【城】近づく実りの季節
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 難しい
参加人数: 10人
サポート: 10人
リプレイ完成日時: 2012/09/26 02:38



■オープニング本文

「すぐに手を打つべきです。外征を見据えた軍事力の整備を提案します」
「お待ちください。軍で踏みつぶしてやりたいのは私も同じ。しかし諜報員を送り込んで内部を破壊するのが先です」
 城塞都市ナーマ周辺の動きを知らされた若手官僚達が鼻息荒く提案してくる。旗頭であるアマル・ナーマ・スレイダンをあからさまに軽視する周辺勢力に対し、深刻な憎悪と懸念を抱いているらしかった。
「ナーマの領外に対して武力を用いるつもりはない。向かってくれば砂漠の塵にするがな」
 領主は官僚達の心情を刺激しないよう注意しながらではあるが、明確に提案を退ける。
「おぬしらはここ2ヶ月休暇無しだったな」
 若者達が反論するより早く、領主は順次長期休暇をとるように命じる。
「私はおぬしらの能力と献身を評価している。能力の維持には適切な整備が必要だ。おぬしらを治世一年目で使い潰す気は無い。分かってくれるな」
 妖艶を感じさせる笑みを向けられた若者達は、それ以上何も言うことができなくなって領主執務室から退室する。
 テラスに出て、水を城壁の上まで汲み上げる風車を眺めながら、アマルは顔から作り笑いを消し小さなため息をつく。
「嫌がらせなんて無視すれば良いのに」
 内部の統制の難しさを痛感する新領主であった。

●依頼票
 仕事の内容は城塞都市ナーマの経営補助
 依頼期間中、1つの地方における全ての権限と領主の全資産の扱いを任されることになる
 領主から自由な行動を期待されており、大きな問題が出そうなら領主やその部下から事前に助言と改善案が示される。失敗を恐れず立ち向かって欲しい


●依頼内容
 城塞都市の状況は以下のようになっています
 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。滅になると都市が滅亡します

 人口:普 流民の受け入れを停止しています。零細部族からの派遣されて来た者を除くと微になります
 環境:普
 治安:普
 防衛:良 都市の規模からすれば十分な城壁と守備戦力が存在します
 戦力:微 城壁外へ展開可能な戦力はジン数名のみです
 農業:普 城壁内に開墾余地無し。麦、豆類、甜菜が主。10月まで大規模天災等なければ1段階未満上昇します
 収入:普 周辺地域との売買は極めて低調
 評判:普
 資金:微 臨時収入があれば1段階上昇します。からくりの代金(1段階分)はまだ支払っていません(年末時点で未払いだとペナルティ発生
 人材:内政担当官僚1名。情報機関担当官僚1名。農業技術者3家族。熟練工1名。若手官僚見習3名。同見習2名。医者候補2名。情報機関協力員十名弱


・実行可能な行動
 複数の行動を行っても全く問題はありません。ただしその場合、個々の描写が薄くなったり個々の行動の成功率が低下する可能性が高くなります。都市内の事柄に関わりながらでは砂漠への遠征は困難です

行動:牧畜
詳細:外壁の外側に牧草が生えました

行動:からくり教育
詳細:現在、起動させられたばかりの12人のからくりが、戦闘訓練と初歩的な官僚教育を受けています。10月半ばに最低限の教育は完了する見込です。開拓者が直接教育に関わった場合、からくりの能力や性格に大きな影響を与えます

行動:鉱山開発
詳細:鉄の鉱脈が確認された洞窟を開発します。洞窟には空気穴有り。無人。護衛をつければ最大百人の作業員を動員可能。大人数を長期間動員する場合資金が必要

行動:軍備購入
詳細:
資金一段階低下と引き替えに以下のもののうち1つを購入可。全て輸送費込。整備費別。価格変動の可能性有り
城壁に対地攻撃用の砲を配備
非志体持ち仕様銃500丁
銃1000丁分の1会戦分の弾薬
小型の戦闘用飛空船を購入

行動:砂漠への遠征(死亡可能性高)
調査可能対象地図。1文字縦横5km
 砂砂砂砂
砂砂砂砂砂砂 砂。砂漠。危険度不明
砂漠穴漠漠砂 道。道有り。砂漠。比較的安全
砂砂漠都漠砂 穴。洞窟の入り口有り。砂漠。安全。ただし外部からの襲撃の可能性有
砂砂漠道漠砂 都。城塞都市あり。砂漠。安全
 砂漠道漠  漠。砂漠。敵情報微量有。比較的安全

行動:城壁大拡張開始
効果:完全実行時資金が一段階低下
行動:安全に耕作できる面積を現状の数割増しにします。1月程度外壁の機能が失われます。資材、設計図、人員、計画立案済

行動:定住民系大商家との交渉
詳細:複数の地域で事業を展開する組織と交渉します。融資や人材派遣を含む大規模な取引が可能です。大規模案件では要時間

行動:飛空船関連
詳細:改造、設計等を行うための機材も人材もありません。成果を出すには要資金投入

行動:対外交渉準備
効果:都市周辺勢力との交渉の為の知識とノウハウを自習します
詳細:選択時は都市内の行動のみ可能。複数回必要

行動:その他
詳細:開拓事業に良い影響を与える可能性のある行動であれば実行可能です


・現在進行中の行動
 依頼人に雇われた者達が実行中の行動です。開拓者は中止させることも変更させることもできます。

行動:防衛組織立ち上げ
詳細:城壁での防衛戦闘に限って運用可能な民兵220名を編成可。編成時および兵力減少時には城の経済力が低下し、後者の場合回復しません。開拓者不在時に訓練を担当出来る人材が足りません

行動:飛空船(小型商船)
詳細:待機中

祭祀:情報機関により安全であると確認された者だけが、休憩時間を割いて水源近くの社の清掃を行っています

行動:周辺の零細部族民を非公式に雇用中

行動:城壁防衛
効果:失敗すれば開拓事業全体が後退します。守備隊が実行中

行動:治安維持
効果:治安の低下をわずかに抑えます
詳細:生き残りの警備員が宮殿を警戒中。市街は新米中心。平行して訓練中

行動:環境整備
効果:環境の低下をわずかに抑えます
詳細:排泄物の処理だけは行われています

行動:教育
詳細:一定期間経過後、低確率で官僚、外交官、医者の人材が手に入ります

行動:砂糖関連
詳細:秋頃収穫見込

行動:二毛作関連
詳細:継続可能か等判明するのは早くて晩秋

行動:捕虜等
詳細:なし

行動:情報機関
詳細:数名の人員が都市内での防諜の任についています。信頼はできますが全員正業持ち。予算を投入しない限り専業を雇う余裕はありません


・周辺状況
東。やや辺境。小規模都市勢力有り。外部から援助され急速に経済状況が改善しています。外交チャンネル有り
西。最辺境。小規模遊牧民勢力有り。状況不明
南。辺境。ほぼ無人地帯。内部の零細勢力と有力部族が断絶状態に近いです
北。やや辺境。小規模都市勢力有り。内部で紛争頻発。外部への影響力喪失
超小規模オアシス。敵対しない限り、避戦に役立つ目的が得られる可能性があります
西、南、北の主要勢力に対し、東が援助を開始しました
ナーマ・開拓者ギルド間の契約内容は全勢力把握済

・軍
超低レベルジン7名。非志体持ち未熟練兵多数
非志体持ち仕様銃600丁。弾薬3会戦分
志体持ち用魔槍砲10。弾薬1会戦分
重装甲航続距離短型小型飛行船。専属乗員無


■参加者一覧
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
フレイア(ib0257
28歳・女・魔
アレーナ・オレアリス(ib0405
25歳・女・騎
将門(ib1770
25歳・男・サ
朽葉・生(ib2229
19歳・女・魔
鳳珠(ib3369
14歳・女・巫
エラト(ib5623
17歳・女・吟
アナス・ディアズイ(ib5668
16歳・女・騎
ライ・ネック(ib5781
27歳・女・シ
嶽御前(ib7951
16歳・女・巫


■リプレイ本文

●北の町
 支配者が統治に失敗し、それを好機とみた不満分子が立ち上がる。
 その結果の典型例の一つが、エラト(ib5623)の目の前にあった。
 小さな、けれど歴史の重みを感じさせていた煉瓦造りの建物はすべて破壊された。その後天幕を用意できたのは首長一族と有力家系のごく一部くらいであり、他のほとんどは壁の陰で日差しを避けぼろ布で風と砂を防いでいる。立て直す余裕は誰にもない。
 かつて発生した重大事件の捜査に当たっていた首長一族の精鋭も、捜査の成果が全くあがらないことを統治能力の喪失と主張して立ち上がった非主流派家系も既に存在しない。紛争の中で戦死あるいは再起不能となってしまったのだ。
 既に終わりかけの町を見下ろせる丘で、メグレズ・ファウンテン(ia9696)は無言で刃を振るい小鬼の頭を切り飛ばす。
「町側が気づいた様子はありません」
 宿奈芳純(ia9695)は静かに報告してから、苦渋に満ちた表情で息を吐いた。
「アヤカシの討伐がされていなかったですし、予想以上に深刻なようです」
 この町にたどり着く前に立ち寄った零細部族の領域の方が安全だったかもしれない。それほどアヤカシの数が多く、見回りの兵も、外部に対する物見もいないのだ。
「後は打ち合わせ通りに」
 エラトは鷲獅鳥の手綱をメグレズに渡すと、ニカーブで顔を隠してから町の中に踏み入れた。
 中に入ると、外から見たよりさらに酷い惨状が広がっていた。暴動や過酷な鎮圧がなされた痕跡はある。だが今ここにあるのは飢え疲れ果てた人々と、かつてそうだった遺体だけだ。
 経済が好調なナーマでの職を紹介したい気持ちはあるが、実行できない事情がある。
 ナーマの法は残酷ではないが厳正だ。この町の住人が雇われた後にこの町から指示を受けたとき、彼らは確実に処刑されることになる。立場としては大臣級の開拓者なら法をゆるめることは可能ではあるが、そうした場合ナーマ住民の法への信頼が低下してナーマの治安が悪化してしまう可能性が高い。
「食料と水の提供の件で参った! 御領主様にお目通り願う!」
 エラトを追い越し、東の町からの使者が領主の天幕へ向かっていった。

●東の町
 しらないひとにあったら、おじいちゃんかおとうさんにつたえてあげるんだよ。
 部族民以外の者の目撃情報があれば、失礼のないよう対応した後で必ず領主館に通報せよ。
 以上の2行が記された立て札が、町の要所に最低限1つ設置されていた。東の町が独自に考え出した策ではない。外部から防諜用のやり方を教えられた結果だ。
「旅の方、申し訳無いがニカーブをとってほしい。男に見られるのが嫌なら家内を呼んで来るので」
 歩きながら視線を向けただけのライ・ネック(ib5781)に、商店の主が近づいてくる。
 ライは慌てず騒がず店主に向き直り、後ろ手に持っていた小石を指で弾く。すると店の近くで石が着弾する音が響き、店主が慌てて振り向く。
 踏み固められた道の極一部が小石で壊されていたが、店主がそれに気づくことは無かった。不思議に思いながら改めてライに向き直ろうとし、ライの姿が消えているのに気づく。
「え」
 アヤカシにでもたぶらかされたのかと考え、店主は真っ青になってあたりを見回すがライは見つからない。秘術影舞は、ジンですらない人間に見破れる術ではないのだ。
 正体を隠しその場を離脱したライは、警備が増える前に可能な限りの情報を得、走龍と合流した後ナーマへ直進せずに撤退する。
 帰還後に情報を分析した結果、ナーマと関係のある大商家とは別の大商家の下部組織が東の町へ援助したことが明らかになった。形式は完璧に整えられており、この件についてナーマが抗議すればナーマが無法な要求をしたとみなされるだろう。

●退けば退いただけ前に出る
 お茶会の席上で、先の防衛戦参加について鳳珠(ib3369)が感謝を表明したとき、感謝された側のオアシス出身者からの強烈な売り込みが始まった。
 近いうちに始まる牧畜の意義からこれまでも手がけてきた織物生産の拡大など様々なことに関して話し続けているが、言いたいことは一言でまとめることができる。
 褒美として織物業や牧畜に関する世襲可能な特権を寄越せ。
「こんなに美味いものがあるのです。複雑な話は後で…姫様も出席される報告会でどうです」
 農業技術者家系の代表として出席した青年が、社交的な笑みを浮かべ、抜け目ない目でオアシス出身者を牽制する。
 貯水湖近くに設置された野外用テーブルの上には、適温に冷やされた茶と茶菓子が人数分並べられていた。
「そ、そうですね」
 売り込みを邪魔されたことで激高しかけたオアシス出身者は、ぎりぎりのところで落ち着きを取り戻し表面を取り繕う。鳳珠が口にしたのが感謝ではなく謝罪であれば何らかの権益をもぎ取れたかもしれなかったが、これ以上主張しても反感を買うだけだろう。。
「牧畜に関して、私どもだけでは難しいです」
 若手農業技術者が、時折紅茶に息を吹きかけながら発言する。
「戦力が常駐している城壁内とは違いますからね。守備隊と連携をとらないと、牛や山羊をアヤカシに食わせるだけの結果になるかもしれません」
 民兵としての訓練も受けている青年は、アヤカシが出没しかねない場所での牧畜について強い不安を表明する。
「何か案はありませんか」
 鳳珠が問うても、少し考えれば重大な問題があることが分かる程度の案しか出なかった。

●工事・城壁内
 宮殿の封印区画が開放された。
 封印とはいっても何か特別なものが有った訳ではない。未完成区画だったため城の使用人やからくり達が入り込まないよう封鎖されていただけだ。
「皆様の命を危険に晒す作業は安全が確保されるまで今は控えるべきと思います」
 という朽葉・生(ib2229)の指示で鉱山建設という目当ての作業を行えなかった監督と作業員達が宮殿に乗り込み、慣れた動きで工事を進めていく。
 かなりの人数によって工事は高速で行われ、比較的短期間で終了した。とはいうものの、できたのは建物だけであり凝った彫刻や美術品の飾り付けなどは行われていない。
 現在ナーマには彫刻の専門家はいないし、既にある美術品も飾り付けの場所と展示ローテーションが決まっているのだ。
 工事を完了させた監督達は鼻息荒く生に次の仕事を求め、頭を抱えた。
「牧草防御施設、ですか」
「アヤカシの攻撃に耐え抜く強度を持たせようとするなら、かなり頑丈に造るしかないです。材料費だけでもかなりの額になりますよ」
「ナーマに腰を据える前でしたら一見役に立ちそうな高価な設計を売り込んだでしょうけど、有効な防御施設を現実的な予算と工期で造るなら私等だけでは知恵も権限も足りません」
 彼等は余った時間で、空き店舗の目立つ商業区画の一角に浴場を作り上げる。戦闘時の負傷者用という生の意に沿った施設だ。ただし予算の関係で、施設への水供給は緊急時以外されない予定である。

●大臣用執務室にて
 技術に関しては城塞都市ナーマ最高峰の職人に弟子入りした数名の徒弟達。
 フレイア(ib0257)が飛空船関連技術の取得のために打った一手は、残念な結末を迎えていた。
「支度金を10倍にして徒弟ごと突き返された、ですって?」
 官僚から報告を聞いたフレイアは、一瞬ではあるが己の耳を信じられなかった。
 問題の職人は、人付き合いや後進の育成などを全て捨てて技術を磨いた末に今の技術を得た。ナーマに流れてこなければ同業者に排斥され野垂れ死んでいたであろう問題児であり、妻も子もなく人を使った経験もない。当然徒弟を扱う術も知らず、1週間ももたずに弟子との関係が破綻してしまったのだ。脱見習いに最低20年、最悪死ぬまで無理と言われればどれだけ穏和な者でも爆発するだろうし、職人は爆発を許容できるほど人間が大きく無かった。
 さらに、徒弟と関わった1週間、職人の仕事量は普段の半分以下になり、その結果高精度の器具や部品の不足に襲われた各部門の作業効率も低下してしまっていた。
 また、乗組員選抜にあたっているサラファ・トゥール(ib6650)からの報告も残念な内容になっている。飛空船に向いていそうな候補は複数いたものの、乗組員として使えるようするためには資金を投じて専門的な教育を受けさせる必要が有る。教育には時間がかかり、終了後も予算を投じ続けなければ練度は維持できない。報告書はそう結論づけていた。
「人には向き不向きがあるのは当然、かもしれませんけれど」
 ナーマ周辺の地理文化慣行を学ぶのを兼ねて関連文書をまとめていたアレーナ・オレアリス(ib0405)が、多くの書状をもとに作成された報告書をフレイアに手渡す。
 書状はナーマと関わり合いのある周辺零細部族からの連絡で、ナーマを大規模なアヤカシが襲った頃の情報が主に記載されていた。
「アヤカシの出没数に変化無し。つまり」
 未だ砂漠の中に潜んでいるということだ。
「私達がナーマにいる間に攻めてきてくれれば」
 フレイアは、言っても詮無きことを口にしてしまう。仮にこの言葉をアヤカシが聞いたとしたら、憤死してしまうかもしれない。メテオストライクや刃で何十回も同属を殲滅させられた末に、開拓者との直接対決を可能な限り避けるという知恵を身につけたのだから。
「次は…」
 アレーナは資料に手を伸ばし、一瞬意識が途切れて真横に倒れかかる。
「気持ちは分かりますけど休みはとらないと」
 主人に冷たい茶を持って来ようとしたロスヴァイセを目で制し、資料と格闘している12人のからくりの1人をうながす。
 からくりは未だ拙い動きで、しかし乏しい感情表現でもはっきりと分かるほど嬉しげに、ポットを運び空になったアレーナのカップに注いでいく。
「ありがとう。…誰かに仕えることを前提として造られた種という説は本当なのかもしれませんね」
 文官教育と従者としての教育では、明らかに後者に対する学習意欲の方が高い。
 アレーナはからくりを下がらせてから、ある組織の立ち上げのための計画書に再度とりかかろうとする。
 今後の新生児の急増に対応するため、育児経験のある女性を雇い児童の預かりと教育を担当する部署を立ち上げる。母親には仕事と子育ての両立を促すことで労働力の維持を図り、この部署を寺子屋の拡大版として位置づけ運用する。城塞都市ナーマの組織が固まりきっていない現時点でしか実行できないであろう非常に野心的な計画であり、成功すれば今後数世代のナーマの安定が見込めるかもしれない。
 裁可を求められたアマルも、無意識のうちにアレーナを尊敬の目で見上げていた。
 が、その野心的で素晴らしい案は初っ端から頓挫しかかっていた。
「私、こんな文を書いたでしょうか」
 子供の落書きじみた1文を発見して困惑し、また睡魔に襲われて体を揺らす。
 ナーマ周辺の全てを頭に詰め込む地元外交官向け教育と仕事の両立は、極めて困難なようだ。
 結局最終日までに計画書は完成せず、アレーナは切ない目をしたアマルに見送られて帰路につくことになる。

●軍事
 城塞都市ナーマの正門から攻め寄せるアヤカシに対し、防衛組織は正門周辺に戦力を集中させて対抗する。陸路が絶たれることを覚悟の上で防御に徹し、決戦戦力であるジンは宮殿にとどめて万が一の備えとして持久していく。別方向から城壁越えを目指した飛行可能アヤカシに飛空船をあて、組織的戦闘ができなくなった門前のアヤカシ部隊にジンを差し向けた。そのときさらに別方向から高速飛行アヤカシが進入し城壁内の水源に到達。到達後10分が経過した時点で、水源が完全に汚され城塞都市ナーマの滅亡が確定した。
「これにて図上演習を終了する。現場指揮官組は軽食をとれ。参謀組は水分を補給した後反省会だ」
 アヤカシ側の指揮を1人で担当していた将門(ib1770)が、感情を感じさせない口調で指示を出していく。
 現場指揮官組に混じっていたからくり達が厨房に向かうのを見送ってから、参謀が立てた作戦の穴を容赦なく指摘し、同じような状況でうまく守り抜いた事例についても説明していく。
 己の体を使った戦いしかしらぬ戦士を軍人に返るための教育は、将門が帰還するその日まで連日行われた。

●アマルの寝室
 12人のからくりが人払いと領主私室周辺の警戒を開始する。
 将門のからくりである赤髪赤眼の美女が警備に穴が無いことを確認してからアマル・ナーマ・スレイダンに報告して退出し、ようやくアマルが緊張を解いた。
 室外のコルリス・フェネストラ(ia9657)も鏡弦まで使ってアヤカシや暗殺者を警戒している。ここまでして安全を確保できないとしたら、もう諦めるしかない。
「何かお話が」
 外見だけなら妙齢の女性と密室に2人きりになった玲璃(ia1114)が、極めて珍しいことに緊張していた。
 なお、奇妙な緊張感に支配された空気を完全に無視し、玲璃の朋友であるもふらさまがアマルのベッドの上で寝息をたてている。
「領主してるときには立場上聞けない話がありますから」
 人に見せるための動作を止めると、途端に人形じみた動きになる。心身ともに磨き抜かれつつある女性のそんな有様は、無様とみる者もいれば背徳的な色香を感じる者もいるだろう。
 しかし玲璃は雰囲気に惑わされることなく、かすかに感情の残るアマルの目を真正面から見つめ口を開く。
「この場にいる私達にとって大切な事は、死んだ方がマシと思える位恥をかいたり辛く苦しい時でも胸を張り生きなければいけない事です。そしてできない所は人に任せ、補い合う事です。貴方は十分頑張っています」
 アマルは喜びも怒りもせず、感情の薄い素顔のまま首をかしげた。
「ああ、うん」
 幼い子供のような顔で、何度も口ごもりながら、つっかえつっかえアマルがしゃべろうとする。
「たぶんすごくためになることを言ってくれてるんだとはおもうんだけど」
 ベッドに腰を下ろし、温に背を預けながら行儀悪く足を前後に動かす。
「恥だけじゃなくて、感情がわからないんです。このひとならこのじょうきょうでこううごくというのは、たぶんたかいせいどでよそくできても、なにをかんじているかまでは。わたしも、感情があるふりをしてよろこんだほうがよいですか」
 連日の激務で疲労がたまっていたらしく、アマルはもふらさまに埋もれるような体勢で意識を失う。
 玲璃はアマルをベッドに寝かせると、温を起こしてから寝室を後にするのだった。

●砂漠での交戦
「逃げるな戦え! 1匹でも潰せ!」
 大型の鬼が吠える。
 古城跡に向かう前に集めた戦力は、サンドゴーレムを含む数十に達していた。だが今残っているのは十数体のみだ。
 バダドサイトを使うサクル(ib6734)に遠方で気づかれ、空からは広範囲に破壊をまき散らす罔象(ib5429)に襲われ、砂の中に隠れつつ進もうとしても中書令(ib9408)に音で気づかれ攻撃をしかけられる。
 古城跡の間近に迫ったときには、既に自身も既に満身創痍となっていた。
「死ねぇ!」
 石壁による簡易砦から術による吹雪をまき散らすカルフ(ib9316)を目指して跳躍する。上空の龍達とは違い空に逃げられることはないはずで、少なくともジンの1人は討てるはずだった。
 大型鬼の生涯最高の一撃は、アナス・ディアズイ(ib5668)のアーマーが掲げた菱形の盾により危なげなく防がれてしまう。
「なっ、なんなんだよ貴様等ぁっ」
 数百年の生で初めて目にする鉄の巨人に、これまで無数の命を貪ってきたアヤカシが怯えた。
 信じられないほど似通ったもう1体の巨人、クシャスラ(ib5672)のアーマーが回り込もうとしているのに気づいて目の前の巨人から注意を逸らしてしまったとき、砂漠付近の零細部族にとって永年の脅威であったアヤカシの末路は決まった。
「邪魔をする程度の戦力を複数回送り込んでくる…。これの策ではないですね」
 アナスはリエータの中で呟くと、チェーンソーを起動して無防備な鬼の首を刈り取った。

●はるかに遠い鉱山
 数度にわたるアヤカシの襲撃を、それぞれ短時間で撃退した開拓者達。
 だが開拓者達の消耗も浅くはない。日光と風への対策は万全の上にも万全を期しているとはいえ、戦闘中は日差しと風を浴びるのを覚悟せざるを得ない。
 戦闘では練力も体力も消耗するし、なにより貴重な時間が奪われてしまう。
「周辺にアヤカシは見あたりません。あなたは採掘作業の再開を」
 瘴索結界「念」による確認を終えた嶽御前(ib7951)が要請すると、アナスは休憩を取る時間を惜しんで地下へと通じる洞窟に入っていく。
 アナスと入れ違いに、大量の鉱石を積んだソリが引き出されてくる。どうやら内部に小型アヤカシが少数入り込んでいたらしく、ソリをひくムキ(ib6120)はそれなりに疲れているようだ。
「お疲れ様です」
 地上でアヤカシの迎撃にあたっていた開拓者達全員を癒してから、嶽御前がムキに向き直る。ムキにとっては雑魚だったようで負傷はない。
「どーも。…仕事なら何往復でもするけどよ。そろそろ採算とれなくなってないか?」
 嶽御前は、否定する言葉を口にすることができなかった。沙漠への遠征で使う物資にも金はかかる。アナスが工事で使う資材も結構な額する。鉱山が本格的に稼働すれば元はとれるとはいえ、今は都市の蓄えを食いつぶしている状況だ。
 いっそ高位の吟遊詩人に御足労願い、洞窟周辺全ての瘴気を払ってもらおうかとも考えたが、あの祓う術は発動も大変だし周辺から流れ込む瘴気全てを消せる訳でもない。何より、遠くから遠征してくるアヤカシには無力だ。
「鉱山の作業員に護衛をつけるか、入り口になっている洞窟に砦でも造るかしないと…。ああ、砦だけ造っても戦力をおかないと最終的には突破されてしまうかもしれません」
 先週洞窟の封印に使われた、今回洞窟に到達したときには既にアヤカシに破壊されていたバリケードの残骸を一瞥してから、嶽御前は念のため運んできたバリケードの材料の梱包を解いていくのだった。

●最大の敵
 鷲獅鳥が空を飛び、霊騎が城壁外を駆け回り、アーマーが陸のアヤカシを駆逐していた頃、都市住民の一部から官僚経由で提案が届いた。
「晩秋にも大量に麦が収穫できる見込です。風車動力の粉挽き機もありますし、輸出用の加工食品とか作れませんか? あとお酒も造らせてくれると嬉しいです。とても嬉しいです」
 今後予想される大量の支出に頭を痛めていた官僚達はこの提案に迷わず飛びつき、日々の業務の終了後にサービス残業を繰り返し案を練っているという。