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■オープニング本文 嵐の門とは、儀と儀の間の連絡を絶つ巨大な障害だ。 嵐の門を通らず嵐の壁を強行突破するという手段も存在はする。が、それは一般的には積極的な自殺行為とみなされている。 門を開くための鍵の1つが発見されたのは今から数日前。それからの事態の進展は、恐ろしいほどに早かった。 アル=カマルの地方都市にある流行らない博物館。 その収蔵品の1つをアヤカシが奪おうとしたことが全ての始まりだった。 襲撃してきたのは中級の鬼アヤカシ十数体。彼等は都市に忍び込んでから農地も無防備な住民も襲わず、歴史はあるが金銭的にはたいしたものが置かれていないはずの宝物庫を襲った。 たまたま巡回中だった老警備員が命と引き替えに警告を発し、押っ取り刀で駆けつけた都市防衛隊と中級アヤカシとの間で熾烈な戦いが行われる。 防衛隊は多大な被害を出しつつも辛うじてアヤカシを撃退し、アヤカシが奪おうとしたものを確認して驚愕した。 それは、手のひらサイズの宝珠に内側から彫刻が施されたオーパーツにして、特に人気がない展示物の1つだったのだ。一定の方角に向きを合わせて覗き穴を見ると満点の星空らしきものが浮かび上がるのだが、多くの者は気味悪がって近寄りもしない。 都市の領主は困惑しつつも一応王宮に報告した。当然その不人気収蔵物についても報告されたのだが、それまさに天儀朝廷が探し求めていた物だったのだ。 未だ誰も足を踏み入れたことの無い儀に通じる嵐の門。 この不人気収蔵物こそが、封印を解く鍵なのだ。 アル=カマルの各所で中級アヤカシがより高位アヤカシからの命令を受け取り、周辺の下級アヤカシを駆り集めてから進撃を開始した。 目的はとあるマジックアイテムの奪取。それが叶わぬ場合は破壊だ。 十数から数十のアヤカシからなる数十の群れは徐々に集まっていき、数個の軍となり博物館の存在する都市に迫りつつあった。 ●輸送依頼 「アル=カマルの全域でアヤカシの活動が活発化しています」 朝廷からの急使が天儀開拓者ギルドに到着してから約1分後、青い顔をした職員がギルド内にいた開拓者達に口頭で説明を開始していた。 「今の所上級アヤカシは確認されていません。中級アヤカシは確認されているだけでも30。下級を含めると何百体になるか分かりません」 異常な事態にギルド中が騒がしくなる。 「魔の森での戦いのように隊を組んで撃退すれば良いのか」 戦い慣れた開拓者が確認すると、職員は言葉を選ぶため数秒迷ってから説明を再開する。 「いえ。お願いしたいのはあるマジックアイテムの輸送です。精霊門のアル=カマル側に小型船を中心とした複数の飛空船を用意させました。空路現地に向かい、アヤカシを排除あるいは回避して精霊門に運び込んでください」 アル=カマルの各領地の軍も動員されているものの、彼等は所属する都市や民を防衛を優先せざるを得ない。幸か不幸かは分からないが、今回現れたアヤカシの大群は問題のマジックアイテムだけを狙っているようだ。回収後に都市や人里から離れた進路をとることで、民間人への被害を無くすことも可能だろう。 精霊門が存在するアル=カマル王都に運び込む際は都市に近づく必要がある。王都近郊なら有力部族の戦力を当てにすることができるので、少なくともそこまでは運んで欲しいらしい。 その時点でアヤカシを振り切るか撃滅しているという展開が理想ではある。が、最低限問題のマジックアイテムを王都に運び込めば依頼は成功となる。 「アヤカシの数が多く困難な依頼です。最低限の成功を目指すだけでも大変でしょうけども」 可能ならば、今後二度とこのようなことができないほどアヤカシの数を減らして欲しい。あくまで個人の希望と断った上で、職員はそう口にするのだった。 ●貸与飛空船一覧 小型飛空船2隻。時速20キロメートルで飛行可能。非武装。20人搭乗可能。龍等の大型朋友を載せると搭乗可能人数が激減します。 宝珠砲搭載型小型飛行船2隻。時速10キロメートルで飛行可能。対地攻撃可能な小型宝珠砲を二門搭載(再充填に1分必要。射程300メートル。威力は高めですが高速移動中のアヤカシに当てるのは難しいです)。 いずれの船も、強力なアヤカシの攻撃に何度も耐えられるほど頑丈ではありません。 ●地図 以下が今回の依頼の舞台となる地形です。 1文字縦横10キロメートルです。 平王王平平平平平平平平平平 平平平平平平平平平平平平平 平平平平平平凶平平平平平平 平平平平平平平平平平平平平 平平平平平平平平平平平平平 平陸平平平平平平平平平平平 平平平平平平平平平平平平平 平平空平平鬼平平平平陸平平 平平平平平平平平平平平平平 平空空平平平平平平平平陸平 平平平平平平平平平平平平平 平平平平平平平平平平町平平 平平平平平平平平平平平平平 平平平平平平平平平平平平平 平平平平平陸平平平平平平平 平平平平平陸平平平平平平平 平平平平平平平宝平平平平平 (上記は、マジックアイテムの所在地に、開拓者が乗った4隻の飛空船が到着した時点の地図になります) |
■参加者一覧 / 羅喉丸(ia0347) / 鴇ノ宮 風葉(ia0799) / 海神 江流(ia0800) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 鈴木 透子(ia5664) / バロン(ia6062) / からす(ia6525) / 和奏(ia8807) / ルヴェル・ノール(ib0363) / 門・銀姫(ib0465) / フィン・ファルスト(ib0979) / 无(ib1198) / 晴雨萌楽(ib1999) / ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905) |
■リプレイ本文 宝物庫の間近に着陸したのは、たった1隻の飛空船であった。 オーパーツにしてマジックアイテムを開拓者に引き渡す領主は予想より少ない隻数に不安を隠せない様子であったが、開拓者は数の少なさを活かして利用して高速で回収と離陸を済ませ、王都に向かうのだった。 ●青空の中で 「砂漠の国に眠る門の鍵。鍵が開く新たな開拓史」 門・銀姫(ib0465)による穏やかで明るい歌の伴奏は天儀の琵琶。 背景は果ての見えない蒼天と、天儀に比べると明らかに緑の少ない平地。 ここは地上から約100メートルの飛空船。正確にはその甲板だ。 「オーパーツか…興味深い…が、今は無事運びきる事に専念せねばな」 ルヴェル・ノール (ib0363)は无(ib1198)に輸送対象を預けると、甲板で休んでいた甲龍に目で合図する。 甲龍ラエルは立ち上がりつつルヴェルを背に乗せ、力強く羽ばたくと同時に甲板を蹴って舷側を飛び越える。 ぎらつく陽光を数メートルほど落下し、やがて翼に風を受けて徐々に加速し、飛空船と一定の距離を保ちながら速度を維持していく。 「海神ー、もうちょっと速度出ないの」 船首で堂々と胸を張っていた鴇ノ宮風葉(ia0799)が、振り返りもせずに操縦席の海神江流(ia0800)に問いかける。 「無茶言うなよ風葉。途中で宝珠が止まるような操船をする気なんてないぞ俺は」 片方の手のひらを宝珠にかざしたまま、もう一方の手で己の頭をがりがりと掻く。 「お嬢、操船の邪魔をするのはどうかと思うぞ」 ほんの一瞬煙と光を放ちながら、管狐の三門屋つねきちが呆れたような口調で言う。 「なーに言ってるのよ。ギルドが血相変えて開拓者を集めるような件で、アヤカシと戦わずに済むと思うのかあんたは。そろそろ来るわよ。気合いを入れ直しなさい」 まさにそのとき、飛空船から先行すること数キロメートルの地点で、開戦の火ぶたが切られつつあった。 ●開戦 「駄目、避けたら囲まれる」 青い空に疎らに浮かぶ影を確認し、鈴木透子(ia5664)は素早く判断を下した。 疎らに見えるのは空という空間が広大だからだ。空を汚す影全てが集まれば、おそらく数百に達するだろう。後方の飛空船から見れば左前方にあたる位置に展開していた飛行アヤカシの大群が、遠方からでも見える大きさの飛空船に気付いて飛空船の進路を塞ぐべく移動を開始する。 「蝉丸、派手に動いてうしろの船に伝えて。…からすさんも上から見てるから頑張ってね」 透子を乗せている駿龍の顔がきりりと引き締まり、機敏な動きで体を左右に振って後方へ敵襲を知らせる。 アヤカシはそこまでされた時点でようやく透子達に気付き、激しく翼を動かし距離を詰めてくる。その大部分が鳥型アヤカシである怪鳥だ。 「戦って格好いいところ見せようとしなくて良いからね」 透子は蝉丸の首筋を撫でながら、意識を怪鳥には集中させずに前方全体に意識を向ける。 「怪鳥…ううん、多分あれは」 飛空船の進路上にいくつか浮かぶ微小の影に気づき、脳裏に思いつく限りの飛行アヤカシを思い浮かべて比較し、確信する。 一見怪鳥か大怪鳥に見えるがそれは目の錯覚だ。これは大怪鳥よりずっと大きい、大きさ以上に戦闘能力が高い凶光鳥だ。 「急いで」 翼の角度を急激に変えて急減速を行い、蝉丸は飛空船に最高速で向かっていく。 その背中を大量の怪鳥が追いかけ、追いつこうとし、しかし真上から降り注ぐ矢の豪雨に粉砕される。 元アヤカシの瘴気を切り裂いて現れたのは赤眼の鷲獅鳥。 からす(ia6525)の駆る鷲獅鳥彩姫だ。 最低でも20は滅ぼしたのにアヤカシの数は減っているようには見えず、見渡す限り怪鳥しかみえない。相手が怪鳥だけならその場でとどまって足止めし続けることも可能だったろうが、からすは油断なく急上昇を命じ、高空から一方的に矢を打ち下ろしていく。 追ってくる怪鳥がいないのを確認したとき、からすは怪鳥以外のアヤカシが潜んでいることを確信した。 ●黒く染まる空 透子と蝉丸によって敵戦力を伝えられた開拓者達は、予め戦闘準備を整えた上で敵を迎え撃つことができた。 からすの攻撃により数秒ごとに1体同属を滅ぼされながら、黒い一塊のようにも見える飛行アヤカシが迫ってくる。 その固まりに対し、飛空船から飛び立ち急接近する一騎があった。 「よりにもよって凶光鳥とはね。ヨタロー、腹ァくくりなっ…臨・兵・闘・者・皆・陣・裂・在・前ッ!」 モユラ(ib1999)は陰陽刀で九字を切ることで護りの術を発動させる。 対象は己と朋友だ。一度だけなら敵の攻撃を大きく和らげる術をまとい、甲龍ヨタローはぎゃおんと鳴いてからアヤカシの固まりの至近距離をかすめるようにして挑発する。 後方にアヤカシがいるのだから、塊の中に別種のアヤカシがいても不思議ではない。そう考えたヨタローとモユラは九字護法陣を最大限活かすために常に怪鳥との距離を保ち続け、ついにはアヤカシにとってある意味致命的な一撃を引き出すことに成功する。 怪鳥と怪鳥の隙間をすり抜け、激しい電撃がモユラ達を襲ったのだ。初撃は2人とも比較的容易に耐えることができた。が、第二第三の雷は、直撃こそ避けたもののかなりの深手を負ってしまう。 「こっちよアヤカシ共!」 飛空船の船首で、見るからに高級品な水晶球を風葉が高々と掲げる。 それにつられるようにして、巨大なアヤカシの塊から、実に5体に達する雷雲鬼が姿を現した。 彼等は再度一斉に電撃を放つ。しかし声をかけた直後に甲板上の黒い壁に隠れてしまった風葉に命中させることはできず、風葉の強大な知覚力によって作られた壁を1枚辛うじて壊すことしかできなかった。 「いくわよ海神っ、立ち止まらないからねっ!」 「無茶を言う」 海神は操縦席で不敵に微笑んでから、一切速度を落とさないままアヤカシの中に突入させる。 黒い壁への攻撃は効率が悪すぎると判断した鬼達が船体を狙うが、これは透子主従とモユラ主従の我が身を盾とした防御により阻まれる。 一定速度を保ったままの飛空船が雷雲鬼の真横を通り過ぎようとしたとき、雷雲鬼は渾身の力を込めて、飛空船の急所中の急所である宝珠目がけて5条の稲光を投げつける。 「見え見えだ」 海神は片手で太刀を抜き放ち、稲光の進路上の空間をまとめて切り裂いた。 灰色の力場が展開され、飛来した雷の威力が目に見えて弱くなる。それでも、ろくな防御のほどこされていない、飛空船に搭載された宝珠を砕くに足る威力は残っていた。 「まったく…。髪が傷むわ」 「ずいぶん余裕があるな」 朋友の波美−ナミ−と共に我が身で雷を受け止め、海神はそこだけは無事な左手の手のひらで進路維持を宝珠に命じる。 「上から下から来てるわ〜♪」 戦場で平然と琵琶を弾いていた門が歌いながら注意を促す。 風葉の詠唱により甲板上空数十メートルに生み出された竜巻が、上空からの奇襲を企んだ数十の怪鳥を消し飛ばす。 「火薬の臭い気にしなくてもよさそうね…私にもアレ使えないかしら?」 宝珠を一直線に狙ってきた怪鳥を銃で撃ち落とし、悠然とした態度で波美がつぶやく。 「からくりが魔法とか聞いた事ないぞ」 太刀を振るって風刃を飛ばし、怪鳥を減らすと同時に生き残りを風葉の攻撃圏に追いやりながら海神が突っ込んでいた。 「本当に賑やかだね〜♪ そろそろ私の出番かも」 門が強く弦を鳴らすと、右から突っ込んで来た小数の怪鳥の進路上に空間の歪みが生じる。それは門にとってはかなり弱い攻撃でしかなかったけれども、この場にいる開拓者とは比べものにならないほど弱い怪鳥達は耐えられずに潰れ、瘴気に戻っていく。 左から来た同じく小数は門から離れた朋友により危なげなく足止めされる。 そして、おそらくアヤカシにとって本命であっただろう下方向からの襲撃は、このときに備えて飛空船と距離を保っていたルヴェルと甲龍が対応する。 「さて、数が多い。まとめてふきとんでもらいましょうか」 膨大な数のアヤカシに迫られても表情を動かさず、アゾットを掲げる。 すると刃を起点に雪混じりの嵐が吹き荒れ、扇状の空間を強烈な寒さと打撃で埋め尽くす。 一瞬前まで存在していた鳥形のアヤカシは、嵐に吹き飛ばされることすら許されず、一瞬で羽も残さず砕かれ、ただの瘴気にまで戻され吹き散らされていく。 しかし怪鳥の数は圧倒的だ。地上方向に向けた吹雪で30、進行方向に向けた吹雪で十といくつかを吹き飛ばされても全く怖じ気づかず、ルヴェルとその騎龍に圧力をかけていく。 「すまぬなラエル。もう少し頑張ってくれ」 自らを守るためではなく、飛空船への接近と攻撃を防ぐために吹雪を切れ目無く、角度を変えながら連続で放っていく。そして、ラエルもルヴェルもそろそろ命の危険を感じるようになった頃、ようやく決定的な変化が現れる。 怪鳥の数が大幅に減ったことで、それまで怪鳥の群れに隠れていた空飛ぶ鬼が陽光のもとに引きずり出されたのだ。 「うかつだぞアヤカシよ。これが私の全力だ、こころしてうけよ!」 怪鳥の大群の一瞬の隙を突き、アヤカシのそれを上回る雷が撃ち出される。鬼はとっさに得物を掲げて直撃を避け、負傷しながらも素早く後退を開始する。ルヴェルは至近距離にいる怪鳥の対処に忙殺され追撃できないが、雷の一撃は絶好の合図になった。 それまで甲板上で防戦を行っていたフィン・ファルスト(ib0979)が、礫を使った中距離戦をやめて大型の白兵武器と共に駿龍バックスに飛び乗る。 主と心を通わせた俊龍は手綱を引かれるよりも早く急加速を行い、それまで空を蹂躙してきた鬼達に突っ込んでいく。 己が何より好む高速と、高速と同程度に好む闘争の気配を感じ、バックスは野生を感じさせる荒々しい動きで一切減速を行わないままアヤカシへと向かう。 「よおしっ、このまま突っ込むよバックス!」 地上百数十メートル、相対速度時速50キロメートル越えの世界で、フィンは活性化したオーラを全身から立ち上らせながら雷雲鬼に全神経を集中する。 もう逃げられないと判断したらしい鬼が空中で立ち止まり雷を放とうとするが、息を合わせて死地に飛び込む主従の速度はアヤカシ達の予想をはるかに超えていた。 「砕けろおおおおおおっ!」 精霊力とフィン由来のオーラによって性能を高められたブロークンバロウが振り下ろされ、鬼の頭を胸のあたりまでめり込ませる。 辛うじて消滅を免れ、しかし確実な滅びを悟った鬼が目の前の騎士を道連れにしようと腕を伸ばす。が、高速で振るわれた駿龍の爪でとどめを刺され、瘴気をまき散らしながら土地表に向かい、途中で完全に瘴気に戻って消え去ってしまう。 「次っ」 フィンは強引に向きを変えて再度雷雲鬼に向かおうとする。が、なにぶん速度が速度なだけあってすぐには再接近できない。 アヤカシから見れば絶好の攻撃機会だ。が、アヤカシの狙いなどとっくの昔にばれている。 「貴様等はここで釘付けにする」 上空のからすが打ち下ろしてくる矢が、フィンに追撃をかけようとした鬼を牽制し封じ込める。ほどなく飛空船からも術攻撃が開始され、雷雲鬼は防戦一方になっていく。 飛空船から降り注ぐ術と再度の突撃を仕掛けるフィンに追いかけ回され、追われた雷雲鬼はもう1体の同属と戦意を砕かれてしまい、部下だった怪鳥の群れをその場に残し逃げ去るのであった。 ●決戦前のひととき 甲板から飛び出そようにして仕掛けたヨタローが追撃をしかけて怪鳥の一部を吹き飛ばし、ヨタローをすり抜けた怪鳥に対してはモユラが飛ばした式が的確に打ち落としていく。 激しく戦い続ける1人と1体に対し、礼野真夢紀(ia1144)が静かな視線をじいっと向けていた。 礼野の後ろでは朋友のしらさぎが剣を振るって別のアヤカシの接近を防ぎ、治療を受けて再度前線に向かう透子と蝉丸の援護を行っている。 「治療お願い」 直りきっていない体で防戦を続けていたモユラが頭を下げ、ヨタローもぎゃおんと気弱げに鳴き、主と共に礼野の癒しの術を大人しく受け入れるのだった。 ●陸の決戦 「被害を厭うな! 潰れるまで上から攻撃しろ!」 強烈な炎をまとう大型の鬼が地上で吠え猛る。 従わねば滅ぼすという迫力を感じさせる声が、指揮官に逃げられ右往左往していた怪鳥達に秩序を取り戻させる。 怪鳥の我が身を省みない猛攻により徐々に飛空船の高度が下がっていき、やがては地上からの攻撃が届く高度まで降りてくるように見えた。 が、今鬼達がいる場所からはたどり着けない。 開拓者達はあえて武装の無い、飛空船としては比較的高速の船を1隻だけ選び、欺瞞用の進路をとらず目的地に向けて直進した。その結果アヤカシ達が対応するための時間が減り、射程距離に捉えることすらできないという、アヤカシにとって極めて無様な展開となってしまった。 「一度退くか」 「馬鹿者が。こんな有様をあの方に報告してみろ」 撤退案を口にした中級アヤカシが、苦い薬を一気飲みしたような顔で黙る。抗弁も許されず滅ぼされるより、1人でも人間を殺してから斬り死にする方がはるかにましだ。 「追うぞ。方向はっ」 指揮をとっていた鬼の声が急に途切れる。 不審に思った部下にして同属の鬼が指揮官を見ると、首を貫通した矢を引き抜こうとする指揮官が、悲鳴も出せずに悶絶していた。 「始めるぞ」 鬼の部隊の後方約80メートルの場所で、バロン(ia6062)は片手に弓を、もう片方の手に矢を持ったまま行動開始を指示する。 幼駒の頃からバロンに育てられてきた霊騎シルバーガストは、道のない少々荒れた平地で危なげなく加速していく。 ただし方向は一方向ではない。小刻みに角度を変え、中級アヤカシ達をバロンの射程距離ぎりぎりに捉えるよう絶妙の位置とりを行っていた。 「ふむ」 頭上を通り過ぎた飛空船を走って追おうとする鬼の背後から矢を浴びせ、少数で向かってくる炎の鬼を見事な機動でかわしながら、バロンはひとつの結論を得る。 「予想以上に疲れておるな」 アヤカシの動きが明らかに鈍い。 両者とも万全な状態で向き合ったとしたら、アヤカシは射程の差を圧倒的な数で補いシルバーガストの動きを封じバロンを討ち果たしていただろう。 だが今、中級であるはずの鬼達は、長時間の高速走行で体力を使い果たし、炎を無視すれば小鬼と見間違えかねないほど動きが衰えてしまっている。 「腐っても中級。甘く見る訳にはいくまい。後方の部族と合流するまで引きずり回すぞ」 霊騎は荒れた地形を軽やかに駆け抜け、白銀の突風となってアヤカシを死地におびき寄せていった。 ●凶光 迷彩なにそれおいしいの、というレベルで目立つ純白の滑空艇が大気を切り裂いていく。 下方に見えるのは、アル=カマル有力部族部隊に追い散らされる鬼の群れ。 後方に見えるのはようやく怪鳥を駆逐しつつある飛空船。 そして、前方に見えるのは遠くからでも禍々しい気配が感じられる凶光鳥の群れだ。 単独でも十分な脅威である凶光鳥が、実に二十と数体。 可能ならば交戦を避けるか、できれば味方主力と合流してから戦いたい。が、開拓者達には時間が無い。後退すれば後方で振り切ったアヤカシが追いつきかねないのだ。 「んと」 ルゥミ・ケイユカイネン(ib5905)は極めて大きな弧を滑空艇に描かせながら、操縦席の各所に取り付けた銅鏡を素早く確認する。 銅鏡には顔料を使って複数の図形が書き込まれており、アヤカシの種類と鏡に映った像の大きさを比較することで距離が分かる仕組みになっていた。 「ばらばらだ」 凶光鳥が一塊になっていたら飛び込むのが自殺を意味していただろう。だが個々の距離が数十メートル…とはいっても高々度高速戦闘なら至近距離といっていい距離だが、とにかくこれだけ離れていればやりようはある。 機体に接続した銃架に、自身の背丈を上回る大型銃をとりつける。その扱いは適確かつ繊細であり、ルゥミに銃の扱いを仕込んだ者の技術の高さと、ルゥミが日々どれだけ精進してきたかを容易に想像できる。 大きく息を吐き、小さな体の動きが完全に停止する。そして、子供の指が引き金をそっと押さえる。 轟音と共に飛び出した銃弾が風に軌道を左右に揺らされ、大気という壁に速度を減らされ、目に見えて下向きになっていく。 だがその動きは射手の狙い通りであった。 飛空船への突撃を仕掛ける機会を伺っていた凶行鳥を側面から銃弾が撃ち抜く。辛うじて耐えたアヤカシが銃弾が飛んできた方向に向き直ったときには、既にそこには何もなかった。 ルゥミは発射直後に全力移動し、アヤカシの攻撃範囲外に逃れると同時に次の狙撃を実行する。 第2射は側面から回り込もうとしていた凶行鳥の横っ面を張り飛ばし、ルゥミは急反転から急加速を行いアヤカシの進路上から脱し第三射を行おうとし、果たせなかった。 速度で劣る凶行鳥は戦力を分散し大きく広がることで、ルゥミから逃げる空間を奪ったのだ。 多数の異形の光線がルゥミの全身をかすめ、白い肌から鮮やかな赤が飛び散る。 「そこまでだ」 ルゥミにとどめを刺そうとした凶行鳥の喉に、おそらくは鉄よりも堅い拳が、瞬間的には凶行鳥を上回る速度でめり込む。 羅喉丸(ia0347)は動きを止めず、速度をゆるめないまま己の体を破城槌としてもう1体のアヤカシにぶつける。2体のアヤカシは勢いよくはじき飛ばされ、地面に深くめり込んでから徐々に瘴気に戻っていった。 「ここはお願い!」 ルゥミが青空に血煙を残して加速する。アヤカシの半数近くを引き連れていくが、残りは速度面では圧倒的に劣る甲龍に意識を固定し、瞬く間に完全な包囲下においてしまう。 「行くか、頑鉄。信頼には応えなければな」 押し寄せる凶行鳥と同数の怪光線の中に、羅喉丸は不適な表情で突っ込んでいった。 ●特急便 絶望的な防衛戦を行う羅喉丸の真横をすり抜け、ここまで戦闘に加わっていなかった凶光鳥3体が飛空船に向かう。その速度は凄まじく、滑空艇でも短時間では追いつけないほどだ。 進行方向にある船しか眼中にないアヤカシ達は、泰拳士と幼い射手が血まみれで戦う間も心を鬼にして偵察を続けていた透子の動きに気づかなかった。 当然、彼女の合図を受けて飛空船の影から抜け出した駿龍風天にも気づかない。 「よし」 アヤカシの注意が自分自身に向いていないことを確認し、无は拳を痛いほど握りしめる。強く握っても痛みはない。懐に忍ばせた、おそらくは1つの儀の行く末を左右するであろう球だけが強く感じられる。 「全力だ。余力は残すな」 駿龍風天の瞳がぎらりと強烈な光を放つ。 慎重かつ堅実な主が口にした苛烈な命令に、風天は己の生涯最高速で答えた。 あまりの加速で空気が顔面を強烈に押してくる。だがそんなものは無視だ。 无の動きに勘づいた凶行鳥が、目の前の泰拳士にとどめを刺すことを諦め風天に矛先を向ける。 背後からの拳に瞬く間に数体を墜とされながら、残存の凶行鳥すべてが一斉に怪光線を放った。 その大部分が風天が射程内に入った一瞬に攻撃を仕掛けられたなったものの、残る少数でも攻撃力は十分すぎるほど強大だ。无の全身が燃え上がり、風天の翼が明らかにゆがんでいく。 「は…ははっ」 无は口の中にたまった血を吐き捨て、哄笑した。 風天も自由の効かない体をくねらせて笑いを表現する。 1人と1体は、急速に速度と高度を失い…。荷物とアヤカシを待ち受けていた数百の部族兵の中に突っ込んだ。 ルゥミと羅喉丸、无と風天に気をとられていた凶行鳥達は、数百の兵が地表で隊列をつくり戦闘準備を整えていたことに今初めて気づく。 数百の弓と銃銃が一斉に火を吹き、空の凶行鳥から血飛沫が噴き出し、清い空を汚す。 部族の兵達は個々の強さは精鋭である開拓者達と比べると明らかに劣る。とはいえこれまで温存されてきたため練力はたっぷりあり、アヤカシ達にとっては、これまで激闘を繰り返し残練力量に乏しい開拓者達より強敵かもしれない。 空中のアヤカシは完全に戦意を失い、反撃もせずに遁走を開始した。 「助かりました」 无が懐から宝を取り出そうとすると、部隊の長は静かに首を左右に振る。 血を流した訳でもないのに、最も大きな手柄を横取りしては義理が立たないということらしい。 「我々はバロン氏がおびき寄せる手柄首の相手をしなくてはなりません。勇士に手当もできないのは心苦しいが」 「必要ない。精霊門までなら耐えられる」 血だらけの甲龍に乗った羅喉丸が、傷だらけの体で降下してくる。 彼の上空では、滑空艇ごと飛空船に回収されたルゥミが礼野の治療を受けている。甲板では、無惨な有様にこぼれそうになる涙をこらえ、礼野は柔らかな光で最低限体を修復してから、包帯と薬を使い治療を行っていた。 「砂漠の戦士達よ、この恩は忘れない。武運長久を祈る」 羅喉丸が血まみれの拳を突き出すと、部族の男達は獰猛に笑って答え、バロンがここまで引きずり回してきた鬼達に襲いかかる。 体力の尽きたアヤカシは非常に脆く、被害を押さえる戦いをする部族兵により半数近くを討ち取られ、逃げ去った。部族側の死者は0、重傷者も無しという素晴らしい戦果であった。 その後、アル=カマル側の精霊門をくぐるまで、アヤカシの妨害は一切無かった。 なにしろ、魔の森を焼かれてから時間が経ってないのに数百の戦力を繰り出したのである。アヤカシ側に戦力の余裕など全くないのだ。 天儀においてオーパーツは無事朝廷に引き渡され、作戦発動のときまで保管されることになる。 新たな儀への旅立ちは、もうすぐである。 |