向こう側に移動します」
 太刀を構えたまま走るのは難しい。九寿重は刃を納めた鞘を片手で持ち、防御を無視した全力の疾走を開始した。
「了解」
 冷たさすら感じられそうな素っ気ない口調で答えながら、茜ヶ原ほとり(ia9204)はその場で停止し、弓と矢を取り出し、構え、矢を弓につがえ、放つ。
 停止から矢を放つまでにかかった時間はわずかに数秒。
 だがその数秒で、九寿重と初めとする班は館まで数十メートルの距離まで迫り、武具で身を固めた骸骨達は館の中に入り込もうとしていた。
「裏の右側に2っ」
 全力疾走中の極限の集中で視界内の気配を読み取り、九寿重が鋭く叫ぶ。
 心眼ではアヤカシと人間の区別はつかないとはいえ、気配の位置から推測すればおおよその状況は分かる。
「左側には3だ、なっ」
 マルセール(ib9563)は無理矢理に上体を左に傾ける。一瞬前までマルセールの耳があった空間を、真横から突き出された異様な気配を漂わせる槍が貫いていった。
「このまま強行突破を!」
 負傷を覚悟して緋乃宮白月(ib9855)が叫んでいる間に、ほとりの矢が飛来しマルセールを攻撃した鎧骨に命中する。狙いはこの上なく正確で、木製らしき装甲の合間を正確に射貫き、二股に別れた鏃が複数の肋を完全に粉砕する。
 だが、人間なら明らかに致命傷であろう一撃を受けたにも関わらず、武装した骸骨は館に向かう開拓者を追おうとしていた。
「余裕ぶること」
 ほとりは冷然と呟き、第二の矢を放つ。
 今度の矢は、無謀にもほとりに背を向けたアヤカシの脊椎を砕き、そのアヤカシの活動を停止させるのだった。

●咆哮
「距離に注意してください」
 メグレズ・ファウンテン(ia9696)は武具を両手に構える時間を惜しみ、数語で警告してから裂帛の気合いをアヤカシ達に向けて叩きつける。
 マルセール達を追おうとしていたアヤカシも、半壊した扉から館に押し入ろうとしていた骸骨も、ほとんどがメグレズに向き直り殺到してくる。
 実に見事な技の冴えだが、肝心のメグレズの表情は冴えない。動きの鋭さから特に格が高いようには見えなかったアヤカシのうち2体が、咆哮の効果を回避して動き続けているのだ。
「侵略すること火の如く…、かな。やっかいな抵抗力持ちだからこそ速攻で決める」
 ベルナデット東條(ib5223)が優美な見た目の大弓から矢を放つ。
 精霊の力が宿った矢は、木製に見える防具を貫き、咆哮から逃れた鎧骨の背中から胸に貫通する。
「ベルちゃん、後は私が」
「お願いおねえちゃん」
 ベルドナットは大量の矢を放ちことで援護を開始した義姉の横で大型白兵武器に持ち替えてから、真っ直ぐにアヤカシに向かうメグレズへ注意を向ける。
 メグレズは、ベルドナットが撃ち抜いたアヤカシも己に向かって来るのを確認してから、内心安堵しつつベイル「翼竜鱗」を掲げた。
 1つ1つの狙いは鋭くないが、全体でみると逃げ道を封じる軌道の武器が一斉に振り下ろされる。
 全力疾走直後のため盾しか構えられなかったメグレズではあるが、無数の戦いで磨き抜かれた技は盾1つでも十分発揮可能だ。
 一見無造作に、その実計算し尽くされた動きで動く逆五角形の盾が、アヤカシの全ての攻撃を障壁展開しつつ弾き、受け流していく。
「今のうちに」
 メグレズが促したとき既に、九寿重は緋色の長大な刀を振り上げ、高さを速度に、速度を破壊力に変換して鎧骨の死角である斜め後方から叩きつけていた。
 見事な刃紋を持つ緋色暁は精霊の力を与えられてますます輝き、鎧と骨をまとめて半ばまで切り裂き、止まる。
「予想以上に」
 堅い。だがこの程度なら十分対処できる。
 九寿重は骸骨の可動範囲とこれまで動きから今後の動きを予測し、一歩横に動くことで敵の攻撃範囲から逃れ、一連の動きとして薙ぎ払いの一撃を見舞い、さらにメグレズを目指してきた新手の背後をとる。アヤカシは、九寿重に得物を向けることすらできなかった。
「せいっ」
 メグレズに向かうか、己に深手を負わせた九寿重を追うか一瞬迷った鎧骨を、力を溜めてから一気に振るわれた秋水清光が真っ向から竹割りにする。
 アヤカシがばらばらになり地面に散らばるとほとりからの援護射撃がますます有効に届くようになり、矢で傷ついた骨をベルナデットの刃が容易に屠ることができるようになる。
 数十秒後、メグレズが攻勢に移る迄もなく、メグレズにより絶好の攻撃機会を提供された九寿重達により、この方面のアヤカシは全て討ち滅ぼされていた。

●混戦
「しっかりとついていきますから強行突破をお願いします」
「後ろと側面は私達が食い止める」
 白月とマルセールの信頼に応えるため、シーラ・シャトールノー(ib5285)は小型の城壁のようにも見える大型盾を掲げたまま、速度と力強さを兼ね備えた突撃をしかける。
 外壁に攻撃を仕掛けている最中の鎧骨の横を通り過ぎ、窓に空けた小さな穴から内側に入り込もうとしていた鎧骨に盾ごとぶつかっていく。
 シーラの突撃に気づいたアヤカシが即座に攻撃態勢をとり、タイミングをあわせて頑丈そうな大棍棒をぶつけてくる。
 衝撃が分厚い盾を貫通しシーラの腕の骨が悲鳴をあげる。が、シーラは強い視線でアヤカシをにらみつけたまま、足、腰、腹、背、肩、腕の力全てを込めて一気に斜め方向へと跳ね飛ばす。
 古びた武具と奇妙に感じられるほど白い骨が、重さをほとんど感じられない動きで宙を舞い、重い音を立てて地面に衝突する。
 骨の一部が砕けてあたりに飛び散り、瘴気に戻っていく。
 が、戦闘意欲は衰えないようで、シーラに向かって仕掛ける、ように見せかけて館の中に飛び込もうとする。
「領主館への侵入はさせません!」 
 泰拳士らしい爆発的な加速をみせた白月が、絶妙のタイミングで頭蓋骨の真横を叩いてその動きの方向を逸らす。
 勢い余って体勢を崩した崩した鎧骨に対し、シーラが間合いを詰めつつ騎士剣を振り下ろした。
 骨が砕ける音が響く。
 それはシーラの剣と、シーラの背後1メートルもない場所から響いている。
「長くはもたない」
 己の脇にめり込んだ禍々しい木製武器と、アヤカシの利き腕を半ばまで断ち割った水吟刀。
 一見アヤカシ側の方が被害が大きく見えるが、実際に戦っているマルセールは誤解しなかった。アーマードスケルトンは痛みを感じず戦力の低下もない。このまま戦えば地に還るのは自分になる。
 真正面から叩きつけられる瘴気により己の体の痣がうずくのを感じながら、マルセールは辛うじて木製槍の連撃を受け流し続け、だが確実にダメージを積み重ねられていく。
 そんなとき、癒しの力が籠もった風がマルセールの体を急速に元に戻していく。また、いつの間にか体に籠もる力が増している。おそらくは神楽舞・攻の効果だ。
「たすかっ」
「くーっ、回復が全然足りませんわね。こうなったら」
 煌めく金髪に神秘的な紫の瞳、清楚可憐な容姿と豊かな教養を感じさせる所作を兼ね備えた巫女が、一切空気を読まずに高々と得物を掲げる。
 それは、兎どころか人間も普通に解体できる大きさの、恐ろしく頑丈そうな包丁であった。
「すっぞこらー!」
 瑠璃桔梗(ia3503)の物理的な攻撃は、意欲は素晴らしくても本職の前衛ではないため明らかに狙いが甘い。が、攻撃されたアヤカシはここぞとばかりに猛攻を仕掛けるマルセールによって守勢に立たされているため、桔梗に向き直ることができない。
  巫女と志士と鎧骨の拮抗した戦いが続いている場所の真後ろで、もう1つの戦いが終わりに近づきつつあった。
「そこですっ」
 館への突破を狙ったアヤカシに対し、白月がほぼ死角から両手による押し出しを仕掛ける。
 頑丈で防御も巧みな鎧骨はあまりダメージを受けなかったけれども、自身のオーラを爆発的に高めていたシーラに致命的な隙をさらすことになる。
「はあっ」
 膨大な量のオーラが込められた一撃が、骸骨の首から背中の骨を砕いて完全に動きを止め、ただの瘴気に戻していく。
「そちらに回す」
「援護をしますわ。ふれー、ですわ」
 マルセールと桔梗に誘導されたアヤカシがシーラの前で大きく姿勢を崩す。再度振るわれた騎士剣は辛うじて防いだが、木製の武器が骨の手からはじき飛ばされる。
「その武器を使っていた人達がどんな思いを抱いていたかは分かりません。けど、アヤカシが好きにしていいものじゃないのは確実なんです!」
 白月の踵落としが最後に残った鎧骨の頸部を粉砕する。
 骨がただの瘴気に戻っていく中、古ぼけた木製武具だけが地面に転がり落ちるのだった。

●安堵
「向こうも終わったみたいね」
 戦闘の終結を確信したほとりは、弓を背中に戻し、手から射撃用の装備を外してから冷たく張り詰めた雰囲気をゆるめ、義妹にもたれかかる。
「ベルちゃん、骸骨にも美男子っているとおもう?」
 一際瘴気の濃い相手との戦いを強いられたベルナデットを慰めるためか、あるいは単に甘えているのかは分からないが、ほとりは戦闘中からは考えられないほど明るい声でたずねていた。
「が、骸骨に美男子はさすがに…、どれも同じホネホネだよ」
 人間の骨格に機能美を見いだす者もいる。とはいえ今ほとりが口にしている美はそういう意味ではないだろう。
 ベルナデットは心身から緊張が抜けていくのを自覚しながら、嬉々として姉に構っていく。
「領主殿! アヤカシの排除は完了しました!」
 遠くのマルセールから身振りで周囲の安全確認終了を知らされた九寿重が、礼儀正しく館に呼びかける。
 しかし全く返答がない。
「ちょーっとまずいかもしれませんわね。治療は格安でしますから気をしっかり持つのですよ」
 桔梗はきりりと表情を引き締めてから、慌てて駆け寄ってきた九寿重と協力して頑丈な戸板を引っぺがし館の中に進入する。
 安堵のあまり気絶した貴族以下十数名が発見されたのは、それから数分後のことである。

●数日後。供養の場にて
 三方の上に載るのは酒、米、塩。
 一対の松明で照らされたそれの前で、真面目に巫女をしているときは絶世の美女に見える桔梗が鎮魂の儀をしめやかに進めていく。
 祀られているのは、瘴気にとりつかれアヤカシに変じていた木製武器である。
「これを使用されていた方々が、どうか安らかに眠られますように」
 白月は、儀式の締めに皆と一緒になって手をあわせていた。
 儀式の終了後、供養会場から三々五々離れて行く地元住民を見送ってから、シーラは領主一族から渡された古い書類綴りをめくる。引き継ぎ一切なしでこの地に入った頃の混乱と苦闘の日々を克明に記した記録を読み解いていくと、100年前何が起きたか大まかなではあるが想像できた。
「100年どころでは消えない怨念も生まれるわね」
「少なくとも瘴気は祓われた。今はそれでよしとするしかないだろう」
 シーラとマルセールは重いため息をついてから、儀式の片付けをするため桔梗に近づいていく。
 豊かに実った稲穂が、静かに風に揺れていた。