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■オープニング本文 オアシスから離脱する鉱夫たち。 彼らは着の身着のまま、取るものもとりあえず次々とオアシスを後にする。遠くからは既に戦闘の音が微かに聞こえてき、小型飛空船は僅かに老人や年少者を乗せて離陸する。 「砂漠の中だ、奇襲に気をつけろ!」 誰かが叫んだ。 出撃した警備兵たちは無事だろうか。時間を稼げたら、上手く離脱してくれているといいのだが。走龍がいななく。その健脚は土くれを、砂を蹴散らし、遥か地平線へと駆け出した。 ●逃げ遅れれば死。逃がせば無辜の民の死。 オアシスや遺跡に向かいたい気持ちは分かるが、まずは私の話を聞いて欲しい。 その場のアヤカシを滅ぼしても、増援がくれば元の木阿弥だ その場のアヤカシと増援に挟撃されてしまう可能性だってある。 それを防ぐためにはどうすれば良いと思う? そう、アヤカシの増援が現れるはずの魔の森からアヤカシを引き離せばよい。 魔の森を滅ぼせと言うつもりはない。 魔の森の近くで目立つ動きをして、魔の森からアヤカシをおびき寄せて欲しいのだ。 おびき寄せるのは多ければ多いほど良いという訳ではない。 大量の戦力をおびき寄せたままにした場合、その戦力が他の地域まで遠征してしまう展開もあり得るのだから。 |
■参加者一覧
喪越(ia1670)
33歳・男・陰
ルオウ(ia2445)
14歳・男・サ
フェルル=グライフ(ia4572)
19歳・女・騎
平野 譲治(ia5226)
15歳・男・陰
菊池 志郎(ia5584)
23歳・男・シ
ケイマ・レステリオール(ib2850)
18歳・男・巫
エラト(ib5623)
17歳・女・吟
熾弦(ib7860)
17歳・女・巫 |
■リプレイ本文 ●緒戦 魔の森から飛び立ったのは、外見は恐ろしげでも開拓者にとっては雑魚に等しいただの怪鳥達だった。 数は30と少し。 戦い慣れた開拓者なら、状況にもよるが単独でも勝利できる相手かもしれない。しかし1度に30と少しのアヤカシに襲われた者が強力な広範囲攻撃術を持たない場合、即座に逃走するか留まって散るかという展開になる。 ルオウ(ia2445)の朋友である迅鷹ヴァイス・シュベールトは、包囲網が完成する寸前に辛うじて距離をとることに成功し、後ろを振り返らず全力で撤退を開始した。 「参ったな」 図らずも朋友を囮にする形になったルオウは、慎重に慎重を重ねて魔の森に近づいていく。 外縁部に到達していないはずなのに、既に見通しは効かず足場は酷く悪い。 当初の予定では魔の森の端から咆哮を発動させるもりだったが、魔の森の脅威は予想以上のように思える。 ルオウは背後の離れた場所にいつはずの仲間に合図を送ってから、大きく息を吸い敵の注意を強制的に引きつける技を使った。 最初の数秒は、変化を感じられなかった。 そして10秒後にようやく異変に気付く。 魔の森全体がルオウに向かって来ているのだ。 「なっ…。あれが全部アヤカシだって?」 魔の森から染み出るように湧きだし向かってくるのは、全高2、3メートルの壁だ。意識を澄ませて観察すると、壁ではなく異様に密集した虫型アヤカシであることが分かる。 「一端下がれ!」 後方に呼びかけながら、ルオウは向かってくるアヤカシの壁に回転切りをお見舞いする。 下位のアヤカシなら攻撃範囲全てのアヤカシを吹き飛ばすはずだった。 「浅いっ」 壁を構成するアヤカシ大百足は、直撃を避けられる程度には機敏で、ルオウの一撃に辛うじて耐えられる程度には頑丈だった。 即座に二の太刀を送り込んで攻撃圏内の全てを吹き飛ばすが、壁は厚すぎ、大百足は早すぎた。 ルオウは第一波と第二派は辛うじて躱したが、頭上から襲い来る第三波に飲み込まれてしまった。 ●救出 「頼むで、相棒」 恐怖と緊張で震える手で手綱をとり、ケイマ・レステリオール(ib2850)は甲龍雷炎の背に跨った。 実戦経験こそ浅いものの、主人と十分に心を通わせた龍は、膨大な数のアヤカシに向けて飛んでいく。 「俺が行く。援護を頼む」 声もかすかに震えていたが、それをあざ笑う者はいない。 「その意気なりっ! 後詰めは任されるのだっ!」 平野譲治(ia5226)は甲龍に命じて高空から地表に急降下する。 そして、アヤカシを少しでも足止めするために、結界呪符「黒」を使い黒い壁を次々に建てていく。 アヤカシの体の合間から一瞬刃が姿を見せたのに気付き、ケイマはアヤカシの壁をぎりぎりで躱しつつルオウの元へ急ぐ。 「タイミングをあわせて!」 ルオウが今も無事かどうか確かめるための時間的余裕は無く、突入のタイミングを図るための余裕もない。 ケイマは恐怖を押し殺し、勇気を以て最大限の加速を命じた。 アヤカシに足止めされたら確実になぶり殺し。雷炎もそのことを理解していたが、長い時を共に過ごした親友のためなら前に進める。 雷炎はアヤカシとアヤカシの間のわずかな隙間をこじ開けるように進み、ケイマはバランスを崩すのを覚悟して大きく手を伸ばす。 アヤカシの壁の隙間から血塗れの手が伸び、ケイマの手を力強く握りしめた。 ●足止め 「ワーオ、イッツ・ワンダフォ」 アヤカシの大群の中からルオウが救出されたのを確認し、喪越(ia1670)は常と変わらぬ怪しげな言葉遣いで賞賛の言葉を送る。 ここはルオウ達の現在地から魔の森の反対側に100メートルほど離れた平地だ。 最初は壁に見えたアヤカシ達は徐々に散開しつつあり、少数ではあるが十数メートルの距離にまで接近してきている。 「たとえ条件付きの限定的な戦闘であっても成功率は低いと考えます。主、こういった行為を無謀と呼ぶのではないのですか?」 淡々と弓で牽制しながら、喪越のからくりが皮肉にとれる発言を行う。 しかし本人に皮肉の意図はない。未だ幼い精神が理性と知性を扱い切れていないだけだ。 「正解」 喪越は膨大な練力と引き替えに怨霊系高位式神を呼び出し、こちらに向かってくる巨大ムカデに死の呪いを投げかける。 所詮下級アヤカシでしかない百足が高位の術に耐えきられるはずもなく、ただの一撃で中枢まで死に冒され瘴気に戻っていく。 「けどな、無謀だと分かっててもヤらなきゃいけねぇ時があるんだよ、男にはな」 ふふんと格好をつけてみる。 「あら。性別で区別するのは不公平ではなくて?」 金の髪を初夏の風に揺らし、フェルル=グライフ(ia4572)は喪越を追い越し魔の森に向かって足を踏み出す。 ルオウを連れたケイマは譲治に護衛されながら後方に飛び去り、地を覆うアヤカシは譲治が残した大量の壁に行く手を遮られている。 しかし大量のアヤカシは、数を活かして一部に壁を迂回させる。 フェルルはさらに前進し、長大な騎槍で守りの構えをとった。 「こりゃ一本とられたネ」 喪越の軽快ではあるが卑しさのない笑い声を聞きながら、フェルルは横一列になって向かって来た巨大百足を迎え撃つ。 真正面から衝突すれば一対一でもフェルルは跳ね飛ばされてしまうだろう。 だがそんな展開はあり得ない。 激突の瞬間に槍先で意外に脆い外殻に触れ、アヤカシの巨体が持つ勢いを巧みに受け流していく。槍がアヤカシに触れる度に消しきれない衝撃が細い手足を傷つけるが、フェルルの顔から余裕が消えることは無かった。 アヤカシの勢いが止まると、開拓者側の反撃が始まる。 小柄な体に不釣り合いな程大きな剣を振りかざし、からくりのウールヴが大百足の側面から仕掛ける。勢いに乗った刃は外殻の隙間に入り込むが、アヤカシの動きは止まらない。 「主を守るのがボクの役目…!」 ウールヴが強引に位置を変更して主の盾になろうとする。が、その動きを予測していたフェルルがウールヴの肩越しに槍を突き出し、大百足に止めを刺してしまう。 「ありがとう。助かったわ」 「…はい」 胸中に沸き起こる感情に戸惑いながら、未だ幼いからくりは主の援護を継続する。 「よーし、そろそろ逃げるぜ!」 「偽装退却と言いましょう?」 危地にあっても喪越とフェルルは余裕を失わず、しかし全力で逃走を開始する。その後ろを、多数の壁を全て壊したアヤカシの大群が追うのであった。 ● 「我ながら、厄介な仕事を引き受けてしまったものね…」 大地に広がる黒い染みが、徐々にこちらに近づいてくる。 一見ゆっくりとした動きに見えるかもしれないが、それは距離と敵の規模がもたらす錯覚だ。 通常装備の開拓者の大部分より明らかに早いアヤカシ達は、生あるものに向けて最短距離で向かって行く。 「ただいま戻りました。ルオウさんは無事です」 鷲獅鳥に乗った菊池志郎(ia5584)が急降下し、強引に着陸する。 ケイマはルオウを安全な場所まで運ぶために後退してるのだが、安全な場所ははるか遠くにしかなく、ケイマ自身も浅くない傷を負っているので決着がつくまでに戻ってこれるかどうか分からない。 志郎は報告もそこそこに閃癒を発動させ、気力だけで立っている喪越やからくりたちを癒していく。 「助かりました。これで後一戦できそうです」 大量の死が向かって来ているのを理解した上で、フェルルは爽やかな微笑みを浮かべている。 「狂想曲が使えるのは6度のみ。確実に倒すためには3度当てる必要があるわ」 既に顔が判別できるまで近づいてきているアヤカシに目を向けたまま、熾弦(ib7860)は静かに己の持ち札を示した。 「その後は持久戦ですね。念のため刀も持ってきていて良かったです」 志郎は礼儀正しく控えめな笑みを浮かべてから、過酷な現状を口にする。 「必ず閃癒の射程内で戦って下さい。おそらく決着が付く前に練力が切れますから無駄遣いできません」 これ以上後退することはできない。アヤカシを逃がせば無辜の民に被害が出かねないからだ。 「分かったわ。死力を尽くしてアヤカシを倒し生き延びる。規模は大きくても普段と同じね」 熾弦はぴしゃりと扇を閉じる。 「ふふ。それは確かに」 初陣と多数の敵に緊張する鷲獅鳥の首を軽く叩いて宥めながら、志郎は決戦に備え杖と刀を手にしていた。 ●陣形崩壊 巨大なケモノが小刻みかつ高速で動き、複数方向から襲いかかりまとわりついてきた怪鳥を切り裂き、突き殺し、ひねり潰していく。 主であるエラト(ib5623)には鷲獅鳥奏の援護を行う余裕がない。 数メートル下方を膨大な数のアヤカシが移動しており、時折同属の背を踏み台に飛び上がってくるのだ。 少数とはいえ飛行可能アヤカシの相手までしている鷲獅鳥は、常時練力を使い続けることで辛うじて致命傷を回避する。 エラトは無言のままリュートに手を伸ばし、その弦に触れた。 艶やかな音色が溢れ出し、死と狂気の支配する戦場を穏やかな旋律が浸食していく。 夜の子守唄の効果範囲に含まれていた大百足は約100体。 その全てが強制的に意識を絶たれて急減速し、止まる。 しかしその背後と左右のアヤカシは止まらず、極少数含まれていた知恵あるアヤカシは殴りつけ蹴りつけることで100体の意識を取り戻させていく。 このままでは不完全な足止めにしかならない。 そう判断したエラトは、援護に使うための練力を残したまま、決戦場に後退することにした。 ●決戦 雑ではあるが集団戦用の陣形を組んでいたアヤカシの動きが急激に乱れ、1軍が数個の集団に、1集団がただの大量のアヤカシに別れていく。 エラトの術は直接的な被害をほとんど与えなかったものの、開拓者対アヤカシの戦いに巨大な影響を与えていた。 「うむっ! これなら耐えられるなりっ!」 二撃は耐えられないかもしれない。 だがこれなら最初の激突で全滅することはないだろう。 譲治は最後の練力を使い、これまで立て続けていた長大な黒い壁の端に新たな壁を付け足す。 即座に真言を唱え瘴気から練力を回復していく。魔の森の近いせいか回復量はかなり多い。だが迫り来る大量のアヤカシの前では異様にゆっくりに感じてしまう。 「我慢比べね。風花!」 羽妖精はこくりとうなずくと、乱戦に対応するため熾弦の背後を固めた。 熾弦の口から良く通る声が響き、禍々しさを秘めた美しい旋律が形を為す。そして、膨大な数のアヤカシと開拓者達が真正面から衝突した。 第一波。 小規模な砦の外壁並みの強度を持つはずの黒壁が、ほとんど一瞬で限界を迎え消滅する。 大百足にダメージはほぼ無い。しかし明らかに速度は落ちている。速度が落ちた大百足は背後から押されて動きを乱してしまい、狭い空間に数十から百近くのアヤカシが密集することになる。 そこに襲いかかるのは精霊すら狂わす破滅の音色。 存在する力を削り取られ、敵味方を判別する能力すら消されて同士討ちをし、そうでない個体も無意味な行動を繰り返していく。 「少しは遠慮する、なりよっ!」 譲治は火の輪を連続で浴びせて1体のアヤカシを瘴気に戻し、単なる偶然から向かってきた大百足に騎龍ごと跳ね飛ばされた。落下する先は、十体近くのアヤカシが極限まで密集している一角だ。 「くっ」 空から降り注ぐ刃が先頭のアヤカシを切り裂き、痛みに怯んだ鬼型アヤカシを力強い前脚が蹴り飛ばす。 辛うじて必要な練力を回復した喪越が禍々しい式を打ち、甲龍小金沢強が体勢を立て直し空中に退避するための時間を稼ぐ。 「ははっ。狂わされても何が脅威か分かるか!」 この場のアヤカシの十数分の1、それでも10以上のアヤカシにとりつかれた状態で、熾弦は呵々と大笑した。 危地にある歌い手による破滅の旋律は、膨大な量のアヤカシの生命力を効率良く削っていく。 アヤカシが痛みにうめき、弱いものから順に数体が限界を超えて崩壊していった。 熾弦の背後で風花が妖精剣技の大技を放ち、弱っていた大百足を粉砕する。しかしアヤカシの数はあまりに多すぎ、側面から突っ込んできた別の大百足によって風花が抑えられてしまう。 「熾弦!」 風花はとっさに警告するが、回避も防御も間に合わない。 が、戦場でも優しく光る癒しの技だけは辛うじて間に合った。 「閃癒で回復が追いつかない戦いはいつぶりでしょうか」 志郎も戦闘開始直後は刀を使う余裕があったが、既に癒しの技に集中せざるを得なくなっている。 鍛え抜かれた知覚力と磨き抜かれた癒しの技の組み合わせは強烈で、少量の血の泡を口から零していた熾弦をほとんど癒してしまう。 「これで」 精霊の狂想曲を歌い上げる度に多数のアヤカシが崩れ、入れ替わりに第二波、第三波が向かってくる。 「終わらせる!」 六度目の曲を歌い終えると、第三波までのアヤカシが限界を超えて崩れ去る。 が、大型のアヤカシを含む残存アヤカシ十数体が集結し、第四波となって押し寄せようとしていた。 「さて、踏ん張りどころですね」 志郎は後数回閃癒を使えるが、他の開拓者はほとんど練力切れだ。粘れば譲治と喪越の練力は多少回復するかもしれないが、おそらくそれより前に決着がついてしまうだろう。 勝てるかどうか、勝てたとしても何人生き残れるが分からない最後の戦いが始まる直前、開拓者の前と後ろで異変が発生した。 後ろから現れたのはケイマと雷炎。 他の面々に比べると戦闘経験が浅く、しかもこれまでの長距離高速移動で心身ともに消耗しきっている。 だがアヤカシのケイマの実情を知る術はなく、戦力の優位が失われたと判断してしまう。 散々に討ち減らされたアヤカシは、警戒しながら方向を変えて魔の森に戻っていく。ケイマ主従の戦力を過大評価し、このまま戦えば一方的に全滅してしまうと考え後退を開始する。 しかし開拓者には、追撃を欠ける余力は全く残っていなかった。 |