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■オープニング本文 開拓者とアヤカシの熾烈な戦いが始まってから約1日後。 アヤカシの主力は後方に下がり、開拓者達も負傷者を後送して補給とオアシス周辺の警戒を行っていた。 後方から運ばれてきた物資により矢弾の補充は完了し、一晩休んで練力も回復した。 とはいえ熾烈な戦いによる消耗は激しく、疲れが顔に出ている者も無視できない数存在した。 それはアヤカシ側も同じかも知れない。開拓者達が大量に滅ぼしたとはいえ、魔の森には桁違いの数のアヤカシがいるはず。にも関わらず宙を舞うアヤカシの数は激減し、たまに繰り出される偵察隊の数も質も明らかに低い。 「補給が済んだ以上仕掛けてもいいのじゃないかな」 「疲れで鈍った体で魔の森に突っ込むのか? そんな気力残ってないぜ」 哨戒の任につきながら暇つぶしに会話する開拓者達。アヤカシが攻めてくれば受けて立つつもりはあるが、それ以上のことは出来そうになかった。 「む」 「なんだありゃ」 とっさに目に練力を集中して視力を拡大する。 すると砂丘の稜線の向こう側に、整然と立ち並ぶ大型アヤカシ達の姿を見つけてしまった。 武具のほとんどを失った骸骨戦士や、尻尾の数が3つから1つに減ったジャバト・アクラブなど、重傷を負ったアヤカシが大量に組まれている。 だが油断などできない。数は少なくとも100に達し、それどころか次々に新手が現れつつあるのだ。 「魔の森外縁に有力なアヤカシ1!」 敵襲を告げる色つき狼煙に着火しながら、緊張した声で報告する。 「あれは、報告にあった猫頭人型の指揮官か。野郎、森から這い出てきたアヤカシをまとめて部隊を作ってやがる」 「動き出したぞ。方向は…」 偵察を行うため集まってきた砂迅騎達が、揃って不審そうな表情になる。 「連中、どこに向かっているんだ。あっちはオアシスも何もないぞ?」 「ジャウアドのおっさんがいたような気がする。まあおっさんなら襲われてもしぶとく生き延びるだろ。1度アヤカシを見逃してから背後から攻撃するか?」 冗談交じりの提案がなされたとき、物資の搬入に立ち会っていた開拓者ギルド職員が悲鳴じみた声をあげた。 「だ、駄目です! 絶対に後ろに通さないで下さい!」 いくつかの視線が職員に向けられる。アヤカシに怖じ気づいての発言かと疑われたせいだ。 「今だけは拙いんです。ギルドから別枠で報酬がでます。かけあって増額してもらいますからっ」 非志体持ちの視覚でも分かるほどアヤカシが増えているが、職員は前方のアヤカシではなく後方の何かをしきりに気にしていた。 「事情は…」 「すみません話せません!」 これから死地に向かう開拓者に対し心底申し訳なさを感じながら、職員は何度も深く頭を下げる。 これ以上問答を重ねても無意味と判断した開拓者達は、アヤカシの全軍が動き出すとほぼ同時に駆け出すのだった。 ●戦場地図 砂砂砂魔魔魔魔魔魔魔魔魔魔魔魔魔魔魔魔砂砂砂 砂砂砂砂砂魔魔魔砂砂砂司砂魔砂砂砂魔蠍蠍蠍砂 砂砂竜砂砂砂砂砂砂砂砂鬼砂砂蠍蠍蠍蠍蠍蠍蠍砂 砂砂砂砂砂竜炎砂蠍砂炎炎炎砂蠍蠍砂砂砂蠍蠍砂 砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂 砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂骨骨砂砂砂砂砂砂砂 砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂 砂砂砂砂砂砂砂砂砂骨砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂 砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂 砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂 砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂 砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂 砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂 砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂 砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂 砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂 砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂 砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂 砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂 砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂 砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂 砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂 砂砂砂砂砂砂砂砂開開砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂 砂砂砂砂砂砂砂砂開開砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂 砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂 砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂 砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂 砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂 砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂砂 1文字は縦30メートル横30メートルの地形です。 地図の上には魔の森が広がっており、下にしばらく行くとジャウアドの砂上船が停泊しています。 アヤカシが地図の一番下のマスまで移動した時点で、アヤカシは開拓者の追撃を振り切ったことになります。 |
■参加者一覧 / 羅喉丸(ia0347) / 鷲尾天斗(ia0371) / 鴇ノ宮 風葉(ia0799) / 礼野 真夢紀(ia1144) / 胡蝶(ia1199) / 八十神 蔵人(ia1422) / 羅轟(ia1687) / 御凪 祥(ia5285) / ペケ(ia5365) / 菊池 志郎(ia5584) / 鈴木 透子(ia5664) / 雲母(ia6295) / 霧咲 水奏(ia9145) / ティア・ユスティース(ib0353) / ミノル・ユスティース(ib0354) / ミーファ(ib0355) / 不破 颯(ib0495) / フィン・ファルスト(ib0979) / 将門(ib1770) / 杉野 九寿重(ib3226) / アルマ・ムリフェイン(ib3629) / 浄巌(ib4173) / ウルグ・シュバルツ(ib5700) / スレダ(ib6629) / 玖雀(ib6816) / レムリア・ミリア(ib6884) / 藤田 千歳(ib8121) / 来須(ib8912) / ナシート(ib9534) / ヒビキ(ib9576) / 月夜見 空尊(ib9671) / 木葉 咲姫(ib9675) / 天野 灯瑠女(ib9678) / 別宮 高埜(ib9679) / 須賀 なだち(ib9686) |
■リプレイ本文 ●嵐と竜 左に走った者達が遭遇したのは、アヤカシを孕んだ巨大な嵐であった。 自然災害と見紛う規模と強さを持つそれに、開拓者は全く怯まず挑みかかる。 戦いの開始を告げたのは一発の銃声だ。ウルグ・シュバルツ(ib5700)が精霊力に働きかけることで嵐の中心の動きを捉え、息を完全にとめて発射台である己の体を安定させ、膨大な量の練力を弾丸に込め、引き金を引く。 生涯最高の射撃といってもよい一撃は、強風も大量の鳥型アヤカシも突破して嵐のコアに向かう。が、高速で不規則に移動し続けるコアは、ぎりぎりで直撃を避けてしまう。 「自動命中か命中特化の奴以外は嵐を狙うな!」 ウルグは吠え、次弾の装填を開始すると同時にコアにのみ集中する。ウルグに気づいた小型飛行アヤカシが向かってくるが完全に無視だ。 狙撃手として高い能力を持つ彼だからこそ、敵の正体に気づくことができた。 イウサール・ジャウハラは、防御面に関しては単純に、絶望的なほど素早いだけだ。 「もとよりそのつもりよ」 胡蝶(ia1199)は嵐とその背後の竜の進路上に立ちふさがり、淡く光る3枚の符を飛ばし術を発動させる。 「図体だけは大きいわね…勝負よ!」 呼び出された蛇が砂を巻き込みながら砂から躍り上がり、巨大な死に損ないの竜を捕らえ、締め付ける。 竜は自らの体を破壊しながら強引に振りほどくが、胡蝶が即座に呼び出した蛇に食いつかれる。 この場の最大の脅威は彼女だと判断したらしく、複数のアヤカシ空中部隊から怪しげな鳥が飛び出し、ウルグに対するものより数倍の数で胡蝶に襲いかかった。 「させるものですか」 杉野九寿重(ib3226)はためらいなく胡蝶の前に飛び出し、その盾となる。 とっさに防御に専念することで、数は膨大とは言えただの怪鳥の攻撃は容易くしのぐことができた。が、アヤカシの嵐が引き起こす強烈な風は、防御に専念しても九寿重の体を傷つけ、生命を削っていく。 「は〜、じゃんじゃん来るねぇ。おっかないおっかない」 この世のものとは思えない光景のただ中で、不破颯(ib0495)はいつも通りに飄々と笑っていた。 そして、矢筒から20本以上の矢を手に取り、慣れた手つきでその全てを弓で撃ち出していく。 「ここは食い止めます。けどあちらはお願いしますね」 嵐と竜を小さな体で食い止めながら寿重が言うと、颯はへーいと軽く答え、色気のある敬礼をしてからアヤカシの後続部隊を食い止めに向かう。 「数で勝る質も高い相手を後ろに通すな、けど理由は話せません、ね…。全く良い商売よね」 「事情はともかく、本当に突破されるとまずいことになるのでしょう。追撃、お願いしますね」 菊池志郎(ia5584)が精霊砲を叩き込んで竜を追い立てる。 「承知しています」 胡蝶が練力と気力を注ぎ込んだ放った大蛇が、竜の翼をへし折り砂漠に墜落させた。 ●食い止める歌 少数にも関わらず嫌らしい動きで開拓者達の足を止めようとする鳥型アヤカシ達。まともに相手をすれば1分近く足止めされ、その隙に竜が後方へ抜けていたかもしれない。 だが現実は、ミーファ(ib0355)が奏でる穏やかな曲に冒され、無防備な姿で砂漠に墜落していっていた。 「ふー、楽で良いね」 颯はきらりと白い歯を光らせて矢をつがえる。狙いは当てやすい落ちた鳥、ではなく宙を高速でいくもう1体の竜だ。 翼と肩を中心に狙うことで動きを鈍らせ、宙をいくことを諦めさせて地に足をつけさせることに成功する。 「このまま片付けて援軍に戻らないとね」 「それも良いですが伏兵に気をつけてください。多分、大勢います」 ミーファが注意を促し、颯が一瞬のうちに周囲一帯を確認する。砂の合間から、ミーファの曲で意識と失ったと思われる大型アヤカシがいくつも見えていた。 「りょーかい。一発援護してからはこっちに専念するよ」 1本だけ矢をつがえ、そっと手を離す。矢は宙を走り、志郎の強力な術を恐るべき敏捷で回避していたイウサール・ジャウハラの進路を遮る。 半呼吸後にウルグのライフルから銃声が響き、広範囲に嵐を巻き起こしていたアヤカシのコアが砕け、嵐が消えていった。 ●大軍対極少数 左に走った者達とは異なり、右に走った者達は余裕をもって敵の進路を塞ぐことができた。 しかし余裕は一切無い。 アヤカシとの数の差は左側よりさらに酷く、開拓者4対中型以上のアヤカシ100超という数の差が生じていた。 「助かりました」 ティア・ユスティース(ib0353)は戦闘の邪魔になるスキー板風の道具を足からはずしながら、ここまで砂漠に潜むシュラムやサンドゴーレムの位置を示し続けてくれたレムリア・ミリア(ib6884)に深く頭を下げた。 「できれば他の方面の援護を行ってください。ここは私達だけで」 震えそうに手のひらを握りしめ、なんとか言葉を絞り出す。 「手はあるんだろうね?」 レムリアが冷たいほど理知的な視線を向けると、ティアは背後でなにやら仕掛けている【弟】を示す。 「まったく…。危なくなれば戻って援護する。それまではもたせなよ」 艶やかな肌を持つエルフは、瘴索結界をかけなおして単独で中央に戻っていく。膨大な敵の進路から去る彼女を責める者はいない。たった1人で砂中のアヤカシを探る彼女は、この場に残るのと同等以上に危険だからだ。 「いきます」 ティアは全神経を集中して竪琴を奏で始める。 最も接近していた巨大蠍型アヤカシが次々に動きを停止していくが、背後からの同属に押されて目を覚まし、あるいは眠ったまま開拓者に向けて押し流されていく。 「姉さん、あまり無理をし過ぎては…」 ミノル・ユスティース(ib0354)が広範囲を射程におさめる吹雪を繰り出しながらティアに声をかける。 1カ所だけで歌い続けていたら横を突破されてしまう。ティアは全力で数十メートルを駆け抜けるのと全力での術の発動を繰り返すしかなかった。 「っ」 ティアの表情が強ばる。 演奏に問題はなかったのだが、1体の大蠍がほとんど奇跡的に曲の呪縛を逃れ、ユスティース姉妹の真横を通り抜けたのだ。 覚悟を決めたティアが愛用の槍と共に飛び出そうとしたとき、唐突に濃い瘴気が辺り一面にあふれ出す。 突破に成功しかかった蠍の真横でミノルが仕掛けた術の地雷が発動し、本来ならあり得ない威力で蠍を吹き飛ばした。 「なんとか…」 霧をもたらした鈴木透子(ia5664)が、荒い息をつきながら走り続ける。 おそらくこの場は大丈夫。だがこの場の横には大量の蠍型アヤカシが移動中であり、立ち止まって防戦する余裕は全くない。 「まったく、こういうのは、慣れていないんですよ」 中央よりの左翼に【術式】地雷を仕掛け終えたスレダ(ib6629)が、ユスティース姉妹に声をかけてから透子の後を追う。 透子は強力な術者ではあるが広範囲攻撃術は使えない。透子がまき散らす術に対する抵抗力を大きく弱める霧を最大限に活かすために、スレダは透子についていく必要があった。 「なんですかあれは?」 走り、霧の中で吹雪を巻き起こし、また走り続けるスレダは奇妙なことに気づく。 中央よりの左翼で、おそらく発動することはないと思いつつ念のためしかけたフロストマインが次々に発動しているのだ。 「赤…ナール・デーウ?」 砂塵が舞う中でも炎と赤の肌は目立つ。 「即座に伝令を…いえ、ここを突破されれば同じ事。中央の最終防衛線の方達に任せます」 「それしか、ねえですね」 スレダは透子の指示に従い、討たれ討ても前進を止めない巨大蠍の群れに、残りわずかとなった練力で発生させた吹雪を叩きつけるのだった。 ●中央突破 魔の森に向けて駆け出した開拓者達。 彼等の進路上では、十数体のナール・デーウとその護衛の巨大アンデッドが陣を組み、整然と前進を続けていた。 しかし魔の森の方向からやって来た大量の飛行アヤカシがそれらを追い越し開拓者に襲いかかる。 「戦力の逐次投入かな。アヤカシが馬鹿なのは助かるけど」 アルマ・ムリフェイン(ib3629)はバイオリンを構えてタイミングを計る。 速度に勝るのはアヤカシの側だが、射程に勝るのは圧倒的に開拓者側だった。 「ナシート、ヒビキ、はぐれるなよ」 「誰に物を言っている。砂漠は俺のホームグラウンドだぜ」 軽快に怒鳴りあうナシート(ib9534)とアルマの背中を守りながら、ヒビキ(ib9576)は無言のまま矢を放ち続けていた。 今回の戦いは敵も味方も戦争並みの規模で、しかもここはその最前列。怖じ気づきはしないが、正面から押し寄せる膨大で濃密な殺意は気を抜くとそのまま気絶してしまいそうなほどだ。 「だいたい分かった。あっちが薄い」 来須は鏡弦で付近のアヤカシの配置を読み取り、前方やや左にずれた場所を指し示す。 「近くのアヤカシが多すぎて遠くまで見えねぇ。仕方ない、強引に行くぜ!」 ナシートは魔槍砲の鋼鉄の砲口を仲間の示した場所に向け、即座にぶっ放す。 それは分厚い盾を掲げるアンデッドをわずかに揺らす程度の力しかなかったが、揺れたことでアヤカシの陣の切れ間から魔の森が見えるようになる。 「そろそろ限界っ。来須、ナシート、誰でもいいから援護を!」 至近距離の怪鳥を早駆で翻弄しながら、ヒビキは援護を要請する。敵が多すぎ、このままでは足を止められてしまう。 「さーって、と…良い感じに穴開けてくれたじゃない。横殴りの嵐と縦殴りの雷、叩き込んでやりますか!」 鴇ノ宮風葉(ia0799)は警告代わりに呼子笛を短く2回鳴らし、無造作にその強大な練力を解き放った。荒れ狂う人工の嵐が、ヒビキを包囲しようとしていたアヤカシも含めて多数の敵を吹き飛ばす。 「怯むな、この隙に獣頭のところまで乗り込むぞ!」 アヤカシの隊列を巻き込んで荒れ狂う嵐の中に、ナシートと元気な仲間達は全力で踏み込んでいった。 「無茶するわ。まあせざるを得ないんだけど」 風葉は友軍誤射をしてしまうような拙い技術は持っていない。今度は一度だけ笛を鳴らし、ナシート達の両側を強大な雷でなぎ払い道をつくっていく。 「よし、これなら」 アルマは全身全霊を込めてバイオリンを鳴らした。 甘く切ない響きが戦場を満たし、かなりの数のアヤカシの意識を強制的に奪う。知性あるアヤカシにより短ければ数秒で揺り起こされてしまうが、それで十分だ。 「援護する。今は少しでも早く敵陣にたどり着くんだ!」 敵陣から飛んでくる衝撃波も術も、アルマの次の曲を邪魔することはできない。傷つきながら前に進む仲間達を、アルマの曲が確実に癒していった。 ●かすかな疑惑 右の槍で頭上のアヤカシ竜の腹を割き、左の槍で壊れかけの巨大髑髏を砕く。 敵味方が入り乱れた状況で、八十神蔵人(ia1422)は溝の底を強制的に見せられたような不機嫌な顔をしていた。 「随分とまあ罠臭いな、どうしたもんかねこれ?」 左右の槍をそれぞれ逆側に振り抜き、自らの両側を駆け抜けようとしたアヤカシの足を止める。 そこに漆黒の鎧武者が突進し、野太刀を大きく振るってアヤカシ複数を砂漠にたたき落とす。 鎧武者の動きは止まらず、瞬脚で乱戦を抜け、保護色のまま襲いかかろうとしていたシュラムをまとめて切り裂いた。 「残存ダメージ…有り。負傷兵?」 刃を通して伝わってきた奇妙な手応えに、羅轟(ia1687)は仮面の奥で困惑の表情を浮かべる。シュラムに限らず、アヤカシが妙に脆いのだ。 これはアヤカシ側が短時間で無理矢理多くの戦力を用意した結果なのだが、この時点で開拓者が気付くのは難しかった。 「おうそこのにーちゃん、咆哮用意してきたか?」 独特の抑揚で蔵人が尋ねると、羅轟は野太刀を振るいながら器用に首を縦を振る。 「危険です。いくら強くても何十体も同時に相手取るのは」 礼野真夢紀(ia1144)はたった一度の閃癒で消耗した羅轟を完治させてから、目に力を込めて翻意を促した。 だが、皮肉なことに蔵人はそれで方針を決めた。 「凄腕巫女さんがいればなんとか耐えられるやろ。別働隊がいるかもしれへん。ここは無理のしどころやで」 再び羅轟が瞬脚で移動し、蔵人と共に真夢紀の左右を固める。 「さあて鬼さんこちら、少しの間お付き合い願おうやないか」 「…」 朗らかな声と、重々しい唸りがずんと下腹に響く。 周辺のアヤカシ全てが2人を狙い、無数の刃と骨が叩き付けられる。 どれほど巧みに防いでもダメージを0にすることはできず、2人は返り血以上の傷を流す。 真夢紀がそのたびに高速で癒していくが、真夢紀でも癒しきれないほど攻撃は激しく、傷は深かった。 羅轟は回転切りで多くのアヤカシを切り捨てながら、陽動と生存のぎりぎりの綱渡りを行っていくのだった。 ●あと一歩 「後少しなんですけどねー」 ペケ(ia5365)はため息をつくと、多数の単眼鬼が待ち構える敵陣に突入する、とみせかけて直前で進路変更し、鬼の分厚い腹筋に鋼拳鎧で切り傷を刻んでやってから十メートルほど後退した。 単眼鬼部隊の背後には敵部隊は存在しない。 竜型の不死アヤカシや各種鬼から蠍まで大量のアヤカシがいるが秩序だった動きはできておらず、10人程度でかかれば翻弄できるかもしれない。 「捨て駒扱いされた開拓者としてはー、頭だけ潰して帰りたいんですけど」 体の動きで、視線で、言葉で挑発を投げかけても、単眼鬼達は持ち場を離れようとはしない。そうしている間に単眼鬼部隊の背後で獣頭の高位アヤカシが部隊を新たに1つまとめ上げ、単眼鬼部隊の脇からこちらに向かわせようとしていた。 「俺が行こう」 藤田千歳(ib8121)は己の腕についた傷を縛って止血してから、短時間の過酷すぎる使用で傷ついた虎徹を掲げた。 「浪志組隊士、藤田千歳。推して参る」 異郷の地であっても、彼の戦う理由は変わらない。 恐怖を踏み越え、千歳はたった1人で分厚すぎる敵陣に切り込んだ。 「物好きな…。援護するからあわしてくださいよ」 ペケが追いかけると千歳は構えを変え、大きな練力消費と引き替えに大勢のアヤカシを巻き込む剣風を放つ。 巨大な鬼達の反撃に襲われる距離まで近づいた甲斐はあり、風は分厚い敵陣を貫くことはできずとも大きく乱すことに成功する。 「指揮官さえ倒せば…退け退け退けぇ!」 千歳がもたらした好機を見逃さず、フィン・ファルスト(ib0979)は練力の尽きた千歳と共に最も堅い陣に突入する。 1つ1つなら防げたかもしれない一撃も、10集まれば耐えようもない一撃と化す。途中で千歳が倒れても、フィンは決して足を止めず、ぼろぼろになりながらも進路を切り開くことに成功した。 「突入地点を確保した!」 玖雀(ib6816)はわずかに開いた突入路を早駆で駆け抜け、途中で回収した千歳を助け起こしながら大声で指示を出す。 「余力のある奴は獣頭に向かえ。敵は数は多くても烏合の衆だ」 士気を上げるための方便ではない。 敵指揮官の近くのアヤカシ達は、それほど無秩序に動き回っているのだ。 「こっちは任されてやる、存分に叩いて来い!」 練力の尽きた者、体力の尽きかかった者達に声をかけながら、玖雀は圧倒的に上回る敵戦力をなんとか抑えようとしていた。 ●隠された炎 突入部隊の最後尾で追いすがる敵を討ちながら、将門(ib1770)は脳裏に警鐘が鳴り響くのを感じていた。 右翼も左翼も順調に敵を食い止め、中央後方には敵影がない。一見全てうまくいっているように見えるが、それがおかしいのだ。 「ナール・デーウか」 突破の際に少数のナール・デーウと戦ったのだが、それ以後全く見かけない。 「どの策だとしても攻めきるしか道はない。全く、数だけは多いな」 これまで封印していた大技を使い、アヤカシを切り払い敵の頭へ近づいていく。 少数の、しかし極めつけの精鋭開拓者に迫られたディーヴェは、開拓者達から見て後方で再編を終えたナール・デーウ部隊を確認し、内心で勝利を確信した。 ●破滅を防いだ者達 「届かぬかっ!」 眼帯を外した雲母(ia6295)が、将門達突撃部隊の後方で奥歯を噛みしめていた。 接敵後に鬼の部隊に猛攻をかけていたのだが、体力を削りきるより早く射程外に逃げられてしまったのだ。 「ヤレヤレ…ここまで下がることになるとはよォ」 雲母のさらに後方で、鷲尾天斗(ia0371)は練力の尽きた体に鞭打ち、同じように全弾撃ち尽くした魔槍砲を紅蓮に燃える鬼に叩き込んでいた。 腹を突かれたナール・デーウが激しく咳き込むものの、その動きは止まらない。天斗は別の鬼にはじき飛ばされ、倒れることは無かったが片膝を着いてしまう。 「去りなさい、砂漠を汚す者達よ!」 天野灯瑠女(ib9678)が放った式が天斗に止めを刺そうとした鬼を迎え撃ち、灯瑠女に狙いを変えかけた鬼に対し別宮高埜(ib9679)が仕掛けて足止めする。 「お嬢様、一度下がって下さい!」 高埜の技量ではこの中級アヤカシ達に有効打を与えることができない。一度直撃を受ければ為す術無く殺されてしまうかもしれない。だが高埜は灯瑠女の安全を確保できるまで下がるつもりはなかった。 「邪魔は、させぬ…!」 月夜見空尊(ib9671)が振り下ろした長大な刃が、高埜の脇をすりぬけようとした大柄な鬼の頭部に直撃する。 が、ナール・デーウの皮膚を切り裂くこともできず、1秒に満たぬ間足止めしただけで終わる。 「おぬしの相手は、我だ!」 練力を込めて咆哮するも、効果範囲内の十数体のナール・デーウのうち、注意を引きつけることができたのは効果範囲ぎりぎりにいる1体だけだった。 だがたった1体でも十分すぎる脅威だ。目の前の1体に加えてさらにもう1体に襲われた結果、空尊は致命傷になりかねない攻撃を複数くらってしまう。 須賀なだち(ib9686)が突っ込んで撹乱しなければ、そのまま砂漠の塵と化していただろう。 「せめてもの癒しを…皆様を、お守りします!」 木葉咲姫(ib9675)が後退する時間すら惜しんで回復に集中しているが、全く足りない。 【叢雲】小隊は、戦闘開始から1分も立たない間に全滅しようとしていた。 「すげェぜお前等ァ! 数倍の格上防ぐなんてよォ!」 咲姫によって辛うじて動ける程度に回復した天斗が、アヤカシと【叢雲】に借りを返すために最後の突撃を行う。 灯瑠女から術が放たれ、辛うじて無事ななだちが重傷者を庇おうとするが、最後の障害を踏みつぶそうとするナール・デーウを防ぎきることはできない。 開拓者側の最後の防衛戦が、決壊しようとしていた。 ●撤退 頭上のアヤカシから報告を受けたディーヴェは、羅喉丸(ia0347)の18連撃を頑丈な槍で受け止めながら舌打ちをした。 羅喉丸の攻撃に苛立っている訳ではない。目の前のジンは己の常識を疑いたくなるレベルの使い手だが、高位のアヤカシである己を単身で滅ぼせるほどではない。事実、指揮に集中しながらでも耐えることができている。 「退け! これ以上は保たぬぞ!」 膨大な量のアヤカシがひしめくここで、なんとか退路を確保していた御凪祥(ia5285)が羅喉丸に警告する。 無秩序に空から襲ってくるアヤカシを霧咲水奏(ia9145)が射貫き、祥が十字槍で発した雷でまとめて葬るが、もとの数が多すぎるためダメージが凄まじい速度で積み重なっていく。 水奏がなんとか放てた一矢がディーヴェに向かう。 羅喉丸が拳を握りしめる。同時に、ディーヴェも己の槍が壊れかねない力で握りしめていた。 右翼の空中部隊は滅ぼされ、左翼の蠍部隊は完全に足止めされ、最精鋭により突破が成功しかかった中央の先では、肝心な物を載せた船がすでに出発していた。 「総員撤退!」 槍で矢をはじき飛ばし、羅喉丸の全力の拳に石突きを直撃させながら撤退を命じる。 ディーヴェの頭上の怪鳥が同じ軌道を何度も描くと、【叢雲】達に止めを刺そうとしていた部隊も含め、アヤカシの全ての生き残りが一斉に後退を始める。 直接刃を交えたジンだけは仕留めようと改めて目の前に意識を集中したときには、祥の誘導により全てのジンがその場から姿を消していた。 ディーヴェは屈辱に震えながら、旗下の部隊と共に魔の森に後退していくのだった。 |