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■オープニング本文 ●天儀のとある料亭で 「上物のからくり12体を支払が済む前に渡されたと聞いたときは目玉が飛び出るかと思いましたよ」 高位貴族との折衝を終えた大商人が、ジルベリアの酒で顔を赤くしながら大げさに禿頭を撫でる。 「お任せいただければ10倍の値で売ることもできましたのに」 美術品として通用する同型アヤカシ12というのはそれだけの価値がある。 「理由が分からぬとは言わせぬぞ」 限りなく水に近い酒を口にしながら、滅多に表にでない貴族が目だけで微笑む。 「からくりの領主がからくりの軍を使ってアヤカシを退治するまでになれば、軍にからくりという兵科ができても反対する者は少ないでしょうな」 面子だけでなく命もかかっているのだから新兵器への反発は強い。おそらく、城塞都市ナーマの件を軍拡の突破口にするつもりなのだろう。 軍拡を志向するのは権力目的ではない。開拓者が成果をあげているとはいえアヤカシの脅威は依然として健在で、単純に戦力が足りないのだ。 「私の方からも件の街に梃子入れしておきましょうか」 「不要だ。麻呂がこれ以上天儀外に手を出せば厄介な筋が動きかねぬ。麻呂は何も知らぬ。良いな」 「委細承知いたしました」 大商人は如才なく答え、全ての取引を引き継ぐのであった。 ●依頼票 仕事の内容は城塞都市ナーマの経営補助。 依頼期間中、1つの地方における全ての権限と領主の全資産の扱いを任されることになる。 領主から自由な行動を期待されており、大きな問題が出そうなら領主やその部下から事前に助言と改善案が示される。失敗を恐れず立ち向かって欲しい。 ●依頼内容 城塞都市の状況は以下のようになっています 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。滅になると都市が滅亡します 人口:普 流民の受け入れを停止しています。零細部族からの派遣されて来た者を除くと微になります 環境:普 治安:普 防衛:良 都市の規模からすれば十分な城壁が存在します。アヤカシの襲撃頻度上昇分は民兵部隊発足で相殺 戦力:微 農業:普 城壁内に開墾余地無し。麦、豆類、甜菜が主。10月まで大規模天災等なければ1段階未満上昇します 収入:普 周辺地域との売買は極めて低調 評判:普 資金:微 葬儀関連費用支払済 人材:内政担当官僚1名。情報機関担当新人官僚1名。農業技術者3家族。熟練工1名。官僚見習3名。医者候補2名。情報機関協力員十名弱 ・実行可能な行動 複数の行動を行っても全く問題はありません。ただしその場合、個々の描写が薄くなったり個々の行動の成功率が低下する可能性が高くなります。都市内の事柄に関わりながらでは砂漠への遠征は困難です 行動:葬儀 詳細:祭祀、警備、来客への応接の準備は完了。都市住民への振る舞い等の用意は無し 行動:鉱山開発 詳細:鉄の鉱脈が確認された洞窟を開発します。洞窟内の空気は悪く非志体持ちの長時間労働は不可能。洞窟の上の土地にはアヤカシが少数出没しています。空気穴作製に着手。都市に換気設備用資材有。大穴付近であればアーマーの運用は可能でした。洞窟内の整備は難航中。地下洞窟を拡張せずにアーマーで採掘できる範囲の良質鉄鉱石は採り尽くしました 行動:軍備購入 詳細: 資金一段階低下と引き替えに以下のもののうち1つを購入可。全て輸送費込。整備費別。価格変動の可能性有り 城壁に対地攻撃用の砲を配備 非志体持ち仕様銃500丁 銃1000丁分の1会戦分の弾薬 小型の戦闘用飛空船を購入 未起動からくり12名(領主側付として運用し、暗殺等の汚れ仕事をさせない場合の価格。戦闘に関する制限無し) 行動:砂漠への遠征(死亡可能性高) 調査可能対象地図。1文字縦横5km 砂砂砂砂 砂砂砂砂砂砂 砂。砂漠。危険度不明 砂漠穴漠漠砂 道。道有り。砂漠。比較的安全 砂砂漠都漠砂 穴。洞窟の入り口有り。砂漠。ほぼ安全 砂砂漠道漠砂 都。城塞都市あり。砂漠。安全 砂漠道漠 漠。砂漠。敵情報微量有。比較的安全 行動:城壁大拡張開始 効果:完全実行時資金が一段階低下 行動:安全に耕作できる面積を現状の数割増しにします。1月程度外壁の機能が失われます。資材、設計図、人員、計画立案済 行動:定住民系大商家との交渉 詳細:複数の地域で事業を展開する組織と交渉します。融資や人材派遣を含む大規模な取引が可能です。大規模案件では要時間 行動:飛空船関連 詳細:改造、設計等を行うための機材が有りません 行動:対外交渉準備 効果:都市周辺勢力との交渉の為の知識とノウハウを自習します 詳細:選択時は都市内の行動のみ可能。複数回必要 行動:その他 詳細:開拓事業に良い影響を与える可能性のある行動であれば実行可能です ・現在進行中の行動 依頼人に雇われた者達が実行中の行動です。開拓者は中止させることも変更させることもできます。 行動:防衛組織立ち上げ 詳細:城壁での防衛戦闘に限って運用可能な民兵200名を編成可。編成時および兵力減少時には城の経済力が低下し、後者の場合回復しません。開拓者不在時に訓練を担当出来る人材が足りません 行動:飛空船 詳細:鉄鉱石の輸出に従事中。在庫は今回で無くなります 祭祀:情報機関により安全であると確認された者だけが、休憩時間を割いて水源近くの社の清掃を行っています 行動:周辺の零細部族民を非公式に雇用中 行動:城壁防衛 効果:失敗すれば開拓事業全体が後退します。守備隊が実行中 行動:治安維持 効果:治安の低下をわずかに抑えます 詳細:生き残りの警備員が宮殿を警戒中。市街は新米中心。平行して訓練中 行動:環境整備 効果:環境の低下をわずかに抑えます 詳細:排泄物の処理だけは行われています 行動:教育 詳細:一定期間経過後、低確率で官僚、外交官、医者の人材が手に入ります 行動:牧畜 詳細:何もなければ9月後半頃に、城壁外で本格的に牧畜を開始できる見込 行動:砂糖関連 詳細:秋頃収穫見込 行動:二毛作関連 詳細:継続可能か等判明するのは早くて晩秋 行動:捕虜等 詳細:なし 行動:情報機関 詳細:数名の人員が都市内での防諜の任についています。信頼はできますが全員正業持ち。予算を投入しない限り専業を雇う余裕はありません ・周辺状況 東。やや辺境。小規模都市勢力有り。外部からの支援を受けています。外交チャンネル有り 西。最辺境。小規模遊牧民勢力有り。状況不明 南。辺境。ほぼ無人地帯。内部の零細勢力と有力部族が断絶状態に近いです 北。やや辺境。小規模都市勢力有り。内部で紛争頻発。外部への影響力喪失 超小規模オアシス。敵対しない限り、避戦に役立つ目的が得られる可能性があります 各地域とも有力勢力はナーマに対し敵対的中立 ナーマ・開拓者ギルド間の契約内容は全勢力把握済 ・軍 超低レベル志体持ち7名。非志体持ち未熟練兵多数 非志体持ち仕様銃600丁。弾薬3会戦分 志体持ち用魔槍砲10。弾薬1会戦分 重装甲航続距離短型小型飛行船。専属乗員無し |
■参加者一覧
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
フレイア(ib0257)
28歳・女・魔
アレーナ・オレアリス(ib0405)
25歳・女・騎
将門(ib1770)
25歳・男・サ
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
鳳珠(ib3369)
14歳・女・巫
エラト(ib5623)
17歳・女・吟
アナス・ディアズイ(ib5668)
16歳・女・騎
ライ・ネック(ib5781)
27歳・女・シ
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂 |
■リプレイ本文 深紅のリュートが白魚のような指に啼かされていく。人の耳では意味を読み取れぬ音が鍛え抜かれた喉からこぼれ、式場だけでなく街全体の空気を塗り替えていった。 演奏が始まったときには空の高い位置にあった太陽は、既に砂の地平線近くまで下がってきている。 席が用意されているとはいえ、数時間に及ぶ演奏は来賓の心証を害する危険もあると計画段階では指摘されていた。 しかし冠婚葬祭に関して実践的な知識を持つ玲璃(ia1114)の計画は万全であり、アル=カマル諸勢力の有力者達は精霊の聖歌を極めて好意的に受け止めてた。アヤカシの排除という、人間にとっての正義をなす事で誕生したナーマ領。魔を払う曲は、その領主の葬儀の締めくくりとして申し分ないのだ。 やがて音が止み、数時間連続して演奏していたエラト(ib5623)が一礼して会場から退出する。 続いて、喪主であるアマル・ナーマ・スレイダンが半旗の掲げられた壇上に立ち、ナーマの遺体が納めらた霊廟を背に口を開く。 「皆様。故ナーマ・スレイダンをお見送りくださったことに改めて感謝申し上げます。続きの間に酒食の用意をいたしております。よろしければお納めください」 エラトに代わり、中書令(ib9408)が目立たぬ音量で琵琶を弾きはじめる。 この日のために揃いの制服を仕立てられた警備員達が、緊張の面持ちで高位の男女を案内していった。 ●宴のはじまり 「ありがとうございます。はい、お陰様で懸案だった軽工業部門も…」 喪服を着たエラトが、主催者代理として近隣弱小勢力の長達をもてなしていた。 普通の諸侯あるいは遊牧民なら、領主あるいは部族長あるいはその係累が相手をするべき相手だ。 だがナーマには領主はいても領主一族は存在しない。政治を理解し、礼を知り、威圧あるいは魅了できる器量を持つ開拓者がその代理として表に立たざるを得なかった。 「いえいえ、お陰様で今年は…」 にこやかに応える長達だが、アマルが一度しか顔を見せなかったことに対しては、態度には出さないが不快に思っているようだ。 今回の葬儀における参列者は、領主級だけでも数十人に達している。アマルは遠方の諸侯との面会時間を減らしてでも近隣弱小勢力との接触を増やしていたのだが、残念ながらアマルの誠意は相手側には伝わっていないようだ。 「はい、雇用は引き続き維持を…」 ナーマの弱点を補うため、エラトは絶望的な戦いを続けるのであった。 ●白薔薇の姫 天儀から持ち込まれた高品質の絹を惜しげも無く使った黒いドレス。 装身具といえるのは胸元に飾られた白薔薇のブローチのみ。 美しくはあるが着こなしが非常に難しい衣装を、アレーナ・オレアリス(ib0405)は完全に着こなしていた。 普段は腰まで流している豪奢な金髪は品良く結い上げられ、首より下の肌は完全に隠されている。 立ち居振る舞いもアル=カマルとは少々異なるものの完成はされていて、僅かなほころびも見逃さず攻撃の材料にしてしまう雲上人にも決して隙を見せない。 「安心しましたぞ。我が輩の本拠は大陸の反対側ですからな。どうにも事実がねじ曲がった噂ばかりが流れてきたようで」 男盛りのジンが豪快に笑い、アレーナは品良く、だが絶対に隙を見せずに嫋やかに微笑む。 ナーマに来る前にアル=カマルの常識やからくりの社会的地位について調べてきたアレーナは、予想外の柔らかな対応に内心戸惑っていた。 今の所、からくりの地位は高い低い以前の状態であり、アマルが領主就任を王宮に黙認されたのは破格の厚遇なのだ。 「これはたまらん。応、もう1本、いやジョッキで持って来い」 ジャウアド一派から派遣されてきた遊牧民の男が度数の高い酒を大杯で飲み干し、警護兼給仕に駆り出されていたロスヴァイセや焔に騒々しくお代わり、というか特定の銘柄を持ってくるようごねている。 本人としては、これでも喧嘩を売っているつもりはないらしい。口から出るのは少々品の無い、しかし陰湿さも無い濁声だ。からくり達にかける声にも配慮は無いが隔意も悪意も無い。 「ははっ。相変わらずですな」 王宮近くに勢力を持っているらしい貴族が、遊牧民に視線を向けてから同意を求めるようアレーナに話を向ける。 そのタイミングは実に見事で、起動後半年も経過していないアマルならおそらく引っかかってしまっただろう。しかし現在斜陽とはいえジルベリアで代を重ねた名家を背負うアレーナは、仕掛けられた罠を見抜いた上で笑顔で回避していた。 「今後はよろしくお願いしますぞ」 「はい。こちらこそ」 ジルベリアの麗人は、生まれ育った土から遠く離れた場所で、財力と文化と弁舌の戦場に再び足を踏み入れたのだった。 ●庶民達 「先に逝かれた御大将に」 「姫と街の永遠を願って」 ジョッキが打ち合わされ、度数の低い麦酒の一部が飛び散る。 記帳と祈りを終えた都市住民達は、大通りでいくつも焚かれた火の周りに集まり騒々しくも真摯にナーマの死を悼んでいた。 大人には余剰穀物の一部から作られたアルコールが支給され、子供と酒を飲めない者に対しては砂糖菓子や豆菓子が大量に振る舞われ場を盛り上げている。 新たに整備された、宮殿内の霊廟に続く道には、途切れることなく人の流れができている。その道を突貫工事で作った朽葉・生(ib2229)とその配下の職人達が、大通りの隅に設置されたテーブルで頭を抱えていた。 工事に失敗した訳ではない。城壁拡張の際の人の流れの変化も考慮に入れた上で設計施工しており、今後数十年使われ続けることを確信できる。 問題は、今後手がける必要のある工事だ。 「外壁拡張工事は以前作った計画が使えますが…」 「次は牧草地開発か鉱山開発でしょう。アヤカシの襲撃を排除できるだけの護衛をどう手配すればいいのか」 「仮に、あくまで仮にですよ。生様達が常駐されたたとしても、資材輸送から組み立てに維持管理までする場合…」 ナーマ建設に関わった現場監督や作業員、職人達がこぼす弱音を聞き、生は甘味を勧めながらたずねてみる。 「困難であることは分かります。けれど実績のあるあなた達ならなんとかなるのではないですか」 それは人をのせるに足る一言ではあった。 が、優秀である、あるいは優秀になったからこそ、男達は自らの限界を知っていた。 「今のままじゃかなり死にますぜ」 「かあちゃんと腹のガキに遺族年金が出るなら現場に出はしやすが、おそらくかなり減っちまいますよ」 「ここに初めて来た時は身一つでしたが、今では家庭を持っている者が多くて」 これまでナーマの発展を支えてきた者達に、良くも悪くも変化が起きつつあった。 ●ヒトとからくりの間 「人材ですか」 「そちらも同じか」 フレイア(ib0257)と将門(ib1770)は宮殿奥で合流すると、互いの手がけている案件の進捗状況を伝えあい、沈痛な面持ちで同時に息を吐いた。 フレイアの案件は飛空船の乗組員選抜および養成と、補修部品の自給を目指すための職人に対する教育だ。 前者は壊滅的だった。防衛組織に限っても多数の志願者がいたものの、飛空船どころか水の上の船に乗った者が皆無であり、実践投入可能になるまで何ヶ月かかるか全く分からない。 後者は、1人だけフレイアの要求に応えられる技術を持つ職人がいた。本人も非常に意欲的だったのだが、その1人は城塞都市ナーマの複数分野で必要とされているため飛空船分野専属にできないのだ。 将門の案件は民兵の訓練と、指揮官層に対する教育だった。 前者はこれまでのノウハウがあったためなんとか効果が出た。が、後者に関してはほぼ成果がなかった。制空権確保の重要性を実例を挙げて説いても、表面的な浅い理解しかしてくれないのだ。頭が特に悪いわけでもやる気が無いわけでもない。実戦経験だってある。無いのは知識と教育だ。 「これまで私達が受けてきた教育がどれだけ高度なものだったか、改めて実感させられました」 「できればこういう形で実感したくはなかったがな」 それ以後、2人は無言のまま宮殿の最深部に向かう。 2人に気づいたコルリス・フェネストラ(ia9657)が、弓の弦を弾く動きを止めて分厚い扉に声をかける。数度のやりとりの後、扉が薄く開いて羽妖精の睦が顔を出し、2人を扉の奥へ招き入れた。 その部屋には、ナーマ・スレイダンの残り香がかすかに残っていた。 素材は最高ではあるが実用を最優先に作られた本棚には使い込まれた辞書や実用書が整然と並べられ、部屋の隅に寄せられた机の上には、大量の書き込みがあるナーマ周辺地図が広げられている。 そして、決して狭くはない部屋の大部分を、12の棺桶が占領していた。 「失礼します。最後の便が先ほど離陸しました。明日以降出立予定の来賓方は既に客室区画に入られています」 アレーナ・オレアリスは扉を完全に閉じてから報告を行い、今初めて直接対面した領主に対し気品あふれる礼をする。アレーナが練力を使っていることには気づいたがアマルは指摘はしなかった。挨拶の時間すらとらずに来賓の応対にあたらせたことについて詫び、改めて協力を要請する。 アマルの要請を快く受け入れてから、アレーナは来賓の言動について詳しく説明していく。 「無礼にあたるかもしれませんが、甘くはありませんが予想以上に好意的だと感じられました」 報告を終えると、アレーナは初めて感想を口にした。 彼等が比較的好意的だった理由は2つある。 1つは、初代領主ナーマ・スレイダンの慣例完全無視政策をある程度改めることを第二代領主アマル・ナーマ・スレイダンが行動で示したこと。 もう1つは、第二代領主アマル・ナーマ・スレイダンが初代同様に農地とそれを守る武力を完全に掌握し続けていること。 どちらかが欠けていれば、葬儀へ参加した有力者は半分以下になり、からくりへの権力継承に表だって異を唱える者がその分増えていただろう。 「感謝する。エラト女史等はこれ以上望めない働きをしてくれているが、質で数の不足を補うのにも限界がある。今日以上の苦労を強いることになるがよろしくお願いする」 葬儀中と比較すると生気に欠けてはいるものの、領主と許される最大限の感謝を込めて礼をする。 「こちらこそ」 アレーナは柔らかく微笑み、新米領主の精一杯の願いを受け入れた。 「今回はこの件について処理するため集まってもらった」 からくり特有の、細い腕に秘められたジン並の腕力を活かして棺の蓋をとる。 あらかじめ中身を知っていた開拓者は驚かなかったものの、今にも動き出しそうな顔色の、非常識に近いレベルで整った…要はフレイアやアレーナに迫るほどの美形を目にし、部屋に控えていた若手官僚が思わず生唾を飲み込んでしまっていた。 「無理をする必要はないと思います。部下に起動させ、部下を通じて采配を振るうのも良いのではないですか」 真心のこもった玲璃の言葉に、アマルは一度だけ怯み、けれど気力を振り絞って笑みの形に表情を動かす。 「気遣いに感謝する。ただ」 威儀を正しながらも興味深げな視線を未起動アヤカシに向ける老官僚1人に、方向性と量がそれぞれ異なるが、欲のこもった視線を向ける若手官僚達。そして、すぐにでも通常業務に戻りたいと表情に出している指揮官に職人。 からくりの主人候補を改めて確認してから、アマルは静かに結論を口にした。 「私が12体すべてを起動した場合、私が暗殺されるとその時点で都市防衛が崩壊する可能性がある」 他人事のように己の命を語る。 「それを考え過ぎと言い切れる情勢ではありませんね」 フレイアはアマルの判断に同意を示す。今回、アル=カマルの大部分の勢力から弔問客が訪れたとはいえ、からくりへの権力継承に積極的に賛成しているわけではない。 出席していない勢力の中には、実行する機会と証拠を残さない機会さえそろえば即座に暗殺を実行するであろう勢力すら存在する。 「私は先代のような、事前に暗殺の企みをつぶせるだけの才覚は持っていない。起動後は即座に教育に取りかかってほしい」 アマルに目を向けられた将門とフレイアは、無言のままうなずき了解する。 「からくりを人として扱われるのですね」 アレーナが明るい声でたずねると、開拓者だけでなくアマルの部下達からも賛否分かれた意見が飛び出してくる。 「それは政治的に…」 「私は人として扱うべきと…」 この場での意見具申と議論はあらかじめ許可しているのだが、予想以上に意見が割れていることに気づかされたアマルはそっとその場を離れ、部屋の隅で寝そべっているもふらさまに構いだす。 ヒトもからくりも、もちろん自分自身も、すべてを都市運営のための道具と考えているアマルにとり、からくりが社会でどう位置づけられるかという議論を本当の意味で理解するのは難しかった。 この娘も情操教育を受け直した方がいいんじゃないかなー、と思ったりしつつ、もふらさまは幼い領主に構われてやるのであった。 ●砂漠 開拓者十数名が念入りにアヤカシの排除を行った、地下洞窟入り口周辺の砂漠。 そこに再び到着したとき、鳳珠(ib3369)は足下が崩れるような感覚に襲われていた。 バリケードで封鎖したはずの地上洞窟入り口が、完全に開放されてしまっていたのだ。 鳳珠は務に乗ったまま一気に入り口に近づき、盾を持ったメグレズ・ファウンテン(ia9696)に護衛されながら詳しく調査する。 近くに転がる元バリケードを見る限りでは、中型以下の大きさの、力も特に強くはないアヤカシが長時間ぶつかり続けてようやく破壊したようだ。 「工事は内部の安全が確認できるまでお預けですね」 アーマーケースを背負ったアナス・ディアズイ(ib5668)が、洞窟入り口から少し離れた場所にある空気穴工事現場に目を向ける。 術でつくられた石壁が砂の侵入を押しとどめ、その上から風に運ばれてきた約1週間分の砂が積もっている。 「どう思います」 同じく騎士のヤリーロ(ib5666)にたずねると、十数秒の沈思の後に明快な回答が返ってきた。 「アーマーの重量に耐えきれるかどうか確かめる必要はありますが、地下の狭い空間で2騎使うよりはずっと良いでしょう」 「ですね」 身動きが難しい地下洞窟を思い描き、アナスは心から同意する。 「駆鎧乗りの方達は休憩をとってください。工事には集中力が必要でしょうから」 万一崩落が発生したら、その時点で鉱山事業が実行不可能になりかねない。 天幕の設営と物資の運び込みを指揮しながら、鳳珠が慣れた様子で手際よく指示を出していっていた。 「サクルさん」 「了解。体を拭けるよう多めにしてきました」 鳳珠に促され、サクル(ib6734)が差し出した飯盒には、砂の雫によって確保された水がたっぷりと入っている。 今回も、長く砂漠にとどまる必要がありそうだ。 ●大地の奥 藜(ib9749)の一喝が怪しい影の動きを止め、 宿奈芳純(ia9695)の高度な術が怪しげなもの全てを対象に破壊力を解放する。 即座に射撃できる体勢で罔象(ib5429)が慎重に索敵し、地下に降りた開拓者達はようやくその場の安全が確保できたことを確信できた。 「得意な戦いができないのは面倒ですね」 罔象が最も得意とするのは、駿龍を使った空中からの襲撃だ。しかし今は地下を優先せざるを得ない。 地下の安全が確認されるまで、丸1日近い時間が必要だった。 ●開通 クシャスラ(ib5672)のアーマーが天幕に入り待機場所に停止すると、アナスのアーマーが入れ替わりに天幕から出て行く。 途中で岩盤補強用の資材を持ち上げて先に進むと、そこではヤリーロの機体が鑿に似た大型工具を振るい、岩に空いた小さな穴を拡大していっていた。 急に気配を感じて視線を横に向けると、霊騎務に騎乗したままの鳳珠が、救援に駆けつけた鷲獅鳥の負傷を癒しているところだった。 開拓者達が大きな工事をしていることに気づいたらしく、アヤカシは頻繁に襲撃を繰り返している。ときにはナーマから4騎目のアーマーを呼び寄せる必要があるほど、大きな規模で嫌になるほどの頻度だ。洞窟周辺の掃討は先月まででほとんど終わっているため、数キロ以上先から来るアヤカシを遠方で見つけることができるのは不幸中の幸いだった。 一定の間隔で響いていた鈍い音が、急に軽い音に変わる。 アナスは岩盤を揺らすことを避けるため、一旦天幕に戻って騎体を降り、周囲への警戒を行いつつ可能な限りの速度で駆け出す。 事故と崩落を防ぐために専門の資材を使い手間をかけて補強した斜面を過ぎると、擂り鉢状の地形の底で、1騎のアーマーがマニピュレーターで直接岩の状態を確認していた。 そして、その手のあたりから明らかに温度が違う空気が流れてくる。地下と繋がったのだ。 「やりましたね」 アヤカシの迎撃から戻って来た鳳珠が、連日の戦いと癒しの技の行使で疲れが見える美貌に、心からの笑みを浮かべていた。 ●東の町 走龍薊と別れたライ・ネック(ib5781)は、ナーマの東側隣接地域で目立たぬ格好と立ち居振る舞いに切り替えてから、ときおり術を使い完全に姿を消しつつ町に侵入することに成功した。 農地も町も何もかもが、ナーマと比べると一回り以上小さい。地域の中心である町でこれなのだから他の場所の暮らしはさらに厳しいだろう。 ライはただの買い物客を装い、少額の買い物をしながらあらゆる情報を目と耳で収集していく。時折どこから来たか聞かれもしたが、ナーマ周辺地域の事情をよく知るライは、この町とほどんど交流のない小オアシス出身者であると言って巧みに疑いを晴らしていく。 「この麦かい」 不自然に安い食糧を見つけたライがたずねると、この町では一二を争うほど大きな、だがナーマでは居住区内にある雑貨屋並みの規模の店を代表して男が語る。 「御領主様にお偉い方からのご助力があってな。良くは分からないんだけれども、水や食糧が大量に運び込まれたんだわ」 訛りの強い言葉を愉快そうに操り、ライが買った品に気前よくおまけをつけながら説明してくれる。 ライは、明らかにこの地では収穫できない質の穀物に内心衝撃を受けながら、さらに調査を続けていく。 この地の防諜関係者に注意しながら領主の館に近づいてみると、建てられたばかりの蔵が複数並んでいた。人と物の流れがずいぶんと派手であり、そこが物資保管場所であることが簡単に判明する。保管庫から搬出される物資の量は、ナーマには劣るものかなりの量だ。 脅威を感じたライはさらに情報収集に注力した。すると、東の町の深刻な状況が見えてくる。大規模な援助を受けているにも関わらず酷く疲弊していて、ナーマに対する軍事行動が不可能であることが分かってきたのだ。 地元民に不審がられる直前まで調査を続けてから、ライは一切の痕跡を残さず町から姿を消した。 ●混乱 普段より瘴気濃度がさらに低下した水源で、嶽御前(ib7951)は清掃の手を止めて人払いをする。 すると旅装のままのライが現れ、あらかじめ待機していた玲璃と情報交換を開始した。 「戦争の準備が進んでいたのですか」 「いえ」 玲璃の懸念を否定し、ライは詳しく現地の情報を伝えていく。 「それだけの援助を受け容れたなら、従属なり傘下に入るなりするのが普通だと思いますが」 東の町に援助した勢力は、異様なほど東の町に気を遣っているようにもみえる。なにしろ進駐どころか武官の派遣すら行っていないのだから。 「外の大勢力はからくり領主への牽制のつもりで小金を使ったつもりなのに、辺境にとっては大金過ぎて東の勢力が増してしまった、とか」 そんな馬鹿な展開はまずあり得ないだろうと2人が苦笑する。その予想が限りなく真実に近いことが分かるまで、しばしの時間が必要だった。 |