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■オープニング本文 とある城塞都市がアヤカシに襲われた。 全方位および上空から襲いかかったアヤカシの総数、約200。迎え撃ったのはジン12名を主力とする守備隊と、戦闘経験を持たない多数の住民達だった。 ジンは、城壁を飛び越えて来た死竜を含む集団に立ち向かい壊滅した。死者は2名。退役を余儀なくされた者3名。残る9人も長期間の治療が必要だ。 城壁に押し寄せたアヤカシは、志体も実戦経験も持たない者達が相手にすることになった。宮殿から大量の銃器と膨大な量の弾薬が運び出され、慣れない装備に身を固めた新兵が城壁に守りにつく。極めて頑丈かつ巨大な城壁で足止めされているとはいえ、中型以上のアヤカシが半数を占める敵勢が城壁を突破するのは時間の問題と思われた。 アヤカシは城門付近に戦力を配置していなかった。都市住民を死兵にさせないまま都市を潰すつもりだったようだ。 しかし、住民の大部分は逃げれば流民になるしかないことを理解し、それ以上に都市と己の繁栄を求めていた。彼等は熱狂的に戦い、膨大な量の弾薬と貴重な血を流しつつ耐え抜いた。 これまで開拓者に討伐されたアヤカシの数が少なかったら、あるいは開拓者が砂漠のアヤカシの実態を探っていなかったら、まず間違いなく城は落ちていただろう。 ●依頼票 仕事の内容は城塞都市ナーマの経営補助。 依頼期間中、1つの地方における全ての権限と領主の全資産の扱いを任されることになる。 領主から自由な行動を期待されており、大きな問題が出そうなら領主やその部下から事前に助言と改善案が示される。失敗を恐れず立ち向かって欲しい。 ●依頼内容 城塞都市の状況は以下のようになっています 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。滅になると都市が滅亡します 人口:微 流民の受け入れを停止しています 環境:普 人が少ないです。商業施設は建物だけ存在します。戦闘直後のため人心と環境の双方が荒れ気味です 治安:微 治安維持組織の機能が低下しています 防衛:普 都市の規模からすれば十分な城壁が存在します。戦闘に使用されたため補修が必要です 戦力:無 守備隊がほぼ機能を停止しています 農業:普 城壁内に開墾余地無し。麦、豆類、甜菜が主。10月まで大規模天災等なければ1段階未満上昇します 収入:普 周辺地域との売買は極めて低調 評判:普 アヤカシの大規模襲撃を独力で退けたため上昇しました。もう少しで1段階上昇します 資金:普 補修費用と宮殿建設費は支払い済みです。収入の蓄積により増加しました 人材:内政担当官僚1名。情報機関担当新人官僚1名。農業技術者3家族。超低レベル志体持ち7名。熟練工1名。官僚見習3名。医者候補1名。情報機関協力員十名弱 ・実行可能な行動 複数の行動を行っても全く問題はありません。ただしその場合、個々の描写が薄くなったり個々の行動の成功率が低下する可能性が高くなります。都市内の事柄に関わりながらでは砂漠への遠征は困難です 行動:守備隊再建 詳細:必須です 行動:武器弾薬の購入 詳細:備蓄弾薬は尽きています 行動:砂漠への遠征(死亡可能性高め) 調査可能対象地図。1文字縦横5キロメートル 砂砂砂砂 砂砂砂砂砂砂 砂。砂漠。危険度不明 砂砂穴砂砂砂 道。道有り。砂漠。危険度不明 砂砂漠都砂砂 穴。洞窟の入り口有り。砂漠。やや危険。敵情報有 砂砂砂道砂砂 都。城塞都市あり。砂漠。比較的安全 砂砂道砂 漠。砂漠。敵情報微量有 行動:城壁大拡張開始 効果:完全実行時資金が一段階低下 行動:安全に耕作できる面積を現状の数割増しにします。1月程度外壁の機能が失われます。資材、設計図、人員の準備は完了。詳細な計画も立案済みです。綿密な準備により開始から1週間作業効率が上昇します 行動:鉱山開発 詳細:鉄の鉱脈が確認された洞窟を開発します。洞窟内の空気は悪く非志体持ちの長時間労働は不可能。洞窟の上の土地にはアヤカシが出没しています。都市に換気設備用資材あり 行動:対外交渉準備 効果:都市周辺勢力との交渉の為の知識とノウハウを自習します 詳細:選択時は都市内の行動のみ可能。習得には多くの回数が必要です 行動:定住民系大商家との交渉 詳細:複数の地域で事業を展開する組織と交渉します。融資要請、飛行船船団雇用、都市の商業の一部委託など、大規模な取引が可能です 行動:飛行船関連 詳細:改造、設計等を行うための機材が有りません 行動:その他 詳細:開拓事業に良い影響を与える可能性のある行動であれば実行可能です ・現在進行中の行動 依頼人に雇われた者達が実行中の行動です。開拓者は中止させることも変更させることもできます。 行動:からくり 詳細:からくりに対し、領主が密度の濃すぎる教育を行っています 行動:飛行船 詳細:雇われ小型飛行船。魔の森近くの紛争地域への安価な水輸出に従事中。要整備。次回帰還予定。再交渉可 行動:輸出入停止 効果:都市から砂漠を通って外に出る道の安全が確保できないため、輸出入が完全に停止しています 行動:周辺の零細部族民を非公式に雇用中 詳細:防衛戦に参加後、既存住民との衝突発生率低下 行動:宮殿建設 効果:住民の最後の避難場所兼領主の住居を建設中。現場監督も作業員も住民です。機密保持優先でスローペース 行動:市街整備 効果:ほぼ休止中 詳細:上下水道、商業施設、商業倉庫の整備は完了しています 行動:城壁防衛 効果:失敗すれば開拓事業全体が後退します。訓練を受けていない都市住民が実行中 行動:治安維持 効果:治安の低下をわずかに抑えます 詳細:生き残りの警備員が宮殿の一部を警戒中です。練度は高くありません 行動:環境整備 効果:環境の低下をわずかに抑えます 詳細:排泄物の処理だけは行われています 行動:教育 詳細:一定期間経過後、低確率で官僚、外交官、医者の人材が手に入ります 行動:牧畜 詳細:何もなければ9月頃後に、城壁外で本格的に牧畜を開始できる見込 行動:砂糖関連 詳細:秋頃収穫見込 行動:二毛作関連 詳細:継続可能か等判明するのは早くて晩秋 行動:捕虜等 詳細:防衛戦に参加したため死亡または釈放 行動:情報機関 詳細:数名の人員が都市内での防諜の任についています。信頼はできますが全員正業持ち。専業を雇う予算はありません ・周辺状況 東。やや辺境。小規模都市勢力有り。外交チャンネル有り 西。最辺境。小規模遊牧民勢力有り。やや不穏 南。辺境。ほぼ無人地帯。内部の零細勢力が有力部族から距離をとりつつあります 北。やや辺境。小規模都市勢力有り。不穏。外部への影響力喪失 超小規模オアシス。敵対しない限り、避戦に役立つ目的が得られる可能性があります 各地域とも有力勢力はナーマに対し敵対的中立で緩やかな経済制裁を実施中 東を中心とした複数勢力が、ナーマと開拓者ギルド間の契約内容を確認しました |
■参加者一覧
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
フレイア(ib0257)
28歳・女・魔
将門(ib1770)
25歳・男・サ
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
鳳珠(ib3369)
14歳・女・巫
エラト(ib5623)
17歳・女・吟
サフィラ=E=S(ib6615)
23歳・女・ジ
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ●葬儀 「勇敢なる魂よ、安らかに月の天上へと旅立ちたまえ」 鎮魂の舞を終えたサフィラ=E=S(ib6615)が厳かに祈りを捧げると、葬儀に参列していた住民達は無言のまま最敬礼を行った。 住民の先頭に立つのは起動後数ヶ月のからくりだ。数日前の戦闘に参加したらしく幾つものパーツが変形あるいは脱落しており、そこだけは無事だった端麗な顔立ちとの対比は無惨とさえいえた。 「それじゃこれでお仕舞い。先にいったみんなの分までがんばろっ」 振り返ったサフィラがにこりと微笑むと、厳かで沈痛な雰囲気がわずかに緩む。 からくりがゆったりとした動作で合図をすると生き残りの官僚が閉会と解散を宣言し、住民達はそれぞれの上司やまとめ役に従い次々に式場を後にしていく。 彼等は必ずからくりの前を通り、領主に対する礼を捧げていた。 戦前、からくりに対しては戸惑う視線や不信感が籠もった視線が向けられることもあった。だが今向けられるのは敬意や尊崇、または恋い焦がれるような熱い視線だけである。1人もジンがいない城壁での戦いで、先頭に立ち我が身を盾にし街を守ったことを皆が知っているのだ。 戦闘に赴いたのがナーマ・スレイダンの強制であることは住民には知らされていない。 城壁上で泣き叫びながらアヤカシの攻撃を浴びていたことを知る警備隊の者達は、真実をあの世まで持って行くつもりだった。 ●退役兵 「大将、ご無事で」 守備隊を退役した男達がアルバルク(ib6635)に駆け寄ってくる。 玲璃(ia1114)による超高度な治療を受けたにも関わらず、彼等の動きは非常に鈍く、駆けているのに速度は異様に鈍い。 「魔の森に攻め入ったんで?」 「でかいアヤカシを吹き飛ばしたって話を聞きやした。うちらの戦いより派手な戦いがあるなんて、直接開拓者方から聞くまで信じられませんでしたぜ」 武器を振るう力を無くした男達は、皆一様に満足げな表情を浮かべていた。 「おう、無事でなによりだ」 アルバルクも不敵に微笑み、立ち話を避けるために近くにある天幕に誘う。 速度を出せない男達を、羽妖精のリプスがそっと支えてやっていた。 「こんだけ働いたんだ。長期休暇くらいくれてやりたいところだが」 労いの言葉もそこそこに、アルバルクは退役兵に対し新たな命令を下す。 「都市防衛の指揮に新兵を仕込む教官、いくらでもやることがある。身内の葬式を出す時間はくれてやるが終わったら関係部署との折衝と組織立ち上げにかかってもらうぞ」 待遇の低い軽作業で食いつなぐことを覚悟していた男達は、涙を堪えて深々と頭を下げた。 もっとも、最大時千人近くに達する兵役志願者の面倒を任された時点でアルバルクに対する感謝の念は完全に吹き飛び、過酷な仕事を押しつけたアルバルクに悪態をつきながら連日の徹夜をこなしていくことになる。その仕事ぶりは、鬼気迫ると同時に非常に楽しそうだったという。 ●壊れたもの 「もう嫌だ。出してくれ。俺をこの忌々しい街から出してくれ!」 盗みを犯し、捕らえられて過酷な労働を科され、絶望的な防衛戦に参加することでようやく罪を許された職人は、城塞都市での労働を断固拒否していた。 どれだけ素晴らしい政策でも万人が賛成することはあり得ず、城塞都市ナーマの惨くはないが厳しい法はもっと受け入れられづらい。その現実が元犯罪者の態度に表れていた。 「これまでお疲れ様でした」 胸のうちに苦いものを抱えながら、朽葉・生(ib2229)が頭を下げる。 男は、三角巾で片腕を吊った警備員に促され、都市外との連絡が回復するまで行商人が足止めされている宿に案内されていった。 「今は一刻も早い街の補修が必要です。彼も街を守ってくれた同志です。どうか協力して頂けませんか」 戦いを生き残り、ナーマに残る意思を示した元犯罪者はたった1人。その1人を示しつつ生が語りかけると、現場監督と設計者達は皆まで言うなというように首を振った。 「分かっております。万一過去を蒸し返して文句をつけような馬鹿がいたら、私らが責任をもって落とし前をつけさせます」 「城壁修復の準備は整っておりやす。玲璃様の治療の進み具合次第ですんで正確な予定は立てられてませんが、できれば…」 「すぐに取りかかって下さい。ストーンウォールで代用可能な部分は全て私に回して下さい」 生が明確な指示を出すと、それぞれ浅くない傷を負った男達が、機敏な動きでそれぞれに持ち場に向かって行った。 ●排除 葬儀が終わっても治療は終わらない。 玲璃は術による治療を終えた患者を治療院所属の人員に任せ、負傷の程度が低いため後回しにされていた負傷者達の元へ向かう。 戦地以外では十分に重傷扱いされるであろう彼等は、ときどき傷の痛みに顔をしかめながら、しかし明るく隣の者達と語り、笑いあっていた。 農地で働いている者も、工事現場で働いている者も、最近零細部族から派遣されてきたばかりの者もいる。産まれも育ちも異なる彼等は、過酷な戦いをくぐり抜けることで同朋としての関係を確立したらしい。 「玲璃様」 「今回もお世話になります」 素直に、心から頭が下げられる。 玲璃は歌声に癒しの力をのせて、その場に集められた百人以上の怪我人を一度に癒す。 歓声をあげる元怪我人をその場に残し、玲璃は城壁近くの空き地に足を向ける。その足取りは、玲璃の内心を示すように重かった。 そこには、ほんの数日前まで門前にあったスラムの住人が集められていた。 仕事中に付近を通りがかった住民から向けられる視線は、以前より明らかに冷たくなっている。防衛戦闘で流れた血は都市の団結を強化し、その代わり非正規居住者に対する悪意を増大させたのかもしれない。 「都市法の受け入れ、およびこれまでの地縁血縁を断つことを条件に、ナーマはあなた達を受け入れます」 予め発動しておいた瘴索結界「念」で確認しながら、淡々と都市の決定を伝えていく。 容姿に優れた玲璃が感情の欠落した声で語る様は、元スラムの住民達が待ち望んだ言葉に不吉な陰りを落としていた。 「希望者は1人ずつ私のもとに来てください」 長い間待ち望んだ展開に歓喜し、違和感を無視して大勢の元スラム住人が玲璃に殺到する。 が、最初から配置についていた警備隊が半数近くを取り押さえ、両手両足を縛ってしまう。 「これで全員ですか」 無事だった者も含めて呆然とする元スラム住民の前で、玲璃は警備隊の中に混じっていたライ・ネック(ib5781)に声をかける。 「ええ。過去の恩を返すのを現在の契約より上位に置いている人達も含んでいます」 姿を現さないまま元スラム住民同士を聞いていたライは、感情を含まない声で断言する。 「そんな、どうしてっ」 「仲間内で愚痴をこぼしあうのがそんなに悪いんですか!」 理由を知らされ門の外へ運び出されていく者達が、絶望と怒りに突き動かされて抗議をする。朋友の蘭が心配げな視線を向けるが、玲璃は揺らぐことなく人の分別を徹底した。 堅く握りしめられた玲璃の拳から、赤い血が流れていた。 ●水源で 小鬼未満のアヤカシを浄炎で滅ぼしてから、嶽御前(ib7951)は水源の状態を改めて確認する。 城塞都市ナーマにおいて領主一族より重要度の高いこの場所は、見事に整備され清らかな美しさを保っていた。 「そちらはどうですか」 農業従事者全員の安否確認を終えてきた鳳珠(ib3369)が霊騎をお伴に姿を見せると、嶽御前は宮殿と水源にアヤカシが潜んでいなかったことを報告する。 もっとも今回の水源のように潜んでいなくても自然発生することはある訳で、定期的な駆除は必要なことだ。 「助かりました。防衛戦中に宮殿奥を空にするとは予想していませんでしたから」 領主は自身の護衛全てを防衛戦に投入した。自分の命より住民の命の方が大事だったから、などと受け取る者もいるかもしれないが、付き合いの長い鳳珠は勘違いしない。 領主は己の生きた証を残すために武力を用い、後継者兼墓守としての立場を強化させるため、起動したばかりのからくりに戦いを強いたのだ。 「これを預かっています」 書状を差し出すと同時に嶽御前が口にしたのは、農業技術者3家それぞれの代表者の名前だった。 極めて希少で重要な技術を持つ彼等は、彼等自身が望んでも絶対に戦場に出ることは許されない。少し鬱屈を感じさせる文字で、水源とその付近に社かそれに類する物を建てて欲しいという要望が書面に綴られていた。 巫女である両者は視線を交わし、考え込む。 アル=カマルにおいて祭祀の形式が問題になることはあまりない。少なくとも天儀の精霊を祭るやり方で問題になることはない。歴史が始まったばかりの城塞都市ナーマでは、都市の立ち上げ当時から関わっていた巫女のやり方で通しても歓迎されることはあってもその逆はないだろう。 「ナーマ氏なら好きにしろと言うだけでしょうし、どうすべきでしょうか」 不信心を通り越した価値観を持っていそうな領主の顔を思い浮かべ、鳳珠は憂鬱なため息をつくのだった。 ●ステラ・ノヴァからの特使 「ナーマ領と競合する勢力による計略ではなかったのですか」 都から派遣されてきた特使は、それまで浮かべていた上品な笑みを引きつらせた。 「はい。ナーマ1世ことナーマ・スレイダンの引退およびアマル・ナーマ・スレイダンへの権力委譲の公認。ナーマの兵器を含む武器弾薬大量購入への歓迎表明。可能であれば王宮からの援助物資を求めたいところではありますが、これは直前の戦争での負担もあるでしょうから取り下げえうことも検討しましょう」 エラト(ib5623)は平然とした顔つきで、しかし頭の中では超高速で計算を行っていた。 こちらが欲しいのは援助。直前の魔の森での戦いで王宮側に援助しているので、規模に注意すればすんなり受け入れられるだろう。 だが援助を受けた場合、今後王宮の意向に従うか、少なくともこれまで以上に配慮するしかなくなる。 「誠に申し訳ありませんが書面に残すことはできません」 からくりへの権力委譲を黙認することを匂わせてはいるが、単にナーマ側の条件を値切るつもりか、それとも何か狙いがあるかは分からない。 エラトがこれまで身につけたナーマ周辺地域用知識や外交儀礼に照らし合わせても分からない。 根底の文化は同じでも規模が違いすぎ慣習も明らかに異なっているのだ。 「アマル・ナーマ・スレイダンに関しては譲歩できませんよ」 「援助で済まして頂く訳にはいきませんか」 エラトが一歩踏み込むと、特使は退いていく。 迂遠な会話を長時間続けると、ようやくエラトにも見えてくる。 アマルへの権力継承に関しては、王宮は最大限譲歩しても黙認しかするつもりがない。 ナーマ側がこれを取り下げるなら大規模な援助すらするつもりらしいのだから、まず間違いないだろう。 「なるほど」 エラトは決断した。権力委譲の正当性を王宮が積極的に認めないのなら、ナーマの経済力と軍事力を背景に正当性を主張していくしかない。その場合、王宮の援助を受けたことが大きな傷になる。 からくりへの権力移譲はアル=カマルの非常識。 その非常識を通すつもりなら、少なくとも独力で立てるだけの力は必要なのだ。 円卓がナーマの権力継承と軍備拡張に一切口を挟まないことを確約し、ナーマが前戦争での貢献を適当な見返りで相殺することに合意したのは、その日の深夜のことである。 翌日には、大規模軍拡のプロジェクトが立ち上がっていた。 ●執政府 開拓者ギルド係員が見せたパーフェクトな土下座に、ナーマ・スレイダンはくすりと笑い声をこぼした。 「勘弁してやれ。開拓者が依頼のないとき神楽に住まわされているのはギルドの厚意ではなく天儀朝廷の方針だ。儂程度が口を挟めばおぬし等との連絡を絶たれてしまうわい」 領主は己の首に手刀を当て、愉快そうに口元を歪めた。 無論、そんな展開になれば係員は確実に消されるだろう。 「残念です」 城塞都市ナーマへの開拓者駐留のための根回しを始めていたフレイア(ib0257)は、残念そうな気配をまとったまま首肯する。 「申し訳ありません。折角書いて頂いた親書も…」 「構わん」 領主はフレイアの謝罪を遮る。 「こやつが天儀から出てきたので十分元はとれている。違うか?」 係員は怯えたように体を震わせると、懐に忍ばせていた巻物を恐る恐る差し出す。 安全のために領主に代わって受け取った将門(ib1770)は、久しく浮かべていなかった、天儀の貴族としての顔で平凡な見かけの人間を見下ろした。 「貴公は興味深い手蔓を持っているようだな」 銃だけでなく、大きな私兵団以上の規模が無ければ運用できない大型砲に戦闘目的に特化した飛空船。巻物は、それ等が載ったカタログであった。 併記されている数字を信じるなら、整備用機材を含めた価格は、大商家や大貴族向け価格とほとんど変わらない。 係員は何も言わない。正確には、言えば機密漏洩で様々な方面から命を狙われることになるので言えないのだ。 「後遺症持ちと遺族へのは見舞金とその後の自立支援への予算に加えて、軍備のための予算も組まねばな。軍備に関してはこちらで進めておく。遺族と生き残りへの対処は怠るなよ」 「うむ。ただし直接顔を会わせるのはあれに任せる。そろそろあれ個人に対する忠誠も盛り上げねばな」 領主は将門の進言を受け入れ、戦傷が癒えきっていない官僚を呼び寄せ口述筆記をさせるのだった。 ●討伐 「やはり敵の数が多いですね」 「にゃーっ! 感心してる場合じゃないよっ!」 巨大な剣を背負ったヤーウィが表情を変えずに走り、サフィラが冷や汗を流しながら必死にヤーウィの横を走る。 「ヤーウィ、いつの間にそんなに早くなったのかなっ」 「マスターが…マスターの薫陶のお陰です」 主の冗談交じりの言葉をさらりと受け流し、重装備のからくりは城塞都市に向かって真っ直ぐに進んでいく。 追いかけてくるアヤカシの群れとの距離が徐々に詰まり、蠍の毒針が振り下ろされようとした瞬間、石壁で出来た道標の背後から騎乗した開拓者が現れアヤカシに襲いかかる。 罔象(ib5429)が放ったスパークボムがサフィラ主従に誘き寄せられたアヤカシを吹き飛ばす。 アヤカシが変じた瘴気をメグレズ・ファウンテン(ia9696)が突っ切り、城壁を打ち壊すつもりか集まっていたサンドゴーレムをまとめて斬りつけ、引きつける。 サンドゴーレム隊に付き従っていたスケルトンやマミー達が、圧倒的に強い開拓者達を避けるために後退を始める。 が、エラトが夜の子守唄を奏でるとサンドゴーレムごと動きを止められ、炎龍を駆るフレイアとカルフ(ib9316)の吹雪によって効率的に駆除されていく。 エラトの演奏は続いており、鷲獅鳥を駆って周囲一帯のアヤカシを眠らせ、宿奈芳純(ia9695)が結界呪符「白」で見つけ、万一再び動き出しても中書令(ib9408)が歌で眠らせることで確実に始末していく。 「ご無事で」 炎龍を優雅な動きで着地させながらフレイアが呼びかけると、サフィラは軽く息を弾ませただけで平然とした顔でうなずいた。 「逃げ隠れするアヤカシを釣り出すためだからねー」 「ええ、しかしこういう形で攻めてくるとは」 フレイアは日除けの帽子を深く被り、額に浮かんだ汗を純白のハンカチで拭いてから周囲を確認する。 防衛戦の前は大量に設置されていた日除け兼目印が、半分以下にまで減ってしまっている。 目印の密度が少なすぎる所はストーンウォールで補ってはいるものの、アヤカシの襲撃が頻繁らしく次に訪れたときには破壊されていることも多い。これまで強力な開拓者に負け続けたアヤカシ達は、開拓者達との直接対決を避けるようになってしまったのだ。 「防衛戦で確認された飛行アヤカシも姿を見せない。アヤカシに指揮官が現れた可能性すらあります」 「うわぁ」 「承知いたしました。マスター、サクル様によると北西方向に200歩程度に距離に不審な影があるとのこと。2人で仕掛けましょう」 サクル(ib6734)から伝えられた偵察結果を口にする。 「しゅ、主従逆転っ?」 サフィラは大げさに驚いてから、大勢の人々が命に替えて守った都市の安全のため、地道で過酷な作戦を続行するのだった。 1週間近くかけて砂漠外とナーマ間を数十往復し、ときにはアーマーや鷲獅鳥まで投入してアヤカシ討伐を行った結果、ナーマと外を結ぶ陸路での連絡路は回復した。 |