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■オープニング本文 神話や民話に登場するものたちが姿を現すようになった、21世紀初頭によく似た世界。 各国政府は自国民に牙を剥くもの達を容赦なく排除したものの、次から次に現れる超常存在によって余力を失いつつあった。 超常存在には様々な種類がおり。 人類を文字通り食いものするもの。 現代の文化に染まってしまうもの。 己の領地であると主張し土地を占拠するものもいれば。 波風立てずに人類の中に紛れ込もうとするものまでいた。 多様性の増し過ぎた地獄と現実が花開いた世界に、新たな来訪者が現れる。 彼等の故郷は天儀を含む複数の浮遊大陸。 彼等は、自らを開拓者と名乗っていた。 ●天儀開拓者ギルドにて 「新しい精霊門ができたのは知ってますよね?」 アヤカシの攻勢を退け、最近では平和な依頼の方が多くなってきた開拓者ギルドの中で、ギルド職員が暇な…もといのんびりしていた開拓者を集めて新たな依頼について説明していた。 「朝廷の人達が一番乗りしたのですけど、どうやら門の外で撃退されてしまったらしいのです。門の向こうの情報が全く無いのでおそらく生還者0です。幸いなことに門からの敵勢が現れることはありませんでしたが…」 久々の危険な依頼に、開拓者達が奮い立つ。 「依頼の目的は門の向こうの情報を持ち帰ることです。門の向こうにある勢力が危険でないなら、相互不可侵なり交易の取り決めを締結してきて欲しいらしいですが、これは義務ではありません」 開拓者達は詳しい条件を確認すると、久々の冒険に繰り出した。 これが、地球に開拓者が現れる1時間前の出来事である。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
霧雁(ib6739)
30歳・男・シ
雁久良 霧依(ib9706)
23歳・女・魔
八塚 小萩(ib9778)
10歳・女・武 |
■リプレイ本文 ●開いた扉 新宿を占拠したのは、よりにもよって太古から降り積もった怨念であった。 ただし人間の怨霊はほとんど含まれていない。 この土地が地上に現れてから今まで報われずに死んだ全てからなるのだから、人以外の怨霊が圧倒的に多いのだ。 予兆なしで出現したことを考えれば極小の被害で住民の避難を完了させ自衛隊で新宿一帯を封鎖したのは、現内閣とその指揮下の人々の有能さを照明するにふさわしいエピソードだろう。 だが、小国ならそれだけで食い尽くせそうな怨霊達が現れてから、既に1月が経過してしまっている。 経済の中心地の近くが戦場と化した結果、国内の物流は乱れに乱れ、これまで超常現象とぎりぎりで折り合いをつけてきた国が急速に傾きつつあった。 「閣下、現地部隊より急報です!」 首相官邸に常設されている危機対策室に自衛隊員が駆け込んでくる。 南海に出現した超級の超常存在への対処を話し合うために国外に出た首相の留守を預かる防衛大臣が、ここ数年で実用化せざるを得なかった大規模破壊兵器の起動キーを手に立ち上がる。 「怨霊共の攻勢かね」 慌てず、騒がず、冷静な態度でたずねる。 「いえ、繋がる先が不明の通路が開きつつあります」 現地とのデータ通信がようやく回復したらしく、対策室の片面全面を使って設置された大型スクリーンに現地の光景が映し出される。 体調が極端に悪いときに夢で見そうな現実感のない異形が、鉄筋とコンクリートを冒しながら私有地に居座っている。 異形なだけなら人類と友好的あるいは中立的な超常存在の中にもいるが、それらと混同する者はいないだろう。正邪の区分けは人ごと組織ごと違うかも知れない。だが悪意の有無は、見れば分かる。 「どれだね」 「今表示させます。ここをご覧下さい」 辛うじて怨念に飲まれず残っているビルの屋上が拡大表示される。 「む」 「1週間前に出現したものに酷似しています」 人らしきものが現れ、現地側が確認する前に門ごと食われてしまった1週間前の出来事。新勢力の登場の可能性をみてとった関連各所が様々な調査を行ってはいるものの、今の所何も分かっていなかった。 「ふむ。派手さに欠けるね」 冗談を飛ばす大臣は、瞬きもせずにビルの屋上に現れた孔をみつめている。 直径2メートルほどの孔の先は、人の手によるものらしい部屋だ。 強いていえば江戸時代初期の武家屋敷風であることが解析班の学者達から知らされ、対NBC戦闘の準備が整ったことが自衛隊から知らされる。 国外まで含めれば数億に達する人間が注視する状況で、孔の向こう側から誰にとっても予想外な存在が姿をみせる。 「格闘家?」 「警察庁に行方不明者リストとの照合を求めろ! 各国政府にもだ!」 国の中枢が、慌ただしく動き始めた。 ●振るわれる正道の拳 「泰、ジルべリア、アルカマル、次はどんな世界だろうな」 羅喉丸(ia0347)は率先して精霊門をくぐり、窒素酸化物その他の現代文明の副産物と、太古から現れた怨念に溢れる新宿に到達した。 「魔の森にしては瘴気が薄い」 物質化した狼の怨念が、主力戦車の装甲を切り裂ける牙を光らせて襲いかかる。その数、実に100と数十。 しかし羅喉丸は回避どころか身動きすらせず、ただ単に息を整えた。 たったそれだけで、億万の戦いを経て天地そのものとなった羅喉丸の気が、異なる世界の天地と呼応する。 吸って、吐く。 その結果生じたのは、100と数十の怨念ごと浄化された、直前まで新宿を占拠していた怨霊の浄化であった。 「生きるための光と大気はある。大地も堅い。人もいる」 目を使わずに全てを認識した羅喉丸は、遠くでされていた会話から文法と発音を理解し、現地の言葉に思考を切り替えた上で口を開く。 「俺は羅喉丸。天儀の使節団の一員だ」 直前にみせた超常の技からは想像し辛い、無骨だが優しげな表情で地球の人々に語りかける。 「友好を結ぶために来た。だがその前に」 羅喉丸の両の瞳が富士山を捉える。関東一円の怨霊が祓われたのに気付いたらしく、龍脈の奥から火口を通じ、巨大な龍が現れつつあった。 「人に嘆きをもたらす者の相手を優先させてもらう」 使者として来た以上うかつに動けないことは重々分かっている。 だが、住処を追われた人の嘆きが、家族を奪われた人の慟哭が、超越的聴覚を通じて羅喉丸の魂を動かすのだ。 「森羅万象よ、我に力を」 右肩を中心に腕をまわしていく。 武術の合理にあわぬ動き。そして、ここ数十年子供達が慣れ親しんだ伝説の動きだ。 「おお…」 かつての子供達が、羅喉丸の動きを通して伝説を思い出す。 「…ン」 人が、天が、地が、愛で以て悪意を退けることを心の底から願う。 天地との合一。 拳士としての究極の到達点に立つ羅喉丸は、天地人と共に拳を突き上げた。 「パンチ!」 腰の入っていない、無様とさえいえる拳。 その拳が暖かな、熱い、悲痛な愛と共に悪意の世界を切り裂いていく。 愛という概念と化した拳は、遠く離れた富士山に蠢く悪意をぶっ飛ばし、この地を数年ぶりに人間の手に取り戻すのであった。 ●天儀にて 羅喉丸が己の崇拝者から逃れながら苦手な外交交渉をこなすという難事をこなしている頃、リィムナ・ピサレット(ib5201)はアヤカシが根こそぎにされた元魔の森で調査を行っていた。 「暗号いやー」 珍しい形のアヤカシが必死に守ろうとしていた古ぼけた羊皮紙を、ぽんと宙に放る。 「遊んでないで集中せぬか! わしのスペックでは位置の特定に月単位かかるのはわかっておるじゃろう!」 魔杖エルミンスターが、リィムナのまわりをくるくる回りながら文句をつけていた。 「うー」 ここ数年休みがほとんどなかったリィムナが、涙目で己の得物を睨む。 常時リィムナと合体している上位精霊サジタリオが、主に気づかれることなくエルミンスターに殺気の籠もった気配を向けていた。 「う、うむ。しばらく休んでも構わんかもな」 魔杖は内心頭を抱えると、感情表現に使っていた処理能力も全て解読に振り向けることにした。 「けどこれなんだろーね」 ぽいしても宙に浮かんだままの羊皮紙をぼんやりと眺める。 精霊門の向こうの世界なら万人単位の人間を発狂させかねない悪意と狂気を放っているが、超高密度の瘴気からなるアヤカシとの戦いを続けてきたリィムナ達にとってはそよ風に等しい。 「主よ。戦友? から着信有りじゃ」 全ての情報を口にすると丸1日かかりかねない情報を圧縮してリィムナの脳に送り込む。 「んー? 遠征中だったんじゃ」 妙に遠い場所からの通信に戸惑いつつ、惑星間跳躍級の難度の通信術式を一瞬で立ち上げる。 すると何もない空間に通信用の窓が立ち上がり、ジルベリア様式に似てはいるが明らかに異なる装飾がされた一室が映し出される。 「おねえさま、繋がりまわしたわ」 凛々しい甲冑姿の戦乙女がリィムナに一礼してから窓の画面外に呼びかけ。 「かっわいー。ねえねえ君、おなまえ教えて」 したたるような色気を持つ淫魔が目で誘い。 「せ、せいれーつっ」 「偉いひとだー」 様々な妖精種がリィムナの存在の高さに気づき、大慌てでよそ行きに服を着て整列しようとする。 その全てが、リィムナと同じかそれ以下の歳に見えた。 「こら、話し中なんだから邪魔しないのっ」 視点が急に移動し、少女達がいない場所が映し出される。 「はろー、リィムナちゃん元気?」 先程の光景を無かったものとして扱う雁久良霧依(ib9706)であった。 「うん。けど雁久良が術で連絡なんて珍しいね」 いつもは直接会いに来るのに、口に出さずに続ける。 「また名前読んでくれない…」 わざとらしく絨毯の上にへたり込む霧依。しかしつきあいの長いリィムナは全く動じず、無言のまま早く用件を言えとせかした。 霧依は咳払いをしてから、初めて真面目、な気もする表情をつくる。 「リィムナちゃんが手がけてた案件があったでしょ? あれ、ひょっとしてこの世界にも関わっているのじゃないかと思って」 小さな儀なら創造できる規模の情報が、わずかな時間でリィムナのもとへ届けられる。 リィムナは羊皮紙に記された超高密度暗号と渡された資料を超越的な理解力で読み比べ、瞬く間に真相に辿り着いた。 「全てはそっちの儀? というか球形地面に穴を空けるためのこと?」 「ええ。開拓者ギルドにも話は通っているわ。もう一仕事、やらないかしら」 次なる冒険の舞台は、とある惑星の南緯47度9分、西経126度43分。 敵は複数の世界にまたがる超高位の神性であった。 ●NINJA 地獄の時代に現れた新たな英雄、一部では救世主扱いされる羅喉丸の名が1日もたたずに全世界に広まったのには訳がある。 この時代、かつて高度に発達していた情報網は超常存在達によって破壊されている。 だが、NINJAにとっては距離など障害になり得ない。結界など展開されていない惑星ならなおのことだ。 ひとり富士山の頂上に立つシノビの頂点、ザ・ハイマスター。 その周囲にシノビの精鋭達が現れ、音も立てずに膝をつく。 無音のまま指が舞い、数秒で情報の伝達が終了する。 「るるいえ」 ザ・ハイマスター霧雁(ib6739)は、地平線の向こう側にあるそれに視線をあわせていた。 「この地の協力者に伝えるでござる。攻勢はリィムナ殿が到着してから」 忠実なシノビが、抗命にとられるのを覚悟の上で質問する。それでは敵が自由に動いてしまうため、この地の者達が半分以上死ぬか狂気から戻れなくなってしまうが構わないのですか、と。 「前座の足止め程度、拙者ひとりで十分でござるよ」 霧雁は印を結んでニンニンと応えると、一歩で宙に舞い、二歩で海面を踏み、三歩で敵の本陣に踏み込むのであった。 ●南海の決戦 天は荒れ、大気は凍り付き、海は魔物と化した。 より強力な魔物である怪獣サイズの異形が、巨大な三つ叉や鉄すら砕く水流を武器に海から姿をあらわす。 そんな魔界を、NINJAはただひとりゆく。 「せい!」 何の変哲もない七節棍が振るわれると、だまし絵か何かのように巨大になり、魔物である海から落とし子達を空に跳ね上げる。 「はっ!」 何も持たない逆側の腕を振ると、海の一部がNINJAにより掌握され、この星の有史以来最大級のビルに匹敵する錐が大量に出現する。 打ち上げられた巨大案落とし子に従属神格達は、鋭利な錐に巨大な穴を空けられ、散っていく。 「いかんでござる」 敵の中核を視界におさめると同時に、霧雁は覆面の下でわずかに表情を曇らせた。 敵の周囲に、惑星の表面10キロメートルを腐りきらせるに足る狂気の思念波が渦巻いていることに気づいたのだ。 霧雁の部下達なら目をつぶっていても軽くかわせる。だがこの地のほとんどの人々にとっては致命的な一撃になり得る。 「遅くなってすまぬ。ここからは本職に任せてもらおう!」 思念波が放たれルルイエ近海からあふれ出そうとしたとき、邪を祓う涼やかな声が響き渡る。 清浄にして膨大な気を持つ高位精霊と共に現れたのは、 武僧、八塚小萩(ib9778)。 苛酷という言葉では到底足りない試練をくぐり抜けて来た彼女は、桁外れの高位の精霊を使役、否、精霊が望んで付き従うほど己を高めることに成功していた。 「通しはせぬよ」 次元の異なる存在の分霊らしい、黄衣をまとう精霊。その力を借りることなく小萩が防御結界を展開する。 近海全てを覆う大結界は、魔物と化した海の侵食を食い止め、汚染されたものを結界内に押しとどめる。 だが敵もやられてばかりではない。 海に大穴が開き、天儀ともこの惑星とも異なる法則に従ってつくられた都市が姿を現したのだ。 触手のみからなる異形に、目から触手と両足を生やした異形、さらに爬虫類の頭部と触手からなる異形が都市から溢れ出す。 小萩に近づくものは、彼女と共にある精霊の威にうたれて消滅していく。彼女を避けて結界を突破しようとするものもいたが、それは霧雁に遅れてやってきたNINJA達により足止めされていく。 「風よ、荒れ狂え!」 一度足止めされてしまえば敵ではない。 小萩は傍らの精霊の力を何倍にも増幅し、1秒当たり数百体のペースで敵をこの世から消し去っていく。が、敵の攻撃は序の口でしかなかった。 アンモナイトに似た巨大な何かが都市から離れ無音のまま睥睨する。するとNINJA達の動きが鈍り、それどころか見る間に石と化していく。 小萩が超広範囲解呪術で癒そうとするものの、敵はここが攻め時と分かっているらしく戦力をNINJA達に集中させており、解呪術の効き目が薄い。 「任されよ!」 NINJAの中でひとり無事だった霧雁はクロスアウトしつつ跳躍する。 霧雁の進路の脇1キロの範囲にいた異形達は、霧雁の手刀により首を飛ばされ、己の死に気付くことなく海に沈んでいく。 「イヅナー!」 アンモナイトに己の10本の指を食い込ませ、海から引き剥がすと同時に一気に光速近くまで加速する。 「サンシャイイイン!」 太陽の表面で、ひときわ巨大なフレアが観測された。 ●魔法 大規模結界が解除され、その中にいたNINJA達が散っていく。 異形達は戸惑いながら地球への侵攻を開始しようとしたが、待ち受けていたのは空を覆う魔法少女軍団であった。 杖が、拳が、剣が、砲口が、真っ直ぐに侵略者達に向けられていた。 「本命を喚ばせないよ。いくよみんな!」 二対の翼から神々しい光を放ちながら、神代ですら存在しなかった巨大電撃を打ち下ろす。 リィムナにあわせて解放された魔法少女達の力が異形の都市を砕き、そこに降臨しつつあった外の神の姿を外気にさらす。 危機を感じた召喚者が防御の術を発動するが、リィムナの雷に数秒耐えた時点で限界を迎え、焼き尽くされ原子にまで分解されて海の中に消えた。 「みんな、余波が他に飛ばないようお願いっ。おっきいのいくよー!」 「嬢ちゃん達下がれ! 物理法則がねじれるぞい!」 魔杖エルミンスターが慌てて警告する。 リィムナが詠唱をするたびに空間と惑星がきしむのに気付いた魔法少女達が、顔色を変えて防御術式の重ねがけを開始する。 「行くよエルミンスター!」 「隣接次元への衝撃緩和術式展開完了! 惑星中心への衝撃消去術式展開完了! わしゃぁこれでいっぱいぱいじゃい」 魔法少女達が固唾を呑んで見守る中、リィムナは詠唱を終えて高々と魔杖を天に掲げた。 空を覆っていた分厚い雲に巨大な穴が開き、恐ろしいほど澄み切った青空が現れる。 非常に控えめに表現して、文明どころか星ごと壊せる小惑星落としであった。 「これがあたしのメテオストライク!」 ようやくこの次元への降臨を成功させた神を、惑星破壊規模の衝撃が文字通り吹き飛ばす。 次元断層を併用した周辺環境防護術式が無ければ、星系ごと吹き飛ばされていたかもしれない。 降臨した神は霊質の一欠片、因果の糸の一本も残さず殺された。リィムナの術は明らかに人の域を超えており、被害も那由他分の1以下に抑えられいる。 もっとも那由他分の1でも人が扱うには大きすぎ、惑星の全ての魔法少女が全精力をつぎ込んで地球外に衝撃を逃がしきったときには、全ての雲とちょっと洒落にならない量の大気が惑星上から消えてしまっていた。 吹き飛ばした分の物資の補給をするついでに惑星の環境をリィムナが劇的に改善してしまうのは、この戦いの数ヶ月後のことである。 ●締結 「…宮が解放されました! ご覧下さい。羅喉丸様がまたやりとげたのです!」 各国の放送局が熱狂的に開拓者の活躍を伝える中、霧依は欧州に存在する古城で各国高官と文書を取り交わしていた。 古城とはいえ設備は極上で、飾られている美術品には既に失われたとされているものが数多く含まれていた。 「まさかこの城に人間のまま入れるとは思ってもみませんでしたよ」 タフネゴシエイターとして知られる国連の高官が、古城改め雁久良城を見回しにやりと笑う。 「客人としてならば歓迎しますわ。この子達と一緒にね」 霧依は歴史の重みを感じさせる椅子に座ったまま、己の隣に跪く少女の背を撫でる。 「あっ」 メイド姿の少女が、甘い声をもらしふるふると震える。 霧依を見上げる顔は蕩け、だらしなく開いた小さな口からは鋭い犬歯が見えていた。 人類を裏から支配していたつもりの吸血鬼が、霧依の情熱的な説得によって陥落した結果が、この光景であった。 「その際は是非。もっとも希望者が多くなりそうですので」 「細かな調整はよろしくお願いしますね。私はこの子達とのんびり暮らしたいだけですので」 よそ行きの顔で霧依が微笑むと、国交と交易に関する基本的な取り決めが記された羊皮紙を手にしたまま紳士がお辞儀をするのだった。 ●NINJA2 戦いは、まだ終わっていなかった。 「暑いでござる…」 太陽に突っ込んでちょっぴり焦げた霧雁が恒星から離れて行く。 NINJAであれば宇宙空間での生存など造作もない。 ザ・ハイマスターであれば、真空を準光速で駆けることもできるのだ。 「ふむ。八塚殿はそちらに向かわれましたか」 上半身を動かさぬ独特の歩法で宇宙を踏みしめながら、霧雁は悠然とつぶやく。 「ならば付き合いましょうぞ」 一際強く踏み込み、跳躍する。 ザ・ハイマスターの姿は、この宇宙から消え去っていた。 ●戦いは続く メテオストライクという名の準光速質量弾攻撃によって滅んだ神格。 その上位に属する神格達が、自らにとっての脅威を滅ぼすために集結しつつあった。 存在の重みに時空が壊れていき、あらゆる存在が曖昧かつ混沌としていく異界。 そこに、眩しく輝く紋章が浮かびあがる。 「相手にとって不足無し。行くぞ!」 小萩が掲げた右手の甲に、黄の印、キング・オブ・イエローの紋章が激しく鮮やかに浮かんでいた。 「我のこの手が荒びて唸る!」 黄衣の精霊を踏み台にして、限りなく本体に近い黄衣が小萩と共にあるために姿を現す。 「汝を狩れと逆巻き哮る!」 崩れかけていた時空が小萩の世界観をもとに再構成され、精霊が徐々に実体化していく。 複数の神格が、一介の武僧からここまで駆け上がってきた人間を恐れ、後ずさる。 だが既に逃げ場など無い。 いつの間にか戦場という名の処刑場に現れていたNINJAが、出口となる時空の裂け目を防いでいたのだ。 「征嵐…カルコサハリケェエエン!」 黄衣の王が完全に実体化する。 小萩の世界は王を完全に受け止め、王の力を完全な形で解放する。 王は腕を組んだポーズで敵陣を蹂躙し、数十に達する高位神格達を細切れにして吹き飛ばしていく。 因果ごと砕かれた彼等は、あの世に辿り着くこともできずに霧散していった。 「エンド!」 小萩と完全に同期した王が決めポーズを披露し、滅ぼした高位神格の下位にあたるものたちに対し神威でとどめを刺す。 「無事か」 世界の天井が裂け、ひとりの武人が降下してくる。 天儀からの道が開いた星で活動しているはずの羅喉丸だ。 直前まで全力を振るっていたようで、王が警戒する密度の闘気が全身を覆っていた。 「ふむ?」 事情を聞きたい旨を視線を込めると、羅喉丸は厳しい表情を浮かべて天井の裂け目の一点を指さした。 王ともに目を細めると、1万を超える邪神、それも軍団と表現できるほど統率のとれた一団があの惑星に向う光景が視界に入ってくる。 「これはたまらんでござるな。あ、これはシノビの里特産の回復ドリンクでござる。遠慮せずにどうぞでござすよ」 平然と茶碗を配る霧雁に、受け取って無音で喫する開拓者と王。 それはただの茶のはずなのに、瞬く間に開拓者の王の消耗を癒していく。 「邪神共め。なめた真似をしてくれる。悉く滅殺してくれようぞ。行くぞ皆の衆!」 小萩がみなを引き連れ跳躍する。 「我等の戦いはこれからじゃ! 」 開拓者の戦いは終わり無く続いていくのだった。 |