【城】迫る波乱
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 難しい
参加人数: 9人
サポート: 9人
リプレイ完成日時: 2012/08/23 03:33



■オープニング本文

 アル=カマル辺境に位置する城塞都市ナーマ。
 辺境においては大きな勢力だが、首都やそれに対する遊牧民勢力と比べると平凡な存在でしかない。
 しかし今、その平凡な勢力が一部で話題になりつつある。からくりという、多くの者にとっては正体不明な存在が領主の座についたのだ。
 前領主との血の繋がりを自称する有象無象が、ナーマ外に出没し始めていた。

●依頼票
 仕事の内容は城塞都市ナーマの経営補助。
 依頼期間中、1つの地方における全ての権限と領主の全資産の扱いを任されることになる。
 領主から自由な行動を期待されており、大きな問題が出そうなら領主やその部下から事前に助言と改善案が示される。失敗を恐れず立ち向かって欲しい。


●依頼内容
 城塞都市の状況は以下のようになっています
 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。滅になると都市が滅亡します

 人口:普 流民の受け入れを停止しています。零細部族からの派遣されて来た者を除くと微になります
 環境:普 商業施設は建物だけ存在します
 治安:微 治安維持組織の機能が低下しています
 防衛:良 都市の規模からすれば十分な城壁が存在します。補修完了
 戦力:微 守備隊が活動を再開しました
 農業:普 城壁内に開墾余地無し。麦、豆類、甜菜が主。10月まで大規模天災等なければ1段階未満上昇します
 収入:普 周辺地域との売買は極めて低調。余剰資源は定住民系大商家の飛空船が適正価格で引き取っています
 評判:普
 資金:普 開拓者ギルド経由で手打ちの意味ある金を受領。軍備増強のため住民が自発的に納税額を増やしています
 人材:内政担当官僚1名。情報機関担当新人官僚1名。農業技術者3家族。超低レベル志体持ち7名。熟練工1名。官僚見習3名。医者候補2名。情報機関協力員十名弱


・実行可能な行動
 複数の行動を行っても全く問題はありません。ただしその場合、個々の描写が薄くなったり個々の行動の成功率が低下する可能性が高くなります。都市内の事柄に関わりながらでは砂漠への遠征は困難です

行動:軍備購入
詳細:前領主の手配により、非志体持ち仕様銃100丁と志体持ち用魔槍砲10と防衛戦1回分の弾薬が都市に備蓄されています
城壁に対地攻撃用の砲を配備するのに資金1段階分
非志体持ち仕様銃500丁と防衛戦3回分の弾薬で資金1段階分
小型の戦闘用飛空船を購入するのに資金1段階分必要です
全て輸送費込。整備費別。これ以上安くはなりません。月毎に価格が変動します

行動:砂漠への遠征(死亡可能性高め)
調査可能対象地図。1文字縦横5キロメートル
 砂砂砂砂
砂砂砂砂砂砂 砂。砂漠。危険度不明
砂砂穴砂砂砂 道。道有り。砂漠。比較的安全
砂砂漠都砂砂 穴。洞窟の入り口有り。砂漠。やや危険。敵情報有
砂砂漠道漠砂 都。城塞都市あり。砂漠。安全
 砂漠道漠  漠。砂漠。敵情報微量有

行動:城壁大拡張開始
効果:完全実行時資金が一段階低下
行動:安全に耕作できる面積を現状の数割増しにします。1月程度外壁の機能が失われます。資材、設計図、人員の準備は完了。詳細な計画も立案済みです。綿密な準備により開始から1週間作業効率が上昇します

行動:鉱山開発
詳細:鉄の鉱脈が確認された洞窟を開発します。洞窟内の空気は悪く非志体持ちの長時間労働は不可能。洞窟の上の土地にはアヤカシが出没しています。都市に換気設備用資材あり。大穴付近であればアーマーの運用は可能でした。洞窟内の整備は難航中

行動:対外交渉準備
効果:都市周辺勢力との交渉の為の知識とノウハウを自習します
詳細:選択時は都市内の行動のみ可能。習得には多くの回数が必要です

行動:定住民系大商家との交渉
詳細:複数の地域で事業を展開する組織と交渉します。融資要請、飛行船船団雇用、都市の商業の一部委託など、大規模な取引が可能です。鉱山開発等の大規模案件では要請から回答まで時間がかかります

行動:飛空船関連
詳細:改造、設計等を行うための機材が有りません

行動:その他
詳細:開拓事業に良い影響を与える可能性のある行動であれば実行可能です


・現在進行中の行動
 依頼人に雇われた者達が実行中の行動です。開拓者は中止させることも変更させることもできます。

行動:防衛組織立ち上げ
詳細:専業にすることを前提に非ジンの心身に優れた者を選抜中。守備隊は対大型アヤカシ部隊への転換を模索中。診療所の協力を得て医療部隊設立のための人材を集め中。現時点で非志体持ちを防衛戦に参加させた場合、仮に勝てても甚大な被害が発生します。開拓者不在時は、元守備隊の古兵と助っ人の官僚が重点的に実行中

行動:からくり
詳細:現領主アマル・ナーマ・スレイダンに対し、院政を敷く前領主が密度の濃すぎる教育が行われています。現領主は自室に引きこもり中ですが、教育の際は自室から強制的に連れ出されています。最短で8月中に終了見込

行動:飛空船
詳細:王都で故障。現在王都で応急修理中。長引いています

祭祀:情報機関により安全であると確認された者だけが、休憩時間を割いて水源近くの社の清掃を行っています
詳細:専門の人材を雇うにも、本格的な儀礼を希望者に学ばせるにも時間と費用が必要です

行動:周辺の零細部族民を非公式に雇用中
詳細:既存住民との衝突発生率低下中

行動:城壁防衛
効果:失敗すれば開拓事業全体が後退します。守備隊が実行中

行動:治安維持
効果:治安の低下をわずかに抑えます
詳細:生き残りの警備員が宮殿の一部を警戒中です。練度は高くなく市街での活動は不十分です

行動:環境整備
効果:環境の低下をわずかに抑えます
詳細:排泄物の処理だけは行われています

行動:教育
詳細:一定期間経過後、低確率で官僚、外交官、医者の人材が手に入ります

行動:牧畜
詳細:何もなければ9月頃後に、城壁外で本格的に牧畜を開始できる見込

行動:砂糖関連
詳細:秋頃収穫見込

行動:二毛作関連
詳細:継続可能か等判明するのは早くて晩秋

行動:捕虜等
詳細:なし

行動:情報機関
詳細:数名の人員が都市内での防諜の任についています。信頼はできますが全員正業持ち。予算を投入しない限り専業を雇う余裕はありません


・周辺状況
東。やや辺境。小規模都市勢力有り。外交チャンネル有り
西。最辺境。小規模遊牧民勢力有り。やや不穏
南。辺境。ほぼ無人地帯。内部の零細勢力が有力部族から距離をとりつつあります
北。やや辺境。小規模都市勢力有り。不穏。外部への影響力喪失
超小規模オアシス。敵対しない限り、避戦に役立つ目的が得られる可能性があります
各地域とも有力勢力はナーマに対し敵対的中立で緩やかな経済制裁を実施中
東を中心とした勢力が、ナーマと天儀開拓者ギルド間の契約を把握しました。トラブルはありましたが東部勢力と開拓者ギルド間では手打ちが済んでいます。ナーマ側から話を蒸し返すと開拓者ギルドが不快に思うでしょう


■参加者一覧
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
ルオウ(ia2445
14歳・男・サ
フレイア(ib0257
28歳・女・魔
ジークリンデ(ib0258
20歳・女・魔
将門(ib1770
25歳・男・サ
朽葉・生(ib2229
19歳・女・魔
鳳珠(ib3369
14歳・女・巫
エラト(ib5623
17歳・女・吟
ライ・ネック(ib5781
27歳・女・シ


■リプレイ本文

●岩にまぎれる鉄
 吟遊詩人として鍛え上げられた聴覚を超越聴覚でさらに鋭敏にしたとき、常人では耳が痛くなるほどの静寂としか感じられない場所でも無数の音を聞き取ることができるようになる。
 エラト(ib5623)は己とその同行者の体が発する音しか聞こえないことを確認してから、予め用意していた革袋を取り出し仲間に手渡す。
 メグレズ・ファウンテン(ia9696)が袋に吸い口を開け、そこから勢いよく息を吸う。
 澱んだ空気を吸い続けて血の気の引いていた顔に、わずかではあるが赤みが戻ってくる。
 開拓者達は貴重な空気を摂取してから、クシャスラ(ib5672)を守るための円陣を組む。
 アーマーをケースから取り出すには狭い空間しかないので、万一ここで襲われると乗り手が抵抗も出来ずに仕留められかねないからだ。
「どこを採取するかはお任せを…いえ、可能であれば儲けに繋がるものをお願いします。庚、前後の守りは固めますからあなたはクシャスラさんの助手をなさい」
 からくりの庚は素直にうなずき、アーマーという重機を用いた採掘作業に従事するのだった。

●砂漠を切り開く者達
 ジークリンデ(ib0258)の放った大型の氷刃が熱い大気を切り裂き、砂に紛れて近づいてきていたサンドゴーレムに着弾し半壊させる。
 城塞都市ナーマの虎の子の戦力であるジン(志体持ち)数人が魔槍砲による猛攻を加え、じりじりと近づいてくるサンドゴーレムと距離を保つために後退していく。
 アヤカシの再生能力を上回るダメージは与えているようだが、開拓者と比べると一撃の威力は小さく、練力の保有量が小さいため連射も難しい。
 これでも守備隊発足当初とは比べものにならないほど強くなっているのだ。そして守備隊以外にジンはいない。守備隊が人材を独占しているのではなく、単純に人が足りず最も外を担当する守備隊にジンを集中させざるを得ないのだ。
 中書令(ib9408)が近くのアヤカシを夜の子守歌で停止させ、罔象(ib5429)が豊富な練力にものをいわせてスパークボムの連発で討ち滅ぼすのを確認してから、ジークリンデは練力切れでふらつくジン達の前にいるサンドゴーレムに止めを刺した。
「水はこちらです」
 砂の雫で水を用意したサクル(ib6734)がジン達に駆け寄っていく。その途中で、サクルはジークリンデに耳打ちしていた。
「南側に向かいます。守備隊の方はこの場での警戒を」
 ジークリンデが指示を出すと、カルフ(ib9316)は遠方からの襲撃に備えるため駿龍と共に上空へ移動し、ジークリンデの朋友である鷲獅鳥クロムは物音ひとつ立てずに周囲を警戒する。
「出来ればアマル様をお連れしたかったのですが」
 思わず零れたジークリンデの言葉を聞き付け、守備隊のジン達は顔を青くした。
「姫に万一のことがあればナーマはお終いです」
「俺等の命を盾にするくらいはしやすが、お世継ぎ無しで前線に出るなんて無茶は…。防衛戦なら他に手はないかもしれやせんけど、今は調査を兼ねた遠征ですぜ」
 守備隊は口々に反論する。
 アマルがこの場にいないのは、心身共に疲れ果てた状態では危険すぎるとジークリンデが判断したためだ。街の一般住民はアマルが遠征に出ないのを単純に残念がっていたが、実際の現場に出るジン達の意見としてはこれが一般的らしい。
「停止して下さい」
 ジークリンデが手をあげて作戦の中断を告げる。
 エラトとその護衛達が、地下へと通じる洞窟から姿を現したのだ。
 全員大型の籠を背負っており、全員体重は軽いはずなのに一歩あるくごとに砂漠に膝近くまで埋まっている。
 ジン達も気合いを入れ直し、開拓者とその朋友達と共にエラト達の元へ向かう。
「鉄、いえ鉱石ですか」
 籠の中身を確認した鳳珠(ib3369)が驚きと感嘆の入り交じった声をあげる。
 その間もエラト一行の状態確認と治癒術の発動は滞りなく行われ、エラト達が合流したときには全員の傷が完全に癒されていた。
「この質ばかりなら良かったのですけど」
 エラトの説明によると、調査目的で大量に掘り出した鉱石の中から厳選したものがこれらしい。開拓者約10人で10往復すれば一財産にはなるだろうが、そんなことをすれば他のことする余力は無くなるだろう。
「今回だけでもこの近くを何度か通りがかることになるでしょう。予算のことは重々分かっていますから、可能な限り私も協力します」
 鳳珠が瘴索結界「念」で見つけた瘴気を示すと、ジークリンデの氷刃が砂の層を撃ち抜いてアヤカシを滅する。
 予算の不足に戦力の不足、討っても討っても減らないアヤカシ。
 本格的な砂漠遠征は今後の安全のために必要不可欠だが、他にも不可欠なことが多すぎる。鳳珠は萎えそうになる足に意識して力を込め、苛烈な光りを照り返す白い砂漠に目を向けた。
 霊騎の務は主に命じられるより早くその意を察し、鳳珠を乗せて他の面々と歩調をあわせて進軍を再開する。
 負傷の治癒と解毒の術を持つ鳳珠の支援を受けた開拓者と守備隊は、これまでとは比較にならない速度で砂漠の調査とアヤカシ掃討を行うのだった。

●土下座。第二弾
 王都に派遣されたヤリーロ(ib5666)が突貫作業で修理を完了させた小型飛空船。
 それに乗ってナーマを訪れた開拓者ギルド同心は、宮殿に招き入れられてすぐ見事な土下座を披露した。
「からくりの相場を知りたいだけなのですけど」
 整いすぎて冷たさすら感じられる美貌に外交用の笑みを浮かべたフレイア(ib0257)が、優しげな声で疑問にみせかけた確認を口にする。
「開拓者個人相手とは事情が異なりまして」
 そう言ったきり、土下座したまま口を閉ざしてしまう。
 圧迫面接という表現では生温すぎる、それだけで人を殺せそうな気配を向けるフレイアだったが、係員は震えはしてもそれ以上口を開こうとはしなかった。
「天儀の勢力に配慮する必要があるのですね」
 係員は何も言わない。だがフレイアは係員の無言から大体の事情を察した。
 高い知性と戦闘能力、しかも鍛え抜いた場合の戦闘能力が高いからくりを天儀外に持ち出す場合、それを問題視する者が現れる可能性がある。いや、現れる可能性があることを察して動く者が現れかねない。もしそんな者に目をつけられたら、ギルド職員とはいえ下っ端でしかない係員など闇から闇に葬られかねない。
「商品目録の更新をお願いしますね」
 配慮はしてやるからからくりの持ち出し許可を取って来い。
 そういう意味を込めてフレイアが微笑むと、係員は苦痛に満ちた動作でなんとかうなずいた。
「主人を失ったからくりがどうなるか確認したい」
 消耗しきった係員の状態を一顧だにせず、将門(ib1770)が情報の提供を要請する。
「最も可能性が高いのは主人の死と同時の機能の停止です。生前の命令に従い稼働し続ける可能性もありますが、何分具体例に乏しいため確実ではありません」
 土下座の体勢のまま、立て板にを流すように流ちょうに説明する。
「貴様個人はどう感じる」
「親の死程度で停止するような軟弱な教育をしなければ良いだけかと」
 からくり1人を育てた末に私生活的な面では養われている係員は、根拠はないが心の底から信じている事柄を口にする。
「自称領主の血縁者のリストは手に入りませんか」
 顔をあげさせた上で、フレイアは疑問の形をとった要求を突きつける。ナーマの情報機関が仕入れた情報の中に自称血縁者についての情報があったのだが、情報が曖昧すぎて確実に存在するかどうかの確認すらできなかったのだ。前領主であるナーマ・スレイダンに対し直接尋ねてはみたものの、係累は若い頃に全滅し女に産ませたこともないという返答がされただけだった。ただ、青年の頃に一時派手に遊んでいた頃があり、そのときに産まれていたとしたら自分自身でも真偽の判定ができないらしい。
「な、なんとか来月には」
 職業柄コネだけは多い係員は、胃液で胃袋が削られるのを感じながらうなずく。
「それと」
「こここれ以上はっ」
 悲鳴をあげる係員に、将門は冷然と要求を突きつける。
「小型戦闘用飛空船を購入したい。対空戦力の強化が主目的。副次的目的として目に見える形での武威による士気高揚だ」
「それでしたら23項か30項のが適当かと」
 あからさまに安堵して返答する。
 将門が商品目録の項を確認すると、どちらも基本的な型は同じで、宝珠砲非搭載型の、銃座を多数取り付け可能な軍船が載っていた。
 製造年はやや古めだが見た目は良く、予備部品が比較的安価に手に入るようだ。
「違いは?」
「搭載可能な物資の量と装甲です。積載可能重量が小さい方は弾薬を積めば満足な量の水を積めませんから近くに拠点がないと使えないでしょう。その分耐久性には優れていて中級アヤカシの攻撃に短時間であれば耐えられます。積載可能重量が大きい側は武装を降ろさないでも王都までたどり着けますが、運が悪ければ怪鳥程度のアヤカシに大損害を受けかねないです」
「中間は無いのか」
 使えない訳ではない。しかし使い所が限られ過ぎていた。
「使い勝手の良い船は人気がありますから」
 取得費用が1割から2割増し。補修部品調達や修理の際の技術料は5割増し以上になるという。
「その2種類なら在庫がありますので、次回天儀開拓者ギルドで手続きして頂ければ」
 その後フレイアはアーマーを駆って地下洞窟の採掘作業に従事し、将門は走龍を駆って城壁に近づくアヤカシの駆除を行うのだった。

●宮殿の会議室にて
 機密に関わる部分とその周辺の設計図をできるだけ細分化し、職人達には部品レベルまで細分化した設計図のみ見せて分業で製作させる。
 控えめに表現しても非常に過酷な要求だ。
「おい。全部品同じ場所で作るならともかく、別々の所で作った部品を組み合わせるのにそこまでの精度を要求するのか? そんな凄腕1人しかいねぇよ!」
「はっ。てめぇこそ雑な仕事をしやがって。てめぇの担当分、精度を落としたあげく強度が低下してるぜ。賊が短時間で抜き取れるような金庫を作ってどうするよ」
「組み立てが開拓者方だけなのに工程が多すぎる! 組み立てに何ヶ月も拘束させる気かっ」
 己の血で罪を購った職人と、現場監督から設計までこなせる人材と、現場監督の総指揮を行う男が殺気に限りなく近い視線を向けあっていた。
 3人とも頭脳を酷使しているらしく、本来甘い物が好きではないはずなのに朽葉・生(ib2229)が持ち込んだワッフルを忙しなく口の中に放り込み紅茶で無理矢理嚥下していく。
 目は血走り、知恵熱まで出ているらしく頭から湯気らしきものが立ち上っている。
 小型戦闘用飛空船の格納庫を突貫工事で終えた生が戻ってきたとき、彼等は半日前と同じ姿勢で設計図と計画書の作成に没頭していた。
「手は、空いていないようですね」
 生は強い疲労を感じて己の眉間を揉む。
 建設部門の最良の人材の半数近くを宮殿改築計画見直しに当てているため、他の分野が滞りつつある。
 先程生が完成させた格納庫も、実用的であると同時に極めて重厚な建造物が多いナーマでは珍しい単純なつくりだ。なにしろ生が術で石壁を建てて囲いをつくり、その上を分厚い布で覆っただけなのだから。
 これ以上は工夫だけでなんとかなる事柄ではないのかもいしれない。
 そう感じながら、生は山積する課題に取り組むのだった。

●おいぬさま
 宮殿を起点に門に向かって伸びる大通り。
 そこに面した大型商業施設(ただし入居者皆無なため警備隊が一部を間借り中)の中で、ライ・ネック(ib5781)は椅子に座って冊子に目を通していた。
「目が滑りますね」
 小さく息を吐き、気分転換をするために冊子を机の上に置いて水筒を取り出す。
 大通りから見える場所に書物を置く不用心に見える。しかし冊子に小さな字でびっしり書き込まれているのは、ナーマ周辺住民なら誰でも知っている風習や民話、故事成語などの浅い知識だ。
 とはいえその浅い知識を積み重ねることでその地の文化と住民を理解できるようになる訳で、ナーマ近隣における外交のノウハウを学んでいるライにとっては非常に役に立つ教材ではあった。
「仕事がないのは良いのか悪いのか」
 ナーマについてから待機が続いているため、ライは片手間にやるはずだったノウハウ学習を集中して行うことになってしまっていた。今日の午後からは宮殿の資料庫で情報担当官僚達から集中講義を受ける手筈になっている。
 何故こんなことになったのかというと…。
「お犬様が確保されたぞー!」
「さすがはシノビ犬様だ!」
「曲者め! 抵抗すれば痛い目にあうぞ。具体的にはお犬様にがぶりとされて」
 守備隊の主力が砂漠へ遠征中、開拓者と共に街を守っている警備隊が大通りを全力疾走していく。ため息をついたライが大通りに出て彼等の向かった方向を見てみると、そこには忍犬ルプスに取り押さえられた行商人風の男がいた。
「こいつ、確か2日前にナーマから出たはずの商人です」
「よーしよし。ご同道願おうか。楽しい楽しい事情聴取が待ってるぜ」
「はっはー。お犬様の鼻をごまかせると思ってやがったのかよ」
 ルプスは困惑し、助けを求める視線を主に向ける。
「頑張れ」
 ライが力なく声援を送ると、ルプスは一度だけきゅーんと啼き、警備隊の面々と共に詰め所に向かう。
 忍犬ルプス。
 他の忍び犬と同様に、戦闘力はあるが知能は訓練された犬と同程度でしかない。しかし訓練された犬の知性と技術と忍犬の身体能力を兼ね備えたルプスは、防諜面で凄まじい成果をあげていた。
 危険物は確実に鼻で見つけ、一度街に入った者が不自然な場所にいれば同じく鼻で見つける。警備隊数十人分に相当する仕事をただ1匹で行っているのだ。
「次回も講義を受けたら単独で交渉できるようになりますね。きっと」
 割り切れないものを感じながら、ライは座ったまま大きな成果をあげていくのだった。

●別れ
「お待ちを」
 前領主が雇った礼法の教師が、アマル・ナーマ・スレイダンと玲璃(ia1114)を静止させる。
「玲璃様は唇の端をもう少しだけ釣り上げてください。はい、結構です。アマル様は、表情筋の制御だけでなく、視線と身体の体勢を常に意識して下さい。こうです」
 人の良さそうな礼法教師が、一瞬で冷然と微笑む支配者に変わる。
 実例を示しつつ頭の天辺から足の指先まで全ての配置と動きを繰り返し教え込み、未だ人形じみたからくりに支配者としての形を与えていく。
 濃密に過ぎる10分程度の教示が終わると、次は弁論技術に関する教示が始まる。
「先程の場面はあえて強気に出る場面です。おふたりとも威圧は避けるべきと判断されたようですが、それでは相手を誤解させかねません。誤解したところで相手は最終的に痛い目にあうだけとはいえ、勝っても利益の出ない戦いをすることになれば資源を無駄にすることになります」
 アマルと玲璃の前に立っている交渉相手、前領主が商人をやっていた頃からの腹心の部下である現官僚が、先程までのしぶとくも嫌らしい表情を一変させて冷静に解説する。
「さて、中断時点で双方把握している情報を列記しますと…」
 膨大な情報が複数の黒板に書き込まれていく。内容は、複数の登場人物が持つ情報と行動方針とその背景の情報。
 思考の速度と精度に欠ける者でも直感的に理解できるよう工夫された、素晴らしく洗練された情報提示方法だ。
 これが起動直後からアマルが受け続けてきた教育の一部である。
 一単元が終了すると、アマルはただの人形より生気の感じられない動きで、近くに椅子の上に崩れ落ちる。
 身体の各パーツに力が入っていなかったため、そのまま勢いよく絨毯の上に落下しかかる。が、絨毯よりずっと柔らかく暖かいものが冷え切ったアマルを受け止める。
 天儀からやってきた精霊の一柱が、眠そうな顔をしたまま姿勢を変え、アマルの体に負担をかけないよう注意しながら己の背中に乗せた。
 コルリス・フェネストラ(ia9657)が連れてきたもふらさま、祥雲。なかなかの気遣い上手であった。
 玲璃が連れてきた羽妖精がアマルの背中に毛布をかけ、全く同じ教育を受けたのにアマルと異なりそれほど疲労していない玲璃が慎重にアマルを診ているが、その様を目にしているはずの前領主は全く動かない。
「爺さん、俺、さっぱり分からないんだけど」
 悪意無くルオウ(ia2445)が尋ねると、ナーマ・スレイダンは努力して顔の向きを変えてルオウを見た。
「おぬしにとっては常識以前の事だからだ」
「どういうことだよ?」
 一見元気で人によってはやや乱暴と感じてしまうルオウの行動だが、知識と経験がある者が詳細に観察すれば、表情や体の動かし方から声の抑揚に至るまで、貴族として活動できる水準で洗練されていることが分かるだろう。
 玲璃も、巫女として各種の儀式を主導できるだけの教養と立ち振る舞いを身につけている。ほぼ白紙の状態のアマルとは根本的に異なるのだ。
「爺ちゃんさ、結局爺ちゃんは何がしたかったんだ?」
 かつてのナーマなら発言者だけでなくその身内まで破滅させてたであろう言葉を口にする。
 官僚はとっさに割って入ろうとする。しかしナーマは体力の低下で震える手をあげて遮り、椅子に座ったまま口元を緩めて返答する。彼の顔からは、既に生気が感じられない。
「自分自身をここに刻みつけたかった」
 何もない中空に手を伸ばす。
 名もない男がすれば滑稽な仕草であったかもしれない。けれど一代で人類の領域を広げた男がすると、世界そのものに手を伸ばしているようにすら見えた。
「ふうん。だからか」
 ルオウは気負い無くうなずく。
「アマルに教え切れなかったら俺が代わりに伝えてやるよ」
「ふん。わしがくたばった後はアマルが」
 唐突にナーマの動きが止まる。
 そこだけは生気に満ちていた瞳が濁ったガラス玉じみたものになり、老いてもなお威厳に満ちていたはずの体がだらしなく椅子の上で崩れる。
「貴様も好きに生きろ」
 数秒だけ、開拓者達が初めてナーマ・スレイダンに会った頃の眼光が復活する。
 位置的には見下ろす形だが真正面からアマルの目をみつめ、甘くも厳しくもない透明な笑みを義理の娘に贈る。
 そして、ナーマ・スレイダンは永遠に意識を失った。


 水源の社で見習い達に清掃の見本を示していた嶽御前(ib7951)は、街全体の空気がわずかではあるが確かに変わったのに気付く。
 季節が、変わろうとしていた。