|
■オープニング本文 他の儀の料理を、近所の屋台で買う感覚で取り寄せられるのが大富豪な訳よ。 天儀開拓者ギルド係員(酔っぱらい)の言葉 「とうさま。うなぎという物は美味なのでしょうか」 長期出張後に久々に夕食を共にした娘から投げかけられた問いに、アル=カマルを代表する富豪の一人が困惑する。 「若い頃煮て食ったことはあるが」 うなぎを煮ただけの料理を、老境に入った今でも思い出すことができる。 「儂の口にはあわなんだな」 かつて感じた吐き気を思い出し、財を得てからようやく授かった一粒種に紗で包んだ説明をする。 娘は軽く頭を下げて礼を言い、食後の茶で口を湿らせる。 父が輸入した天儀の茶は薫り高く、口の中にかすかに残る脂を洗い流していく。 「気になるのか?」 都から選りすぐりの料理人を呼び寄せることと、娘に不味い物を食べさせない工夫を同時に考えながら優しく問いかける。 「はい。天儀では夏のうなぎはご馳走だと聞きました。いずれとうさまの後を継ぐ身としては、販路である天儀の文化習俗に通じるようになりたいのです。ですが国交が結ばれて間がないため文献での調査も難しく…」 普段は私兵と共に父の宮殿を守っている娘は、残念そうな顔で小さく息を吐く。 「うむ。うむ」 真っ直ぐに育ってくれた娘を、老人が満足そうにみつめていた。 ●世界一高いうなぎ料理? 依頼票を見て困惑する開拓者が、1人、2人ではなく十人近くいた。 依頼内容は、アル=カマルの地方都市にある宮殿まで食材その他を運ぶこと。 材料費も、場合によっては氷代や料理人を雇う費用も依頼人が全額負担するので、新鮮な鰻と料理を作れる者を派遣して欲しいらしい。 「ああ、その依頼ですか」 新たな依頼票を張り出しに来た職員が、遠い目をしながら詳しく説明する。 「娘さんに天儀の料理の味を教えて欲しいっていう依頼ですよ。馬鹿みたいに条件が良いのは、まあ、その、なんです。単に依頼人がお金持ちだからですよ」 要するに、無料で鰻を食べられる依頼ということだ。 「天儀より暑い地方に行かなきゃならないのが骨ですが、噴水とプールまである宮殿で数泊できるって話ですよ。…私も開拓者ならなぁ」 職員は肩を落とし、次の仕事にとりかかるためギルドの奥へ戻っていく。 この日の職員の晩ご飯は、奮発して鰻の蒲焼きであった。 |
■参加者一覧
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
メグレズ・ファウンテン(ia9696)
25歳・女・サ
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
鳳珠(ib3369)
14歳・女・巫
リィムナ・ピサレット(ib5201)
10歳・女・魔
エラト(ib5623)
17歳・女・吟
サクル(ib6734)
18歳・女・砂
雁久良 霧依(ib9706)
23歳・女・魔 |
■リプレイ本文 ●都の市場で 「金に糸目はつけません。皮が柔らかく、身に味があり、適度に柔らかく、臭いがなく、適度に脂が多く、小骨の細いもの。あるだけ全てください」 朽葉・生(ib2229)が名の知れた大商家の裏書きがされた手形を見せると、都近くの市場で重きを為す男達は一様に困惑した表情を見せる。 「魔術師さんよう。多分あんたは最上の格の鰻を買いたいんだろうが」 そんなものは最初から貴族や料亭の厨房に向かう。ひょっとしたら取り扱っている市場もあるのかもしれないが、この場にいる男達に心当たりはない。男達はそう言っていた。 「なんとかなりませんか」 「ここに置いてある鰻もいけるぜ? よっぽど舌が肥えていねぇ限り違いなんて分からねぇよ。値段と手に入る数を考えればこっちの方がいいって。それでも一番上の鰻が欲しいなら、貴族様の伝手を使うか産地に行って直接頼むしかねぇと思うぜ?」 「それなら問題無いわ」 艶やかな黒髪を揺らしながら、雁久良霧依(ib9706)が生の背後から姿を現す。 「飛空船をチャーター済みだもの。メグレズさんが生け簀を作っているし、長時間体調の氷を作れる巫女が2人もいる。これならなんとかなるのじゃない?」 「うへぇ。どんなお大尽だよ」 市場関係者は大げさに驚いてから、早馬で丸1日はかかる場所にある産地への紹介状を書くのであった。 ●輸送 「右舷やや下方より接近する敵影7!」 360度を警戒するためにバダドサイトを使い忙しなく視線の向きを変えていたサクル(ib6734)が、鋭く警告する。 ここはアルカマルの高空を飛ぶ、小型高速の飛行船の甲板上だ。 「旦那方! 荷物を捨てて戦闘機動をっ」 船長が真っ当な意見具申を行うが、ある意味真っ当でない依頼をうけた開拓者達は首を縦に振れない。 「進路はそのままでお願いします。私は生け簀の護衛にまわります」 メグレズ・ファウンテン(ia9696)が逆五角形の大型盾を手に、明らかに金がかかっていそうな生け簀の右側に移動する。 「鳳珠さん、砂が入らないよう気をつけて。今水を汚せば泥臭さの除去が不十分になります」 生け簀を注視しながら玲璃(ia1114)が言うと、鳳珠(ib3369)は無言のままうなずき、生け簀の横の水槽の水を凍らせていく。 これで鰻が生き延びられる温度にできたはずなのだが、鰻はどうやらアヤカシの接近に気付きかけているようで、鮮度が無くなる勢いで生け簀の中で動き回っていた。 「凶光鳥1! 大怪鳥3! 左舷情報に怪しげな…高確率でアヤカシです。援護にまわります!」 敵の多さに気付いたサクルは、索敵に専念することを諦めて銃を手に取る。 「今回は近づかれる訳にはいきませんよ」 甲板にあるのは生け簀だけではない。 船倉に納まりきらなかった酒やみりん、醤油や各種調味料が、氷と共に梱包され大量に積み上げられているのだ。 さらに専門の調理道具も積まれているため、甲板上は控えめに表現して戦闘に向いていない。 「あれだけ速度が出ていたら、歌で眠らせても止まる前に荷に命中しかねません」 エラト(ib5623)が深刻な予測を口にする。 「1体までならなんとかします」 メグレズが己の防御を捨て、アヤカシを食い止めることだけに集中して重心を落とす。 吹雪と雷の弾幕が展開されるが、凶光鳥はお付きの大怪鳥ともともと捨て駒だった怪鳥を犠牲にして舷側を越えてくる。 「まったく、どうしてこんな面倒な依頼に限ってアヤカシが出てくるんですか!」 短筒「一機当千」で凶光鳥の片割れの頭部に銃弾を浴びせて勢いを弱らせ、大ぶりな宝珠搭載型シャムシールで片方の翼を切り裂く。 サクルの攻撃はそこまでだったが、背後に控えるメグレズにとっては十分以上の援護となった。 掲げられたベイルは結界を展開して高速の大重量物を受け止め、メグレズは優美であると同時に鍛え抜かれた肉体を限界まで使い、衝撃を背後ではなく己の足から甲板に受け流す。 「くっ」 最後はマントをひるがえして向きを変え、生け簀越しに高速で神槍を投擲する。 槍は熱い大気を切り裂き、逆側から忍び寄っていた飛行型アヤカシを打ち砕き、再びメグレズの手の中に戻る。 「宮殿の尖塔らしきものを確認しました。誘導します!」 サクルに導かれ、飛空船が高速を保ったまま下降を開始した。 ●大食堂にて 開拓者が宮殿に到着した後、最初に完成したのはエラト作の串焼きととリィムナ・ピサレット(ib5201)作の鉄板焼きだった。 鉄板の上に載せられて長大な食卓に並べられていくうなぎ料理。その脇に控えるのは、透明なグラスの中で金色に輝く麦の酒だ。 程良く冷やされているらしく、グラスにはいくつも水滴がついている。 「ジルべリアでは場所にもよりますが、夏は水辺でくつろぎ、シャリシクを焼きながら水浴びや日焼けを楽しんでます。肉と魚という違いはありますが、発泡酒の組み合わせでジルベリアを感じて頂ければと思います」 エラトが紹介すると、宮殿の主は興味深げに串を持ち、口に運んだ。 「生臭くない、だと」 身は確かに鰻だ。 しかし噛んでも泥臭さが無く、身に詰まった脂が塩とソースにより旨みを引き出されている。 麦の発泡酒を一息で飲み干すと、口の中の脂がさっと消えて爽やかな満足感だけが口に残る。 「鰻はもともと泥の多い水など濁った場所を好むので、美味しくするには獲った鰻を綺麗な水の中で過ごさせ泥を吐かせる等手間をかける必要があります」 道中で苦労して生け簀の環境を維持していた鳳珠が補足説明する。道中で鳳珠達が作った氷も、リィムナ達が綺麗にした水も、驚く程大量であった。 「もし良ければ城の者達にも振る舞って頂けますか?」 塩胡椒とレモン汁で味付けされた最も美味い一切れを上品に食べ終え、依頼人の娘である少女が提案する。 少女の背後に控えていた護衛の長が控えめに懸念を現すと、「名高い開拓者の方々がおられるのですもの。交代で休憩を取る程度の余裕はあるでしょう」と言われて丸め込まれてしまう。 権力や立場で強引に従わせることは避けた、真正面から説得だ。少女は単に甘やかされている訳ではなく、親から実践向きの教育も施されているのだろう。 「はい」 エラトは柔らかく微笑み、数人の護衛と使用人を連れて、城の中庭に設置された焚き火に向かって行った。 「つぎはほんばんだねっ。待てないならこれもあるけどっ」 リィムナは厨房から届けられた籠を掲げる。 籠には油を吸い取るための紙がしかれており、パン粉をまぶされ新鮮なオイルで揚げられた鰻のフライが盛られていた。 「酒が進むのう」 依頼人は目を細めて籠を受け取り嬉々として食べ始める。 「とうさま。油物は控えて下さいませ。孫の顔を見るおつもりなのでしょう?」 少女が使用人に目配せすると、依頼人の前から籠が下げられていく。 「婿を取るのはもう少し後でも…」 依頼人の反論は、娘に呆れの視線を向けられ徐々に小さくなっていった。 「そ、そういえば、鰻の骨や野菜の絞り汁が肥料になるという話を聞いたが?」 「詳しいことは食事の後にでも。今は目と舌で楽しまれた方が良いでしょう」 メグレズが大型の盆を抱えて食堂に入ってくる。 漆器に盛られているのは美しく輝く白い飯。 水の調整から温度調節まで、魔術師が巨大で高度な術を使うが如き厳密さで気を配った生による逸品だ。 これだけでも感嘆に値する料理だが、その上に載っているのはさらにその上をいっている。 柔らかく、旨みを逃さず適量の脂を含んだ、宝石のように輝く鰻の蒲焼きだ。 「ほう」 「まあ」 依頼人親子は歓声をあげる。 食に関してはアル=カマル最上層のものを味わい続けてきた彼等は、目の前の鰻が単にたれをつけられ焼かれたものではなく、無数の行程を経て完成したものであることを確信していた。 そうでなければ、これほど複雑にして豊潤な香りがする訳がない。 「駄目ですわ。こんなにおいしそうなもの、ついつい食べ過ぎてしまいそう」 「そういうときは泳げばいいんだよっ!」 リィムナがうずうずしながら元気に言うと、少女はくすりと微笑んだ。 「そうですね。でも、これではとうさまと私だけでは食べきれませんわ」 少女が同席を勧めると、リィムナは喜んで席についた。 「いただきますっ」 依頼人親子と同時に箸をのばす。 鰻は箸で押すと簡単に切れ、しかししっかりと形を保っている。 艶々のご飯と共に口に運ぶと、鼻孔をくすぐる甘くて濃厚な香りにより口内がしっとりしてくる。 口に含むと炊きたての米の甘さと甘辛いたれ、そして口の中でほぐれていく鰻の味が渾然一体となって舌から鼻、さらに脳天に駆け上がっていく。 かめば噛むほど味わいが増していくが身は決して固くなく、かみ応えが旨さと感じられる程の絶妙さだ。 「素晴らしいです。産地との距離とアル=カマルの気候を考えると気軽に食べられる品ではないでしょうけど、ええ、本当に予想以上の味です」 少女は口調こそ最初と変わらないものの、頬は色づき目をうっとりと細めていた。 「そこまで喜んで頂けたなら、調理した甲斐があったというものです」 割烹着を華麗に着こなすという難事を軽々と実現させた玲璃が姿を現す。 修得の難しさで知られた鰻の蒲焼きを高精度で再現できたのは、玲璃の尽力の結果だ。 もっとも食材の鮮度が保たれていなければどれだけ料理を再現しても無意味な訳で、今回の事業は8人の開拓者の努力により初めて成功したのだ。 「なにぶん本職ではありませんので、拙い部分もあったかもしれませんが…。戦闘経験の無い料理人に同行をお願いする訳にもいかず、このような形になりました」 「まあ」 少女は驚きながら己の口に手を当て。 「これで素人、だと」 老人の口から、食べかけの蒲焼きがご飯の上に落ちる。 「料理が巫女の必須教養とは、天儀の常識はときに想像を絶するのう」 エラト作の菓子と茶がテーブルに並べられていくのを眺めながら、老人は重々しくうなずく。 玲璃が礼儀正しく訂正しようとしたが、依頼人親子の誤解は最後まで解けなかったらしい。 ●プール! 城の使用人達に長葱、しらたき、豆腐、蒟蒻、葱を使ったすきやき風鰻鍋が振る舞われていた頃、霧依はひとり広々としたプールで泳いでいた。 艶やかな黒髪を結ってゆったりと背泳ぎをする彼女の目の前には、豊かな双球の一部が水面から顔を出している。 艶と張りを兼ね備えた白い肌と、艶めかしいほどに黒い下着の組み合わせは壮絶なまでの色気を感じられた。 「ふう…」 砂走船をチャーターするつもりがいつの間にか飛空船になっていたりと色々なことがあったが、依頼人達は料理と霧依達開拓者の仕事ぶりを絶賛していたので、終わりよければ全て良しだろう。 いや、霧依にとっては、まだ一番肝心なことが終わっていない。 「リィムナちゃん、こっちよ」 硬質な美貌が、母性を感じさせる柔らかな微笑みを浮かべる。 「はーい♪」 リィムナは大胆なビキニ姿のまま、ただし照れがないため淫靡さ皆無で元気さしか感じられない姿のまま、勢いよくプールに飛び込んだ。 「もう」 激しい水しぶきを華麗にかわし、霧依はプールの底から浮かび上がってくるリィムナを両手で抱きしめた。 「駄目でしょう?」 「えへへ」 目の前の後輩魔術師に一瞬ではあるが母を重ねてしまい、リィムナは逆らわずに抱きしめられ、柔らかなのに見事な形を保ったままの膨らみに顔をうずめる。 水をかいていた霧依の手のひらが、思い切り握りしめられる。 瑞々しいという表現では到底足りない子供の肌。 丸みを帯び始めたばかりで触れると骨が感じられる体。 そして、本人の生命力を示すような高い体温に、水を被ってもな感じられる甘い体臭。 私の燃え盛る熱情(欲望)よ、今は表に出るな。リィムナちゃんのガードが下がりきるまで堪えるのよっ。 霧依は内心自分自身に必死に言い聞かせながら、あくまで優しくリィムナを撫でるのだった。 |