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■オープニング本文 開拓者が実質的に統治する城塞都市がある。 豊富な水源と農地を分厚い城壁で囲い、内側は厳しくも公正な統治で完全に治まっている。 敵意をむき出しにしていた周辺諸勢力は様々な理由で揺らぎつつあり、外から見ればこの城塞都市ナーマは順風満帆に見えた。 ●感謝祭 メイン会場である大通りは色とりどりの布で飾られ、質素ではあるが清潔な服装の住人達が明るい声で笑っている。 収穫以前の備蓄分が大量に残っているため味の点では貧しいままだが、豊作であったため先日配給制が解除され、腹一杯食べられる者も増えた。それに伴い商取引も盛んになりつつあり、先週この地を訪れた行商人が許可を取った上で商売を始めている。 明るい街中とは対照的に、宮殿では守備隊と警備隊がこれまでで最高の警戒を行っていた。小なりとはいえ一部族の首長達が訪れ宮殿に宿泊する以上、彼等を守り切らねば城塞都市ナーマの権威が失墜するからだ。 ナーマは躍動し、この地に大きな変化をもたらしつつあった。 ●天儀開拓者ギルドの片隅に張られた依頼票 仕事の内容は城塞都市ナーマの経営補助。 依頼期間中、1つの地方における全ての権限と領主の全資産の扱いを任されることになる。 領主から自由な行動を期待されており、大きな問題が出そうなら領主やその部下から事前に助言と改善案が示される。失敗を恐れず立ち向かって欲しい。 ●依頼内容 城塞都市の状況は以下のようになっています。 状況が良い順に、優、良、普、微、無、滅となります。滅になると開拓事業が破綻します。 人口:微 流民の受け入れを停止しています 環境:優 人が少なく水が豊富です。商業施設は建物だけ存在します 治安:普 治安維持組織が正常に稼働しています 防衛:良 都市の規模からすれば十分な城壁が存在します 戦力:微 開拓者抜きで、小規模なアヤカシの襲撃を城壁で防げます 農業:普 城壁内に開墾余地無し。麦と豆類中心 収入:普 周辺地域との売買は極めて低調 評判:普 アヤカシ討伐活動による上昇は周辺勢力との衝突による低下で打ち消されています 資金:普 補修費用と宮殿建設費は支払い済みです。収穫祭関連事業に資金を投入済。小規模の支出で一段階低下します 人材:内政担当官僚1名。情報機関担当新人官僚1名。農業技術者3家族。超低レベル志体持ち8名。熟練工1名。官僚候補4名。医者候補1名。情報機関協力員十数名 ・実行可能な行動 複数の行動を行っても全く問題はありません。ただしその場合、個々の描写が薄くなったり個々の行動の成功率が低下する可能性が高くなります 行動:警備 詳細:対象は、領主、宮殿、大通り、城壁のいずれかまたは全部です 行動:からくり購入 詳細:収穫祭式典で領主へ未起動のからくりが1人贈られる予定ですが、資金を投じて数を増やします。2人目以降は純粋な商取引になるので相手に借りをつくることはありません。実行時は何段階分の資金を投じるかの上限と、最高何人欲しいかの指定が必要です 行動:飛行船雇用1 詳細:老朽化小型飛行船1隻を雇います。比較的低コストで地域外に輸出可能になります 行動:飛行船雇用2 詳細:大規模飛行船船団と契約します。地域外へ輸出だけでなく各種サービスを受けられますが、受ける際に対価が必要です。前回の贈り物のお返しは既に行われました 行動:城壁大拡張開始 効果:完全実行時資金が一段階低下 行動:安全に耕作できる面積を現状の数割増しにします。1月程度外壁の機能が失われます。資材と設計図等の準備は完了。収穫祭開催中とその直後は、作業員の数が足りなくなる可能性が高いです 行動:牧草地展開 効果:1〜3ヶ月後に大規模な牧畜が可能になります 詳細:城壁外の通常の耕作を一時諦め、牧草地を広げることに専念します 行動:地下洞窟調査 詳細:城壁外にある大穴から通じる洞窟を調査します。縄梯子等の設備が整えられているため、洞窟入り口までは消耗無しで移動可能です。アヤカシの活動はナーマ砂漠地帯に比べれば低調ですが、空気が悪く長時間の調査が困難です 行動:スラム住民受け入れ 効果:人口一段階上昇。収入と資金が一段階低下 詳細:城壁外のスラムの住人のうち、他勢力との繋がりの無い者全員を受け入れます。これは最低限の職業教育のみを行う場合です。実行した場合食糧自給率が低下します 行動:対外交渉準備 効果:都市周辺勢力との交渉の為の知識とノウハウを自習します 詳細:選択時は都市内の行動のみ可能。習得には多くの回数が必要です 行動:城外で捜索を行いアヤカシを攻撃 効果:成功すれば収入と評判が僅か上昇 詳細:城壁の外でアヤカシを探しだし討伐します。アヤカシの戦力は不明です。アヤカシを多く倒せば良い評判が得られ、新たな商売人や有望な移住希望者が現れるかもしれません 行動:その他 効果:不定 詳細:開拓事業に良い影響を与える可能性のある行動であれば実行可能です ・現在進行中の行動 依頼人に雇われた者達が実行中の行動です。開拓者は中止させることも変更させることもできます。 行動:水輸出制限 効果:少量を輸出中 行動:宮殿建設 効果:住民の最後の避難場所兼領主の住居を建設中。現場監督も作業員も住民です。機密保持優先でスローペース 行動:市街整備 効果:ほぼ休止中 詳細:上下水道、商業施設、商業倉庫の整備は完了しています 行動:城壁防衛 効果:失敗すれば開拓事業全体が後退します 行動:守備隊訓練 効果:戦力の現状維持 詳細:非志体持ちが数名加入し、現在猛訓練を受けています。これ以上の拡張には予算を手当てする必要が有ります 行動:守備隊新規隊員募集 詳細:低調です 行動:治安維持 効果:治安の低下を抑えます 詳細:警備員が城壁と外部に通じる道を警戒中です。練度は高くありません 行動:流民の流入排除 効果:都市外におけるスラムの発生を抑制 行動:環境整備 効果:環境の低下をわずかに抑えます 詳細:排泄物の処理だけは行われています 行動:教育 詳細:一定期間経過後、低確率で官僚、外交官、医者の人材が手に入ります 行動:牧畜準備 詳細:僅かですが予算がつきました 行動:砂糖原料栽培準備 詳細:そろそろ栽培法が確立します 行動:捕虜等 詳細:重犯罪を犯した執行猶予中の職人数名が働いています 行動:情報機関 詳細:数名の人員が都市内での防諜の任についています。信頼はできますが全員正業持ち。専業を雇う予算はありません ・周辺状況 東。やや辺境。小規模都市勢力有り。外交チャンネル有り 西。最辺境。小規模遊牧民勢力有り 南。辺境。ほぼ無人地帯 北。やや辺境。小規模都市勢力有り。自領で発生した開拓者に対する襲撃事件の犯人が見つからないため厳戒態勢中 超小規模オアシス。敵対しない限り、避戦に役立つ目的が得られる可能性があります 各地域とも有力勢力はナーマに対し敵対的中立で緩やかな経済制裁を実施中 零細勢力が感謝祭に出席する見込み |
■参加者一覧
玲璃(ia1114)
17歳・男・吟
ジークリンデ(ib0258)
20歳・女・魔
将門(ib1770)
25歳・男・サ
朽葉・生(ib2229)
19歳・女・魔
鳳珠(ib3369)
14歳・女・巫
エラト(ib5623)
17歳・女・吟
サフィラ=E=S(ib6615)
23歳・女・ジ
アルバルク(ib6635)
38歳・男・砂 |
■リプレイ本文 ●式典 領主ナーマ・スレイダンがバルコニーに姿を現すと、潮が引くように喧噪が消えていく。 宮殿の庭は都市住民で埋まり、宮殿前の大通りには都市住民と近隣地域からの旅行者が溢れ、固唾をのんでバルコニーを注視している。咳の音すら無く、水路を流れる水の音だけが大気を震わせていた。 「我が領民達よ」 天儀産の絹を使った重厚な礼装を身にまとい、腹の底に響く声で語りかける。 「お前達は働きでもって我が民に相応しいことを証明した」 バルコニーの下には膨大な量の穀物と、この場に集まった民衆に振る舞うための晩餐が並べられている。 「故に命じる」 領主の背後には、将門(ib1770)、朽葉生(ib2229)、鳳珠(ib3369)、玲璃(ia1114)、エラト(ib5623)、アルバルク(ib6635)、ジークリンデ(ib0258)、サフィラ=E=S(ib6615)という高官である開拓者達と、彼等にもり立てられるようにして立つ見慣れぬ女性が控えている。 今後の政治がどのように行われるか、誤解しようのないほど明確に示す布陣であった。 「食い、交わり、麦を、豆を、富を増やせ! 我が城を、貴様等の故郷を、千載の後まで繋げるのだ!」 欲というには壮大に過ぎ、理想というには生々しすぎる言葉が民の鼓膜を震わせる。 数秒後、何を言われたかをようやく理解した人々は、腹の底から突き上げてきた熱にうかされ、歓呼の声を爆発させる。 誰からともなく領主の名の連呼が始まり、やがてこれまで関わった開拓者達の名も叫ばれ始める。 領主はアヤカシも逃げ出しかねない凶猛な笑みを浮かべてひとつうなずくと、後継者と力を引き連れ悠々とその場を後にするのだった。 ●収穫祭開始2日前 「すげぇ」 開拓者ギルド係員は、控えめに表現して品のない歓声をあげていた。 「地平線の向こうからでも見える規模の城って…頭おかしいわここの領主」 鳳珠が控えめに咳払いする。 周囲の行商人や警備員から向けられる氷点下の視線に気づき、開拓者同心は慌てて態度を取り繕うとする。 「これよりアヤカシの迎撃に向かう。待避の必要はない故慌てず行動して欲しい」 メグレズ・ファウンテン(ia9696)は空路を利用する財力を持たない客とその護衛にそう言い置いてから、霊騎を駆って遠くに見えるアヤカシに向かっていく。 数分後、メグレズが咆哮を使ってアヤカシを引きつけている所に罔象(ib5429)が援軍に到着し、閃光を伴う巨大な爆発によりアヤカシの集団がまとめて消し飛ばされていた。 凄まじく強く、流麗と表せるほど鮮やかな手並みに、開拓者に馴染みのない者達は感銘を受けている。 「式典では注意してください」 「は、はいぃっ」 係員は、ぎこちない動きで何度も首を上下に振っていた。 「あー、えーっと、そういえば農業とかどうなっています?」 砂漠の道の一部である石壁を建てているカルフ(ib9316)に挨拶してから、係員は霊騎の背を撫でる鳳珠に質問する。 「拡大した規模に戸惑っています」 二毛作を初めとした単純な食糧増産か、果実や砂糖原材料の生産による商品作物増産か。 どちらが正しいというものでもない。天候、経済、政治の状況によってどちらがより効果的かが変わってくるし、場合によっては両立しなくてはならない。収穫祭関連の用件が済むまで決着を先延ばしにさせてはいるが、少なくとも今年どうするかは早めに決める必要が有るだろう。 「あれが…」 巨大な城壁の下にへばりつくようにして広がるスラムに気づき、係員は口は動かさず目だけを細める。 強固な城門の両側にはリーロ(ib5666)とクシャスラ(ib5672)のアーマーが完全武装して待機しており、城塞都市ナーマの武力と富をこれ以上ない形で示していた。 「ところで、この中に例のものが?」 鳳珠は、務が牽く大型の荷車に視線を向ける。 「本人は未起動状態のまま空路で送りました。これは予備パーツと各種装備です。将来の要人がメンテのため頻繁に天儀に向かう訳にもいかないでしょうし」 係員経由で初めて領主の意図を知った鳳珠は、無言のままからくりへの接し方を思案していた。 ●引き継ぎ 宮殿の内部へ移動して外部からの視線から開放された直後、領主は一瞬気を失い体勢を崩す。 強烈な気迫で巨人のように見えていた体は、今では骨と皮ばかりの老人にしか見えなくなっている。 「貴殿の死後の統治体制はこれで示せた。後は休んでいろ」 容赦のなさ過ぎる、だからこそ好んで聞く物言いに、領主は顔面の一部を痙攣させながら口を開く。 「住民共の目を見たな」 千を越える激情にさらされたからくりは、頭脳に負荷がかかり過ぎたせいか、まともな言葉を発することができない。 「お前は奴らを御さねばならぬ。慣れろ」 そこだけが別物のような精気を放つ瞳に魅入られ、からくりはようやく意識を取り戻し、虚ろな瞳で主をみつめる。 「音楽で場と繋ぎ、クシャスラを呼び戻して代読させます」 中書令(ib9408)が報告するが、既に領主は意識を失っていた。 ●酒 「お見事」 領主の容体を安定させて戻って来た玲璃に、将門は麦から作られた酒が入ったグラスを渡す。 原材料はナーマ産の麦。造ったのは、住民の中に紛れ込んでいた元醸造所勤めの男だ。 「ナーマ老が栄える時間の選択に人を酔わせる演説手法。たいしたものだ」 「領主様とこれまでの成果があればこそですよ。何もない状態で使っても極短時間の一時的な効果しか見込めません」 グラスを両手で持ってソファーに身を沈めると、自然に深いため息が漏れてしまう。 領主の健康管理とスラムへの手当を両立させるのは、知力体力精神力の全てに優れた玲璃でも厳しかった。 「そちらは?」 「アル=カマル中央の政治を覗き見てしまったな」 グラスを傾け、唇を湿らせる。 造りは雑でお世辞にも美酒とはいえないが、これは領民が領地で造ったことに意義があるのだから今はこれで良いのだ。 「船団の方は都市住民系の氏族と繋がりが深い。大口の取引先は都市になるから当然かもしれないが…」 「取引を重ねていけば派閥に取り込まれる?」 「そこまでは。しかしジャウアド・ハッジなどの反王宮勢力から好感を抱かれることはないだろう」 あの派手な男がわざわざこんな辺境まで来ることは無いだろうし、反王宮勢力も少し気に入らないという理由だけで敵対してくるほど暇ではない。 「外部との交流では細々とした慣習まで目配りする必要がなくなるとはいえ」 面倒は増えることはあっても減ることはない。 玲璃は飲み干したグラスを机の上に置き、領主の状態を念のため確認してからスラムへ向かっていった。 ●農業 「今は収穫祭です。この後皆様にはきつい仕事をお願いするかもしれません。楽しめる時に楽しんできて下さい」 宮殿前の広場に集まった作業員に生が挨拶すると、作業員達は歓声をあげて料理に飛びついた。 とはいえはしゃいでいるとはいっても生への敬意は欠かさず、下品な冗談は飛ばさず彼等の基準では至極大人しい。 生は微笑んで彼等と別れ、もう1つの建設業界用テーブルに向かった。 「今は収穫祭です。収穫祭直後から動くためには準備を万全に整えておく必要が有ります。食事と夜間作業用の灯りは確保済みですのでご心配なく」 宮殿の一室に運び込まれた大型テーブルの上には詳細な地図と各種資料が積まれ、部屋の隅のテーブルには豪華な食事が大量の大皿で用意されている。が、それを食べに行ける者は殆どいない。 「2人で良いから外壁警備から工事現場に回してくれ」 「無茶を言うな。警備と守備隊は収穫祭から休み無しで働かせることになるんだぞ。これ以上負担を増やせば事故が起きる可能性が高くなりすぎる」 「君達まだ農繁期であること忘れているだろう。この計画だと秋の収穫への悪影響が…」 「今回1隻と1船団との契約がまとまったことを忘れているんじゃないですかあなたたち。加工、梱包、運搬にも人手が必要になるのですよ」 開拓者のもとで実際に都市を動かす、農業技術者、設計者兼総監督、そして官僚達が精神をすり減らす議論と計画立案を進めていた。 邪魔をしないよう無言で耳を澄ませると、物は足りているが人が足りないという状況が伝わってくる。 しかし計画通り進めば、人が足りないのは長くて2ヶ月間。スラムからの人受け入れ等を行って人を増やせば一時的には助かるが、時間がたてば人口増の負担に苦しむことになるかもしれない。 「生様」 招待客に気づかれないよう移動してきた警備員が、アヤカシ襲来の報を伝える。 「承知しました。持ち場に戻ってください」 疲れを隠せない警備員を見送ってから、生は厩舎にいる鷲獅鳥と合流し、先行したアーマーを追い越し現場に向かうのだった。 ●謁見の間 アル=カマルの美女の条件とは微妙に異なる、しかし完成された美しさを持つ銀髪の女性が小領主を案内していく。 付き従うのは、外見はアル=カマル人らしい美女で、それでいて服装はどこまでも堅いからくりだ。 宮殿の奥に進んでいくと要所要所にジンが控えており、大量の向こう傷を持つ等壮絶な外見をしているにも関わらず、隙も奢りも全く向けられない。練度だけでなく士気も素晴らしく高いのだ。 「お入り下さい」 謁見の間に続く扉をヤーウィが開け、ジークリンデが中に導いていく。 玉座には鋭い眼光の領主が座し、軍事部門を代表してアルバルクが、外交分野を代表してエラトが脇を固めている。 「お初にお目にかかる」 礼儀正しく、そして一欠片も卑屈さを感じさせない態度で、小領主が城塞都市の主に挨拶する。 「歓迎する。しかしながら時は有限だ。実務的な話をしたいが、如何?」 「望むところ」 両者ともジンでも武人でもない。だがその場にいた開拓者達は、両者の間の空気が悲鳴をあげる姿を全く同時に幻視していた。 ●内幕 「おつかれー」 小規模領主以上の接客が終了すると、アルバルクはそれまでの武人然とした表情から、ただのいい加減な中年、または青年に見える胡散臭い表情に戻す。 「外部の人間の目がないところで気を抜く癖を持つ者の多くは、気を抜いてはならぬ場面でも気を抜く。そのような者には気をつけよ」 開拓者かそれ以上の高官のみ許される場所に控えていたからくりは素直にうなずく。が、即座に冷たい言葉を浴びせかけられる。 「止まれ。他者を疑うのは良い。だが疑っていることを悟らせてはならぬ」 ほんの僅かに表情を歪めたことを厳しく叱責する。 「理解できぬならまず儂の真似をせい。儂の真似から脱するかどうかは、真実儂の真似を出来るようになってから決めるのだ」 並みの男なら気死しかねない圧力を浴びせられ、赤子同然の心しか持たぬ精神が鋳型にはめ込まれていく。 「うへぇ。この嬢ちゃんを後継者にすんのかい」 アルバルクはだらしなく壁に寄りかかる。そうしている間も周囲への警戒は続けている。だからこそ領主も好きにさせているのだ。 「儂の技術に関してはな。出来次第ではそれ以上も考える。そのように扱え」 「へいへい」 領主はアルバルクを疑っていないし、アルバルクも疑われていないことを分かっている。このことをからくりが理解できるようになるかどうかは、今後の教育次第だろう。 玲璃が栄養補給の為の飲み物を運び込み、エラトが小領主未満の相手をしに広間に向かうのを眺めながら、アルバルクはいい加減にうなずいた。 「ナーマ様。メヒ様への援護を提案いたします」 「できれば避けたい…いや待て、最初から説明する」 ジークリンデから戸惑いと少量の疑念の籠もった視線を向けられ、領主はすぐに言い直す。 「今ジャウアドを敵にするわけにはいかぬ。奴は既に単なる氏族長ではないのだ」 部屋の隅に控えていた官僚が、からくりに説明するための勢力図を運んできて広げる。勢力図には定住民と遊牧民のややこしい勢力争いが詳細に描かれていた。正直、双方が平和的な関係を築く道筋など思い浮かびもしないほど関係がこじれきっている。 「奴は政治家失格の言動を繰り返した上で生き残り続けることで、遊牧民の多くの心を掴みつつある。表面上はジャウアドを馬鹿にし無視する者は遊牧民の中にもいるだろう。しかしな、己の属する集団の利益を最優先にする者を誰が心底嫌える? もし奴に直接不利益を与えたなら…」 地位でも名声でも何でも良い。余程の力が無い限り、不快感を感じた多くの遊牧民によって不利な立場に追い込まれてしまう。少なくとも領主はそう判断していた。 「とはいえ、あれ以上魔の森が拡大しては最終的にここにもしわ寄せが来かねぬ。直接王宮側を支援することはできぬが、戦場の近くまで水を運び安価で売るのは許可しよう。うむ、何故しわ寄せが来る可能性があるかというとだな」 領主はからくりに理解させるため、ジークリンデやアルバルクが退出しても倦まずに説明を継続していった。 ●大広間 「はーい、こっちだよー」 人手不足が極まったため、リプスは1人で来賓の子弟を案内していた。誘導する先はとある朋友が寝そべる場所である。 宿奈芳純(ia9695)の朋友であるもふらさまによる癒し効果は強烈であり、魅惑の毛並みと眼差しに、子供達だけでなくよい大人が惹きつけられていっていた。 「うわーん。人手ちょうだーい」 かなり本気で弱音を吐くリプスの元へ、情報担当官僚がひっそりと訪れる。 「守備隊の事務員に使える人員を確保しました」 「志願者に任せちゃ駄目だった?」 「守備隊の報告書が漏れれば他勢力への備えが穴だらけになります。それと」 スラムで数人のジンを発見し、うち1人の子供のジンは、外部勢力との直接的な繋がりがないことが確認できたらしい。 「んー。おじさんに伝えておくね」 リプスはうなずくと、官僚と別れて仕事を続けるのだった。 ●大円卓 「ようこそおいでくださいました。城塞都市ナーマの初の収穫を存分にお楽しみ下さい」 小領主未満の客が通されたのは、大きな円卓が中央に設置された広間であった。 白いテーブルクロスの上に並んでいるのは、山海の珍味ではなくパンとスープ、青い豆を使ったつまみに、これだけは空路で輸送されてきた様々な高級酒だ。 「ほう」 うるさ型に見える老人がパンの状態を確認し、思わずといった感じで感嘆のため息をつく。 「これは見事な。うん」 口に含むと柔らかな弾力と濃厚な旨みが口いっぱいに広がる。 「は、ははは。自慢するだけのことはありますな」 「ほほう、これは、ほう、我が領に匹敵する…」 「大言はどうかと思いますぞ。今年は水不足で…」 表面だけはにこやかに、情報の交換と交渉、威嚇に揚げ足取りが展開されていく。 慣習に従うなら、ここは領主の一族や直属の貴族がもてます場面だ。だがそういった存在が皆無のこの都市では、エラトが全て取り仕切るしかなかった。 奥の仕事をしていたジークリンデとヤーウィを呼び戻し、話題の誘導を衝突が起きそうな場面での来客の引き離しを、複数同時に行っていく。 酒宴が終わり、〆の紅茶と甘味が供されるまで、エラトの気が休まることはなかった。 ●摘発 「うーん、おじさん元気だね。よかったらあたしと遊ばない?」 一見陽気で奔放なジプシーにしか見えないサフィラに肩を掴まれ、酒に酔って騒いでいた男が脂下がる。 「おう、いいねぇねーちゃん」 臀部に伸ばされた手をひらりとかわし、酒臭い中年の耳に艶やかな唇を近付ける。 「おじさん、大人しく喋ってくれたら酷くはしないよ?」 肩に置かれた手は鋼鉄じみた堅さと重さを持ち、生気溢れる両の瞳の奥底には恐ろしく冷たい光が宿っていた。 「それじゃみんな、楽しんでね!」 腕を組んだ男女が、路地を抜けて消えていった。 ●閉幕 「多いねー」 今日だけで5人目の間諜を治安組織に引き渡したサフィラは、都市住民が出した屋台に声をかけながらのんびりと大通り周辺を巡っていく。 いつの間にかチーズを挟んだ串焼きやできたての麦酒を手にしており、油断無く人の流れを観察しながら少しずつ食べて飲んでいっている。 「マスター」 背後から声がかかる。聞き慣れた声にに振り返ると、そこには予想通りヤーウィの姿があった。 「んー、仕事はいいの?」 「はいマスター。来賓の方々は既に飛行船に乗船されました。宮殿の正門は既に締め切られています」 2体の鷲獅鳥に先導された2隻の飛行船が青い空を横切り、白い花びらをまき散らして去っていく。 城塞都市ナーマのはじめての感謝祭は、その日の深夜まで続いた。 |