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■オープニング本文 長年戦い続けた騎士が、主から館を賜り隠居した。 かつての部下の遺児達を引き取り小村の代官としての役割を果たしながら過ごす日々は、長年の戦場暮らしで疲れ果てた彼の心を徐々に癒していく。 しかし、遺児が巣立つまでは生きると笑顔で語っていた老騎士は、呆気なく倒れた。 無数の困難を剣で乗り越えてきた勇者も病には勝てなかったのだ。どうやらたちの悪い流行病だったようで、館で暮らしていた子供達は瞬く間に全滅し、村も出稼ぎに出かけていた男衆を除き数日に渡って苦しんで、死んだ。 それだけでも悪趣味な悲劇といえたが、現実はさらに酷い。 戻ってきて男衆が家族と隣人の遺体を家に寝かせてから館に向かうと、そこでは発病前と全く同じ生活を続ける老騎士と少年少女がいたのだ。 ただし全員腐敗が進行していた。 不用意に近づいた男が農具や剣で肉片に加工されるのを放置して逃げた男達のうち、領主の館までたどり着けたのは半数以下であった。 ●討伐依頼 村にも代官屋敷にも生存者はいない。 彼等を速やかに眠らせてやって欲しい。 |
■参加者一覧
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
露羽(ia5413)
23歳・男・シ
茜ヶ原 ほとり(ia9204)
19歳・女・弓
ルヴェル・ノール(ib0363)
30歳・男・魔
ベルナデット東條(ib5223)
16歳・女・志
不破 イヅル(ib9242)
17歳・男・砲
マルセール(ib9563)
17歳・女・志
緋乃宮 白月(ib9855)
15歳・男・泰 |
■リプレイ本文 ●館の前 草むらに仕掛けられていたのは、草を結って作った罠。 それを避けて通れば踏むことになっていた場所には、底に尖った杭を仕込んだ小さな穴が複数あった。 熟練のシノビである露羽(ia5413)から見れば拙い罠だが、事実上時間制限有りかつ多人数での作戦では重大な障害になり得る存在だ。 「ご遺体に残っている技術をいくつか使えるのかもしれません。戦地のつもりで警戒してください」 手裏剣で草を切り、杭を砕いて埋めながら皆に声をかける。 「わかりましたっ」 最後尾で警戒を続ける緋乃宮白月(ib9855)が元気に返事をする。 普段はのんびり揺れている跳ねた毛はぴんと伸び、白い猫尻尾が獲物を狙う肉食獣じみた動きでゆるりと動いている。 何事かと近くの森から出てきた狼風の犬は、いつの間にか振り返っていた白月に気づいて尻尾を巻いて逃げ去っていく。 「この館のどこかで、今でも仮初の生活を続けているのでしょうか…」 十数秒間聴覚に集中した後、露羽は沈痛な面持ちで重い息を吐く。館までの距離は約20メートル。普通の状況なら館内部であっても相手が動いていたなら確実に耳で気づける距離だが、扉も窓も封じられた屋敷の中の状態はよく分からなかった。 「何か妙な…」 瘴索結界「念」を発動したままだった玲璃(ia1114)が、違和感を感じて懐から帳面を引っ張り出す。 帳面には館の設計図が写し取られており、玲璃が偵察結果を筆で記すと敵の配置が誰の目にも明らかになる。 「茜ヶ原さん」 「了解」 一行の先頭近くにいた茜ヶ原ほとり(ia9204)が足を止め、飴色の大弓の弦を弾いて広範囲を一瞬で探り終える。 差し出された帳面に借りた筆で×印を書き入れていくと、玲璃が探知し損ねたアヤカシの反応が1、ほとりが探知し損ねた反応も1あることが判明する。 クロスチェックで探知という極めた策を採用した開拓者達だが、判明した事実に内心緊張する。 多数のうちの2とはいえ、高位開拓者の探知から逃れるというのは並みのアヤカシでは不可能なはずだった。そして、館の中にいるであろうワイトは、格としては下級アヤカシの中でも下の方なのだ。 「敵の脅威に対する評価を上方修正すべきかもしれませんね。…侵入の手はずは予定通りに」 小声の玲璃に無言のうなずきで答え、開拓者達はアヤカシが潜む館に近づいていった。 ●伏兵 夏の陽に照らされた締め切った屋敷の内部は、おそらく朝から晩まで強烈に熱いだろう。 それは、中から漏れてくる死臭からも分かる。 マルセール(ib9563)はいつでも攻撃に移れるようロングソードを鞘から抜き放ち、死者を愚弄するアヤカシに対する怒りを心に秘め、どんな異常も見逃さない視線を向けつつ館の周囲を巡っていた。 変事や伏兵を発見すれば即座に攻撃に移り、無ければ正門前の主力と合流してから一挙に攻め入る。そういう予定であった。 無音のまま、動きが止まる。 「大丈夫か」 マルセールがアヤカシの所行への怒りを燃やしている事を知っている不破イヅル(ib9242)が、声を抑えて心配げに声をかける。 するとマルセールは己の口に一本の指を当て、ロングソードの切っ先の向きをゆっくりと変えていく。 アヤカシの動き有り。初期案を諦め次善の案、即ち強襲作戦に移行する。マルセールはそう意思表示していた。 「イヅル、援護を頼む」 マルセールは朝顔が全体を覆う壁に一息で近づき、巻き打ちの要領で剣を振り下ろす。 古くはあるが分厚い壁に阻まれて止まると思われたロングソードは、薄く脆くなっていた壁を、その背後に隠れていたワイトごと砕いていた。 不意を打たれて腰を砕かれた同属と完全に破壊された壁を乗り越え、小柄なアヤカシが鋭利な刃物を持って飛び出してくる。 マルセールが剣を再度振って脇腹を裂くが、肉が固まり強度を増しているのか、あるいはアヤカシに憑依された影響か、見習い戦士の少年の遺体は勢いを緩めずシヅルに向かってくる。 「あれは、アヤカシだ…人間じゃない」 アヤカシへの憎悪と死者に銃を向けざるを得ない己への自嘲を噛みしめ、イヅルは向かってくるワイトの口にマスケットの銃口を向け、引き金を引く。 下あごから首にかけてを破壊され半回転するアヤカシに対し、単動作で瞬間再装填した銃を向け続け、引き金を引く 「行くぞ」 頭部を潰され動きを止めたアヤカシを一瞥してから、イヅルはマルセールと共に館の中に踏み入るのだった。 ●1階 本棚を数体がかりで押しながら向かってきたアヤカシに対し、ベルナデット東條(ib5223)は己の背後のほとりと共に余裕をもって後退する。 アヤカシ達と本棚は、彼女たちの脇を通り過ぎ壁に激突して止まる。 ベルナデットはあえて追撃はせず、改めて心眼「集」を発動しアヤカシの気配を探った。 本棚を盾兼武器としようとした3体のワイトは、無防備な背中をベルナデットに晒している。 しかしベルナデットは、何もないはずの空間に向かって刃を振り下ろす。 上段に構えただけで天井を裂きそうになる長大な刃は、臼暗い館内で極めて見つけづらい色の布を切り裂き、それを体に巻き付けていたアヤカシを床に叩きつけることに成功する。 「今、その苦しみから開放してあげるよ…」 ベルナデットはこちらに向き直ろうとするワイトに刃を向け牽制しつつ、アヤカシにより立ち上がる動きを強いられる遺体に声をかける。 遺体が立ち上がるより早く、頑丈な壁も強力な開拓者も全て幻のようにすり抜けた矢が飛来する。 矢はアヤカシに接触した時点では実体を持っており、鈍い音を立てて膝を吹き飛ばし、アヤカシを動きを完全に封じ込める。 アヤカシは遺体を無理矢理動かして瘴気をまとわせた腕を振るうが、待ち構えたベルナデットに容易く阻まれ、二の矢を浴びせられて遺体ごと滅ぼされた。 「耐久力を上方修正」 アヤカシを一撃で殺しきれなかったことを内心歯痒く思いながら、ほとりはあくまで冷静に報告し次の矢をつがえる。 「了解。攻撃は雑だけど1階に集中している。包囲に注意を…」 増援と合流し5体となったワイトが迫ってくる。 ベルナデットが我が身を盾にしてでもアヤカシを食い止めようとしたとき、先頭のワイトの動きが急速に切れを失ったことに気づく。背後で唱えられたアクセラレートによりベルナデットの動きはさらに鋭くなり、アヤカシの攻撃はベルナデットの影にすら触れられなくなる。 「すまない。止めを」 ワイトの動きを魔法の蔦で封じ、決定的な場面で援護を成功させたルヴェル・ノール(ib0363)が精神的な痛みに苛まれながら要請する。 5体のアヤカシは、生前は働き者であったであろう、作業用ではあるが可愛らしく着こなされた服をまとう齢10前後の少女達だった。 「私の炎は燃やし尽くす為の焔…。しかし遺体への被害が大きくなりすぎる」 ほとりの矢がたまたま心臓に潜んでいたワイトを射貫き、ベルナデットが巧みに刃を突き刺しほとんど血を流さずに人体の動きを止める。 「この子達は…天国できっと幸せにすごせるよね? お義姉ちゃん…」 思わずこぼれた言葉を聞き、ほとりは無言のまま妹の背を撫でるのだった。 ●老戦士 露羽が放った二本の手裏剣が、階段を駆け下りようとしたワイト2体の右足に小さくも深い傷をつける。 続いて強力無比な浄炎が1回ずつ叩きつけられたアヤカシ達だが、ほとんど瘴気を失いながらも少しでも犠牲者を増やすために腐りかけた手を伸ばす。 「もうアヤカシと化しているとはいえ、辛い物がありますね」 ワイトが1階にたどりつくより早く、恐るべき切れ味を誇る刀を2閃した露羽が1階の戦いを終わらせる。 「残るは上のアヤカシだけです」 玲璃が静かに伝えると、白月は真剣な表情で頷いてから、二階へと続く階段を一気に駆け上がる。 濃厚な死臭に息が乱れかかるが、続いて登ってきた玲璃が窓を壊して新鮮な空気を確保することで、なんとか普段通りに呼吸できるようになる。 雨戸ごと壊された窓からは強い光が差し込み、やせ衰え腐りかけてもなお偉容を保つ老人の姿を照らし出す。 「その方を解放して下さいっ」 白月の頭から全ての雑念が消える。 目を刺すような臭いを完全に無視し、実戦用の大剣を振り上げようとする老人の懐に飛び込み、防ぎようが無い距離から手甲で覆われた拳をめり込ませる。 ワイトのしぶとさはたいしたもので、白月の渾身の一撃で大きなダメージを負いはしたものの、痛みを感じない動きで剣を振り下ろしてくる。 が、白月は動きが変わらないどころかますます動きが鋭くなっており、続けざまに振るわれる拳がアヤカシの動きをかき乱してまともな攻撃動作をとらせない。 「その方も、他の子供達もっ、アヤカシが好きにしていい方達じゃありません!」 体を押しつける体勢から放たれた拳が、老戦士の遺体を壁に叩きつける。その壁の上には、養い子達が描いたと思われる拙い絵が、丹精込めてつくられた額の中に収められ飾られていた。 一際強く燃えさかる清い炎が、アヤカシだけを燃やし尽くすのであった。 ●鎮魂 身寄りのない老人と子供達の葬儀は、開拓者の手によって行われた。 強引に仕事を終わらせてから急行した領主も途中で加わったが、最期の最期で老人に力を貸せなかった己を恥じているのか、泣くこともできず無言で拳を震わせていた。 「どうや安らかにお眠りください」 老人と最期に拳を交えた白月が代表して別れの言葉を紡ぎ、術を使わず一から火をつけたルヴェルが、乾ききった屋敷の一部に点火していく。 「屋敷を残しておいても良い事は何もない。だが」 ジルベリア式の礼をしてから、炎の向こうに並べられた住民達に目を向ける。 形としては何も残っていない。 だが、老戦死とその養い子の想いは何らかの形で残ると思いたい。 「…どうか、安らかに…」 刃を交えたのはアヤカシであり、老人達は最初から逝っていた。 そのことを実感として理解しているマルセールは、かすかに虚無を感じさせる瞳で煙のいきつく先を見上げている。 激しく燃える館を背景に、玲璃による鎮魂の舞が始まる頃、イヅルは屋敷が見下ろせる小高い丘に1人で立っていた。 これ以上アヤカシの好きにはさせない。イヅルはその想いに突き動かされ、館周辺の調査とアヤカシ掃討を行っていたのだ。 「許さない…絶対にだ」 冷たい怒りを胸に秘め、イヅルは燃え尽きる館に背を向け戦いに戻るのだった。 |