【城】足下に忍び寄る
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
危険 :相棒
難易度: 難しい
参加人数: 8人
サポート: 7人
リプレイ完成日時: 2012/07/06 01:13



■オープニング本文

 開拓者が実質的に統治する城塞都市がある。
 豊富な水源と農地を分厚い城壁で囲い、内側は厳しくも公正な統治で完全に治まっている。
 敵意をむき出しにしていた周辺諸勢力は様々な理由で揺らぎつつあり、外から見ればこの城塞都市ナーマは順風満帆に見えた。

●足下
 盛大な収穫祭をとりおこなうことで、地域外にも存在感を示した城塞都市ナーマ。
 若い官僚達は中央への進出まで夢見て気炎をあげているが、都市の中核である領主と、その最も外側を守る守備隊はどこまでも冷たく現実を見つめていた。
「思い過ごしならいいんですが、最近砂漠からの視線を感じるんです。アヤカシは馬鹿じゃない。数が揃うまで城壁と道を避けてるだけだっておかしくないですぜ」
 領主は守備隊からの進言を容れた。
 戦力の拡充、同時に砂漠の奥深くへの調査行の準備、防衛計画の見直し。
 領主の命により、城塞都市ナーマはきしみをあげつつ動き出すのだった。

●天儀開拓者ギルドの片隅に張られた依頼票
 仕事の内容は城塞都市ナーマの経営補助。
 依頼期間中、1つの地方における全ての権限と領主の全資産の扱いを任されることになる。
 領主から自由な行動を期待されており、大きな問題が出そうなら領主やその部下から事前に助言と改善案が示される。失敗を恐れず立ち向かって欲しい。


●依頼内容
 城塞都市の状況は以下のようになっています
 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。滅になると都市が滅亡します

 人口:微 流民の受け入れを停止しています
 環境:良 人が少ないです。水輸出が本格的に始まったため一段階低下。商業施設は建物だけ存在します
 治安:普 治安維持組織が正常に稼働しています
 防衛:良 都市の規模からすれば十分な城壁が存在します
 戦力:微 開拓者抜きで、小規模なアヤカシの襲撃を城壁で防げます
 農業:普 城壁内に開墾余地無し。麦と豆類中心
 収入:普 周辺地域との売買は極めて低調
 評判:普 アヤカシ討伐活動による上昇は周辺勢力との衝突による低下で打ち消されています。収穫祭の大成功より大幅増加。開拓者とからくりに後を任せる方針を発表したため大幅低下
 資金:微 補修費用と宮殿建設費は支払い済みです
 人材:内政担当官僚1名。情報機関担当新人官僚1名。農業技術者3家族。超低レベル志体持ち8名。熟練工1名。官僚候補4名。医者候補1名。情報機関協力員十数名


・実行可能な行動
 複数の行動を行っても全く問題はありません。ただしその場合、個々の描写が薄くなったり個々の行動の成功率が低下する可能性が高くなります。都市内の事柄に関わりながらでは砂漠への遠征は困難です

行動:城壁大拡張開始
効果:完全実行時資金が一段階低下
行動:安全に耕作できる面積を現状の数割増しにします。1月程度外壁の機能が失われます。資材、設計図、人員の準備は完了。詳細な計画も立案済みです。綿密な準備により開始から2週間は作業効率が上昇します

行動:地下洞窟調査
詳細:城壁外にある大穴から通じる洞窟を調査します。縄梯子等の設備が整えられているため、洞窟入り口までは消耗無しで移動可能です。アヤカシの活動はナーマ砂漠地帯に比べれば低調ですが、空気が悪く長時間の調査が困難です

行動:スラム住民受け入れ
効果:人口一段階上昇。収入と資金が一段階低下
詳細:城壁外のスラムの住人のうち、他勢力との繋がりの無い者全員を受け入れます。これは最低限の職業教育のみを行う場合です。実行した場合食糧自給率が低下します

行動:対外交渉準備
効果:都市周辺勢力との交渉の為の知識とノウハウを自習します
詳細:選択時は都市内の行動のみ可能。習得には多くの回数が必要です

行動:城外で捜索を行いアヤカシを攻撃
効果:成功すれば収入と評判が僅か上昇
詳細:城壁の外でアヤカシを探しだし討伐します。アヤカシの戦力は不明です。アヤカシを多く倒せば良い評判が得られ、新たな商売人や有望な移住希望者が現れるかもしれません

行動:その他
効果:不定
詳細:開拓事業に良い影響を与える可能性のある行動であれば実行可能です


・現在進行中の行動
 依頼人に雇われた者達が実行中の行動です。開拓者は中止させることも変更させることもできます。

行動:からくり
詳細:からくりに対し、領主が密度の濃すぎる教育を行っています

行動:飛行船1
詳細:小型船。魔の森に近づかない範囲で安価で水を輸出中。経費が儲けを上回っています。整備推奨。再交渉可

行動:飛行船2
詳細:交渉継続のため小型船が停泊中。停泊中は毎週少額の税を納めます

行動:水輸出停止
効果:首都への水の輸送を優先させたため、周辺地域への水の輸出が極端に減っています

行動:宮殿建設
効果:住民の最後の避難場所兼領主の住居を建設中。現場監督も作業員も住民です。機密保持優先でスローペース

行動:市街整備
効果:ほぼ休止中
詳細:上下水道、商業施設、商業倉庫の整備は完了しています

行動:城壁防衛
効果:失敗すれば開拓事業全体が後退します

行動:守備隊訓練
効果:戦力の維持
詳細:数名の非ジンが実戦投入可能になりました。城壁での援護や都市内での伝令以外の任務につけると死亡確率高

行動:守備隊新規隊員募集
詳細:ジン4名が候補にあがっています。ただし身元の確認ができているのはスラム在住の少年1人のみ。その1人も同じ境遇の少年少女数名から精神的に完全に切り離すか、まとめて都市に取り込まない限り安全に雇用できません

行動:治安維持
効果:治安の低下を抑えます
詳細:警備員が城壁と外部に通じる道、宮殿の一部を警戒中です。練度は高くありません

行動:流民の流入排除
効果:都市外におけるスラムの発生を抑制

行動:環境整備
効果:環境の低下をわずかに抑えます
詳細:排泄物の処理だけは行われています

行動:教育
詳細:一定期間経過後、低確率で官僚、外交官、医者の人材が手に入ります

行動:牧畜準備
詳細:細々と実行中

行動:砂糖原料栽培準備
詳細:そろそろ栽培法が確立します

行動:捕虜等
詳細:重犯罪を犯した執行猶予中の職人数名長期労働中、収穫祭で暴れた旅行者が十数名短期間軽労働中

行動:情報機関
詳細:数名の人員が都市内での防諜の任についています。信頼はできますが全員正業持ち。専業を雇う予算はありません


・周辺状況
東。やや辺境。小規模都市勢力有り。外交チャンネル有り
西。最辺境。小規模遊牧民勢力有り
南。辺境。ほぼ無人地帯
北。やや辺境。小規模都市勢力有り。非常事態を解決できなかったため威信・治安低下中
超小規模オアシス。敵対しない限り、避戦に役立つ目的が得られる可能性があります
各地域とも有力勢力はナーマに対し敵対的中立で緩やかな経済制裁を実施中
ナーマ情報機関によると、東を中心とした複数勢力が、ナーマと開拓者ギルド間の契約内容の調査を目指しているようです


■参加者一覧
鴇ノ宮 風葉(ia0799
18歳・女・魔
玲璃(ia1114
17歳・男・吟
フレイア(ib0257
28歳・女・魔
将門(ib1770
25歳・男・サ
朽葉・生(ib2229
19歳・女・魔
鳳珠(ib3369
14歳・女・巫
エラト(ib5623
17歳・女・吟
サフィラ=E=S(ib6615
23歳・女・ジ


■リプレイ本文

●宮殿の最奥で
 人気のない一室で、玲璃(ia1114)は1人のからくりと向かい合っていた。
「今、貴方の中でどんな言葉、命令が大きいか教えて下さい」
 からくりではなく、精巧ではあるがただの人形にしか見えない人型に問いかける。
「ナーマ・スレイダンの持つ技能を身につけることです。開拓者殿」
 からくりは礼儀正しく見える動作を行いつつ、余裕のあらわれにも見える表情をつくり、耳に心地よく響く声で返答する。
 しかしその瞳には爬虫類並みの感情すら浮かんでいない。
 羽妖精の睦が身軽にからくりの座る椅子をよじ登り、羽を畳んでからくりの両膝に腰を落とす。小さな体の温かさを認識したからくりは、初めて人肌の温度を知ったかのように、恐怖とかすかな歓喜の入り交じる感情を両の瞳に浮かべた。
「そう、ですか。よければ、普段どのような暮らしをしているか話してもらえませんか」
 ご機嫌で焼き菓子をかじる睦を強烈に意識しながら、最低限の教育すらすんでいないからくりは、先程とは別人のような気弱な態度でつっかえつっかえ説明していく。
 機密に属する地理や技術情報の丸暗記。
 領主と熟練官吏と共に役を入れ替えつつ実践的な交渉を行う訓練。
 圧迫面接という表現すら生ぬるい、領主の圧力にさらされながらの演技の練習。
 城塞都市ナーマを構成する主要な人材へとの顔合わせ。
 新人官僚では1つこなすだけでも潰されそうな教育を、複数同時に請けているらしい。
 いつの間にか、笑顔の形に歪んだ顔を、一筋の涙が濡らしていた。
「あなたは『辛い』『苦しい』と言ってもいいんです。本当に頑張りましたね」
 玲璃が羽妖精ごと抱きしめる。時間をかけて冷たい体を暖められたからくりは、自覚の無いままに泣き続けるのだった。

●領主の間
「ナーマ様、公文書を作製する際に必要になりますので、あのからくりの名を教えていただけませんか」
 報告に訪れたフレイア(ib0257)が質問すると、うたた寝から目覚めたばかりの領主は無言のまま己の顎を撫でてから口を開く。
「教育に成功した場合はナーマか、ナーマ2世を名乗らせるつもりだった」
 フレイアは貴婦人の笑みを浮かべたまま扇子をぱちりと鳴らし、玲璃は底知れない迫力を感じさせる瞳で領主を射貫き、機密情報を使わせない作業手順をまとめていた将門(ib1770)は心底呆れた視線を向ける。
 開拓者であることを除けば価値観も生き方も全く異なる3者は、ナーマのからくりに関しては全く同じ意見を持っているようだった。
「このからくりのお名前はどうなさいます?」
 淡々と問いかけながら、玲璃が己の背後を示す。
 そこには、小さな羽妖精の影に隠れるようにして立つ、1人のからくりがいた。
 わずかでは身につきつつあった威厳は消え、己の立ち位置を見失ったかのような不安定さだけがある。
「教育完了まで、いや、成人までの名はお前達でつけろ」
 名前ではなく商品分類用の名称を思い浮かべてしまった領主は、自らによる名付けを諦めて命名を開拓者に任せることにした。彼にとってこのからくりは、愛情の対象でも憎しみの対象でも、欲の対象でもなく、自らの一部を保管するための道具でしかない。領主本人の意識としてはからくりに過酷な扱いをするつもりもした自覚もなかった。
 玲璃が手を引いて退出するのを見届けてから、領主は残り少ない体力を削って口を開く。
「飛行船の扱いは」
「小型船は引き続き水輸出を担当させます。現地の状況が流動的ですので輸送しても受取手がいない可能性もありますが、有力氏族や中央からの信用獲得のために資金を投じてでも続行させます。ただ、今回の件が終わり次第大規模な修復作業が必要となります」
 ナーマへ寄港するたびに、飛行船に詳しいフレイアができる限りの修理を行っている。が、船体に長年蓄積されてきた疲労は非常に大きく、細かな修理でごまかすのはそろそろ限界だった。
「また、先程の子の教育に関してですが」
 領主が不思議そうに眉を動かす。
 フレイアなら領主が一度決めたことをすぐに蒸し返すことはないだろう。となると別の提案になる訳だが、その内容が全く想像できなかった。
「おそらく教養と感性についての教育が不十分です」
 芸術に触れさせること息抜きと精神の成長をさせようとしたのは良いのだが、最初の見本となるものが宮殿に無かったのだ。来客に見せるための場所には最低限の質と数が展示されてはいるものの、諸侯の後継者に相応しい教育を施すためには到底足りない。
「そうなのか?」
「俺はアル=カマルの貴族社会に詳しい訳ではない。しかしこの地にも詳しいフレイア殿の言葉を否定する材料は持っていない」
 領主に意見を求められた将門は、言葉を飾らずに己の判断を示した。
「大規模な方の船団の側についてだが」
 将門は分厚い書類の束を領主に手渡す。
「大通り沿いの大型建物複数の買い取り提案、寄港時の水補給とその対価についての提案を残して撤退した」
 領主は流し読みをして大意を把握すると、骨と皮ばかりの手で将門に返す。内容の発生に備えた事前の取り決めについてであり、アヤカシの襲撃から大規模な天災まで、様々な事態について書かれている。
 1字違っているだけで真っ当な取引が一方的な収奪になり得る。数字にも契約にも強い領主ではあるが、短時間で細部まで確認するのは無理だった。
「儂1人で確認するのは無理だ。内容が詳細な分手間と時間がかかりすぎる」
 領主は現在、権力の引き継ぎ作業ととからくりへの教育に専念している。他の大きな案件の陣頭指揮を行った場合、おそらく残り寿命が短期間で尽きるだろう。
「一度保留にするか、分野と範囲を限定して任せてしまうかのどちらかを勧める。これは悪辣な相手ではないが、相手の失策につけ込まないお人好しでも無い。通常の交渉で相手をするにはこちらの力が足りぬ」
 開拓者数人が力を発揮してどうにかなる分野ではない。高度な教育を受け実務経験を積んだ事務員または官僚が大勢いないとどうにもならない分野なのだ。
 領主は2人からの提案をほとんど承諾し、残り少ない体力を温存するため寝室に戻っていった。

●秘密交渉
「どうよ?」
「どうにもなりませんな。我等、ああ、このオアシスにしがみつく者達に対する締め付けは緩くなっていますが、有力部族の統制が失われつつあるため賊もアヤカシも増えています」
 鴇ノ宮風葉(ia0799)を最も大きな天幕に招き入れた小オアシスの長は、自ら置かれた現状を端的に伝えた。
「ふむん」
 風葉は瑞に対し、天幕の外側に向かい聞き耳に注意するよう命じる。
「無職がいるなら預かるわよ。調査員を兼ねていてもある程度なら多めに見るわ」
 都市内の職と情報を与えることで取り込むという、大勢力しか不可能な策であった。
「それは有り難いですが…」
 ナーマの感謝祭に出席させた息子へ送られてきた、ナーマの外交担当者からの手紙を脳裏に思い浮かべる。
 経済共同体を基軸にしたゆるやかな統合。
 具体的にどう行うかについては書かれていなかったが、今されている提案が具体的な動きの1つなのだろう。
「あによ。今更もったいぶるっての? それともナーマと手切れをしたくなった?」
 馬鹿にするような口調で問いかける。
「あなた方と手切れをしてからご注進に及び、それでどうにかして頂けるなら我等も悩む必要はなかったのですが」
 乳で造られた酒を風葉に勧め、まず自分から杯を傾け唇を潤した。
「今の状況では、手元に戦力を確保しておかねばオアシスを守ることすらできないのです。戦力にならぬ女子供の一部を雇って頂ければ一息つけます。おそらく、同じようなことを考える小部族は多いでしょう」
「へえ」
 風葉の口元に悪党じみた笑みが浮かぶ。
「人質を受け取る代わりに何をお望み?」
「ははは、きつい冗談がお好きですな。雇われ人として真っ当に扱って頂ければそれで十分ですとも」
 2人は無言のまま1つの瓶を空け、別れた。
 数日後、城壁周辺を警戒していた守備隊所属のジンに、求職者の名簿が届けられた。

●農業
「二毛作派ザマァ」
 畑の中で奇声をあげながら全身で喜びを表現する農業技術者見習いに、霊騎が無言で圧力をかけ、黙らせた。
 鳳珠(ib3369)はとりえず見なかったことにして、新たに植えられた甜菜に視線を向ける。
 砂の割合の多い土から青々とした葉が伸びており、1日1日大きさを増していっている。
「近くで見ればよりはっきり分かるのでしょうが」
 現在鳳珠がいるのは城壁である。
 援軍に来た罔象(ib5429)は反対側の城壁を受け持っているため、この場にいるのは鳳珠だけだ。
 開拓者の不在時にはこの場に詰めていた守備隊は、報告書作成等の細々と仕事を片付けるため、あるいは長い間とっていなかった休暇を消化するため都市内で過ごしている。
「連作障害について確かめるために必要、なのでしょうか」
 視線を城壁外の砂漠に戻し、口に出して考えをまとめていく。
 実験農場はもともと小規模なのだが、今は一時的に数倍の規模にふくれあがっている。
 二毛作も実行して問題点を洗い出す必要がある以上仕方がない面もあるのだろうが…。
「10月以降に大量の甜菜と麦が収穫見込み。喜ぶべき、ですよね」
 麦は普通に植えられ、甜菜は本来の実験農場で育てられていた苗が使用された。手際も技術もこれ以上ないほど素晴らしい。彼等を暴走させない範囲で好きにさせた、鳳珠以下の開拓者とその指揮下の官僚達の手柄でもある。しかし。
「釈然としません…」
 城壁に朋友の蹄の音が響いてきたのに気づき、鳳珠は砂漠への警戒を務に任せて全周を警戒する。
 反対側の城壁から爆音が響き城壁に近づいたアヤカシが吹き飛ばされたり、非番のジン達が城壁に向かっていくのが見えたりと様々な出来事があったが、この鳳珠は一度も戦うことが無かった。

●警備
 暴力的なまでの迫力を持つ肢体に、徹底して冷静な表情。
 それが現在のヤーウィの特徴であった。
「未熟者ではありますが、皆様のお力に成れば幸いです」
 主人であるサフィラ=E=S(ib6615)により関節部の砂塵対策を施された彼女は、新たに守備隊に配属された4人のジンと共に城壁の見回りに出発した。
「んー、どうしようかにゃー」
 ヤーウィを笑顔で見送ったサフィラは、守備隊の事務部門がある建物の中に入り、机について面倒な書類仕事を開始する。
「うにゅー…奥地にいくならそれなりの準備もひつよーだよねっ」
 物資の申請書類…を書きかけて途中で諦め、官僚に対して「何日分ちょーだい」という手紙を出すことにする。
 未熟だったりやる気が空回りしている若い官僚がほとんどではあるが、一応高度な教育は受けている。物資と人手の確保は数と予算の上限を指定するだけで問題無く行えるだろう。
「で、問題はー」
 進路選びと退路の確保だ。
「これだけ持ったらどれだけ動けるー?」
 建物内で待機中だった守備隊に話を向け、具体的な数字をあげてもらう。
 ジンにしては遅い速度だとサフィラは感じたが、格上のアヤカシから逃げる際に冷静を保つのは、開拓者かよほどの人物でないと非常に難しいのだ。
「ふにゅー…守備隊の人も連れて行きたいけど街の守りが薄くなるのは危ないし…」
 ちらりと守備隊のジンに視線を向けると、休みが月1、夜番も頻繁という過酷な勤務状態が載った予定表を掲げてくる。
「開拓者だけじゃ手数が…うにゅー…」
 ちらっ、ちらっとしつこく視線を向けると、ジンは諦めて人員の割り振り変更用の申請書類を書き始める。
「外壁の拡張工事中は1人も出せませんよ。それだけはお願いします。…無理ですからねっ」
 士気と忠誠心の点で信用に足るジンは、心の底から懇願していた。
 開拓者と守備隊の参加人数ごと、調査対象ごとの具体的な計画を立て終わるまで、仮眠をとる以外ぶっ続けで働いても1週間かかった。

●日常
 新たに守備隊入りしたジンの係累、または係累扱いされた少年少女が下働きとして軽作業をこなしている。
 玲璃により招き入れられた彼等の扱いを任されたのは将門。当然甘い扱いなどされるはずもなく、少年少女は放逐を恐れて余計なことを考えるわずかな時間すらなく働きづめだ。
 新たに守備隊入りした4人のジンに対する扱いも似たようなもので、機密情報には触れられず、単純な戦力として扱われていた。

●鉄鉱石
 火花が弾け、洞窟を封鎖していたアヤカシ製鉄扉が力任せに押し倒されていく。
 異変に気付いたアヤカシが得物を手に陣形を整えようとするが、鉄扉の隙間から投げ入れられた閃光練弾により一瞬動きを鈍らされる。
 その隙に鉄扉は地面の近くからへし折られ、壮絶な音をたてて岩の地面を滑っていく。
 最初に鉄の扉を踏み越えたのはメグレズ・ファウンテン(ia9696)。
 強固な盾を掲げ、気合いだけでなく練力も使って防御力を引き上げ、アヤカシを通さぬ壁になる。
 巨大な蠍や小さいが恐るべき力を秘めた鬼が前進し、盾に防がれていく間、カルフ(ib9316)が魔力の蔦を伸ばして洞窟の奥のアヤカシを縛っていく。
 サクル(ib6734)が二度目の閃光練弾を発動し、嶽御前(ib7951)が洞窟を傷つけようとしたアヤカシのみを仕留める。
 そして、エラト(ib5623)が己の全てをかけて奏でた子守歌が洞窟全体に響き渡る。
 全てのアヤカシが強制的に意識を刈り取られ、あるものは蔦に絡まれたまま、またあるものは岩より硬い外殻で壁や地面を削りながら倒れ込む。
 音の反響を除けば呼吸の音すら聞こえない数秒が過ぎ、誰からともなく安堵の息を吐いた。
「不審な音は聞こえません。前後の警戒と同時に止めをお願いします」
 耳に練力を集中しながらエラトが指示を出すと、開拓者達は無言のままうなずき、前後に注意を払いながら1体1体アヤカシを処理していく。
 それから数分で洞窟の探索も終了した。鉄の扉から数分歩いて奥に進むと洞窟が狭くなり、人が通れる大きさではなくなったのだ。
「工事が終わらないと長時間の採掘作業は無理ですね」
 頭上からかすかに響いてくる音に一瞬だけ耳を傾けてから、エラトは撤退を宣言した。
 洞窟内でいくつか採取された石には比較的多くの鉄が含まれており、調査した洞窟が有望な鉱脈である可能性が高いことが判明した。

●撤退
 クシャスラ(ib5672)とヤリーロ(ib5666)のアーマーがアヤカシの群れを食い止め、しかしすぐに限界を迎え足下の砂ごと押されていく。
 鷲獅鳥に乗った朽葉生(ib2229)が強力な雷を放って大量の砂巨人を串刺しにするが、アヤカシの群れの勢いは衰えない。
 よく見れば先頭に位置するサンドゴーレムが崩れたり消滅したりしてはいるのだが、すぐに新手がその穴を埋めてしまうのだ。
 なんども踏みとどまろうとするが果たせず、地下に向けて掘り進めていた穴を奪取されてしまう。
 ララド=メ・デリタによって分厚い岩の層を貫きつつあった穴は、大量の砂を流し込まれ踏み固められることで消えてしまう。
「城壁まで後退します!」
 生は呼子笛を吹き鳴らして遠くまで危険を知らせる。
 すると、機体の整備のため一度都市まで戻っていたフレイアが、広範囲攻撃術を使いアヤカシの大群を食い止めようとする。
 が、アヤカシの数は絶望的に多すぎて、半壊した2騎の駆鎧を辛うじて逃がす程度のことしかできなかった。
 城壁が見えるところまで下がると、守備隊と鷲獅鳥に乗って急行してきたエラトが駆けつけ射撃と突撃を行うことで辛うじて撃退はできたものの、追撃する余力は残っておらず、数十体からなる強力なアヤカシを見送るしかなかった。
 その後、生が研究と生産を指示した換気用装備と動力の専用風車のパーツは完成したが、それ等を現地まで運んで組み立てる手段については全く準備できていない。