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■オープニング本文 雨が降る。 田植えが終わったばかりの田が潤い、農民も領主も秋の実りを楽しみに蒸し暑さに耐える。 しかし至福の時は長くは続かなかった。 最初は、雨の中用水路を確認にいった者が消えた。 次に、捜索に出た村の若衆が消えた。 最後に、緊急出動した領主の私兵団が、1人だけ含まれていた志体持ちだけを残し全滅した。 骨まで焼け焦げた志体持ちは語る。 雨雲の中に雷雲鬼有り、と。 志体持ちは報告を終えた直後に事切れた。亡骸は、炭にしか見えなかった。 ●討伐依頼 現在長雨に見舞われている村がある。 その上空の雲に潜んでいると思われるアヤカシを早期に発見し、打倒するのが今回の目的だ。 雨雲の中に確実に存在するのは雷雲鬼。雷雲に乗った鬼アヤカシで、長射程の雷と短射程広範囲の雷を使い分けてくる。 単体でも面倒な相手だが、証言によると複数存在し緻密な連携を行うらしい。 今回の討伐対象は力だけが取り柄の知恵の足りないアヤカシではない。 こちらと同程度の知恵を持つ相手だと考えて討伐を進めてもらいたい。 |
■参加者一覧
羅喉丸(ia0347)
22歳・男・泰
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
鈴木 透子(ia5664)
13歳・女・陰
バロン(ia6062)
45歳・男・弓
エルレーン(ib7455)
18歳・女・志 |
■リプレイ本文 ●偵察 膨大な量の雨に打たれながら、必死に翼を上下させて体勢を保つ。 視界が極端に制限される雲中に飛び込んでから約20秒経過し、人魂によりつくられた小鳥は雨による被害で消滅しようとしていた。 術者である鈴木透子(ia5664)の命令に従い、明らかに高い知性を伺わせる軌道で周囲を警戒する。 すると雲の奥に潜む何かに気付かれたらしく、数メートル横を電光が貫いていく。 そして徐々に狙いを正確にしながら何度も雷が飛来し、小鳥が雲の薄い部分に突入した数瞬後、退路を塞ぐように放たれた複数の雷に襲われ無残に砕け散った。 ●雲の上で 透子を含む5人と5体からなる編隊は、雨雲を見下ろす高空を飛んでいた。 真正面から叩き付けられる冷たい風を気にもせず、透子はぼんやりと表情を浮かべたまま口を開く。 「演技していないとすれば、アヤカシの五感は術抜きのこちら以下です」 「ほう」 羅喉丸(ia0347)は思わず声をあげ。 「うむ」 バロン(ia6062)は賛辞の視線を透子に向ける。 「助かりましたね」 鮮やかな色合いの鷲獅鳥を労りながら、菊池志郎(ia5584)は安堵の息を吐いていた。 アヤカシが雲を見透す視覚を持っていた場合、相手を取り逃す可能性が増すのを承知の上で、唯一の癒しの技の使い手である志郎を囲むようにして突入せざるを得ないと皆が考えていた。1人に対して集中攻撃されたら2、3回死んでもおかしくなかったからだ。 しかし敵の視覚がこちら以下ならいくらでもやりようはある。透子が極めて短時間の偵察でもたらした情報は、その後の展開全てを決めるほど大きなものだ。 もともと高速を出していた5人と5体がさらに速度を増し、アヤカシが潜む雨雲の中に突入した。 ●雲の中の戦い 速度を考えると目隠し同然の雲に、加速していない状況でも全身が濡れ鼠になってしまう湿り気。 あらゆる意味で不快な環境を嫌ったせいか、炎龍のラルは剣呑なうなり声を喉から発していた。 「ラル、いくよ…鬼のアヤカシなんて、みんなみんな落としてやるッ!」 エルレーン(ib7455)の悲痛な怒りが雲を揺らし、ラルは主の導きを信じて視界0の状態で限界まで加速する。 2人が数瞬前までいた場所を数条の雷が切り裂く。どうやら耳が良いアヤカシが複数いるようだ。 「そっちの武器は雷?」 目に練力を集中させ、エルレーンは雷の飛んできた方向に視線と進路を向ける。 「それじゃあ…こっちは炎で勝負ッ!」 心眼にアヤカシを捕らえた瞬間、ラルの手綱を思い切り引く。 最高速で急旋回しつつブレス攻撃という無茶な指示に、エルレーンの信頼篤い炎龍は見事に答えた。 炎は雲の中に消え、数秒後微かなうめきとともに手応えが感じられる。 「逃げようったって…そうはいかないんだよぉ!」 手綱から手を離し、両手で蒼い刀身を掲げ、一切の迷い無く振り下ろす。 雲を突っ切り突如現れたエルレーンの襲撃が予想外だったらしく、雷雲鬼はまともに防御できず胸から腰を深々と切り裂かれてしまう。 「っ…消えた?」 旋回して追撃をかけようとしていたエルレーンの視界から、とどめを刺せていない鬼が消えていた。心眼にも反応が無い。 敵味方とも速度がありすぎて白兵戦の間合いを保つのが難しいのだ。 「高度を変えろ! 術者三匹に狙われておる!」 後方から投げかけられた警告に従い、ラルは体を前に倒すと同時に翼を畳み、重力に従って高速で降下していく。 心眼の範囲外から飛来した雷が龍の翼の両端をかすめ、わずかに遅れて飛来した3つめの雷がラルの腰に直撃した。 「ラ…」 奥歯を噛みしめて悲鳴を堪えるラルに気付き、エルレーンも歯を食いしばり声を飲み込む。無音かつ高速で移動する主従を捉えきれる能力は無いらしく、鬼達の第二撃はラル達とは遠い場所を貫き虚しく消えていく。 「あちらの方向に…今結界の範囲から離れました」 やや先行していた志郎が一点を指し示すと、バロンは勢いを緩めないまま矢をつがえる。風が吹き一瞬薄れた雲の中からアヤカシを見出し、放つ。 恐るべき精度の高速動作で二の矢、三の矢を放っていくが、再び雲の濃度が増したため手応えが非常に薄い。 「相手の攻撃が届かぬ距離を保つか。兵法の基本にして奥義の1つではあるが」 バロンの両の瞳が強烈な戦意に輝く。 「退け腰でわしに背中を向けて、生きて帰れると思ったか! ミストラル、突撃せよ!」 手応えを感じた方向に、騎龍のミストラルを急加速させる。 高速移動に向いた駿龍は、ラルよりさらに速い。 主の足のわずかな動きで意図を察し、速度を緩めぬまま翼で気流を巧みに捉え、一見強引でその実素晴らしく効率的な軌道でアヤカシに迫る。 その脇を、頭を、雷がかすめて焦がしていくが、ミストラルもバロンも瞬き一つせず前方の敵に視線を固定している。 距離が詰まり、雲が動いて1体の鬼がその姿を現した瞬間、絶好のタイミングで矢から手を離す。 一直線に飛んだ矢は再び濃くなった雲に隠されてしまったが、雲の向こう側で一瞬アヤカシが気配を増し、急激に力を失い散っていくのが確かに感じられた。 「厄介な動きをする。だが逃がさぬ。確実に仕留めていこうか」 雲中に微かに残る1体分の瘴気の残滓を確認し、バロンは全身の感覚を使って逃げた残り2体を追うのだった。 ●予測済みの奇襲 羅喉丸はひとつうなずくと、頑鉄にわざと大きな音を立ててはばたかせ、雲から抜けた時点でようやく失速を回避できたラルの横に移動した。 数秒後、2条ずつの雷が連続して羅喉丸主従に直撃する。 「やはりな。ほとんど逃げられなかったのは伏兵に襲われたからか」 ジルベリアの強弓を引き、放つ。 射手として完成の域に近づいたバロンには及ばないものの、羅喉丸の超一流の身体能力による射撃には恐るべき威力が籠もっていた。 雷の軌跡を逆走した矢は、既に回避を始めていた雷雲鬼の脇をかすめて宙に消えていく。しかし、直撃していないにも関わらず、雷雲鬼の皮膚どころか筋まで敗れて体液が宙にこぼれ落ちていく。それでバランスを崩したらしく、傷ついた鬼が雲の下に姿を見せ雨でずぶ濡れになる。 「ありがとう。これならもう一度いけるっ」 志郎の術によって癒されたエルレーンが礼を言い、ラルと共に追撃をしかけようとする。 「いえ、いえ、待ってください。エルレーンさんはともかくラルさんが危ない」 「それはどういう…」 志郎に止められたエルレーンが戸惑う。 羅喉丸は頑鉄と共に、ほぼ宙に静止した状態でエルレーンの代わりに追撃をしかけようとし、志郎が懸念した通りの展開に巻き込まれることになる。 上空から自由落下してきた新手の2体が、羅喉丸と頑鉄に組み付こうとしたのだ。頑鉄はとっさに霊鎧を発動しなんとか耐える。 そして主である羅喉丸は、長弓を持ったままくるりと体をひねった。 すると、羅喉丸に飛びかかった鬼が地表と水平に吹き飛んでいく。激突前まで無傷だったはずなのに、四肢の3つが歪みちぎれかけている悲惨な有様だ。 「ここが俺の間合いだ」 頑鉄が傷つきながらも食い止めている2体目に、赤く覚醒した体で玄亀鉄山靠を放つ。 最初の一撃ほどの威力はなかったが、鬼は跳ね飛ばされてきりもみしながら落下していく。 とっさにエルレーンが放った真空刃が鬼の金棒をはじき飛ばし、アヤカシの軌道を単純なものに変える。 そこに滑り込むようにして襲いかかった鷲獅鳥の虹色が嘴で貫いて固定し、志郎が赤い三日月の刃を振るって無防備な喉を真空刃で切り裂く。 「雷を斬ることはできなくても、この程度はね」 志郎は刃を持ち替える。鬼は瘴気に戻っていくことでくちばしから解放され、無人の森に落下していく。 「回復します。頑鉄さんも」 志郎は思考を切り替え、仲間の治療に専念していった。 ●決着 バロンが雲から飛び出したとき、体から矢を生やした雷雲鬼2体が眼下の森に向けて落下していた。 「一手足らぬか」 加速し、矢を放つが、矢は鬼の片手を吹き飛ばすだけで終わり徐々に距離が離れていく。 が、より傷が浅かった方の1体が激しく体を震わせ、一気に瘴気に戻り強風に吹き散らされていった。 「行ってきます」 高位式神による絶技を披露した透子が、騎龍の背で身をかがめる。 「蝉丸、お願い」 これまで練力を温存していた蝉丸は、落下の勢いに風の勢いを加え、姿勢制御できなくなるぎりぎりの速度でアヤカシを追う。バロンとミストラルの脇をすりぬけ、薄く広がった瘴気を突破し、そろそろ森に到着する雷雲鬼の間近まで到達した。 蝉丸接触の直前に体を引き起こしてわずかに上昇し、しかし速度はほとんど緩めず正確にアヤカシの腹に我が身をぶち当てる。 ぼーっとした印象の割に思い切りが良く、アヤカシに対する容赦が存在しないのは主である透子と全く同じかもしれない。 蝉丸の足の爪が鬼の肩をもぎ取り、続いて衝突した体が鬼の形を歪ませた。 「よくできました」 口を開けば舌をかみ切りそうな衝撃に襲われながら、透子は蝉丸を褒める。 小さな声は、肉と骨が砕ける音にまぎれ龍の耳にほとんど届かない。が、つきあいが長い主従はこんな状況でも完璧な意思疎通に成功していた。 「では」 呪術人形の髪を摘んで抱え上げ、難度としては最上級の術を揺れ続ける状況で完全な形で発動させる。 雨と風以外に何もないはずの空間に、死をまき散らすものが形を為していく。触れられもせず見えもしないそれは、透子の導きに従い、その悪意を雷雲鬼にだけ解放した。 鬼の目玉がくるりと裏返り、ぱん、と音を立てて形を失う。 「蝉丸…」 アヤカシの気配が感じられなってすぐ、やる気なさ気に滑空を始めた騎龍に、透子は呆れの混じった視線を向けていた。 ●残されたもの 「雨が止んだな」 戦闘後も一切油断せず警戒を続けていた羅喉丸は、村の上から雨雲が去った後の空を見上げ、小さくうなずいた。 視線を下に向けると、やや荒れてはいるものの瑞々しい青さを持つ田畑がいくつも見える。 頑鉄と共にゆっくりと高度を下げ、屋根の茅の1本1本が見えてきた段階で声を張り上げ、宣言した。 「アヤカシの討伐は完了した。出てきても大丈夫だ」 不動の巨岩のような、存在は大きくてもそれ以上に安定した声が響き、各家の戸が恐る恐る開かれていく。 頭上の悪夢が倒されたことをようやく実感し、恐怖で強ばった顔が徐々に平静に戻っていく。が、笑顔は浮かんでいない。 「怪我をしている方はこちらに並んでください。集まり次第癒しますので」 「あ、あのっ。領主様の兵はっ」 「父さん達どこに…」 志郎に詰め寄る村人達は、1人2人ではなかった。 村長を始め、現状を理解している村人達はバロンに誘導され村はずれに移動していく。 そこには合計しても1人分の遺骸すら残っておらず、壊れた装備や服の切れ端の合間に人体の一部が転がっているだけであった。 精神的に最も頑強な者達も、全員声も出せずにその場に崩れ落ちる。か細い号泣は、風に吹き消されてしまうほど小さかった。 「ご遺体はあたし達が守ります。ですから」 透子がしばらく休むように促す。 彼女の背後では、久々に生真面目な態度をとった蝉丸が空の鴉たちを牽制している。 しばしの後、涙を堪え、遺骸と遺品の整理を始めた人々を、バロンは無言のまま守り続けていた。 ●帰り道 空を飛ぶ炎龍が、何度も背後を振り返る。 朋友の気持ちを理解するエルレーンは何度揺れても責めなかったが、数十回繰り返されると徐々に顔色が悪くなってくる。 「乗り物酔いに効き目がありましたっけ?」 エルレーンから20メートルほど後方で、閃癒の発動準備を整えた志郎はバロンと羅喉丸に訊ねていた。 「効果が皆無ということはないだろうが」 どん底の雰囲気の村に数日いたせいか、バロンの歯切れはよろしくない。 しかし暗くない話を振ってきた志郎に感謝しているようで、安堵に似た感情が淡く表情に浮かんでいた。 「閃癒は激しいのだろう?」 アヤカシ討伐に向かうならともかく、今使う必要はないのではないか。羅喉丸はそう言っていた。 「それになにより、相棒と絆を深めているとことに割って入るのは野暮だろう」 器用に片目を閉じる羅喉丸に、志郎とバロンは軽い笑い声をあげる。 「ところで…あれは何をやっているか分かるか?」 バロンが斜め横に視線を向ける。 そこではエルレーンの視線を意識していらしい駿龍が、妙に気合いの入った動きで左右に動いていた。 エルレーンが気付いたものの、首をかしげただけで、駿龍の背に載る透子に挨拶して自らの朋友とたわむれ始める。 「人間同様、龍にもいろいろいるな」 空は、平和であった。 |