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■オープニング本文 城塞都市ナーマにおいて、ナーマ籍のからくりがナーマ領にて人に準じた扱いをうける旨の法を発布、施行した。 これにより、からくりの扱いについて激しい議論や衝突が発生する…という展開はなかった。 ナーマ領はアヤカシに対する防衛戦と日々の農業に忙しいし、外部の勢力にとっては晩秋にナーマから輸出される小麦の量に強い関心を寄せている。高い確率で対アヤカシ戦に投入され、おそらくはその多くが破壊されるであろう人形を重視する者はいない。 ●ナーマ 嫌がらせというには微妙すぎる宣伝がナーマの隣接地域で行われるという報告を受け、現ナーマ領領主であるからくりは眉をほんの少しだけ動かす。 からくりの主人は人間! という主張を控えめにちりばめた小芝居が行われているらしい。 先代領主が今代の脳裏に刻み込んだ知識によると、すぐに悪影響がでる可能性は低いが放置すれば妥協できない敵対勢力がうまれかねない策のようだ。 「アマル様! ただちに対処を!」 激務で疲れ果てた顔に鬼気迫る表情を浮かべた若手官僚が、小芝居の関係者を社会的経済的に抹殺するための具体的な計画書を差し出してくる。 からくりは高速で中身を確認してから、相手を労る微笑を浮かべ退出と休養を命じた。 「し、しかし姫様、ふざけたことを言う輩は早めにっ」 同僚に連れ去られる官僚を見送りながら、領主は無言で思考する。人を脅したり破滅させる計画などいくらでも立案可能で実行可能だ。だが実行に移した際の害が大き過ぎる。 「この件は開拓者に対処を任す」 結構、よくある光景だった。 ●依頼票 仕事の内容は城塞都市ナーマの経営補助 依頼期間中、1つの地方における全ての権限と領主の全資産の扱いを任されることになる 領主から自由な行動を期待されており、大きな問題が出そうなら領主やその部下から事前に助言と改善案が示される ●城塞都市ナーマの概要 人口:普 零細部族から派遣されて来た者を除くと微になります 環境:普 塵・汚物の処理実行中。水豊富。空間に空き有 治安:普 厳正な法と賄賂の通用しない警備隊が正常に機能中 防衛:良 都市の規模からすれば十分な城壁と守備戦力が存在 戦力:微 城壁外へ展開可能な戦力はジン数名のみ 農業:普 城壁内に開墾余地無し。麦、豆類、甜菜が主。10月まで大規模天災等なければ1段階上昇 収入:普 周辺地域との売買は極めて低調。交易は小型飛行船を使用した遠方との取引がメイン 評判:普 好評価:人類領域の奪還者。地域内覇権に最も近い勢力 悪評:伝統への挑戦者 資金:微 からくり12人の代金(1段階分)はまだ支払っていません(年末時点で未払いだとペナルティ有 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。1つ以上の項目が滅になると都市が滅亡します ●都市側からの要望 下記のもののいずれかまたは複数を使った、利益が見込める商品の開発。資金と試作用材料は確保済み 甜菜、小麦、水 ●資金消費無しで実行可能な行動例 牧畜 外壁の外側に牧草が生えました。山羊や牛の番その他がいますが、アヤカシに襲われずに放牧する方法を確立できていません 砂漠への遠征 危険。非実行回は探索済み領域が縮小 ある行動を行った際の必要資金と必要期間の予測 鉱山開発 鉄の鉱脈が確認された洞窟を開発します。洞窟には空気穴有り。無人。無人時に設置中のバリケードが少数のアヤカシに襲われています 対外交渉準備 都市周辺勢力との交渉の為の知識とノウハウを自習します。選択時は都市内の行動のみ可能。複数回必要 ●都市内組織 官僚団 内政1名。情報1名。他3名。事務員有 教育中 医者候補2名、官僚見習い2名 情報機関 情報機関協力員約十名 警備隊 約百名。都市内治安維持を担当 ジン隊 初心者開拓者相当のジン7名。対アヤカシ戦特化 農業技術者集団 学者級の能力のある者を含む3家族。農業指導から品種改良まで担当 職人集団 地方都市にしては高熟練度。技術の高い者ほど需要が高く、別の仕事を受け持たせるのは困難 現場監督団 職人集団と一部重複 からくり 同型12体。戦闘訓練と初歩的な官僚教育の最中。10月半ばに最低限の教育は完了する見込 守備隊 常勤は負傷で引退したジン数名のみ。城壁での防戦の訓練のみを受けた220名の銃兵を招集可。招集時資金消費収入一時低下。損害発生時収入低下 ●住民 元作業員が大部分。現在は9割農民。正規住民の地位を与えられたため帰属意識は高く防衛戦等に自発的に参加する者が多い。元流民が多いため全体的に技能は低め ●雇用組織 小型飛行船 船員有。今回は鉱石の輸出に従事 ●交渉可能勢力一覧 王宮 援助等を要請するとナーマの威信が低下し評価が下がります 定住民系大商家 継続的な取引有。大規模案件提案の際は要時間 ナーマ周辺零細部族群 ナーマに対し好意的中立。ナーマへ出稼ぎを非公式に多数派遣中 東隣小規模都市 ナーマと敵対的中立。外部から援助され急速に経済が改善中 上記勢力を援護する地域外勢力 最低でもナーマの数倍の経済力有。ナーマに対する影響力行使は裏表含めて一切行っていないため、ナーマ側から手を出すと評判に重大な悪影響が発生する見込 ●交渉不能勢力一覧 西隣弱小遊牧民 状況不明。情報機関は悪化中と予想 南隣零細勢力 同上 北隣小規模都市 東からの援助により壊滅状態から復興中。数ヶ月後には東に編入される見込 ●資金投入が必要な行動一覧 乳幼児の預かり施設立ち上げ○ 計画立案と人員確保が必要 軍備購入× 飛空船関連事業× 戦闘用小型飛行船乗組員養成△ 都市内勢力の1つの規模拡張△ 鉱山開発に都市住民を100人単位で動員△ 操業開始可能になります 城壁大拡張開始× 完全実行時資金が一段階低下。安全に耕作できる面積を現状の数割増しに増加。1月程度外壁が機能停止 ×現在実行不可 △困難 ○実行可 ●都市内情勢 甜菜栽培中。秋頃収穫見込 麦二毛作の実験中。継続可能か等判明するのは早くて晩秋 妊婦の数が増加中 身元の確かなものが余暇を使い水源周辺清掃と祭祀見習いを担当 ●軍備 非志体持ち仕様銃600丁。弾薬3会戦分。訓練で少量ずつ弾薬消費中 志体持ち用魔槍砲10。弾薬1会戦分 重装甲航続距離短型小型飛行船。専属乗員無 ●領内主要人物 ナーマ・スレイダン 故人。初代ナーマ領領主。元大商人。極貧層出身。係累無し。性格最悪能力優 アマル・ナーマ・スレイダン 第二代ナーマ領領主。人格未成熟。内部の権力は完全に掌握中 ●ナーマ領域内地図 調査可能対象地図。1文字縦横5km 砂砂砂砂 砂砂砂砂砂砂 砂。砂漠。危険度不明 砂漠穴漠漠砂 道。道有り。砂漠。比較的安全 砂漠漠都漠砂 穴。洞窟の入り口有り。砂漠。安全。未探査砂漠のアヤカシから狙われています 砂砂漠道漠砂 都。城塞都市あり。砂漠。安全 砂漠道漠 漠。砂漠。敵情報微量有。比較的安全 |
■参加者一覧
鴇ノ宮 風葉(ia0799)
18歳・女・魔
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
狐火(ib0233)
22歳・男・シ
フレイア(ib0257)
28歳・女・魔
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
将門(ib1770)
25歳・男・サ
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
鳳珠(ib3369)
14歳・女・巫
罔象(ib5429)
15歳・女・砲
エラト(ib5623)
17歳・女・吟 |
■リプレイ本文 ●ナーマの隣で響く歌 人を騙し、無数の悲劇をまき散らした男がオアシスに辿り着く。 男は有り余る金で水、麦を買い占め、城を建ててオアシスに居座ってしまう。 邪魔者を砂漠に追放した男の側には、男の邪悪をさらに拡大する非人間である人形がいた。 鷲獅鳥と別れて十数分でその小芝居が上演されている現場に辿り着いたエラト(ib5623)は、予想以上の品の無さに思わず眉を動かしてしまっていた。 初代ナーマ領領主がモデルらしい悪徳商人は典型的な悪役で、第二代領主をモデルにした少女と共に人々を虐げている。そこに颯爽と登場するのが、もとからこの地に住んでいた少年、つまりはナーマの隣接地帯に住む人々という訳だ。 俺の敵は醜い悪者。俺は正義で格好良い。 そんな率直すぎる主張がちりばめられた小芝居は、率直だからこそこの地の人々を楽しませていた。 なお、この小芝居に悪意に満ちた誇張はあっても嘘はない。初代ナーマ領領主は、控えめに表現しても情けも容赦もない商人だったのだから。 「ここにお集まりの皆様方」 エラトが初めて口を開くと澄んだ音色のが響き渡り、恐ろしいほど印象に残る声が人々に耳に飛び込んだ。 「よろしければ私の歌をお聞きください」 そして始まる新たな歌。 クリノカラカミ神に出会った砂漠の民が、巫女であるからくりを与えられ開拓の旅に出る。やがて2人は水源に辿り着き、汗を流し、互いを庇い高めながら農地を拓いて徐々に豊かになっていく。小芝居に登場する人形とは異なり、この歌に登場するのもは健気で信用に足る、人の良き友であるからくりだ。 「すっげー。あの吟遊詩人さんも領主様が呼んだんですか」 それまで小芝居見物をしていた非番の兵士が、同じく隣で見ていた先輩兵士に小声でたずねていた。 「いや、そんは話は聞いてないが」 圧倒的な力量差により、小芝居見物に集まった者達全てがエラトに惹きつけられていく。 「気は進まないが終わり次第顔の確認と詰め所への同行を求めるぞ。…外の人間なら宗教上の理由で顔を隠している可能性もあるから、確認を頼むためにかあちゃんを呼んで来ないとな。おい、ひとっ走りして」 「先輩が呼んできてくださいよ。俺は最後まで聞いてますから」 演奏終了後、2人は歌に惹かれて集まった勤務中の兵士と共にエラトを囲み、名と身元をたずねた。 エラトの護衛を兼ねていたヤリーロはこのままでは逃げ場を失うと判断し、エラトと共に逃走に移るのであった。 ●領主執務室 「2人連れの吟遊詩人が兵士の制止を無視して逃走した。兵士を振り切る体力があったため、正体はジンである可能性が高い。注意されたし」 隣接地帯から届けられた正式な外交文書をフレイア(ib0257)が読み上げると、現ナーマ領領主アマル・ナーマ・スレイダンは部下の目がないのを確認してから困惑の表情を浮かべた。 「兵士に対する夜の子守唄使用についての言及がなかったのは何故ですか」 「それに言及すると自領の治安維持能力がないことを宣伝することになります。物的な証拠はないはずですが、おそらくエラトさんがナーマからの仕事を請けた開拓者であると確信しているのでしょう。次同じ事をしたら対抗措置をとるという意思表示ですね」 フレイアの説明を聞き、アマルはようやく納得してうなずいた。 「もっと率直に主張してくると思い込んでいました」 アマルの頭の中にある知識によると、自分の非を極小に、相手の非を最大限に拡大して宣伝に利用するのが最善手のはずだった。東の街の主がそうしない理由が理解できない。 「初代様ならそうしたでしょうけどお勧めはしませんよ。技術も必要、恨みも買い、危ない橋を渡ることになりますから。事実、東の町の長はエラトさんの予想通り非難してきませんでした」 フレイアはやんわりと注意してから、次の案件についての報告を開始する。 「牧草地について、法律と行政からの整備を開始しました。アマル様が地権者であることを明確にすることで各所の暴発は抑制できる見込みです」 アマルは無言のまま瞬きをして固まり、数秒の後に呆然として口を開く。 「地権」 「はい。交易路ですらない無価値な砂漠が、家畜を通して富を産む牧草地になるのです。法整備は必須の…どうされました」 情けない顔で頭を抱えてしまったアマルに、アマルの護衛についていたコルリス・フェネストラも、心配して慰め役であるもふらをアマルに向かわせていた。 「い、いえ、問題、ありません。城外の土地に関わる諸問題についても解決および官僚への指導をお願いします」 新人領主は、なんとか精神的再建を果たそうと苦闘するが、うまくいかないようだ。 玲璃(ia1114)から預けられたもふらの温についつい手が伸びてしまう。 「件の小芝居、貴方への嫌がらせのつもりなら『領主は領民に仕える唯一の奉仕者』と言い換えさせてしまえば賛美に変わります。フレイアさんの監修されたエラトさんの歌の流布も始まっています。おそらく大きな問題は発せしないでしょう」 アマルが疲れているのに気づき、玲璃は順調な案件についての話題について話し始めた。 「言い方1つで人々の受け取め方は変わる。あなたは自身の感情について自信が無いと言われてましたが、感情がわからないのは私達人間も一緒です。だからわからなければ、少なくとも領主の勤めをしなくていい時とかは、わからないままで大丈夫です。無理に感情や言葉を作らず少し力を抜いて下さい」 アマルは反論のため口を開き、しかし結局一言も口にせずに口を閉じる。 初代に刻みつけられた価値観は、玲璃の言葉を空論と断じている。 しかしアマル個人の感性は、能力も高くこれまで実績をあげ続けている玲璃を否定することを躊躇っていた。 「…保留にします」 それは、故ナーマ・スレイダンに対する反抗だ。己が徐々に変化していることに、アマルはまだ気づいていない。 ●祭神 「ここがクリノカラカミ様を祭るお社です。クリノカラカミ様については皆知っていますね」 アレーナ・オレアリス(ib0405)がたずねると、ただいま教養蓄積中かつ情操教育中のからくり12人は、ある者は元気よく、またある者は穏やかに、極少数は気弱げにうなずいて肯定の返事をする。 クリノカラカミとからくりの関係について、実際にクリノカラカミと出会った人の体験談をもとに分かり易く説明していく。 からくり達は目を輝かせて話に聞き入り、アレーナが少し休憩をとるとするとこれまでになく活発に質問をしてくる。なにしろからくりにとっての神話に相当するかもしれない話である。熱心にならないわけがなかった。 「昼の休憩の後は体の使い方についての実習です。みなさんは理論に関しては一通り修めたようですから」 アレーナは予想以上に時間を使ってしまったことに気づき、情操教育の時間を切り上げることにした。 「ロスヴァイセ、実戦に関わる事柄に集中して教授なさい」 からくりたちは一様に残念そうな、けれどそれ以上に嬉しげな顔ではいと返事をすると、整然とした列をつくってアレーナのからくりの後を追った。 「直接話してあげても良かったのでは?」 アレーナは、自身の背後で術を使わず気配を消していた狐火(ib0233)に声をかける。 直接クリノカラカミと意思疎通したことがある彼の体験談は、エラトの歌かナーマ領内からくり関連法の改正まで、非常に大きな影響を与えていた。12人のからくりの前に姿を現せば、ちやほやという表現では全く足りない壮絶な歓迎を受けただろう。 「からくりの行く末に興味はあっても、そういう意味での興味はないからね」 狐火は仮面をかぶり、移動のため駿龍がいる厩舎に足を向けようとする。 「残念です」 「そのうちに機会があれば…ずいぶんと重そうだね」 華やかではあるが騎士らしい騎士であるアレーナの動きが妙に鈍いことに気づき、気遣う言葉をかける。 「気づかれましたか」 アレーナが小さな手提げ鞄から取り出したのは、純金の延べ棒であった。 乳幼児の預かり施設の立ち上げのため、助産婦の経験のある婦人や子育てが終わり時間に余裕のある女性の協力を得ようたものの、既に仕事について、しかも結構稼いでいる者が多いため協力者がほとんど集まらなかったのだ。 「10人単位を年単位で雇うとなると、費用を抑えてもこれだけかかるようで」 故に、支払いを保証するために宝物庫から金の延べ棒が持ち出された訳である。もちろんアマルの了承済みだ。 「なるほどね」 肩を落として説明を終え、商業施設の一部転用についての会議へと向かうアレーナを見送り、狐火も資料庫に足を向ける。二度の滞在でナーマ周辺の文化慣習人間関係を理解するつもりでの詰め込み教育は、狐火からほとんどすべての時間を奪い取っていた。 ●城壁内の小酒場で 「遊牧、遊牧、遊牧。わし等の人生にして抗争の舞台ですじゃ」 「今をときめくジャウアドの息がかかった勢力に来られたら、我々はナーマではなくそちらに従わざるを得んです」 無言で、だが絶妙のタイミングで酒を勧めてくる仮面の男に誘導され、ナーマ周辺零細部族出身の出稼ぎ労働者やその関係者が本音をもらしている。 「まー、多分こないとは思うですが来るかもしれないのはジャウアドだけじゃないわけでしょ」 「ナーマは要求きっついけど契約だけは守りますからねー。ナーマの保証付き権益なんて最高においしいですよ。あ、おねーちゃんジョッキ3杯追加ね」 男達は日頃の憂さを酒で晴らしていく。 仮面をつけた、アル=カマル人にしか見えない男は、いつの間にか姿を消していた。 ●牧畜本格開始 「生さまー! そこに建てると死角ができますー!」 城壁の上で当直の兵が大声で叫ぶ。 朽葉・生(ib2229)は軽く手を振って聞こえたことを伝えてから、鷲獅鳥に乗ったまま中を移動し、魔杖を振るって牧草地に石壁を複数出現させる。 すると城壁近くから数十人の男達が石壁に駆け寄り、地面を削り、石壁をさらに安定させるための石材を積み、小さな石を噛ませて固定していく。 アナス・ディアズイが乗るアーマーが生の護衛のため油断無く周囲を警戒しながら鷲獅鳥に追いつくと、男達は口々にコンクリ作成のための水瓶を運んできてくれるようお願いするのだった。 「皆さん、熱心なのは非常に助かりますが」 お願いしていた商業施設の一部改装はどうなっている。 生は穏やかな顔で、無言のうちにそうたずねていた。 「城壁の内側なら開拓者の皆さんがいないときでも工事できますから、その」 「今はこれに集中させてください!」 男達は土下座しかねない勢いで生達に頼み込み、生が建てた石壁に付け加える形で簡易城壁を作成していく。 「実際に運用するときは城壁として使われるか、それとも避難所となるか」 拡張速度が思ったよりも速い牧草地を一瞥し、生は難しい表情で考え込む。生の背後では、開拓者がいるうちに牧草を刈り取ろうとする人々と、今のうちに旨い草を食い尽くそうと頑張る家畜たちが大勢集まっていた。 ●罠と罠 たった1人沙漠を横断する開拓者に対し、アヤカシはすぐには攻撃を仕掛けなかった。 念のため怪鳥や小鬼を捨て石にして後続が現れないのを確かめ、進行方向にサンドゴーレム複数を含む大規模部隊を伏せ、探知系の術の効果範囲まで考慮して陣をくむ。 万全の準備を整え、砂中から巨大な戦力が飛び出したとき、この世の地獄が沙漠に出現した。 ほぼ無風の状態から急激に風速が増し、砂と礫が沙漠から巻き上げられ、凶悪な風により発生した真空刃がアヤカシを引きちぎっていく。 サンドゴーレムのような格高めのアヤカシはなんとか耐えることができているが、開拓者の間近まで迫っていた中小のアヤカシは瞬く間に全滅する。 「あのジーサン。あたしに断りなく、何くたばってる訳…」 鴇ノ宮風葉(ia0799)は大量のアヤカシを無視して砂塵の中を歩いて行く。 「最期の方は随分と甘くなっちゃって…」 生き残りのサンドゴーレムの1つが風葉の後ろから殴りかかる。 が、砂でできた拳が触れるよりも早く、風葉が撃ち出した氷槍によりサンドゴーレムの体は砂漠に縫い止められていた。 風葉の肩では管狐がのんびりとあくびをしている。アヤカシは風葉を包囲したつもりだったが、実際は管狐である三門屋つねきちにより気づかれていたいのだ。 「はじめるわよ」 風葉が手を振りあげると、それまで砂漠に隠れ続けていたメグレズ・ファウンテンが気合いの入った雄叫びをあげた。 風葉迎撃のため一カ所に集まっていたアヤカシ全てが、熟練開拓者の咆哮の影響下におかれて1カ所に殺到する。 「ここまでお膳立てされたからには成功させないと」 上空でまとわりついてくる怪鳥を丁寧に落としていた罔象(ib5429)が、騎龍である瓢の首を軽くなでる。 すると、暑く水のない環境でも万全の世話をされていた瓢は、時間を飛び越えたようにも見える急加速で怪鳥を振り切り、地上で一丸となったアヤカシの直上にたどり着く。 結果的に囮となった風葉と危険をおかしてアヤカシを一まとめにしたメグレズは、事前の打ち合わせ通り待避を済ませていた。 「空雷!」 魔槍砲に取り付けられた真紅の宝珠が稲光をまとい、そこから発せられた光が罔象の背丈の数割増しの全長を持つ魔槍砲を伝って先端で収束し、馬場唯光と共に発射される。 数秒の、耳に痛いほどの静寂が過ぎ去った後、アヤカシの群れの中心を起点とした大爆発が発生した。 煮えたぎった砂の海が瘴気に戻れぬアヤカシを痛めつけ、爆風が砂ごとアヤカシを押し流していく。 上空からは地表の詳しい状況までは確認できなかったけれども、罔象は油断無く第2射を放ち、生き残りのアヤカシとアヤカシの残骸を消し飛ばすのだった。 「おつかれー。続きは任せた」 サクルから水を受け取った風葉が、耳での索敵をしているライ・ネックを見送ってから、熱い砂の上にころりと転がる。 「聞こえるかっ、クソジーサン! あたしはあんたのよーにはならない! あたしは最後まで、行き着く所まで悪人でいてやるっ! …せいぜい見てなさい、その高い場所から、偉そうにさ!」 まばゆい太陽に指をつきつけ、ふんと鼻を鳴らすのだった。 ●安全確保完了 ナーマ領に属するジン達が、逃げようのない場所まで追い込んだサンドゴーレムに対し魔槍砲の一斉射撃を開始した。 7人あわせても罔象1人に及ばないが、砂漠においてはかなりの強敵である砂巨人の存在する力を確実に削っていく。 数十秒後、練力が底をつく寸前のジンの前から、サンドゴーレムが全力で逃走を開始した。 「深追いは避けろ。追撃は上空の龍に任せて周辺警戒。地上の安全を確認次第小休止に入る」 走龍でジン達の周囲とジン達自身を確認しながら、将門(ib1770)は手際よく全体に指示を出していく。 そこから少し離れた場所では、炎龍を駆るフレイアが深手を負ったサンドゴーレムを上からの氷の一撃で滅ぼしていた。 「左側の砂丘のふもとです」 鳳珠(ib3369)が指し示した場所に対し、中書令が強制的な眠りに誘う曲を流す。 将門が騎乗したまま近づいても反応はない。結局、将門が太刀を突き入れてアヤカシを滅ぼすまで、アヤカシは一切動けなかった。 「また助けられたな」 鳳珠から日除けの傘を受け取りながら、将門はほっと息を吐いていた。 それに対して鳳珠は無言のまま将門の目を覗き込み口を開けさせて舌を確認させてから、強い口調で言った。 「大休止を提案します」 積極的に動き続け、鳳珠達と比べると日光と暑さに対する備えが薄かった将門は、自身が思う以上に消耗していた。 「そうか」 将門は反論せず、素直に従う。 カルフが作った対侵入者用精霊魔法付き鉄製簡易防壁の中に入り、水分をとってから腰を下ろす。 鳳珠は霊騎の務に乗り、瘴索結界「念」を効果がなくなるたびに再発動しながら周辺の探査を行っていく。地道で、精神的にも肉体的にも辛い作業だが、1つ見逃せば鉱山に甚大な被害が出かねないため絶対に手は抜けない。 アヤカシとの接触は、多いときで半日に一度程度だ。アヤカシの数が少ないのではなく、探査する場所が広いためなかなか見つからなかった。 「貴公の瘴索結界が無ければ途中で頓挫していたかもしれぬ。改めて礼を言う」 1時間ほど休息して調子を取り戻し、将門は鳳珠と合流して感謝を口にする。 2方向からアヤカシを1カ所に追い詰めて始末するという狙いは実現できそうにないが、二手に分かれて効率よくアヤカシを排除し続けたことで、鉱山周辺からのアヤカシの排除は完了しつつある。 これなら来週には鉱山に作業員を呼び寄せることができるだろう。 「野営と砂漠移動のノウハウは、報告書に載せておきます」 鳳珠は疲れが溜まりきった心身に鞭打ちながら、ナーマの運営を立て直すためのひたすら前に進んでいく。 彼女が城塞都市に戻り、留守中農地と水源の管理を行っていた嶽御前から引き継ぎをうけることができたのは、これから2日後のことである。 |