手を汚す勇気は要らない
マスター名:馬車猪
シナリオ形態: ショート
相棒
難易度: 普通
参加人数: 8人
サポート: 0人
リプレイ完成日時: 2012/07/02 23:51



■オープニング本文

 最良の選択をしても良い結果が得られない。
 実に不愉快だが十分にあり得る現実である。
 とある村を襲ったのも、そんな現実の一種であった。

●村
「爺婆を追いやり、娘を例の場所へ奉公に出し、死ぬかどうかのぎりぎりまで食事を削れば、次の収穫まで持ちこたえることができるかもしれん」
 天候不順と水害に襲われ、田畑と備蓄の大部分を失った村の長が、血を吐く思いで今後の方針を口にした。
 舌も唇も引きちぎりたくなる忌まわしい方針ではあるが、近くに人里が存在せず遠方に伝手があるわけでもない以上、他に手段が無い。
 村長でなければ家族と共に果てることを選んだだろうが、1勢力の長に自らの好みを優先させる自由は存在しない。
「1週間後だ。それまでは、家族一緒にいるように」
 居並ぶ村人達からすすり泣きが聞こえてくる、誰1人として反論を口にしなかった。

●ある地方都市にて
 あなたが通りを歩いていると、大通りに店を構える商店の店先に大量の米俵が運び出されているところに出くわした。
「その米俵ですか?」
 番頭があなたの視線に気付き、丁稚達の指揮を一時中断して説明する。
「最近代替わりがあったのですが…まあその際に色々ありまして。先日3年前の米を見つけてしまったのですよ」
 冷暗所で保管されていたなら飼料にできたかもしれないが、保存状態が悪いため食用にも飼料用にも使いづらいらしい。
 そのとき、あなたはこの町への道中で聞いた噂話を思い出す。
 ここから開拓者の足で3日ほど歩いた場所にある村が被災し、極めて深刻な状況にある。1月食いつなぐことができれば最悪の事態を回避できるようだが…。
「ああ、あの村のことですか」
 番頭に話を向けると、沈痛な顔で首を左右に振る。
 気の毒には思うが、番頭も番頭が属する商家にもあまり余裕は無い。小量の支援物資を用立てる程度のことならする気はあるが、村に運び込む為には護衛と人足を雇う必要があるので送ろうにも送れないのだ。
 あなたがある提案をすると、番頭は目を見開いて驚き、早足で店の中に戻っていく。
 しばらくして店から顔を出した商家の主は、満面の笑みを浮かべあなたの提案を歓迎した。
「そういうことでしたら、どうぞ持って行って下さい」
 この米俵は売れたとしても輸送費で儲けが無くなる程度でしか売れない。
 あなたが引き取って村に運ぶなら、無料でも構わないらしい。
「できましたらこの店の宣伝をしてください。村が復興したときにはしっかり儲けさせていただきますので」
 商会の主は、利益追求と慈善を完全に両立させていた。


■参加者一覧
尾鷲 アスマ(ia0892
25歳・男・サ
礼野 真夢紀(ia1144
10歳・女・巫
菊池 志郎(ia5584
23歳・男・シ
玄間 北斗(ib0342
25歳・男・シ
御鏡 雫(ib3793
25歳・女・サ
山奈 康平(ib6047
25歳・男・巫
ゼクティ・クロウ(ib7958
18歳・女・魔
クレア・レインフィード(ib8703
16歳・女・ジ


■リプレイ本文

●街の混乱
 とある街の中心に位置する店が、季節外れの大商いに沸き立っていた。
「台車の提供を断られただと? 馬鹿者、1万文叩き付けてぶんどってこい!」
「会合に属する全ての大店から了解を得られました。長期保存用の調味料50壺が昼までに揃います」
「職人共を急がせろ! 出発までに揃わなければ1文にもならんぞ」
「高品位の炭の確保しました。梱包のための人手を寄越して下さい」
 数年前に隠居した前商会長まで駆り出され、凄まじい速度で物資が集められていく。
 普段は金払いの良い客がたむろしている店内には、同業者から派遣されてきた商人達が慌ただしく行き来していた。
「失礼、頼みがある」
 山奈康平(ib6047)がのれんをくぐったとき、康平に気付いた者はほとんどいなかった。
「おっと、開拓者様で。このような格好で失礼したします」
 慌ただしく帳面に書き込みながら、現商会長が恭しく迎える。
「大型の米櫃などの運搬用容器を貸してもらいたい。…飾らずに言うと店の備品をお借りしたい」
「各店の幟を配給時に立てる代わりに割り引きもお願いしたいのですが」
 わずかに遅れてやって来た菊池志郎(ia5584)も要望を伝える。
「ご要望にお応えしたいですが」
 身振りで指示を出し続けながら、商人は首を左右に振る。
「既にこの町の許容範囲ぎりぎりの注文を受けています。申し訳ありませんがご要望に答えられません」
 康平達は無言で視線を交わす。
「いくらで請けたかお聞きしても?」
 商人の口から出た数字に、2人はまず耳を疑い、次に相手の頭を疑い、最後に事実と確信した時点で頭を抱えた。

●仁
 8台の大型荷車を牽いて開拓者が現れたとき、村人達は己の五感を疑った。
 大量に積み上げられた米俵に各種保存食。
 ここ数ヶ月嗅いでいなかった味噌の香りも漂ってくる。
「貴公が長か」
 村の入り口に荷車を止め、尾鷲アスマ(ia0892)が真っ直ぐに村長に向かっていく。
「はい、私が村長です。お武家様、これは一体…」
 物資を売りに来たのか、施しに来たのか、あるいは物資と引き替えに何かを求めに来たのか。
 いずれにせよ物資の量が多すぎ開拓者が何を考えているのか全く分からなかった。
「愚鈍を装う暇はなかろう。受け取れ」
「ありがとうございます。し、しかしこれはいくらなんでも」
 少なくとも秋まで食いつなげる量がある。
 篤志家にしても度が過ぎており、裏の意図を考えざるを得なかった。
「私の夢見を悪くしない為の、私的な投資だ」
 アスマは一回だけ村全体を見渡し、いつもは冷静な瞳に一瞬だけ暗色の感情を浮かべる。それはすぐに隠されたが、続いて発せられたアスマの言葉には反論を許さない重みがあった。
「この村は、私の生まれた村に似ているのだ」
 これ以上の問答は許さない。
 アスマは態度でそう語っていた。
「みなさん、平等に配りますから少しだけ待ってください。駄目だよ僕。それは保存食だから味が濃すぎるの」
 礼野真夢紀(ia1144)は荷車の周辺に集まって来た村人を押しとどめようとするが、その小さな体では大人だけで数十人の村人を抑えきれない。
 本気を出せば単独で制圧することは簡単だ。しかし大量の食糧に我を失いつつある民を無傷で制圧するのは難しいだろう。
「はーい僕ちゃん達。最終的には全部あんた達の物になるんだから慌てるんじゃないの」
 荷車に上がろうとした少年を抱え上げて脇にどけ、周囲の村人達をじろりとにらみつける。
「貧すれば鈍するというけど、これだけあって鈍するというのは情けないわよ。子供だって見ている。しっかりしなさい!」
 静かな雰囲気を持つゼクティ・クロウ(ib7958)が熱く正論を叩きつけると、大人達ははっとしてようやく落ち着きを取り戻す。
「寝込んでいる人がいたら案内して頂戴。どの程度体力が残っているか分からないと消化しきれないものを食べさせる羽目になるからね」
 御鏡雫(ib3793)は医師と名乗り、体力が比較的残っている青年に案内させて村の奥に向かって行った。

●炊き出し
 康平が筒で強く息を吹き込むと、炎が激しく燃え上がり強烈な熱が大鍋を襲う。
 玄間北斗(ib0342)が巨大な瓶を傾け新鮮な水を入れ、道中で狐色になるまで炒めた玄米を鍋の中に投入していく。
 熱に晒されながら香味野菜を細かく刻み、鍋の中身が十分暖まった時点で投入する。
 胃腸が衰えた村人達に振る舞うための、非常に行き届いたやり方だ。
「あと少し…」
 お玉ですくって味と煮込み具合を確認し、刺激が強くならない範囲で美味しくなるよう味を調節していく。
「すぐに美味しい御飯が出来るからこれでも飲んで待っててなのだ」
「ゆっくり飲むのよ。胃がびっくりしたらお粥も食べられないのだから」
 もう1つの大鍋の前で、飴や甘酒を溶かしてつくられた甘いスープが配られていく。
 村人は今日開拓者が訪れるまで、食事量をがぎりぎりまで減らされていた。
 そのため胃腸が弱っている者は雫の予想以上に多く、スープを振る舞う際も細心の注意を払う必要があった。
「元気に食べるのだ。良ければこれも食べるのだ」
 北斗は鍛え抜かれた長身を屈めて子供に視線をあわせ、買えばかなりの値がするはずの大きな焼き菓子を、片手でひねり潰して皿に盛る。
 小指の先程になった焼き菓子の見た目は悪かったが、長い間固形物を口にできなかった村人には丁度良かった。
「みなさん、集まって下さい」
 真夢紀は沸騰した粥を氷霊結で強引に冷却し、人肌に近い温度で汁碗に盛りつけていく。
「なるほど」
 診療を終えて戻ってきた雫は目を輝かせる。
 冷えた粥は不味い。
 しかし体には非常に良いのだ。
「寝込んだ婆さん達にこれを運べば良いのか?」
 食欲をそそらない料理を盆の上に並べながら、康平が尋ねてくる。
「お願い。私は男性陣をもう一度診る必要があるから」
 雫と康平は手分けをして、村の弱者の援護に向かって行った。
「この料理に使った材料は豊富にあります。少しずつ食べれば秋まで持ちますから」
 穏やかで上品な、しかし相手への敬意を忘れぬ笑顔を真夢紀が向けると、村人達は誰からともなく感極まって泣き出すのだった。

●繋がった生きる道
「忙しいのか?」
 粥というより雑炊、雑炊というより湯漬けに近い料理を運んできた康平は、村長の家に入ると真っ直ぐにアスマの元へ向かった。
「よし。これなら百年の一度レベルの天災に見舞われない限り、来年には持ち直せるはずだ」
 村長と計算を繰り返していたアスマは、計算に使っていた帳面を閉じ、味噌だけで味付けられた粥もどきで栄養を補給する。
「なんと御礼を…」
 再び礼を言いかけ、しかし途中でアスマの意を思い出し、奥歯を噛みしめ口を閉じる。
 村長は何度か大きく息を吸って気を取り直し、康平に直接礼を言うと共に雫への感謝を熱烈に表明した。
「巫女様がおられなければ、助かったはずの父母の命が儚くなるところでした」
「ああ。雫は巫女ではなく医師だ」
「いし?」
 村長は目を瞬かせ、首をかしげ、むむむと唸り、やがて考えることを諦めた。
「元より貧しい村故改めて御礼に伺うこともできませんが、決して忘れませぬ」
 村長は、深々と頭を下げた。

●誇り
「ま、遠慮しないで食べな。あたいらも食べるし。あ。そのかわり腹ごなしが済んだら手伝いなね?」
 開拓者が村を訪れた翌日、クレア・レインフィード(ib8703)に声をかけられた子供達は表情を輝かせる。
 田畑の補修や、これまで食用に回さざるを得なかった種籾で苗を作る等の仕事はあるものの、食料だけでなく農具の支援まで受けていたため仕事が捗りすぎ、暇な時間ができてしまったのだ。
 自分たちで育てた訳でも稼いだ金で買った訳でもない食事は、美味いと同時に精神に痛い味だった。
 村人達の心の動きを悟り、クレアは人好きのする笑みを浮かべてこう言った。
「今は業腹かもしれないけどさ。村を元通り以上にすれば恩を返せるし、見返せもするさ」
 男達は己の腹に力を込め、正面からクレアに向かって頭を下げた。
 クレアと男達が進む先では、真夢紀と北斗が真剣な顔で話し合っている。
「やはり水源が遠い…。でも水量はありますから、尾鷲さんの作った肥料を遠い方の水源にも」
「それもいいいんだけど、おいらは既に使われている水場が心配かな。真夢紀さんが因幡の白兎で見つけた所は綺麗なんだけど、既存のは良くない物も混ざってる。濾過装置を仕込めば多分大丈夫。でも整備の仕方を覚えてもらわないと近いうちに農業生産が…」
 極めて高度な技術をもつ2人は、技術を村に活かすため地道な作業を続けていった。

●食料庫
「搬入は終わった?」
 仕留めたケモノを引きずってきたゼクティが声をかけると、高床式の倉庫の中から志郎が顔を出す。
 米の鮮度を保つためにある種の草を扱っていたらしく、古い米の香りと入り交じって特徴の有りすぎる臭いが風に乗って流れてくる。
 そんな状況でも志郎の顔から穏やかな笑みは消えず、ようやく生気を取り戻しつつある村に感慨の籠もった視線を向けてから、ゼクティに向き直る。
「お陰様で。石壁を建てて貰えて助かりました。これがないと高床式にするには木材が足りませんでした」
「どういたしまし…て?」
 ネズミ返しの設置や風の通り具合なども考えられた倉庫を見上げ、ゼクティは感嘆半分、呆れ半分の息を吐く。
 とにかく大きい。
 十数万文を投じて調達された支援物資は、大型の倉庫1つでは納まりきらず、現在別の場所に2つめの蔵が建設中だった。
 これだけあって初めて、今枯れている畑が回復するまで百人が食いつなぐことができるのだろう。
「ところでこれどうしよう?」
 血を流さないよう凍らせて仕留めた、豚だか猪だかよく分からないケモノを指さしてみる。
「田畑の近くに埋めて土のバランスを崩すわけにもいきませんし…」
「ごめん、お客さんみたい」
 ゼクティは一言断りを入れ、艶やかな黒髪を揺らして村の外へ向かう。
「私も出ます」
「それより2つめの蔵をお願い。ムスタシュィルに反応がないから野犬かケモノだし、大勢行っても戦力の無駄遣いよ」
 ゼクティは志郎に後を任せ、2体の野犬が待つ戦場に向かっていった。

●夜明けの村
「そいや、この村って何かウリとかあったの?」
 村の復興の見通しが立ったことを記念するささやかな宴が終わった後、クレアは先程まで寝ていた子供達に問いかけた。
「出稼ぎ?」
「昔おいちゃんが兵士をしに御領主様の町に行ってたよ」
 どうやら全く何もなかったようだ。
「かあちゃんとばあちゃんが、もらった味噌や漬け物を見本になんか作るって言ってた!」
「あたしも聞いた!」
 一番小さな子供達が元気に答える。
 各種保存食に調味料、菓子から加工済海産物まで多種多様な品に触れた村人達は、与えられたもの食べるだけでなく今後の糧にしようとしているようだ。
「素晴らしい。お手伝い、しっかりやるんですよ」
 子供達は、はいと元気に答える。
 クレアは満足げに微笑むと、身につけた技の一つを披露することにした。
 朝日に照らされ鮮やかに輝く扇が、クレアの腕の振りに従い宙をいく。
「種も仕掛けも、ございやせん…てね」
 輝きを取り戻した子供達の瞳が、高度な技術による幻想をいつまでもみつめていた。

●その後
 8人の開拓者だけでなく、町の商人や開拓者を支援した者達に感謝を表すため、村人達は手紙に気持ちを込めようとした。
 が、まともに文字を書ける者が村長しかおらず、その村長も激務に追われ一人一人の手紙を書く時間が無いため、8人が出立する際に伝言を頼むことにした。
 ありがとう。
 決して忘れない。