【混夢】宇宙幻想
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
EX
難易度: 普通
参加人数: 9人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/08/28 07:24



■オープニング本文

※このシナリオは【混夢】IFシナリオです。オープニングは架空のものであり、ゲームの世界観に一切影響を与えません。 



 宇宙災害。
 人類国家が互いを数十回滅ぼせる軍備を保有していた時代に現れ、軍備全てと引き替えにしても打倒できず辛うじて封印するに留まった、人類史上最悪の脅威である。
 軍備が削減された現在。万一宇宙災害が蘇れば対抗手段はないかもしれない。


 大帝国を統べる金の女帝。
 空前の数の人を救い、それ以上の人を破滅させた現人神。
 そして当時ですら伝説と謡われた宇宙海賊達。
 彼等が歴史の向こうに消えてから十数世紀が経過した。
 人類は一度は失った出身星系を取り戻し、1つの銀河全てを同族で埋め尽くす勢いで広がり、そして再び退行期に入りつつある。
 人類の技術開発力は肥大化しすぎた生存圏に追いつくことができず、今では拡張期に設置された星間連絡網を維持することが精一杯だ。
 外敵が存在せず大規模な内戦も勃発しなかったため、現行の最大戦力は十数世紀前の規格の戦略戦闘機(単独での恒星間移動能力を持つ機動兵器)と、かつての超人達の血を今に伝える極少数の超能力者達だ。
 拡大の熱気が繁栄と退廃の温さに代わろうとする時代に、銀河規模の災厄が目覚めようとしていた。

●外の神
 1つの恒星を覆っていた、天文学的規模の構造物が崩れていく。
 内部から現れたのは数百年ぶりに宇宙に復活した恒星、ではなかった。
 人類が地上に留まっていたころの文学作品に登場する外の神に似た異形は、空間をねじ曲げながら最寄りの可住惑星を目指そうとする。
「風の神の分霊を確認。全機兵装使用自由」
 半径数千光年の範囲から狩り集められた戦略戦闘機が一斉に武装を解放する。
 単独でも惑星級要塞の防御力場を打ち抜ける光条が数百集中し、封印されていた宇宙規模の天災の半分を吹き飛ばす。
「敵、空間跳躍開始」
「軽量級部隊を追撃にまわせ」
「駄目です。敵の跳躍妨害力場を突破できません!」
 近隣星系政府の最強戦力である戦略戦闘機隊は、外宇宙の存在によって身動きを封じられ、事実上無力化されてしまった。
 宇宙災害の進路上には、広大な人類生存圏の中で唯一の超高速機関製造星系が存在する。この、かつて太陽系と呼ばれていた星系が陥落すれば、人類は社会基盤を維持する術を失い一気に衰退の坂を転がり落ちるだろう。

●招集
 在籍中の大学に押し入るように訪れた惑星政府の高官に対し、映像記録に残る女帝によく似た翼を持つ少女が戸惑ったような表情を浮かべていた。
「オリオン腕の本家なら1つか2つ残ってるかもしれませんけど…。うちは庶流というか、私が隔世遺伝で能力に目覚めてから一族扱いされだしただけの庶民ですよ」
 戦略戦闘機以外ではまず傷つけられない力を持つ少女は、物々しい出で立ちの政治家とその警護の軍人を前にしても平常心を保っている。
「なるほど」
 高官は頭を下げる。が、立ち去ろうとせずにアタッシュケースから古風な植物由来の書類を取り出す。
「オリオン腕に銀河規模災害警報が発令されています。ただちに最寄りのジャンプポイントからオリオン腕に向かって下さい」
 示されたのは、可住惑星複数が吹き飛びかねない事態にしか発行されないはずの召集令状であり、星間連絡網(超長距離ワープ網)の使用許可証であった。
「だから長距離跳躍パスですか」
 現在、星間連絡網の製造技術は失われつつあり、操作方法の一部は既に失伝している。各地の惑星政府が発行する使用許可証があれば近くの惑星への超高速航行は可能になるが、それ以上は難しい。
「はい。天災の規模は星団級。放置すれば人類の存続に関わります。我が惑星政府は近隣の惑星政府と共に非常事態を宣言しました」
「ええと、つまり?」
 銀河レベルの有事、つまり今のようなときに強制的に現場に駆り出されることなっている超能力少女は、嫌な予感に冷や汗を流しながら、一縷の望みとともにたずねる。
「法定速度を無視して現場へ急行して下さい。速度違反の際に自動起動する惑星級要塞を破壊しても一切罪に問われませんので。…できれば、長距離跳躍パスで穏便に通ってもらいたかったですが」
「…今年中の卒業は無理かな」
 虚ろな目をした少女は、携帯端末を使って休学の申請を行うと、その場から直接数光年先の惑星へ跳躍するのだった。

●今の海賊達
「ひゃっはー!」
 目障りな戦略戦闘機が消えたことを確認した海賊達が、古より伝わる喜びの雄叫びを響かせる。
「この隙に略奪だー!」
「金だー!」
「女だー!」
「美少年だー!」
 最新の小惑星級戦艦から旧式銃1つを携えた強化外骨格まで、多種多様の無数の海賊達が天災の進路上の星々を荒らし始めていた。

●求む。英雄
 人類史上最大規模の天災が地球に迫っている。
 天災を防いでくれるなら、その過程で生じた費用も犠牲も我々惑星政府が補償する。誰でも、何でも構わない。力あるものは総力をあげて地球防衛に動いてもらいたい。



●解説
 本依頼は【PM】宇宙ファンタジーや【AP】宇宙ファンタジーの未来を舞台とするシナリオです。
 過去2作に登場したPCの子孫や本人として登場することも可能ですが、そのことで依頼中有利になることも不利になることもありません。

 PCの立場は、政治家でも軍人でも富豪でも科学者でも犯罪者でも学生でもAIでも超常存在でもなんでも構いません。
 有史以前から生きている、時間を遡ってやって来た、別の次元からやってきても全く問題有りません。
 プレイングを作製する際は、以下のリストから2つを選択してPCの能力を設定してください。

【武力】  この特徴を持つ者は、単独で、または部下達を指揮することで、敵艦隊や惑星級要塞を1ターンで撃破可能です。敵と同じマスに移動するのに1ターン、撃破するのに1ターンかかります。宇宙災害は1人で1ターンのみ食い止めることが可能です。この特徴を2つ選択している場合は、宇宙災害を単独で何ターンでも食い止めることができますが、1人では倒しきれません。
【移動力】 この特徴を持たない者は、移動に専念した場合でも依頼終盤でようやく宇宙災害または工星系に到達できます。【移動力】を持つPCの協力を得た場合でも速度はあまり上がりません。この特徴を持つ者は、1ターンあたり1マス上下左右のいずれかに移動できます。この特徴を2つ選択している場合は、単独であれば1ターンで地図のどのマスにでも移動可能で、5ターンかければ1星系の避難を完了させるか星系ごと1ターンに1マス左右上下のいずれかに移動させることができるようになります。
【魅力】 この特徴を持つ者は、弁舌や歌や政治工作で、接触した宇宙海賊や全自動惑星級要塞や星系を己の部下にできます。部下は自由に使えます。この特徴を選択した場合は、【武力】か【移動力】のいずれかも選択する必要が有ります。


■参加者一覧
羅喉丸(ia0347
22歳・男・泰
ヘラルディア(ia0397
18歳・女・巫
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
からす(ia6525
13歳・女・弓
蒼井 御子(ib4444
11歳・女・吟
ネプ・ヴィンダールヴ(ib4918
15歳・男・騎
リンスガルト・ギーベリ(ib5184
10歳・女・泰
罔象(ib5429
15歳・女・砲
サドクア(ib9804
25歳・女・陰


■リプレイ本文

●非常事態宣言
「続いてのニュースです。旧帝国領の議会から本星域に派遣された大使が、全星域に向けて広域演説を行いました」
 空中投影型のニュース番組の映像が切り替わる。
「お初にお目にかかります。私は罔象。金の女帝の系譜を引く国家から全権を与えられた大使です」
 映像の隅には罔象(ib5429)の略歴が表示されており、つい先日まで遣り手の大物交易商だったことと、旧帝国の名門出身であることが分かる。
「我が国はこの度の星団規模災害を人類存続に関わる重大事と認識しています。よって広く協力を求めます。情報伝達に関しては…」
 古くはあるが良く整備されたコロニーの片隅でそのニュース番組を見ていたからす(ia6525)は、胸ポケットに挟んでいた携帯端末の揺れに気付く。
 受信履歴を確認してみると、十数世紀前から使われている外交官用のアドレスが表示されていた。中身は、旧帝国系列の国々が集めたと思われる詳細なデータだ。
「続きまして中央議会からの中継です」
「恩は利益になる」
「あの星系とは協力関係なんすよ」
「あ、ずるい。ウチも通商結びたいのです」
「放置すればいずれこの地に来るじゃろうな」
「だからそれは…」
 コロニー群全体の方針を決めるはずの会議は、一定の方向を向いてはいるが結論を下す気配がない。災害を無視するような無能はいないが、千年ぶりの真の危機を正しく理解している者もいないらしい。
「まったく」
 からすはひとつため息をついてから、軽く力を使って部下からの報告を受信する。
 表も裏も慌てふためき、慌ただしく戦力を再展開している最中のようだ。
 罔象経由の情報と比較して正確な情勢を把握したからすは、電子通貨で支払いを行い、宇宙開拓以前の型の屋台から立ち上がる。
 本来の億分の1に抑えても飛び抜けた存在感に気付き、一定上の年齢の男女が気軽に、しかし心からの敬意を込めた挨拶を行ってくる。からすがコロニー群という巨大勢力の実質的な創始者であることを知っているのだ。
 からすは鷹揚に答えながら、携帯顛末を外部に繋ぎ、威厳を込めて命を下す。
「召集せよ。久々に狩るぞ諸君」
 立体映像で映し出されたいた議会は、からすの命令に従い猛然と動き出していた。

●戦略級戦闘機
 技術史どころか歴史に名を残す、初にして究極の戦略級戦闘機Heralldia(ヘラルディア(ia0397))。
 その機体に搭載されていたAIが、十世紀にわたる眠りから目を冷ます。
 戦略級戦闘機群から押し寄せる悲鳴のような報がを目覚まし代わりであった。
 辺境に設置された戦略級戦闘機用基地の奥深くで、Heralldiaは己の機体と武装の用意を人間達に命じる。
「遠く記憶にございます宇宙災害が目覚めたという事ですね」
 戦略級戦闘機への指揮権限を最大限活用し、片道切符同然のやり方で、予想される戦場に戦力を集めていく。
 そこまでして戦力を集めても全く足りない。彼女を使いこなせる超人パイロットがいた時代でも、辛うじて封印することしかできなかったのだから。
「人間でいうところの同窓会を期待したいところです」
 懐かしい機体に戻った彼女は、物理法則をねじ曲げて光速以上の速度で飛び立つのだった。

●RAGOUMARU
 人類の生命線である工業星系から数光年離れた場所に、その惑星があった。
 資源はほぼ採り尽くされ、地表のわずかな緑が残るだけの田舎星。
 そのさらに辺境で、穏やかに過ごす人々がいた。
「博士、3番農園の野菜がそろそろ食べ頃だ」
「3番と言えば瓜科の…なんじゃったっけ?」
 かつて工業惑星で巨大プロジェクトの総指揮をとり、今では故郷に引っ込んで晴耕雨読の日々を過ごす老博士が首をかしげる。
「西瓜由来の甘味植物だ」
 精悍な顔つきの青年が呆れたような視線を向ける。
「おう、おう、そうじゃった」
 柔和な笑みを浮かべ、白衣に麦わら帽子という独特の格好をした老人が何度もうなずく。
 青年が肩をすくめて収穫に向かおうとしたとき、真昼の空に見慣れぬ光が現れる。
 数年前に全ての記憶を失った状態で老博士に発掘された青年は、裸眼で、防衛惑星が発する緊急警報に気付いてしまった。
 警報は星団規模災害の来襲を告げるもの。
 青年の形をした究極兵器の安全装置が解かれ、巨大な力と膨大な知識が青年の心を翻弄する。
「はか、せ」
「この反応はtype C、異界の邪神が蘇ったか」
 片眼鏡型の携帯端末で義理の息子と周辺聖域の状態を調べ上げた老人が、厳しくも暖かい目を息子に向ける。
「わしのことは構うな。なすべきことをなすんじゃ」
 あくまで息子として接してくれる老博士に勇気づけられ、彼は心の安定と真の力を取り戻す。
「博士、ありがとう、そして、行ってきます」
「うりをようく冷やしておくからな。食べ頃なうちに帰って来るんじゃぞ!」
 羅喉丸(ia0347)は背中を向けたまま無言で拳を振り上げ、戦いの待つ宇宙に向かって跳んだ。

●絶対防衛線
 防衛線に限れば、1基で3桁近くの戦略級戦闘機と戦える惑星級戦闘要塞。
 それが4つ、1つ所に展開していた。
「大使、コロニー群正規艦隊がタッチダウンします」
 大型宇宙戦艦が丸々1つ入る大きさの管制室に、跳躍空間から通常空間に復帰してくる艦隊の姿が映し出される。
 白翼と称されることもある、コロニー群が有する戦力だ。主に元軍人が乗り込む平凡な艦艇群であり、平均的な星間国家の戦力と比べるとかなり見劣りする。
 しかし決戦に間に合った戦力としては上から数えた方が良い規模であり、コロニー群の真の主力も近くまでやって来ていることを罔象は知っていた。
「了解しました。協力に感謝します」
 白翼が提案してきた惑星級戦闘要塞の側面への展開を許可してから、罔象はほっと息を吐く。
 歴史と権威を持つとはいえ、彼女の属する国は大国でも先進技術保有国でもない。にも関わらずここまで戦備を整えられたのは、過去から現れた伝説と、彼女自身の弁舌の力による部分が大きい。
 完全無人化された要塞を真の意味で戦力するために軍人を乗り込ませるのも、彼女の交渉力が無ければ実現しなかっただろう。
「本要塞が宇宙災害を感知しました。正面に投影します」
 軍事面の指揮を担当している高位軍人が静かに報告する。
 管制室の中央に、恒星未満惑星以上の、天文学的規模の存在が映し出される。感覚器らしき部分には、モザイク状の表示が重ねて表示されて実物の姿を隠している。モザイクの範囲は急激に拡大しつつあった。
「機器の異常ですか?」
 高位軍人にのみ聞こえる程度の小声でたずねる。
「耐精神攻撃障壁です」
 冷静に答える軍人の表情は硬い。
 当初予想より障壁への負荷が大きく、霊感というべきものが高い通信系士官達の多くが職務遂行不可能になりつつあるのだ。
「なるほど」
 罔象は感情を感じさせない優雅な笑みを浮かべたままうなずき、急に、まるで誰かから耳打ちされたかように首をかしげる。
 大使が通信機を持ってないことを要塞のセンサーで知っている軍人は内心不審に思うが、それを表に出すより早く、罔象の発言により混乱した。
「1分もたたずにHeralldia群が到着します。計画の変更は無し。引き続き指揮をお願いします」
「はっ」
 長年の訓練により強引に内心に混乱を押し殺し、軍人は各要塞が即座に動けるよう命令を下していく。
 己がなし得るすべてを為した罔象は、無言のまま艦橋の上空に表示された映像をみつめていた。

●開戦
 戦略戦闘機Heralldia群が超光速航行から通常航行に切り替えた瞬間、巨大な肉の惑星じみた外見をしていた宇宙災害が爆発的な変化をみせる。
 狂気的な大きさであることを除けば、強壮な翼にもみえる1対の腕。
 身体も感覚器も、地球由来の生物では考えられない形状であり、しかし地球由来の生物とは異なる形での均衡を感じさせる。
 翼がゆっくりと、実際には光速の数分の1という非常識な速度で上下する。
「退避用陣形を為せ」
 戦略戦闘機の祖にして頂点の命令は光速で伝達された。膨大な数の戦闘機が一斉に散開し、宇宙規模の空間の揺れを回避していく。
 極めて不幸な故障により逃げ遅れた一部の機体は、空間を揺らす大波に触れた時点でこの世以外のどこかに飛ばされ消滅する。
 戦略戦闘機は強く堅いが軽い。戦略戦闘機ほどの速度がなければ宇宙災害に追いつけないとはいえ、直接戦う場合は相性は最悪だった。
 しかしそのことはHeralldiaも各国軍人も重々承知している。
 宇宙災害の注意が戦略戦闘機群に向いている間に、惑星級要塞は全ての兵装を稼働状態に移行させ、その砲門を宇宙災害に向けようとしていた。
「皆様、お久しぶりでございます。我々がしばしの間時間を稼ぎます。こういう危機でございますので是非とも協力願いませんでしょうか?」
 Heralldiaから古式ゆかしい型の挨拶が、超光速であらゆる方向に向かって送り出される。
 最初にこたえたのは、Heralldiaによって万金以上の価値がある時間を与えられた要塞達だ。
 宇宙災害から流れてくる波に分厚い装甲を耕されながら、純粋な物理力で、または他世界由来の存在そのものに干渉する術式を宇宙災害の中心に対して打ち込んでいく。
 恒星を吹き飛ばせる規模の攻撃によって生じた変化は、表皮に生じた数キロメートルの亀裂だけ。しかしそれは、Heralldiaの前でさらすには巨大すぎる隙であった。
「我に続き全力攻撃を為せ」
 Heralldiaが眷属を引き連れ宇宙災害に迫る。
 有人星系ゆえ本来の速度の数十分の1しか出せない戦略戦闘機達。
 だがその動きは凄まじく鋭く、数瞬ごとに形を変える宇宙災害でも追い切れない。数多の戦いで磨かれたHeralldiaの動きは老獪にして優美であり、目の前の動きに対処するだけの宇宙災害では対応しきれないのだ。
「発射」
 当たり所によっては恒星を黙らせることができる爆弾が機体から切り離され、要塞の巨大兵器による小さな傷の中に吸い込まれた。

●異界の神
 恒星よりはるかに眩い光りの中に、かつて宇宙災害と呼ばれていたものが消えていく。
 歓呼の声が響く要塞の艦橋で、帝国の裔は淡淡とした態度で次の事態に備え動いていた。
「提督、例の物資の輸送計画はどこまで進んでいます?」
「万事怠りなく。計画通り我々も援護に向かいますか」
 かすかな困惑を感じながら、軍人が罔象に返答する。
「そのようにお願いします。…今後、問題の宇宙災害に目を向けないよう麾下の軍に命じることをお勧めします。そうすれば発狂者の数を何割か減らせるはずです」
「了解しました」
 軍人は内心困惑しながら、長年磨いてきた勘と判断力に従い即座に命令を実行した。そして、その結果、発狂者の数を5桁台に抑えるという偉業を成し遂げる。
 Heralldiaの全力攻撃によってしばらくの間足止めされていたそれは、真の姿を現し再び工業星系へ歩みを進めていく。
 頼りの綱のHeralldiaは全ての武器を使い切ってしまっている。不幸にもそれを認識してしまった要塞の乗組員は、1人の例外もなく精神を壊されてしまう。
 宇宙災害など一側面でしか無い。それは、別の理が支配する場所の神の一柱であった。
「金の陛下。後はお願いいたします」
 罔象は、総員脱出の命令が下された要塞の中から、工業星系の方向をみつめていた。

●人と神の戦い
 雑多な艦からなる艦隊が、可住惑星や大規模コロニーを背にして猛烈な砲火を浴びせていく。
 砲火を浴びせられ打ち砕かれていくのは、艦の種類は似たようなものだが、練度の連携も稚拙な宇宙海賊達だ。
「うむ。その条件で合意する」
 数人の部下を通して数万の艦艇を手足のように操りながら、からすは同時に周辺星系と各コロニー、資源基地達と交渉を進めていた。
 表向きは、白翼の護衛と協力に対する具体的な感謝の表し方や各種協定の更新。
 実際は、コロニー群の真の主力である漆黒、からすを盟主と仰ぐマフィアや昔気質の海賊どもによる示威行為とみかじめ料その他に関するお話し合いだ。
「うまくない」
 交渉の手を目の前の賊に伸ばそうとしていたからすが、かすかな苛立ちに似たものを顔に浮かべる。
「この感じ、奴か」
 宇宙災害に乗じて暴れ回っていた海賊達は、徐々に1つの方向性を持ち、単一の価値観に染められ死兵と化しつつあった。変化が進むたびに、漆黒の被害が大きくなっていく。
「さぁ――みなさん、参りましょう! 外つ神と呼ばれる彼にも幸福となっていただかねばなりません!」
 蒼井御子(ib4444)による魔性の言葉が、宇宙を冒していく。

●強者達
「リンスガルドの子孫に、…あー、あの胡散臭い宗教家も、生きてんのねぇ」
 生物を守る要素が存在しない宇宙の闇に、宇宙船に乗って無いどころか宇宙服すら着ていない人間がいた。
 もっとも、それは種類としては人間ではあるが、存在の位階は人間の上限のはるか上の存在だ。
「敵は風系統の有名どころ。犠牲者予定なのは…」
 ここではない世界からやって来た、自称大魔王の次元術士が勢いよく振り返る。
 工業星系の恒星や各種工業コロニーが放つ光が、真空にも宇宙線にも冒されない肌と髪を神々しく照らす。
「雑な防備ね」
 地表にいる1人1人から恒星の中心部分の現状まで一目で確認した鴇ノ宮風葉(ia0799)は、重いため息をついて己の額に手を当てた。
「重要地域くらい、対神霊防御兵装の配備をしなさいよ」
 このままでは、絶望的な準備不足の状況で時間を稼いだHeralldia達の働きが無駄になる。
 風葉はうんざりとした顔で、彼女にとっては児戯以下の、この世界では未だに実現されていない超短距離跳躍を成功させた。
 物理的、魔術的に最高水準の隠蔽が施されている宇宙戦艦の中に姿を現す。
「はぅ。結構美味しいのです!」
 通常の戦艦なら艦長か提督がいるべき場所には、パイロットスーツや軍服にしては少々艶っぽすぎる薄着の装備を身につけたネプ・ヴィンダールヴ(ib4918)がいた。
 瑞々しい唇に、この星系で最近流行っているスナック菓子が咥えられていた。
「鴇ちゃんも食べるです?」
 無垢な子供のような笑みを浮かべて勧めてみる。
「時間が無いわ。すぐに始めるわよ」
 風葉は無造作に顔を近付け、唇を奪うのに似た動きで菓子を強奪し一息で噛み砕く。
「まだ距離があるですよ?」
 ほんのり顔を赤くしたネプが、各所の兵装の安全装置を解除しながら疑問を呈する。
 風葉は面白くもなさそうに鼻を鳴らし、空間に傾斜をつけ宇宙戦艦の移動を補助しながら説明する。
「このままだと今来ている触手だけでなく本体が出てくるわ」
「え…えぇっ?」
 ネプは戦艦の受動感知装置に意識を集中し、わあと悲鳴をあげる。
「なんでこのレベルのあれが出てくるですか?」
 究極人型兵器にして究極可変戦艦ロギの目に、高位次元からゆっくりと降りてくる本体の姿が映っていた。
「殺しきれなかったからよ。あの戦闘機は良い腕してたけど、敵の心臓に届かない長さの武器しか使えないんじゃこれで限界よ」
「うわーんっ。あんなのとまともに戦いたくないですよ」
 ステルス越しに誘導ミサイルを転移させ、一気に準光速にまで加速させて物理的、呪術的な凶悪な破壊力を外の神に対して解放する。
 光学的な視界では9割方消滅した。が、2人には超巨大存在の表面を引っ掻いたようにしか見えなかった。
「あっ」
 戦艦のAIが知らせてきた情報に、ネプが表情を輝かせる。
「近くの星系から多分援軍が来てるですよっ。一緒に戦えばなんとか」
 戦闘能力でいえばロギ込みのネプに迫る戦力を持ち、なにより世界の守護に特化している存在が急行してきている。
 この戦場では最も心強い味方になるはずだった。
「待ってもらいなさい! 力の方向性がほぼ逆だから一緒に戦ったらどちらも力を出し切れずに共倒れよ」
「うわーん!」
 ネプは半泣きになりながら、攻撃と通信を同時に行っていた。

●決戦
 外の神に意識を向けられた空間が、よじれ、砕け、腐り落ちていく。
 そんな、この世界に出現した異界の地獄を突破し、宇宙戦艦ロギが外の神の間近にワープアウトした。
「はぅ! 近づけたですけど、これからどうするです!?」
「邪魔するモンは全部叩き潰して良しッ!」
「はいです!」
 通信術式越しに聞こえてきた風葉の指示に従い、多次元から振り下ろされる無数の腕をレーザーで焼き払い、ロギを人型に変形させる。
「鴇ちゃんの邪魔は、させないのですよっ!」
 左腕に装着したパイルバンカーはジャブ代わり。
 外の神の表皮から上位次元に向けて大穴を開け、本命のために道を開く。
 右腕のパイルバンカーは全てを終わらせるためのもの。
 光速を越えて加速を続ける杭が、神の本体に向けて絶大な破壊力を解放する。
 破壊力のほとんどは上位次元で解放されたが、わずかな余波だけでも周辺宙域に絶大な影響を与えていた。
「ここは一度下がって…鴇ちゃん?」
 ほっと一息ついたネプは、愛する人が艦内にいないことにようやく気付く。ご丁寧なことに、気配を誤魔化す術式まで使っていたようだ。
「…ごめんね、旦那。また何処かの世界で、いつかの物語で、めぐり合いましょ?」
 神の身体に触れながら、風葉が天文学的規模の転送術式を起動させる。
 転送対象は、暴虐を振るう外の神とこのままでは脱出が間に合いそうにない工業星系そのものだ。
「鴇ちゃん!? 何をしてるのです!? 駄目なのですっ! 僕を置いていっちゃ駄目なのですっ!」
 外惑星まで含んで空間がたわみ、異物と誤認識された術式がこの世界から放逐される。
「鴇ちゃぁんっ!」
 安全な場所に向けて弾き出される戦艦の中で、ネプは絶叫した。

●光
「巻き込んで悪かったわね」
 一星系と一柱以外何も存在しない次元で風葉が振り返ると、いつの間にか存在していた羅喉丸は無言のまま首を左右に振った。
 その身は既に人のものではない。
 西暦と呼ばれた時代、地球で光の巨人が宇宙災害の眷属を撃退した記録を基に開発された最終兵器。
 それが彼、羅喉丸なのだ。
 人に見えない彼が、人が持ちうる最も尊い心のもと、最終兵装を起動させる。
「思念共鳴構造体…か。作るだけならともかく、その次元で使えるなんてね」
 風葉は感嘆しながらにやりと微笑む。
「ようやく、今なら、信じられます」
 次元を隔てた場所にある人々の心と、羅喉丸の心と体が共鳴する。
「これが邪を払う、人の心の光だ」
 眩い光が、悪しきものを焼き尽くした。

●超越者の視点
 光に満たされた次元に、リンスガルト・ギーベリ(ib5184)が実に1000年ぶりに実体を取り戻した。
 力を増しすぎたかつての女帝は、その力故にここよりさらに上位の次元に昇らざるを得なかったのだ。本来この次元に降りてくることも難しいのだが、光がある今なら辛うじて存在できる。
「備えが無駄になれば良かったのじゃがの」
 うろ覚えの星間通信機を創りだし、1000年前の通信コードを使って工業星系の中枢に繋げる。
 聞こえてくるのは奇声に絶叫、親や家族を求めて泣き叫ぶ声ばかりだ。退避途中に宇宙規模の超常現象を目の当たりにした結果、茫然自失あるいは半狂乱となり機能を停止してしまっているようだった。
「何をやっておる。それでも帝国皇族と貴族の裔か! それに他の学者に技術者達よ。新発見に喜ぶならまだしも思考を止めるとは何事じゃ。貴様等の先達はそれほど生温くはなかったぞ!」
 人類史上の不滅の名を刻んだ人物の叱咤により、工業星系の中枢は急速に落ち着きを取り戻していく。
「跳躍機関の生産設備の退避は完了しておるな? なら機器の避難は打ち切れ。箱船にはまだ空きがある。とっとと貴様等も避難せい!」
 リンスガルトが命令を下してから約1時間後。
 星系の主星の地表から、非常識な規模の船が光の宇宙に飛び立つ。
 罔象に指示を出して念のため用意させていた、超大規模避難艦「箱船」だ。
「うむ。帝国の精鋭の一部は意志と力を伝えることに成功したか」
 リンスガルトは形だけなら幼く見える美貌に得意げな表情を浮かべ、腕を組んで何度もうなずく。
「あとはワームホールを開いて安定させてから箱船を送り出せば…な、なんじゃあれは?」
 背中から光の翼を展開し、慌てて身体の向きを変える。
 からすの傘下に入ろうとしても入れなかった雑魚海賊達が、箱船や放置された工業コロニーに襲いかかっているのだ。
「さあみなさん! 今こそ外つ神を手に入れるのです!」
 かつての超巨大教団が所有していた、現代の基準では単なる大型老朽船が、パイルバンカーで砕かれた神の腕に向かって直進する。
 全体の一部とはいえ100隻近い海賊船がそれを追う。が、リンスガルトが守護する箱船から離れたことで己の存在を保てなくなり、最初に海賊自身の精神、次に肉体、最後に海賊船が砕けて光となっていく。
「あわわわわ!? なんで!? みんな、ついてきてくれるって言ったじゃない…!」
 蒼井御子のクローンが、崩れていく操縦席の中で泣き叫ぶ。
 崩壊が彼女の心と体に達する直前、クローンから全ての感情が消えた。
「――次のボクはうまくやるでしょう」
 数万キロ離れた、彼女にとっては至近距離でクローンの状態を確認したリンスガルトが叫ぶ。
「ふざけるな! ただの人形ごときがこの次元で己を保てるものか。忌まわしき三眼に自ら飲まれたか!」
 箱船をもとの空間に送り出しながら、リンスガルトが宇宙を焼き尽くしかねない激甚な怒りを叩き付ける。
 人形として崩壊しようとしていたクローンの顔が、笑みの形に歪む。
「生憎と、薄い分霊にしか会ったことはありませんわ。一度ご本人に会いたいのですけども。では陛下、またお会いしましょう」
 偉大にして邪悪な宗教者は人の心をとろかせる笑顔を浮かべたまま、光の中に消えていった。
 もっとも消えたのはクローンとクローンが育んでいた薄い分霊でしかない。本体というべき蒼井御子本人は、ここより上の次元のどこかで健在のはずだ。
「くうう…。奴も昇っておったか」
 次元間通信を行っていた頃罔象が言っていたことを思い出す。
 国家としての教団が崩壊したのは技術の退行や星間連絡網に発生した障害の結果ではなく、蒼井御子本人が、役目を終えたと判断してわざと終わらせたのではないか。
 そんな学説が帝国の系譜を引く研究機関で囁かれている、と。
「あれだけの数の人間に影響を与えれば昇れる。昇れぬ方がおかしい。地上のことに目を向けすぎて見落としておったか」
 リンスガルトは自省すると、さらに高位の事件から人間の宇宙を見守るためにもといた高みに戻っていった。

●決着
 人間の知覚出来る言葉へ強引に意訳するとサドクア(ib9804)となる名を持つ存在が眠っていた。
 この場では時間も空間もほとんど意味を持たない。
 人間の宇宙と比べて高くも低くもなく、ただひたすら遠い場所だ。
 光の中に風の神の一部が消え、痛みに悶える風の神が身じろぎした頃、永劫に近い期間停止していた場所が動き出す。
「先触れの星か」
 まどろみから覚めたサドクアは、砕けた宇宙災害の残骸である天体、正確にはその表面に浮かんだ瞳に意識を向けた。
 複数の高位存在が動いたらしく、遠くから聞こえていた祈りの声が少々うるさくなっている。
「余に汝の楽団に加われと?」
 サドクアの内部に生じたものを無理に例えるなら、呆れだろうか。
「出来ぬ相談だ。余は今しばらく惰眠を貪りたいのでな」
 最低限の義理を果たすつもりで回答し、サドクアは再び眠りにつこうとする。
 が、砕かれた神の本体が、祈りの源である人の世と、祈りを捧げられるサドクアの間に割り込んでしまう。
「人間から向けられる信仰心とやらは中々に心地よい。眠りの最中なら見逃しもしようが」
 蝙蝠を思わせる耳がかすかに揺れ、尋常な物理法則に当てはめれば星系サイズの体を覆う黒い毛が蠢く。
「不快だ。お引き取り願おう」
 虚空から、黒い粘泥が無限に生み出され、光の次元に手を出そうとしていた風の神の本体にまとわりつく。
 奉仕種族でしかない粘泥では億分の1秒の時間稼ぎすらできず存在を抹消されていく。しかし無限の数は個々の弱さを補い、風の神の動きを徐々に鈍いものに変えていく。
 サドクアが再び眠りにつくと同時に、風を神を中心とする星系規模の空間が、存在する力を失い、無かったことになる。
 高位の存在である外の神はサドクアの術式に対抗すべく必死に抵抗を続け、主観時間で宇宙が誕生から滅亡を迎えるだけの時間が過ぎ去った時点でようやく拮抗することに成功する。
 後はサドクアの術式を壊して分霊を破壊した宇宙を破壊し、その後は眠り続けるサドクアを滅ぼせばよい。実に久々に喜の感情をもったそれの死角に、神に比べればひどく小さい、だがそれに匹敵する存在が2つ現れていた。
「ああもうっ! 派手にやるとこんなのが出てくるからこの手の話に関わりたくないのよ」
 全体的に煤けてしまった次元術士が、傷ついてもなお力強く輝く巨人の肩に乗っていた。
「コアはあそこ。ぶっとばしちゃいなさい!」
 邪悪を祓う光が、風の神の中枢を撃ち抜くのであった。

●儀のある世界で
「…僕は、どうすればいいのですか…鴇ちゃんがいなくなって…どうやって生きて行けばいいですか…」
 機能をほとんど失い、現地レベルの戦力しか発揮できなくなったロギの中で、ネプは涙を流すことすらできずうつむいていた。
 新たな舞台を映し出すディスプレイの隅に、力のほとんどを失いつつ辛うじて着陸に成功しつつある、自称魔王を含む複数人の姿が映し出されていた。